デート・ア・ライブ 士道ロールバック   作:日々の未来

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会話があっちこっちに飛び火するせいで纏めるのに時間がかかりました。


第16話 囁告篇帙

「うぅ……。何度やっても慣れないのだ、あのせーみつけんさとやらは」

「そりゃ抵抗あるわよね、よく分からない機械に囲まれるのって。今まで散々ASTの連中とやりあってきたわけだし。でも大丈夫、ラタトスクは十香を傷付けることは絶対にしないわ。約束する」

「う、うむ。それは分かっているのだ。琴里もみんなもすごく気を使ってくれているのは、流石に私でも理解している。ただ……」

「ただ?」

「士道が傍に居てくれないと、どうしても不安なのだ」

「あー……そっちね」

 フラクシナスでの定期検診を終えた後、十香は目に見えて調子を崩していた。気分転換のつもりで外出に誘った琴里だったが、解決方法を間違ったかと独り言ちる。

(こりゃ散歩するよりもさっさと帰って士道に会わせた方が良かったかしらね……。それにしても)

 ちらりと横目で十香を見やると、どうにも落ち着かないといった様子だ。まるで飼い主を見失った子犬のようだと、そっとため息を漏らす。

(ほんの1、2時間離れただけでこれって、結構まずいわよね。そりゃあんな攻略のされ方したら好きになるのも分かるけど。でもこれ、恋っていうより依存に近くないかしら? 少しでも士道離れできるように、何か手を打たないといけないわね……)

 とはいえこうなってしまった原因は自分にもあると、琴里は考えていた。

 

 実は十香の好感度が高いのをいいことに、ことあるごとに彼女を使って士道の劣情を煽るようけしかけていたのだ。眠っている十香を士道のベッドに放り込む、入浴中に乱入させる、果てはトイレの中でバッティングさせる、等々。

 年頃の女性と親しくした経験など、士道はないに違いない(と琴里は思い込んでいる)。そういった状況でも冷静に対処できるよう、普段から鍛えてやろうという妹からのありがたい教育のつもりだったのだが。

 十香がベッドに潜り込んでくれば、優しく抱き留めてそのまま添い寝。

 風呂場でかち合えばそっとバスタオルをかけてやり退室する。

 トイレで遭遇した時は流石に動揺したようだが、上手く十香を宥めて事なきを得るなど、お前は英国紳士かと突っ込みたくなるほどのイケメンっぷりを披露。

 終わってみれば慌てるどころか、シチュエーションにかこつけてイチャイチャするだけだったので、「どうしてこうなった」と驚くほかないのだった。

 

(あんな対応一朝一夕で身に付けられるものじゃない。やっぱり過去に女の扱いを手取り足取り教え込まれたんだわ。一体誰に? そんなの1人しかいない……。おのれ鳶一折紙! 私のおにーちゃんに手出しやがって、タダじゃおかないわ)

 教え込んだのはお前だ。そう教えてくれる者は、ここにはいない。

(……っと、今はそれどころじゃないわね。なんとか十香の気を紛らわせないと)

 十香に1番好きなものは何かと訊けば、間違いなく「シドー」と答えるだろう。では2番目は?

「うぅ……。シドー、シドーに会いたい。シドーにきなこを付けて食べたいのだ」

「……」

 訊くまでもなかった。多少錯乱しているところはあるものの、きなこで間違いない。

(というか食べること全般よね。縁日の屋台を数十分で壊滅させたのは記憶に新しい。となればここは……!)

「ねぇ十香。もう少しだけ寄り道していかない? お菓子がたくさん売ってるお店でね、もちろんきなこを使ったものだって置いてるわよ」

「む? うむ……でも」

「駄菓子屋っていうんだけど、昔からあるお店でね。士道も大好きでよく通ってたのよ」

「そうなのか? ……分かったのだ。シドーへのお土産も買っていいか?」

「もちろん! さ、これ以上暗くならないうちに早く行きましょ」

 つい士道の名前で釣ってしまった。とはいえ、十香自立作戦の第一歩としては悪くない。今後の展開を頭の中で組み立てながら、2人は仲良く昭和通りを目指すのだった。

 

 

 

 

 

 

