トレーナーさんは眠らない(ガチ)   作:HK416

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今回も短いなぁ!
少なくともGW中はこれくらいの頻度と長さで投稿してきます。

マックちゃんにお小言を言われたいだけの人生だった。


『飛耳長目』

 

 

 

 

 

「あ、あら? トレーナーさん?」

「お、マックイーン。ほい、らっしゃい」

「何を、してらっしゃいますの?」

「御覧の通りだよ?」

 

 

 購買部での店番、マルちゃんとのドライブデートを取り付けてから数日後。

 今度はカフェテリアでウエイターの真似事をしていた。とは言え、トレセンの学園は基本ビュッフェ形式。

 注文を取りに行くわけではなく、やっているのは使用済みの調理器具やら皿やらを洗うか、山盛りに盛り付けられた料理を並べにいくだけ。

 厨房に入れない訳ではないが、厨役は考え抜かれた役割分担で効率化されているので入ったところで邪魔になる。

 そんなわけでオレは、今まさに厨房から上がってきた保冷容器に入ったサラダを空の容器と入れ替えていた。

 

 現在、時刻は13時半頃。

 多くの飢えたトレセン生がやってくる11時から13時までの時間帯を乗り越えて、ようやく人が疎らになり出した時間帯。

 其処でマックイーンがカフェテリアにやってきた。学年や授業の取り方によっては、この時間帯になる者もいる。

 

 

「全く。少しは御自分を労わることを学んだ方がよろしいですわよ?」

「それ君らが言うかなぁ。こっちは治療法が確立してない障害だから社会や日常と巧く折り合いつけて根気よくやってくしかないけどさ。そっちは意図的なオーバーワークなんだから。隠れて自主トレし過ぎ」

「うっ、気付いてらっしゃいましたのね……」

「そらねぇ。疲労って立ち方そのものとか顔に出るから。思ったよりもしっかり見てるっしょ?」

「はぁ、敵いませんわね。そう言われたら、何も言い返せませんわ」

「ふふふ。気をつけろぉ、自主トレ増やした分だけこっちの指示出すトレーニングは減らしてくからなぁ」

「うふふ。ならスズカ先輩達にも伝えておかないとなりませんね。折角、御指導頂いているのに、そのような事態になったらトレーナーさんにも申し訳が立ちませんもの」

 

 

 初めは心配から責めるような目付きをしてたマックイーンであったが、次第に表情を柔らかくしていく。

 生まれも育ちも良く、ともすれば厳しい物言いは周囲を見下しているとも受け取られてしまいそうだが、その実、優しさ故の厳しさだと言葉の節々から伝わってくる。

 オレも出会った当初は年不相応に大人びてお堅い雰囲気を受けたが話してみると、年相応の俗っぽさというか愛らしさもある。

 ルドルフなんかは浮世離れした厳格さと言えるが、マックイーンは厳格さと矜持こそ持っているが俗世間と巧く折り合いをつけている印象だ。

 

 まあ、ルドルフはルドルフでミーティングルームではマウントルドルフと化して暴君になったり、拗ねてみたりと本当は俗っぽい。アレはアレで可愛げだろう。

 

 

「で、献立の方はどう?」

「正直、驚きましたわ。私もそれなりに気を遣っていましたが、食べない方向にばかり考えていて。きちんと栄養バランスを考えれば此処まで満足感を得られるものですのね。それにスイーツまで!」

「ハハ、スイーツ好きなの? やっぱりそこらへんは普通の女の子だよなぁ」

「あっ……い、いえ! それはその、スズカ先輩やライスさんも仰っていたと言いますか……! わ、忘れて下さい!」

 

 

 マックイーンは頬を上気させながら目を輝かせたが、醜態を晒したとでも思ったらしく別の意味で顔を赤くする。

 まだデビュー前だが、ストイック過ぎるところがあって心配していたが、こうした息抜きの仕方を知っている辺り安心した。

 妙に子供っぽいところはあるが、精神の安定度で言えばこの娘はルドルフに次ぐ。この分なら今後も心配はなさそうだ。

 

 スズカとか心配なんだよなぁ。

 走る事に対してストイック過ぎて、それ以外の人間的な部分が疎かになっていると言ってもいい。

 人生は走る事が全てではない。そして、結果は兎も角として、そうした人間的な要素も走りに良い影響を与えるのを知っておいて貰いたい。

 彼女が無駄と無意識の内に切って捨ててしまっている要素も、歴とした人生の一部。そこら辺を教えてやるのもトレーナーの仕事であり、一人の大人としての役割だろう。

 

