デート・ア・ライブ 士道ロールバック   作:日々の未来

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どうやら戦闘描写があるとR15タグが必要らしいので、今回から入れておきます。


第5話 命の輝き

 士道との通信が途切れた後、フラクシナスは喧騒に包まれていた。インカムを投げ捨てた士道を非難する間もなく、とてつもない力を持った乱入者が3人も現れたからである。

「AST……じゃないわね。操縦者もCR‐ユニットも見たことがない。解析急いで!」

魔術師(ウィザード)のランクはAとAA、それに……S!? これはまさか!?」

「解析結果出ました! 所属はDEM……デウス・エクス・マキナ社です!」

「聞いたことがあります。DEMの懐刀、人類最強の魔術師。エレン・メイザース……!!」

「こちとら初陣だってのに、随分と物騒なのが出てきてくれたじゃないの」

 琴里は苛ただし気に手元のコンソールをとんとんと叩き、咥えていた飴を噛み砕く。

「琴里。すぐにシンの回収を」

「え? えぇ、そうね。今回は流石に分が悪すぎるか。士道の映像回して!」

 普段通りの冷静で眠たげな令音の姿。しかし、長年の付き合いである琴里にはどこか彼女が焦っているように見えた。その様子に何か嫌な気配を感じ、すぐさまクルーへと指示を飛ばす。

 インカムは投げ捨てられてしまったが、自律カメラは生きている。士道の方に向かっていった魔術師もいるようだし、様子を伺うためにメインモニターに映すと、そこにはどことなく士道に似た雰囲気を纏った、小柄な少女が一緒に映っていた。

『兄……様?』

「え?」

『…………真那』

 琴里は驚愕に目を見開いた。自分以外に士道を兄と呼ぶ者がいたこともそうだが、どうやら士道がその存在を知っているらしいからである。そんな琴里の困惑を余所に、2人の会話は続く。

『真那、話は後だ。今すぐあいつらを止めてくれ。このままじゃ十香が!』

『やっぱり兄様でいやがるんですね! どうしてこんなところに……。それに、十香ってのはプリンセスのことですか? あいつは人間じゃねぇ危険な存在でいやがります。今から討伐するので、すぐ避難を――』

『あいつが人間じゃないなんて百も承知だ! 危険な力を持ってることも知ってる! でも、あいつは今の今まで俺と話してたんだ! 普通の女の子みたいに笑ってたんだよ! 殺されなきゃいけない理由なんて何もない!!』

 声を荒げる士道に、琴里は違和感を覚えた。いくら士道が他人の感情に敏感だからと言って、過去に1度会っただけの相手にここまで執着できるものだろうか。その答えはすぐに分かった。

『理由なんてどうでもいいんです。あいつらは存在そのものが罪。生きていてはいけない存在で――』

『あいつが精霊だなんてことは最初から知ってるんだよ! この世界の誰よりも! 俺が1番十香のことを知ってるんだ!』

「!?」

(誰よりも十香のことを知ってる……? そんなのまるで)

 まるで、昔から十香のことを知っているような、そんな言い方。

(士道は、どこかで精霊と会ったことがあるの?)

 思い返してみれば、心当たりはある。琴里が初めて正体を明かした後、士道はすんなりと精霊の攻略を引き受けてくれた。あのときは浮かれていて気付かなかったが、あまりにも物分かりがよすぎなかっただろうか。

(だとすれば、士道は意図的に精霊の情報を伏せていたことになる。誰にも悟られることなく、精霊との交流を? 何の目的で……?)

『お前らはあいつの何を知ってる!? 望んで暴れているように見えるか? 破壊を楽しんでるように見えるのかよ!?』

『兄、様……?』

『何も知らないくせに勝手な理屈ばっかり押し付けやがって! あいつがどんなに辛い思いをしてるかも知らないで! ただそこにいるってだけで殺されそうになるあいつの気持ちを、あんなに悲しい顔をしてるあいつの気持ちを、お前らは少しでも考えたことがあるのかよ!!』

『私、は……。人類のために……私を救ってくれたDEMのために、仕方なく……』

『あいつはもう人を傷つけたりなんかしない! 人類の敵なんかじゃない! ()()()()()()()()()()、だから……』

「!!」

 そこで、モニターに新たな人物が追加される。今回の攻略対象である〈プリンセス〉、士道が十香と名付けた少女だ。

『十香!!』

 苦しげに呻く彼女に駆け寄り、大切なものを守るように抱き支える士道。その姿は、とても1度しか会ったことのない者に向ける仕草ではなかった。間を置かず、続いて他の魔術師たちも空から降りてくる。

