デート・ア・ライブ 士道ロールバック   作:日々の未来

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4期の放送に間に合いました(白目)


四糸乃プリズン
第15話 変わる世界


「行くぞ…………〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉」

 

 士道が決死の覚悟で天使を発現させ、攻撃を行ったその瞬間。

 30年前のユーラシア大空災を彷彿とさせるほどの圧倒的な力の奔流が、天を貫いた。

 

 異能の力を有した者たちは、皆一斉に何かを感じ取り、空を見上げる。

 

 魔術師たちは本能で理解した。

 感じたのは脅威。

 私たちのような模倣品とは違う、絶対的な存在がそこには居る、と。

 

 精霊たちは思いを馳せた。

 感じたのは恵愛。

 世界に仇名す私たちを守るため、必死に戦う者がそこには居る、と。

 

 放たれた霊力は世界中に広がり、その余波で多くの顕現装置が一瞬、活動を停止した。

 そしてそれは、思わぬところにも影響を及ぼすことになる。

 

 その日、ダウンした設備の一瞬の隙を突き、捕えられていた彼女は自由を手にした。

 「資材A」と呼ばれる、神の如き力を持つ、精霊が。

 

 

 

 

 

 

 密閉された部屋の中に、男女の荒い息が木霊する。

「はっ、はっ……うぐっ。や、山吹、もう……限界だ」

「そんなことないでしょ五河君、こんなんじゃ私ちっとも満足できないんだから……!」

「もう許してくれ葉桜! こんなの間違ってる!!」

「そんなことないよ殿町君。そ、れ、に。私無理やりヤルのってぇ……結構好きなんだよねえ」

「ひぃっ!! ふ、藤袴! お前からもなんか言ってやってくれよ!?」

「だーめ♡ 精魂尽き果てるまで帰してあげないんだから」

「「う、うわあああああ!!」」

 

 

 とある梅雨の日の放課後。普段使われない空き教室の一角で、若い肉体を持て余した2人の男子と3人の女子たちが、四肢にじっとりと汗を滲ませながら、本能の赴くままに「その行為」に没頭していた。

 

 

 

 ……そう、拷問である。

 

 

 

 三角形の木の板を並べた床の上に正座させられ、膝の上に巨大な石を積まれた士道と殿町は、それはもう苦し気な表情を浮かべていた。

「本当に悪かった! 流石にやりすぎたよ反省してる!」

「でもあの場はああするしか方法がなかったんだよ! 店長も客もみんな困ってて……」

「その結果私たちは深~く傷つけられたわけだけど、何か釈明は?」

「うぐっ! そ、それは……」

「こ~んなものまで出回っちゃってぇ……。どうオトシマエ、着けてくれるのかな?」

「ひぃっ!! やめろ、そんなもの見せるな! 心が腐る!!」

「それはこっちの台詞だボケ。マジ引くわ」

 麻衣の手に握られたスマホを突きつけられ、哀れな男たちは思わず顔を逸らしてしまう。その画面には、なんとも頭の痛くなるようなタイトルの、とあるゲーセンの動画が映し出されていた。

 

【KKK最新映像】テンスフローラル☆デッドエンド フルコンプレイ【チンピラ公開処刑】

 

 以前確認した時よりも再生数が1桁増えている気がするが、そんなことは大した問題ではない。重要なのは、決して見つかってはならない3人組にその動画の存在が知られてしまったことである。

 

「ネットでは随分盛り上がってるみたいねぇ。『1年の沈黙を破り、KKKついに復活か!?』、『闇言語は健在! テクも健在!! 理性は限界!!!』、『残る3人の行方は!? 彼らの今後に迫る』 はぁ……ほんとどうしてくれんのこの惨状」

「私らがこの1年間どんな思いで過ごしてきたか……。息を潜めるように高校生活を送って、近頃やっと噂も聞かなくなったと思ってたのに」

「『今年の天央祭で復活ライブ決定! 関係者Aが語る衝撃の真実』なんて記事も出てるわね。なんなのこれ。頭湧いてんの?」

 本人たちそっちのけで出所も分からないような噂に盛り上がるネット記事を、空虚な目で見つめる3人。亜衣麻衣美衣は、深いため息を吐きながらそっと士道と殿町の膝の上に石を追加した。

 

「「うぎゃああああああ!!」

 

