デート・ア・ライブ 士道ロールバック   作:日々の未来

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十香編もいよいよクライマックスです。


第13話 雷霆聖堂

「勝った……のか……?」

『魔力反応完全にロスト。今度こそ終わったのよ士道!』

「っはぁ〜〜〜! 助かったぁ〜」

 万由里の言葉を聞いた途端、全身から力が抜け、士道は後ろに倒れ込んだ。しかし、その身体は冷たい床に叩きつけられることなく、優しく抱き止められる。

「っと……。サンキュー折紙」

「別にいい。構わない」

「構うさ。今日だけじゃなく、この前も助けに来てくれたんだろ? 本当になんとお礼を言ったらいいか……」

「お礼なら今貰っている」

「あ、やっぱり?」

 士道を後ろから抱き止めた折紙はそのまま離れず、首筋に顔を押し付けて思い切り深呼吸していた。おかげで生温かい吐息が当たってくすぐったいが、これくらいならまあいいかと思い、されるがままになっている。

 その間、やけに重くなった身体を万由里に調べてもらっていると、ワイヤリングスーツが完全に壊れてしまったことが判明した。通信機器もオシャカになり、琴里たちと会話できなくなってしまったが、まだカメラは飛んでいるらしいのでこちらの状況は伝わっているだろう。

「ところで折紙はどうやってここまで来たんだ? 乗り物の類は見えなかったけど」

 ふと疑問に思い士道が問うと、折紙はあっけらかんと答えてみせた。

「飛んできた」

「飛んできたって……。まさかCR-ユニットで!? この距離を!?」

「そう。道中に顕現装置(リアライザ)がいっぱい落ちてたからちょうど良かった」

「はえ〜……。頑張ったんだなぁ」

 落ちていたとはおそらく士道が車両から叩き落としたDEMのことだろう。怪我で動けない上に顕現装置を強奪された魔術師(ウィザード)たちを想像し、流石に不憫に思うのだった。

『いやいやいやおかしいでしょ!? いくら列車が遅くなってたからって、出発してからどんだけ経ってると思ってるのよ!? その間ずっと全速力で追いかけてきたってわけ? どうかしてるわ……』

(そこはまあ、折紙だし)

『それ言われると納得しそうになるのが怖いわホント』

 息が整うまで折紙の好きにさせていたが、段々と手付きが怪しくなってきたので引き剥がした。名残惜しそうに見つめてくるが、生憎と士道にはまだやることがある。

「すまん折紙、エレン・メイザースがこっちに向かってるらしくて。すぐに十香を迎えに行かなきゃならないんだ。帰ったらいくらでも付き合うから」

「十香……プリンセスのこと? 士道はあの精霊とどういう関係なの?」

 問いかけつつも、折紙の目が怪しく光ったのを万由里は見逃さなかった。

「話すと長くなるんだけど……。まあひと言で言えば、俺の大切な人だよ。そう、とても大切な……」

「ッ!?」

『うわぁ……。あんた今このタイミングで普通そういうこと言う? この子めっちゃショック受けてるじゃないの』

(え、なんでだ? 別に変なこと言った覚えはないんだけど)

『いっぺん馬に蹴られて死ねばいいわ』

 

 話しながらも足を動かし、やがて先頭車両にたどり着く。分厚い鉄の扉に手をかざすと、ゆっくりと開いていった。そして――。

「十香!!」

 果たしてそこには、大型の椅子に拘束されれ、ボロボロになった十香の姿があった。士道は身体の痛みも忘れ、駆け寄って声を掛ける。

「十香しっかりしろ! 助けにきたぞ、俺のことが分かるか!?」

 士道が問いかけると、十香はゆっくりと顔を上げた。疲労が色濃く滲んでいるが、しっかりと士道の顔を認識すると、僅かに笑みを浮かべた。

「うむ……。見ていたぞ、お前の勇姿を」

「えっ」

 十香の目線の先を辿ると、壁に備え付けてあるモニターに監視カメラの映像が映し出されていた。

「お前の声が聞こえた後、急に光り出してな。随分と無茶をするものだとハラハラしたぞ」

 士道が無言で横を見ると、万由里は目を逸らして口笛を吹く。なんだか無性に恥ずかしくなり、誤魔化すように手持ちのレーザーエッジで拘束具を切り始めた。

『ほ、ほら! あんたの頑張りを見たら好感度上がるかなーと思って! え、えへへ』

(やっぱりお前の仕業かよ。別にいいけどさぁ)

