色々と参考に書き直しさせて貰いした。
今後も良い作品になれるよう、御意見頂ければ幸いです。
「再考ッ! 其処を何とかッ! 考え直してはくれないかッ!」
「お伝えしてあった通り、症状が症状です。このまま続けても御迷惑になるだけですから」
「否定ッ! サブトレーナー、正トレーナーとしても目覚ましい実績があるッ! 自身を卑下すべきではないッ! 尚又ッ! 君の患う健忘はかつての記憶に触れるのが重要と聞くッ! 猶更ッ! 君は此処に残るべきだッ!」
「それはそうですけど……その実績は記憶の在った時のオレであって、今のオレじゃない。記憶に関してはその通りかもしれないですけど、症状を考えたら夜間の警備員辺りで十分かつ妥当でしょう?」
「む、むぐぐッ! こ、肯定ッ!」
私、駿川 たづなは秘書として、理事長と彼の面談を見守っていた。
理事長の提案も、トレーナーさんの決意もよく分かる。理事長とは長い付き合いで、トレーナーさんとも短い付き合いではないから。
どちらの言い分も正しい。
世間一般、常識の範疇で言うのなら、彼の決断の方がより正しい。
彼と同じ立場になったのなら、他のトレーナーさんならとてもやっていけないだろう。けれど、それは常識常人の範囲での話。
歴史に名を残すウマ娘がそうであるように、ある種の天才は常に常識外れ、型破りと形容される。どう考えても彼はそちら側だった。
「ぐぐぐ、うぐぐ…………再度、聞きたい。どうしても無理なのかね」
「無理ですよ。と言うより、オレに拘る必要はないでしょう」
「否定。ある、あるのだよ。私が拘る理由は」
「………………」
理事長からは普段の元気溌剌さが消え失せて、今にも泣きだしてしまいそう。
その年相応の様は、自分の置かれた現状をまるで理解して貰えずに苛立ち始めたトレーナーさんですら、冷静にならざるを得ない程でした。
「理想。君とルドルフ君の関係は、少なくとも私の目にはそう映った。人バ一体。君達二人は何時だって同じ方向を見て、共に戦っていたから」
「…………っ」
「謝罪ッ! 私より悔しいのも口惜しいのも君達の方だッ! 済まない、勝手を言ったッ!」
「…………いえ」
「提案ッ! 君の言う通り、学園の夜間警備員の仕事をするのはどうかッ! 貯金はあるだろうが、収入があって損はないッ! 無論ッ! 無理強いするつもりはないッ!」
「…………考えさせて、下さい」
「了承ッ! では、引き継ぎを頼むッ!」
理事長の期待にも、理想にも応えられない不甲斐なさか。
それとも、望んでもいない勝手な期待と理想を押し付けられる苛立ちか。
トレーナーさんの場合は、恐らくは前者でしょう。
他人を責めるよりも早く、自分に何が出来るのかを考えて実行する人でしたから。
「…………いや、その前に。名前は分からないですけど、何だかトレーナーと上手く行ってない娘がいたから気に掛けてあげて欲しくて」
「愕然ッ! それはマズいッ! 相手の名前はッ!?」
「名前は聞いてないんで特徴だけ。栗毛に長さは腰くらいまでのストレート。白いヘアバンド、緑のイヤーネット。脚質はたぶん逃げ。身長は161か2。体重は――――」
「それで結構ですよ。それから、外見から女の子の体重が分かっても公言しないようにしましょうね」
「そう、ですね。すみません、駿川さん」
不躾さを指摘すると、彼は自分に余裕がなくなっていることに気付いたのか、大きく息をついた。
チクリ、と悲しみで胸が痛む。
記憶を失う以前、彼は私をたづなさんと名前で呼んでくれていた。
それほど親しい間柄とは言えなかったけれど、人懐っこく密かに期待していた彼に忘れられるのは少々堪えるものがある。
私ですら気落ちしてしまうと言うのに、彼と親しかった方達の痛みを思うと更に気分は落ち込んでいく。
それが顔に出てしまったのだろうか、彼は申し訳なさそうに目を伏せ、困ったかのように笑った。
…………やってしまった。
彼よりも年上だと言うのに、一番苦しいのは彼だと言うのに、気を遣わせるような真似をさせてしまうとは情けない。
気分を切り替える。
彼の口にした特徴は具体的で、的を絞るのはそう難しくない。
該当者はたったの一人。色々な意味で有名になっていた娘だったし、私自身も気になっていたから。
「それはサイレンススズカさんと思います。写真は…………此方ですね」
「確かにこの娘ですね。なんか気が弱い感じだったから、トレーナーの方から話を聞いて慎重にやって欲しいんですよ。それから……」
「それから?」
「なんか走り方とか身体つきが、凄く気になると言うか。自分でも言葉に出来ないですけど、違和感――――は違うな、不安感、か? があるような気がして……」
