デート・ア・ライブ 士道ロールバック   作:日々の未来

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デート回です。


第7話 狂宴と告白

 時計の針が指し示すのはちょうど午前10時。琴里と士道は現在、天宮市のショッピングモールに来ていた。十香救出に必要な物資調達のため……ではもちろんない。士道が目を覚ますや否や、琴里をデートに誘ったからである。記憶が飛んでいるのか、或いは現実逃避なのかと心配になる琴里だったが、どうやら頭ははっきりしているらしい。

 

『令音さん、しばらく琴里を借りてもいいですか?』

『いいよ』

『すみません神無月さん、後を頼みます』

『お任せください。あ、ゴムは持ってた方がいいですよ』

 

 といった感じにあまりにもスムーズに話が進んだため、琴里は自分がおかしいのかと混乱し、その間にあれよあれよと事が進められたのだった。

 そんなこんなで、2人は現在様々な店をひやかして回っていた。デートの定番、所謂ウィンドウショッピングというやつである。しかし、そこにデート特有の甘酸っぱい雰囲気は皆無であった。なぜなら――。

「おい見てみろ琴里! 挽き肉半額セールだってよ! 今夜はハンバーグだ!」

「ステンレス包丁ほしいなぁ。でも今のやつまだまだ使えるんだよなぁ……。琴里はどう思う?」

「え!? この炊飯器1つで煮物も揚げ物もできるのか!? まじかよ炊飯器界のチェ・ゲバラと名付けよう」

「なあ琴里、スコップとレンガ買ってもいいか? 今度家庭菜園始めようかと――」

「うがああああああああああ!!」

 士道がずっとこの調子だったからである。

「うわびっくりした。 どうした? ぽんぽん痛いのか?」

「違うわよ!」

 耐え切れずに爆発する琴里。しかし特に焦ることもなく軽く受け流されてしまい、それに納得がいかず更に噛みついていく。

「折角のデートなのにどうして日用品店ばっか回るのよ! もっと他にあるでしょうがスイーツの店とか可愛い服選んだりとか!」

「や、俺もちょっと考えたんだけどな。でもそういうのって今まで結構やってきたじゃん? せっかくのデートなんだしどうせなら違う方向性でいこうかと思ってさ。大体ちょっとエッチな下着選んで照れる~みたいなイベント俺たちにいるか?」

「悪くないわよ!!」

「え!? そ、そうか……。じゃあ……する?」

「しないわよ! その言い方辞めなさいよ気持ち悪い! というかなんで急にデートなのよ!!」

「えー……。もう始まってるのに今更そこに触れるか?」

 何言ってるんだコイツみたいな視線で見られるが、そう言いたいのは琴里の方だった。今は一刻を争う状況で、一分一秒ですら無駄にはできないのだ。矢継ぎ早に捲し立てる琴里を余所に、士道はやれやれといった様子で肩に手を置いてきた。

「時間が無いのは知ってる。令音さんから状況は聞いてるしな。でも言ったろ? お兄ちゃんがなんとかしてやるって。これは必要なことなんだ」

「で……でも」

 目の前で真っすぐに見つめられ、琴里の顔が赤くなる。言いたいことはたくさんあったはずなのに、力強い士道の言葉を聞いてそれらは霧散してしまった。

「約束だ、十香は必ず助ける。だから今は俺を信じてくれ」

「……分かったわよ」

 どうするつもりかは分からないが、士道があまりにも自信に満ち溢れた顔をするので、それ以上はもう何も言えなかった。琴里の返事を聞いて安心したのか、士道は肩を放し、手を握って微笑む。

「よし、んじゃデートの続きだ。確かに俺の行きたいとこばっか行って退屈させちまったな。琴里はどこ行きたい?」

「別に退屈はしてないけど……。じゃあ、ゲーセンとか?」

「この時間なら開いてるな。よっしゃ、善は急げだ!」

「あ、ちょっと!」

 士道に手を引かれ、揃って歩き出す。そのまま自然と手を繋いでしまったことに気付き人目を気にする琴里だったが、その温もりを決して振り払おうとはしなかった。

 

