デート・ア・ライブ 士道ロールバック   作:日々の未来

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悪魔との決着。


第12話 想いを力に

 破壊された天井の上から、士道を見下ろす紅い悪魔。それはアデプタス3の超精鋭魔術師(ウィザード)、そして十香と士道、それに折紙を痛めつけた張本人である。

 3日前に折紙が深傷を与えたとのことだったが、凄惨な笑みを浮かべる女にその様子は見られない。分かっていたことだが、士道が寝込んでいる間に完全回復したようだ。

「アラ、誰から名前を聞いたのかしラ。お前のバックに付いている組織? それともナイトメア?」

「さぁ、どうだろうな」

「ふぅん、まあどっちでもいいワ。どうせ今日、全員死ぬんだからネ!」

 ジェシカがそう宣言した途端、解放された魔力が辺りに広がりビリビリと肌を刺激した。

(対峙しただけで分かる。今までのやつとはレベルが違う!)

『それが分かるようになっただけでも大きな進歩よ。大丈夫、あんたはあのときとは違う。これで最後、気合い入れなさい!』

「はぁああああああああああッ!!」

 万由里の声に勇気を貰い、全身に力を張り巡らせる。ワイヤリングスーツの赤いラインが輝き始めた次の瞬間、とてつもない重力が士道を襲った。

「ぐ、うあああああ!!」

 ジェシカの展開した随意領域(テリトリー)が、士道を押し潰さんと迫りくる。すんでのところで受け止めたが、両足は床にめり込み、全身が軋み悲鳴を上げている。

 それでも、耐えた。

「へぇ、やるじゃナイ。で? そこからどうするつもりかしラ?」

 士道は動けない。僅かでも気を抜いたらその瞬間士道の身体は原型すら分からなくなるほどの破壊を受けるだろう。だからといってこのままでは力尽きるのを待つだけだ。歯を食いしばり、ありったけの力を振り絞って上を向く。

「……てんじゃねぇぞ」

「ハァ?」

 

「いつまでも高いところから……見下してんじゃねぇぞォ!!」

『全ッッッ開ッッッッッ!!』

 

 万由里が士道にしか聞こえない声で絶叫すると、士道の掌が今までにない勢いの光と熱を放ち、次の瞬間目の前の壁が粉々に砕け散った。

「ッ!? 馬鹿ナ、こんな雑魚に私の随意領域が……!」

 発生した霊力は間髪入れず両脚に移行し、爆発的な推進力となって士道の身体を打ち上げる。

 

 ――圧倒的な力を持った、余りにも遠いと思っていた存在の元へ。

 ――大切な人を取り戻すために。

 

「ブチ抜けええええええええええ!!」

 

 熱エネルギーに耐えきれずスーツにバチバチと電流が発生するのにも構わず、士道は目を焼くほどの輝きを放つ拳をジェシカの顔面に叩き込んだ。

「ぐっがあああああ!!」

 大型車同士が衝突したのではないかと思うほどの爆音が鳴り響き、ジェシカの身体はバウンドしながら車両の上を転がっていく。

 士道もなんとか屋根に着地できたが、力を使いすぎたのか激しい倦怠感に襲われ、膝を着いて荒い息を吐いた。

「はぁ……はぁ……。見たかコンチクショウ!」

『ナイスファイトよ士道。技名を叫んでくれればなお良かったわ』

「はは……。次があれば善処するよ……」

 そんな機会は2度と訪れなくていいと願いつつ、士道は足元の車両をコツコツと叩く。

「ここに十香がいるんだな?」

『えぇ、僅かだけど霊力反応があるわ。間違いない』

「よし。じゃあ迎えに行くとするか」

 

 

 

「何処に行くのかしラ?」

 

 

 

「なっ!? ぐほッ!!」

 声が聞こえたと思った刹那、士道の身体は遥か後方へと吹っ飛んでいた。中央車両近くまで戻された士道はなんとか凹凸部分を掴み、落下するのを防ぐ。遅れてきた痛みを堪えつつゆっくりと顔を上げると、狂ったような高笑いを上げる悪魔がそこにいた。