『期待外れネェ。 もう少し楽しませてくれると思ったのだけれド』

『私たち2人を同時に相手をしたのだから、むしろまだ息があることを褒めてあげるべきでは?』

 危険度AAAのプリンセスを相手にしながら、大した怪我もなく平然と立つその姿から、この魔術師たちの戦闘力の高さがよく分かる。

 立ち上がることすら困難なほど打ちのめされたプリンセスに士道は寄り添い、彼女たちを睨みつけている。

『……もうやめろ、やめてくれ! ここまですることないだろ!?』

『なぁにボウヤ、悲劇のヒロインを庇うヒーロー気取りかしラ? でも残念、そいつはか弱いお姫様でもなければ人間でもなイ。ただの……化物ヨ』

『……ふざけんなよ』

「駄目よ士道! 下がって!!」

 士道がキレたことを一瞬で察し、琴里は思わず立ち上がって叫ぶが、その声が届くことはない。

『化物は……テメェらの方だろうが!!』

 その態度が気に食わなかったのか、ジェシカと呼ばれた女は仲間の制止も聞かず、羽虫でも追い払うような仕草で士道を壁に叩きつけた。

「!!」

『お前!!』

 倒れた士道の頭からは、大量の血が流れ落ちている。琴里は一瞬息が詰まったが、すぐに冷静さを取り戻す。

「指令! 士道君が怪我を!」

「頭を強く打ったようです! このままでは危険です!」

「分かってるわ。あいつらが離れたらすぐに回収する。それにね、士道は大丈夫よ。こんなに早く披露することになるとは思ってもみなかったけど、直に回復を……」

 

 

 

 …………しない。

 

 

 

 何秒経っても、士道の怪我が回復する様子はなかった。その間にも血は流れ落ち、周囲を紅く染め上げる。

「な、なんで……? どうして……? 嫌、待って! おにーちゃん!!」

 そこで思い出す。1週間前、士道が腕に怪我を負っていたことを。あのときは大きな傷ではないから〈灼爛殲鬼(カマエル)〉が発動しなかったのだと思っていたが、よく考えれば袖が赤く染まるほどの血が出ていて傷が小さいわけがない。その後2、3日は左腕を庇うように生活していたところを見るに、結局完治まで力は発動しなかったのだろう。

(いや……まさか。使わなかったんじゃなく……使えなかった?)

「士道の霊力値を調べて」

「え? いやしかし」

「いいから早く!!」

 今まではあえて避けていた。フラクシナスのクルーたちにはまだ士道の体質のことは話しておらず、士道が大量の霊力、それこそ精霊1人分にも匹敵する力を有していることが分かれば、作戦の遂行に支障をきたすと考えたからである。しかし。

「解析結果、出ました。ランクは……F、測定不能です。霊力反応はありません」

「あ…………そん、な」

 手足がガクガクと震え、思わずその場にへたり込む。クルーたちが案じる声を掛けてくるが、全く耳に入ってこない。

(士道が霊力を持っていない? どうして? いや、それよりも、そんな士道を私は戦場に立たせて――)

 パン!

 と、小気味の好い音が鳴り響き、少し遅れて琴里の頬がジンジンと痛みだす。どうやら目の前にいる部下であり友人、村雨令音にぶたれたのだと、遅れながら気付いた。

「今すべきことは後悔することか? 違うだろう。まだ間に合う。すぐにシンを回収する準備をするんだ」

「あ……そう、ね。……ごめんなさい、少し気が動転してたわ。〈世界樹の葉(ユグド・フォリウム)〉展開! 必ず奴らを後退させて、士道を救出するわよ!」

「は。既に準備はできています」

 いつの間にか戻ってきていた神無月から頼もしい返事を貰い、琴里は少しだけ勇気付けられる。

「流石ね神無月。それに令音もありがとう。おかげで目が覚めたわ」

「礼なら後で。今はそれよりも」

「えぇ。これ以上好き勝手はさせないわ」

 様々な思いを全て飲み込み、今は目的のために全力を尽くす。こういった切り替えの早さが、軍人として鍛え上げられてきた琴里の長所でもあった。

「〈世界樹の葉〉展開中は不可視迷彩が切れるわ。みんな、覚悟しておいて頂戴」

 如何に迅速に行動できたとしても、あのクラスの魔術師たちを相手にこちらの存在を気付かせず任務を遂行することは不可能だ。そう分かっているからこその言葉だった。

 モニターを見れば、士道のすぐ傍まで凶刃が迫っている。プリンセスを突き飛ばした士道をレーザーブレードがとらえる直前、展開した〈葉〉から放たれた光弾が、近くにいた女の随意領域(テリトリー)に接触した。

『『なっ!?』』

 驚いた顔で上空を見上げる魔術師たち。どうやら間一髪間に合ったようだ。

「攻撃を続けて。一定距離離れたら即座に回収するわよ」

「「了解!」」

 モニターを見ると、魔術師たちは予想外の方向から攻撃を受けたことに動揺するのも束の間、すぐに随意領域の密度を上げ、冷静に襲撃者の分析を行っていた。

「並の魔術師なら抵抗すらできないほどの威力なのに……。どういう鍛え方してんのよ」

「足止めはできていますが、後退させるまではいかないようですね。全く、私は人をいたぶるよりいたぶられる方が好みなのですが」

「バカなこと言ってないで集中しなさい神無月。士道に擦らせでもしたら焼き土下座30秒の刑よ」

「あまり興奮させないでください司令。手元が狂います」

 軽口を叩きながらも、相手の死角を的確に狙い雨のような砲撃を浴びせ続ける。流石の腕前と嘆息しつつも、琴里は士道救出にあと一手足りないことを歯噛みした。

 やがて自称士道の妹と目つきの悪い女は〈世界樹の葉〉撃墜のためにその場を離れたが、エレンメイザースは砲撃を容易く防ぎつつそこに留まり、決してプリンセスから意識を逸らさない。

