愛ゆえにです。
(どういうことでいやがりますか、これは……)
真那は理解出来なかった。否、本能が理解を拒んでいた。
(なんでコイツがここにいて、私を……)
幾度となく憎しみをぶつけ合い、殺し合った存在が目の前にいて、あろうことか。
「何故私を助けた、ナイトメア!!」
エレン・メイザースの刃を銃身で受け止め、自分を守っているなんて、あまりにも理解の範疇を超えていたからだ。
足元の影から伸びた無数の白い腕がエレンを拘束しようと迫ると、エレンは警戒して後ろへ飛び退き距離を取った。一方のナイトメアは相手に大して興味も無いようで、へたり込む真那へと見下す視線を送ってくる。
「あらあら、命の恩人に感謝の言葉もありませんの? 少しはお兄さんを見習ってほしいですわね」
「兄様だと!? お前、兄様に何かしやがったんですか!?」
「安心してくださいまし。まだ何もしておりませんわ。むしろ士道さんが貴女を助けて欲しいと頼んできたんですのよ? でなければこんなことしませんわ」
「兄様が!? どうしてお前なんかに……」
真那が狂三に詰め寄ろうとした瞬間、迫る熱源を感知して咄嗟にその場を飛び退くと、規格外の威力のレーザーが通り過ぎて行った。出どころは勿論エレン・メイザースだ。
「ナイトメア、最悪の精霊ですか。DEMを裏切った上にそんな輩と手を組むとは。堕ちる所まで堕ちましたね真那」
「だ、誰がこんなやつと!」
「あら、助けは不要ですの? 先ほどは随分とピンチだったように見えましたけど」
「このっ……! 兄様が何を言ったか知らねーですが、お前に背中なんか任せらる訳ねーです! いつ背後から撃たれるか分かったもんじゃない!」
「別に信用してもらわなくても結構ですわ。わたくしの邪魔さえしなければの話ですが」
そう言いながら狂三は発砲するが、その銃弾をエレンは
「はっ! 無理でいやがります。私より弱いお前がエレンに勝とうだなんて100年はえーんですよ。大人しく下がって……何を嗤っていやがるんですか」
「いえ、いえ。まさか今までのあれがわたくしの実力だと思っていらしたなんて。滑稽を通り越して哀れだと思いまして」
「やっぱりお前から殺してやります」
「私を無視しないでください!」
エレンは大人しく様子を伺っているかと思ったが、痺れを切らしたのか眉根を吊り上げて斬りかかってきた。全く同じタイミングで回避する辺り、2人は案外相性がいいのかもしれない。
「冗談はこのくらいにして、本当に下がっていてくださいまし。巻き込んで怪我でもされたら士道さんに怒られてしまいますわ」
「まだそんなことを! それはこっちの――」
台詞だ、という言葉を、真那は最後まで言い切ることができなかった。高密度の霊力を感じたと思った瞬間、狂三の左目の時計がぐるぐると回り、その背に巨大な天使を顕現させたからである。異様な雰囲気と威圧感に気圧され、知らず真那の頬を汗が伝った。
〈
「分かりませんの? 邪魔だと言っておりますの。
リスクを犯すことを何よりも嫌う狂三が、今この瞬間に、士道の願いに応じて人類最強の前に降り立ったということだった。
今までにない気配を感じ取り、エレンは警戒態勢を取りながらもニヤリと笑ってみせる。
「悪名高いナイトメアの天使、見るのは初めてですね。面白い、実力を測ってあげましょう」
「その間に命を落とさなければいいのですけれどね……。〈刻々帝〉――【
狂三が自分のこめかみに向けて引き金を引いたと思った瞬間、彼女の姿はもうそこにはなかった。殺された後に霞のように消えるのとは違う、文字通りの瞬間移動。そう思わせるほどのスピードで移動したのだと真那が気付いたのは、数秒経った後のことだった。
