先ほどまでのけたたましいサイレンの音が嘘のように、辺りは静まり返っている。まるで世界から誰もいなくなってしまったかのような、そんな静寂。
いや、実際に誰もいないのだ。空間震警報の発令によって、近隣の住民は全てシェルターに避難しているのだから。
――ただひとりの少年を除いて。
無残に姿を変えた校舎は、どことなく世界の終わりを連想させる。普段であれば部活や下校中の生徒で賑わいを見せる学校も、今は見る影もない。
そんな場所でひとり、士道は佇んでいた。
優しい夕陽に照らされた、誰もいない世界。崩壊していく町。
こんな光景を、以前もどこかで見たような気がする。
なんとなく切ない気分になっていると、右耳に詰めたインカムから琴里の声が聞こえてきた。
《何ぼさっとしてるのよ? 急ぎなさい、ASTが来てない今が最大のチャンスなんだから》
「……? あ、あぁ。了解」
『士道、1度体験したことだからって油断は禁物よ。 今のあんたは怪我をしたらタダじゃ済まないんだからね』
(分かってる。肝に銘じておくよ)
記憶の通りなら既にASTが待機しているはずだが、どういう訳か今回はまだ到着していないらしい。少しだけ胸騒ぎを感じた士道だったが、万由里に言われ気を引き締め直す。
琴里によると、現在空間震と共に顕現した十香は校舎内を移動している。ASTの姿も見えず、十香と落ち着いて対話するならば今しかないという訳だ。
琴里のナビゲートによって半壊状態の校舎を進んでいくと、最上階のとある教室の中に、彼女はいた。
「……ッ!」
思わず、息をのむ。
長い闇色の髪。金属のような、布のような不思議なドレス。そして女神でさえ嫉妬するほどの、暴力的なまでの美しさ。しかし、士道が何よりも目を奪われたのは、彼女の表情。
覚悟はしていた。だが、それでも――。
生きていることがつまらないとでも言いたいような十香の物憂げな表情を見て、士道は胸を抉られるような気持ちになった。
「……ぬ?」
十香は侵入者に気付いた瞬間、掌を士道へ向ける。その手には、闇色の輝きを放つ球体が浮かんでいた。
(ヤバい!)
その瞬間思い出した。出会った頃の十香は人間全てが自分の敵だと思い込んでいて、近付いてくる者に対して死なない程度に攻撃を加えようとする癖があることを。そしてそれは、相手が士道とて例外ではない。
咄嗟に目を閉じて身を竦める士道だったが、いつまでたっても衝撃が襲ってこない。恐る恐る十香の様子を伺うと、今度は何やら難しい顔をして頭を押さえていた。
「お、おい。 どうかしたのか?」
《あんたの顔を見て吐き気でも催したんじゃない?》
『あんたの顔を見て生きるのが辛くなったのかしら?』
「いちいち人を馬鹿にしないと気が済まないのかお前らは」
同時に2箇所から罵倒が飛んできて、士道はちょっと凹んだ。と、こそで十香が顔を上げる。
「貴様、どこかで会ったことがあるな……?」
「!!」
『落ちついて。十香ちゃんが言っているのは恐らく1週間前のことよ。未来の世界の記憶を持っているのは、あんただけ』
(あ……あぁ。 分かってる)
そう、分かっていたことだ。この世界の誰も、士道のことなんて覚えていない。
彼女たちと一緒に積み上げてきた時間は、思い出は。光の中に消えていったのだ。
ふらつきそうになる脚に力を入れ、真っ直ぐと十香を見据える。壊れたのならまた作り直せばいい。今ここで下を向く訳にはいかなかった。
「あぁ。1週間前の、4月10日。町の中で、俺たちは初めて出会ったんだ」
その言葉は、自分自身に言い聞かせるものでもあった。
「……? そう、だったか」
