トレーナーさんは眠らない(ガチ)   作:HK416

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『合縁奇縁』

 

 

 

 

 

「いやぁ、集中し過ぎてた。お恥ずかしいところを」

「呆れましたわ。一晩中計算してらしたなんて。加減というものを覚えて下さい」

「休憩は取ったし、タイミング見計らって身嗜みも整えたから大丈夫。寝ないから体調には人一倍気を遣ってるんだこれでも」

 

 

 彼女達には紅茶を、自分にはコーヒーを入れてミーティングルームのソファに座る。

 対面に座ったライスは両手で持ったカップをふーふーと吐息で冷ましており、マックイーンは片手でカップを、もう一方の手で受け皿を持って呆れ顔かつ諭すような口調でオレの行為を諫めてきた。

 

 人はケアをしなくとも眠りさえすれば体力も疲れもある程度は回復する。

 しかし、こっちは眠らないので意識して体力も体調も管理していかなければならない。

 

 その辺りの加減が全く分からなかったガキの頃、体力を使い果たして意識はハッキリしているのにぶっ倒れて動けなくなったこともある。

 子供心にかなりの恐怖体験だったので、以後は気を遣うようになって倒れた事は一度もない。

 

 

(…………まあそっちの方はいいんだけど)

 

 

 ――――オレは今、三人掛けのソファで両サイドを固められている。

 

 左を見る。

 ルドルフが優雅に足を組んで、紅茶の香りを楽しんでいた。気品、というよりも威厳がある。

 しかし、なんか距離感がバグってる。肩と肩とが触れ合いそうなんですが。お肌とお肌の触れ合い通信か? 

 オレもそうパーソナルスペースが広い方ではないが、この距離感はちょっとぉ……。

 年頃の女の子がオレみたいな20半ばの男にこんな距離を詰めるのは流石にどうかと思う。

 

 逆サイドに逃げて距離を空けたいのだが……。

 

 右を見る。

 スズカは両手でカップを持って、チラチラとこちらに視線を送りながら紅茶を口に運んでいた。

 此方は気品と言うよりも、親の躾が行き届いている印象。距離感はバグってない。

 だが、表情が硬いと言うかむっとしていると言うか。おこ? おこなの?

 オレが覚えていないだけで何かやらかしたか、とも考えたが、視線が時折ルドルフの方に飛んでいるので其方を意識していると思われる。

 

 そんな訳で、両手に花状態。

 別に女慣れしてない訳ではないので、嬉しくもないしドギマギもしないが――――圧が! 両サイドからの圧が凄い!

 

 龍虎相対す、その間に挟まれちゃいましたぁ~、といった感じ。

 

 すげーよルドルフ。

 まだデビュー前の子に闘志を燃やすとか正に獅子博兎。

 大人げないとも言う。もう少し加減を覚えよう、なっ?

 

 すげーよスズカ。

 まだデビュー前なのに天下の皇帝様に挑む気満々とか正に黔驢之技(けんろのぎ)

 身の程知らずとも言う。もう少し実力を付けてからにしよう、なっ?

 

 

「「あっ……」」

 

 

 とまあそんなことを言うわけもなくオレはそそくさとコーヒー片手に一人掛けのソファに移動した。

 

 それが健全な競い合いなら止める理由も口を挟むつもりもない。

 勿論、レースや結果以外の方法で争うと言うのなら止めるが、これくらいなら互いに高め合う上ではプラスに働くだろう。

 

 しかし、次の瞬間にルドルフもスズカも寂しそうな表情と声を上げる。

 …………いや、君ら何なの? オレを間に挟んでたから圧をかけてたの? 怖いからやめて???

 

 

「……今後の話したいけど、いい?」

「ええ、勿論ですわ」

「は、はいっ!」

 

 

 なんかおかしい空気を変えるために、敢えて空気は無視して話題を変える。

 オレの問いかけに、今後を気にしていたマックイーンとライスは元気良く頷いた。

 

 そんな二人の様子を見て、我が身を顧みたのだろう。

 ルドルフはわざとらしく咳払いを、スズカは鹿爪らしく頷いて誤魔化している。いや、全然誤魔化せてないけどね。

 

 

「まずマックイーンとライスだけど、今年度はデビューを避けて身体を作りたい。構わないかな?」

「ライスはいいよ……?」

「私も構いませんわ。まだ教官のトレーニングを共にした程度ですが、この学園の方々はいずれも劣らぬ精鋭であるのは分かっております。挑戦したい気持ちはありますが、其処まで驕るつもりはありません」