上下左右前後から夥しい数の銃弾がエレンに襲いかかる。彼女も負けずに応戦し、そこは一瞬で人智を超えた領域の戦闘となった。数秒の後、スピードと手数で圧倒するナイトメアと真っ向勝負は少し分が悪いと判断したのか、エレンは随意領域を展開して防御体制に移行する。
「加速系の能力ですか。スピードは中々のようですが、その程度では私に傷ひとつ付けられませんよ」
「ご忠告痛み入りますわ。殻に閉じこもってガタガタ震えるだけの最強
「ッ! この――」
憤怒の表情を浮かべたエレンが強大な魔力を放出し周囲を薙ぎ払うと、僅かに怯み動きが止まった狂三に一瞬で距離を詰め、その心臓に深々とレーザーブレードを突き刺した。しかし。
「くすくす。自信家で負けず嫌い、少し刺激してやればすぐに実力行使に移る。士道さんの情報通りですわね」
驚くべきことに、刺された狂三はエレンの腕をがっしりと掴むと、薄ら笑いを向けてきた。更に後ろにはもう1人の狂三が立ち、エレンの後頭部にゴツリと冷たい銃口を当てがっている。
「残念、ハズレですわ。意外と可愛らしいところもありますのね? こんな簡単な罠に引っかかってしまうなんて」
「ふっ……ざけるな!」
その場で回転し振り抜いたブレードは空を切り、攻撃を躱した狂三は再び真那のと隣にふわりと降り立つ。
「私を舐めているのですか? あれほどの隙があればいくらでも攻撃出来たでしょうに」
無表情を装っているが、その声色には怒気が溢れている。エレンがここまで翻弄されるのも、怒りに打ち震えるのも真那は初めて見る光景だった。ナイトメアが自称味方であることに内心安堵しつつも、1つの懸念があり真那は口を開く。
「お前がつえーのは良くわかりました。でも今のチャンスを逃すべきじゃなかったですね。エレンに同じ手は2度と通用しねーです。こんなチャンスがまた来るとは思わねー方がいいですよ?」
「彼女の言う通りです。遊びはもう終わり、次は本気で殺しますよ?」
刺すような殺気を放ち、エレンはナイトメアに刃を向ける。しかしそれすらもどこ吹く風。困ったような表情を浮かべると、肩をすくめてみせた。
「わたくしもそう思いますわ。でも士道さんが殺すなと仰ったので仕方ありませんの」
また士道だ。あのナイトメアを大人しく従わせるだけでなく、エレンの実力や癖を把握し、的確な助言をする。琴里から聞いた限りではつい先日まで一般人だったはずなのに、これは一体どういうことなのか。そう思ったのは真那だけではないようだ。
「イツカシドウ……先日プリンセスと一緒にいた少年ですね。軽く経歴を調査した限りでは出自不明なこと以外特筆する点は無かったはず。一体どこから私の情報を……。私と戦って生きている者はそう多くないはずですが」
「あらそうでしたの? なら今日で2人も増えますわね」
真那と自分を交互に指さしながらエレンに向かって笑顔でそう言い放ったナイトメアに対して、エレンは間髪入れずに切りかかってきた。先ほどよりも更に速く、よく見ると額に青筋が浮かんでいる。
「よほど死にたいようですね……! まぁ良いでしょう。どうせ貴女たちがここで消えればあの無力な少年は何も出来はしない。気にするだけ無駄というものです」
「無力? 士道さんが? ……きひ、ひひ、ひひひひひひひひひひッ!」
「何がおかしいのですか!」
エレンが不愉快そうに眉根を寄せるが、正直その意見には真那も同意だった。士道がいかに優れた情報網を持っていたとしても、戦う術がなければ宝の持ち腐れだ。事実、先日の戦いで士道は何もできずに大怪我をして退場してしまった。
