原作7巻辺りに出てます。
士道は十香を救うという決意を新たにすると、目の前の扉をそっと開き、中の様子を伺った。この瞬間にも銃弾が霰の様に撃ち込まれるのではと冷や冷やしたが、内部は薄暗く、どうやらこの車両には誰も居ないようである。
『いや……魔力反応がある、誰か居るわね。真那クラスではないけれど……かなりの大きさよ。数は1』
「お客さんか! 遠慮せずに入ってくるがいい!」
万由里の忠告と、中からやたらテンションの高い男の声が掛けられるのはほとんど同時だった。
『隠れる気無し……。罠も無し、それどころか武器も持ってないわアイツ。馬鹿なのかしら?』
真意は読めないが、バレているのなら隠れる意味もない。士道は意を決して扉をくぐると、天井と壁面のライトが一斉に点灯した。急に明るくなり一瞬驚いたが、スーツが自動で光量調節をしてくれたためすぐに状況は把握できた。ガランとした箱の様な車内の中央に1人、大柄な男が腕を組んで仁王立ちしている。
男は士道の姿を確認すると、興味深そうに観察を始めた。男性隊員にしては珍しく顔を装甲で覆っていないが、むさくるしい顔にじろじろ眺められるのは気分のいいものではない。ひとしきり眺め終わると、男は納得したように大きく首を縦に振った。
「侵入者がDEMのワイヤリングスーツを着ているとは驚いた! しかもそのコードはアデプタス2、崇宮三尉のものだな。彼女が裏切ったと聞いたときは耳を疑ったが、やはり本当だったか!」
「…………」
『真那の潜入がバレたってのは本当みたいね。士道、分かってると思うけど余計な話する必要なんてないわよ。これ以上情報を与えても不利になるだけだわ』
(あぁ、今は時間が惜しい。先手必勝、だッ!)
士道は足裏に
「なっ……!」
男は士道の拳を軽々と受け止めると、不敵に笑ってみせた。
「名乗りもしないとは無粋な奴だ! 貴様が誰かは知らないが、私と出会ったのが運の尽きよ。メイザース執行部長よりこの列車の守護を任せられた、このアンドリュー・カーシー・ダンスタン・フランシス・バルビローリ――」
「『なげぇよ!』」
相手の鳩尾に渾身の膝蹴りを叩きこむと、掴まれていた腕の力が僅かに緩み、なんとか距離を取ることができた。しかし大して効いていないのかアンドリュー某は平然とその場に立ち続けている。
(攻撃が効いてないのか!?)
『おかしいわね。琴里ちゃんとシェアしてるとはいえ、こっちは精霊1人分の霊力使ってんのよ? いくらなんでもダメージが少なすぎる』
「なぜ自分の攻撃が効かないか分からない、といった様子だな」
「ッ!!」
声が聞こえたと思った次の瞬間には既に、士道の眼前に大きな体躯が迫っていた。咄嗟に腕をクロスさせ防御体勢を取るが、その上から振るわれた剛腕によって士道の身体は軽々と吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。全身に恐ろしいまでの衝撃が走り、遅れて激痛が走った。
『士道!!』
「ぐ……ぁ……」
(大丈夫、だ……。ちゃんと〈
目視はできないが、ワイヤリングスーツの中では治癒の炎が燃え盛り傷を癒していく。段々と痛みも引いていき、何とか立ち上がることができた。
『ん? この霊力の流れ……。まさか』
「ほう、今ので終わりだと思ったが、根性だけはあるようだな! だがそれだけでは一生掛かっても俺には勝てないぞ!」
言うが早いか、男は再び距離を詰めて拳を振るってきた。今度はしっかりと警戒をしていたため躱すことができたが、休む暇もなく振るわれる暴力の雨に次第に対応が追いつかなくなり、被弾が増え始める。
万由里の指示とスーツのサポートシステムを使っても捌ききれない非常事態。分かっていたことだが、町のチンピラたちを相手にするのとは訳が違う。士道が息切れを起こしているのに対して、男は笑みを浮かべて喋る余裕すらあるようだった。
「回避力もなかなかだな! その根性に免じて教えてやろう。今の貴様に足りないものを!」
(ッ! 俺に足りないものだと!?)
『士道、作戦変更よ。会話でもなんでもいいから、今はとにかく時間を稼いで』
(話ったって、この状況じゃあ、ッつあ!!)