 雨が軒先のトタンを叩く音を聴きながら、駄菓子屋の前で士道と1人の少女は向かい合っていた。店主の老婦は店の奥に下がっているようで、今は2人きりだ。

「キミには直接お礼を言っとかなきゃと思ってね。()()()()()()()()()()()()()から、待ってたんだよ」

「お礼……? それに、ここに来ることが分かってたって、一体」

「あはは、ピンとこないのも無理ないよね。あたしが勝手に助かったってだけの話だし。まぁでも、こういうのは気持ちの問題だから。ありがとね、イツカシドウ、君」

「ッ!?」

 ぐっと顔を覗き込まれながらそう呼ばれ、士道は気付く。その瞳の奥に宿る、人間にはない不思議な光。そして何より、名乗ってもいないのに名前を言い当ててみせたこと。

(万由里、この子って……)

『えぇ、間違いないわ精霊よ。四糸乃ちゃんを探しに来たつもりが、とんだサプライズね』

 確証が得られたことで、士道に僅かな緊張が走る。この世界どころか、時間遡行前の世界でも会ったことのない未知の精霊。万が一好戦的な性格であれば、市街地に被害が及ぶかもしれない。

 そんな士道の心情をまるで見透かしたかのように、少女はにへらっと気の抜けた笑みを浮かべると、親しげに肩を叩いてきた。

「そんな怖い顔しなさんなって~。大丈夫だよ暴れたりなんてしないから。こんなナリでも30年近く精霊やってるからね。そこら辺は弁えてるつもりだよ」

「30年!?」

『ババアじゃん!』

「ん? 今なんか不愉快な声が聞こえたような……」

 少女は軒下のベンチに腰かけると、隣に座るよう士道に手招きをする。士道がそれに応じると、暗闇に染まりつつある街並みを眺めながら、まるで昔話でもするように柔らかい口調で、これまでのことを語り始めた。

「そんじゃ改めて。あたしの名前は本条二亜。あ、本条蒼二って名前で漫画家もやってたりするんだけど、知らないかな? 『silver bullet』って作品」

 二亜と名乗る少女は眼前の風景よりももっと遠くの、ここにはない何かを見つめているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 決して笑い話にできるような内容ではない。

 士道は話を聞きながらそう思った。しかし、まるで創作話でも紹介するように、コロコロと表情を変えながら続けられる二亜の語りのおかげで、必要以上に暗い雰囲気にならずに済んでいる。

 士道はともかく、万由里は本人曰く「シリアス空間に長く居すぎると頭がおかしくなる」らしいので、ある意味人間以上に人間らしい豊かな感情表現を見せる二亜に対して、少しだけ感謝するのだった。

 彼女の話で特に気を引いたのが、5年前からのことについて。なんと彼女は、つい先日までDEMに囚われていたのだという。それが士道の放った〈雷霆聖堂(ケルビエル)〉の余波で、偶然解放されたとのことだった。

 

「DEMに囚われてたって……。大丈夫だったのか? その、色々と……」

 先日救出した時の十香の惨状を思い出し、思わず身がすくむ。比較的穏健派(士道基準)のASTに捕えられても、たった数日であそこまでボロボロにされたのだ。それが悪逆非道のDEMともなれば、その被害はいかほどのものか。

 背中に冷たいものが走る士道だったが、恐る恐る二亜に顔を向けると、以外にもあっけらかんとした表情をしていた。

「いやー全然大丈夫じゃなかったよ! こっちが頑丈なのをいいことにやりたい放題してくれちゃってさぁ。特にあの虚弱体質……。いつかお礼参りしてやらんと気が済まないね! 怖いからやらんけど」

 そう言うと彼女は、いつの間にか膝に抱えていた大きなビンの中からスルメを取り出し、無造作に口の中へ放り投げる。恨みでもぶつけるように勢いよく嚙みちぎると、今度は銀色の缶をプシュッと開け、仕事終わりのサラリーマン顔負けの風貌で(あお)るのだった。

 

『この子メンタル化け物なの? 気が狂ってもおかしくない状況だったと思うんですけど』

(元々なのか、それとも精霊として生きてきた過程で鍛えられたのか……。いやそれよりも、ここ駄菓子屋だよな? 今飲んでるのどう見てもビールなんだけど)