 隙をみて逃げようとする度にライフルで牽制しているところを見るに、自力での脱出は難しそうだ。プリンセスも怪我で身体が思うように動かない上に、意識のない士道を抱き抱えながら応戦しているため、ジリ貧状態だった。

「あんなに密集されるとミストルティンも使えないし、これ以上は士道が……。こうなったら私が――」

「十時の方角より高速で飛来する熱源確認! この霊力反応……ASTです!」

「なっ!? これ以上は士道が持たないわ! なんとしても撃ち落としなさい!」

「駄目です止まりません! こちらの砲撃を全て斬り落として真っ直ぐ向かってきます!」

「なんですって!? ASTにそんなことできる奴がいるわけ……ッ! あの女!!」

 

 

 

 

 

 

 鳶一折紙は軍人である。上官の命令は絶対であり、組織の為に動く。いついかなる場合でも、例外は存在しない。

(士道が危ない)

 鳶一折紙はASTである。人類を守るために日夜暗躍する、対精霊部隊。その存在は秘匿されており、機密保持のため独断専行は決して許されない。

(士道が危ない!)

 鳶一折紙はエースである。他の者の模範となるべき行動を心掛け、類稀なる戦闘力を私利私欲のために使うなどあってはならない。

(士道が危ない!!)

 鳶一折紙は恋する少女である。愛する人を守るためならば、全ての常識は意味を成さない。

 停止を呼びかける上官からの通信を切断し、人目を気にせず最短距離を一気に突き抜け、迫る凶弾を切り裂き空を駆ける。

「……見つけ……!?」

 瓦礫の山の中で精霊に抱かれ、ぐったりとしている士道。周辺の血溜まりをみて、折紙は心臓が締め付けられるような感覚に陥った。

(精霊が人質を……? いや、あれは)

 むしろDEMや正体不明の砲撃から士道を守るように剣を突き立てる精霊を見て、困惑した。しかし、それも一瞬。どのような状況であれ、折紙の中での最優先は士道の安全である。スラスターを噴かし、最高速度のまま愛しい人へ銃を向けるエレンに斬りかかった。

 これは流石にエレンも予想外だったらしく、自身のレーザーブレードを展開して防ぎつつ僅かに距離を取った。折紙はプリンセスとエレンの間に立ち、油断なく構える。

「どういうつもりですか。ASTの所属でありながら私に牙を剥くとは」

「あなたこそ何を考えているの。民間人の保護は最優先事項のはず」

「それは貴女たちの都合でしょう。私の任務は精霊の捕獲もしくは討伐。多少の犠牲が出たところで知ったことではありません」

「……多少、だと?」

 ギリ、と歯を食いしばり睨みつける。本気で他人の生き死にに興味がないのだろう。その目からは僅かな感情すらも読み取れなかった。

「お前はメカメカ団の……。どういうつもりだ」

 後ろから声を掛けられ、折紙はチラリと様子を伺う。自分たちがどれほど必死になっても傷ひとつつけられなかったプリンセスの霊装は見る影もない。肌が大きく露出しており、絶えず血が流れ落ちていた。

 今なら首を獲れる、いとも簡単に。しかし――。

「この人間に危害を加えるつもりなら……くっ。容赦は……しないぞ……!」

 ボロボロになりながらも士道を決して離さず、立ち上がって剣を構える精霊の姿を見て、折紙は不思議な感覚を覚えた。

 更にこの場に立って気付いたことがある。どうやら空からの砲撃は士道とプリンセスを守るように動いているという点だ。しかし、段々と頻度が落ちているところを見るに、ジェシカと真那が砲身を破壊して回っているようだ。

 待っているだけでは状況は悪くなるばかり。だからといって、今の状態のプリンセスに士道を渡せと言っても応じることはないだろう。ならば折紙のやることは1つ。

「その人を連れて逃げて。……私が時間を稼ぐ」

「なっ」

「ほう。私を前にして時間を稼ぐと。随分と大きく出たものですね」

 プリンセスは折紙の意図が分からず、訝しげな目を向けてくる。会話を聞きつけてきたのか、ジェシカがエレンの隣に降り立った。

「ふざけてんじゃないわヨ。ソイツらはあたしの獲物。クソむかつくそのガキも纏めて叩っ斬ってやるから、そこを退きなサイ」

「民間人は好きにして構いません。しかし精霊は殺してはいけませんよ。可能であれば捕獲を優先せよとの命令です」

「知ったことじゃないワ。今すぐコイツらをぶち殺さないとあたしの気が……ッ!?」

 怒りに我を忘れて声を荒げるジェシカだったが、突如隣から放たれた殺気に言葉を無くし、顔を青くしている。

「アイクの命令は絶対です。邪魔するなら私が貴女を殺しますよ?」

「わ、悪かったわヨ。少し頭に血が上ってたワ」

「それより砲撃の出どころはわかったのですか?」

「え、えぇ。上空に所属不明の空中艦を発見したワ。おそらくそいつが」

「なら貴女たちはそちらの対応をしてください。こちらは私1人で十分です」

「でも」

「2度は言いませんよ」

「……! 分かった……わヨ」

 ジェシカは納得していないようだったが、これ以上ここにいるとまずいと判断したのだろう。プリンセスたちを睨みつけ、再び空に舞い戻っていった。

 