 

「トレーナーちゃん、今日の所は――――おや、その娘が担当の娘かい?」

 

 

 その時、一人のおばちゃんが近付いてきた。

 トレセン学園に勤め始めて二十年。カフェテリアの総責任者にして、最も長く学園を見守ってきた影のドン。

 更には皆のおかーちゃんとも呼ばれ、実務から裏方雑務なんでも熟す食堂のおばちゃんである。

 

 

「そ。しっかりしてるように見えて実際しっかりしてんの。可愛いでしょ?」

「か、可愛いなんて、お、お世辞は結構です……!」

「ははは、何言ってんだいアンタ。私にしてみりゃトレセンの娘は全部我が子みたいだからねぇ。一人残らず可愛いもんさ」

「それもそうか。おばちゃんの博愛主義には敵わねぇや」

「しっかり尊敬しな。今日はありがとねぇ、助かったよ。もうこっちも落ち着いたし、折角だからその娘と一緒に食べてきな。それからあんまり無理をするんじゃないよ」

 

 

 どうやらおばちゃんとは以前から知り合いだったようで、今日のところも手伝おうかと言ってみたらすんなりと許諾をくれた。

 勿論、オレの状態に関しても知っている。それでも休めと言わなかったのは、二十年間で培った人を見る目で問題なしと判断したからだろう。

 下手に心配されて腫物扱いされるよりかはずっと気楽で、だからこそ一層の気遣いを感じる。ありがたい限りだ。 

 

 割と本心から褒めたのだが、マックイーンは照れてしまって不評の御様子。

 こういうところが可愛げなんだよな。あと、人間出来てるのは事実。

 オレが担当している娘は何処に出しても恥ずかしくない良い子達である。いや、バッチバチにやりあう事もあるけれども。

 

 

「だってさ。御相伴与ってもいい?」

「もうっ、お好きになさって下さいっ」

 

 

 

 

 

―――――

――――

―――

――

 

 

 

 

 

「「御馳走様でした」」

 

 

 おばちゃんの勧め通り、カフェテリアの一角で遅めの昼食を取った。

 マックイーンは出が出だけに食事中の会話は一切ないかもと覚悟はしていたが、そうでもない。

 口に物を入れて喋るような真似こそしなかったが、オレが口を開くばかりではなく自ら手を止めて話す場面もあった。

 

 それに食べ方が見惚れてしまうほど綺麗だった。

 どれだけ美人でも食べ方が汚かったりすると引くものだが、マックイーンはマナーから所作から完璧の一言。

 親からの躾けもそうだが、彼女自身の努力がなければこうはならない。将来は引く手数多だろう。良い事だ。

 

 

「ふぅ。この満足感、久方振りですわ」

「失礼を承知で言うけどさ、そんなに気を遣ってた?」

「うっ……何と申しましょうか、そのぉ……正直な所、オグリ先輩やライスさんを羨ましく思っていたところはあるといいますか……」

 

 

 成程、遠回しに言っているので敢えてそれ以上踏み込まないが、体型に変化が起きやすいようだ。

 糖質は脂質よりも脂肪になりやすく、一般的に女性は脂肪が付き易く、筋肉が付き難いと言われている。

 典型的な体質だとするのなら甘いもの好きのマックイーンは、アスリートとして人一倍食事に気を遣わなければなるまい。

 

 特にマックイーンのような長距離適性(ステイヤー)は身長に合わせた体重、そして筋肉と体脂肪率の調整が難しい。

 体重が軽くなればなるほど消耗そのものが少なくなるが、筋肉を落とすと瞬発力と速度を生むパワーが落ちる。脂肪を落とすと今度はエネルギーの所蔵量が減って持久力そのものが落ちる。

 

 その理想値を見極めるのは死ぬほど難しいし、見誤ると天性や実力で劣っている相手にすら勝てなくなって後は悲惨だ。

 より一層食事に気を遣い、厳しい訓練を積む。そんなことを繰り返していればどんどん精神的に追い詰められていき、最終的には身体の何処も彼処もボロボロになっているなんて珍しくもない。

 