目にした走りを思い出しているのか、顎を摩り、明後日の方向に視線を彷徨わせながらの発言に、私と理事長の目線が絡み合う。
まるで未来を見てきたかのようなレース展開、着順予測はトレーナー間では有名で、故障に関してもまた同様。
彼の何気ない一言で劇的に走りが変わった娘もいれば、ギリギリのところで救われた娘とトレーナーは数多くいる。
一体、どのような世界が見えているのか。どのように世界を捉えているのか。
常人に過ぎない我々には分からない。ただ、彼の見たものが、多くの人を戦慄させる程度に的確だったのは事実。
どうやら理事長も私と同じく、事態を重く受け取っているよう。今の彼には思い出せないでしょうが、それだけの実績がありましたから。
「成程ッ! ところで、他に気になる者はいるかなっ?!」
「いや、その娘以外には会ってないんで何とも」
「了解ッ! 写真は用意してあるッ! 所感だけでも教えて貰いたいッ! 我々は君を信じているッ!」
「……む、無茶苦茶だぁ」
トレーナーさんは理事長の無茶な要求に頭を抱えてしまう。
全く以てその通り。私が理事長の指示で用意した資料を、ドンと重い音を立てて机の上に置いたのだから。
トレセン学園に所属している生徒の数は2000人弱にも及ぶ。
それに自分が此処まで信頼されている理由に、全く心当たりがないのだから当然でしょう。
暫くの間、頭を抱えていた彼でしたが、盛大な溜め息を一つ吐くと資料に手を伸ばして、ページを捲り始める。
その瞳に宿った光は諦めと呼ぶには眩しく輝かしい。本意であろうとなかろうとやると決めれば手を抜かない。だからこそ、信頼に値する人なんです。
「この子とこの子も、サイレンススズカと一緒で見てて不安になりますかね」
「感謝ッ! 彼女達に関しては我々に任せるようにッ! 君は引き継ぎに向ってくれたまえッ!」
「ありがとうございます。じゃあ、早速」
「追加ッ! …………彼女には君の口から担当を降りる旨を伝えるように。今回の件、君に非も責もないのは理解している。だが、それもまたトレーナーの果たすべき義務というものだ」
「…………分かり、ました」
二時間近くをかけて彼の選んだ写真を受け取った理事長は、何時もの勢い任せな言葉ではなく、静かながらも凛と優しい声で告げる。
今の彼には余りにも厳しく、誰であれ言いたくはない科白だろう。それでも誰かが言わなければならない。
まるで血を吐く思いでようやく絞り出された余りにも弱々しい返事を最後に、彼は部屋を去っていった。
上背と肩幅、春の日差しのような笑み。男性らしさと穏やかさの同居した彼は頼り易く、同時にその甲斐のある人だった。
けれど、去っていく背中はまるで迷子の子供のように、気の毒なほどの不安で満ち満ちていた。
とは言え、余人が手を出してはいけない問題も、手助けできない問題もある。
今はまさにそれ。心苦しいけれど、我々は祈りながら願うことしかできなかった。
「それで理事長、スズカさんの件ですが……」
「早急ッ! 彼女とトレーナーに連絡をッ! まずは事情を聞かせて貰うッ!」
「写真の娘達は、どうしましょうか」
「困苦ッ! 彼自身ですら説明できない感覚を我々が紐解くのは難しいが、何某かの理由はあるッ! これまでもそうだったッ! まずは彼女達と話をしてみようッ!」
―――――
――――
―――
――
―
理事長室の面談から二時間。
時刻は16時00分。もう少しで、オレの頭は朝の8時まで巻き戻る。或いはリセットされる。
少し前まではミーティングルームにいたのだが、引き継ぎ作業に嫌気が差して、今は敷地内をふらふらと歩き回っている。
基本、個人専属のトレーナーにはミーティングルームは与えられない。ミーティングルームよりも遥かに狭い仕事部屋を与えられるだけだ。
複数のウマ娘を率いてチームを形成するトレーナーにのみ与えられる特権なのだが、オレは例外で認められたらしい。
未だに信じられないが、シンボリルドルフを三冠に導いた手腕があったとするのなら成程不思議ではない。
記憶がすっ飛んでいるのに妙に詳しいのには理由がある。
何もかんも忘れてミーティングルームどころかトレーナーの仕事部屋すら何処にあるか分からずにおろおろしていたところに声を掛けてくれた警備員のおっちゃんのお陰。
どうやらおっちゃんとは知り合いだった上、昼間に挨拶していた別の警備員から事情は聞き、気に掛けてくれたらしい。
有り難いと同時に申し訳なく思う。
トレセン学園に居る限り、この気持ちは常に付いて回る。