 

 

 教官、というのはまだトレーナーからスカウトされていないトレセン生を担当する者のこと。普通の学校で言えば体育教師みたいなものだ。

 教員免許も持っていて、元トレーナー志望である場合が多い。一人を深く担当するよりも、多くを浅く広く教える方が向いていると自ら判断したり、学園側から判断された者がなる。

 入学したての新入生にレースやトレーニングのいろはを教える立場にあり、ある意味でウマ娘にとっても学園側にとっても、トレーナーよりも重要な立ち位置と言える。

 

 ライスにせよ、マックイーンにせよ、トレセン学園に入学を許された者のレベルを肌で感じているのだろう。

 トゥインクルシリーズ参戦への疼きはあるようだが、焦りはない。

 そして、オレに気を遣ってくれている。まあルドルフが来てくれたお陰で、こっちのキャパは逆に増えているが。

 

 一々残した資料を引っ張り出さなくとも、どんなトレーニングをしてきたのかルドルフに聞けばいい。

 その上、この娘はあらゆる方向に基礎を伸ばしているので、熟してきたトレーニングも多彩かつ豊富。

 スズカ達には、それを参考に適性に合わせて選べばいいだけになる。

 

 正に“皇帝”様々だ。

 でも仲間内でバッチバチにやり合うのは止めて欲しい。

 

 

「で、理事長から聞いたけど、スズカは7月にデビュー戦だっけ?」

「……はい」

「出るつもりある?」

「……え? 走って、いいんですか……?」

「正直、一年みっちり鍛えたいところだけど、可能な限りはそっちの希望には沿うよ。但し、こっちからも要求がある」

「何で、しょうか」

「全員そうだけど、身体に不調があれば必ず教えてくれ。これは絶対。黙ってたらバレないだの、一度くらいは大丈夫なんて甘ったれた考えは捨ててくれ。本気で怒るぞ」

「わ、分かりました」

 

 

 スズカだけでなく、他の皆の顔を見回すように釘を刺しておく。

 ルドルフとマックイーンは神妙な面持ちで、スズカとライスは僅かばかりに怯えた表情で頷いた。

 

 脅しているつもりはない。

 オレはシリーズに出走したのなら、大過なく終えるのが絶対条件で最低ライン。

 正直、言われるまでもなく不調を見抜くのがトレーナーの仕事と思っているが、今の状態では見落とす危険性を捨てきれない以上、彼女達の協力と自己申告は不可欠な要素。

 勿論、言い易い環境は作るし、此方も信頼を得られるように努力は惜しまないが、本気であると知っておいて貰いたかった。

 

 

「トレーニングに関しては互いに報連相で行こう。こっちの意図は説明するが、分からなければ聞いてくれ、必ず答える。文句も我慢しなくていい。但し、感情任せで穴だらけの理屈だったら説き伏せるからそのつもりで」

「はいっ!」

「取り敢えず、スズカはフォームの改善から入る。マックイーンとライスは併走しながら基礎固め、余裕が出来たらフォームの改善に移る」

「まあ、其処まで問題がありましたか?」

「いや、問題ってほどの問題じゃないよ。脚への負荷を少しでも下げたいだけ。勿論、速度を維持したままだよ。より速く、より安全に、より長期間を。最高だろ?」

 

 

 不満――――と言うよりかは不思議といった感じで、マックイーンが問い掛けてくる。

 

 ライスは兎も角として、マックイーンはメジロ家出身。

 家に専属トレーナーくらいは居ただろうし、指導も受けてきただろう。

 彼女のフォームからはそうした指導の影が見え隠れしていて、専属トレーナーの努力すら感じ取れる。

 ただ、大きい家だ。抱えているウマ娘の数が多い以上、一人ひとりへの指導時間はどうしようもなく減っていき、より個人に合わせた指導は難しくなる。

 

 それでもマックイーンほど無駄(ロス)の少ない走り方は珍しい。

 メジロのトレーナーが出来る限りを尽くした最善の結果だ。

 彼或いは彼女とマックイーン本人の努力を無駄にしたくはない。オレの仕事は最善を生かし、最高にまで引き上げることだろう。

 

  

