トレーナーさんは眠らない(ガチ)   作:HK416

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レオ杯の告知来ましたねぇ。
水マブが運よく引けたものの、パワーが、パワーが伸びねぇ……! いっそのこと賢さ育成に舵切った方がいいかなぁ? でもスキルがなぁ……。

そしてハーフアニバーサリーも、確定ガチャでダブリなく引けると良いが、どうなることか……!

では、本編をどうぞー。




『香美脆味』

 

 

 

 

 

 四月の半ば。

 

 未出走でありながら、クラシック級を相手取って押し切ったスズカ。

 ジャパンカップでの不調から完全に復活を果たしたルドルフ。

 中央初戦から余裕綽々で重賞勝利をもぎ取ったオグリ。 

 

 始動した“デネブ”の第一歩は、世間から注目を集めるには十分な大成果。

 連日、ニュースに新聞、雑誌と辟易するほど取り上げられ、取材の依頼は引っ切り無し。

 

 だが、チームの雰囲気はさほど変化はない。

 取材は必要最低限に抑え、依頼を受けるのも発言や話を盛りもしなければ控えもしない信頼に値する相手のみ。

 いつものようにトレーニングをして、いつものように模擬レースをして、いつものようにフォーム改善をして、いつものようにダンスレッスンをちょこっとしていくだけ。

 

 驕り昂ぶりは無きに等しく、仲間内でも必要以上に持ち上げてもいない。

 元々気質的に(食い気的な意味を除いて)ストイックな娘達が揃っている。

 加えて、オレとしても勝ちはほぼほぼ確定した上での決断だったので、活躍を褒めこそすれ必要以上に喜びはしていない。

 だからか、皆はより一層気を引き締めてトレーニングに臨んでくれている。

 

 そして、今日は祝勝会だ。

 日々口にしなくとも溜まっていく些細な不満やレースに勝った喜びを思う存分に吐き出し、讃え合うため用意した場ではあるのだが……。

 

 

「ルドルフもスズカもさぁ、気にし過ぎじゃない……?」

「いや、そんなことはない。適切な対応だとも」

「えぇ、そうです。トレーナーさんの身に何かあったら大変ですから」

 

 

 夕暮れの赤い光が街を覆い尽くす中、トレセン学園からそう遠くない店へと向かっている道中。

 オレは右をルドルフ、左をスズカに挟まれながら歩いていた。

 

 二人、と言うか、今日は全員が私服姿。

 ルドルフは以前のデートで見たパンツスタイル、スズカは清楚としか言いようがないトップスとスカート。

 

 相変わらず距離感がバグっていて、肩と肩が触れ合いそう。

 親父譲りの大きい身体をなるべく小さく縮めるが、酷く歩き辛い。せめてもう2、30cmは離れて???

 

 ルドルフもスズカもオレの言葉に聞く耳を持ってくれない。

 今や彼女達の頭頂にある獣のような耳がピンと伸びている。この動きは警戒を意味している。

 

 鋭い視線を周囲に飛ばす様は、まるでSPのよう。

 擦れ違う人々はガンを飛ばされて、目を逸らしながらそそくさと去っていき、車道を車が通れば庇うように腕を伸ばす。

 そりゃまあ事故で酷い目にあっちゃいるが、何も其処まで警戒しなくても。

 でぇじょうぶだ、事故の状況だけは把握してる。次は何とか自分も助かるように立ち回れるから。

 

 

「皆さん、あちらですわよ!」

 

 

 先頭を進んでいたマックイーンがオーバーオールとスカートを一体化させたワンピースの裾を翻して、テンション高めに目的の店を指差した。

 やっぱり彼女も食べ物のことになるとテンションが上がる。スイーツだったらもう爆上げと言ったところだ。そういったところは年相応で本当に可愛らしい。

 

 だが気持ちは分かる。美味しいものとか好きなものを食べると幸せな気分になるもんなぁ。

 幸せな気分を台無しにしたくはないので、今回は指摘せずにスルーしておく。

 