僅かに意識が攻撃から逸れた隙に、脇腹に大砲のような威力の蹴りを浴びせられ、士道の身体が再び宙を舞った。肉や骨がひしゃげるような嫌な音が聞こえ、喉奥からは吐瀉物があふれ出てくる。数回床をバウンドした後、やっと動きが止まり片膝をついて荒い息を吐く。
頭の中をハンマーで叩かれているような激痛が走り回っている。あと数発攻撃を受ければ、回復はできても意識を保てなくなるだろう。今まで積み重ねてきた経験が、それを告げている。
「攻撃を受けてみて分かった。貴様には殺意がない。私を殺さずに倒そうという魂胆が見え見えだ。どこの組織の者かは知らないが、こんな軟弱者を単体で送り込んでくるなどDEMも舐められたものだな!」
「はぁはぁ……。殺す気がないから弱い……だと? はっ、どいつもこいつも二言目には殺意だの殺すだのと。お前らが物騒すぎるんだよ、民間企業のくせに」
士道が初めて会話に応じたことに驚いたのだろう。男はほう、と息を吐くと、再び腕を組んでニヤリと笑みを浮かべた。
「やっと話す気になったか。思ったよりずっと若い声だな! 十代か二十代、といったところか。その様子だと、我社の実態も知っているようだ。だがあまり深入りしないほうがいいぞ? 過度な好奇心は身を滅ぼしかねないからな!」
「お前らになんざ興味も深入りするつもりもねぇよ。精霊に手出しさえしなければな」
その士道の言葉を聞き、男は初めて不愉快そうに顔を歪めた。やれやれ、といった風に大袈裟に頭を振る仕草にイラッとくる。オーバーリアクションが癖なのだろうか。
「なんと愚かな……。少年、貴様あの女に
もう何度目かも分からない精霊への中傷の言葉。男は本気で憐れむような表情を浮かべ、それが堪らなく士道を苛立たせた。
「またそれかよ。お前らには何を言っても無駄だな。その件について話し合う気は更々ねぇよ!」
震える脚に力を籠め、一気に距離を詰めて渾身の力で男の鳩尾に拳を叩きこむ。しかし――。
「優しいな少年。こんなときでも殺意の欠片も感じさせないとは。余りにも優しい……だから弱い」
「!!」
気付いた時にはもう遅い。お返しとばかりに男の拳が士道の腹部に深々とめり込み、その瞬間士道の身体は全ての自由を奪われた。かろうじて意識を失わなかったのは奇跡に近い。しかし、崩れ落ちることも叶わず頭を鷲掴みにされ、軽々と持ち上げられる。
「パンチというのは相手を確実に仕留めるように1発1発殺意を持って打つんだ。こんな風にね」
男が何かを言っているが、もはや士道の耳には入っていなかった。身体には力が入らず、痛みを送る信号ですら脳には届いていない。代わりに頭の中に浮かんだのは溢れるほどの悔しさだ。
あれだけの啖呵を切っておきながら、結局またこのザマかと思うと、いっそ笑えてきた。
(誰かを殺したい訳じゃない……。ただもう1度十香と、みんなと会いたい。それだけなのに……。こんなところで終わってたまるかよ……! 十香、琴里、狂三…………万由里!!)
どれだけ意識を強く持とうとも、士道は腕を上げることすら叶わない。ぐったりする士道の様子を見てもう抵抗の意思はないと見なされたのか、男は士道を無造作に壁際へ投げ捨て、興味をなくしたと言わんばかりに背を向けた。殺すどころか拘束する必要すらないと判断したのだろう。
薄れゆく意識の中で、愛しい少女たちの顔が浮かんでは消えていく。何故か最後に物凄いドヤ顔の万由里の顔が思い浮かんだのが、少し心残りだった。
『いやいやいやいや! 最後が私で心残りってどういうこと!? あと私の顔は走馬灯でもなんでもないんですけど!』
「……うん?」
騒がしい声に引かれ閉じかけていた目を開けると、少し涙目になった万由里が士道の周りをふよふよと飛び回っている。
『まぁその話は後よ! ワイヤリングスーツの調整が終わったわ。ずっとおかしいと思ってたのよ、脳筋な琴里ちゃんの霊力を使ってるはずなのに出力が低すぎるんだもの。調べてみたら今まではどうやら士道の
(どういう、ことだ……?)