「それで、ルドルフだけど……」

「トレーニングに関しては問題ない。君がいない間、東条トレーナーが代役を務めてくれた。自分で計画を立てられるように、指導もして貰ったさ」

「へぇ。礼を言っとかないとな。でも、其処までしなくてもよかったんじゃない? 東条さんにやって貰えばよかったじゃん」

「はぁ、君は全く。先日、言った通りだ…………トレーニングそのものは一人でも可能だが、計画は共に立てよう。構わないな?」

「そりゃ勿論。トレーニングの内容を聞きながら決める。ただ、その日の調子で切り替えたりはするから念頭に入れといてくれ」

 

 

 ルドルフは僅かばかりに責めるような視線と拗ねたような言葉を向けてきた。

 普段の気丈で公明正大な立ち居振る舞いとは異なる子供っぽい姿と拗ね方。

 彼女ほど己を律した生き方を身に付けているのであれば、子供時代も相応に躾けられてきたであろうし、自らもまた家や夢に恥じぬように邁進してきただろう。

 

 本当に、彼女はオレ以外をトレーナーとするつもりはないらしい。

 だからこそ、過去に置き去りにしてきた子供らしさをオレの前では見せていると思うと、嬉しいやら悲しいやら。

 こうなるまでには相応の積み重ねがあったのだろう。ルドルフへの申し訳なさよりも、オレ自身が思い出したくて仕方がない。

 

 

「それから東条トレーナーは君がサブトレーナーとしてついていた女性だ。おハナさん、と呼んでいた。そう呼んであげると喜ぶだろう。あぁ、そうした方がいいな。愛称は親愛の情を伝えるにはうってつけだ。愛称はとても大事なものだからね」

「お、おぉ、そうなんだ。分かったよ、あんがと」

「「「……?」」」

 

 

 きちんとオレの人間関係のフォローまで考えてくれる辺り、本当に有能で心遣いもできる娘だ。

 頼りになるどころの話じゃない。理事長や駿川さん同様に、頭の上がらないことになりそうだ。

 ただ、しきりに愛称を連呼している姿はオレ以外の三人には奇異に映ったようだった。

 

 …………これはアレだな。多分、過去のオレはルドルフ以外の愛称で彼女を呼んでたな。

 

 本人も無理を言うつもりはなく、あくまでも願望が発露してしまった、という感じなのだろう。

 その愛称がルドルフにとって重要であることは嫌でも分かる。分かるのだが、生憎と思い出せない。

 ちょっと人に聞いて回ってみよう。あとは資料を当たって何かヒントがあればいいのだが……。

 聞いてみてもいいけど、この様子ではムキになって教えてくれないか、傷つけることになりそうなので自力で何とかするとしよう。

 

 

「ところで、トレーナー君。一つ提案がある」

「提案……?」

「あの壁の件だ」

 

 

 ルドルフはオレが計算式を書き込んだ壁を指で示した。

 生徒会長として、ミーティングルームの使い方に問題があると言いたいのか?

 まあ確かに問題あるかもしれないが、いいんじゃなかろうか。

 自費自力で塗り直すつもりだし、誰に迷惑をかけるわけでもない。

 

 

「いや、書き込むに当たって大きく使いたいという気持ちは理解できるが、塗り直すのも張り直すのも手間だろう? 故にこういったものを探してみたのだが、どうだろう」

 

 

 そう言うと、彼女はスマートフォンを差し出してきた。

 受け取ってみると画面に映し出されていたのは通販サイトと一つの商品。壁に貼り付けるタイプのホワイトボードシートとあった。

 

 確かにこっちの方が効率が良い。

 ペンキで塗り直すのは時間がかかるし、ウマ娘は嗅覚も敏感だから暫くはミーティングルームに入ると気分が悪くなるかもしれない。

 もしかしたらルドルフは過去そんな場面に遭遇したのか。或いはオレの手間を考えて探してくれたのか。ともあれ、嬉しい上にありがたい。

 

 

「ほー、こんなのもあるんだ。うん、こりゃいいや。ちょっと高いが後の事考えるとこっちのが安そうだなぁ」

「経理に申請を出すといい。トレーナー業に必要な物品であれば、問題なく経費で落とせる筈だ」

「何から何まで悪いな。これじゃあどっちがトレーナーなんだか」

「卑下しなくていい。人に頼れるのは強みだと、他ならぬ君が教えてくれたことだ。君には随分と支えて貰った。次は私が支えよう、君は()()トレーナーなのだから」

「むっ、むむむ」

 

 

 記憶を失って学園の仕組みもとんと分からないオレに、さりげなく業務のフォローまでしてくれた。

 

 な、なんて頼りになる“皇帝”なんだ……!