だというのに、ナイトメアのこの反応は一体どういうことだろうか。そんな風に真那が考えていると、彼女はどこか誇らしげな表情で宣言した。
「きひひ、真那さんまでそんな顔をされるんですのね。いいですわ、知らないのであれば教えてさしあげましょう。どうせすぐに分かることですけれど」
そこで1度言葉を区切り、ナイトメアは自分の耳をトントンと指で叩いてみせた。その直後、静寂の中で通信機器に僅かにノイズが走る。
(通信……? それもオープンチャンネルで、いったい誰が――)
やがてそれはクリアな音声となり、辺りに響き渡る。その声に、その内容に、通信を聞いた全ての者は言葉を失った。
「士道さんは貴女方が思っているよりもずっと、お強いんですのよ?」
『十香あああああ!! 助けにきたぞおおおおおおおおおお!!!』
つい先刻まで会話をしていた相手だ、間違えようがない。五河士道、生き別れた自分の兄が、あろうことかでDEM全体に聞こえるように喧嘩を売ってきたのだ。発信源を探ると、DEM隊員の個人通信機器からだということが分かった。それはつまり、士道が十香を乗せた列車に乗り込み、既に誰かと接触したということである。
(確かに大人しくしているタイプじゃねーとは思ってました。だから念のためワイヤリングスーツを預けた……。でも、だからってこれは!)
真那は声を抑えて笑い続けるナイトメアに詰め寄ると、その胸ぐらを勢いよく掴み上げた。抵抗なく捕まえられたことは予想外だったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「知っていやがったんですか!? 兄様がしようとしていたことを! それともお前が何かを吹き込みやがったんですか!? 答えろナイトメア!!」
「十香さんを助けに行くのは知っていましたわ。その手助けをしたのも認めましょう。でもまさか、ここまで愉快なことをしでかすとは思っていませんでしたの。許してくださいまし」
とてつもない剣幕で迫るも、心底楽しいといった様子を崩さないナイトメア。自然と真那の腕に力が入り、そのまま締め上げそうになる。
「落ち着いてくださいな。士道さんなら大丈夫ですわよ」
「大丈夫なわけねーです! 兄様はなんの力もない一般人でいやがりますよ!? 戦闘にでもなったりしたらまた……!」
「彼女のあの様子を見てもまだ、そう思いますの?」
「何を……!?」
真那がエレンに目を向けると、彼女にしては珍しく慌てた様子で何かを話している。おそらく先ほどの士道の通信を受けて、他の魔術師に確認を取っているのだろう。あちらで何かが起きている。
「どういうことでいやがりますか? あっちにはジェシカや他の隊員が居るはず……。兄様が乗り込んだところで脅威になんて――」
そのとき、通信機器から再び声が聴こえてきた。今度は士道ではない、フラクシナスの琴里からだ。
『真那、聴こえる? 緊急事態よ』
「えぇ、聴こえてますよ。最初からずっと緊急事態だったような気もしやがりますが……。一体何が起きていやがるんですか?」
真那の琴里に対するイメージは究極の二面性だった。士道が倒れ、組織の根幹が揺らぐような状況にあっても、リーダー然として振る舞い決して部下に弱さを見せない。
そんな彼女が動揺を見せるのは、決まって士道が関わっているときなのだ。迅速な対応が必要なこの曲面ではあるが、自分で自分の言葉の内容を疑うような、ゆっくりとした口調で琴里は報告を行う。
『落ち着いて聞いて。士道が……士道が十香の救出に向かったわ。単身で、本隊の列車に乗り込んで……。今はDEMの魔術師たちを殴り飛ばしながら、前に進んでる……!』