それを考えただけで気が滅入ったが、おっちゃんが文句も慰めも言わずに肩を叩いて命の無事を喜んでくれたことが唯一の救いだった。
「しかし、とんでもねー量だったなぁ。引き継ぎメチャクチャ時間が掛かりそうだ」
ミーティングルームとは別に、学園の広大な敷地内にはトレーナー専用の倉庫もある。
此方はトレーナーであれば申請を出すだけで借りられる私物置き場のようなもの。
大抵は学園では取り寄せられていない実費で購入したトレーニング器具やら書籍などの物置として使われているようだ。
一部のミーティングルームを借りられない専属トレーナーは、狭い仕事部屋よりもマシ、と勝手に改装してミーティングルームとして使っているとかいないとか。
頭が良いというか発想の転換というか、何とも秘密基地感がある男心を擽られる話だ。
オレはその倉庫を三つも借りていた。
中は殆どが自分で作成したらしい資料やら買い漁った書籍を詰めた段ボールの山、山、山。
量だけで眩暈を覚え、試しに開けてみた中から出てきた資料の余りにも詳細に記された内容に、過去の自分に自分でドン引きしてしまった。
幸いだったのは、それなりに整理整頓が為されていたことか。
それほど几帳面な方ではないが、一々目的のものを探す手間と時間を嫌って効率化を図ったのだろうと思う。
ダンボールから出てきた人を殴り殺せるのではないかというほど厚いファイルの背表紙には、ウマ娘らしき名前がオレの字で書きこまれていた。
シンボリルドルフを筆頭に、マルゼンスキー、ナリタブライアン、タマモクロス、etc、etc。
資料の量からして、シンボリルドルフ以外は正トレーナーとしてではなく、サブトレーナーとして関わったのだろうと推測できた。
それにした所で尋常な量じゃない。
内容はトレーニングメニューやら、フォームの改善案、身体を作る献立やらと多岐に渡るが、異常だったのはその効果と結果を記した量。
どうやらオレの目に映ったものをそのまま書き起こしているらしいのだが、我ながらそんなところまで、と思うほどだ。
――――本当に気味が悪い。
確かにこれはオレの筆跡、オレの成果、オレの財産。
だが、記憶と実感が無くなるだけで、不安を煽る呪いのアイテムと何ら変わりない。
銀行口座に自分では到底稼げない額の金が、何の心当たりもないままに自分の名義で振り込まれていたとして、何も考えずに使える人間など何人いるだろう。
もうオレは過去を取り戻したいとさえ思わなくなっていた。
一刻も早くトレセン学園から立ち去りたい。此処に居るだけで不安感と不甲斐なさで圧し潰されてしまいそうだ。
いっそ自業自得の結果だったらまだ精神的な余裕もあったかもしれないが、運命だの神様だの実在の証明できないものを恨むしかない現実は、想像以上に精神へと負担をかけている。
「あ、あのっ……!」
「…………あー、昼間ん時の」
「あ、ありがとうございました……!」
学園にある三女神の噴水前を通りがかると、肩で息をする少女が声をかけてきた。
今は制服に着替えているが、見間違えようのない。昼間見た栗毛の少女、サイレンススズカだった。
一言目から礼を言ってきたということは、理事長と駿川さんが巧く取り成してくれたのだろう。
あれからたったの二時間だと言うのに、行動も早ければ仕事も早い。あの活気溢れる理事長らしい成果だ。
僅かに目元が赤く腫れぼったいが、浮かべている安堵と笑みは作り出したものではない。どうやら円満に解決したようだ。
人間関係なんてそんなものだろう。
誰も彼もが悪意に満ちているわけでなく、善意の行動が善い結果に繋がっているとは限らない。
彼女とトレーナーの間には、ボタンの掛け違いのような些細な擦れ違いがあっただけ。
「何なら、お祝いに飲み物でも奢ってやるよ」
「えっ、い、いえ、今日会ったばかりの方に、そんな……!」
「いいっていいって」
心底からほっとする。
彼女はオレに助けられたつもりでいるようだが、救われていたのはオレの方だ。
壊れかけのオレでも出来ることがある。その事実は、幾分心を軽くしてくれた。
だから逆に感謝の気持ちで、彼女の現状を祝うつもりになっていた。
終始、いいです、御迷惑ですからと遠慮する彼女を押切って、自販機の前にまで連れて行った。
彼女の選んだのは余り見かけないスポーツ飲料水。お気に入りらしい。オレは無難に缶コーヒーを選んだ。
「理事長に間に入って貰って、それで私のトレーナーにも納得して頂けて……」
「そっか、よかったじゃん。これでオレが期待した通り、大逃げできるなー」
「でも、これから大丈夫かなって……また、元の走り方ができるか不安で……」