 そんなやりとりをしている一方で、折紙はプリンセスへ小声で語りかける。

「そのままの意味。その人をすぐに安全な場所に連れていって」

「……どの口が言っている。今まで散々私を殺そうとしてきた癖に、今更頼み事だと?」

「今までのことを詫びるつもりはない。貴女が応じないのならその人を力ずくでも返してもらう」

「ふざけるな! お前たちなどに渡したらこの男がどうなるか分かったものではない!」

「お前こそふざけるなッ! 私が士道に危害を加えるなんてある訳がない! ……でも、それを今証明する手段はないし、そんな暇もない。だったらせめて、その人を連れて逃げて」

 それは折紙にとって正に苦渋の選択。本来であれば精霊に士道を預けるなどあってはならないことだが、目の前にそれ以上の脅威が迫っている以上、他に道はない。

(あのジェシカとかいう女は明らかに士道に敵意を持っている。恐らくあの怪我もあいつのせいで……。私が士道を連れて逃げても、確実に追ってくる。なら、手負いのコイツよりも私が足止めをする方が確実……!)

 感情を押し殺し、ただ合理的に、少しでも士道が生き残る可能性の高い選択をする。それが今すべきことだと、折紙は自分に言い聞かせた。

「早く逃げて……そしてその人を絶対に死なせないで。……お願い。これ以上、私の大切な人を奪わないで」

「お前は……。そうか、分かった」

 折紙の表情を見て、十香は何かを察したように頷いた。脚に力を籠め、折紙に背を向けて飛び立つ瞬間、少しだけ寂しそうに目を細め、呟く。

「礼は言わん。……死ぬなよ」

 数瞬の後には米粒ほどにも小さくなったプリンセスの背を見送り、折紙は目の前に集中する。

「意外。素直に見送るとは思わなかった」

「あの怪我では大して遠くへはいけないでしょう。……貴女の首を刎ねてから追いかけても大して手間は変わりません」

 とてつもない殺気をぶつけられ、それだけで折紙は全身を鋭い針で貫かれたような錯覚に陥った。意識が飛びそうになるが、絶対に引くわけにはいかない。見つめ合い、間合いを測る。そのたった数秒が、まるで永遠のように感じる。今まで幾度となく死線を潜り抜けてきた彼女だからこそ理解できる。

(こいつは強い……今まで戦った誰よりも)

 ふと、気付く。いつの間にか砲撃の音が止んでいる。代わりに聴こえてくる、別のCR‐ユニットの駆動音。

 ――死が、近づいてきた。

 

 

 

 

 

 

 十香は混乱していた。戦場を離れようと空を駆けていたら突如視界が一変し、見知らぬ機械に囲まれた部屋にいたのだから。抱いていた少年を確認すると、しっかりと自分の腕の中に納まっている。しかし、血を流しすぎたのか先ほどよりも更に顔色が悪い。

「くっ! どこなのだここは! これ以上時間をかけるわけには――」

 そのとき。正面の扉が大きな音を立てて開かれたと思うと、紅い髪の少女が勢いよく飛び込んできた。

「おにーちゃん!」

「なっ! おい貴様! それ以上近づくと――」

 〈鏖殺公(サンダルフォン)〉を掲げ制止を促そうとするも、それより先に少女は懐に、否、懐に抱いた少年に抱きついた。向けられた剣先に一瞬も臆することなく距離を詰めてきたため、刃が頬を切り裂き血が噴き出す。しかしそんなことを気にも留めず、少女は少年に縋りついて泣いていた。

「おにーちゃん! おにーちゃん! ごめん、ごめんね。私のせいでこんな……。すぐに治療するから。だから、お願いだから死なないで、おにーちゃん……!」

 十香のことなど一切目に入らない少女の様子を見て、少なくともここが少年にとっての敵地ではないことを悟る。剣を収め、少年をゆっくりと床に寝かせた。少女に続いて慌ただしく入ってきた全身を覆うような服を着た男たちが、士道を担架へ乗せどこかへ運んでいく。紅髪の少女はその傍へぴったりと寄り添い、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら一緒に部屋を出ていった。

 その様子を見送って立ち尽くす十香に、ひとりの女性が声をかける。

「……碌な挨拶もできずすまなかったね。ようこそフラクシナスへ」

 眠たげな目をした女性はこちらに向け、手を差し出してくる。十香は警戒を解かず、一歩距離をとって口を開いた。

「挨拶などいらん。それよりも、あの男は助かるのだろうな?」

「……もちろんだ。フラクシナスの全精力を挙げて必ず助ける。……約束しよう」

「ならば良い。絶対に死なせるなと頼まれてしまったからな。礼を言うぞ」

「……それはこちらの台詞だよ。あの状況からよくシンを連れて来てくれた。……本当にありがとう」

 深々と頭を下げる女性の姿を見て、十香は背中がむず痒くなるのを感じた。誰かから感謝されるなどという初めての体験をし、なんとなく居心地が悪かったのだ。誤魔化すように口を開く。

