トレーナーさんは眠らない(ガチ)   作:HK416

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『不失正鵠』

 物事の一番重要な部分を正確にとらえること。
「正鵠」は弓の的にある中心の黒い星。矢を外すことなく、正確に正鵠を射抜くという意味から。




『不失正鵠』

 

 

 

 

「それでね。これを写真でパシャッてすると……」

「パシャッと……おぉ、連絡先が一瞬で。ライスは凄いな……!」

「え、えへへ」

 

 

 オグリにとっては初スマホ、オレとルドルフは最新機種へ買い替えた翌日。

 これから予定しているトレーニングに備えてジャージ姿でオレ達四人はミーティングルームのソファに座っていた。

 

 オグリとライスは隣同士で座り、互いのスマホを見せあっている。

 今はQRコードを使って連絡先を交換している最中だった。

 

 オグリは使い方を教えられる度に静かに驚き、目を輝かせながらふんふんと頷いている。

 スマホに忌避感を抱いていた割りに一度教えただけで覚える辺り、やはり地頭の良さは本物だ。

 

 対してライスは何処か得意げながらも照れている。

 元々誰かに勇気と幸福を、と願ってレースの世界に飛び込んできた娘。自信がとんとなかろうとも、人から頼られて喜ばない筈もない。

 

 

(それはライスさんが凄いわけではないのでは……)

(マックちゃんの顔が……)

 

 

 対面のソファに並んで座っているオレとマックイーンは微笑ましい光景を眺めていた。

 

 だが彼女の怪訝そのものの顔。

 割と添加物少な目のボケをかまし、冴えるツッコミを魅せるメジロの令嬢の気持ちは分かる。

 いやボケもツッコミも令嬢のスキルじゃなくて、芸人か関西人とかの必須スキルなんですけどね?

 

 しかし、オグリにスマホの使い方を最低限しか教えなかったのは逆によかったかもしれない。

 こうしてチームの面々に世話を焼かれれば仲は深まる。初対面でも仲良くなるキッカケにもなる。

 オレからはGPSアプリを入れて貰うとして、後はネットリテラシーとSNSの使い方の簡単な指導だけに留めた方がオグリにとっては良い結果になりそうだ。

 

 また一つ、オグリを取り巻く環境が当人にとってよいものになりそうな予感を覚えていると、ドアがノックされる。

 

 

「はい、どうぞ~」

「済まない、遅くなってしまった」

「はぁ……はぁ……ごめんなさい」

 

 

 オレの返事を待って入ってきたのは、一仕事終えてきたルドルフと一走り終えてきたらしいスズカだった。

 

 ルドルフは相変わらず生徒会の仕事。

 トレセン学園は生徒会の権限がやたらめったら大きい。

 建物の改修工事の予定や見積り、新しい設備導入の検討と決定など、どう考えても学園側の職員がやるべき仕事も担っている。

 ルドルフがその手の知識を持っているから成り立っているだけなんだが、別の誰かに代替わりしたらこの学園メチャクチャになんねーだろうな。

 

 そして、乱れた息と上気した頬、軽く汗を搔いているスズカ。もう既にウォームアップしてきてるぅ……。

 

 趣味は? 走ることです! 特技は? 走ることです! 休日の過ごし方は? 走ってます! 走ること以外の趣味とかは……? …………ジョギング?

 いま面接したら、こんなことになってしまいそうだ。貫禄の頭先頭民族振りである。スズカ、そういうところだぞ。

 

 

「……? 会長さん、何かあったの……?」

「ん? どういう意味かな、ライスシャワー?」

「どういう意味も何も……ウキウキしてらっしゃると言いますか、何となく雰囲気が……」

「………………」

「ふっ、バレてしまったか。ふふふふふふ」

「「……?」」

 

 

 ライスとマックイーンは一目でやたら御機嫌と分かるルドルフに首を傾げた。

 ここ最近の付き合いで、割と暴君な面も見てきているので感情を表に出さないタイプとは夢にも思っていないだろうが、確かに此処まで喜んでいる彼女は珍しい。

 その姿に、走っていて悦に浸っていたスズカもスンと真顔になっていた。妙に視線が鋭いのは気のせいだろうか……。

 

 すると、ルドルフはやれやれ参ったなと言わんばかりに、優越感に浸ったまま首を振る。

 そして、チラリとスズカに視線を飛ばした。牽制のつもりなのだろうか。いやしかし、何に対する牽制だ?