 見えてきた店構えはビルの中や合間にあるようなタイプではなく、一見すれば料亭風の佇まい。

 おハナさんや黒沼さんもよく利用していて、南坂ちゃんも担当の売り出しのための接待で使うらしい高級店だ。

 祝勝会で使うには行き過ぎちゃいるが、こちとら上流階級の娘さんが二人もいるし、活躍ぶりを考えれば釣り合いは取れている。

 

 やたらと立派な棟門を越えて、これまた立派な引き戸を開けて中へ。

 店内は和で統一された内装になっており、天井からは提灯風の照明が垂れて淡く玄関先を照らしている。

 

 そして、割烹着を着た妙齢の女性が待ち構えていた。

 見るからに女将さんと言った次第で、振る舞いも立ち姿も品がある。

 

 

「予約した“デネブ”ですけど」

「お待ちして――――……」

 

 

 予約した名を告げると、女将さんは恭しく頭を下げる。

 そして、歓待の言葉を告げようとしたのだが、目を丸くして固まった。

 無理もない。オレの背後に居るオグリとライスの姿が目に入ったのだから。

 

 彼女達も本日は他の面々と同じく私服。

 オグリはジーンズにシャツの上からカーディガンと何処か垢抜けないオレと似たようなコーディネイト。

 ライスは人形のように可愛らしい膝下ワンピースで、今日はお気に入りの帽子ではなく、服に合わせた色のリボンをつけていた。

 

 ただでさえ均整の取れた身体つきと端正な顔立ちで視覚をぶん殴ってくるウマ娘に驚いた、のではない。

 

 

「うるるるるるるるるる」

「……食べる……いっぱい食べる……」

「二人とも、どう。どうどう」

 

 

 酷く低い唸り声を上げるオグリ。

 蒼い鬼火のような眼光を宿したライス。

 鬼を宿した二人の姿を見たからだった。

 

 獰猛! それは……『爆発するように襲い……そして消える時は嵐のように立ち去る』……正に今の二人の食欲を象徴したかのような姿だ。

 

 オレは必死に暴走状態に突入しそうな二人を諫めつつ、チラリと女将さんの顔を見る。

 

 その引き攣り蒼褪めた表情よ。

 どうやら過去に訪れたウマ娘の団体客に負わされたトラウマは相当なもののようだ。

 今にもふらりと倒れてしまいそうだが、どうにかこうにか気合で耐えていた。

 こうした高級店は、もてなしも料金にきっちり含まれる。

 金銭を受け取る以上は。その一念だけで震える膝を抑え込んでいる辺り、並々ならぬプロ根性だった。

 

 

「お待ちしておりました。どうぞ、此方で御座います」

 

 

 脱いだ靴を下駄箱に入れたあと、女将さんに引き連れられて店の中を進んでいく。

 廊下の窓の外に広がっている庭は小さいながらも岩で囲まれた池と鹿威し、水仙やカスミソウと言った春の花々が植えられている。

 行き届いた手入れを見ると、専属の庭師でもいるかもしれない。外観も内観も手が込んでいて、小市民のオレには別世界に迷い込んでしまった錯覚に陥りそうだ。

 

 そして辿り着いたのは一段と広い和室。

 畳張りの掘り炬燵の上に、テーブルと一体型のグリルが二つ並んでいた。

 一つは通常通りの大きさ。しかし、もう一方はグリルがやたらと大きい。恐らくはウマ娘の団体のために用意した特別製だろう。

 

 

「ふむ、では席だが――――」

「私がトレーナーさんの隣に座りますね」

「むっ……いやいや、サイレンススズカは酌の仕方も知らないだろう? 此処は私がトレーナー君の隣につこう」

「むむむっ……!」

「いや、二人ともマックイーンと一緒に奥の小さい方な。大きい方にオグリとライスが座って、オレもそっち」

「「……そ、そんな」」

 

 