「あやつは……そういえばまだ名も聞いていなかったな。オニーチャンだのシンだのと呼ばれていたが。人に名を尋ねておきながら自分は名乗らないとは、失礼なやつだ」

「……あの状況では仕方ないさ。あぁ、彼の名は――」

「いや、いい。絶対に死なないのだろう? 次に会ったとき本人から直接聞くさ」

 照れたようにそっぽを向く十香を見て、女性は思わず笑みを浮かべる。

「む……何がおかしい」

「……いやなに。君もそんなふうにコロコロと表情を変えられるのだと思ってね。黙って険しい顔をしているよりもずっと良い」

「なっ! そんなに人の顔をじっと見るな! 斬るぞ!」

「……ふふ、済まないね。もうしないよ」

 そうは言いつつも微笑みの視線を向けられ、十香はますます落ち着かなくなった。

「……仕方ないではないか。こちらにいる間は、ずっとメカメカ団と戦っていたのだ。こんな風に誰かと話すのも初めてで……。どうしたら良いのか私にも分からん」

「……そうか。でも今の君を見ていると、満更でもないように見えるがね?」

「何? 私が?」

「……そうさ。少なくとも彼と話している間の君は、とても楽しそうだったよ。違うかな?」

「……そんなところから見ていたのか。趣味の悪い奴め。しかし……そう、か。これが楽しいという感情であれば、そうなのかもしれんな。貴様と話していると何故か落ち着く。それに、あの男と話していたときは……何か、暖かいものを感じた」

 今までに感じたことのない感情に思いを馳せていると、不意に足元が揺れた。近くはないが、どこからか地響きのような低い音が聴こえてくる。同時に女性の持つ端末から声が聴こえてきた。詳細は分からないが、どうやら緊急事態のようだ。

「……あぁ、うん。……分かった。シンの安全だけはなんとしても確保するんだ。私もすぐに戻る」

 通信を終えたことを確認し、十香は口を開く。

「あの男は皆から慕われているのだな。まぁ、あんな風に誰彼構わず愛想を振り撒いているのなら当然か」

「……ひとつ訂正するが。彼は誰にでも優しい訳ではないよ。君を傷付けた者に向かって怒るのを、君は1番近くで見ていただろう?」

「それは……」

「彼は君のことを知りたくて話をした。君が辛い思いをしたからあんなにも怒った。君ともっと分かり合いたいと思ったからこそ、名前を送ったんだ。……違うかな、十香?」

 そう問われて思い出す。あの男はこともあろうに十香に対して愛していると言った。とても真剣な顔で。からかったり嘘をついているようには見えなかった。

「私、だから……」

「そうさ。目を覚ましたら1番に話しかけてあげると良い。きっと彼は驚いて、でもそれ以上に喜んでくれるさ」

「そうか……。それはとても素晴らしいな。……そんな世界があれば、きっと私もいつか心から笑える日が来るんだろう」

「……十香?」

「でも駄目だ。それではあの男は心から笑うことができない。……今私の代わりに戦っているメカメカ団の女。あれも大切な存在なのだろう? あやつにとっては」

 そう言うと、目の前の女性は一瞬驚いたような顔をして、すぐに目を逸らした。

「……そう、だね。でも彼女ならきっと大丈夫さ。彼女らの目的は本来同じ。そこまで手荒な真似は――」

「殺されるぞ」

 十香の残酷な言葉に、言葉が止まる。

「あの女は殺される、絶対に。奴らはそれを簡単にやってのける。そういう目をしていた。本当は分かっているのではないか?」

「……」

「私はもう行く。あやつが起きたら、私のことなど忘れろと伝えてくれ。」

「行くって、何処へだい?」

「決まっているだろう。戦場に残してきた者を置いて逃げる訳にはいかないのだ」

 