「あんまり戦い慣れてないもんで……。余計な心配かけちまったな。それよりほら、解けたぞ」

 四肢を縛るパーツを全て切り終えると、十香の手を取りゆっくりと立ち上がらせる。と、1歩踏み出したところで体勢を崩し、士道の胸にすっぽりと収まった。

「と、十香!? 大丈夫か?」

「う、うむ! すまない、上手く力が入らなくてな。すぐに退くから……む? 動かんぞ?」

「無理するなって! 大怪我してるんだから」

「何を言う。お前の方が酷い有様ではないか」

 そのまま2人でしばらく見つめ合うと、なんだかおかしくなり、どちらからともなく笑い合った。

 因みにその様子を無言で見つめる折紙の目からハイライトが消えており、死ぬほど怖かったというのは万由里の談。

 ひとしきり笑い合った後、改めて向かい合う。士道は右手で十香の手をしっかりと握ると、真っ直ぐ目線を合わせて微笑んだ。

「改めて、十香。俺の名前は五河士道だ。お前を救いにきた。俺と一緒に来てくれるか?」

「今更名乗らずともお前の名前などとっくに知っているぞ。ばーかばーか」

「うぇ!? そうなの!?」

『そりゃ色んな人が呼んでたからねぇ』

 満を辞してという気分で名乗りを上げたのに、なんだか肩透かしをくらった気分だった。だが、十香の楽しそうな顔を見ているだけで、そんなことはどうでもよくなってくる。

「うむ、そうなのだ。そしてお前が信じられる人間だということも、よく知っている。だからシドー。私を、連れて行ってくれ」

「……あぁ!」

 

 長かった。この世界に来て10日、うち3日間は眠っていただけだというのに、そう思うのも当然と言えるほどの濃密な時間を、士道は過ごしてきた。

 辛いことがあった。苦しいこともあった。だがやっと。

 十香という掛け替えのない仲間をその手に取り戻すことができたのだ。

 脱出する準備を進めながら、十香と様々な話をする。時折り折紙も会話に混ざるが、この世界でも和気藹々とはいかないようだ。しかし、元々殺し合いをしていたことを考えると、大きな進歩である。そんな2人の様子を眺めながら、士道はあの日のことを思い出していた。

(なんだか懐かしいな。初めて十香とデートしたときもこんな気持ちになったっけか。十香が笑うだけで嬉しくて。十香が怒るとハラハラして。そして最後の夕日の高台で――)

 

 

 

 

 

( こ ん な 風 に 嫌 な 気 配 が し た )

 

 

 

 

 