『
(いやカスってお前……)
『当然でしょうが! あんたに
(よく分かんないけど、俺はアイツを倒せるのか……?)
『当たり前でしょ、誰が稽古つけたと思ってんのよ。ほら早く立って、もう1度起動コードを入力するのよ!』
「……あぁ、分かった」
話している間になんとか身体は完治したようだ。〈灼爛殲鬼〉の性能に感謝しつつも、士道はゆっくりと身体を起こし、両の足でしっかりと地面を踏みしめる。気配に気づいたアンダーソン某は振り返り、その顔を驚愕に染め上げた。
「馬鹿な……! なぜ立ち上がれる!? 骨も内臓もズタズタのはずだぞ! 動くどころかもう死ぬ寸前だったはずだ!」
「可愛い妹たちの加護がついてるんでね。簡単にくたばるわけにはいかないんだよ」
「くっ、訳の分からないことを……! だが、何度立ち上がっても結果は同じだ。お前の半端な覚悟では私は――」
「お前らみたいに殺すことしか考えてない奴には一生分からないだろうな。俺には俺の覚悟――。大切な人を死んでも守るって覚悟があるんだよ」
喚く男の言葉を遮って、士道は宣言する。自分の意思を再確認するように。仲間を苦しめる全てのものに告げるように。すると心の内に燃え盛る炎がいっそう勢いを増し、身体に力が満ちていくのを感じた。
『そうよ士道。あんたは今までどんな困難にも抗ってきた。そして多くの精霊を絶望の淵から救ってみせた! 見せてやりなさい、仲間を思う力がどれだけ強いかってことをね!』
(あぁ。行くぞ……!)
「よく見とけよ……俺の、変身ッ!!」
士道の言葉に呼応したワイヤリングスーツは瞬時に分解され、
「なんだ……その姿は? スーツがそんな風に変化するなんて聞いたことがないぞ!? 一体なんなんだお前は!?」
色が変わった。側から見ればただそれだけのことなのに、男は何故かとてつもない脅威を感じていた。数多くの死線をくぐってきた戦士の勘が告げている。さっきとは別物だ、と。
一方で士道は身体中を巡る圧倒的な力を感じつつも、ギャーギャーと喚き散らす万由里の対応に辟易していた。
『「お前は何者だ」ですってよ士道! ついに来たわこのタイミングが! あれよ、あの決め台詞を使うときが来たのよ!!』
(うるせぇ……)
『早くしろタイミングを逃すぞ! ねぇお願いよ今が最高のチャンスなんだからぁぁぁ』
(だぁぁぁ! 分かったよ言うよ! 今回だけだからな!?)
『よっしゃ気合い入れてホラ、さんはいっ!』
「通りすがりの高校生だ。覚えておけ」
『決ぃまったぁぁぁぁぁ!! 完璧よ士道、ちょーかっこいい! 愛してるわ!!』
(なんなんだよこいつ……。大体参考はク◯ガじゃなかったのか? これ別の人のじゃん)
どっと疲れた頭で目の前の男へ意識を切り替えると、どうやらあちらも戦闘態勢に入ったらしい。ピリピリと刺すような殺気が伝わってきた。
「話す気はないということだな……。ならば、お前を倒してゆっくりと聞き出すことにしよう!」
『来るわよ士道、構えなさい!』
「くっ!」
先ほどと同じように咄嗟に防御体制を取る。するとすぐさま衝撃が――。
(来ない?)
腕の隙間から様子を伺うと、男は確かに腕を引き絞ってこちらに向かってきていた。しかしどういう訳か、その動きはやけにスローモーションに見える。
(まさか、これって)
『そうよ士道、これが私たちの本来の力。あんたの脳の使用領域を極限まで広げることで、通常の何倍にも処理速度を上げることができる。世界を置き去りにするほどの速度まで、ね』
視界の端で右手を天に掲げるポーズを取る万由里を無視しつつ、自分の状態を再確認する。身体は問題なく動かせるようだ。
(すげぇ、これなら……!)