「…………………………………………は?」
意味が分からない。琴里の言葉が理解の範疇を越えていた。おそらくここにいる全員が同じ気持ちなのだろう。ただ、1人を除いては。
「見せてもらいますわよ士道さん。貴方の覚悟を」
◆
琴里はかつてないほどの窮地に立たされていた。敵の策略にまんまと嵌り、真那を、仲間を、十香を危険に晒している。
だがここで動揺を見せるわけにはいかない。艦長である琴里が狼狽えてしまえば、それは必ず周囲に悪影響を及ぼすからだ。そうなれば、逆転の芽は完全に潰えてしまう。
だからこそ、表面上だけでも気丈に振る舞い、クルーを鼓舞して戦いに挑む。例え勝てる可能性が1%に満たないとしても、それがラタトスク機関に所属する五河琴里の役目だった。
(思考を止めるな。考えろ、何かあるはずよ、この状況を打開するための方法が。援軍は無し、私が戦場に出るしかない。その場合の優先対象はエレン? アルバテル? 十香? フラクシナスの指揮を神無月に任せて士気に影響は――)
思考の渦に呑み込まれた琴里の意識を、真那の絶叫が呼び起こした。
『何故私を助けた、ナイトメア!!』
「……………………は?」
更に。
『十香あああああ!! 助けにきたぞおおおおおおおおおお!!!』
「…………………………………………は?」
余りにもイレギュラーな事態が次々と起こり、琴里が考えることを辞めるのは仕方のないことだった。
「い、一体何が起こってるの……? 令音、状況を教えてちょうだい」
「ナイトメア……時崎狂三がシンに頼まれて真那を助けに来たようだ。そのシンはどうやら単身でもう一方の搬送列車に突入したらしい」
「どうしてそんなことになってるのよ!?」
「私に聞かれてもね……。とりあえずシンの映像をメインモニターに回すよ」
そう言って令音は手元のコンソールを操作し、艦橋の中央モニターの映像を切り替える。
10日ほど前の「士道実は超プレイボーイ疑惑」の一件から、2人は本当に監視カメラを24時間体制で士道の周りに飛ばしていたのだ。それが今回偶然功を奏したのだが、士道が何かしでかすのでは、といった懸念が琴里にあったことも間違いない。
令音の作業を待つ間琴里は気が気ではなかった。それもそうだろう、士道がDEMの魔術師に攻撃されて生死の境を彷徨い、目を覚ましたのはつい数時間前のことだ。次の瞬間またその光景が映し出されないという保証はどこにも無い。
しかし、モニターの映像を見て、琴里だけでなくその場にいた全員が言葉を失った。
搬送列車の床と思しき場所には大柄なDEMの魔術師が横たわっており、身に付けた装備はもはや原型を留めていない。
そしてそんな魔術師と同じくらい傷だらけの士道が、何故かDEMのワイヤリングスーツを身に纏い仁王立ちしていたのだ。その様子から、相当激しい戦闘が行われ、尚且つ士道がそれに勝利したことが見て取れる。
(なんなのこの状況は……? 士道が勝った? あの大男に、たった1人で?)
混乱する琴里を余所に、映像の中では車両の扉が開かれ、そこから4人の魔術師が銃を構えて突入してきた。口々に何かを言っているようだが、それを気にしている余裕は琴里には無かった。否応なしに先日の光景がフラッシュバックする。
「やめて……。逃げておにーちゃん!!」
思わず叫んでしまうが、その願いが士道に届くことはない。代わりに士道は両腕を軽く伸ばして構えを取ると、自分を取り囲む敵たちに向かって怒号を上げた。
『十香を……返せぇぇぇぇぇ!!』
咆哮と共にビリビリと衝撃波が伝わり、僅かに映像が乱れる。すぐに回復したが、その場にはもう士道の姿はない。今の一瞬で近くにいた魔術師の懐に潜り込み、赤熱した拳を勢いよく顎に向けて振り抜いていた。