 マックイーンはライスを羨ましがっているようだ。

 実はオレの抱えている娘達の中で一番の健啖家はライスである。オレの三倍四倍は普通に食べる。

 これはこれで難しいところなのだが、隣の芝は青いという言葉の通りなのだろう。

 

 

「まあ、何にせよ良い傾向だよ。そうだ。ちょっと机の上に手、出してみて」

「はぁ……それは構いませんが、何か?」

「いや、ちょっと気になることがあって。触ってもいい?」

「ええ。それにしても、気になること、ですの?」

 

 

 少し唐突だったようでマックイーンはオレの言葉に怪訝な表情をしながらも、素直に両手を差し出した。

 

 食器をトレイごと横にズラし、相手に了承を得てから手を下から掴む。

 白魚のような綺麗な手だ。透き通る白い手の甲にも、細く長い指にも傷一つない。その日の内にでも手タレになれそうである。

 

 ただ、オレが気になっていたのは其方ではなく、初めて会った時の爪だ。

 冷静になった後、彼女を観察している過程で、爪に欠けを発見した。

 

 

「ふむ、爪も綺麗に手入れしてあるな」

「身嗜みは指先まで含みますので。メジロ家の者として当然ですわ」

「最近さ、立ち眩みも減ったんじゃない?」

「言われてみれば、確かに…………と言うよりも、どうしてそれを?」

「椅子からの立ち上がり方とかを見れば分かるよ。それに忘れ物もなくなったんじゃない? 消しゴムとか教科書とか宿題とか」

「うっ、もしかして先生方から相談でもありましたでしょうか?」

「いや、ただ軽い栄養失調だったみたいだからさ」

 

 

 オレの指摘に思い当たる節は色々とあるのか、マックイーンは気まずそうに目を逸らす。

 手入れしているにも拘わらず起きる爪の欠け。立ち眩みの頻発。記憶力の低下。

 いずれも軽度の栄養失調を示すサイン。マックイーンの場合は完全に食事制限のせいだろう。

 

 

「え、栄養失調ですの?!」

「そ。爪はタンパク質、立ち眩みは鉄分、物忘れはビタミンB群辺りがそれぞれ不足してる証拠」

「そ、其処までだったとは……」

「まー現代人なんて取る栄養素が偏り易いから珍しくもないけど、君の場合は分かるだろ? ちょっと頑張り過ぎたな」

「……返す言葉もありませんわ。以後、気を付けます」

 

 

 栄養失調という響きにマックイーンは驚きを示した。

 

 別に栄養失調は貧困で喘ぐ地域や国々で起こるばかりではない。日本にだって当然のように現れる。年齢層も様々。

 偏った食生活によって必要なエネルギー量は足りているが必要な栄養素が足りていないタイプは珍しくもない。これは男性に多い。

 過度の痩せ願望によって食事そのものを断ってしまい、エネルギーも栄養素も足りていないタイプも散見する。此方は女性に多い。

 これまでは文明社会の発展が遅れているから栄養失調が引き起こされていたが、文明が発展して余裕が生まれたからこそ発生する栄養失調もあるのは皮肉と言う他ない。

 

 マックイーンは思いも寄らなかった自己の危機的状況に、僅かに耳を垂れさせながら頷いている。

 

 オレは刺した釘が明確に機能しているのを確認し、カフェテリアを見回す。

 マックイーンとの食事は予定外。本来の目的はもっと別の所で――――

 

 

「…………しっかし、来ないなぁ」

「オグリ先輩は此方で殆ど食事はしませんわよ?」

「ありゃ、分かった?」

「ええ。トレーナーさんがとんでもないお人好しで、世話焼きなのは此処数日で嫌と言うほど分かりましたから」

「オレがっつーか、あんなの知ったらトレーナーとして放っとけないでしょ」

「そうは仰いますが、本来の仕事の範囲外かつ御自分の状況を理解できているとは思えない行動ですわ。まあ、会長が慕うのはそういったところなのでしょうけど……」

「そお? それに、いざって時には君等や理事長に頼ればいいかなって」

「っ…………はぁ、これですもの。お好きになさって下さいまし」

 

 