「どうかしたのか?」
「いや、なんでもない。思い出したぞ。何やらおかしなことを言っていたやつだ」
十香の目からは僅かに険しさが薄れたが、相変わらず警戒しているようで、腕を組んだまま近寄ろうとはしなかった。
《お姫様は随分とご機嫌斜めのようね士道。任せなさい。今から私たちが全力でサポートを――》
「いや、待ってくれ琴里。もう少し話をさせてくれ」
《なっ……! ちょっと、勝手な行動は――》
琴里は反論しようとするも、そこで十香が話し始めたので仕方なくといった様子で矛を収める。
「確か、私を殺すつもりはないと言っていたな。どうせ油断させておいて後ろから襲うつもりなのだろう?」
「そんなことない! 人間はお前を殺そうとする奴らばかりじゃないんだ。少なくとも俺は、お前に危害を加えるつもりはない!」
その言葉を聞いた十香は少しだけ驚いたような顔をした後、小さく唇を動かした。
「だが、私が出会った人間たちは、皆私は死なねばならないと言っていたぞ」
「そんな奴らのことなんて気にするな。お前はここに居ていいんだ」
「……!」
彼女の顔があまりにも悲痛で。本当の顔を、まるでお日さまのように眩しく笑う彼女の顔を知っているからこそ。士道は哀しみの中に囚われた十香を放っておくことができなかった。
「例え世界中の奴らがお前の存在を否定しても。 俺は、俺だけは! それ以上にお前を肯定してやる!!」
士道がよほど必死に訴えかけてくるからだろうか、十香は少々圧倒された様子で、しかし僅かに笑みを浮かべた。
「何故だろうな……。 会ったばかりだというのに、お前の言葉は心に響く。 私を受け入れる者などいないとわかっているのに、ほんの少し……お前を信じてみたくなる」
「なら……!」
「だが、だからといってお前が敵ではないと断言できる訳ではない。 そもそも、私を殺しに来たのでなければ、お前は何をしにここへ来たのだ?」
「そんなの……」
お前を救う為だ。
そう言いかけたところで、インカムから声が聞こえてきた。
《ストップ士道、選択肢よ。ここで言葉を間違えればどうなるか分からないからね。任せてもらうわよ》
琴里の冷静な声によって、ヒートアップしていた士道も押し黙る。
(くそっ……ふざけてる場合じゃないのに!)
『割と辛辣なこと言うわねあんた』
焦る士道に、琴里が選択肢を読み上げる。
①「君に会いにきたんだ」
②「なんでもいいだろ、そんなの」
③「今何色のパンツ穿いてるの?」
『あ駄目だわコレ。 完全にふざけてるわ』
《ちょっと! 何なのよ最後の選択肢は!?︎》
「俺が訊きてぇよ!」
「なんだ、自分でも何をしに来たか分からないのか?」
「あ、あぁいや! そうじゃない! そうじゃないんだ」
《ええい、総員選択!》
一部意味不明な選択肢に狼狽する兄妹だったが、琴里はいち早く判断を下し皆に指示を出す。集計した結果、①が最も得票率が高かった。
『これ選ぶ必要あったのかしら?』
余りにも当然の結果に、万由里は呆れ顔で呟く。因みに③を選択し、理由を熱弁していた約1名は、屈強な男たちに連行されて奥へと消えていった。
「お前に会いにきたんだ」
そう言うと、十香はますます訳が分からないといった表情になる。
「だから、なんのために」
その声に反応し、フラクシナスのモニターには再び選択肢が表示された。
《また選択肢よ》
①君に興味があるんだ
②君と愛し合うために
③子作りのため
「…………」
《ちょっ! ちょっと待ちなさい士道!》
無言でインカムを引っこ抜こうとした士道を、琴里は慌てて止める。