『ハァッ!!』
グシャ、と金属が潰れる音が鳴り響き、魔術師の身体が真上に向かって打ち上がる。しかしいつまで経っても落ちてこない。それもそのはず、他の隊員たちが上を見上げると、衝突した頭がそのまま天井に突き刺さっていた。
『な、なんてパワぁべしっ』
『え? うぎゃっ』
動揺し動きの止まった隙を士道は見逃さない。右の相手の首元に手刀を叩き込んで意識を奪うと、すぐさま左の敵に飛び膝蹴りをくらわせる。相手は短い悲鳴を上げ吹き飛ぶと、そのまま壁を突き破って外に放り出され、列車の遥か後方に消えて行った。
「逃げ、え? ……え、何これ」
立ち上がりポカンと口を開けてフリーズする琴里。最も、それはこの場においてさして珍しい反応ではなかった。ぎぎぎ、という音が鳴りそうな感じの挙動で令音の方を向くと、彼女も似たような状態になり、ボソボソと呟きを漏らしている。
「……こんなん考慮しとらんよ」
言葉の意味は分からなかったが、とりあえず動揺しまくっていることだけは確かだった。モニターに目を戻すと、残った1人が手を前に突き出している。跳ね上がる魔力反応には覚えがあった。
「随意領域……! あれに捕まったら終わりよ、躱し……て?」
しかしまたしても、士道は予想外の動きを見せた。敵と同じように腕を伸ばし、掌底の構えで距離を詰める。魔術師は士道が間合いに入ってきたことに驚きつつも強靭な壁を展開し、上から士道を押し潰す、そのはずだった。
だが、士道の掌に随意領域が触れた瞬間、パンっという小気味の良い音を立て、まるで風船が割れるようにあっさりと集まった魔力が霧散していった。
『え? え? なん――』
何が起こったか分からない、と言った表情のまま、顎を拳で打ち抜かれて意識を失う。その場に立っているのは、両手と膝から僅かに白煙が登る士道だけだった。
余りにも現実離れした光景に、フラクシナスには安堵よりも動揺が広がる。
「よ、よく分からないけど士道くん、めちゃくちゃ強くないですか?」
「最後は運良く敵が
「運も実力の内って言いますし。流石は司令のお兄さん、只者じゃあない」
(いや、違う)
琴里の頬にはいつの間にか汗が伝っていた。しかしそれは士道の身を案じてではない。今しがた士道が行った、通常ではあり得ないような技術を目の当たりにしたからである。
(間違いない、あれは対消滅。でも一体どこであんな技、それもあれほどの練度で……)
対消滅。それは発生した空間震に同規模の力をぶつけることで相殺されるという現象である。人類が唯一制御可能な精霊と、高度な技術力を持つ機関。つまり琴里の力を得たラタトスクが長年の研究を経て辿り着いた最高機密の内の1つだ。
本来は霊力と霊力のぶつかり合いで発生する現象なのだが、魔力とはそもそも顕現装置が精霊の力を模して増幅させるものである。つまり、魔力と霊力、あるいは魔力と魔力でも理論上は不可能ではない。
しかし、それを実際に行う者はいなかった。相手と同じ規模の力を発動させるためには、範囲と威力の計測を行い、尚且つ同じ出力で同じ場所に力を発生させる必要があるからである。技術云々はもとより、実戦においてそれを活用できる魔術師など数えるほどしかいない。そしてその一握りの魔術師たちは、そんな小細工を弄さずとも圧倒的な力で敵を蹂躙出来るのである。
フラクシナスの高性能な計器は、士道の掌にほんの一瞬発生した霊力を捉えていた。琴里の手元にある小さなモニターがそれを伝えてくる。つまり士道は、手練れの魔術師たちの前で、先に述べた障害を全てクリアして力を行使したということだ。それも、いとも簡単に。それがいかに困難なことか理解しているのは、おそらくこの場で琴里以外には神無月と令音くらいだろう。