 ゆっくり目に歩いたつもりだったが、5分も経たない内に目的の場所へとたどり着く。今日は平日だが学校はどこも臨時休校なのだろう。パラパラと人出があるようだ。

「久しぶりに来たなゲーセン。中学の頃はよく通ってたっけ」

「あぁ、そういえばナントカって音ゲーに嵌ってたものね士道。影響されて無駄に楽器まで買っちゃって」

「『バンドの達人』な。どうしてあんなにやりこんだんだろうなぁ俺。しかもメインはギターだったのに買ったのは間違えてベースだったし」

 バンドの達人とはその名の通り付属の楽器を演奏して得点を競うゲームである。最大5人まで同時に遊ぶことができ、チームバトルや精密採点、全国ランキングといったコンテンツが充実しているため、かつて中高生の間で爆発的な人気を博したゲームだった。現在でも使用楽曲を増やし続け、コアなファンも多いらしい。

「にわかってレベルじゃないわね……。せっかくだし腕前を見せてもらおうかしら、シドー・ヘンドリックス?」

「恐れ多いにもほどがあるわ! ブランクありすぎて自信ねぇな……。ん?」

 かつて足しげく通った筐体が置いてあるコーナー近付いていくと、なにやら人混みが出来ていた。しかし、賑わっているわけではなくどちらかといえば重い雰囲気が漂っている。その原因は、どうやら筐体を占拠している2人組のようだった。

「オラオラ、次の挑戦者はいねえのか!? 兄貴を倒すって息まいてた連中はどこいっちまったんだよ情けねえなぁ。情けなくない?」

「誰も俺を倒せないんじゃ仕方ないな。約束通り今日も俺たちの貸し切りだ」

「そ、そんなぁ~。困るよお客さん」

 見れば、やたらとガタイの良い2人組が遊びに来た別の客を威嚇して遠ざけている。士道は状況が気になったのか、肩を落としとぼとぼと歩く見知った顔を見つけ、近付いていった。

「店長、何かあったんですか?」

「あぁ、ここ数日あの2人が『バン達』の筐体を占拠しててね。自分らが対戦で負けるまでは貸切だって騒いで迷惑してるんだよ。……って〈シド〉!?」

「あはは、お久しぶりです。あとその名前で呼ぶのは辞めてください」

「しど?」

「忘れろ琴里。今すぐにだ」

 店長と呼ばれた男はかなり驚いた表情で士道の顔を見ている。しかしそれよりも、自分の兄が妙な呼び方をされていたのが気になった琴里だが、士道が真剣なトーンで返してきたのでそれ以上の追及はできなかった。

 首をかしげる彼女の隣で、店長は地獄で仏に会ったかのような様子で士道に詰め寄っている。

「頼むよシド! 君ならあんな奴らひと捻りだろう? 腕に覚えのある子たちはみんな負けちゃって本当に困ってるんだよ、店を助けてくれ!」

「マジで勘弁してください! というか倒すったってあいつらアベレージ100万超えっぽいじゃないですか。簡単に勝てる相手じゃないですよ。他のお客さんも迷惑してるんだし、普通に注意するのは駄目なんですか?」