《フラクシナスのAIは優秀よ。 一見ふざけたような選択肢であっても、必ず何かしらの理由があるのよ。 ……たぶん》
なんとも頼りないフォローだった。優秀なAIと聞いて、何故だか可愛らしく首をかしげる少女の姿を想像し、更に不安を覚えた。
と、その間に結果が出た様で、再びインカムから指示が飛ぶ。
《士道、②よ》
――君と愛し合うために。
士道の記憶が確かならば、前回はこの台詞で十香の機嫌を損ねてしまった。
(ならばここは多少アレンジを加えて……)
「お前を、愛してるからだ」
『《ぶふぉっ》』
「あ」
何故か普通に告白してしまっていた。まぁ十香のことは好きだし、別に士道は嘘を吐いた訳ではないのだが。普段の彼からは考えられない大胆すぎる行動に、脳内とインカムから同時に吹き出す声が聞こえてくる。
『あはははははっ! あ、アレンジの方向が、斜め上すぎでしょ! 「愛してるからだ」キリッ! だってさ……ぷっ、くははははは!!』
《あんた馬鹿なの!? なんでいきなり愛の告白なんかしてるのよ! 段階ってモンがあるでしょうがっ!!》
士道としては真剣にやっているつもりだったのだが、同時に2方向から笑いと非難が飛んできてちょっと恥ずかしくなった。
十香の様子を伺うと、「何言ってるんだコイツ」みたいな顔でこっちを睨んでいる。
「何を言っているのだ貴様」
違った。みたいなじゃなかった。
「私のことをよく知りもしないくせに、愛しているだと? 冗談にしても笑えないな」
吐き捨てるように言葉を放つ。
(違う)
そんな顔をさせるために、ここに来た訳ではないのに。士道はグッと拳を握ると、一歩前に踏み出し宣言する。
「俺は! ……俺は冗談のつもりで言った訳じゃない。でも、何も知らないならこれから知ればいい! 教えてくれ、お前のことを。俺はお前のことをもっと知りたいんだ!」
「!」
士道の真剣さが伝わったのか、十香は少し驚いたような顔をした。
「貴様はつくづく妙な男だな。今まで出会った人間たちは会話どころか、目を合わせようとする者もいなかったというのに。一体私の何を知りたいというのだ?」
僅かではあるが、先ほどまでの剣呑な雰囲気は緩和された気がする。攻めるなら今しかない。
「例えば……名前、とか」
そう、十香を攻略する上での重要な課題。それは名前を付けてあげることだった。
「そんなものはない」
「なら、俺が付けてやる」
――来た。
そう思った瞬間、士道は間髪入れずにそう返す。
「何? お前がか?」
「駄目……か?」
少し強引すぎたかと心配になる士道だったが、十香は考えるような仕草をした後、なんでもないといった顔で答えた。
「いや、会話を交わす相手がいるのなら必要だろうからな。ただし、妙な名前を付けたらただでは済まさんぞ」
「あ、あぁ。善処するよ……」
掌に再び光球を発生させながらドスの効いた声を出す十香に睨みつけられ、士道は冷や汗を流す。
『これは前回みたくトメなんて言ったらその瞬間ミンチ確定ね。慎重にいきましょう』
(慎重にいくも何も、名前はもう決まってるんだから選びようが……)
その瞬間、インカムから意気揚々とした声が聞こえてきた。
《これまたヘビーな題材ね。でも任せなさい士道、うちはクルーも優秀よ! 今すぐイカした名前を考えてあげるわ!》
「……」
『ミンチ確定ね。慎重にいきましょう』
(2回も言うんじゃねぇ)
あーでもないこーでもないというフラクシナスの会議擬きを聞きながら、士道はちょっと気が遠くなった。
「どうした、早くせんか」
「あ、あぁ。お前の名前は……」
(早くしろ琴里! どうせトメなんだろ! 俺を殺したいのならそう言え!)