 

 でもあの、何だか『私の』のところをいやに強調してらっしゃいませんでした?

 そりゃ確かに君のトレーナーではあったらしいけれども、今は君だけのトレーナーではなくてですね?

 

 思わず、チラリと他の面々に視線を向ける。

 ライスは目を輝かせて、会長すごい、ライスも頑張らなくちゃ、と好印象の御様子。素直過ぎるだろ、天使か?

 マックイーンはオレの責任と言わんばかりに、何とかしてくださいませんこと? とジト目を送ってくる。そ、そう言われましても私としても手の打ちようがなく……。

 

 一番の問題はスズカだ。

 見る間に機嫌が悪くなっていっている。むすっとした表情はちょっと不安になるレベル。お、オレにどうしろと言うのだ。

 

 他の娘達にマウントを取りに行くルドルフに、もうやめてと懇願気味に視線を向けるも、御本人はふふんとご満悦。

 すっごいドヤ顔だなぁ……! こんなのシンボリルドルフやない! マウントルドルフやっ! 公明正大に見えて意外と暴君だな、この娘!?

 

 空気がっ! 折角、今後の方針を話して入れ替えた空気が元に戻った!

 いや、それどころかマックイーンからの圧も加わって凄い事になってるぅ……。

 

 か、考えろオレ!

 オレ嫌だぞ! 毎回毎回こんな空気になっちゃってたら胃に穴が開いちゃう……!

 

 蟻地獄に堕ちた気分で、どうにかならんもんかと知恵を絞ったが、そう簡単に答えなど出る筈もなく。

 

 しかしその時、コンコンとミーティングルームのドアがノックされた。

 これを逃す手はねぇ! 来客を招き入れてこの空気を吹き飛ばす!

 

 

「おーい、おるかー?」

「はい、どうぞっ! 入って入って!」

「ほな邪魔するでー」

 

 

 扉の向こうからかけられた声に、やや食い気味に応える。

 ガチャと音を立てて扉が開くと、ルドルフのドヤ顔は消え去って悠然としたすまし顔に、スズカもむすっとした表情を柔らかに戻す。

 成程、二人ともアレか。人前だと外面を気にするタイプ、もしくは本来の感情や自分を表に出す場所を弁えているタイプか。

 

 い、いずれにせよ空気は変わった。目論見成功である。

 

 

「いやー、サブちゃんひっさしぶりやなー! 事故巻き込まれた聞いて心配したで」

「もぐもぐ」

 

 

 扉から入ってきたのは葦毛の二人。

 

 一人は小柄なライスよりも更に小柄でありながら、溢れ出るパワーを感じさせる関西弁の元気っ娘。

 もう一人は余り表情の変化が見られず、紙袋に入った焼き菓子を無心に頬張っている落ち着いた娘。

 

 や、やばい。小さい娘の方は知り合いっぽいし、もう一人は表情と振る舞いから関係性を予見できない。

 ルドルフを泣かせてしまった件で、学園で出会った知り合いと顔を合わせるのが完全にトラウマになってる。

 心臓は嫌な脈打ち方をしているし、冷や汗が止まらなくなっている。何とか口を開こうとするが、ルドルフの泣き顔がフラッシュバックして言葉が出て来ない。

 

 

「タマモクロスに、オグリキャップ。トレーナー君に何か用か?」

「会長はん、だけやないか。他にもおるやん。新しい担当かー? それともまた助けてやってるん? 病み上がりなのに頑張るもんやなぁ。まあええか。来たんはサブちゃんの様子見に来たんが一番やな。コミちゃんも心配しとったで?」

「……お、おう」

「顔色悪っ! だいじょぶかー?」

 

 

 またしてもルドルフがさりげなくフォローしてくれる。

 様々な感情が渦巻いて軽くパニックになった頭でも、名前を聞けば繋がってくるものがある。

 

 そうだ、小柄な方はタマモクロスだ。

 残された資料の中に彼女の写真やフォーム改善、トレーニングに携わったと思われるものもあった。

 

 しかし、彼女との関係性がよく分からない。

 単なるサブトレーナーに向けるにしては、やたらと親し気ではなかろうか。それともサブトレーナーとウマ娘ってこんなもんなのか?