 

 と言うか、見せるのか……!

 ルドルフ……! やるんだな! 今、此処で……! 

 

 頼むからやめてくれ。

 そんなオレの願いも虚しく、ルドルフは徐にジャージのファスナーを下げていく。

 

 

「ふふっ。昨日、トレーナー君と一緒に買いに行ったのだが……」

「――――?!!?!」

「どうだろう、厳選した一着だ……!」

「「「…………………?」」」

 

 

 スズカだけはルドルフの言葉に酷くショックを受けたのだが、次の瞬間にはライスとマックイーンの二人と一緒になって目が点になった。

 

 彼女達は今、ルドルフの“領域(ゾーン)”に引き摺り込まれたのだ。

 何が起こったのか分かるまい。何も見えてないし、何も感じてもいない。

 いや、違う。何もかもが見えている! 全てを感じている! いつまでも情報が完結しない!! 

 

 これがルドルフの領域『無笑空処』……!

 三人とも宇宙を垣間見た猫みたいな顔になっちゃってる……!

 

 それもそのはず。

 ルドルフのジャージの下から現れたのは白地に「重大な十代」とプリントされたTシャツだった。

 謹厳実直、気骨稜稜な彼女がこんなクソつまんないダジャレTシャツを喜悦満面で着るなんて想像できないもの。普段とのギャップで脳を破壊されてしまうもの……!

 

 そう、昨日ルドルフの行きたいところはないか、と聞いた結果、連れていかれたのがダジャレTシャツ屋さんだったのだ。

 三人同様、オレも終始脳を破壊されっぱなしでした。

 

 

「「「………………」」」

「ふむ……不発だったか。では、オグリキャップ」

「むっ、そうか。任せろ、ルドルフ……!」

「「「えっ」」」

 

 

 無慈悲な沈黙を前にして、ルドルフはなおも引かない。

 すっとオグリに視線を飛ばし、受けた彼女はうんと力強く頷いてオグリがジャージの前を開いていく。

 そして露わになったTシャツには「日本で風呂に入ろう」「いいね、ジャパーン」と書かれていた。

 

 更に真顔で目が点になっていく三人。

 なお、オグリの反応を見れば分かるとおり、ルドルフの領域に引き摺り込まれていない。

 

 彼女もまた領域『天然暴食庭』の持ち主だから。

 ルドルフのダジャレをこれっぽっちも面白いなんて思っていない。こういうダジャレを即座に思いつく頭の回転の速さにずっと感心してるだけなのだ。

 

 恐るべきマイペース振り……!

 オグリがダジャレの意味を聞き返し、ルドルフが嬉々として返すと言う地獄みてーな展開を、オレはダジャレTシャツ屋さんで目の当たりにしたのである。

 一番ボケに対してやっちゃいけない奴なのに、オグリは無邪気にやってるし、ルドルフもノーダメージで説明しているのは何なの……?

 

 

「「「………………」」」

「こちらも不発か……では、トレーナー君のはどうかな?」

「「「えっ」」」

「……………………」

 

 

 やっぱり来た……!

 まあ分かってたけどさぁ……すっげーやだ。

 トレーナーさんの調子は絶不調である。これ、同じ生徒会のエアグルーヴとかブライアンも似たような目にあってねーだろうな。

 

 確かに、ダサTはオレも嬉々として着る。

 やるかやらないかで言ったら、間違いなくやる。

 

 たださぁ。こう、大事なレースの時に「乾坤一擲」とか「無我夢中」とか「全身全霊」とか。

 その日の気分やら状況を熟語で表すくらいのもんでね? こういうダジャレはなぁ……。

 身体張って笑いを取りに行くのはいいのだが、自分が面白いと思ってないことをやるのは嫌だ。

 

 でも流れは出来上がってしまっている。逃げるに逃げられない。

 こうして、ハラスメントというものが生まれてしまうのだろう。

 たまげたなぁ。セクハラでもパワハラでもモラハラでもなくダジャレハラスメント、略してダジャハラとは。

 

 もうこれまでと観念して、オレもジャージの前を開く。

 オレのは「野球しよう」「やあ、急だねぇ」である。

 

 

「――――ふふっ」

「「「えっ?!」」」

「分かってくれるのか、メジロマックイーン……!」

「おぉ、流石はマックイーンだな。頭が良い。私は何を言っているのかさっぱりだ」

 

 

 そんな中、マックイーンは上品に笑う。

 ルドルフはついに当たりか、と自らのセンスに狂いはなかったと自画自賛し、オグリは多分ダジャレの意味さえ分かっていない融通無礙っぷり。

 死んだ魚の目をしていたオレもスズカもライスも驚愕であった。いや、だって、ねぇ……?