 予想外の言葉に、令音は目を見開いた。

「……駄目だ。さっき自分で言っていただろう!? 殺されるだけならまだマシだ。捕まってしまえば何をされるか――」

「分かっている。だからこそだ。メカメカ団の女が殺されれば、あの男は絶対に悲しむ。私は……あやつにそんな顔をしてほしくない」

「……それは君が死んでも同じことだ」

「同じではない。私が死んでも、元に戻るだけだ。私と知り合う前の平和な日常に戻って、そこで平穏に暮らす。なんの不都合もないだろう?」

 自嘲気味にそう零す十香に、令音は実感の籠った口調で返す。

「彼は……。シンはそんな損得感情で納得できるほど、冷たい男ではないよ」

「ふっ、そうか。……なんとも厄介な男に目をつけられたものだ」

 そう呟くと、十香は背を向けた。もうこれ以上話すことはないという意思表示のようだ。

「ここから君を出さない……と言ったら」

「悪いが、力尽くでも通してもらうぞ。ここを壊されたら困るのは貴様らだろう?」

 僅かに覗かせた瞳からは、彼女の本気具合が伝わってくる。令音はひとつため息を吐くと、真っすぐに十香を見つめた。

「……分かった。でもこれだけは約束してくれ。危なくなったらすぐに逃げると」

「言われずともすぐに消えるさ。用事が済んだらな。……それと、せめてもの礼だ。露払いはしておいてやる」

 先ほどから断続的に続く振動。それは正に今、フラクシナスが襲撃を受けていることの表れだった。

 令音に届いた通信は2つ。〈世界樹の葉〉を全て撃墜した2人の魔術師のうち1人が艦を攻撃し、大きな損傷を与えたこと。そして、突如飛来した大量の機械人形たちが、艦の進路を妨害しているということ。

 十香は艦内の緊迫した雰囲気を察して、自分のやるべきことを決めたようだった。

「……私たちの目的は十香。君のように理不尽に苦しめられている精霊たちを救うことだ。それなのに逆に守らせてしまって……本当にすまない」

「成程……。そういうことだったのか。物好きな連中もいたものだな」

「私たちは組織だ。大勢の人間がいて、様々な思惑で動いている。中には打算や利益で精霊に関わろうとするものもいる。でもね……」

「分かっている。あの男は違うと言いたいのだろう? 私も馬鹿ではない。自分の目で見て少しは信用できると判断したからこそ、死ぬには惜しいと思ったのだ」

 話をしながら令音は外へと繋がるゲートを開く。十香の傷は既に塞がっているようだが、失った体力や霊力が戻っているわけではない。

「今すぐは無理かもしれない。でも……必ず。必ず彼はまた君の前に現れる。覚えておくといい。五河士道は、世界で1番、諦めの悪い男だ」

 それを聞いた十香は少し困ったように笑い、次の瞬間にはもう、そこから消えていた。

 

「…………真那。それにバンダースナッチ……。一体どうなっている」

 

 

 

 

 

 

「はあああああ!!」

 咆哮を上げ、折紙はレーザーブレードを一閃する。否、渾身の力で振り切ったはずの刃はエレンを捉える前に見えない壁、彼女の分厚い随意領域に衝突し動きを止めた。

 しかしこれは予想の範囲内。送っていた魔力を止めて刃を消失させ、距離を取ると同時にありったけのガトリングを発射する。

 発生した硝煙に紛れて背後に回り込もうとしたところで、後ろから迫る風切り音に気付き、咄嗟に地を這うほどに体勢を落とす。ジェシカが振るった刃が頭上の僅か数センチを通過して、折紙のCR-ユニットの羽をいとも簡単に切り裂いた。

 倒れた体勢のまま両手を地面につき、ジェシカに渾身のドロップキックを放つ。確かな出応えと共に僅かにうめき声が聴こえたが、ジェシカはその脚を掴み、折紙を力任せに地面に叩きつけた。肺の中の空気が一気に放出され呼吸ができなくなり、脳が揺れて吐き気に襲われる。

 休む間もなくエレンが頭上からレーザーブレードを振り下ろしてきたことを、ほとんど勘で察知し、身体を捻ってなんとか躱した。かと思った次の瞬間には別の方向から刃が振るわれ、すんでのところでブレードで受け止める。

 しかし威力を殺しきれずにバランスを崩したところで、視界の端にジェシカがこちらに銃口を向けているのを捉えた。

(避けきれない……!)

 そう判断した瞬間には既に背中のスラスターをパージし、ありったけの魔力を流し込む。破損して制御の効かなくなったユニットは行き場をなくした魔力でオーバーロードし、小規模な爆発を引き起こした。

 丈夫なはずのワイヤリングスーツを貫通して破片が身体中に突き刺さるも、爆風で吹き飛ばされることによって銃弾を躱すことに成功する。

「このクソガキッ!! 姑息な真似を……!!」

 再び遮られた視界の中でジェシカは悪態を吐くと、いつの間にか自分の脚に光る鎖が巻きついていることに気付いた。同じタイミングでエレンも異常に気付く。

 折紙は先ほどの自爆攻撃で緊急回避をするのと同時に、2人の足元に仕掛けを施したのだった。殺意の篭った攻撃ではないため反応が遅れたのか、今までの攻撃と違い成果はあったようだ。

((バインドアンカー!!))

 魔力で編まれた鎖は殺傷能力こそないが、僅かな魔力で作り出すことができかなりの強度を誇る優れものだ。無論、最強クラスの魔術師である2人ならば引きちぎるのに3秒もかからないだろう。しかし。

(やっとみせた……隙!)

 2人の丁度中間地点で、赤いランプが高速点滅する物体があった。

 

「なっ! これハ――」

「爆弾――」

 

 次の瞬間には大気を揺らすほどの轟音が響き、辺りを黒煙が覆った。ありったけの爆薬を使用したため離れていた折紙も爆発に巻き込まれ、数メートル転がったところで瓦礫に叩きつけられやっと動きを止める。

 衝撃で内臓がやられたのか、なんとか意識を保ちつつも大量に吐血し立つことすらできない。

(あの2人は……?)