「新しい走り方を覚えるよりも、古い走り方に戻すのがずっと楽だよ。自転車の乗り方と一緒。一度でも乗れれば、何年も乗ってなくても問題ないしさ」
三女神の噴水から正門に続く道の脇にあるベンチに腰掛けて、暫くの間、彼女の話を聞いた。
それほど喋るのが得意でもなさそうなのに、自分から積極的に口を開く辺り、相当にストレスが溜まっていたのだろう。
静かではあるが溌溂とした語り口調は、ストレスからの解放を意味している。
この分なら、今回の件を機にトレーナーとより一層心を通わせて、己の夢に邁進してくれるに違いない。
あの大逃げだ。きっと見ているだけで実況も結果もおもしろいことになる。
もしかしたら、未来のスターが誕生してしまうかもしれない。尤も、オレには関係ない話だが。
聞き役に徹していると、不意に彼女の表情が曇った。何か嫌な予感が――――
「ただトレーナーには、私には育てられない、と言われてしまって……」
「そ、れは、……」
彼女が落ち込んでいないところを見ると、トレーナーが彼女を拒絶したのではない。
自分の能力では貴方を望むところまで連れて行ってあげられない、と彼女の未来を案じて自ら身を引いたのだろう。
そうなれば、新しいトレーナーを見つけなければならない。
彼女自身の走り方を肯定してくれるトレーナーを。
そんなトレーナーはいくらでもいる。生まれ持った長所を生かし、尊重する方針はポピュラーなものだ。
そして一番手頃なのは、いま目の前にいる。
「その、もし、よろしければなんですが……私のトレーナーになって頂けませんか!」
精一杯の勇気を振り絞ったのだろう。
期待と希望に満ちた目は、かつて両親に夢を語った時のオレと同じだったろうか。
けれど、今のオレには期待に応えてやれるはずもない。
「い、や……もう、担当の娘が、いて、さ」
「…………そっ、そうですか。そうです、よね。突然、すみませんでした」
彼女の期待にも落胆にも耐えられず、思わず目を逸らす。
嘘を付かずに騙す方法を選んだのは罪悪感からだ。まともな返事も出来やしない。
オレを責めず、努めて明るく振舞い笑顔を浮かべているが、耳も尻尾も気の毒なほど垂れ下がっていた。
「色々と御迷惑をお掛けしてすみません。それから、気に掛けてもらってありがとうございます」
「……いや」
「私の大逃げ、期待していて下さいね」
見るからに空元気。苦し紛れの強がり。
そうとしか言えない言葉を耳にし、ようやく彼女の顔を見て――――オレは息を飲む。
涙を堪えながらの笑みに、胸を締め付けられたのではない。
夕焼けの光を浴びて黄金色に輝く栗毛に胸打たれたわけではない。
況してや、悲観と諦念で腐る心と脳みそに嫌気が指したわけでもない。
ただ単に、彼女を一目見た時から感じていた不安感の正体に行き当たって、総毛立っていただけだ。
「――――――」
「あっ、あの、どうかされましたか?」
やばい。どうする。どうすればいい。
反射的に時計を見る。時刻は16時59分。
彼女の歓びに馬鹿面下げて付き合っていたオレは時間の確認すら忘れていた。
今のオレに残された時間は、僅か1分。手帳に不安感の正体を書き残す時間すらない。
仮に何かを書けたとしても、時間が少な過ぎて正確な意図が17時以降のオレに伝わらないだろう。
次の瞬間、オレの口から出た言葉は考え得る限り最も愚かで、唯一の残された手段だった。
「いや、悪い。
「ほっ、本当ですかっ!?」
「あ、ああ、まあどれだけ役に立つかは分からないけど」
役に立つどころではない。
ただ、足を引っ張るだけだ。
でも、もし叶うのなら――――
「で、でも、どうして急に……」
「君の走りが
可能な限り慎重に、未来のオレへ向けて可能性を残す。
「それは……私に期待している、ということですか?」
「どうかな。ただ、やれるだけやってみようって思っただけかも……出来るだけのことはするよ。それでもいい?」
「はいっ……はいっ! 私も、期待に応えられるように頑張ります。よろしく、お願いします」
頼む。頼む。頼む。
どうか、この花が咲き誇るような笑みを、踏み散らすことだけはないように。
「じゃあ、ちょっと用事あるから行くわ。それから頼みが一つあるんだけど、いいかな?」
「私に出来る事なら。何ですか……?」
「この件を理事長か駿川さんに伝えて欲しい。用事がちょっと急ぎでさ。詳しい話は明日の17時以降にオレのミーティングルームで。他の二人も交えて説明すっから」
「そう、ですか。ちょっと不安です……いきなり増えたら、どう思われるか……」