士道は一気に距離を詰め、相手の腕が振り切られる前に懐に入り込み、再び渾身のボディブローをお見舞いした。先ほどと同じ位置を、同じ力で。だが――。
轟!という爆音が響いたと思った次の瞬間、士道の拳は男の身体に深々とめり込み、男は驚愕の表情を浮かべたままその場に崩れ落ちた。手を引き抜くとかなりの熱が発生したのか、砕けた装甲の一部が溶け崩れている。
膝立ちになった男の顔が丁度良い位置にあったので追加で回し蹴りを叩き込むと、男はサッカーボールのように宙を舞い、壁面に大きなクレーターを作って動きを止めた。
「……まじか」
自分のパワーが信じられず手のひらを見つめるが、これといった変化はない。それが余計に力の異質さを際立たせた。
「死んでない、よな?」
『大丈夫でしょ。無駄に鍛えてそうだし』
なんでもなさそうに万由里が肯定するので、とりあえず同意して先へ進むことにした。しかし。
「ま、て……。まだ……終わりじゃない、ぞ」
壁を背にしながら満身創痍といった風に立ちあがり、男は士道の進路を塞ぐ。虚勢を張っているのもあるだろうが、それだけではないことは目を見ればすぐに分かった。
(コイツはまだ折れちゃいない。本気でやる気だ)
『顕現装置で回復されても厄介ね。士道、コイツはここで完全に倒しておいた方がいいわ』
(あぁ、どうやらそうみたいだな!)
呼吸を整えファイティングポーズを取る男には、最早油断も隙も見当たらない。それでもなお武器を取ろうとしないのは、プライドからか。
「参ったな……。完全に油断していたよ。まさかこんな力を隠していたとは」
「騙したみたいになって悪かったな。力の使い方にまだ慣れてないんだ」
士道も男の正面に立ち、構えを取る。肩幅よりも少し広く脚を開き、左腕は少し伸ばして右拳は胸の辺りの高さで固定する。
強襲して速攻で片を付けようかとも思ったが、安易に踏み込めばこちらがやられる。そう思わせるほどの気迫が男からは滲み出ていた。一呼吸置き、互いの視線が交差した次の瞬間。2人の距離は0になる。
顔面に迫る拳を上体を下げることで躱し、そのまま低い位置から
打ち下ろされた肘打ちを横回転して躱し、勢いを利用してこめかみへ裏拳、しかし倒れない。
鞭のように放たれた中段蹴りは躱しきれないと判断、咄嗟に蹴り返し相殺、しかし倒れない。
脚に意識を集中した所為で顔面に迫る拳に気付くのが一瞬遅れ、それを歯を食いしばって額で受け止める。顔面装甲のバイザーが割れ、男の左手がひしゃげる。
しかし、倒れない。
躱し、打ち込み、守り、打ち込む。明らかに士道が優勢だったが、それでも男は倒れず果敢に攻め込んできた。
『なんてやつなの!? こっちは正真正銘フルパワーだってのに、ここまで食い下がるなんて……。士道、長引くとこっちが不利になるわ。何か強烈な一撃をお見舞いしてやらないと』
(あぁ。だけどこっちも割といっぱいいっぱいだぞ)
少ないとはいえ、士道も被弾によるダメージは確実に蓄積していた。現にバイザー部分は一部が砕け、右目が露出してしまっている。まして脳に負荷をかけて無理やりスペックを上げている状態なのだ。いずれ限界が来るのは目に見えていた。
と、考えていたところで不意に攻撃が止み、男は数歩分距離を取った。かなり呼吸が乱れており、ワイヤリングスーツはいたるところが破れ、そこから血が滴り落ちている。
「はぁ……はぁ……。惜しいな、こんな状況でこんな逸材と出会ってしまうなんて……。もう1度訊く。精霊に加担するのは辞めてうちに来ないか? きっと素晴らしい戦士になれるよ、私が保証する」
「ぜぇ……はぁ……。聞く気はないって言ってるだろ。大体このご時世に戦士だぁ? 将来履歴書に書けんのかよそんなもん」
「そうか、残念だ……。君の実戦経験の少なさは戦った私がよく分かる。にも関わらず、当たれば命を落とすような攻撃にも一切躊躇せずに飛び込めるその豪胆さは、尊敬に値するよ、本当に」
「要は無鉄砲ってことだろ? 褒められても嬉しくねぇよ。それに、当たって砕ける訓練だけは積んできてるんでね。文字通り死ぬほどな」
『死んだ回数は5桁超えた辺りから数えてないわねぇ』