 何時ものようにバッチバチにやり合い始めた二人にキッパリと告げる。

 別にオレの隣である必要はあるまいに。元々席は決めていたし、主役には楽しんで貰わねばならない。

 すると、ションボリルドルフとシュントスズカと化したが、今のオグリとライスを相手にさせるつもりはない。

 

 マックイーンはスキップしそうな軽やかな足取りで一番奥へ。

 ルドルフとスズカはやや気落ちしながらも続く。

 そして最後に戦場に赴くような力強い足取りでオグリとライスが。

 

 オレも腹を括って、オグリとライスの対面に腰を下ろすと、女将さんがそれぞれにメニューを配る。

 

 

「……たッッッ!」

「これは、大丈夫かトレーナー君?」

「気にしなくていいぞ。念のため今回のオレの取り分全部と+α下ろしてきたから」

 

 

 メニューを開いた瞬間、スズカが悲鳴のような声を上げ、ルドルフが即座に此方に視線を飛ばす。

 そりゃそうである。何せ、渡されたメニューの中に3桁台の品が一つもない。飲み物に至るまで、だ。

 

 食欲に飲まれたオグリとライス、元々金銭感覚が上流階級まんまのマックイーンは気にした様子はない。

 しかし、中の上くらいの家出身のスズカは衝撃を、両親の方針で家からの支援なく生活していて金銭感覚がしっかりしているルドルフは不安を覚えたらしい。

 

 大丈夫だ、問題ない。

 流石のオレも初めて利用する店の下調べはした。いまオレのバッグの中には8桁もの金が入っている。

 記憶はないがトレーナーの高給とルドルフの担当をやらせて貰っているので、貯金はまだまだあるので本当に問題はない。

 

 が、そこはそれ。

 それなりに裕福な家庭に産んで貰ったが、こちとら基本は小市民。

 下ろしただけで眩暈を覚え、持ち運びするのにどれだけ気を遣った事か。

 

 それがし、こんな金額を一晩で使うなんて初めてじゃ……武者震いがするのう!!

 

 

「取り敢えず、飲み物は烏龍茶、後は季節のサラダとわかめスープ、キムチの盛り合わせを全員分で」

「なっ、紅茶は! 紅茶はダメですの?!」

「紅茶は食後な」

 

 

 手始めの注文をすると、マックイーンが不満の声を上げた。

 根っからの紅茶党なのは知っていたが、そこまで? そこまでか? 焼肉に紅茶は合わんでしょ……。

 

 これもお肉の付きやすい彼女のため。焼肉屋でも太りにくい食べ方というやつだ。

 

 烏龍茶は脂質、糖質の吸収を抑える効果。

 キムチは酵素で腸内の環境を整え、カプサイシンで血流を良くして脂肪の燃焼効果アップ。

 野菜と海藻類でカロリー少なく食物繊維とミネラルを豊富に摂取し、適度に腹も膨らませる。

 あとはご飯ものや麺類も極力控えさせて、炭水化物の量も減らす。

 更に味付けは塩中心、メインの肉も赤身中心にしてしまえばボディビルダーもよく食べる高タンパク低糖質のメニューになるが、其処まではやり過ぎだな。

 

 今日は身体を造る食事ではなく、味や雰囲気を楽しむための食事。

 多少の制限は設けるが、メインの肉くらいは好きなように食べて貰うとしよう。

 

 

「トレーナーさん、お酒は飲まないんですか?」

「んー? 酒はいいよ」

「もしかして、下戸とか?」

「いや、強いし好きな方だよ多分。未成年の前で飲むほど見境ないわけじゃないだけ」

 

 

 こうした店で大人は酒を頼むものとでも思っていたのか、はたまた父親が頼んでいたのか。

 スズカは飲まないのかと聞いてきたが、元々そのつもりはなかったから断っておく。

 

 何にせよ、他の大人がどうかは知らないが、オレは未成年の前で飲酒しないと決めている。

 下戸と言うことはない。両親がザルなんで、お陰様で息子のオレもザル。それこそ店の酒を呑み尽くす勢いでもなければ前後不覚になることはないだろう。

 