「ああ、気にしなくていいよ。二人もまだ知らない筈だから」
「そう、ですか。良かった……じゃあ、早速行ってきます」
「悪い、頼むわ………………それから、ありがとう」
「…………?」
オレが何に対して礼を言ったのか分からないまま、サイレンススズカは微笑んでから走っていった。
残り30秒。
すぐに行ってくれてよかった。
オレの患っている病が彼女にバレた瞬間に、全てはおじゃんになる。一か八かの賭けだったが、何とかなるだろう。
酷い嘘を吐いた。
彼女は明日のこの時間に傷つく。もしかしたら、シンボリルドルフのように泣かせてしまうかもしれない。
――――だが、オレは“嘘にしたくないなら、本当にしてしまえばいい”と、能天気に考えていた。
久方振りに軽くなった頭と思考で、それを許してくれた彼女を何時までも見送っていた。
そうしてオレは手帳に一言だけ書き残し、全てを明日のオレに託したまま17時を示す鐘の音を耳にして彼女の与えてくれた救いも、覚悟も、全てを忘れ去った。
―――――
――――
―――
――
―
「………………」
理事長との面談を終え、引き継ぎを開始した翌日。
17時を越えて、手帳を頼りに今日一日の引き継ぎの進捗状況を確認していたのだが――――オレは不愉快と不快、憤怒と憎悪の絶頂に居た。
「冷静。落ち着きたまえ」
「この子達が怯えています」
「…………すみ、ません」
いまミーティングルームにはオレと理事長と駿川さん、そして見ず知らずの三人が、机を挟んだ向こう側のソファに座っている。
ソファの右端には、栗毛に白いカチューシャと緑のイヤーネットを付けた少女、サイレンススズカ。
多分、三人の中では一番年上だろうが問題は其処じゃない。
オレを見て、部屋に入るなり長い髪を揺らしながら軽く会釈してきた。以前に会ってるような反応だが、やはり記憶は蘇らない。
中央には、煌めくような葦毛の凛とした少女、メジロマックイーン。
居住まいからして品がある。両親から厳しい教育と確かな愛を受けて育たねばこうはなるまい。
最初の反応から察するに、この娘は初対面のようだ。
左端には、鴉の濡れ羽を連想させる美しい黒鹿毛のおどおどとした少女、ライスシャワー。
自信の無さが外見に滲み出ているばかりか、震えていた。いや、違うか。オレのせいだ。
こちらも初対面。だが、今はどんな表情をしているか分からない。彼女が俯いているのではない。オレが顔を見られないだけだ。
――――どうやらオレは、サイレンススズカに記憶を失う前、トレーナーとして三人を引き受けると言ったらしい。
馬鹿な。ありえない。何があった。
お前は何のつもりだ。お前は何を考えていた。ぶっ殺してやる。
ぐるぐると自分自身への呪詛と怨嗟が腹の底と頭の中で渦巻いて、どうにもならない。
恐らく、理事長と駿川さんがオレの180度違う行動を不審に思って来てくれなければ、衝動的に自殺していただろう。
少なくとも、サイレンススズカは適当な嘘を言っているわけではない。
オレはもう思い出せないが、他の二人の写真を何らかの理由で選んでいたらしい。
彼女が理事長と駿川さんへ言伝を持って行った時点で、これを知っているのはオレと理事長と駿川さんの三人だけ。
つまり、三人しか知らない情報を手にしている以上、彼女はオレからその情報を聞いたのも言伝を預かったのは事実ということだ。
「失礼。手帳を拝見させて貰っても構わないか?」
「…………」
オレはポケットから取り出した手帳を、理事長へ放るように渡した。
目上の人間に対してしていい行動ではない。年下の少女達の前で見せていい行動ではない。
けれど、誰一人として責めはしなかった。気を遣ってくれているようだが、いっそのこそ責めて欲しかった。
だが、手帳の書かれていた一言で、オレの怒りが限界を超えるには十分過ぎる一言だった。
昨日、見た時は何だこれはと意味が分からなかったが、今は意味合いが変わっている。
「引き継ぎに関することと私達と話したこと……それに、“頼む”?」
理事長が、昨日の日付で手帳に書かれた一言を口にした瞬間、一気に沸点を越えた。
頼む? 頼む、だと?
オレがオレに何を頼む! 無責任なオレが、何も分からないオレに対して一体何を!?
此処に期待してやってきた彼女達をかっ!? 健忘で壊れかけているだけじゃなく、気まで狂ったか!?
お前は、彼女達を裏切ることになるなんざ分かっていただろう! お前は、彼女達を失望させることすら分からなかったのか!?
こんな真似をすれば悲しませることなど予想できただろうが! 自分が断ってその顔を見たくないから、今のオレに責任を押し付けたのか!?