 それは本当に偶然だった。

 特に前兆があった訳ではない。

 ただ強いて言えば、前回がそうだったから。

 折紙の言葉に可愛い怒り顔を浮かべる十香の身体を、全力で突き飛ばした。そして。

「ッ!? 何をするシ…………ドー…………? え?」

「あ…………あぁ、そんな…………」

『嘘…………嫌、嫌よ…………』

 十香と折紙が驚きの視線を向ける、その先で。

 ――士道の腹部に、大きな孔が開いていた。

『嫌ああああああああああ!! いやぁ!! なんで、どうして!? 魔力反応なんて何処にも……ッ!! 誰か近付いてくる、まさか私の索敵範囲外から!?』

「シドー!! しっかりしろシドー! くっ、一旦伏せるのだ! 壁を貫いて攻撃が来る!!」

「ふっ……! ふっ……! くそっ、治療できるだけの魔力がもう無い! このままじゃ士道が……」

 何者かが超遠距離から搬送列車の壁ごと士道の身体を撃ち抜いたようだった。そんな離れ業をやってのける人物は、もう1人しか残っていない。

 突如壁に亀裂が入ったかと思うと、次の瞬間列車の屋根は消滅していた。そこから顔を覗かせる、最強最悪の魔術師。

 エレン・メイザースが冷たい瞳で見下ろしていた。

「そこまでです。誰も彼もDEMを相手に随分と好き勝手してくれましたね。覚悟はできていますか?」

 なんの、と問う必要もない。彼女から放たれ殺気は、十香と折紙に死を連想させるには十分なものだった。

 だが、それでも。

「おいメカメカ団の女、まだ動けるか?」

「それはこっちの台詞。足を引っ張ったら許さない」

 2人はゆっくりと立ち上がると、士道を守るようにエレンの前に立ち塞がった。満身創痍で武器もない、たとえ万全の状態であっても勝てる見込みの少ない相手。しかし、彼女たちに諦めるという選択肢は最初から存在しない。

「私に盾突きますか、いいですよ。あっさり死なれたら腹の虫が治りませんから」

 そう言ってレーザーブレードを構えるエレンから目を逸らすことなく、十香は呟いた。

「十香だ」

「……そう。私は鳶一折紙」

 仲間と認識するのに、今はそれで十分だった。そのまま合図もなしに呼吸を合わせ、同時に飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 人が死ぬときには一体何を考えるだろうか。楽しかったことや辛かったこと? 家族や友達のこと? それとも、大切な誰かのこと?

 こんなことを考えてしまうのはきっと、地に倒れ伏した自分の目の前に、彼の顔があるからなのだろう。

 血の気が失せ青白くなった肌を僅かに上下させ、未だ懸命に生きようとしていることが伝わってくる。

 だが、それももうすぐ終わる。

 そして自分はそれを見ていることしかできない。

 他人を壊すことはいくらでもできるのに、癒すことなどほんの少しもできはしない。

 話したいことが沢山あった。

 してみたいことも沢山あった。

 そして何より、この少年に生きてほしかった。

(私たちは、いつか繋がっていた)

 何故だろうか。かつて芽生えたその意識が、今頭の中にぐるぐると渦巻いている。

(その繋がりを、取り戻す)

 ――じゃあ、どうすればいい?

『……………………ょ』

(私とシドーの、心を繋ぐ方法)

 ――分からない? いや、知っているはずだ。思い出せ。今動かなければ、絶対に後悔する。

『……ス…………のよ』

(かつて、夕陽の空の下で。満天の星空の下で。温かい腕の中で、そうしたように)

 ――そうだ。本当に簡単なことなんだ。それは。

『キスするのよ、士道と!』

 涙まじりの少女の声が聞こえて、十香は閉じかけた瞼を見開いた。その瞳に映るのは、ぐったりと横たわる士道と、その奥で同じように倒れ伏している折紙の姿。

 そこへ近付いてくる者がいる。あれが到着する前に、なんとしても。

 十香は傷だらけの腕を動かし、身体を引き摺りながら士道の元へと辿り着いた。そのまま覆い被さるように身体を預ける。

「最後の抵抗のつもりですか? ではお望み通り、2人一緒にあの世へ送ってあげましょう」

 エレンが何か言っているが、十香の耳にはあまり入っていなかった。それよりも士道の唇に視線が吸い寄せられて離れない。

 「キス」という言葉を初めて聞いた十香だったが、何故かその意味は知っているような気がした。

(私の唇と、シドーの唇を……)

 そう意識した瞬間、頬が熱くなるのが分かる。だが、今は躊躇っている暇はない。

 エレンがレーザーブレードを掲げ、振り下ろすその瞬間。

 

 十香と士道は、再び繋がった。

 