「アハハハハハ! ハハハ、ハハハハハハハァ!! 良い攻撃だったわよクソガキィ? 少しだけ効いたワァ!」

 目が霞んで良く見えないが、両手を広げ悠然と歩いてくるその姿からは大したダメージは感じられない。吐血し激しく咳き込みながらも、士道は必死に頭を回転させる。

「ゲホッゴホッ! はぁはぁ……。ダメージが通ってないのか!? まさか霊力切れ?」

『いいえよく見て。ダメージは通ってる。ただ……』

 顔を見て気付く。歪んだジェシカの左頬は焼け爛れ、眼球は潰れ歯茎が露出していた。にも関わらず、心の底から愉快そうに笑う様子に寒気が走る。

『痛みを感じていないだけのようね。なんらかの肉体改造を受けていると見て間違いないわ』

「はぁはぁ……。んなもんどうやって倒せばいいんだよ」

『諦めちゃ駄目よ。きっと何か方法があるはず。……来るわよ避けて!!』

 万由里の声に反応し咄嗟に横へ転がると、先ほどまでいた場所に大きな孔が空いた。それだけでは終わらず、次々と迫りくる魔力反応をキャッチし、悲鳴を上げる身体に鞭打って駆け出す。着弾した場所から足元が崩されていくのを辛うじて避けつつ、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を発動させて必死に突破口を探った。

「どうする!? このままじゃ追い詰められるのも時間の問題だぞ!!」

『空を飛べるあいつを撒くには完全に行動不能にするか、CR-ユニットを破壊して引き摺り落とすしかない。でも現状じゃどちらも厳しいわね……! 何かあと1つ、きっかけさえ在れば――ッ!!』

「ダメもとでプランCを試すしかないか? でも失敗したらもう後が……。ん? どうした万由里」

 不意に万由里の声が聞こえなくなり、士道は辺りを見回す。すると万由里は列車の後方を見つめ、耳を澄ますように佇んでいた。もしやもうエレンが追いついてきたのかと危惧し、降り注ぐ銃弾を躱しながらそちらに走り込むと、そこには意外な表情の万由里がいた。

 

『朗報よ士道。欲しかったあと1手、なんとかなるかもしれないわ』

 

 浮かんでいるのは驚愕と、そして確かな笑みだった。

 

 

 

 

 

 

「士道危ない! あぁ!? 掠った、今絶対掠ったわよね!?」

「兄様負けちゃダメです! ジェシカこのヤロー、一般人に向けていい火力じゃねーってんですよ!」

 両手を握りしめ食い入るようにモニターを見つめているのは、士道の愛しい妹たちだ。フラクシナスは真那を救出した後すぐに戦場を離脱しており、令音に「シンの邪魔になるから」と通信を遮断されてしまったため、彼女らができるのは士道の応援くらいしかなかったのである。

 士道がジェシカの強大な随意領域を突破し、その顔面に拳を叩きつけた瞬間は歓喜に沸いた艦内だったが、今は一転。かろうじて致命傷を避けるだけのデスゲームと化した状況に悲鳴を上げている。

 クルーたちは固唾を呑んで見守っている一方で、琴里と真那は居ても立っても居られず艦長席の周りをうろうろしていた。

「もうすぐ最後尾まで戻されちゃうわ! あんなに頑張って進んできたのに……って、ええ!? 駄目よ士道!! ぐえっ!」

「どうして立ち止まるんですか兄様!? 動き続けてねーと格好の的でいやがります!! おげっ!」

 不意に動きを止めた士道を見て、思わず声を上げる2人。令音はそんな彼女らの首根っこを掴んで無理やり座らせると、冷静な声で語り掛けた。

「少し落ち着きたまえ。琴里、リーダーである君が取り乱すと艦全体の士気が下がる。真那、実の妹の君がシンを信じてやらなくてどうするんだ? 騒いでも状況は変わらないよ」

「「はい……すみませんでした……」」

 まるでお母さんと子供のようだと全員が同じ感想を抱いたが、それを口に出すものは居なかった。神無月は後ろで「ほう、母子プレイですか。侮れませんね」などと呟いているが、最早誰にも相手にされていない。