 様子を伺おうと顔を上げると、徐々に黒煙が晴れていくところだった。そこにいたのは片膝をつき、半身に大きな火傷を負ったジェシカと――。

(……まさか)

 

 

 

 全くの無傷。平然と立ちこちらを見据える、エレンの姿があった。

 

 

 

「今のは良い攻撃でしたよ。捨て身とはいえよくここまで戦えたものです。褒めて差し上げましょう」

「ッ! この! ……ぐっ」

 全ての兵装を失い、全身が悲鳴を上げているのが分かる。しかしまだ、まだ止まるわけにはいかない。せめて意識があるうちは抵抗し、少しでも士道が生き残る可能性を上げる。その思いが今の折紙を突き動かしていた。

「……ほう、まだやるつもりですか。見上げた心意気ですね。貴女、うちで働くつもりはありませんか? 今までのような子供のお遊びではなく、もっと良い環境とCR-ユニットを提供できると思いますよ。私の次くらいには強くなれるかもしれません」

「……ふざけ――」

 折紙は答えることができなかった。今までの努力や仲間を馬鹿にされた怒りのせいではない。突如脇腹に走った痛みのせいだ。

 ゆっくりと触れ、ドロドロと赤い液体が溢れるのを確認したところで、やっと自分が撃たれたのだと理解する。その凶弾の主は目をむいて殺意を剥き出しにしている。

「殺す。殺す殺す殺す殺す殺す……ぶっ殺すゥゥゥ!!」

 起き上がったジェシカは手足から血が噴き出すのも構わず、折紙の前まで来ると髪の毛を掴んで強引に持ち上げた。

 苦痛に呻く折紙だったが、もはや腕を上げることも叶わない。折紙が抵抗できないと悟ると、ジェシカは醜悪な笑みを浮かべ、暴力の雨を降らせた。

 顔を、腹を、腕を足を。全身余すところなく拳で痛めつける。辺りには血が飛び散り、目を覆いたくなるような凄惨な光景が広がっていた。

「死ね死ね死ね死ね。小娘風情がふざけた真似しやがっテ! ただ殺すだけじゃ気が済まなイ。お前が泣いて許しを請うまでいたぶってから殺してやるからナァ!」

「ジェシカ。それ以上は本当に死にますよ。……聴こえていないようですね。あなたは腕は良いのに感情のコントロールがお粗末すぎる。だから永遠に3番手なんですよ」

 エレンはやれやれといった風に呟くが、止めに入るつもりはないようだ。最早痛みすらも認識できなくなった折紙は、朦朧とする意識の中で先日の士道の言葉を思い出していた。

 

『――なら力を持った人間はどうなる! 悪意を持った人間はどうなるんだ! 精霊よりも質の悪い人間なんていっぱいいるじゃないか!』

 

(だとしても……私は……)

「精霊の味方なんかしやがって人類の面汚しガ! 今すぐここで死んで詫びろォォォ!」

 

『あいつらはな、言葉を話せるんだ。呼びかければ答えてくれる。楽しかったら笑うし、悲しかったら泣くんだよ。人と同じように考えて、人と同じように……生きたいと願ってるんだ』

 

(笑いながら人を傷付ける人間と……泣きながら人のために戦った精霊。私が守るべきなのは……)

「アハハハハハハ! どうした、もう声も出ないのカ!? もっと泣き叫んでくれないとつまらないわヨォ!」

 

『俺が昔お前に絶望しないでくれって言ったのは、こんなことをさせるためじゃない!』

 

(今までの私も……コイツと同じだったの?)

「……とうとう反応もしなくなったカ。もういい、死ネ」

(士道、私は、一体どうすればいいの……?)

 ジェシカは折紙の首を掴むと、ゆっくりと力を込め、そして――。

 

 そのとき、上空から巨大な霊力爆発が起きた。空中艦の足止めをしていた100体近くのバンダースナッチはほとんどが破壊され、エンジン部の破壊を試みていた真那も大きく弾き飛ばされる。

「くっ! 今度は何でいやがりますか! 早く兄様を助けにいかなくちゃなんねーってのに!」

 移動砲台を潰した後、真那はすぐさまプリンセスの後を追った。しかし空中艦の近くで姿が消失するのを確認し、その艦が2人を回収したのだと当たりを付けたのだ。

 流石に個別兵装で空中艦を相手にするのは不利だと判断した真那は、()()()()()()()()()バンダースナッチ隊の出動を要請し、結果フラクシナスに大きな損害を与えることに成功していた。