 

 

「あの、トレーナーさんは……」

「少々事情がありまして……」

「事情? なんやまだ治りきっとらんのかいな。無理したらあかん。病院行った方がええんちゃうか?」

「もぐもぐ」

 

 

 ライスとマックイーンはほぼ初対面に近いだろうに、オレを庇うように口を開く。

 ただ、具体的な説明はしなかった。いや、出来なかったというべきか。個人の事情を許可なく明かしてしまうほど配慮に欠けてはいない。

 軽い口調ではあるが紛うことなき心配を向けるタマモクロスとまだ食ってるオグリキャップに、二人はどうしようと顔を見合わせてからオレを見た。

 

 ふっ。大丈夫だ、二人とも。

 トラウマで一瞬我を忘れたが、こういう時の対策は考えてあったんだ。

 

 すっ、と無言でソファから立ち上がり、後ろに回り込んで床の上に正座。

 そして、ギョッとしたタマモクロスとしっかり目を合わせた後に――――

 

 

「すみません。事情を説明させて下さい」

「なんで土下座すんねん???」

「武士みたいな潔さしてますね」

「トレーナー君、それは余りに威厳がないのではないか、と言いたい」

 

 

 初手から土下座謝罪敢行である。これ以外にどうしろと言うのか。

 スズカとルドルフの冷たい視線とツッコミが突き刺さる。君達、こういう時は息ピッタリね。仲いいのか悪いのかハッキリして。

 

 

「もぐもぐ」

 

 

 あとオグリキャップ、君はいい加減に食べるの止めよう???

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「大変な時に来てしまったな、もぐぐ」

「はぁ~~~~~~、そんなエラいことになってんのかいな」

「す、すみません」

「なんで謝んねん。別にサブちゃんは悪かないやろ」

 

 

 来客を座らせるため、ライスはオレの対面にある一人掛けのソファに、マックイーンはルドルフとスズカの座る三人掛けのソファへ。

 先程までライスとマックイーンの座っていたソファにはタマモクロスとオグリキャップが腰を下ろしていた。

 

 一通りオレの置かれた状況を説明すると、タマモクロスはニカッと笑ってそんなことを言った。

 

 

「思うとこはないこたないけど、ウチにはどうにも出来んしなぁ。それにずーっと思い出せへんわけやないんやろ?」

「どう、かな。正直、確立した治療法がないからなんとも。何かの拍子にすっと思い出す人もいれば、時間がかかる人もいる」

「ならええやん。可能性あるんやから問題なしや。記憶なくしたからってサブちゃんであること変わらへんし、新しく思い出作ってもええやろ」

「……君は強いな、タマモクロス」

「そか? サブちゃんもあんま気にしたらハゲるで」

 

 

 あっけらかんとした態度は、嘘偽りのない本音であることを示している。

 驚いたのはオレのことで相当に悩んでいたルドルフであった。ただ、それ以上に尊敬の念が強そうではある。

 

 ルドルフがどんな思いで決断を下したのかは分からないが、相応の懊悩があったのは想像に難くない。

 自分が悩んだ末に出したものと同じ答えをタマモクロスは呼吸をするように出してしまった。尊敬の一つも向けるだろう。

 

 

「ところでサブちゃんって何? オレ、名前にも苗字にもサブなんか入ってないけど」

「あははっ! 出会ったんがサブトレの時やったからなぁ、だからサブちゃん。ウチのことはタマちゃん呼んどったで」

「「……むっ」」

 

 

 タマちゃん……!

 このカラっとした雰囲気は凄くありがたい。関西人は皆こうなのだろうか。

 

 凄く、もの凄く話し易い……!

 皆いい娘だけど、こっちは年上で男。それなりに気を遣う。

 ただ、タマちゃんは何と言えばいいのか、男友達と話しているような気安さがある。これ南坂ちゃんくらいに話し易いぞぉ……!

 

 でもルドルフとスズカがぶすっとむくれていく。特にルドルフは愛称に思うところがあるので機嫌の悪さが一目で分かる。

 他所のウマ娘と仲良くすることは許されないということか。でも間に挟まれているマックイーンが居心地悪そうだから止めてあげて?