 彼女たちがこれほど怒りを見せるのには理由があった。何を隠そう、中学時代――士道の言うところの黒歴史である3年間、共にKKKと名乗り活動していたのが、この3人なのである。

 〈慈愛の戦士(ザ・ラヴァー)〉山吹亜衣。

 〈無垢なる暴力(オーガ)〉葉桜麻衣。

 〈猛毒舌(ウィステリア)〉藤袴美衣。

 彼女らもまた、心に深い傷を持つ破壊と混沌の使いなのだった。

 

「泣きたいのはこっちだっての! せっかく平穏な高校生活を手に入れられたと思ってたのに!!」

「昨日まで普通に話してた友達がねぇ! ネット記事見つけた途端若干引きつった笑みを向けてくるのよ! この苦しみがあんたたちに分かる!?」

「どうすんのよこの動画の再生数! 削除申請はしたけど、今更消えてももう手遅れなのよ!」

 3人は半狂乱になりながら、膝の上の石をバンバンと叩く。もう普通に傷害事件になりそうな勢いだった。

「いでででで! や、やめっ! 俺たちだってこの状況を作りたかったわけじゃない! できることならすぐにでも事態を収めたいと思ってるんだよ! ぐわああああ! 分かるだろ!?」

「そんなこと言ってこの間お前がキャベツ頭ともうひと悶着起こしたことも知ってんだからな!」

「ひぎぃ! 落ち着け、今はいがみ合ってる場合じゃない。協力して事に当たるべきなんだ! びゃあああああ!!」

「「「どの口が言うかああああああああああ!!」」」

 

 それからしばらくの後。

 血反吐を吐くような説得の結果、士道と殿町はひとまず拘束を逃れることができた。しかし、心身とも既に限界が近付いていた。

「はぁはぁ……。脚が、俺の脚がえらいことになってる……」

「死ぬかと思った……。川の向こうで手を振ってるひいじいちゃんが見えた……」

 荒い息を吐く彼らを3人は冷たい目で見降ろしながら、とあるものをカバンから取り出して床に放り投げた。

「これは……?」

「言葉だけなら何とでも言えるわよね。だから……誠意を見せてちょうだい」

 

 殿町は床に落ちた黒い物体――バリカンを拾い上げると、震える声で訊ねる。

 

「じょ、冗談だよな? いくらなんでもこれはあんまりだって、な?」

「いや石抱なんて拷問する時点でやりすぎだと思うけどな俺は」

「大人しく頭を丸めなさい。そうすれば今回のことは大目に見てあげる」

「待ってくれ! それだけは……それだけはどうか許してくれ!」

 死んだ魚のような目をする士道と、なんとか助かろうと必死に訴えかける殿町に、亜衣は一切取り合うことなく言葉を続けた。

「問答無用。あんたたちに選択肢はない」

「そんなぁ……」

 すると何を思ったか士道はバリカンを拾い上げ、静かにスイッチを入れた。あまりに躊躇いがないため、殿町の目が驚愕に見開かれる。

「殿町、ここは言う通りにするしかない。俺たちはそれだけのことをしでかしてしまったんだよ。それにここまできたら今更坊主くらい――」

「お前正気か!? 分かってんのかよ、坊主にしたら人気が下がる! 俺はT○UGHを愛読してるから分かるんだ!」

「あんたに下がるほどの人気なんて元々ないでしょ。ウンスタに失礼よ」

「怒らないでくださいね。勘違い男ってバカみたいじゃないですか」

「なにっ」

「うだうだ喋ってないでさっさとやれ。また石を抱きたいの?」

「もう覚悟を決めるしかないようだな……」

 諦めたような表情でそう呟く士道に、たまらず殿町は掴みかかる。

「どうしてそんなこと簡単に言えるんだよお前は! 丸坊主だぞ!? この場だけの苦しみじゃない、元に戻るのにいったいどれくらいかかるか分かって……あ――」

 しかし、それ以上言葉を続けることができなかった。

 なぜならば――。

「へぇ……。随分と潔いじゃない、五河君」

「あ……あぁ…………そんな」

「おい泣くな、男だろ?」

「……だってよ……!! 五河…………髪が!!!!」

 胸倉をつかまれ激しく揺さぶられた士道の頭から、パサリと。

 髪の毛が落ちたからである。

 