「そうしたいのは山々なんだけどね。ほら、彼らボディビルダーみたいな体格してるだろう? 正直めっちゃ怖くてさ」

「いや知らねぇよ! 琴里、今日は駄目みたいだしあっちのクレーンゲームで遊ぼうぜ?」

「と”お”し”て”そ”ん”な”ひ”と”い”こ”と”い”う”の”お”お”お”!!」

 めんどくさそうにあしらう士道の腰に縋りつき、大の大人が喚き散らす姿はなかなかに悲惨な光景だった。琴里はいたたまれなくなり、思わず助け舟を出す。

「ね、ねぇ士道。なんとかしてあげられないかしら? この人ガチ泣きしてるじゃない」

「んなこと言ってもなぁ……。ラタトスクの諜報員でなんとかできないか?」

「あら、いいとこに目を付けるわね。でも残念。普段なら有事に備えて待機してるんだけど、今は他に手を回さなきゃいけないから引き上げてるのよ」

「そっか。うーん、どうすっかなぁ」

「ん、五河じゃないか。どうしたんだこの騒ぎは」

 どうしようか悩んでいると、後ろから士道を呼ぶ声がする。振り返ると、そこにはよく知ったクラスメートの顔があった。

「殿町か。お前も来てたんだな」

「殿町さん。お久しぶりです」

「琴里ちゃん久しぶりー。ん? なんかちょっと見ないうちにすげぇ大人っぽくなった気が……」

 殿町は士道と一緒に行動することも多いので、琴里とも顔なじみだった。しかし司令官モードは別なようで、普段と違う様子に目を白黒させている。説明する気はないので、士道は強引に話題を逸らした。

「そうか? それより珍しいな。お前がここに来るなんて」

「ん? あぁ。普段は隣町のゲーセンに通ってるんだけどな。今月はちょっと金欠で」

「へぇ。そこまでしてやりたいゲームがあるのか」

「マジッ〇アカデミーはグリム〇ロエちゃんに会うための手段にすぎん。俺はゲームのためじゃなくて好きな女の子に会いたくて通ってるんだ。……分かるだろ?」

「知らねぇよ」

「くっ、このメスガキめ! 負けてない、俺はまだ負けてないぞ!」

「目を合わせちゃ駄目だぞ琴里。馬鹿が感染る」

 相変わらずの殿町節に琴里は付いていけず、あははと苦笑いを浮かべる。と、そこへ涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔の店長が割り込み、殿町の肩を勢いよく掴んだ。

「〈HIRO〉! 〈HIRO〉じゃないか!! 君も戻ってきてくれたんだね!?」

「うわ、店長いたんすか」

「このタイミングで2人が揃うなんて、これはもう偶然じゃない! 神様のお導きだよ! おぉ、アーメン……」

「いいからあいつらを警察にお導きしてもらえよさっさと」

 周りが引くほどのテンションで天に感謝の祈りを捧げる店長を見て、3人は今すぐここから離れたい気持ちでいっぱいになった。一応、という感じで殿町が問いかける。

「状況が読めないんだが……。何かあったのか?」

「タチの悪い客にバンドの達人の筐体を占拠されてるんです。それで店長さんがおにーちゃんに助けを求めてきて……」

「あー、成程。気持ちは分かるけど、俺たちにはどうしようもないな。店長、悪いけど他を当たってくれ」

「そんなぁ……」

 店長が更に何か言おうとしていたので、琴里たちがそそくさと退散しようとしたところで、男たちの無駄に大きな声が店内に響き渡った。

「ハッ! この町のバンドマン共は雑魚ばっかでつまんねぇな! ね、兄貴!」

「全くだな。昔ちょっと強い奴らが居たってんで期待してたんだが、こんだけ騒いでなんの反応も無いとなると、しっぽ巻いて逃げたんだろうさ。ま、仕方ねぇか。そいつらも所詮、ここで見てることしかできない連中と同じ“敗北者”ってことだ……!」

 

「………………敗北者?」

 

「え、急にどうしたの士道?」

 いきなり立ち止まり、無表情で立ち尽くす士道。どうやら連中の言葉に耳を傾けているようだ。尚も会話は続く。

「俺たちが1番強いわけだし、ここはもう俺たちの縄張りってことでいいっすよね。おいお前ら、これからこの店使うときはショバ代払いな! それともしっぽ巻いて逃げるか? “敗北者”みたによぉ!」

 

「……やめやめろ」

 