 ただ、相手に酒を飲ませなければ、自分が酒に飲まれなければそれでいいという訳でもない。

 万が一ということもある。何かの手違いで誰かの口に運ばれてしまうのが怖い。

 

 ちょっとした手違い、誰も予想できなかった失敗であったとしても、最近はマスコミから一般市民まで含めた世論からのバッシングは常軌を逸している、と言ってもいい。

 未成年飲酒の事実がマスコミにすっぱ抜かれるのも、警察の耳に入ってお世話になるのも洒落になっていない。

 オレ一人で痛い目を見るだけならまだいいが、彼女達の未来が閉ざされるのだけはゴメンだ。当然の配慮だろう。

 

 スズカに何気なく返答すると、へぇと嬉しそうな顔をする。まるでオレの考えを知れただけでも嬉しいと言わんばかり。

 オレが下戸かどうかなんて興味を持つなんて、変わってるなぁ。それとも酒の味に興味あるとか?

 

 彼女が喜ぶ理由も分からず、首を傾げながらメニューに視線を落としたその時、今度はライスが口を開いた。

 

 

「あの、トレーナーさん、本当に、好きなだけ食べてもいいの……?」

「ああ、皆よく頑張ってるからな。今日は大盤振る舞い、気にせずに好きなだけ食べな?」

「ふ、ふふふ、そうか。普段はセーブしているのだが、今日ばかりは思う存分、か。ふふふふふ…………やりすぎてしまうかもしれん」

「「「「「………………」」」」」

 

 

 ライスの問い掛けに笑顔で返したのだが、誰よりも喜んでいたのはオグリだった。

 その顔に刻まれた笑みは、大胆なまでに不敵と言うべきか、底知れぬほどに不気味と言うべきか。

 

 いずれにせよ、二人を除いたチームメンバーの表情はスンと消えた。多分、オレも同じだ。

 更には女将さんの顔から血の気が引いている。オレの耳にまでサーッって音が聞こえた。

 

 オグリこいつ、急にバーン様みたいなこと言い出しやがった……!

 

 マジかよ……! 

 普段はセーブした状態だったの?! 

 あれだけ食べて、あんな妊娠初期みたいなボテ腹晒しておいて!?

 

 トレセン学園、いやウマ娘史に名を残しかねないオグリの胃袋が相手、か……ますます身震いがするのう!!(震え声)

 

 

「済まない、先程のサラダとキムチだが私は十人前に変更、そして塩キャベツ十人前も追加で……!」

「あ、ライスは五人前で同じものをお願いします……!」

「………………っ」

 

 

 あっ、女将さんが声もなく腰抜かしたーーーーー!

 

 そりゃそうである。

 手始めのサイドメニューからオグリとライスが気迫十分に注文した量はどうかしてた。

 そして、これから注文されるであろうメインの肉はどれほど食べるつもりなのか想像もつかない。

 

 恐らく女将さんの頭の中では、今日の仕入れで足りるかとか、厨房が注文は捌ききれるかとか、運ぶだけでどれだけの労力がかかるのかとかが際限なく渦巻いているに違いない。

 

 だ、駄目だ! オグリもライスも完全に掛かってしまっている!

 冷静さを取り戻させるとか、いくら何でも無理これェ!!

 

 

「あの、こっちの席は盛り付けとか気にしなくていいんで……」

「は、はい、ありがとうございますぅ……」

 

 

 オレが辛うじて絞り出せたのは、店側の負担を僅かでも軽くするための気遣いだけだった。

 カタカタしだした女将さんは、涙目になりながらコクリと力なく頷いて、感謝の言葉を口にする。

 

 しかし――――

 

 

「あぁ、見るんだ、ライス。牛刺しのお寿司やしゃぶしゃぶなんてものまである。これも食べなければな……!」

「ほ、本当だっ。頑張るぞ、おーっ!!」

 