 

 

「安いもんだ、髪の1本や2本くらい」

 

 

 

 否、それは精巧に作られた、髪の毛に見える紛いもの。

 露になった士道の頭は、野球部もびっくりの見事な五厘刈りに姿を変えていたのだ。

「言うほど1本や2本か?」

「元を辿れば俺が原因だ。それに山吹が言ったように、俺は2回も騒ぎを起こしてる。申し訳ないとは思うが、贖罪の方法はこれぐらいしか思いつかなかったんだ」

「五河……」

「山吹、葉桜、藤袴。殿町は俺の尻ぬぐいに付き合わされただけなんだ。どうかこれで……許してほしい」

「いつかぁ……!」

 涙ぐむ殿町の前で深々と頭を下げる士道。

 そんな友だち思いの士道の姿に、3人娘たちは心を動かされ……。

 

「あんたが1番の罪人なんだからケジメをつけるのは当然よ」

「当たり前のことしただけで褒められるとでも思ってんの?」

「そんなこと猿でもできるわ。義務教育からやり直してこい」

 

 ……ることはなかった。

 これ以上刺激するのは良くないと判断した士道は、バリカンを殿町の手に握らせ、自嘲気味に笑うのだった。

「わり、駄目だったわ。いい加減腹くくろうぜ、殿町」

 

「嫌だああああああああああ!!!!」

 

 夕暮れの校舎に、悲痛な叫びが木霊した。

 

 

 

 

 

 

「うぅ……もうお婿にいけない……。俺のバラ色高校生活がぁ……」

『元々バラ色要素皆無でしょ、この人の高校生活』

(やめてやれ、これ以上痛めつけるのは流石に不憫だ)

 

 その後。散らばった自分の髪の毛をかき集めてむせび泣く殿町を見届け、亜衣麻衣美衣は退室していった。

 ツルツル頭の男2人を交互に眺めて顎が外れるくらい笑い転げていた万由里も、今はやっと落ち着きを取り戻している。

『そうね……。相当ショック受けてるみたいだし、()()()()()私たちもさっさと帰りましょ』

(そうだな)

 万由里に促され、士道もそっと教室を後にする。完全に扉がしまったことを確認し、深く息を吐いた。

 

 

 

「……………………計 画 通 り」

 

 

 

 士道は新世界の神のような笑みを浮かべて頭に手を乗せると、勢いよく頭皮を鷲掴みにした。すると坊主頭にみえていた部分が剥がれ落ち、なんとその下から青々とした髪の毛が姿を現したではないか。

 そう。士道はこうなることを予想し、初めから二重にヅラを被っていたのだ。亜衣麻衣美衣がバリカンを持って校舎を練り歩いているという、万由里からのリークがなければ危ないところだった。

「流石だよ万由里。お前の索敵能力は宇宙一だ」

『ふふん、当然よ。伊達に暇を持て余して徘徊してるわけじゃないわ。……常にハゲが視界に映ってると私も笑いすぎてぽんぽん痛くなっちゃうし』

「ハゲじゃない坊主頭と言え」

『誰に対する配慮なのよそれ』

 早足で歩き、教室から離れたところまで移動する。窓から見える夕暮れの空を見上げた士道は、少しだけ寂し気な笑みを浮かべ、誰に聴かせるでもなく独り言ちる。

「すまないな殿町。俺はこれから四糸乃をデレさせるという重要なミッションがあるんだ。ナイーブな四糸乃のことだ、いきなり坊主頭が近付いてきたらきっと驚いてしまうだろう。だから……」

『ごちゃごちゃ言ってるけど普通に嫌だっただけでしょ?』

「うん」

『いっそ清々しいくらいの裏切りっぷりね……』

 万由里は頬に汗を垂らし若干引いているが、終わってしまったことはもうどうしようもない。士道は頭を振って気持ちを切り替えると、ポケットからスマホを取り出して通話アプリを立ち上げる。待たせていた十香と連絡を取るためだ。

「悪いとは思ってるさ。だから土産を置いてきたんだ。あのズラ被っときゃいくらかダメージも軽減できるだろ」

 最初に士道が取ってみせた例のカツラは、何を隠そうフラクシナスの技術の粋を結集して作られたものである。誰の頭にも完璧にフィットし、ちょっとやそっとじゃ落ちたりしない。