万由里はケラケラと笑っているが、あの地獄のような特訓は今思い出しても背筋が凍る。しかしそのおかげでこうして格上相手にも戦えているという事実に、一応は感謝しているのだった。
「きっと私は君に勝てないだろう。だから今のうちに訊いておく。精霊と共に歩むのは茨の道だ。多くの人間たちが彼女らを恨み、憎み、殺したいと願っている。それだけのことを彼女らはしてきたんだ。それでもなお、君はその道を往くというのか?」
『…………』
頭に浮かぶのは折紙の顔。少しずつではあるが、十香たちと友好な関係を築くことができたと、そう思っていた。
しかしそんな幻想はいとも簡単に崩れ落ち、過去をやり直すという反則に近いやり方しか取ることができなかった。それでも救うことができなかった士道が、精霊の隣に立つ資格などあるのだろうか。
万由里が何か言ってくるかと思ったが、どうやら黙って士道の答えを待っていようだ。もしかしたら、彼女も誰かを傷つけてしまった経験があるのだろうか。
だが、仮にそうだったとしても。
否、そうであればこそ。
(俺が精霊を救いたいと思うのは、俺に封印する力があるから? 琴里に頼まれたから? …………違う)
思い出すのは優しく語り掛けてくる少女たちの笑顔。
『士道』
突飛な行動ばかりとる、けれど一途に自分を想ってくれる少女。
『士道さん』
気弱だけど本当は強い心を持っている、誰よりも優しい少女。
『おにーちゃん』
無茶なことばかり注文してくる、それでも絶対の信頼を置いてくれる少女。
『士道さん』
問題ばかり起こすくせに、いつも自分を助けてくれる少女。
『士道』
格好をつけているのに揶揄われるとすぐに取り乱す、いつも元気な少女。
『士道』
突拍子のないことを言って驚かせる、冷静なようで熱い心を持った少女。
『だーりん』
誰よりも深い愛情を向けてくれる、歌声の素敵な少女。
『士道』
ネガティブなことを考えてはすぐに暴走する、可愛らしい少女。
そして――。
『シドー』
いつも一生懸命で、天真爛漫に笑う少女。
辛いときはいつも近くにいてくれて、励ましてくれた。勇気をくれた。
そして自分を愛してくれた、そんな彼女たちに。
「出逢っちまったからな」
「え?」
「もう知ってるから。一緒に過ごして、話をして、そして好きになったから。だから俺は精霊と一緒に生きるよ。アイツらが罪を背負ってるなら、俺も一緒に背負ってやる。誰になんと言われようと変えるつもりはない。これが俺の歩く道だ」
望んで誰かを傷つけているわけじゃない。強大な力に翻弄され、苦しみ続け、それでもなお抗い続ける強さと優しさを持った少女たち。そんな彼女たちが笑顔を失っているのだとしたら、それを士道が放っておけるはずがないのだ。
『……それでこそ士道よね。…………ありがとう』
真っすぐと前を見つめ、一切逸らすことなく言い切ってみせた士道。僅かに覗く瞳から本気さが伝わったのだろう。男は諦めたように苦笑し、再び構えを取った。
「ならばその覚悟、私を倒して証明してみるといい!」
「あぁ。……行くぞ」
拳を握りしめ、想いを乗せて地を駆ける。腕がクロスしお互いの拳が頬にクリーンヒットした瞬間、理性のタガが外れたように咆哮を上げ、最後の攻防が始まった。否、お互いに防御は捨て相手を倒すことだけに集中している。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「おりゃああああああああああああああああああ!!」
殴り、蹴り。殴られ、蹴られる。そこには一切の躊躇も存在しない。まるで1歩でも引いてしまえば大切な何かを失うような、そんな激情に駆られてひたすら腕を振り上げる。
5分か、10分か。あるいはほんの数十秒だったのだろうか、それすらも分からないほどに2人が疲弊しきった頃、唐突に終わりは訪れた。
ぐらり、と男の巨体が傾き、士道の方へと倒れてくる。体力の限界が訪れたのだろう。しかし、それは士道も同じことだった。
――腕は? 駄目だ上がらない。
――脚は? 無理だ間に合わない。
(だったら――)
士道は上半身を仰け反り、額にありったけの霊力を込めた。深紅のバイザーが高熱で白銀になるまで燃え上がり、危険を知らせるアラートが鳴り響いている。だが関係ない。もう止まれない。
(この一撃で、決める!)