《待たせたわね士道! 彼女の名前が決まったわ。満場一致で「
「麗鐘だ」
(じゃあな万由里、お前と過ごした1週間、悪くなかったぜ)
言いながら、今度こそ士道は素晴らしい投球フォームでインカムを窓から投げ捨てた。
『死を覚悟しながらも妹の期待に応えるなんて……ピッコr、士道さぁぁぁん!!』
脳内で最期のコントを繰り広げていると、目の前の少女から死刑宣告が――。
「くららべる……中々良い名前だな」
「『嘘ぉ⁉︎』」
こなかった。
「べ、別に気に入った訳ではないぞ。人間にしてはマシなセンスだと思っただけだ。 ……それで、文字は? 文字はどう書く」
『どどどどうするのよ士道! めちゃくちゃ気に入っちゃってるじゃないのよ!』
「落ちつけ万由里。 もう1度ときを戻そう」
「まゆり? それも私の名なのか?」
『あんたこそ落ちつきなさいよ!』
予想外の事態に、2人とも思考が追いつかない。こういうときの頼みの綱だった琴里も、先ほどの見事な投球の所為で連絡不可能だ。
混乱する頭で、士道は考える。
(駄目だ……このまま十香の名前が麗鐘なんかになったりしたら……)
麗鐘と化した十香の転入。
クラスメイトから向けられる嘲笑の視線。
次第に広がっていく噂の波。
囁かれる陰口。
ばら撒かれるベースを持った俺の写真。
混沌の支配者(笑)。
(ぐあああああやめろおおおおおおおおおお)
『それただのあんたの過去話でしょうが!』
「ごめん! 俺が悪かった!」
焦りがピークに達し、気付けば士道は頭を下げていた。
「む、どうした。何故謝る」
「お前にあんな辛い思いはさせない! お前は俺が守る!!」
勢いよく頭を上げ、今度は十香の手を握り真っ直ぐと目を合わせる。
「な、なんだいきなり。その……か、顔が近いぞ」
顔を赤らめ、そわそわと落ち着かない彼女の様子にも構わず、士道は続けた。
「お前の名前はとおか。十香だ。な、いい名前だろ? な?」
「む、とーか……。悪くはないが、私はくららべるの方が」
「いいや! 絶対に十香の方がいい! 似合ってる! かわいい!」
「かわ!? 貴様からかっているのか! やはりここで……!」
「ちょ!」
目を釣り上げた十香が今度こそ士道に手を伸ばそうとした、その瞬間。
轟音とともに校舎の壁と天井をブチ抜き、レーザーが飛んできた。驚き身を竦める士道だったが、身体には傷一つ付いていない。十香の周囲に不可視の壁があり、それが守ってくれているようだった。
しかし、士道の心に芽生えたのは安堵とは正反対の感情だった。何故なら、壊れた壁から姿を現したのは、ASTでも、まして救援でもない。
(こいつらがいるなら……そりゃASTがいらないわけだ)
今更になって胸騒ぎの正体が分かったが、もう何もかも手遅れだった。
「あららァ? どうして一般人がこんなところにいるのかしラ?」
釣り目がちの双眸を更に吊り上げ、凄惨な笑みを浮かべる悪魔の様な女。
そしてその後ろで待つのは、悪魔よりも恐ろしい死神たちだったからだ。
「あーあー、まだ攻撃許可は出てねーのに。 相変わらずの血の気の多さですね、ジェシカは」
一旦言葉を切り、泣き黒子と妙な敬語が特徴的な小柄の少女は、傍らで待機しているもう1人の女に顔を向ける。
「そう思いやがりませんか? ――エレン」
「…………」
名前を呼ばれた女は、感情の灯らない冷たい目で静かに少年たちを見降ろしていた。
◆
「ったく、なーにが『頻発する精霊被害区域における人員増強』よ! こんなもん乗っ取られたも同然じゃない!」
そう怒鳴り散らし、苛立たしげにモニターを見つめるのは、AST隊長であり現場の指揮を任せられている筈の、日下部燎子だ。
事の発端は1週間前にに遡る。
彼女はいつものように精霊の顕現及び戦闘の記録をまとめ、上層部に提出した。数日前に一瞬観測された強い霊力反応の件を除けば、普段と変わらない報告書。
しかし、どういう訳か今回はそれがDEMのお偉方の目にとまり、AAAランクという圧倒的な力を誇るプリンセスに対抗するという名目で人員増強が為されたのが3日前だった。
更に、やってきた3人はASTの指揮下に入らず各々が自由に行動できること、必要があれば最大限のサポートをすることを要求してきたのだ。
もちろん、燎子にもAST隊長としての面子というものがあり、当初は余りにも身勝手なやり方に表立って意を唱えていた。