「……ひっ」
「再度。言わせて貰う。冷静になれ」
「トレーナーさん。貴方は、いま貴方が考えているような方ではないですよ。私と理事長が保証します。何か理由があるはずです」
自己嫌悪と怒りで、どうにかなってしまいそうだ。
堪えきれない嚇怒はどうにもならず、無言のまま片腕を振り上げて机に叩き付けようとしていた。
今は痛みが欲しい。今は苦しみが欲しい。肉を割いて、骨を砕いて、絶叫を上げてのた打ち回りたい。オレは、オレを許せないから。
ライスシャワーの息を呑む怯えた声。
理事長の鋭利なまでに冷たい声。
駿川さんの優しい、オレを信じる言葉。
理事長と駿川さんには頭が上がらない。
この二人がいなければどうなっていたか。
すんでのところで馬鹿な真似をしなくて済んだ。
嫌悪と憤怒を吐き出すように、大きく息を吐く。それで、多少は冷静になれた。
「…………ごめん、怖がらせた。理事長と駿川さんがさっき説明してくれた通り、こんなんで」
「……いえ、その時、何があったかは分かりませんが、トレーナーさんの事情は理解しました。私の目からも、貴方が無責任な方には見えません。どうか、御自分を責めないで」
「ありがとう」
三人を代表して、メジロマックイーンは今にも泣きだしそうなライスシャワーの肩を抱いて慰めながら、そう言ってくれた。
期待を裏切られて落ち込んでいるのは垂れた耳を見れば分かる。それでもオレのための言葉を口にした。気丈で優しい子だ。
お陰で、自己嫌悪は増したが、同時に冷静さも増す。
今は、彼女が信じると言ってくれたオレを信じることにする。
「悪い、サイレンススズカ、だったよな。その時の話、聞かせてくれる?」
「は、はい。理事長とたづなさんと一緒にトレーナーと話し合いをした後に、私を育てられないと言われてしまって……」
「もしかして、余計なことした?」
「い、いえっ……ただ、トレーナーと私の走り方が合わなかっただけです。理事長も新しいトレーナーを探してみようと言ってくれて、これからどうしようと考えていたら、貴方を見つけて……」
「オレ、何か変な事しなかった?」
「変なんて……笑いながら私に飲み物まで買ってくれて、それに話も聞いてくれて……」
「それで、オレからあんなこと言ったのかな?」
「ち、違いますっ。私から、お願いしたんです。あの時、大逃げを期待していると言って貰えて、私の走り方を認めて貰えたようで、嬉しくて、舞い上がって……一度は断られて、少し間を置いてから、その後に……」
「一度は、断った……その後に、考え直した?」
「考え直したのかは、分かりません。でも、私の走りが
「いい。いいんだ。落ち着いてくれ。ほら、オレも同じだからさ。君を泣かせたら、オレも泣きたくなる」
今にも泣きだしてしまいそうな顔と震えた声。
オレが自己嫌悪を募らせているように、彼女もまた己を嫌悪している。
涙を流させたくはない。彼女の言葉の合間合間に相槌や合いの手を入れ、感情を抑制させる。
確かに、妙だ。
一度は断っている以上、彼女の申し出を受け入れられる筈がないと理解していた。なのに、その時は何故その考えを翻した。
――――まさか……まさか、その時のオレは今この状況を作り出したかったのか?
何故だ?
考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。
壊れかけの頭を回せ。腐った脳味噌で解を導き出せ。思い出せなくてもいい。だが、その時のオレに至れた答えなら、今のオレでも至れるはず。
オレを信じてくれる人がいるのなら、オレはオレを信じられる。その時のオレは、必ず何かヒントを残している。
何だ。違和感。分からない。だが何かある。不安感。何だ何だ何だ。焦燥感。おかしい。何かおかしいところがある気がする。
…………そうだ。
褒め方がおかしい。
普段のオレなら点数化なんて面倒な真似はしない。走り方そのものについて言及しているはず。
「十点、満点……十、点…………テン、ポイント?」
「「…………っ」」
「…………?」
ガチリ、と頭の何処かで歯車が噛み合った気がした。
オレの呟きに理事長と駿川さんが息を呑み、その名に聞き覚えがあったであろうメジロマックイーンが怪訝な表情をする。
テンポイント。
シンザン引退後、颯爽と現れた次世代の英雄の一人。
『流星の貴公子』とまで呼ばれた洗練された立ち居振る舞い、日に当たると黄金色に見える栗毛と男装の麗人ぶりは記憶に新しい。だってオレは直撃世代で、彼女に期待していた。
惜しくもクラシックの冠を戴けなかったが、なおも天皇賞と有マ記念をもぎ取った姿に、戦績は及ばすとも能力はシンザンを超えるのでは、と思っていた。
だが、流星の貴公子の最後は、レース史に残るほどの血と悲鳴で彩られている。
有マ記念後に出走した後の日本経済新春杯で、悲劇は起こった。
ライバルと競り合いながらも先頭を維持した彼女の左脚は、第四コーナーに差し掛かったところで、負荷の限界を超えた。
突如として奇妙な形に圧し折れる左脚。誰もが思い描いた彼女が先頭でゴールする姿は永遠に訪れなかった。
固唾を飲んで結果を見守っていた日本中が、その日曜日、歓喜の声を上げることなく沈黙した。
後に彼女の関係者は語った。
彼女に不備も原因もなかった。原因などあろうはずがない、と。
あの時、オレは期待と一緒に生中継を見ていた。今日こそはきっと、彼女ならきっと、と。
だが、テレビに映し出されるテンポイントの姿に、言葉に出来ない不安を覚えて、泣き喚きながら両親にこのレースを止めてくれと懇願した。
遠く離れた地で見守ることしかできない者に何が出来るというのか。
そうしてオレは、流星が地に落ちる瞬間を見た。皮膚を突き破るようにして折れた骨の音を聞いた気さえした。
多分。多分だが、テンポイントの不調を、オレは無意識に感じ取っていたのだと思う。
本人や周囲が気付いておらずとも、不調というものは何らかの形で現れる。例え、それが計器で計られないようなものであったとしても。
なら、サイレンススズカも――いや、それどころか、他の二人さえもか?