 

 ――――二人はオレと女将さん、そして店の気など知らず、更に恐ろしい企てを満面の笑みで口にするのであった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「わぁ、盛り付け方も綺麗」

「それだけではない。グラスや皿も小洒落ているぞ」

「見た目もいいですが、味の方も保証しますわよ!」

 

 

 烏龍茶で乾杯を済ませ、運ばれてきた前菜をつつきながらの一幕。

 

 スズカはまるでメニューに載せる写真そのもののように盛り付けられたサラダに目を輝かせていた。

 気持ちはよく分かる。写真と実物の違いにがっかりするのは、料理に限ったことではないがよくある現象である。

 こうした店は料理の見た目も料金に入っているものなので、客を満足させるための手間暇を惜しまないものなのだろう。

 

 こうした高級店に慣れているであろうルドルフは、手にしたグラスに注がれた烏龍茶をゆるゆると回していた。

 確かに、彼女が言うようにグラスや小皿は量産品ではあるが触り心地からして違いを感じる。

 サラダや肉の乗った皿は陶芸家が作ったらしいこの世に二つとない一品もの。これ一枚でいくらになるのか考えるだけでも恐ろしくなる。

 

 そしてウッキウキではしゃぎ放題のマックイーン。

 自分の店でもないのに、我が物顔で目を輝かせていた。食べ物のことになると性格変わるなぁ、この娘。

 

 かく言うオレはと言えば……

 

 

「と、トレーナーさん、もういいよね……?」

「まだ30秒しか経ってないから! 先にサラダとキムチを処理しとけ! ダメッ、ライスッ! ダメッ!」

「しょぼーん……もぐもぐ、キムチもおいひぃ……!」

「この辺りは大分育っているからもういいだろう……」

「まだダメだっつってんだろ! 塩キャベツ喰ってろ! ダメだオグリッ!! ダメダメッ!!」

「しょぼーん…………もぐもぐもぐ、うん、美味い」

 

 

 肉食獣と化したオグリとライスを必死で抑え、何とか草食獣に押し留めている最中だった。

 

 オレはグリルの上で両手の人差し指と中指を伸ばし、交差させながらバシバシ叩いて何とか牽制する。

 一番最初に選んだのは定番のネギタン塩。松阪牛だの神戸和牛だの、種類は色々とあったが選んだのは牛タンで有名な仙台牛。

 じゅうじゅうと焼ける肉の音と匂いはオレですら魅力的である。食欲旺盛な二人が火に誘われる夏の虫になってしまうのも分からなくはない。

 

 でもいくら牛肉だからってまだ早いって!

 タン刺しなんてものもあるけれど保存状態とか色々あるし、焼いて食べるように提供されるものを生で食べるのはまずいって!

 店の意図していない食べ方して食中毒とか関係者全員不幸にしかならないって!

 

 牛肉は中心温度が75℃1分加熱が基本。

 多くの不幸と悲劇の連鎖を押し留めるべく、オレは必死であった。

 

 

「春キャベツの柔らかさと甘味に塩ダレのしょっぱさが加わり、更に塩昆布とゴマの風味が鼻を抜ける。正に絶品だ……!」

 

 

 オレの気を知ってか知らずか、塩キャベツの食レポに入るオグリ。

 

 そう、彼女はただの大喰らいではないのだ。

 ひたすらに量と好みを食べられればいいわけではない。

 美味しいのは大前提であるものの、気にするのは寧ろ組み合わせ。

 

 カレーならばビーフにするか、チキンにするか、はたまたポークか。

 其処から脇に添えるのは福神漬けか、らっきょうか、いやいやいっそのこと無しか。

 付け合わせのサラダは口をサッパリとさせるべきか、野菜の旨味を堪能すべきか。そして、ドレッシングは何にするか。

 スープは? 飲み物は? と行くわけである。

 

 出されたものも選んだものも必ずぺろりと平らげるのだが、メンドクセッ! コイツほんとメンドクセッ!