しかし、上層部のDEMに対する弱腰な姿勢と、訓練と称した3人による現隊員たちへの見せしめにより、ほとんどの者が従わざるを得ない状況に陥ってしまったのだ。
そんな中、再びのプリンセス出現に際し、戦闘準備をする隊員たちを「邪魔」の一言で切り捨てた3人は、誰の指示を受けるでもなく各々が勝手に出撃して行ったのだった。
「好き勝手やらかして私の可愛い部下たちを痛めつけてくれやがって……。 あんなやつら、プリンセスに殺られちまえばいいのよ!」
「た、隊長ぉ……。 まずいですよそんなこと言ったら……」
「こんな状態じゃ文句の1つでも言わなきゃやってらんないわよ!」
燎子は相当頭にきているらしく、脚を組んで椅子に腰掛け、トントンとひっきりなしに机を指で叩いている。
「ところで、折紙の姿が見えないのだけれど。どこに行ったか知ってる?」
「そ、それが……」
気の弱そうな隊員の1人が、恐る恐るといった感じでモニターの1つを指差す。そこには、全速力で空を駆ける折紙の姿が映し出されていた。
「モニターに男の子の姿が映ったと思ったら、止める間もなく出て行っちゃって……」
「…………この、どいつもこいつもぉぉぉ!!」
作戦室に、悲痛な叫び声が木霊した。
◆
――ヤバい。
そんな認識では甘すぎると自分でもわかるほど、士道は今危機的状況に瀕していた。
突如現れたこの女に、士道は見覚えがある。かつて美九と共にDEMに攻め込んだ際に襲ってきた女だ。詳細は知らないが、DEMでNo.2を誇る実妹、崇宮真那と互角に戦ったと聞いている以上、相当な実力者であることは間違いない。
しかもその後方に見えるのは、本来彼女を止める役割を担うはずだった真那と、人類最強の魔術師エレン・メイザース。威圧感のあるCR-ユニットを展開しながらも、眼下で暴れる赤髪の女をまったく止めようとしないことから、彼女たちが少なくとも味方ではないことがうかがえる。
(ヤバいヤバいヤバい! なんだこの状況は!? どうしてあいつらがここにいる!? いくら十香でもこの3人を同時に相手するのは無理だ!! どうすればこの場を切り抜けられる!? 一体どうすれば――)
焦る士道を他所に、十香は天使を顕現させ一触即発の雰囲気を醸し出していた。
「なんだ貴様らは。私は今大事な話をしているのだ。邪魔をするのなら容赦はしないぞ」
「随分とイキのいい精霊だこト。少しは楽しめそう?」
「…………ッ!」
ジェシカが獲物を前にした肉食獣の様に舌なめずりをすると、その瞬間十香は顔を顰めて一気に懐に斬り込んだ。
「お前……いや、お前たちか。いつものメカメカ団とは違うな。凄く……嫌な感じがする」
「あはははは! 当然ヨ! あんな雑魚共と一緒にされちゃア……たまんないわネッ!」
十香の斬撃をレーザーブレードで平然と受け止め、強引に押し返したかと思うと、彼女たちはここでは戦うのに狭すぎると判断したのか、夕暮れの空へと飛び出していった。
「駄目だ十香! そいつらは危険だ! 逃げろ!!」
慌てて窓際へと駆け寄り、身を乗り出して叫ぶも、2人の姿は既に声の届くところにはなかった。
「クソッ……何か、なんとかできないのか!?」
『落ち着いて士道。十香は未封印の完全な状態。3対1でも簡単にはやられたりしないわ。最悪隣界に逃げることもできるしね。それより今は自分の身の心配をしなさい』
確かに琴里との連絡が取れない今、士道の置かれた状況は最悪と言ってもいい。
「でも! このままじゃ十香が……!」
と、そのとき。士道の姿が影に覆われた。空中で待機していた2人のうちの片方が、士道の前に降り立ったのだ。
「あーもしもしお兄さん? ここは危険でいやがりますので、さっさと避難を……え?」
喋るのを途中で止め、少女は驚愕に満ちた顔になる。
「兄……様?」
「…………真那」
再会を喜びたいところだが、今は他にやることがある。
「真那、話は後だ。今すぐあいつらを止めてくれ。このままじゃ十香が!」
「やっぱり兄様でいやがるんですね! どうしてこんなところに……。それに、十香ってのはプリンセスのことですか? あいつは人間じゃねぇ危険な存在でいやがります。今から討伐するので、すぐ避難を――」