全ての力を注ぎ込み、相手の頭を目がけて額を叩きつける。その瞬間、巨大なガラスが粉々になったような甲高い音を響かせ、士道の顔面装甲は完全に砕け散った。
今度こそもうどこも動かせない。結末を見届ける前に士道は後ろへ倒れ込むと、額から熱い液体が流れていることに気付いた。どうやら最後の一撃で負傷したらしい。
少し待つと、炎が灯り傷口が塞がっていくのを感じた。
(万由里、あいつはどうなった……?)
起き上がることが叶わず万由里に語り掛けると、仰向けに寝転ぶ士道の視界にニュっと顔を出した万由里が笑顔でピースサインを送ってくる。
『安心なさい。完ッ全に伸びちゃってるわ。ま、あれだけの攻撃を受けたら当然よね。ほんとアホみたいな打たれ強さだったわ』
「そうか。俺は勝ったのか」
報告を聞くが、未だに実感が湧いてこない。しかし今はそれでいいのかもしれないとも考える。まだ目的を達成したわけではなく、これからやらなければならないことが山ほどあるのだ。
士道はなんとか起き上がると、倒れている男に近付き、仰向けに転がして懐を弄り始めた。
「えーっと、通信機、通信機……」
「通信機はこれだよ」
「あぁ、ありがと……って、ええ!?」
倒れたまま小型のマイクを差し出してくる男に驚き、士道は尻もちをつきながらも後退する。その様子を見て、男はくすくすと面白そうに笑うのだった。
「安心していい。目の前が歪みまくってもう立ち上がることも出来ないさ。何をするつもりか分からないが、勝者は君だろ? これくらいならお安い御用だ」
「は、はぁ。どうも……」
おっかなびっくりマイクを受け取り一応万由里に見てもらうも、罠の類は見つからなかった。どうやら本当に協力してくれただけのようだ。
『マジでどうなってんのよコイツの身体? 頑丈さが人間のそれじゃないわよ。まさか、精霊……? 士道、ちょっとキスを――』
「なんで急に協力的になったんだ? まさか頭を打った所為でおかしく……」
士道の訝しむような視線を受けても、男はどこ吹く風といった様子で相変わらず笑みを浮かべている。
「なに、ちょっとした気まぐれってやつだよ。拳を交わせば相手の本質が分かる。それで興味がわいてね。君がこれからどうするのか見てみたくなったんだよ」
『筋肉の精霊、識別名〈プロテイン〉と断定。所有天使は
「大丈夫なのか? そんなことして、上の奴に怒られるんじゃあ……」
「ははは、君は本当に優しいな。気にしなくていい。その通信機は意識を失った私から君が勝手に取り上げたものだ。違うかな?」
「……あぁ。ありがたく使わせてもらうよ」
無視されて拗ねる万由里をなんとか宥めて通信チャンネルを列車内全域に拡大してもらうよう頼むと、士道はスピーカーの音に耳を澄ませた。先の戦闘で壁のいたるところに
士道は目を閉じて大きく息を吸うと、ありったけの想いを籠めて声を張り上げた。
「十香あああああ!! 助けにきたぞおおおおおおおおおお!!!」
それは世界に対する宣戦布告。精霊を憎む者たちに対しての、明確な意思表示。
それは精霊に対する愛の言葉。人間を憎む者たちに対しての、明確な意思表示。
誰に頼まれた訳でもない、士道自信の意思で。
今度こそ精霊を救うと決めた、覚悟の証だった。
「ははははは! 面白い、これは期待以上だ! まさか
「……え?」
なにやら不穏な言葉が聞こえたような気がする。ギギギ、という音を立てて万由里に顔を向けると、彼女は「つーん」と自分で言いながらそっぽを向いていた。
『ふんだ。私を無視した罰よ。DEMどころか届く範囲全部にチャンネル繋いでやったんだから、ちゃんと自分の言葉に責任取りなさいよね』
それはつまり、列車だけでなくAST基地内や囮列車、果てはフラクシナスまで繋がってしまったということで。
十香を安心させるため、そしてあわよくば列車を止めさせられればと軽い気持ちで起こした行動だったが、計画を遥かに上回る規模で事態が進行してしまい、士道は頭を抱えるのであった。
(なんてことしてくれてんだ万由里いいいいいいいいいい!!)
サポートに索敵、ハッキング等々。万由里の有能さには頭が下がりますね。
今後生じる細かい矛盾は全部「万由里がなんとかした」と思ってもらえると助かります。