「それによく見てごらん。シンの表情、あれはまた何かをしでかす気だ」

「嘘よ、あの状況でできることなんて……」

「手持ちの武器は小型のレーザーエッジしかねーんですよ? 一体何を」

 見れば、ジェシカも動きを止めて訝しむ視線を士道に向けている。油断なく銃を構えながら、空中でその身体を固定した。

《ついに諦めたのかしラァ? よく頑張ったけどとうとう終わりのときが来たようネェ》

 その言葉を聞いた瞬間、何故か士道は隣の何もない空間に向かってビンタを繰り出したが、当然その腕は空を切った。理由は分からなかったが、特に何事もなかったように話は進んでいく。

《あぁ、正真正銘これで最後だよ。でもこれをくらったらお前は負ける。絶対にな。怖かったら今すぐ俺にトドメを刺した方が良いぞ? 臆病者のジェシカちゃん》

「馬鹿ッ! こんな状況で挑発なんかしたら……」

「いえ、これは良い作戦でいやがります! 何をするつもりか分かりませんが、これなら確実に時間を稼げる……!」

 その理由を琴里が問う前に、答えは明らかになった。

《へぇ、面白いじゃナイ。見え見えの作戦だけど、興味があるから待ってアゲル。これ以上どうやって私を楽しませてくれるのかしラ?》

 なんとジェシカが銃を下ろし、車両の上に降り立ったのだ。その表情からは何が起きても自分が負けることはないという絶対の自信が見て取れる。

「ジェシカは自分の力を過信しすぎる傾向にあるんですよ。だからああいう煽られ方をしたら確実に乗ってきやがります。……そんなんだからすぐに足元をすくわれる」

 ま、今はそれに助けられましたけどね、と真那が呆れたように呟くと同時、士道のワイヤリングスーツに再びの変化が訪れた。バチバチと放電しながら紅いラインが輝きだし、霊力が増大していく。

《じゃあ遠慮なくやらせてもらうぜ。これが俺の全力全開……ッ!!》

 計器が今までの倍以上に匹敵するような霊力値を叩きだしても、その上昇は終わる気配がない。

「まさか……こんなことって……」

「まだこれほどの力を! 兄様は一体いくつ奥の手を持っていやがるんですか!?」

 やがて輝きが全身に回った頃、士道は額に大量の汗を滲ませながら言い放った。

 

 

 

《…………超変身!!!!》

 

 

 

 その直後、爆発的に跳ね上がっていた霊力が弾け飛び、発生した光で見ていた全員が一瞬視界を奪われる。再び目を開けたとき、そこに居たのは黄金に輝くラインの入ったスーツを身に纏った士道だった。

 見た目の些細な変化とは裏腹に、内包する霊力値は紅いライン時の実に5倍ほど。ジェシカもそれを感じとっているのか、初めて見せる真剣な表情で銃を構えた。

《お前の――》

《――ッ!!》

 ジェシカが1発の銃弾を放ち、士道に語り掛けるのと同時。2人はモニターから姿を消した。放たれた弾丸が誰もいない暗闇に消えていく。

「士道はどこへ行ったの!?」

「分かりません、全く見えませんでした……。魔力反応を探って追跡できねーですか?」

「無理よ。自律カメラじゃ映ってる人や物の計測しかできないの。直接見つけない限りは……」

「先頭車両付近の上空だ。今落ちてくる」

「「えっ?」」

 令音の声に従いカメラを移動させると、そこには落下しながら戦う士道の姿があった。腹部に小型爆弾の直撃でも受けたかのような大怪我をしているジェシカと、激しくぶつかり合っている。

「いつの間にあんなところに!? ナイスよ令音。神無月、カメラを手動操作に切り替えて見失わないように追跡しなさい!」

「お安い御用です」

 フラクシナスのメンバーはすぐにまたモニターに注目し始めるが、真那だけは令音から目を離せないでいた。

(見えていやがったんですか? 今の攻撃を……?)