 いろんな意味で圧倒されつつも、2人は本条二亜という精霊の人となりを理解し始めていた。もっとも、掴みどころがない、という意味合いでだが。

「っぷは~! ん? なーに人の顔じろじろ見てるのさ。お、まさか少年アレか。お姉さんに惚れちゃった? いやーあたしも罪な女だねぇ、こんないたいけな少年の心を奪っちゃうとは。そうだね、助けてくれたお礼にハグくらいならしてもいいよ」

「別にいいです」

「うわ即決! どうしてさ!? 確かにおっぱいはちっちゃいけど、みてくれは悪くないって自覚はあるよ!」

「酒臭いから」

「おのれAs○hi、二亜ちゃんの美貌を妨げるとは許さん! 絶対に許、ゆる……。っぷはぁ~! 美味いから許す!」

(万由里、俺この子の攻略無理かもしれない)

『見た目は美少女中身はおっさん、これは攻略のし甲斐がありそうね……!』

(なんでそんな燃えてんの?)

 

 過去にも個性的な精霊をたくさん相手にしてきたが、本条二亜という精霊は今までのどのタイプとも違う。男友達のように親しげに話しかけてくる割に、心の深いところまでは見せてこない。そんな微妙な距離感をどうしたものか、経験の浅い士道には判断がつかなかった。

 しかし、せっかく見つけた精霊をみすみす見逃す手はない。ましてDEMから逃げてきたとあっては、今後も狙われる可能性だってある。そう判断し、攻略の糸口を探そうと気持ちを切り替えたところで、不意に二亜が口火を切った。

 

「あ、そうそう言い忘れてた。少年には感謝してるけど、あたし攻略される気はないから。そのつもりでよろしく~」

 

「『なっ!?』」

 驚愕。まるでこちらの思考を読んだかのようなタイミングでの、明らかな拒絶。

 たったそれだけで、士道は全ての動きを封じられてしまった。

「あ、すんげー驚いてる。あはは、ってことはやっぱりそのつもりだったんだ。いやぁ残念だったねぇ。あたしとしても現役男子高校生に口説かれるってのは、ちょっと魅力的ではあるんだけどね。こっちにも事情があるのさ」

 

 あまりにも完璧なタイミングでの牽制だが、驚いたのはそこではない。否、そうでもあるのだが、本題は別だ。

 

 士道はここまで、自分の素性を一切話してはいない。

 

 思い返せば最初から妙だった。

 初対面なのにまるで以前から士道を知っているかのような発言、そして旧知の友人とでも話しているようなあの態度。

 そして今の「攻略」というワード。

 

「なぁ本条さん。君の能力って――」

「やだなぁ本条さんだなんて他人行儀すぎ! あたしたちの仲なんだから、親しみを込めて『二亜ちゃん』でいいよ~」

 わざとらしく身体をくねらせながら頬に手を当てる二亜に対して冷ややかな目を向けながらも、士道は続ける。

「……最初に会った時も、俺のことを知ってるような口ぶりだったな。もしかしてお前の能力に関係してるのか? 二亜」

「いやんっ。そんなに真っすぐ見つめながら名前呼ばれたら、あたし……」

『士道、こいつちょっと殴りなさい』

(そうしたいのは山々だが、これ以上話をややこしくしたくないからダメだ)

 頭が痛くなるのをなんとかしようとこめかみをぐりぐりしていると、流石に二亜も雰囲気を察したのか、少しだけ申し訳なさそうな笑みを浮かべる。

「ごめんごめん。少年のリアクションが良いからついやりすぎちゃったよ。お察しの通り、あたしの能力はこの世の全てを見通すことができる。全知の天使〈囁告篇帙(ラジエル)〉だよ」

 そう言うのと同時、二亜の身体は光に包まれて、一瞬の後には修道女のような霊装を纏った姿が現れた。その手には件の天使と思しき十字の意匠が施された本が握られている。

 そっと本の表紙をなぞると、まるで心の奥まで見透かされているような、そう思わせる瞳で士道を見据えた。思わずゾクリと身体を震わせるが、二亜は構わずページをめくる。

 そして、信じられないことを口にするのだった。

 