「と、殿町さん? なんか目つきがヤバいことになってますよ?」

「腰抜けどもはそこで見てな! じゃあ景気づけってことで一曲派手にいくぜ! 選曲は――」

 チャリン、と。男たちの演説を遮るように、1枚のコインが筐体に投入された。見れば、琴里の隣にいたはずの士道がいつの間にか壇上に上がっている。更に隣へと続く、もう1人の男。殿町も無言でコインを投入し、ギターを手に取りコードを確認している。

「あぁん? 誰だ人がせっかく盛り上がってるところで……って! テメェは!」

「あのときのクソガキ!!」

「え!? 士道知り合いだったの!?」

 琴里が驚いて声を上げるが、士道はすぐには答えずゆっくりと男たちへ向き直り、何故か片目を右の手のひらで覆い隠すようなポーズを取った。若干身体を傾けるその仕草には一切の淀みがなく、まるで何十回何百回と繰り返してきたかような流麗さだった。そのまま冷たい声で言い放つ。

「ふん、貴様らのような塵芥共と知り合いになった覚えなどない。普段なら地を這う蟻など捨て置くところだが、なかなかどうして愉快な戯言を吐くではないか。ここが貴様らの縄張りだと?」

「「「!?」」」

 固唾を呑んで見守っていたギャラリーたちが騒然とする。しかし、そんな周囲の様子を気にも留めず、更に殿町が続く。

「相手を挑発する言葉は非常に人をふるかいにする……。お前、ハイスラでボコるわ」

 こちらは片手でギターを持ち、まるで剣のように掲げるポーズだ。その姿に、何故かその場にいた全員は〈メイン盾〉という単語を思い浮かべた。

「……はっ! この間とは随分と様子が違うじゃねぇか。ラッキーパンチが当たったくらいで調子に乗ってんじゃねぇぞ。あ?」

「今度こそ俺のナイフの錆にしてやろうかぁ? そのための右手」

 雰囲気に飲まれ少々戸惑った男たちだったが、我に返ったとたん士道に敵意をむき出しにしている。暴力沙汰になるのかと心配になる琴里だったが、周囲の声を聞くと、どうやら違う理由でざわついている様だった。

「シド……やっぱりシドだよ! あの闇言語と堂に入った構え、どう見ても本物だ!」「じゃあ隣はHIRO!? 嘘だろ、KKKは解散したはずじゃあ……」「帰ってきたのよ。私たちのピンチを聞きつけて帰ってきてくれたのよ! うおぉ、KKK!」「きひひ、面白いことになってきましたわね。まさか彼があの伝説のシド様だったなんて……。あとでサイン貰えないかしら」「「KKK! KKK!」」

 突如始まったKKKコールに、何がなんだか分からず混乱する琴里。そんな彼女を余所に、会場のボルテージはどんどん上がっていった。

「喚くな類人猿。ステージの上で拳の勝負をしようなど無粋にもほどがある。ふっ、それとも言葉を解さない猿には人の世の情緒など理解できぬか?」

「本当に強いやつは強さを口で説明したりはしないからな。口で説明するくらいなら俺は牙をむくだろうな俺はパンチングマシンで100とか普通に出すし」

「兄貴、なんかこいつら変ですよ……。会場の連中もおかしくなっちまったし」

「待てよ、聞いたことがある。妙なしゃべり方と仕草、そしてとてつもない演奏テクニックで観客を魅了する奴らが天宮市にいると。まさかこいつらが噂に聞くKKK……。確かめてみるか」

「ふん。過去の栄光に興味はない。過ぎた日々を懐かしむのは死ぬ時だけで十分だ」

「黄金の鉄の塊で出来ているナイトが皮装備のジョブに遅れをとるはずはない!」

 そうこうしている間に準備が整ったのだろう。士道と殿町はかっこいいポーズ(本人談)をとって待機している。モニターにはいっそ不釣り合いとも思えるような、コミカルな選曲画面が表示されていた。