「ん。どうかしたかね」

「いえ、何も……」

 不思議な顔をして首を傾げる彼女に対して、真那は何も言うことができなかった。気にはなるが、今問いただすようなことではない。クルーたちの歓声に釣られ前を向くと、そこに映る士道の戦いに再び目を奪われていった。

「凄い、凄いですよ士道君! あのDEMの精鋭を相手に1歩も引かないどころか、むしろ押してる!」

「あの金色の霊力、今までとはパワーが段違いです! ずっと手加減してたってことなんでしょうか?」

「士道君! 超変身は色が変わるときの掛け声であって、ライ〇ング化の掛け声ではないぞ!」

「あんた何言ってるの? 色なら変わってるじゃない、ほら」

「違うのだ!!」

「あの強さ、正に革命的! 革命、かくめい……レボ⤵リュー⤴ション→」

 クルーたちは士道の活躍にお祭りムードだが、琴里は油断なく状況を見守っている。あれだけの劇的な強化だ。今まで使わなかったことを考えると、何かしらのリスクがあると見て間違いないだろう。その推測を裏付けるように、優勢なはずの士道は険しい表情を浮かべている。

《うおりゃああああああ!!》

《がっ!! このガキイイイイイイ!!》

 ここまでの士道の猛攻はかなりのダメージを与えていた。しかし、敵も相当な場数を踏んでいるいる兵士である。致命傷になりそうな攻撃を経験と勘で潜り抜け、士道に食い下がっていた。それでも士道は諦めず攻撃を当て続け、そして――。

 

《せやぁ!!》

 

「「「やったか!?」」」

 潰れた左目の死角を狙って放たれた士道の右腕が、確かにクリーンヒットした。

 

 

 

 

 

 

「うおりゃああああああ!!」

『急いで士道! 界○拳は30秒しか持たないわ! あと10秒もない!!』

(ライジン〇フォームって名前に決めたろ! あいつの台詞に引っ張られてんじゃねえよ!)

 ツッコミを入れることで焦る気持ちを抑えつつ、隙を探る。ジェシカはやはり最初に潰した左目の影響からか、向かって右からの攻撃に若干弱いようだ。

 最早卑怯などと言っている場合でもない。士道は意を決してインファイトに持ち込むと、なるべく違う場所に攻撃を当てて意識を逸らしつつ、最後の一撃への布石を打つ。そして渾身の右ストレートを放とうとした、最後の瞬間。

「ッ!? しまっ」

 これまでの疲労からか、脚の踏ん張りが利かず僅かに状態を崩してしまった。慌ててリカバリーし殴りつけるも、時すでに遅し。

 クリーンヒットしたのはガス欠で白いラインのスーツに戻った、悪魔を倒すにはあまりにも弱いパンチだった。

「アハ、アハハハハハハハ! アハハハハハハハハハァ! なんだそのゴミみたいな攻撃ハァ!?」

「うぐっ! がっ!! おげぇ!!」

『士道! 士道しっかりして! 躱すか守るかしないとあっという間に嬲り殺されるわ!』

 万由里の指示に従おうとするも、士道は元々限界だった身体を酷使して放った最後の力も使い果たしていた。最早歩くことすら困難な状況で、圧倒的な暴力に飲み込まれていく。

 ジェシカは倒れ込みそうになる士道の髪を掴んで無理矢理立たせると、その身体に深い傷痕を刻み込んでいった。

「どうしタ? ほらどうしタァ!? さっきまでの勢いはどうしちゃったのかしラァ!?」

「う…………ぁ…………」

「これくらいでくたばってんじゃア……ねぇゾォォォ!!」

「ぐっうぎゃああああああ!!」

「アハハハハハ!! そうそう、私を怒らせたんだからせめて死ぬまで叫んで楽しませてくれなきゃネェ!!」

 飛んでいた意識が激痛によって呼び戻されると、左腕があらぬ方向へ曲がっているのが見えた。どうやらへし折られたらしい。そのまま床に勢いよく叩きつけられると、今度は折れた腕を執拗に踏みつけられる。

「ぐああああああ!! うわあああああああ!!」

『士道、士道!! このっ、士道から離れろ!!』

 万由里が必死になってジェシカに掴みかかろうとするも、実体のない彼女が触れられるはずがない。しかし無駄と分かっていながらも、万由里はそれをやめようとはしなかった。両目からは大粒の涙がとめどなく溢れ、端正な顔はぐちゃぐちゃに汚れてしまっている。