「五河士道。来禅高校に通う2年生。両親は海外で仕事をしており妹と2人暮らし。5歳の時に五河家に拾われて以来平和な日常生活を送る。精霊を封印する能力を買われてプリンセスの攻略に挑むも、DEMの妨害を受けて失敗。生死の境を彷徨ったのち単独でプリンセス救出に向かい、ジェシカ・ベイリーとエレン・メイザースを撃破。見事奪還に成功し、現在は3人で仲睦まじく暮らしている。趣味は料理で特技はギター。ベースの腕もそれなり、と。……こんなとこで合ってるかな?」

 驚いたことに、目の前の少女は士道の来歴を、日記でも読むような気軽さで言い当ててみせた。家族構成に関してはともかく、先日の戦闘記録についてはトップシークレットのはずだ。だが、この天使の前では人間の情報操作などなんの役にも立たないのだろう。

「……あぁ。その様子だと、琴里やラタトスクのことも既に知ってるみたいだな」

「もっちろん! 〈囁告篇帙〉にかかればどんな秘密でも丸裸だよ。例えば、そう――」

 

「君がこの世界の人間じゃないってことも、ね」

 

「『なっ!?』」

 全知の力。頭では理解したつもりだったが、これは流石に予想外だった。

 先ほど二亜は「この世の全てを見通す」と言っていたが、それすら生温い。別の世界の情報すら手に入るとあっては、チートもいいところだ。

「……そんなことまで分かるのか。とんでもない能力だな」

「えへへ、まぁね。後はそうだねぇ」

「まだあるのかよ。これ以上は心臓に悪いから勘弁してくれ」

 その言葉は紛れもない本心だった。それもそのはず、士道にはもう1つ、まだこの世界の誰にも話していない秘密があるからである。それはもちろん、頭の中に住む彼女のことだ。

(まさか万由里のことまで?)

『いえ、そんなはずは……』

 

「君の机の引き出しに入ってる二重底の下に――」

 

「やめろバカ! マジでとんでもねぇ能力だな!!」

『使用者のせいで碌でもない能力にランクダウンしてるのが泣けるわね』

 そっと胸をなでおろすも、別の意味で寿命が縮まる士道だった。

「しかしまぁ、そこまで分かってるなら話は早い。そんな便利な能力を手放したくないってのも分かるけどな、封印云々はとりあえず置いといて、ラタトスクの庇護下に入るってのも悪くないんじゃないか?」

 そう言うと、二亜は少しだけ俯いて言葉を濁す。

「便利、ね……。そうだね、あたしもそう思うよ。でもね少年、人並みの言葉だけど、世の中には知らない方がいいこともたくさんあるんだよ」

「…………」

「長い間囚われてた所為か、大きな組織ってのがどうも苦手でねぇ。君の妹ちゃんが所属してるところ、確かにDEMに比べたら随分と真っ当に見えるよね。でも、決して一枚岩じゃない。核兵器も凌駕するほどの馬鹿げた力を持つ存在を、なんの打算もなく保護して養ってくれるなんて、夢みたいな話あるわけないんだよ」

「それは……そうかもしれない。俺も内部事情なんて語れるほど詳しくは知らないけど、それでも!」

「『それでもフラクシナスなら信頼できる』とでも言うつもり? それは流石に笑えないね。少年、君も本当は気付いてるんでしょ。いつまで目を逸らし続けるつもり?」

「ッ!!」

 

 相手が悪い。当然だが、後ろめたさを隠しながらどうこうできる相手ではないようだ。

 士道はフラクシナスで見せてもらった、先日の戦闘記録のことを思い出していた。

 

 十香の奪還作戦の最中、フラクシナスは待ち伏せしていた敵の攻撃を受けて大きなダメージを負った。

 琴里たちが丁度行動を起こそうとしたその瞬間、僅かな隙をついて。

 記録によると、当時は艦全体を不可視迷彩で覆い、加えて自動回避なるものも発動していたようだ。敵はそんな状況でピンポイントに制御顕現装置(コントロール・リアライザ)を破壊し、フラクシナスを行動不能寸前まで追い込んだ。

 

 流石に出来すぎていないか? というかそもそもの話、作戦の内容があまりにも敵に流れすぎていた。

 そう考えた士道と万由里は、1つの可能性に辿り着いた。

 