 前の世界で士織ちゃんとして活動する際にその性能の高さに驚き、記憶に残っていたのだ。ただ、いきなり兄から大急ぎでヅラを用意してほしいと言われた妹の心境や如何に。

 

「俺の髪型と被るけど、まあそこは我慢してもらうしかないな」

『あんたの髪型ってラノベとかエロゲの量産型主人公みたいに特徴無いし大丈夫でしょ』

「そうだな。でも俺、もっといいカツラがあるの知ってるんだよ」

「量産型言うな。これはこれでこだわりってもんがな……って、え?」

『え?』

 

 ギギギ、と。

 背後からかけられた声に反応してゆっくりと振り向くと、そこにはさっきまで打ちひしがれていたのが嘘のように、満面の笑みを浮かべる殿町が立っていた。

 ただし、目は全く笑っていない。おまけにその手には士道が置いてきた高性能カツラと、そして。

 

 ――バリカンが握られていた。

 

「五河……。その手に握ってるそれ…………なんだ?」

「手? ……あ、やべ」

 士道の手には、先ほど頭から取り外した坊主のカツラがしっかりと握られていた。慌てて隠すも時すでに遅し。殿町からは笑みが消え、段々と無表情になってくる。

「い、1/1パーフェクトグレード石ころ帽子だよ」

『なにそれずるい! じゃあフエール銀行! 私フエール銀行が欲しいわ!』

「へぇ。ところで、お前が忘れていったヅラを届けにきたんだけど……その頭、一体どうしたんだ?」

「え、あ、これ? 別のヅラ被ってるんだよ。アハハ……よ、よくできてるだろー?」

「あぁ、本当によくできてるな……。まるで本物みたいだ」

「ウェ!?」

 喋っているうちに今度は無表情を通り越し、般若もかくやという風貌になっている。

 動揺と恐怖をなんとか抑えながら、士道は言葉を返す。

「そ、そうだろうそうだろう。良いヅラ専門店知ってるんだよ。『フラ櫛ナス』っていうんだけどな? 今度お前にも紹介を――」

「いらない」

「そ、そうですか」

「あぁ。だって……」

『これちょっとまずいんじゃない?』

(……やっぱダメかぁ)

 

 

 

「今からお前の髪を刈り取ってヅラを作るんだからなああああああああああ!!!!」

 

 

 

 世にも恐ろしい校内追いかけっこが今、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

「士道遅いのだ……何かあったのだろうか。はっ! もしやメカメカ団の奴らが報復に!?」

「おーい! お待たせ十香!」

「シドー! 遅いから心配し、て……?」

「ごめんごめん、思ったより長引いちゃってな。さ、帰ろうか」

「ま、待つのだシドー! いったいどうしたのだその頭は!? ゴマ塩おにぎりみたいになっているではないか!!」

「あはは……色々あってな。食べないでくれよ?」

「食べないが……。むう、よく分からないが大丈夫、なのか?」

「あぁ、大丈夫だよ。俺は大丈夫、誰がなんと言おうと大丈夫なんだ……」

「それは大丈夫な者の言う台詞ではないのだ!?」

 

 帰宅後、琴里から散々追及を受けたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 しとしとと降り注ぐ雨の中を、ひとり歩く。時折立ち止まっては誰かを探すように辺りを見回し、また歩き始める。

 その少年――五河士道は、学校から帰宅すると決まって外へ繰り出し、四糸乃の捜索を続けていた。この時間は十香の定期検診があるので、琴里も揃って不在にしているのである。

 未だに1人で出歩くことにいい顔をされない士道が、自由に行動できる貴重な時間だった。

 

『四糸乃ちゃんとのファーストコンタクトはほんとに偶然だったからねぇ。近くにさえ居てくれれば場所はすぐに特定できるんだけど』

(あぁ。十香の時と違って時間も場所もはっきり覚えてるわけじゃない。しばらくはこうして地道にやっていくしかないだろうな)

 そう思いはするものの、捜索開始から既に2週間。全く収穫のない日々が続き、不安は募るばかりだった。

 士道の胸に去来するのは十香の一件。自分の知る歴史とは大きくかけ離れた道を辿った世界。それが果たして、今後どのような影響を与えるのか想像もつかない。

 また、捜索の途中で必ず折紙のマンションの様子も確認する。しかし、いつ訪れても折紙に出会うことはなかった。

 あの日。彼女の目の前で天使を顕現させた時から、折紙は1度も士道の前に姿を現していない。

 