 

 オレは栄養バランスとオグリの嗜好とを考慮してメニューを提示しなければならず、毎度毎度頭を捻らせている。

 更には量も半端ないので苦労は倍率ドン! で更に倍。食べて身体を造るのがオレの基本方針なので文句を言えないのが辛い所だ。

 まあ、彼女から食事の度に尊敬と感謝の言葉を受け取って、ついつい張り切ってしまうオレにも問題があるが。

 

 そうこうしている内に、網の上に置かれたネギタン塩はちょうどいい焼き加減になっていた。

 隣のテーブルはまだ焼けていないようだが、一足先に実食して頂くとしよう。

 

 

「ではオグリ先生、どうぞ……!」

「私が最初でいいのか……では、遠慮なく……もぐもぐ、うっ!?」

 

 

 上に乗ったネギを溢さぬよう慎重にトングを使って、まずは今日と言う日を誰よりも楽しみにしていたオグリの小皿に取り分ける。

 

 オグリは神妙に頷くと、まずは素材そのものの味を楽しむためか、レモン汁もつけずにパクリと一口。

 余りにも真剣味を帯びた表情に、その場の全員の視線が集まったが、次の瞬間に彼女は口元を押さえて呻き声を上げた。

 

 

「……っ」

「どうした急に?!」

 

 

 すわ何事かと見守る中、つーとオグリの頬に一筋の涙が伝う。

 

 

「う、美味い。美味すぎる……!」

「オグリが食レポを忘れる、だと……?!」

「ウソでしょ……」

「感謝するぞ! この味と出会えた、これまでの全てに……!」

「そこまでか…………そこまで、か……?」

 

 

 果てしなき熱意で牛を育て上げた畜産業の皆さん。

 食材を元に料理の域に押し上げた店員。

 焼き加減を見極めたオレ。

 そして、何よりも食材となった牛。

 

 全てへの感動と感謝の籠った涙。

 

 場面が場面なら感動していたかもしれないが、如何せんネギタン塩喰っただけである。

 確かに食べることの歓びを感謝として示せるのは素晴らしいと思うが、ルドルフが疑問に思うのも無理はない。オレも言葉が出てこなかった。

 

 

「さあ、ライスも食べるんだ……!」

「うん……食べる……食べる……もぐもぐ、むぐっ、おいひぃ!」

「我々も頂くとしようか……むっ、ほぅ、流石に値段相応だな」

「そうですね…………んっ……わっ、柔らかい!」

「さあ、堪能させて頂きますわ! あむっ……んん~~~~~~♪」

 

 

 困惑を振り払い、さあどんちゃん騒ぎに――とはいかない。

 個々の性格は基本的に冷静、或いは落ち着いているからだ。

 オレとしてはもっとはしゃいでいる方がいいと思うし、そちらの方が好きだが、落ち着いた楽しみ方もある。

 

 それに、年相応の部分が見れなかったわけではなかった。

 

 オグリとライス、マックイーンは何時までも目を輝かせ、もっきゅもっきゅと口を動かして舌鼓を打っていた。

 ルドルフとスズカは、肉の油で大きく立ち上った炎に可愛らしい悲鳴を上げたりと見ているだけで飽きはこない。

 

 しかし、その影で―――― 

 

 

「やることが……! やることが多い……!」

「結局フィジカル……! 仕事って……最後はフィジカル……!」

「ゆとりが欲しい……! こうしてゆとり教育が生まれたのね……!」

「メニュー開いて此処から此処まで十人前とか……もう少し考えろ! コンプライアンスを……!!」

「ノーフューチャー!! 店の明日がノーフューチャー!!」

 

 

 ――――店員さんの悲痛が厨房で響いていた。更に言えば……

 

 

「なんて、こった……」

(こっちがなんてこっただよ!!)

 

 

 もう思い出すのも怖くなるレベルの金を支払うことになるのだが、今のオレはそんなことを知る筈もないのであった。

 

 

 

 

 

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