 

 

 ――ラタトスク機関に、DEMの内通者がいる。

 

 

 

(……今までは単なる憶測でしかなかったけど、二亜が言うんだったら話は変わってくるな)

『えぇ。〈囁告篇帙〉の能力が本当に全知の力だとしたら、裏切り者は本当にいて、尚且つそれが誰なのかもすぐに分かるってことよね……。士道、なんとかして聞き出せないかしら?』

 チラリと横目で伺うと、ばっちり目が合ってしまった。どうやら士道たちの思惑も既にお見通しらしい。

「悪いけど、詳細をあたしから聞き出そうったって無駄だよ。そこまでは調べてないからね。言ったでしょ? 組織って苦手なのさ。報復とか怖いし、出来ることなら関わりたくもないんだ」

「……そうか、それもそうだよな。分かった。この件については何も訊かないよ」

 〈囁告篇帙〉の力は全ての情報が勝手に入り込んでくるわけではなく、自分の知りたいことだけを調べられるようだ。例えるなら超高性能の検索エンジンといったところだろうか。

「あり? 随分とあっさり引くんだね。てっきりもっと食い下がると思ってたけど」

「この話をしてる時点でもう内通者がいるって分かったようなもんだからな。それに、女の子のトラウマをほじくり返すような趣味はない」

「へぇ……」

 ニヤリと笑いながら、値踏みするような目を向けてくる二亜。そのまま距離を詰め、何故か人差し指で士道の胸板をつつき始める。

「な、なんだよくすぐったいな」

「流石女の子を7人もオトしてきた男は違うなーと思ってさ。童貞なのにがっついてないところはお姉さん的にポイント高いぞっ!」

「どどど童貞ちゃうわ!」

『見栄張る相手が悪すぎでしょ』

 使い方次第では神にも悪魔にでもなれる。それほど強大な力を悪戯に使う程度に留めてくれているのだから、協力を断られても不満はない。だが、それはそれとして文句の1つでも言ってやらねば士道の気が済まないのだった。男の子にはちっぽけだが譲れないプライドがあるのだ。

「はぁ……。くだらないことばっか調べやがって。本当になんでもお見通しってわけだな」

「なんでもは知らないわよ。知ってることだけ」

「その台詞はもっと胸が成長してから言え」

「なにおう!? 貧乳はステータスなんだぞぅ!」

『ちょっと年代を感じるネタばっかりってのは指摘しない方がいいのかしら……?』

 その後も二亜が振ってくるコアな話題を、万由里にフォローしてもらいながらなんとか捌いていると、生まれかけていた重い空気もいつの間にかすっかり霧散していた。

 

 雑談に乗ってあげたおかげで気を良くしたのか、或いは協力できない彼女なりに引け目を感じてなのか。二亜は〈囁告篇帙〉の能力を少しだけ解説してくれた。

「実は本当に全てが分かるってわけでもないんだよ。例えばあたしを精霊にした〈ファントム〉の正体は、どんなに調べても出てこない。たぶん〈囁告篇帙〉の力を阻害できるほど強い力を持った奴には効かないってことなんだろうね」

「ファントム……! そうか、二亜も元は人間だったんだな」

「あたし‶も″って言うか……まぁそれはいいか。うん、特殊能力は力量に差がありすぎると効かないってのは、ゲームでも現実(リアル)でも変わらないってことだね」

『まぁ当然よね。ドラ○ンボールでア○クマンが最強とか言ってるやつはいい加減目を覚ますべきだわ』

(また微妙なとこ突いてきたなぁお前)

「あれ、ちょっと分かりづらかったかな? つまりアク○イト光線でフリ○ザは倒せないってことさ」

「…………」

『士道、私この子ちょっと好きかも』

「分かった分かった、イメージはもう十分伝わったから」

 

 ふと二亜に目を向けると、すぐ傍の曲がり角を見つめている。何かあるのかと士道もそちらを見やるが、特に変わったものはない。代わりにあることに気付いた。

(やっべ、もうすっかり暗くなってるじゃん。早く帰らないと琴里に怒られる)