「曲は好きに選ぶと良い。だが慎重に選ぶことだな。それが貴様らへの鎮魂歌(レクイエム)となるのだから」

「どれを選ぼうと結果は火を見るより確定的に明らか」

 突然豹変した2人を見て、もはやドン引きを通り越して恥ずかしくなってくる琴里だったが、周囲は謎の言葉を聞くたびに盛り上がりを増していくようだった。

「はっ! 言ってくれるじゃねぇか。なら負けた方は土下座で謝罪、2度とこの店には近付かないってことにしようや! でかい口叩くだけの実力はあるんだろうな?」

「今更ビビったって遅ぇぞ。この曲ぶち込んでやるぜ!」

 画面にデカデカと表示された文字を見て、会場の一部からは悲鳴が上がる。しかし、壇上に立つ2人はそれを意に介さず、余裕の表情で難易度選択画面に進む。

「ほう、未だに最難関との呼び声も高い『テンスフローラル☆デッドエンド』。この試合は早くも終了ですね」

「これ以上の言葉は意味をなさない。始めるぞ……悪夢の宴を!」

「逃げ出すなら今のうち……って、迷うことなく難易度ナイトメアを選択だとぉ!?」

「馬鹿な、全国で数える程度しかフルコンできていないこの曲を最高難易度でだと!? くっ、俺たちも続くぞ!」

「おっすお願いしまーす」

 そんなこんなでよく分からないまま、バンドバトルの幕が上がった――。

 

 曲が始まってすぐに、琴里は驚愕に襲われた。会場の異常な熱気もそうだが、何よりも士道と殿町の演奏が圧倒的だったからである。

「なっ……! 士道、あんなにうまかったの!? それに殿町さんまで」

 困惑する琴里を安心させるように、隣にいた店長が肩に手を置いてきた。

「君は士道君の妹さんだね。あんなお兄さんを見るのは初めてかい?」

「え、えぇ。あの変な言い回しは昔うちでもたまにあったけど……。というか店長さん、兄の名前知ってたんですね」

「あはは、そりゃあそうだよ。ここは商店街からも近いからね。買い物袋片手に主婦と夕飯の相談する男の子はちょっとした有名人だよ」

「そんなことしてたのね……。どおりでご近所さんがやたらとうちの食事事情に詳しい訳だわ」

 名前もよく知らないような近所の住人がやたらと親しくしてくるのは、どうやら士道のせいだったようだ。何故か店長が誇らしげな顔をしながら、話を続ける。

「それだけじゃない。彼は困ってる人を見ると放っておけないようでね。おばあちゃんの荷物を持ってあげたり、交番に落とし物を届けてる姿なんかもよく目にするよ。士道君に感謝してる人も結構多いんじゃないかなぁ」

「あはは、兄らしいですね。……私もいつも助けてもらってます」

「そうか……。何を隠そう、僕も彼、いや彼らか。士道君たちに助けてもらったうちの1人でね」

「え? そうなんですか?」

 意外な言葉が飛び出し、琴里は顔を上げる。店長は演奏中の2人を見つめ、懐かしそうに目を細めていた。

「うん。3年くらい前かな。この店は不良のたまり場みたいになっててね。当時から大人気だった『バン達』をやりにくる若いお客さんも多かったから、小さな諍いが絶えなかったんだよ」

「そういえばニュースで見たことがあります。確か警察も来たとか」

「そうなんだよ。お客さんの笑顔が見たくて始めたこの商売だったけど、ご近所さんには小さい子供も多かったからね。これ以上怪我人が出るようなら店を畳むしかないって、一時は本気で考えていたよ」

 当時を思い出し苦い記憶が蘇ったのか、店長の言葉が詰まった。また泣きだされては堪らないので、琴里は先を促す。

「それを解決したのが、もしかして……?」

「そう……。謙虚なナイト〈HIRO〉、慈愛の戦士〈ザ・ラヴァ―〉、無垢なる暴力〈オーガ〉、猛毒舌〈ウィステリア〉、そして混沌の支配者〈シド〉。何を隠そう、君のお兄さんたちだよ」