確証はない。確信もない。付き纏うのは不安だけ。
何処が悪くて、何を見て感じ取っていたのかさえ分からない。
どうする。どうすればいい。
誰か別のトレーナーに――――いやそれは駄目だ。
そもそもオレの不安感だけで、一体誰が本気になる。明確な理由を、明確な言葉と明確な数字で示さねば誰も信じはしない。
テンポイントの関係者ですら、彼女が悲劇に見舞われた原因は分かっていない。なら数字として表れるのは微差。
観察に観察を重ねて、検証に検証を繰り返して。初めて見えてくるほどの差異。それを、誰が見つけられる。
胃が引っ繰り返って中身を全部ぶちまけてしまいそうな焦燥感――――
「あ、あのっ……だ、大丈夫っ、ですか?」
明確な
見れば、今にも泣きだしそうな顔をしているのに、精一杯の勇気を振り絞っている幼くも誇らしい姿が其処にあった。
どうして、君はオレに優しくできる? 怯えさせた張本人だぞ?
その姿に、一つ救われた。
「理事長、トレーナーさんはお疲れのようですし、今日はこの辺りにした方が……」
どうして、君はオレを気遣える? 傷つけた張本人だぞ?
その言葉に、また一つ救われた。
「ほ、本当に、ごめんなさい。もう、いいですから、自分の身体を……」
どうして、君が恥じる? 恥じるべきはこのオレだ。
きっと、君にだって、オレは救われていたはずだ。
『――――頼む』
その時、頭の何処かで、オレ自身の切なる叫びが聞こえた気がした。
同時に、やめておけとも声がする。
壊れかけのお前に一体何が出来るのか、と。
トレーナーなどきっと続けられない。さっさと辞めてしまえばいい。
目も耳も口も塞いで暮らせばいい。そうすれば、彼女達の血を見ずに、悲鳴も聞かずに済む。
オレの不安感が現実になるなどと、何処の誰が決めたのか。
自分の夢から逃げ出すことを選んだ男に、一体何が出来ると言うのか。
「…………いや、違うだろ。甘えんな」
けれど――――胸に生まれていたのは別の想いだ。
知らず知らずの内に漏れた心情は言葉になっていた。
もしかしたら、彼女達の耳には届いていたかもしれない。ウマ娘は五感すら人間よりも遥かに優れているから。
「――――理事長」
「傾聴ッ! 何かなッ!」
オレの夢はもうどうでもいい。
叶うなら叶う、叶わないなら叶わないでいい。果報は寝て待てだけ。その程度で叶う夢なんだ。
それ以上に、見ず知らずのオレですらを救ってくれた君達に報いたい。
花のように美しくも誇らしい君達の、咲き誇る未来を見てみたい。
壊れかけのオレに、彼女達の未来を輝かしいものと出来るかは分からない。
あの悲劇が、沈黙の日曜日が訪れるのかさえ不確か。
一つ積んでは君のため。二つ積んでは君のため。三つ積んでは君のため。
待っているのは重ねた努力と結果が、17時を跨ぐ度に崩れ去る賽の河原。
だが、その沈黙も、賽の河原を越えられるだけの武器も、オレにはある。
シンザンから貰った観察眼と集中力。
かつてのオレが残した、道程という名の情報。
血反吐を吐く思いで詰め込み続けた知識。
そして、彼女達の意志とオレが両親から受け継いだ能天気なまでの前向きさと異常な体質がある。
彼女達の身を守りつつ夢を叶えられるだけの武器は揃ってる。
何を恐れる事がある。何処にも迷う必要はない。
記憶はなくとも一度は半ばまで歩んだ道だ。今度は最後まで歩み切る。
「彼女達のトレーナー、やらせてくれませんか?」
「………………不愉快ですッ! 私はメジロ家の者として成し遂げなければならない目標がありますッ! その邪魔をされたくありませんッ!」
ただひたすらにオレを気遣っていた今までと打って変わった叱責と侮蔑の言葉。
でも変わったのは言葉だけで、心持ちまで変わっているわけではない。
口を開く直前まで言葉を選んでいたことからもまる分かりだ。
しかし、さてどうしたものか。
オレに気を使っていようとも、彼女の言葉は実に正論。
オレと同じ症状が出ているのならば、トレーナーは続けられない。
常識的に考えれば、それが正しいが、オレの体質に常識は適用されない。
「慢侮ッ! 例え一日の内9時間の記憶が失われてしまおうとも、残り15時間が彼には与えられているッ! 何せ、彼は眠らないからなッ!」