 そう思い、ひとまず今日のところは別れを告げようとすると、二亜は視線をこちらに向けないままポツリと呟いた。

「そういえば、もう1つ分からないことがあるんだよね」

「え?」

「君がもってるその天使、〈雷霆聖堂〉って言ったっけ。DEMの連中を一撃で壊滅させるようなヤバい力。……一体どこで手に入れたのかな?」

「…………」

 何故このタイミングで訊いてくるのか。その真意を確かめたかったが、相変わらず二亜は顔を合わせてくれないので、分かりようもない。

「あたしが調べた限りでは、過去のどのタイミングでもその力を手に入れた形跡はなかったんだよね。更に言えば、DEMの兵士を相手に天使なしで戦うようなスキルだって、君は持っていなかったはずだよ」

「気になるなら、調べてみればいいんじゃないか?」

「もうっ! 分かってるくせに。出来ないんだよ言ったでしょ、強すぎる相手に〈囁告篇帙〉は効かない。君の持っている天使……或いはその元々の持ち主の精霊は、あたしなんかじゃ触れることすらできないほど強大な存在……でしょ?」

 そう言って、二亜はようやく士道に顔を向ける。そこに浮かんでいたのは、僅かな好奇心と……まるで面白い悪戯を思いついたような、笑み。

 何か良くないことを考えていると、士道の勘が告げている。

 

「余計なことには首を突っ込まない主義なんだろ」

「そうだね。でも君個人に関しては別だよ少年。あたしを助けてくれたのがどんな人かってのは、やっぱ気になるもんなんだよね」

 やけに甘えた声でにじり寄ってくる二亜。これは絶対に裏がある。そう確信するも、吐息が掛かるほどの距離まで顔を近付けられ、思考がうまく纏まらない。

『ちょっと何照れてんのよ! こんな酒臭い吐息に惑わされないでよね!』

(あ、あぁ……)

「別に教えても構わないよ。俺に封印された後でならな」

「ま、当然そうなるよねー。じゃあ……」

 

 ようやく離れてくれた。そう思い気を緩めた瞬間、士道の身体に変化が起きた。

「君の記憶から無理やりにでも探ってみようか!」

「なっ!?」

 二亜がそう宣言した途端、士道の身体は金縛りにでもあったかのように動かなくなる。物理的に拘束されているわけではなく、まるで身体が脳の命令を受け付けていないような、そんな感覚。

「驚いた? 〈囁告篇帙〉は未来の出来事を記載することもできるんだよ。これに関しちゃそこまで大きなことはできないけど、『少年を少しの間大人しくさせる』くらいなら簡単さ」

 そう言って見せられた本のページには、いつの間にか拘束された士道のイラストが描かれている。

「くっ! お前、最初からこうするつもりだったな!?」

「わはは! 素直に教えてくれない君が悪いんだよーだ! さぁさぁ、少年は一体どんな性癖をひた隠しにしてるのかな~?」

「目的が変わってる!?」

 

 記憶を探られる。それはつまり、万由里の存在が二亜に知られてしまうということだ。

 そもそも万由里のことを誰にも話していないのは、何が起こるか分からない世界へ対抗するための、最後の切り札として残しておきたかったから。

 だから別に、敵対する存在でない二亜に知られてしまっても、なんの問題もない。

 ――ない、はずである。

 

(なのにどうして…………こんなにも、胸が騒ぐ?)

 得体の知れない不快感の正体が分からず、困惑する。

 

(無理やり秘密を暴かれるから? いや、別に知られて困ることはないはずだ)

「やっぱり直接会って正解だったよ。君の記憶情報、相当固いロックがかかってるけど、この至近距離ならもうちょいで……!」

 

(万由里が実体化していられるのは僅かな間だけ。1分間っていう短い時間が過ぎれば、俺以外の誰にも認知できない。寂しがりやの万由里のことを考えるなら、知っている人が増えた方がいいとさえ思える。だったら……)

「お、おおお、ついに来たか、これ……は…………」

 

(俺が恐れているのは、俺自身の記憶を探られること、そのもの……?)