《おにーちゃん! お願いおにーちゃん逃げて! 立ち上がって逃げるのよ!!》

《やめろジェシカ! 兄様から離れやがれ!》

 いつの間にかフラクシナスとの通信も繋がっており、耳元からは琴里と真那、それにクルーたちからの悲鳴に近い声援が送られてきた。しかし、その声を聞いてもなお、士道は僅かに身を捩るだけで立ち上がることができない。ジェシカの高笑いと踏みつけは、士道が悲鳴を上げなくなるまで続いた。

 

 それから数分の後。静かになったことにようやく気付いたのか、ジェシカは士道の前にしゃがみ込むと、再び髪を掴んで無理矢理上を向かせた。露になった士道の顔には生気がなく、目の焦点も合っていない。死んではいないが、もうすぐ死ぬ。そんな状態を確認し、興味を失ったように鼻を鳴らすと、士道の額に銃口を当て、そして。

『《やめろおおおおおおおおおお!!!!》』

 

 

 

《…………待て》

 

 

 

「!!」

 突如ジェシカの懐から男の声が発せられ、引き金から指を離した。

 

「馬鹿な、どうして貴方が直接通信を? ……ウェストコットMD!」

 

『!?』

「…………ぅ……?」

 ジェシカはワイヤリングスーツの内側から小型のスマートホンのような物を取り出すと、頬に汗を滴らしながら震える声で語りかける。

《君が勝手に通信を遮断してしまっていたからね。仕方なく端末を乗っ取らせてもらったよ》

「も、申し訳ございまセン! 戦闘に集中したくて、つい……」

《なに、構わないさ。例えそれが口からの出任せで、本当はエレンにあれこれ口出しされるのが嫌だったからだとしても。私はまったく気にしてないよ》

「ッ!? も、申し訳ございまセン……」

《い、一体何が起きたの? 士道は無事なの!?》

《首の皮一枚、ってところでしょうか。この声、間違いありません。アイザック・ウェストコット。DEMの業務執行取締役(マネージング・ディレクター)、諸悪の根源でいやがります!》

 ジェシカは今までに見せたことないような狼狽えた表情を見せ、額にはびっしりと脂汗を掻いている。フラクシナスでは真那以外何が起こったのか分からないのだろう、通信機器を通して混乱の声が伝えられてきた。

《やれやれ、本当に気にしていないのだがね……。それよりも、君の前にいる少年。私は彼に興味があるんだ。殺す前に是非話をさせてもらいたいのだが?》

「は、ハイ! 只今!」

 ジェシカは士道を仰向けに転がすと、その身体を膝で踏みつけて固定し、顔前に携帯端末を突きつけた。

「おいクソガキ。ウチのボス、本来ならお前ごときが会話するなんてあり得ないようなお方からのご指名ヨ。失礼なこと言ったらタダじゃおかないカラ」

 踏みつけられた衝撃と強烈な印象を持つ名前を聞いたことから、士道の意識はいくらか戻っていた。

「アイ……ザック…………」

『士道! 良かった、目が覚めたのね。大丈夫よ、今霊力を集めてるから、もう少しだけ待っていて。あと1回、絶対に〈灼爛殲鬼〉を発動させてみせるから……!』

 正直朦朧とする意識の中で万由里の言葉はあまり頭に入ってこなかったが、今この瞬間、精霊たちを苦しめる元凶が目の前に居ることだけは理解できた。士道は歯を食いしばって目を開くと、突き付けられた端末を睨みつける。

 画面は真っ暗で、中央に「SOUND ONLY」という文字だけが映し出されていた。

《やあ、初めまして。と言っても、君は私の姿が見えていないだろうがね。先ほどまでの戦闘、見せてもらったよ。実に面白い催しだった》

『この変態ヤロー、士道の頑張りをショーか何かだって言いたいわけ? 士道、耳を貸しちゃ駄目よ。今は回復に集中して』

「…………」

 喋るのも億劫なので、万由里に言われた通り目を閉じて霊力を集中させていると、端末からは困ったような笑い声が聞こえてきた。

《ははは、気分を害してしまったのなら謝るよ。お詫びと言ってはなんだが、君に良い提案があるんだ、聞いてくれないか? 私は君をDEMに迎え入れたいと思っている》

『《なっ!!》』

「何を仰っているのですカ!?」

 万由里たちとジェシカが同時に驚きの声を上げるが、ウェストコットは構わず話し続ける。

《人間でありながらそこまで自在に霊力を操る力は驚異的だ。どうだろう? 私の元でその力を磨いてみないかね?》

『はっ! 何を言い出すのかと思ったらそんなこと。そんなの士道が興味ある訳ないでしょーが、馬鹿馬鹿しい』

「…………」

『……士道?』

《ふむ、力を渇望しているように見えたのだが、当てが外れたかな? よろしい、ならば別の方向からアプローチしてみよう。イツカシドウ、私の下に来い。君が首を縦に振れば〈プリンセス〉は解放しよう。勿論君にもこれ以上危害を加えない》