そしてそれよりも、琴里には確かな確信が芽生えた。
(やっぱり士道は精霊の存在を知っていた。しかも、あれほどまでに霊力を使いこなせるということは恐らく……。既に精霊を封印したことが、ある)
ならば何故、つい先日まで霊力を保持していなかったのか。一体どれだけの修羅場を潜り抜ければこれほどの戦闘力が身につくのか。
琴里の願いに応え、ヒーローのように活躍する士道の姿。それが待ち望んだものだったはずなのに、琴里の胸中は晴れなかった。
(私を愛してるって言ってくれたのは、本心から? それとも、霊力を封印するために吐いた嘘だったの? 教えてよおにーちゃん……)
そっと唇に触れてみるが、当然答えは分からなかった。
◆
魔術師4人を苦もなく倒してみせた士道は己の力を再確認すると、十香を救うべく進行を開始しようとした。その背に声がかけられる。
「この先に進むなら注意するといい。ジェシカ・ベイリー、アデプタスナンバーズの戦闘力は別格だ。今の君でも勝てるかどうかは分からないぞ」
声の主は先ほどから横たわって戦闘を眺めていた大男である。姿勢が変わっていないところを見るに、本当に動くこともままならないようだ。
『なんか急に仲間面してきたわねコイツ。やっぱあれなの? 拳を交えると男はみんな友達になっちゃう的なやつなの?』
万由里の疑問に多少覚えのある士道だったが、それに関する記憶は大体薮蛇なので黙っておくことにした。士道は振り返ると、片膝をついて男と目を合わせる。
「忠告感謝するよ。でも生憎、どっちが強いかなんて気にしてる場合じゃないんだ。出来る出来ないじゃなく、俺は十香を助ける。そう決めたからここに来た。そのためなら誰だろうと倒してみせるさ」
「ふっ、勇ましいな。本当に惜しいよ、君とはもっと別の場所で出会いたかった」
士道の真っ直ぐな視線を受け止め、満足そうに頬を緩める。それを見て、士道も少しだけ緊張を解いた。
「じゃあな、色々と世話になった。機会があったらまた会おう……アンダーソン」
「アンドリューだ」
死ぬほど居心地が悪くなったので、士道は振り返ることなく駆け出した。
『列車の速度が落ちているわ。どうやらさっきの戦闘で顕現装置が1つ故障したようね』
「そりゃラッキーだ。つまり他の車両のも壊していけばいずれは止まるってことか」
『そういうこと。顕現装置は隔両ごと、床下部分にあるみたいよ。派手に暴れてぶっ壊してやりましょう!』
「おう!」
会話をしつつ車両を駆け抜け、次の扉を蹴破る。すると、こちらに向けられた複数の銃口が一斉に火を吹いた。
「ッ!!」
『目を閉じるんじゃないわよ士道! 手足の先に霊力を集中! さっきと同じ要領で着弾予想地点のイメージを送るから全部避けるか叩き落としなさい!』
「簡単に言ってくれるなよ!」
悪態をつきながらも、スローモーションの世界で士道は的確に銃弾を往なしていく。とは言っても、実はそこまで精密に霊力をコントロールしているわけではない。大まかに集中させた霊力を、着弾の瞬間に万由里が必要最低限の力で放出してくれているのだ。それが先ほどの対消滅を簡単にできた理由であり、スタミナに不安のある士道が長時間戦えている理由でもあった。
最後の銃弾をハイキックで蹴り返し、それが魔術師のライフルに当たって派手な爆発が起こる。衝撃で手をやられ苦しげに呻く者以外は、士道の力を目の当たりにして驚愕の表情を浮かべている。
(今度は5人、でも今なら……!)