 

 野球か? 野球が絡んでいるからか? などと困惑していると彼女は微笑み――――

 

 

「トレーナーさん……野球を馬鹿にしてらっしゃいますの???」

「……ち、違う。違うんですよ、マックちゃん……!」

「 馬 鹿 に し て ら っ し ゃ い ま す の ? 」

「……ゆ、許し亭……許し亭……」

 

 

 スンと真顔になってマジギレするやきうのお嬢様。

 

 胸倉とか襟じゃないけど、ジャージの端を掴まれた。

 ウワーッ! 凄い力だーーーー!!!

 ちょっと、予想外の反応すぎねぇかなぁ……?!

 しょうもないダジャレすぎて、野球好きの彼女を怒らせてしまった……! 

 

 

「これは折檻ですわね。さあ、お尻を出しなさい……!」

「え、いや、その…………はい……アオォ――――!!」

「凄い声だ」

「や、やめるんだメジロマックイーン……! や、やるならばトレーナー君ではなく私を……!」

「んっふ……ぐっ、ど、どうして、どうして素直にお尻を出すんですかトレーナーさん、んっ、んんっ……!」

「はーーーー……ダメ、笑っちゃダメ……お兄さまが、酷い目にあって……」

「ちょ、ちょっと待って! マックちゃんマジで待って! このままじゃオレのケツお猿さんに!」

「ふんっ! ふんっ! ふんん――――!」

「ア゛ッ、ヤッベッ……! ちょ、ちょっと、オ゛ア゛ァ゛――――!!」

「「んぐぐっ、ぶふーーーーーーーーー!!!」」

 

 

 ソファの背に掴まって、ケツを差し出す体勢で叩かれまくるオレ。

 マックイーンの気が済むまでスパンキング音は響き渡り続けた。これなんてプレイ?

 情けないにも程がある姿であったが、スズカとライスが笑ってくれたことだけは不幸中の幸いだった。

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「全く、トレーナーさんは! 全くぅっ!」

「いや、悪かった。今回はオレが悪かったわ。決してね? マックイーンと野球を馬鹿にしたわけじゃなくてね?」

「す、済まなかったな、メジロマックイーン。君が其処まで野球に興味関心があるとは……ところでトレーナー君、お尻は……」

「ケツが燃えてるみてーだ」

「ふっ、ト、トレーナーさん、そ、その話はもう……んふふっ……」

「すーーーーーーっ、はーーーーーーーっ……んんっ……!」

 

 

 もう泣きそうだよ、オレは。

 年下の女の子をキレさせるわ、折檻されるわ。オレの人生って一体……。

 

 まあいいんですけどね! オレの人生なんて大したもんでもねーし!

 マックイーンの機嫌がぷりぷり怒っている程度になって、スズカとライスがウケてくれれば儲けもんよ。

 

 でもオレのお尻はお猿さんどころかランブータン。

 ランブータンになってますネ。赤くテ、トゲトゲしてますネ。早く取っちゃって喰っちゃった方がいい、ランブータン。

 

 そりゃウマ娘の力でケツドラムされればこうもなる。

 正直、ソファに座ってるのも辛いレベルである。

 

 

「じゃあ、そろそろトレーニングに……」

「いえ、その前に。トレーナーさん、オグリ先輩と会長と一緒に買い物に行ったのに、どうして私――――達を誘ってくれなかったんですか……?」

 

 

 えぇ……? そこぉ? 今そこぉ……?