「な……に…………?」

 思わず反応して目を開けると、クツクツと不愉快な笑い声が聞こえてくる。

《やっと反応を示してくれたね。君という人間が少し分かってきた気がするよ。安心していい。私は約束は守る男だ。逆に言えば、君がこの話を断るようであれば、そこにいるジェシカがプリンセスと君を確実に殺す。いや、いっそ死んだ方がマシと思えるような手段をとるかもしれないね》

 その言葉を聞いたジェシカは醜悪な笑みを浮かべ、士道を踏みつける膝をぐりぐりとめり込ませた。

『この腐れ外道が! そんなの選択肢なんか無いも同然じゃないの!!』

《さあどうするイツカシドウ? 今回の件で分かっただろう。精霊に対してどんな思い入れがあるかは知らないが、彼女たちを守るには君はあまりにも弱すぎる。そんな自分を変えたくはないか? 自分の欲望に素直になってみるといい》

「俺、は……」

 万由里のおかげで治癒が始まったのだろうか。折れた腕こそ治らないものの、少しずつではあるが痛みが和らいできた。おかげで段々と思考もクリアになり、その頭で今までのことを思い出していく。

(俺は弱い。いつだって琴里に、みんなに守られてばっかりで。そのせいで結局みんなを危ない目に合わせてきた……)

『士道、何を考えているの!?』

「俺は……」

(俺は変わらなきゃいけない。もっと強くなって、みんなを守れるくらいの力を付ける。そのためだったらなんでもしてやるよ。そして……)

『まさか……まさか士道、そんな!?』

 士道の決意に満ちた顔を見て、万由里が、琴里が、真那が、そしてフラクシナスのクルー全員が息を呑んだ。

《さぁ、答えを聞かせてもらおうか。来るか来ないか、今この場ではっきりと!》

 手足に力を込めながら、士道は静かに、だが全員に聞こえる声で宣言した。

 

「行くよ、お前のところに」

 

『嫌ぁ! 嘘だと言ってよ士道!!』

《馬鹿なことしないで士道! もう少し、もう少しでそっちに着くのよ! だから!!》

《兄様、せっかくまた会えたのに離れ離れになんかなりたくねーです!!》

 様々な声が士道を引き留めるが、もう心は決まっていた。最早誰であろうと彼の行く手を阻むことはできない。

《ふっ、そう言ってくれると信じていたよ。ジェシカ、彼を解放し――》

「ただし……」

《ん?》

 

 

 

「お前の顔をぶん殴りにだがな! アイザック・ウェストコット!!」

『《ってそっちかーい!!》』

 

 

 

 士道は無理やり上体を起こし、折れていない右腕でジェシカの脚をホールドすると不敵に笑ってみせた。予想外の行動に驚き、ジェシカは一瞬動きが止まる。

「なっ!? こいつまだ動けたのカ!! でもそんな攻撃なんの意味も――」

「お前、戦闘中に計器が故障しただろ? さっきから俺が霊力を使ってることに全然気付いてなかったもんな!」

「ハァ!? だったらどうだってんのよクソガキ! どうせもうカスみたいな力しか残ってないだろうガァ!!」

 訳の分からない指摘をされ、頭に血が昇ったジェシカは士道を引き剥がそうと顔を押さえつけてくる。しかし士道は残った力を総動員し、齧り付く勢いでしがみついて離れない。

「あぁそうさ、正解だよ! 俺にはもうほとんど力なんて残ってねぇよ、俺にはなぁ!!」

「あぁ!? 何を威張って……ってまさカ!?」

 