 

 二つの圧に挟まれ、マックイーンは堪らずに口を開く。

 

 

「そ、それで? タマモ先輩もオグリ先輩もトレーナーさんにどういった御用向きなのですか?」

「いや、ウチ言うか、オグリのことでちょっち手を借りたかったんやけど……流石に今のサブちゃんに頼るんはなぁ……」

「話くらい聞くよ?」

「け、決断が早過ぎるぞ、トレーナー君……」

「ちょ、ちょっと待って下さい、トレーナーさん。安請け合いはよくないと思います。身体のこともありますし……」

「ラ、ライスも、やめた方がいいと思う、よ……?」

「いや、話聞くだけならいいでしょ」

 

 

 ほぼノータイムで内容も聞かずに答えたオレをルドルフもスズカもライスも心配して焦っているようだが、話を聞くくらいなら負担でも何でもないだろうに。

 

 悩みなんて他人に相談できる時点で半分以上は解決しているようなものだ。

 そう重く受け止めなくてもいいと思う。オレが出来ないなら出来ないで、別の誰かに頼ればいいだけなんだから。

 

 オレの様子に何かを悟ったのか、ルドルフは困ったように笑い、スズカは不承不承という雰囲気を隠さない。

 ライスとマックイーンはただひたすらに心配そうな顔をしていた。 

 

 別に無理はしていない。

 ただ、このまま話も聞かずにタマちゃんを追い返すのは、オレにとって無理と言うだけ。

 

 

「ほな、遠慮なく。実はな……」

 

 

 腕を組み、僅かに悩む素振りを一時は見せたタマちゃんであったが、やがて観念したかのように語り出す。

 

 どうやらオグリキャップのトレーナーが倒れたらしい。原因は心労だとか。

 

 最近、ウマ娘関連の情報に触れてこなかったオレはとんと知らないが、オグリキャップは地方のローカルシリーズで名を上げて、中央にやってきたらしい。

 まだ正式にシリーズには参戦しておらず、登録もされていないため残念ながらクラシックには出走できないものの、世間からの期待は高い。

 かつて“地方競バの怪物”と呼ばれ、日本中にブームを巻き起こしたハイセイコーに似た経歴。更には日本人の判官贔屓ぶりを考えれば納得の至り。

 

 となれば当然、トレーナーにかかるプレッシャーも生半なものではない。

 オグリキャップを生かすも殺すもトレーナー次第。結果を出さなければトレーナーとしての腕を疑われるばかりではなく、世間様からも叩かれかねないのだから。

 

 ただ、タマちゃんの話ではトレーナーがスカウトしたわけでも、オグリキャップの側から声をかけた間柄でもないらしい。

 

 正式参戦前に人気を博し始め、ハイセイコーの再来を期待させられれば、客を呼び込んで金を稼ぎたい中央の主催者側からしてみれば不発で終わらせたくはない。

 そうした思惑もあってか、オグリキャップのトレーナーは無理に宛がわれただけであったようで、そうした立場が余計に心労を呼んだのかもしれない。

 流石の理事長も主催者側からゴリ押しされれば、どれだけ譲りたくなかろうと最終的には首を縦に振らざるを得なかったのだろう。

 

 

「まあ、それはええねん。オグリのトレーナーは可哀想やけど命に別状はないしな」

「もしかして、オレにトレーナーやれって話?」

「ちゃう。サブちゃんの話聞くまではそれもアリやと思っとったけども、今はナシや。ただなぁ、御覧の通りコイツめっちゃ喰うねん」

「もぐもぐ」

 

 

 それは分かる。

 だってミーティングルーム入って来てからも喰い続けているもの。

 

 健啖家であることは悪いことではない。

 ウマ娘は人より身体能力が高い分だけエネルギーの消費量も多い。当然、食事量も人の数倍に及ぶ。

 これが小食であるとガンガン痩せ細っていく。一流スポーツ選手も競技者生活の中で何が一番過酷だったかと問われ、試合でも訓練でもなく『食事が辛かった』と答える者も少なくない。

 

 そう考えれば大喰らいは立派な長所。

 勿論、レースにおいて体重増加は歓迎されるべき事態ではないが。

 しかし、少なくとも目算からオグリの身長、各部位の肉付きから体重やら筋肉と脂肪の割合をざっくり出してみても、理想値からやや外れているといった印象で其処まで問題があるようには思えない。

 

 

「その上、スーパークリークとも仲良くしててな。オグリのこと、甘やかしに甘やかしよんねん。お陰で体重がなぁ。知り合ったばっかやけど、速いしおもろい奴やから放っとかれへんわ」