 オグリとライスの間に座ったスズカはずいと身を乗り出して問いただしてきた。

 

 あからさまに御機嫌ナナメの御様子。

 てっきり今日のトレーニングについて聞いてくると思ったのだが……。

 

 助けを求めるように隣のルドルフに視線を飛ばすが、彼女はドヤ顔ルドルフになっていた。

 

 

「声くらいかけてくれても……」

「あの、スズカさん、お兄さまはちゃんと誘ってくれてたよ……?」

「えっ?」

「確かに私達も誘って頂きましたわ。スズカさんは聞いてらっしゃらなかったようですけど」

「えぇーーーーーーー?!」

 

 

 そう、実は誘ってはいたのだ。

 基本トレセン生はトレーニング漬けの勉強漬け。

 選手と学生、両方の道を同時に歩む以上、生活もそれに見合うものになっていく。

 

 だから、息を抜ける機会があればオレは積極的に誘う。

 そうでなくても仲良くなる機会があれば見逃すつもりはない。ないのだが――――

 

 

『こりゃ携帯買わなきゃダメだな。ちょっと洒落にならんわ……』

『うぅ……済まない。迷惑をかけた』

『大事なくてよかったからいいって。折角だ、皆も来る?』

『そうですわね。ミーティングルームのお茶も少なくなってきましたし、折角ですので』

『じゃあ、ライスも……!』

『トレーナーさん、走りたいです。学園に戻ったら、外に走りにいってもいいですか?』

『お、おう…………済まん、マックイーン、ライス、付き合ってやってくれ。あれ何処までも走ってっちゃうやつだ』

『はぁ、仕方ありません。承りましたわ』

『そうかも……うん、分かった。頑張るぞ、おーっ!!』

 

 

 ――――というやり取りが、京都のホテルであったのだ。

 

 ルドルフの春天に当てられて、掛かり気味になったスズカを止める術などある筈もなく。なーんも話なんか聞いちゃいなかったのである。

 別に走りたいなら走らせてやればいい、と思うのだが、そうもいかない事情があった。

 スズカの場合は自主トレその他諸々含めてこっちから指示するトレーニング量を決めているので、走り過ぎて故障なんて問題はない。 

 

 問題なのは頭先頭民族振りだ。

 スズカときたら、走り出して楽しくなると何処までも走って行ってしまう。ちょっと前も酷かったんだよなぁ。

 

 

『もしもし、トレーナーさん。あの、こんな時間にごめんなさい……』

『いやー、気にしなくていいよ。で、どったの?』

『いえ、その……道に迷ってしまって……山の中みたいで……戻るのが遅くなりそうです……』

『ファッ?!』

 

 

 そんな電話が18時にかかってきたオレの気持ちが分かるだろうか。

 これまでは何のかんの寮の門限までには帰ってきていたので、河川敷で五時間ポツンと待たされても笑って済ませたが、オグリの迷子並に洒落にならない事態であった。

 

 幸い、スマホを持っていたのでオレに連絡を入れられたし、地図アプリで戻ってこれたであろうが、そういう問題じゃない。

 ウマ娘なら不逞の輩に襲われたとしても簡単に千切って逃げられるだろうが、年頃の女の子が夜に一人でいること自体が問題だ。

 そんなわけで、フォーム改善のために買った田舎のハーレーことスーパーカブをぶっ飛ばして迎えに行く羽目になり、流石のオレも頭にチョップを喰らわせた。

 

 以後、スズカは一人で学園の外に走りに行くことは禁止。

 最低でも一人は引き連れて走りに行くよう、きつく言い聞かせてある。

 

 

「そ、そんな……」

「ふふっ、奇貨可居だ。好機は見逃さずに捉えねばな。まあ、()()()()()()()()である以上、私が共にするのは当然のことだが」

「うぅ……!」

 

 

 煽るな煽るな。

 

 すんでのところで気付いて付いてきたルドルフはドヤ顔になっておる。

 結局、オレが誘わなかったのではなく、自分が頭先頭民族のせいで機会を逃したスズカは責められるものもなくなって涙目に。

 

 何か、悪いことしたな。

 てっきり出掛けるにしても、ショッピングよりもランニングの方が好きなんだと思い込んでいた。

 

 やっぱり、そういうところはスズカも女の子なのだろう。

 こりゃ何処かのタイミングで今回は同行できなかったマックイーンとライスを含めて、誘った方が良さそうだ。

 

 とは言え、その前にクリアすべき彼女達の問題は残っている。

 

 オグリは過食症があったけど、原因は突き止めて今はもう解決したも同然。

 以後、同じ状態に陥ったとしても、同じようにストレスを除去してやるように周りが努力すればいい。

 

 ルドルフは本気の出し方を知らない経験不足。

 こっちは解決の糸口を見つけられていないものの、原因は捉えているのでプランはある程度決まっている。

 

 ライスは自身の限界以上を引き出せてしまえるその性質。

 性質である以上完全な解決は出来ないが、手を抜ける場面でしっかり手を抜くことを教え、後はオレの調整能力の見せどころ。

 