「なっ!?」

 突如光り出した十香の身体から粒子のような物が溢れ出し、キラキラと舞っては消えていく。その後に現れたのは、傷付いた霊装が消え一糸纏わぬ姿となった少女だった。

 しかしその下で、それ以上に大きな変化が起きている。士道の傷口から大量の炎が溢れ出し、身体を修復し始めたのだ。

 安堵の表情を浮かべる十香とは裏腹に、驚きに目を見開くエレンと、そして折紙。

「この霊力反応……。まさか〈イフリート〉!?」

 かつて町1つを焼き尽くし、忽然と姿を消した精霊と同じ反応を検知し、エレンは空中へ退避する。

 やがて炎が消えると、そこには傷口が完全に消えた少年が立っていた。強い意思を宿した瞳でエレンを見上げている。

「ありがとう、十香。それと折紙、ごめん。後で必ず説明するから」

「うむ……。よく分からんが、おかえりだシドー!」

「嘘……そんな……」

 士道は少しだけ悲しげな目を折紙に向けると、上を向いて手を掲げた。

「今度こそ本当に最後だ。行くぞ、鏖殺……ッ!?」

 天使を顕現させようとした士道の右手に、予想よりも遥かに過剰な霊力が集まっていく。そこから明らかに〈鏖殺公(サンダルフォン)〉のものではない黒い雷が漏れ出し、周囲を焦がしていった。

「なんだこれ!? 何が起こって……ッ!! 万由里聞こえるか! 万由里!?」

 そういえば、と士道は今更気付く。いの一番に彼の復活を喜びそうな万由里の声が、先ほどから一切聞こえてこない。心の中で必死に呼びかけると、頭の片隅に微かな声が聞こえてきた。

 

『……どう、士道! ごめ……制御が……きない! その力を……たら、私は……』

 

(なんだ万由里!? よく聞こえない!!)

 まるで電波が途切れる直前の通信のように、途切れ途切れにしか声を聞き取ることができない。それでも、彼女に何か良くないことが起きていることは理解できた。

「くそっ!! どうすればいいんだ!?」

 暴走する雷はやがて士道の腕をも傷つけ始める。対処法が分からず狼狽の色を隠せないでいると、不意に腕が温かいものに包まれた。隣に目を向けると、十香が必死にしがみ付いている。

「シドー! 天使を顕現させようとしているのだろう? ならば信じるのだ。その天使は士道の願いによって呼び出される。ならば、士道の期待にきっと応えてくれるはずだ」

 肌を守るものは何もなく、雷に容赦なく焼かれているのに、十香は苦しい表情を浮かべながらも微笑んでみせた。こんなときでも士道を気遣う彼女を見て、士道の心は奮い立つ。

「あぁ、そうだな。……十香、いつも支えてくれて本当にありがとう。必ず助けてみせる」

「うむ。いつだって一緒だ、シドー。む? 私は何を言って……。今まで一緒にいたことがあったか?」

「はは、あったのかもな!」

 そう言って士道は再び霊力の流れに意識を集中させると、ズボンのポケットが温かくなっていることに気付いた。

 中のものを取り出してみると、それはこの世界に来てからいつの間にか所持していた、万由里の本体を封印しているという花飾りの付いた鍵だった。柔らかな光を放つそれは、士道に確かな温もりを伝えてくる。

 まるで万由里が何かを伝えたがっているように思え、強く握りしめて心の中で語りかける。

(お前が何者なのか俺には分からない。でも、今はお前を頼るしか方法がないんだ! 頼む、力を貸してくれ!!)

 士道の願いを聞き届けたのか、黒い雷は段々と収束していき、やがて士道の手の中で鍵を覆うようにして1つの武器を形造った。

「これは万由里の……!」

 現れたのは漆黒の長槍。あらゆる光を吸収してしまうのではと思わせるほどの黒は、異様な雰囲気を醸し出している。

『その子はちょっとじゃじゃ馬でね。もしかしたらあんたを傷つけるかもしれないけど、嫌いにならないであげてほしいのよ』

「万由里! よかった、無事だったん……万由里?」

 いつの間にか目の前には万由里が現れ、優しい笑みを浮かべていた。その表情がどこか儚げで、何故か士道の心を締め付けて止まない。

『そんな顔しないの。十香ちゃんが不安になっちゃうでしょ? 大丈夫、あんたは強くなった。もう私が居なくても、歩いていけるんだから』

「何言ってるんだよ! そんな、まるでこのまま消えちまうみたいなこと――」

 

『士道』

 

「ッ!」

 真っすぐに。まるで士道を見定めるように、万由里は目を合わせて問いかける。今までに見たことのないような真剣な表情に、思わず息をのんだ。

『あんたが本当に守りたい人は誰? なんのためにここへ戻ってきたの? それをよく思い出して』

 その言葉が、まるで檻のように士道を閉じ込める。

(俺がここに来たのは運命を変えるためだ。折紙を、十香を、みんなを。絶望の未来から救うために。……でも!!)