(俺の行動で未来は大きく変わってしまった。もしかしたらみんなとはこのまま……)

『何弱気になってるのよ。折紙はともかく、まだ出会ってもいない精霊たちに影響なんてあるわけないでしょ』

(どこでどうなるかなんて分からないだろ? バタフライエフェクトって言葉もあるんだし)

『はぁぁぁ〜。ちょっとアニメ見たくらいでSFの知識身に付けた気になるのは中二病の悪い癖ね。結果が収束するのはデマだって狂三も言ってたじゃない!』

(誰が中二病だ誰が。でも実際に四糸乃はどこにも居ないじゃないか)

『偶然に決まってますぅー! 自分の行動が簡単に世界を変えるなんて思い上がってんじゃないわよ。あんたを中心に世の中が回ってるとでも言いたいわけ? はいはい中二病乙!』

「中二病はやめろって言ってるだろ! 俺はあくまで可能性の話をだな」

『考えすぎよ。か、ん、が、え、す、ぎ! もしこれ以上イレギュラーが起きたら、そんときゃお詫びに目でピーナッツ噛んで鼻からスパゲッティ啜ってやるわ!』

「絵面が汚いからやめろ」

『!?』

 

 あえて憎まれ口を叩いてくれたのだろう。万由里と話しているうちに、士道の心のモヤはいくらか解消されていた。

 目下のところ1番の不安は風通しの良すぎる頭部だろうか。

 溜息を吐きながら頭頂部を擦っていると、ふと視界の端に神社が映った。境内の中央には寂れた社が鎮座しており、雨に打たれて余計に哀愁が漂っている。

『雨が強くなってきたわね……。ちょっと休憩していきましょうか』

(そうするか。結構歩いて流石に疲れたしな)

『神社で雨宿りなんてちょっとワクワクするわね!』

(何がお前の琴線に触れたのか全く分かんねぇよ……)

 

 やたらとウキウキオーラを放つ万由里を横目に、士道は神社の軒下に移動する。知らぬ間に気を張りすぎていたのだろうか、腰を下ろした瞬間、深い溜息が口から溢れ出した。

『ジジくさいわねぇ。若いんだからもっとシャキっとしなさいな』

(万由里が元気すぎるんだよ。一体どこからそんな活力が湧いてくるんだ……。俺から生命力でも吸ってるんじゃないだろうな?)

 士道が半目になって視線を送ると、あっけらかんとした顔で万由里は答えた。

『あんたから霊力貰って活動してるわけだし、あながち間違いとも言えないわね』

(まじかよ。ってことは、最近俺の燃費がやけに悪くなったのも?)

『私のせいね』

(独り言が増えて周りから白い目で見られるのも……)

『もちろん私のせいよ』

(夜中に琴里のプリンを勝手に食べたのも!)

『それは十香ちゃんでしょ』

(未だに彼女ができなくて童貞なのも!!)

『あんたがヘタレなせいでしょうが!!』

 

 

 

「『…………』」

 

 

 

「だよな」

『いや……なんかごめん』

 

 万由里が帰ってきてからよくあることなのだが、2人きりになると妙にテンションが上がって暴走することがある。原因に心当たりがないか訊いてみると、たぶん心がリンクしていることの副作用だろうとのことだった。士道が楽しければ万由里も楽しいし、万由里が悲しければ士道も悲しい。それが相手にも伝わるから、まるで共鳴するように感情の振れ幅が大きくなるのだとか。

 そういう時の万由里は目に見えて索敵能力が下がる。日常生活にはなんの支障もないが、戦闘中は特に気を付けなければいけない。万由里がそんなことを珍しく真剣な表情で言っていたので、士道も気を付けるようにはしているのだった。

(とはいえそん時は俺も結構ハイになってるから、止められるかは微妙なところなんだけどな……ん?)