「あいつが人間じゃないなんて百も承知だ! 危ない力を持ってることも知ってる! でも、あいつは今の今まで俺と話してたんだ! 普通の女の子みたいに笑ってたんだよ! 殺されなきゃいけない理由なんて何もない!!」
「理由なんてどうでもいいんです。あいつらは存在そのものが罪。生きていてはいけない存在で――」
「あいつが精霊だなんてことは最初から知ってるんだよ! この世界の誰よりも! 俺が1番十香のことを知ってるんだ!」
『士道、駄目よ』
真那の口から十香を卑下する言葉が出たことで、ただでさえ焦燥していた士道のタガが外れてしまった。万由里の制止も振り切って、感情が溢れだす。
「お前らはあいつの何を知ってる!? 望んで暴れているように見えるか? 破壊を楽しんでるように見えるのかよ!?」
『お願い士道、話を聞いて。すぐにここから避難して』
「兄、様……?」
「何も知らないくせに勝手な理屈ばっかり押し付けやがって! あいつがどんなに辛い思いをしてるかも知らないで!」
『このままじゃ貴方が危ないの! お願いだから逃げて!!』
「ただそこにいるってだけで殺されそうになるあいつの気持ちを、あんなに悲しい顔をしてるあいつの気持ちを、お前らは少しでも考えたことがあるのかよ!!」
「私、は……。人類のために……私を救ってくれたDEMのために、仕方なく……」
「あいつはもう人を傷つけたりなんかしない! 人類の敵なんかじゃない! 俺がそうさせてみせる、だから……」
頼むから、十香を助けてくれ。そう願う士道の心は容易く踏みにじられた。空から何かが降ってきたのだ。それは鈍い音を立てて床に叩きつけられ、ボロボロになった霊装を身に纏い、苦悶の表情を浮かべた――。
「十香!!」
苦しげに呻く十香だった。彼女の後を追ってきたのだろう、続いて2つの機械音も近づいてくる。
「期待外れネェ。 もう少し楽しませてくれると思ったのだけれド」
「私たち2人を同時に相手をしたのだから、むしろまだ息があることを褒めてあげるべきでは?」
十香に対し余裕の笑みを浮かべるジェシカ。エレンの方もいつの間にか戦闘に参加していたようだった。真那と話している間に結構な時間が経ってしまったのか、それともDEMの精鋭が強すぎるのか、予想よりも早い十香の敗北に、士道は言葉を失う。
「ぐっ……このっ」
〈
「大丈夫か!? 酷い怪我じゃないか……」
触れる身体はいたるところから出血がみられ、無事な箇所の方が少ないくらいだった。
「離れていろ、こいつらは私が倒す。 ……ッ痛ぅ!」
強がってはいるが、相当なダメージを負っていることは明白だ。その証拠に、十香は横から身体を支えてやらないと立つことすらままならない。
「……もうやめろ、やめてくれ! ここまですることないだろ!?」
目の前の惨状に、士道は思わず悲痛な叫びを上げる。
「なぁにボウヤ、悲劇のヒロインを庇うヒーロー気取りかしラ? でも残念、そいつはか弱いお姫様でもなければ人間でもなイ。ただの……化物ヨ」
「!!」
『駄目よ士道! 下がって!!』
万由里が何か言っているようだったが、士道の耳には入らない。
(こいつは今何て言った? 十香が化物?)
「……ふざけんなよ」
誰の言葉だっただろうか、
(でも、そんなのは嘘っぱちだ。だって、傷ついた女の子を前にして、こんなにも楽しそうに笑っていられるこいつらの方がよっぽど……!)
「化物は……テメェらの方だろうが!!」
怒りに我を忘れ、敵意を剥き出しにして叫ぶ。その態度が気に食わなかったのだろうか、ジェシカは薄ら笑いをやめて目を細めると、無言のまま指先を士道に向けた。
「ジェシカ!」
真那が声を上げるも間に合わず、次の瞬間、士道の身体は紙切れの様に宙を舞い、背後の壁に叩きつけられた。
「お前!!」
『士道!!』
苦悶の表情を浮かべながら十香が、泣きながら万由里が駆け寄ってくる。
(あぁ……また、そんな顔させちまった……。笑顔にするって、そう……誓ったはずなのに)
頭を打ったのか、額からドロリと熱いものが流れ、視界を真っ赤に染め上げていく。薄れゆく意識の中で、士道は自分の弱さを呪った。
(力が……欲しい。 みんなを守れるだけの、絶対的な、力が……)
涙を浮かべ士道を抱き上げる十香の背後に、笑いながらレーザーブレードを振り上げる女の姿が見える。
最後の力を振り絞り、全力で十香を突き飛ばすと、そこで士道の意識は途切れた。