「彼女か……」

「有名、ですものねぇ……」

 

 タマちゃんの人の良さよりも、スーパークリークの方が気になる。

 スーパークリークがどんなウマ娘かは知らないが、生徒会長のルドルフどころか新入生のマックイーンも知っている辺り、かなり有名人ではあるようだ。

 

 しかし、どんな風に有名なのか。

 マックイーンなんて顔を引き攣らせているし、ルドルフは頭痛でも覚えたように目頭を揉み解している。

 どうやら余り良い方向に有名なわけではないようだ。そりゃ甘やかすのは問題っちゃ問題だろうが、悪意ではなく善意でやっているのだろうから、そんな顔をしなくても。

 

 

「そうなってくると、オレに出来そうなのは献立メニュー考えるくらい、かなぁ。スーパークリークには釘差しといて、オグリキャップには間食を控えて貰うかするしかない。体重はトレーニングやってれば自然に落ちてくように調整するくらいは出来るよ?」

「あー、それ個人専用のメニュー作る言うことやろ? 担当トレーナーおらんと無理なんちゃうん?」

「いや、規則上、特に問題はない。トレーナー側だけでなく我々からもカフェテリアの責任担当へ事前に申請を出しておけば可能だ」

 

 

 基本、トレセン学園のカフェテリアはビュッフェ形式で栄養管理はウマ娘本人の自主性に任せられる。

 だが、ウマ娘やトレーナーの中にはより徹底した栄養と体重管理を求める場合もあり、そうした場合はカフェテリアに希望するメニューと一緒に申請しなければならない。

 食べないことで体重や身体を理想値に持っていく手法も存在するが、食べることで理想値に持っていく手法の方が断然いい。

 中には全部の食事を自分で作るべく、管理栄養士と調理師免許を取得している気合いの入ったトレーナーもいるほどだ。いや、気合いの入れる方向が間違っている気はするけれども。

 

 んー、スズカ達のメニューは考えるつもりだったから、其処に一人分増えたところでそう手間はかからないな。

 

 

「なら、出来れば食事量とかトレーニング量も知っときたいな。なんか分かるもんある? 口頭でもいいけど」

「おお、それならあるで。ほれオグリ、トレーナーのノート渡したり」

「もぐもぐ。私の為に色々と済まない、もぐもぐ。これがそうだ」

 

 

 色々と言いたいことはあるが、これだけ食べればもう無意味なので言わないでおく。

 

 恐らく、タマちゃんも同じ心境だろう。

 口うるさく止めないのは、コイツには口で言うても意味ないという諦め半分。そして期待半分でオレの下へやってきたというところか。

 

 オグリキャップは焼き菓子を咀嚼しながら、一冊のノートを差し出してくる。

 この娘、究極のマイペースというか何というか。タマちゃんが気を揉んでいることに気付いているのか分からない無表情である。大丈夫かな、これ……。

 

 嫌な予感と不安を覚えながら渡されたノートを捲る。

 中はおおよそ考えていた通りの、いや、それ以上の情報源だった。

 

 トレーニングの内容も詳細に書かれているし、食事に関しても記載されていて、量には面を喰らったが栄養面でも問題なさそうだ。

 一日ごとにオグリキャップの様子の変化も記されている辺り、倒れたトレーナーは押し付けられたは押し付けられたのだろうが、それでもやる気もあって責任感が強かったであろうことは伺えた。

 

 となると倒れたのは真面目過ぎたからか、などと考えながらコーヒーを片手にノートの一部に目を向けて――――

 

 

「――ぶぐん゛ん゛ッ!!??」

「うわっ、汚なぁッ!?」

「もぐもぐ」

「だ、大丈夫……?」

 

 

 ――――おもっくそコーヒーを噴き出してしまった。

 

 

「オグリキャップ、ちょっと確認したいんだけど」

「ど、どうしたんですの、突然……と言うかコーヒー……」

「もぐもぐ。何だ?」

「そ、それよりもトレーナーさん、顔…………ふ、拭きますね」

「むぐぐぐ、これ書いてあることマジ?」

「ごくん。さあ、よく分からない。でも、トレーナーは凄く頑張ってくれていたから嘘は書いていないと思うが……」

「ど、どうしたんだ、トレーナー君」

「ちょっとこれ見て」

 

 