 ジトっとした目でオレを責めるマックイーン。

 彼女の言い分も尤もなのだが、オグリのあんな病気じみた体重の増減を見れば、トレーナーとしても一人の人間としても心配するのは当然だと思う。

 そりゃ自分の状況は分かっちゃいるが、いまオレとオグリのどちらに助けが必要なのかと考えれば、明らかにオグリの方だろう。

 オレはマックイーン達ばかりではなく理事長に駿川さん、おばちゃんなんかもいるが、オグリは交友関係が狭くタマちゃんやスーパークリークくらいしかいない。二人に止められず、トレーナーが倒れた以上は他の誰かが出張るしかない。

 

 そして、我ながらお気楽すぎる考えを口にする。

 実際、今でさえ理事長や駿川さんは勿論の事、ルドルフにさえ頼りっぱなしの現状だ。

 もう形振り構ってもいられないし、自分一人でやってやろうなんて形ばかり無駄に格好つけて、わざわざ効率の悪い方法を取る必要もない。

 最良の結果とはそうした個々人の努力と会話を積み重ねた末にあると信じている。

 

 出会って一週間ばかりなのにもう全幅の信頼を向けているオレに呆れているのか、はたまた照れているのか。

 マックイーンはツンとそっぽを向いて説得を諦めた。あくまでもオレを投げ出して否定するつもりはなく、静かで暖かな肯定だけがある。

 仕草は子供っぽいが、こういうところが信頼するに値する、と当人は気付いているだろうか。

 

 

「で、オグリは此処で食事しないってどういうこと?」

「此処で受け取って、何処か別の場所で食べているようですわ。大量の料理を運んでいる姿を私も見た事がありますから」

「へぇ……しかし何でまた」

「衆目を集めるのがお嫌いなのでは? 失礼ですが、私も初めて見た時は驚きましたもの。視線が集まれば集まるほど落ち着かないものですし」

「そりゃそうか。レースで注目集めるのとは訳が違うからなぁ。当人にとって普通のことが、異常として認識される状況は確かに落ち着かない。まあ、周りも悪くないしな。あんだけ食べれば嫌でも見ちまう」

「ですが、少々意外です。他人からの視線を気にするようなタイプではないと思いましたけれど」

 

 

 マックイーンは食後の紅茶で喉を潤してから、己の知っている限りの情報と自らの所感を語る。

 確かにオグリの天然振りとマイペース振りを見る限り、マックイーンの言い分も尤も。

 泰然自若という言葉がピタリと嵌る雰囲気は、そのままオグリの精神の強さと揺らぎの無さを示している。

 だが、決してストレスを感じないわけではないだろう。そして、その辺りに陥穽が潜んでいないとは限らない。

 

 

「成程ね。おおよそ把握した。ちょっと理事長のところ行ってくるわ」

「何度も言いますが、無理はなさらないで下さいね」

「応さ、了解。食器は片付けとくからゆっくり紅茶を楽しんでくれよ」

「それくらい自分でやりますのに……そうしたいというのならお任せしますわ。御言葉に甘えさせて頂きますわね」

 

 

 忠告はすれども止めるつもりはないらしく、マックイーンはそれ以上は何も言わずに紅茶の香りを楽しみ出した。

 こうした態度は実にありがたい。考えなしにオレを肯定するわけではなく、かと言って頭ごなしに否定するわけでもない。

 必要なタイミングで、必要な人間に、必要な言葉を送る。メジロ家で教えられたのか、はたまた彼女自身の処世術なのか。

 

 いずれにせよ、オレがマックイーンのみならず皆に救われているのは事実だ。

 会話をしているだけ迷いや不安が晴れていく。奮闘する姿を見ているだけで己も奮い立てる。

 だからせめて、彼女達に恥じぬ己で在りたいと望む。

 

 オレは退かした食器とトレイを一纏めにして返却口へと向かう。

 

 おおよその情報は出揃った。

 いまマックイーンから聞いた話だけでなく、マルちゃんから聞いたオグリの様子からも見えてきたものがある。

 

 推察は確信に変わり、要因を越えて原因が見えた。

 後は理事長に報告に上がるだけ。さて、何と言われるか。信じて貰えるように死力を尽くすとしよう。

 

 

 

 

 





この話のマックイーンは凄くしっかり者。トレーナーのブレーキ役。
でも年相応に抜けていたり、時々思い出したみたいにゴルシちゃんのお爺ちゃんだこれぇ! ってなる。
なおブレーキ役ではあるけれども、トレーナーが絶対前に進むマン、倒れるなら前のめりだ! 思想の生き急ぎ野郎なので役割が機能していないがメンタルに与えている影響はかなりデカいイメージ。

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