 次の瞬間背後にとてつもない殺気を感じ、ジェシカは振り返った。そして、ありえないものを見た。

 顔面数ミリということろまで迫るレーザーブレードと、それを振るう銀髪の少女。

 あれは3日前、確かに戦闘不能になったはずの――。

 

 

 

「サンキュー折紙。愛してるぜ」

「私の士道に、触れるなああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 響き渡る咆哮と同時、怒りの籠った渾身の一閃が紅い悪魔を切り裂いた。

「あ……ガ…………」

 ジェシカの腕はダラリと下がり、手からこぼれ落ちた携帯端末が列車から転がり落ちる。辛うじて顔を逸らしたのか、意外にも顔面は無事のようだった。しかしその代わり、肩からバッサリと袈裟懸けに切り裂かれている。

 士道が脚を離すと、ゆっくりと力無く後ろへと倒れていき。

 

「ガ…………ガアアアアアアアアアア!!」

 

 既の所で踏みとどまった。耳を劈くような雄叫びを上げ、とてつもない大きさの随意領域が辺りを押し潰していく。折紙はすぐさま士道の前に移動すると、同じく随意領域を展開してそれを受け止めた。

「士道下がって! くっ!」

「折紙!」

 なんとか押し留めているが、よく見れば折紙はかなり息が上がっており、全身から発汗しているのかワイヤリングスーツが身体にピッタリと張り付いて透けてしまっていた。

 しかしそれも仕方のないことである。折紙は列車が出てから今まで、ほとんど休み無し、全速力で士道を追いかけて来たのだ。消費魔力とCR-ユニットの稼働時間は既に限界を超えており、力尽きるのも時間の問題だ。

『DEMは一体どんな訓練してるのよ!? どいつもこいつもしぶとすぎでしょ、フリ◯ザかっての!』

(このままじゃ折紙が……! 万由里、あと1発でいい。最後の一撃を使わせてくれ!)

『ダメよ! 今残ってるのは正真正銘最後の霊力。それを使ってしまったら、もう致命傷を負っても回復できなくなるわ! 今だって腕の治癒を後回しにしてるのよ!?』

 士道の左腕はぷらぷらと力無く揺れており、肘の部分からは骨が飛び出してしまっている。列車が揺れるだけでも激痛が走るが、既にそれを治す余裕すらないのが現状だった。

(今やらなきゃ折紙が死ぬ! そんなの俺は死んでもごめんだ!)

『…………ったくあんたって人は……。これ以上言っても無駄みたいね。いいわよ分かったわよ! やってやろうじゃないの! その代わり士道、失敗したらただじゃおかないんだからね!』

(あぁ! 任せておけ!!)

 怒る万由里に対してニヤリと笑みを送ると、最後の作戦に向けて準備を始めた。

 

「ガアアアアアア!! シネ、シネエエエエエエエエ!! クタバレガキドモオオオオオオ!!」

「なんてパワー……! 士道、今すぐここから逃げて。もう長くは持たない!」

 その言葉を証明するように、折紙の随意領域はあちこちに罅が入り、列車全体がミシミシと悲鳴を上げている。

「折紙、悪いけど今更逃げる訳にはいかないんだ。一瞬でいい、あいつの注意を引いてくれないか? 後は俺がなんとかする。無茶を言ってるのは百も承知だ、でも! 今はお前しか頼れる人がいないんだ。頼む!」

「…………」

 折紙は首だけ僅かに後ろを向き、士道の様子を伺った。全身余す所なくボロボロで、特に左腕は目を背けたくなるほどの惨状だ。にも関わらず、脚を肩幅に開き、まるで右足に力を溜めるように佇んでいる。

「……分かった。でも、今のままでは無理。必要なものがある」

「何が必要なんだ? 俺に出来ることならなんだって――」

「言葉」

「え?」

「さっきの言葉。私がここへ来たときに掛けてくれたあの台詞が聞きたい」

 士道はしばし呆気に取られていたが、やがてその意味を理解し苦笑した。それも束の間、折紙を見つめて迷いの無い顔で言い放った。

「折紙。愛してるぜ」

「…………………………………………そう」

(あれ? それだけ?)