先ほどと同じように近接戦闘に持ち込もうとすると、魔術師たちは士道の足元に向けて弾幕を放ち、足止めを行う。間合いに入られるのを阻止するような動きだった。
『情報が早いわね。こっちがインファイトしか出来ないことがバレてる。士道、プランBよ!』
「了解!」
士道は拳に霊力を集中すると、そのまま床面を殴りつけた。するとそこから衝撃波が発生し、車両全体が大きく揺れ動く。
「なんて馬鹿力だコイツ!」
「目を離すな! 我々の動揺を誘うための罠だ!」
「近付きさえしなければこんな奴……!」
すぐに揺れが収まり、結局魔術師たちが隙を見せることはなかった。士道は両膝を着き、がっくりと項垂れた姿勢のままそこを動かない。
「流石に観念したか……? いや、これは!?」
「ッ!! 全員退――」
次の瞬間、床下からとてつもない爆発が起こり、その場にいた全員を吹き飛ばした。魔術師たちは咄嗟に随意領域で身を守るも、強大なエネルギーの奔流に抗えず車外へと放り出されていく。やがて黒煙が晴れ、そこにはかろうじて残った車輪とそれを繋ぐ基礎部分にしがみつく士道の姿が現れた。
「っぷはぁー! 危ねぇ! 俺も吹っ飛ばされるところだった!」
『むりやり霊力を流し込んで作る即席顕現装置爆弾。良いアイディアだと思ったんだけど、もうやらない方がいいかもしれないわね』
「そうだな……。でもこれで敵を減らすのと顕現装置の破壊どっちも達成できたわけだ。この調子で行こう」
『無茶苦茶言うようになったわねあんた。そういうのは私の役目だと思うんですけど?』
「誰かさんから悪い影響を受けてるからな」
軽口を叩きながらも崩れかけの足場を慎重に動き、隣の車両に辿り着く。平らな床を踏みしめると、士道の身体がグラリと傾いた。
「っとと……」
『ちょっと、大丈夫? 流石に少し休んだ方が……』
「いや大丈夫だ。ちょっと踏み外しただけだよ。先を急ごう」
『……そうね。分かったわ』
それが嘘であることは万由里も理解していた。それも当然、士道と万由里の心は繋がっているのだ。戦闘による疲労、大怪我と超回復によるストレス。それらは大きな鎖となって士道の身体を縛り付けていた。しかし万由里はあえて止めることはせず、代わりに力を送り続けるのだった。
その後も戦闘を続け、列車の中ほどまで進んだ頃、士道に通信が入った。
《兄様、聞こえやがりますか!? 真那です、聞こえたら返事をしてください!》
「真那! よかった、無事だったんだな!」
《それはこっちの台詞でいやがります!! なんて無茶をしていやがるんですか!? 真那はそんなことをさせるためにスーツを渡した訳じゃねーんですよ!?》
「う……それはすまん。でも非常事態で――」
《だからって限度ってもんがあるでしょう! 生きてるから良いものの、兄様に何かあったら悲しむ人がいやがるんですよ! 分かっていやがりますか!?》
「は、はい……。すみませんでした……」
割とガチのトーンで怒られてしまい、士道はシュンとしてしまう。真那はそんな士道の様子を察したのか、ひとしきりお説教をした後やっと追及の手を緩めてくれるのだった。
《はぁ……。まぁいいです。兄様が何かする気がしてたのに手助けしちまったのは真那の責任ですから。それよりも、もっと怖い妹からお話があるようでいやがります》
「『ヒェッ』」
思わず揃って声を上げてしまい身構えていると、予想に反してか細い声が聞こえてきた。
《……………………士道》
「琴里? 元気が無いけどどうかしたのか? まさかどこかに怪我を!?」
《…………はぁ~~~。最初に出てくる言葉が私の心配って。無駄に悩んだ私が馬鹿だったわ》
「???」
何故かものすごく呆れられてしまった。理由が分からず困惑していると、琴里は少しだけ柔らかい声で語りかけてくる。
《なんでもないわよ。ちょっと要らない心配をしちゃっただけ。それよりも、あんた大人しく家で待ってるって約束したわよね。どこをどう間違てそんな状況になっちゃってるわけ?》