 このまま攻撃を継続すれば墜とせる――。

 そう思った矢先、強力な霊力反応を察知。咄嗟に随意領域を展開し難を逃れたものの、物言わぬ機械兵たちは無残な姿に変えられ、地上へ落下していった。

「まだ砲台が残っていやがりましたか? いや、この反応は……!」

 CR-ユニットからけたたましいアラートが鳴り響き空を仰ぐ。そこには、虹のような幻想的な輝きを放つ剣を携えた、1人の精霊がいた。

「プリンセス……! 兄様はどこでいやがりますか!」

「ニーサマ? また新しい呼び名か。あの男なら少なくとも貴様らよりは信頼できる者たちに預けてきた。約束だったからな」

「やはりこの艦はお前の仲間でいやがりましたか。どんな組織か知らねーですが、ここで墜として兄様を取り戻す。それでしめーです」

「させると思うか?」

「はっ! 偉そうなことを抜かすんじゃねーです。さっきは手も足も出なかった癖に……ッ!?」

 プリンセスが無造作に振った剣。それが発生させた光の刃は真那のすぐ隣を通過し、空へと消えていった。余りにも速く、そして鋭い攻撃に反応さえできなかった。

(違う)

 先ほどまでのプリンセスとは明らかに違う。霊装はひび割れ、霊力値も明らかに落ちているのに、最初に会ったときよりも遥かに威圧感が増していた。

「信念なき力は唯の暴力だ。触れるものを皆傷付ける癖に、芯が通っていないからすぐに折れる。私は今まで、そんなことも知らなかった」

「一体どこからこんな力が!?」

「誰かを守るために振るう刃はこんなにも強く、美しいものだったのだな。それを私に教えてくれた者のためにも、私はここで引くわけにはいかないのだ」

「守る……?」

 その言葉に真那は違和感を覚える。プリンセスはてっきり保身のために人間を人質に取って逃げ出したのだと思っていたが、その言い方ではまるで――。

「む? 貴様はどことなくあの男と似た匂いがするな。染み付いた血の臭いと濁った瞳は、似ても似つかないが」

「なっ……黙れ! 私だって好きでこうなった訳じゃ……。人類を守るために仕方なく!」

「戯けが。戦う理由を他人のせいにするな。奪った命に責任を持てぬのなら、初めから被害者面して大人しくしていろ」

 自分の生き方を頭ごなしに否定され、真那は吠える。

「お前に何が分かる! 戦わなければ生きることすら許されない人間の気持ちが、お前に理解できるのか!!」

 それを聞くと、プリンセスはなんでもないといった風に答えた。

「分かるぞ。生まれたときからそうだったからな、私は」

「あ……」

 ふと考える。自分は精霊を殺すことが使命だと教えられた。昔の記憶がない真那にとって、自分を拾ってくれたDEMの命令は絶対だった。疑うこともせず、毎日戦い、殺し、戦い、殺し、殺し、殺し――。

(でも、もし。今までに奪った命の中に、望まない戦いを強いられた者がいたとしたら? 私のように、生まれた意味も分からず戦うことしかできない者がいたとしたら――)

『お前らはあいつの何を知ってる!? 望んで暴れているように見えるか? 破壊を楽しんでるように見えるのかよ!?』

 兄の言葉が頭の中に反響する。圧倒的な力を持つ精霊に対して、なんの武器も持たず向き合った彼は、はたして何をしようとしていたのか。

(兄様は、一体何を知っていやがるのですか……?)

 数えきれないほど精霊を殺し、擦り切れそうになった真那の心に、2人の言葉が重く圧し掛かる。思わず剣を下ろしてしまいそうになったところで、後ろから声が掛けられた。

「少し見ないうちに随分と雰囲気が変わりましたねプリンセス。強さだの美しさだのと聴こえてきましたが、ならばその強さというのを見せてもらいましょうか」

「アハハハハハ! 死に損ないが粋がってんじゃないわよォプリンセスゥ!」

「エレン、ジェシカ……」

 いつの間にか真那の近くに2人の魔術師が合流していた。先ほどまで下で鳶一一曹と戦っていたと思ったが、どうやら捨て置いてきたようだ。僅かに生体反応があるところを見るに、どうやらまだ息があるらしい。

「違う」

 凛とした声は声量があるわけではないのに、不思議とよく響く。

「何が違うと?」

「プリンセスではない。我が名は十香。心優しき者を守る剣だ。……心して掛かれよ人間共。今の私は……強いぞ」

 迷いのない瞳で前を見据えるプリンセス。その周囲に溢れんばかりの光が生まれ、それが天使に吸い込まれて眩い輝きを放つ。

 

「行くぞ〈鏖殺公(サンダルフォン)〉――【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】!!」

 

 薄明の空に、勇壮な声が木霊した。

 十香の剣戟は美しかった。それはまるで彼女の心を、生き様を体現しているかのようで。

 見る者がいれば思わず見惚れてしまうような命の輝きが、そこにはあった。

 しかし、それを最後まで見届けることなく、フラクシナスは空を駆ける。

 守るべき存在に守られ、命を賭して戦った少女たちを置き去りにして、高く高く、天へと昇っていく。

「とお……か…………」

 呼吸器に繋がれ、苦しげに呻く士道。その手を握り、涙を流す琴里。

 激しく損傷し、葉を焼き尽くされたフラクシナス。

 彼らの戦争は、完全なる敗北という形で幕を下ろした。

 

 

 

 機体から流れ落ちていく黒煙は、まるで空が流す涙のように見えた。




バインドアンカーを出した理由は好きだからです。
原作には出てきません。
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