「いや誰よそいつら! あたかも私の知り合いです、みたいに言わないでほしいんですけど!?」

「突如として現れたこの5人組、通称〈KKK(クレイジー・キングダム・ナイツ)〉は、その卓越した演奏によってお客さんたちを瞬く間に魅了してね。『この店は私たちの縄張りだ、文句があるなら力を示せ』って言うもんだから、みんな大人しくなっちゃったんだよ」

(綴りを間違ってる……)

 どうやら後3人も馬鹿仲間がいるらしい。今の本人たちが聞いたら顔から火が噴き出しそうな単語がゴロゴロ飛び出してきて、琴里は思わず頭を抱える。

 しかしそのままでは話が進まないので、それは一旦置いておくことにした。

「名前はともかくとして。そのやり方だとやってることはあいつらと同じなんじゃ……?」

「全然違うよ。彼らはゲームを独占することなんて決してしなかった。みんなが彼らに順番を譲るのは、彼らの演奏が好きだからで、それを強制したことなんか1回もない。むしろ、順番を守らない人やマナーの悪い人を取り締まる側だったんだよ」

 それを聞いて琴里は少し安心した。変な名前で活動しているうえに素行も悪かったら目も当てられない。それどころか店長はどうやら士道たちのことをえらく慕っているようだった。言葉の端々からそれが伝わってくる。

「懐かしいなぁ。ふふ、破壊と混沌を謳いながら、やってることは正反対なんだから。それから熱狂的なバンドブームも収まって、店もすっかり落ち着いた頃、彼らは忽然と姿を消したんだ。何も言わずに去っていった……。本当に救世主か何かのようだったよ」

「それってもしかして、1年くらい前ですか?」

「うん、そうだよ丁度1年前の春だ。よく分かったね?」

「えぇ、まぁ……」

(中学卒業して正気に戻った辺りだわ)

 当時の士道の心境を想像し、琴里の頬を汗が伝った。

「彼らは消えてしまったけど、彼らの残したものは残り続けた。こうしてみんなが演奏に聴き入っているのがその証拠さ。あの子たちは僕らにとってのヒーローなんだよ」

 

 見れば、いつの間にか演奏も終盤だった。スコアの差は僅かではあるが、士道たちがリードしている。意外と実力が拮抗していたのだろうか。

「すげぇ……。スコアボーナス盛り盛りの廃課金アバターを、レベル1のゲストアバターで追いつめてる……」「スコアなんか関係ないわ。あの心に響く美しい旋律……。やっぱり最高よKKKは」「演奏だけじゃない。見る人を魅了するあの体捌き。これが本当のエンターテイナーってやつか」「きひひ、サイン色紙の用意感謝いたしますわわたくし」「ずるいですわずるいですわ。わたくしも演奏聴きたかったですのに」「「KKK! KKK!」」

 よく分からないが、やっぱり凄いらしい。どこから湧いて出たのか、いつの間にか店内は溢れんばかりのギャラリーでごった返していた。やがて疾走感のある曲が終わり、男たちはがっくりと膝を着く。スコアは見るまでもない、士道たちの勝利だ。

 その瞬間、ギャラリーは盛大な喝采に沸いた。

「馬鹿な……。こんなことが……」

「ど、どうします兄貴、やっちゃいます? やっちゃいましょうよ!」

「やめろ! こんな大勢の前で負けたんだ。俺たちの……完敗だ」

 項垂れる男たちのもとへ、士道と殿町はゆっくりと歩を進める。その背には勝者の風格が漂っていた。

「おっと? グーの音も出ないくらいに凹ませてしまった感」

「ふん。意外に物分かりが良いではないか。だがそれでいい。それ以上進めばそこは2度と後戻りのできぬ暗黒の海なのだからな」

 琴里が意外に穏便に済ませるつもりなのだと安心しかけたところで、その予想はあっさりと覆された。悪魔のような笑みを湛えた2人が、残酷に言い放つ。

「それはそれとして、貴様ら勝負の前に何か言っていたな? 土下座、がどうとか聞こえた気がしたが?」

「俺のログにもあるな、2度とこの店に近付かないとも。死にたくないなら謝るべき。早く謝って、今まで迷惑を掛けた全てのやつらに」

「うっ……ぐぅ……」

「あ、兄貴……」

 男たちがギャラリーを見やると、刺すような視線が返ってくる。この場にいる全員が、2人を逃がすまいと構えているようだった。

「聞こえなかったか? ……詫びろ。詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ! この俺に敗北者と言ったことを詫びろぉぉぉ!!」