「厳密には眠らないんじゃなくて、脳も体も睡眠時と同じ状態なのに、何故か意識はあるし身体も思い通りに動かせるって感じらしいけど」
「何を馬鹿な……ッ!」
「いや、ほんとだよ。オレ、生まれてこの方失神した時以外に意識を手放したことはない。それにネットで調べてみな。現実にオレ以外にもそういう人間はいる」
「言っておきますが事実ですよ。トレーナーさんが眠らないのはこの学園では有名ですから。何でしたら、他のトレーナーさんに聞いてみますか?」
オレが事実を口にするだけでは、疑われているだけだったろう。
だが、理事長と駿川さんが保証してくれたことで事実は補強される。
メジロマックイーンは信じられないようなものを見る目で、オレを見ていた。
何度も浴びてきたのと同じ類の視線。それを不快に思ったことは一度足りともない。
当然だ、オレがこの体質ではなかったら、同じような視線を向けていただろうし、生まれつきではなく後天的になっていたのなら思い悩んだはずだ。
ただ、其処から瞳に浮かび上がってきたのは、疑問だった。
ライスシャワーも、サイレンススズカも同じ色で揺れている。
「何故……?」
「いや、だってなぁ。君達と話してて、随分と心が軽くなったから。ほら、生まれ変わったみたいじゃないか、オレ?」
「………………」
「だからまあ、その礼だよ。零落れていくのは構わないが、礼も言わずにだんまり決め込むのは性に合わない」
久し振りに、まともな呼吸をしている気がする。
目の前に広がっているのは暗闇に閉ざされた道一つない荒野だけ。
だが諦念には程遠く、前に進む気概に満ちている。進めるところまで、進める分まで行けばいい。
それに何より、自分だけ救われておいて、はいさようならをするとでも?
笑わせないで欲しい。馬鹿にするのも大概にして欲しい。そんな真似、男のすることじゃない。
どれだけ酷く罵ろうと、どれだけ身体的な欠点を指摘しようと。
メジロマックイーンは、もう折れないと悟ったのだろう。閉口して押し黙った。
「それとも、オレじゃ不満?」
「不満なんて。経験を失って新人トレーナーと同じだったとしても、選抜レースも出ていない状態で声を掛けられて、嬉しくないわけがありませんわ。私達を認めて下さっている、期待して下さっているも同然ですもの」
「そんなもんか。こっちは
「理事長もたづなさんも認めていらっしゃる上に、殆ど新人の状態からルドルフ会長の専属トレーナーになった方が何を仰るやら。それにスズカ先輩も相当入れ込んでいるようですし」
「マ、マックイーンちゃんっ!?」
「ですが、不満があると言うのなら一つだけ」
彼女の揶揄に、サイレンススズカは顔を赤くして慌てふためいていた。
年下に揶揄われるのがそんなに屈辱だったのか、はたまた――――。
ともあれ、彼女が不満を抱えていたのは事実。
それはオレの能力面に関するものではなかった。
「私達のトレーナーになるのなら、まず私達の走りを見てからにして下さい」
矜持と自信に満ち溢れた姿は、余りにも眩しい。
成程、確かに道理だ。
そして、この上なく公平でもある。
彼女達はオレが何をしたのかを知っているのに。
オレは彼女達の走りを欠片も知らない。覚えてすらいない。
確かにそんな状態でトレーナーになろうなど、やらされているようで気分が悪かろう。
彼女達の走る理由は本能だ。だが、その走りにはだからこそ誇りで満ちている。
ならば、やる事は一つだけ。
「分かった。明日の17時以降に第一コースで。君達の走りを魅せてくれ」
使命感ばかりではない。興味はあった。
純粋に。単純に。
彼女達がどのように走るのか。
どんな夢を背負い、どんな夢を見ているのか。見てみたい。
「不満ッ! まだ時間も早いッ! 今からでも構わないのではないかッ!」
「いえ、その前に筋を通します」
「…………そう、ですね。頑張って下さい」
理事長と駿川さんは目を見開いて、寂しげに笑った。自身を理解してくれる人がいるのは本当に有り難い事だ。
ほんの少しだけ彼女達に勇気を貰ったから、腹を括った。
オレは明日、一人の少女に対して自身の口で自身の裏切りを口にする。
謝りはしない。許しも請わない。恨まれるべきなんだ。
それだけの決断を、オレは既に下していた。
もう、どう呼んでいたかさえ分からないかつての愛バに、“皇帝”シンボリルドルフに、別れを告げに行こう――――