 ふと顔を上げると、少し離れたところで万由里が雨に打たれているのが見えた。白い制服がぐっしょりと濡れて肌に張り付き、肌が透けてしまっている。

「お、おい。何して……っていうか、どうして実体化してるんだ?」

「いやほら、ちょっとはしゃぎすぎたから頭冷やそうと思って」

「だからって土砂降りの中に出ていくか? ワイルドすぎるだろ」

「常識に縛られない女、それが私よ」

「全然頭冷えてねぇじゃん」

「そんなことよりほら、雨に打たれるのって意外と気持ちいいわよ! 士道もこっち来てみなさいな!」

「えぇ……いいよ俺は。頭は寒いくらいだし」

 そう断ってみるも、万由里は不満そうに口を尖らせて一向に戻ってくる気配はない。

「ぶーぶー! 何よノリ悪いわね! 最近はすぐそうやって暗い顔するんだから。ちょっとくらいバカやったって罰は当たらないわよ」

「だからそんな気分じゃないんだって。少し休んだらすぐ四糸乃を探しにいかないと……」

 そう言う士道が気に食わなかったのか、万由里はバシャバシャと水飛沫をあげながら走り寄り、手をつかんで無理やり立ち上がらせた。不敵に笑う彼女の歯が、無駄に白く輝いて見える。

「暗い顔してたって四糸乃ちゃんが見つかるわけでもないでしょ! それより私にいい考えがあるわ。一緒にこっち来なさい!」

「お、おい!」

 そのまま士道を引きずるようにして歩き出す。あっという間に境内の中央まで連れてこられ、そのタイミングで万由里はタイムリミットを迎えたのか、半透明の身体に戻っていった。

 

『今のあんたに必要なのは、当てもなく精霊を探し回ることでも、ましてうだうだ悩むことでもない。ストレスを解消することよ!』

「ストレス? 別に俺はそんなもの――」

『おもいっきし抱えてるわよ! 繋がってる私が言うんだから間違いない! そういう時は何をやっても上手くいかないもんなのよ、私には分かる』

 1人で納得してうんうんと頷く万由里。こうもキッパリと断言されると、士道も返す言葉が出てこない。それに、これも彼女なりの励ましの1つであるのならば、いっそのこと従ってしまった方が良いのではないか。そう考えて目線で先を促すと、万由里は満足そうに笑みを浮かべた。

『納得してくれたようで良かったわ。それじゃ早速始めましょう』

「別に納得したわけでもないんだけど……。それで? こんな場所で一体何をやらせる気なんだ?」

『難しいことなんてないわ。ただ抱えてる不安や不満を思いっきり叫ぶだけでいいのよ』

「アナログかよ」

『シンプルなのが効果あるって昔から言われてるから。じゃあ気合い入れてやるわよ……「未成年の主張」を!』

「…………古っ!!」

 

 

 

 

 

 

 私は雨が好きだ。

 降り注ぐ水滴たちが、見たくないものを遮ってくれるから。

 私は雨が好きだ。

 奏でる雨音が、聞きたくないものを飲み込んでくれるから。

 私は雨が好きだ。

 街から人が消えて、ふたりだけの世界を作ってくれるから。

 ――そう、普段であれば。

 

 常に雨を引き連れて歩く四糸乃にとって、世界は静かなものであった。人々は家に籠り、時折見かける通行人も、みな足早に過ぎ去っていく。

 うっかり()()()()を立てて顕現さえしなければ、私にとってそれほど悪い場所ではない。そう思えるほどには、四糸乃はこの世界に慣れ親しんでいた。

 今日も右手の愉快な親友と仲良く話をしながら、ガランとした道を歩く。

 

 ふと、誰かの声が聞こえてきた。内容までは分からない。

 姿が見えないのに声だけ届くということは、遠くで大声を出しているのだろうか。

 

 何かあったのかな?

 気になる。

 

 じゃあ見に行く?

 ……怖い。

 

《だ~いじょうぶ! よしのんが付いてるんだから!》

「う、うん……。ちょっとだけ、なら……」

 

 可愛らしくも頼れる友の言葉に背を押され、恐る恐る声のする方へ近付いていく。

 はたしてそこには――。

 

 

 

 

 

 

「バラ色の青春を、送りたいいいいい!!」

『声が小さい! 大声出せタマ落としたのか!』

 

「彼女が、欲しいいいいい!!」

『そんなんでできるか! 気合いを入れろ!』

 

「童貞を、卒業したいいいいい!!」

『「うおおおおお!!」 これが卒業したいやつの顔だ、真似してみろ!』

 

「今後の人生が不安だあああああ!!」

『えっいきなりそんな重いこと言われても……』

 