(え、そっち!?)

「「うがあああああ!! すみませんでしたあああああ!!」」

 楽器を放りだし、勢いよく額を地面に擦り付ける2人。やがて起き上がると、人混みをかき分け逃げるように走っていった。数秒の静寂の後、店内は再びの喝采に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 嵐の様なゲーセン訪問の後、琴里と士道は昼食を食べ終えてここ、天宮市を一望できる高台公園にやってきていた。時刻は正午を少し回ったところ。春の暖かな日差しに照らされ、時折吹いてくるそよ風が心地よい。

 因みに士道はゲームセンターを出た後、昼食を終えるまではずっと死んだような目をしていたのだが、やっといくらか回復したようだった。

「いやー驚いたわほんと。士道ってあんなにギター上手だったのね」

「あ、あぁ。まあな……」

「あんなに大勢の前で堂々と演奏して、それに台詞やポーズだって――」

「うわあああああ! 頼むからやめてくれ! だからあのゲーセンには近付かないようにしてたんだよ!」

「そう? その割にはノリノリだったじゃない。『過去を懐かしむのは死ぬ時だけで十分だ!』だっけ?」

「ぐはっ」

「いやーかっこよかったわー。最後なんか可愛い女の子にサインくれって言われてたし」

「違っ! あれは周りに求められたらで、ガイアが俺に囁いてきて……」

「また〈シド〉が出てきてるわよ。突発性の病気か何かなのかしらね?」

 サインを求めてきた少女になんとなく見覚えがある気がした琴里だったが、士道が逃げるように手を引いて走り出したのでよく見ることができなかった。

「勘弁してくれよ、卒業したんだよああいうのは。もう2度と戻ることはない、今度こそな」

「ふーん。ま、いいけどね」

 自分の知らない士道の姿をあんなにも多くの人が知っていると分かり、琴里はなんとなくモヤモヤした気持ちになっていたのだが。こうして2人きりになり弄り倒すことによって、それもすっかり解消することができた。士道を困らせてこんな顔を見ることができるのは、世界で唯1人、妹である五河琴里だけなのだ。

 琴里と士道は落下防止柵に手を掛け、しばし町を眺めていた。お互いに何も喋らないが、決して気まずい沈黙ではない。むしろゆっくりと流れる時間を感じることができて、琴里は心が満たされていくのを感じた。隣にいる兄のことを、1人の男として見ていることを改めて意識する。

 しかし今は、それよりどうしても確認しなければいけないことがあった。意を決したように、琴里は口を開く。

「……私ね。精霊を救うことは自分の義務だって、そう考えてた。ただそこにいるってだけで殺されそうになって、仕方ないから戦って、そしてまた誰かに恨まれて……。そんなの絶対に許しちゃいけないって、本気で思ってた……つもりだった」

「……うん」

「でもね、分からなくなっちゃった。どんなに呼びかけても士道が目を覚まさなくて。このまま死んじゃうんじゃないかって思ったら、怖くて立ちあがることもできなくなってた。ほんと馬鹿よね……。自分で招いた結果なのに」