「い、いやぁこれには深い訳がありましてですね」
『電話越しに叱られるサラリーマンみたいになってるわよあんた』
姿が見えない琴里に対して必死に頭を下げていると、万由里がケラケラと笑いながら指差してくる。その様子を恨めしげに睨みつけていると、琴里の喋る雰囲気が変わるのが分かった。
《詳しい話は後で必ず聞かせてもらうからね。それよりも悪い知らせよ、エレン・メイザースがそっちに向かっているわ》
「!!」
《こっちも真那を回収して今向かってるところだけど、フラクシナスも結構ダメージを受けているから……。恐らくあの女の方が先にそっちに辿り着くことになる》
やはり士道の宣戦布告は広範囲に届いてしまったようだ。まだ十香を見つけてもいない状況で制限時間まで追加され、自然と心臓が早鐘を打ち始める。
「成程、俺もちょっと急いだ方がよさそうだな。そういえば敵の空中艦は倒せたのか?」
《急ぐってあんたね、私は今すぐそこから逃げろって……。いえ、辞めておきましょう。〈アルバテル〉は倒してないわ。今は〈ナイトメア〉、時崎狂三に足止めをしてもらってる》
「ッ! そうか、狂三がそこまで……。分かった、じゃあそっちは大丈夫そうだな」
《随分と信頼してるようじゃない。彼女は最悪の精霊って呼ばれてるのよ、分かってるの?》
「分かってるさ。でも結局助けてくれたじゃないか。それともあいつがお前や真那を傷付けたりしたか?」
《それは……。ああもう! はいはい分かりましたよ士道は時崎狂三を信じてるってことなんでしょ! ……そういうことを教えるのは本当は私たちの役目なのに、これじゃ立つ瀬がないじゃないの》
最後の辺りは良く聞こえなかったが、とりあえずは納得してくれたと判断し、士道は再び歩き始める。
「まぁそういうことだ。悪い琴里、こっちはまだやることがあるから。一旦切るぞ」
《あ、待ちなさい士道! 時崎狂三からの伝言よ。「約束は必ず果たしてもらう」ですって。一体どんな約束したのよ?》
「あー……。まぁ、ちょっとな」
流石にこの場で「デートの約束です」なんて言える訳がない。そう思い士道は言葉を濁すが、聞こえてくる琴里の溜息からジト目を向けられているのが容易に想像できた。
《あの女との関係についても後でちゃーんと教えてもらうからね。それと、これは私からのお願い。士道、今は見てることしか出来ないけど、必ず迎えに行くから。それまで絶対に死んじゃ駄目よ。生きてみんなで帰りましょう》
《「私からの」じゃなくて「私たちからの」でいやがります! 兄様には今までの失った時間分可愛がってもらわねーといけないんですからね!》
横から琴里を押し退けているのだろう、ガタガタと音を鳴らしながら真那の元気の良い声が割り込んできた。
《ちょっと何勝手なこと言ってるのよ! それは妹である私の特権で――》
《真那だって妹でいやがります! その気になれば琴里さんみたくキスだって――》
《きゃあああああ!! 黙りなさい真那!!》
「ははは……」
音声が途切れ、それっきり何も聞こえなくなった。恐らく令音辺りが気を使ってくれたのだろう。愛する妹たちの声に励まされ、士道は少しだけ身体に力が戻るのを感じた。
『成程、近くに羽虫レベルの小さい魔力を感じると思ってたけど、フラクシナスの自律カメラの反応だったのね』
(最初から見張られてたってことか。用意が良いというかなんというか……。俺って信用ないのかなぁ)
『いや1週間以上前から飛んでるわよアレ』
「!!??」
その後、士道は戦いながらも顕現装置を壊し続け、最後の一般兵を倒し、隠しきれないほどの疲労が動きに現れ始めた頃。十香のいる先頭車両を目前にして、ついにそれが姿を現した。
「ヒーロー気取りのボウヤがよくも1人でここまで来られたものネ。見違えたワ」
「男子三日会わざれば刮目して見よ、ってな。お前を倒しに来たぜ、ジェシカ・ベイリー!」
最後の戦いが今、幕を上げる。
アンドリューさんとジェシカはナッパとベジータくらいの戦闘力差でしょうか。
なんとなくのイメージで。