 俺は何をしているんだろう。

 最初はそう思いながら始めた行動だったが、やってみると思いの外気持ちが良い。

 普段できないことをしているという開放感と万由里の悪ノリが合わさり、知らず士道の気を大きくしてしまっていた。

 そのテンションのせいで、普段は絶対に言わないようなことが口を衝いて出る。

 

「割と小さい女の子が好きだあああああ!!」

『オブラートに包むな! そういうのを世間ではなんていうのか言ってみろ!』

 

「俺はロリコンで、あとついでにシスコンだあああああ!!!!」

『よく言った! 家に帰って妹をFA○Kしていいぞ! あっちもどうせ満更でもねぇ!』

 

 はあはあと荒い息を吐き、顔にへばりついた汗とも雨とも分からない液体を拭う。

 顔を上げると、目の前に居る万由里と目が合う。いい顔をしている。1つの大きなことをやり遂げたやつの顔だ。

 そしてそれは士道も同じだった。この空のように分厚い雲に覆われていた心はすっきりと晴れ渡り、今ならなんだってできるような気がする。

 なんだか随分と最低なことを口走った気もするが、不思議と悪くない気分だった。

「ま、たまにはこういうのも……」

 

 

 

 本当に、悪くない気分だった。

 ――木の後ろからこちらを覗き込む、怯えた少女の姿を見るまでは。

 

 

 

《や、やは~……。なんだか凄いものを見ちゃったねぇ》

「あ……あぅ…………」

 ずっと雨に打たれていたはずなのに、今更頭から水をぶっかけられたような、冷たい感覚が全身を襲う。今起きている現実を否定したくて、士道は必死に言葉を探した。

「あ、あの。これは、違うんだ何かの間違いで……」

「ひっ!! こ、来ないでください!!」

「うぐっ!?」

 無理やり笑顔を作って近付こうとするも、それが余計に恐怖感を与えてしまったらしい。

 本気で怯えた顔を見せる少女――四糸乃は震えながら拒絶するように腕を突き出し、じりじりと後ずさりをしていく。

 

『むっ、マユリー感覚に感知あり! 士道朗報よ、四糸乃ちゃんが近くに居るわ!』

(状況見てボケろこのポンコツレーダーが! 何が「近くに居れば居場所が分かる」だよ!? うぅ……頭が痛い)

『は、はあああ!? 誰がポンコツよアンタ今までどんだけ私の世話になってきたと思ってるの!? 謝って! 早く私に謝ってよ!!』

 万由里がぎゃあぎゃあと喚いているが、士道はそれどころではない。ズキズキと痛む頭を抑えながら、どうすればこの状況を打破できるかと必死に思考を巡らせる。

(クソッ、よりにもよって最悪のタイミングだ! なんだよロリコンのシスコンって!? 第一印象悪いなんてもんじゃないぞ!! どうする、どう釈明すれば四糸乃を落ち着かせられ……っああもう、頭が痛ぇ! なんだってこんな時に!! ってこれ、あれ? ちょっと、シャレにならない、いた……み…………)

『さあ今すぐひざまづいて! 命乞いをして! 小僧から石を……って、士道? 士道!! ちょっと、しっかり――』

 

 痛みと一緒に、知らない記憶が津波のような勢いで頭に流れ込んでくる。

 

 ――お……さん! おか…さんはどこ!? …たしをひとりに……いで!

 ――し……さんも、いつかわたしを置いて……こ…に……ちゃうんですか?

 ――おね……です、き…いに…ら……でくだ……。

(なんだ……これ…………? 誰の記憶……………………よし、の?)

 

 

 

 ――いつまでも一緒です、※※※さんっ!