 

 

 

『おい』

 

 

 

「え?」

 興奮した面持ちで本に手をかざしていた二亜の動きが、ぴたりと止まる。

 

 

 

『調子に乗るな、小娘』

 

 

 

「う……ぁ…………」

 呻き声に意識を引き戻されて士道が二亜に目を向けると、そこにはページを見つめながら顔中に脂汗を浮かべる彼女の姿があった。いつの間にか金縛りは解け、今度は代わりに二亜が蛇に睨まれた蛙のように身動きを取れないでいる。

「お、おい……? 大丈夫か?」

 

 

 

()()はお前如きが触れていいものじゃない』

 

 

 

『失せろ』

 

 

 

「ひっ!!」

「二亜!」

 突然〈囁告篇帙〉が眩い光を放ったと思うと、次の瞬間には粒子のように消滅し、同時に二亜の霊装も解除されて元のだらしない部屋着姿に戻っていた。

 士道は放心状態となってその場に倒れ込みそうになる二亜を慌てて抱き留める。触れた肩は汗でぐっしょりと濡れており、尋常ではない様子が伺えた。

「大丈夫か!? 一体何が起きたんだ?」

「わ、分からない……。君の記憶の深いところに触れようとしたら、お、女の子が……」

「女の子?」

(万由里、お前なんかしたのか?)

『べっつにー? あんたの中学時代の記憶でも見て驚いちゃったんじゃないの?』

(他人を過呼吸にするほど悲惨な記憶は無ぇよ! ……え、無いよね……?)

 それからしばらく二亜は肩を震わせていたが、士道が肩を支えてゆっくりとベンチに座らせると、段々と落ち着きを取り戻していった。

 

「いやー申し訳ない。調子に乗った上にみっともないところを見せちゃったね」

「これに懲りたらもう勝手に他人の過去を詮索するなよ。……ってのは今は置いといて、もう大丈夫なのか?」

「うん、だいぶ落ち着いたよ。少年がずっと肩を抱いてくれてたおかげかな?」

「茶化すなっての」

 自然と距離が近くなっていたことに気付き、今更恥ずかしくなって手を放す士道。二亜はその様子を見て満足げに笑うと、「どっこいしょ」とおっさん臭い掛け声を出しながら立ち上がった。

「気まぐれで会いに来ただけだったけど、今日は話せてよかったよ。ありがとね」

「あぁ、もう行くのか?」

「うん。あたしこれでも売れっ子作家だからね。結構忙しいんだよ」

「昼間っからビール呑んでるやつの台詞じゃないな」

「何言ってるのさ。給油しないと車は走らないでしょ? それと一緒だよ」

「はは、のんべぇがなんか言ってら」

 

 士道も立ち上がり、ぐっと伸びをする。短い間だったが濃い体験をして、僅かに疲れを感じていた。だが休んでもいられない。急いで帰らなければ、十香がお腹を空かせて暴れ出すかもしれないからだ。

 別れの挨拶を切り出す前に連絡先を交換していると、二亜から声が掛けられた。

「少年。あたしは君のことを気に入ったから、1つだけ忠告しといてあげる」

「急にどうした、改まって」

「まぁ聞きなって。強い力を行使するのは構わない。それで大事なものを守れるなら、あたしだってそうするよ。でもね、過ぎた力は時に人を不幸にする。それを努々(ゆめゆめ)忘れちゃいけないよ」

「……まるで見てきたような言い方だな。経験者としてのアドバイスってやつか?」

「さぁ? どうだろうね。近所のせくしーなお姉さんからの、ありがたいお言葉だよ」

 それだけ言うと、二亜は背を向けて歩き始めた。踏み出すたびにペタペタと音を鳴らすサンダルから、やけに哀愁が漂っているように感じる。

「〈雷霆聖堂〉……並みの精霊じゃ及びもつかない、それこそ神の如き力で裁きを下す審判の天使。それは一個人が持っていていい力じゃないと、あたしは思うけどね」

 

 ――そんなことはない。

 ――この力はきっとみんなを幸せにできる。

 

 そう、言葉が喉から出かかって、何故か口にすることはできなかった。結局二亜の背中が見えなくなるまで、士道はその場に立ち尽くすのだった。

 

 

 

 

 

 

「人間には過ぎた力……か。関係ねぇよそんなもん。俺は俺の目的を果たすだけだ。…………でも」

『話し相手があんた1人だと私が寂しいんじゃないかって? バカねぇ』

(いやバカって……。お前だってみんなと話してみたいだろ? 一緒に遊んだり、学校に通ったり――)

『別に私は現状に満足してるからそういうのはないわよ。まぁ、やってみたいことならあるけどね』

(それって?)