 それでも士道は、いつだってそんな常識という檻をぶち壊して、ここまで来た。

 

「お前だって大切な仲間だ! お前が辛い目に遭ってるってんなら、俺が救い出してやる! どこにいようと必ずだ!!」

 

『ッ!! ああもう、あんたって人は本当に……』

 その言葉は流石に予想外だったのだろう。万由里はポーカーフェイスを崩して頭をぐしゃぐしゃとかき乱す。やがて顔を上げると、泣きそうな顔で。今にも泣きだしそうな声で、言うのだった。

 その姿が、先ほどの十香の霊装と同じように粒子となって消えていく。

『その言葉、もしまた会えたなら……きっとまた言ってちょうだいね』

「万由里!!」

『構えなさい士道。その天使の名前は――』

 

「シドー?」

「……あぁ、大丈夫だよ。十香、危ないから少し下がって、折紙の側にいてやってくれ」

「う、うむ!」

 ()()()()()宙を僅かに見上げ、士道は静かに呟いた。

「お前の思い、絶対に無駄にはしないからな」

 

 

 

 

 

「行くぞ…………〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉」

 

 

 

 

 

 異様な気配を察知して空で待機していたエレンは、列車の進行に合わせて地上付近にバンダースナッチ部隊を並走させていた。その上空にはDEM日本支社から合流した空中艦が、更に2機。列車はもうすぐトンネルを抜け、中継地点のターミナルへ到着する。

(そうなれば瀕死の彼らなど袋の鼠。あの天使がどういうものかは分かりませんが、わざわざ危険を犯して確かめる必要もない)

 そんな風に考えた、その直後。計器が異常な霊力を検知し、けたたましいアラートが鳴り響いた。

「なんですかこの数値は……ッ!? これは数日前に観測された霊力反応――」

 次の瞬間、世界が破壊の光に包まれた。

 

 琴里は歯噛みしていた。士道のいる場所まであと一歩のところまで辿り着いたのに、そこに待機していたのは大量のバンダースナッチと空中艦が2機。

 士道たちを助けるには不可視迷彩(インビジブル)を解いてミストルティンを撃ち込むしかないが、不可視迷彩を解けば助ける前に集中砲火で艦が墜ちる。

(士道はまだ戦う気のようだけど、私や十香の天使を顕現させたところで勝ち目なんて……)

 だが、士道の手元に現れたのは、そのどちらでもない天使だった。

「ッ!? 退避だ琴里っ!!」

「え――」

『〈雷霆聖堂〉』

 士道が天使の名を宣言し、槍を横薙ぎに振るった、その瞬間。

 自律カメラの映像が途切れ、士道の前に立ち塞がるもの全てが消滅した。

 カメラも無しに何故それが分かったか。それは上空を飛んでいた琴里たちにも見えるほどの大規模な破壊が行われたからである。

 トンネル内に居たエレン・メイザース、分厚い岩盤、地上付近に居たバンダースナッチ部隊、その上を航行中だった空中艦。

 それら全てを吹き飛ばし、距離の離れていたフラクシナスの随意領域(テリトリー)を全壊寸前まで追い込んで尚止まらない破壊の奔流は、やがて天を貫く光の柱となって消えていった。

 地面には空間震ですら及びもつかない範囲の巨大なクレーターが生まれており、その中心で1人、少年が空を見上げていた。

 

「……見てるか万由里。俺、ちゃんとできたよ」

 

 〈雷霆聖堂〉の一撃は空を覆っていた分厚い雲をも貫き、そこから一筋の光が伸びて士道を照らした。光芒、天使の梯子とも呼ばれるそれは、まるで士道の勝利を祝福するかのように降り注ぎ続ける。

 しかし、どれだけ必死に笑顔を作ろうとしても。

 溢れ出すその雫を、士道は止めることができなかった。

 少年は約束通り大切な人を守り切ったのだ。あの騒がしくも愛おしい相棒と、そして自身の右腕を引き換えにして。

 肩口から大量の血を噴き出しながら倒れ込むと、やがてゆっくりと、意識が遠のいていった。




次回はエピローグになります。
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