 

 

 

「っぐ……うあああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 知らない風景。

 知らない時間。

 知らない場所。

 しかしそこに立つ彼女のことだけは、よく知っている。

 

 ――四糸乃。

 彼女と過ごした自分ではない自分の記憶に塗りつぶされるように、あっという間に士道の意識は闇へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

「……しの…………四糸乃ッ!!」

『士道! よかった、目が覚めたのね』

 目を覚ました士道は勢いよく身体を起こすと、慌てて辺りを見回した。空の明るさを見るに、どうやらそこまで時間は経っていないらしい。

 幸いなことにあの時感じた頭痛は嘘のように消え去っていたので、今度は落ち着いて思考を巡らせる。

 士道は神社の軒下に横たわっており、倒れた時に汚れたのか全身泥塗れになってしまっていた。

「一体なんだったんだ、あれ……。いやそれよりも四糸乃だ。万由里、四糸乃はどうなった?」

『あんたねぇ、いきなりぶっ倒れたんだから少しは自分の心配もしなさいよ。四糸乃ちゃんならもう行っちゃったけど……。身体は大丈夫なの?』

「そうか……。あぁ、よく分からないけど問題ないよ。悪いな、心配かけた」

 万由里の説明によると、あの後四糸乃は涙目になりながら士道を軒下まで運び、脱兎のごとく走り去っていったらしい。それから15分程経ち、ようやく士道が目を覚ましたというわけだ。

 あれだけ怖がらせてしまったのに介抱してくれた四糸乃に感謝するとともに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる士道だった。

 

『それで? あの時何が起こったのか説明できる?』

(俺にもよく分からない。ただ、四糸乃の顔を見た瞬間いきなり頭が痛みだして……。誰かの……()()()()()()()()()()()四糸乃の記憶、みたいなのが頭に流れ込んできたんだ)

『…………そう』

(でも肝心の内容を全く思い出せないんだよな。というか万由里は何か分からないのか? 俺の頭とリンクしてるんだろ?)

 士道が問いかけると、万由里はバツの悪そうな顔で俯いた。遠慮なく物を言う彼女にしては珍しい反応だ。

『その……ごめんなさい。私にも分からないわ。すごく強い感情が流れ込んできたのは感じたんだけど、それ以上は』

(そっか。まぁそれならしょうがないさ。終わったことを悔やむよりも、これから何をするべきかを考えようぜ)

『……うん、そうね。少なくとも四糸乃ちゃんが無事にこの辺りをうろついてることが分かったんだし、振り出しではないはずよ』

(好感度的には振り出しの方がマシなんだよなぁ)

 ため息を吐きながら、士道は神社を後にした。

 いつの間にか雨は止んでいたが、胸中は相変わらずの雨模様だった。

 

 

 

 

 

 

 商店街から少し離れた場所に、古い店舗が立ち並ぶ通りがある。通称「昭和通り」。

 かつては繁華街と並ぶほどの賑わいを見せたというこの場所は、時代の流れと共に衰退していき、今やシャッター通りと化してしまっている。

 平成生まれの士道でもなんとなく懐かしさを感じるような、不思議な空気の流れる場所。

 その一画に、老婦が細々と営業を続ける駄菓子屋がある。幼いころによく琴里と買い物に来た、士道にとって思い出の店だった。

 今でも近所の子供がよく利用しているらしいが、客はそれだけ。地元の子供以外が来ているところを誰も見たことがないので、閉店するのも時間の問題なのでは、ともっぱらの噂だ。

 

 

 

 ――そんな場所に、彼女は居た。

 

 

 

 四糸乃は人混みを嫌うが、決して孤独が好きなわけではない。だから案外、こういう場所にひょっこり顔を出すのでは、と考えて足を運んだ士道だったが、どうやら当てが外れたらしい。

 そこに居たのは四糸乃でも、まして地元の子供でもない。

 微妙に寝ぐせのついた髪に、皺の寄った部屋着。靴下も履かずにサンダルをひっかけただけの眠たげな目をした少女は、士道のよく知る3つ入りの球状ガムの1つを口に含むと、口を窄めて天を仰いだ。

 

「すっ…………ぱぁぁぁ〜! ちくしょー当たり引いちゃったかー。ん、なに見てんの少年。あ、これ食べる? もうハズレ確定してるけどね〜」

 

 

 

(『……………………な』)

 

 

 

(『なんだこのおっさんくさい女!!』)

 

 

 

 世界は変わっていく。

 士道の想いを嘲笑うように、刻々と。




デートアライブのすごいところは、ヒロインが増えても誰も存在感を失わないところだと思っています。
2巻以降に出てくる、メインヒロインではないが、かといって物語の根幹を担うほどの立ち位置でもないキャラクター。
そういう子でも他ヒロインと平等に愛されるような作品というのは、実はなかなか貴重ではないでしょうか。
何が言いたいかというと四糸乃可愛い。
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