 鼻から下がコーヒー塗れになって、スーツも汚れてしまったが気にならない。

 自分の状態を無視してオグリキャップに問い掛けていると、スズカが自分のハンカチを取り出して顔を拭いてくれたが、それさえも気にならない。

 問いかけたオグリキャップは惚けた表情をしており、思わず頭を抱えた。

 

 若干引き気味の表情で視線を向ける全員に、オレはノートを差し出して見せる。

 開かれたページはオグリキャップの体重を線グラフで書き記されており、それを目にした瞬間――――

 

 

「「「「「は?」」」」」

 

 

 ――――全員の心がひとつになり、目が点になった。

 

 そうだろうそうだろう。そりゃ誰だってそうなる。

 ルドルフはその手の知識がありそうだが、他の皆は知識もないのにオグリキャップの身体がおかしなことになっているのを分からせる問答無用の説得力。

 だってそのグラフ、上と下で差が激し過ぎるもの。もう心電図とか地震計みたいになっちゃってるもの!

 

 確かに体重が増減しやすい体質の人は往々に存在するし、体内の水分量によっては1日でもキロ単位で変わってくることもある。

 だが、それらを差し引いたとしても、オグリキャップの体重増減は明らかに異常値を示している。しかもごくごく短期間で。

 暴飲暴食で増えた体重を、無茶苦茶なトレーニングで落としているのが目に浮かんでくるようだ。

 

 担当トレーナーが倒れた理由は間違いなくこれだ。

 恐らく、どうにかしようと躍起になって方法を模索して限界を迎えたものと思われる。

 

 これはやばい。絶対にやばい。

 

 関節は消耗品と例えられるが、基本的に身体の部位は何処も消耗品だ。

 老化は勿論の事、酷使すればするほど擦り減り劣化していく。

 並の人間よりも遥かに強靭で頑強な肉体を持つウマ娘だって、その基本原則は変えられない。

 

 ただでさえ肉体を酷使するトゥインクルシリーズに、こんな状態で出走しようものなら確実に内臓の何処かにガタが来る。

 仮に重要な三年間を乗り越えられたとしても、身体は何処も彼処もボロボロになっているはずだ。

 

 

「――――?」

 

 

 しかし、この娘は自分の状態をなーんも理解していないので、皆の視線を一身に受けてもお気楽なもんだった。

 

 

 これがオレと後に“芦毛の怪物”と称されるオグリキャップとの出会いだった。

 

 

 

 

 





因みに、今のトレーナーとの相性◎の相手。


マルゼンスキー。
担当だったらヒロインレースで影も踏ませずぶっちぎりで持って行ってた真紅のスーパーカーにしてゲキマブチャンネー。
辛い時にはそっと寄り添い、頑張れる時には支えてくれるセンス以外は完璧なナオン。
トレーナーが別の誰かと付き合っても、笑顔でトレーナー君が幸せならバッチグーよ♪ してくれる。
本編では余裕の表情のまま未だゲートで仁王立ちしてる。


タマモクロス。
トレーナーと恋愛感情ないままに友達感覚で付き合ってくれる子。
記憶ぅ? そんなん関係あらへん、サブちゃんとウチの仲やんけ。がデフォ。
トレーナーとしても男友達感覚で気を遣わなくていいので、凄くメンタル的に楽。
ヒロインレースに出走しても最終的に恋仲にはならずに親友のまま楽しくやるタイプ。


ゴールドシップ。
落ち込んでる暇もないほどにあっちこっちに連れ回される。
そしてトレーナーはトレーナーでスペックも頭もおかしい奴なんで、ゴルシちゃんのノリに素面でついていけるし、恵体なので故障の心配が少ないので心労も少ない。
ゴルシちゃんはゴルシちゃんで、辛い思いしてる奴を見捨てる娘じゃないので相性抜群。

ゴルシ「なぁ、今度のレース勝ったら木魚ライブやっていいか?」
トレ「マぁジでやんのぉ? …………ならオレ後ろで虚無僧の格好で尺八吹いてようか」
ゴルシ「マジで?! 面白くなってきたぜぇぇぇぇ!!(絶好調」

こんな会話ばっかしてるハジケリスト共。
親友のジャスタウェイもどっかから連れてきて、ドバイと凱旋門制覇した伝説のトレーナーになる。
でもゴルシちゃんの言動をトレースとか作者には出来ないので本編には出て来ない。


会長「私は?」
トレ「あ、あくまでも設定上の話だから落ち着いて?(震え声」
会長「私は?(圧」


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