『言わない。今のままじゃどうあがいても出来っこないし。それよりも、私を退屈させたくないのなら、これからもいーっぱいお喋りしてくれないとダメなんだからね!』

(へいへい)

『何よその気の抜けた返事は! こんな美少女を独り占めできる現状に感謝して咽び泣きなさいよ!』

(ははは、めんどくせぇ~)

 いつもの脳内会話に花を咲かせながら歩き始める。と、曲がり角に差し掛かったところで、万由里が思い出したように声を上げた。

『あ、そうそう。さっきの会話、途中から2人に聴かれてたから。適当にごまかしといてね』

「は? 一体誰……に…………」

 

 

 

「随分と楽しそうだったわね士道。で? 私に黙って家を抜け出した挙句、精霊と密会してたことについて、何か言い訳はある?」

「シドー誰なのだあの女はシドーをへんな能力で縛り付けおって琴里が止めなければすぐにでも〈鏖殺公(サンダルフォン)〉のサビにしてやれたのにシドー身体は大丈夫なのかシドーシドーシドーシドー……」

「ひえっ」

 

 

 

 角を曲がると、家で待っているはずの愛すべき家族たちが、牙をむき出しにした肉食獣のように待ち構えていた。笑顔の琴里と、無表情の十香。彼女たちに共通しているのは、背後からどす黒いオーラを放っていることだ。

 曲がり角を見つめて二亜が悪戯っぽい笑みを浮かべていた理由が、やっと分かった。

(あれ、俺たち結構聴かれたらまずい会話してなかったか?)

『安心なさいな。異世界だなんだって話は2人が聞き耳を立て始めた後は一切してないわ。そういうところも含めて会話をコントロールされてたみたいね』

(まじかよ、あいつホントおっかねぇな。絶対に敵に回したくないタイプだ……。っていうか気付いてたんなら教えてくれよ!)

『問題ありそうだったら流石に止めたわよ。それよりほら、敵に回すと厄介なのは目の前にも居るでしょ。早く何とかしなさい』

「何故黙っているのだシドー! 私ではなくあの女が良いのか!? もっとすれんだぁな身体でなくてはダメなのか!!」

「え、細いのが好みなの? じゃなかった。報復があるから気を付けなさいってあれだけ教えたのに、一体どういう了見なのよ! 何かあったらすぐ連絡してって言ったわよね! だいたいその泥だらけの服はなんなのよ。まさか誰かに襲われたんじゃないでしょうね!?」

「あ、これは神社で奇声を上げてたら幼女に見られたショックで気絶して……」

「「!!??」」

 

 いつの間にか雨は止んでいたが、空は相変わらず分厚い雲に覆われている。これからしなければいけないことが多すぎて、先は全く見えていない状況だ。だが、今は1つずつ確実に解決していくしかない。

(当面の目標は、ラタトスク内にいる内通者を見つけること)

『それができなきゃ、今後精霊を攻略するたびに仲間を危険にさらすことになるわ』

(そのためにするべきことは……)

『えぇ。手っ取り早く済ませるならこれしかない』

 

 

 

(『フラクシナスのサーバーにハッキングをしかける!』)

 

 

 

『DEMからあそこまで正確な砲撃を受けたってことは、内通者はフラクシナスの位置情報をぶっこ抜いて敵に伝えたはず』

(その形跡さえ発見できれば、犯人特定への大きな手掛かりになる。お前のハッキングテク、頼りにしてるぜ万由里)

『まっかせときなさい! でもまぁ、ひとまずは』

(あぁ……)

 

 

 

「「こら! 無視するなシドー(士道)!!」」

 

 

 

 目の前の脅威をどうするか。

 それが先決だ。

 

 

 

~おまけ~

深夜に二亜から届いたメッセージ

『髪の毛って身体の一部だし、妹ちゃんの天使で再生できるんじゃないの?』

「『…………な、なるほどぉ~』」

二亜に深く感謝する2人だった。




アニメ4期はとりあえず来期ではなさそうですね。
待ち遠しいです。

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