『馬鹿、嬉しくて声が出ないのよ。感情が昂ってるおかげで折紙の力が勢いを増してるわ』

 見た目の変化が無いのでよく分からないが、そういうことらしい。

 折紙が両腕に力を込めると、目の前の壁を僅かに押し戻した。

「タイミングは1度きり。準備はいい?」

「あぁ! いつでも来い!」

「了解。はああああああああああ!!」

 掛け声と共に出力全開になった折紙の随意領域が、バチバチと火花を散らしながらジェシカの随意領域とぶつかり合う。やがて接触部に小さな亀裂が生じると、折紙はそこへありったけの攻撃を放った。レーザーライフル、ショットガン、マシンガン、小型ミサイル、そして最後にレーザーブレード。突き刺さった魔力の刃を爆破させて直径1メートルほどの孔を開けると、折紙は躊躇うことなく飛び込んだ。

「コノクタバリゾコナイガァ! フユカイナンダヨォォォ!!」

 ジェシカは迫り来る人影を視認すると、一目散に襲いかかってくる。折紙が小型のレーザーエッジで斬り込むのに対して、飛行ユニットを失い手持ちの武器すら無い彼女は、素手で地上戦を繰り広げていく。それでも互角の戦いをする辺り、彼女の戦闘力の高さが如実に現れていた。

 やがて折紙が体勢を崩し、ガードごとエッジを吹き飛ばされたタイミングで、ジェシカはトドメを刺そうと腕を振り上げた。しかし、大振りでできた隙を折紙は見逃さない。

「今ッ!!」

 魔力を鎖状に生成し、それをジェシカの足元に発現させる。

 バインドアンカー。かつてエレンとジェシカを出し抜いた、誰も使わないような技の初歩の初歩。それを再び最適なタイミングで使用した。

 しかし。

 

「馬ァァァ鹿! そんなものが2度も通用するカァ!!」

 

 ジェシカはまるで最初から分かっていたかのように真上へ跳躍し、鎖は空を切った。そのまま脚を大きく振り上げ、踵落としの体勢で折紙の方へ落下してくる。

 折紙は最後の魔力を使い果たしたのか、その場を動けないでいた。

「これで終わりヨォ!!」

「そう、これで終わり。…………貴女が」

 

 

 

「うおりゃああああああああああ!!!!」

 

 

 

 折紙の背後から現れた士道が、右足を燃え上がらせながらジャンプキックを放つ。残った霊力を極限まで右足に集中させたため、その部分から〈灼爛殲鬼〉の力が溢れ出しているのだろう。

 気付いたジェシカは苦し紛れに腕をクロスに組み、その上から随意領域を展開、防御態勢を取った。そこへ士道のキックが直撃し、激しい火花を散らす。

 

「はああああああああああ!!」

「ガアアアアアアアアアア!!」

 

 互いに雄叫びを上げ、相手を押し潰さんと牙を剥く。しかし、力の拮抗は一瞬だった。ジェシカの随意領域に罅が入り、次第に広がっていく。

「何故ダ!? 何故お前らみたいな雑魚どもにこの私ガ! 私はエリートデ! アデプタス3デ! 最強の魔術師デェェェ!!」

「お前は強かったよジェシカ・ベイリー。でもな、俺は1人じゃない。仲間がいて、支え合って戦ってる。自分のためにしか戦えないようなお前なんかに、絶対負ける訳にはいかねぇんだよ!!」

 

『士道!!』

 万由里が。

《おにーちゃん!!》

 琴里が。

《兄様!!》

 真那が。

「士道!!」

 折紙が。

《士道くん!!》

 フラクシナスのクルーたちが。

「シ……ドー…………!」

 そして十香が。士道の勝利を信じ、想いが力に変わる。

 

 脚部の炎は更に勢いを増し、とうとう行く手を阻む壁は粉々に砕け散った。

 そして――。

 

「うおおおおおおおおおお!!!!」

『行っけええええええええ!!!!』

 

 そのキックが直撃した瞬間、大気を揺らすほどの衝撃が発生し、ジェシカは血を吐くような悲鳴と共に吹き飛んでいった。そのまま車両から落下して線路をバウンドし、暗闇の奥に消えて姿が見えなくなった数秒後。

 巨大な爆炎が上がり、少し遅れて爆発音が士道たちに届いた。

 

 今度こそ完全に、ジェシカは倒されたのだった。




1番好きなシーンはグローイングキック3連発です。

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