 しかし、スズカとマックイーンに関しては、何故彼女達の走りに不安を覚えるのかを掴め切れていない。

 

 スズカの方は何となしに見えてきている。

 原因は彼女の左脚に隠されている、と当たりを付けていた。そう考える理由は左回りのタイムと妙なヨレにある。

 右回りに比べ、左回りはタイムがいいにも拘わらず、コーナーのみならず直線でもヨレる場面が見受けられたからだ。

 確かにウマ娘はどちらの周回が得意不得意かがタイムに表れることは多々あるが、スズカの場合はより顕著。其処に何らかの理由があると見るのは当然だろう。

 

 マックイーンに関してはもうお手上げ、何の手掛かりも掴めていない。

 気質も走りも何ら不安なものはなく。オレ自身ですら困惑を覚えてしまうほど。

 

 が、これで匙を投げてはいられない。

 自分ですら説明の出来ない感性、直感を其処まで信じているわけではないが、やるならば徹底的に。

 ありとあらゆる不安を潰し、彼女達の競技人生を盤石のものとする。トレーナーにとって死力(ベスト)を尽くすとはそういうこと。

 怪我負傷を心配せずにコースへと送り出し、共に勝負へと挑み、無事に帰ってきた彼女達と共に喜ぶ。オレが目指すは、そういったものなのだから。

 

 もっと――――もっと深くまで切り込んでいくべきだな。

 それこそ、当人達でも気付いていない癖や日常生活の中にある何か。

 レースやトレーニングだけでなく、もっと別の視点から、別のアプローチで不安の本質を掴む必要がある。

 

 

「う、うぅ~~~~~~~~」

「な、何だぁ……?」

 

 

 するとその時。

 スズカは突然立ち上がって、ソファの前から移動して部屋の隅へ。

 

 何事か、と驚いているとぐるぐるとその場で旋回しだした。何やってんだ、あれ?

 

 

「あ、あれ、お兄さま、知らなかったの……?」

「いや、知らない。初めて見る、んだけど……」

「癖のようなもの、らしいな。エアグルーヴも言っていたほどだ。何かを考えているとああしてしまうらしいが……」

「私も何度か見たことがあるな。驚いて声をかけたが、スズカも無意識のようだぞ?」

「トレーナーさんの前では気を張っていらっしゃるようですし、やらないようにしていたのでは?」

 

 

 え? 気を張ってるって、怖がってるってこと? 何それ、ちょっとショック……いや、今は其処じゃないか。

 

 驚いているのはオレだけで、他の皆は涼しい表情。

 スズカのその場をぐるぐると回る奇行はそう珍しいものではないようだ。

 いわゆる旋回癖、という奴だ。意識しているにせよ、無意識にせよ、ウマ娘の中にはこうした癖を持つ娘もいる。さして珍しいわけではない。

 貧乏揺すりをしてしまう『ゆう癖』やらもあるもんだが、一般的にこうしたみっともないとされる癖は親が矯正しようとする。

 矯正しようとして諦めたのか、或いは無理に矯正しようとはしなかったのか。親御さんの真意をオレに知る術はないが――――

 

 

「そういうことか――――!」

「ど、どうしましたの、急に?」

 

 我知らず怒号にも近い声量で叫びを上げ、オレはテーブルを跳ね飛ばしかねない勢いで立ち上がる。

 皆はぎょっとした表情で驚き、今の今まで旋回していたスズカも足を止めて此方を見ていた、

 

 驚かせたのは申し訳ないが、今はそれどころではない。

 

 点と点が繋がり、一本の線へと。 

 不安は確信に代わり、霧の中に包まれた事実は白日の下に晒される。

 必要な要素が出揃い、問題の核心を掴んだ。ならば後は、解決策を実行するだけ。運のいいことに、その手段はオレの手の内にある。

 

 

「トレーニングの前にやることが出来た……!」

「と、トレーナー君、何をするつもりだなんだ?」

「これだ――――!!」

 

 

 慌ててソファの前から、ミーティングルームの用具入れに移動する。

 中はオレの私物やちょっとしたトレーニング用品が入っているのだが、其処から必要な道具を取り出して見せてやった。

 

 

「メジャー……?」

「野球……いえ、アイスホッケーの防具、ですの?」

 

 

 しかし、皆の反応は困惑しきりで、あからさまにそんなもので何を? と言わんばかりだった。

 

 

 

 

 

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