「そんなに心配してくれてたんだな、ありがとう。でもほら、お兄ちゃんはもう大丈夫、なんの心配もいらないぞ」

 そう言って力瘤を作るポーズでおどけてみせる士道だったが、琴里の笑顔を引き出すことはできなかった。泣きそうな顔で、琴里は士道に向き直る。

「大丈夫じゃないわよ……。私が全然大丈夫じゃない! また士道があんな風になったらって思うと、怖くてたまらないのよ。ほら見て、今だって手が震えてる。あんなに救いたいって思ってた精霊だって、今は貴方を失うくらいならもう……。私、自分がこんなに弱いままだなんて知らなかった」

 こうして弱さを曝け出すことで士道が慰めてくれる。それを分かっていながら、琴里は不安を吐露することを止められないでいた。そんな自分に吐き気すらしてくる。

 そしてそれを知ってか知らずか、やはり士道は琴里に優しい言葉を投げかけるのだった。

「そんなことない。琴里は今までずっと頑張ってきたんだろ? 誰にも秘密を打ち明けず、弱音も吐かずに頑張ってきたからこそ、今こうやって組織のリーダーとしてみんなを引っ張ってる。違うか?」

「でも! 偉そうなこと言うだけで実際は何もできなくて! そのせいで貴方を危険に曝して……! 私が今までやってきたことは結局ただのエゴだったのよ! 自分の理想を他人に押し付けて、私は……」

 涙を堪え震える琴里の手を、士道が両手で優しく包み込んだ。そんな不安など知らないとばかりに、士道は優しい笑みを浮かべている。その仕草を、その表情を見て。琴里の心をせき止めていた何かが決壊してしまった。押さえこんでいた本当の感情が、涙と共に溢れ出て止めることができない。

「大丈夫、大丈夫だぞ琴里。……あはは、懐かしいな。昔は琴里が泣くたびによくこうしてあやしたっけか。あのときは泣き虫だったからなぁ」

「なんで……どうしてそんなに優しいのよ! 私のことなんか嫌いになったでしょう!? 幻滅したでしょう!? 唯の人間である貴方を戦場に立たせて! 自分は安全なところから見ているだけで!」

「そういう役割ってだけの話だろ? おかしなところなんて無いじゃないか」

「それがおかしいって言ってるのよ! 本来なら私が前線に立たなきゃいけないのに! 巻き込まれただけの貴方が1番危ないところにいて……。変だって思うでしょ!?」

「まぁ、確かに説明不足ってのはあるよな。よっぽどのお人好しじゃなきゃあんな所には立てないかもしれない」

「ならどうして文句の1つも言ってこないのよ! 殺されかけたのよ! もう少しで死ぬところだった! そんな目に合わせた私のこと、恨んで当然でしょう!?」

「別に琴里のせいじゃないだろ、あれは」

「私のせいよ! そんな優しさなんかいらないから本当のことを言ってよ! 恨んでるんでしょ私を! 私のことなんか大っ嫌いだって、そう言えばいいじゃない!! 精霊を救えないのも、フラクシナスが解体されるのも、悪いのは全部私で――」

 琴里はそれ以上、言葉を紡ぐことができなかった。士道に抱きしめられ、その唇で口を塞がれてしまったからだ。勢いよくキスされたため、歯と歯がぶつかって唇が切れたのか、口の中に鉄の味が広がる。驚いて動けないことをいいことに、士道はたっぷり10秒は待ってから唇を離した。

「あはは、ちょっと痛かったな」

「い、いきなり何を――」

「愛してるよ、琴里」

「――っ!!」

 囁かれると同時、琴里の全身は温もりに包まれた。どうやらまた士道に抱きしめられているらしい。突然のことが多すぎて、脳の処理が追いつかず軽くパニックを起こしている。

「琴里、愛してる。……まったく、元気がないと思ったらそんなことを心配してたのかよ。司令官なんて呼ばれてても、やっぱりまだまだ子供だな。俺が琴里を嫌いになるなんてある訳ないだろ」

「でも、でも……」

「不安なら何度でも言ってやる。愛してるよ琴里。……大好きだ」

 その瞬間、琴里の司令官としてのメッキは完全に剥がされた。そこにいるのはもう、唯の少女で、泣き虫な女の子で。そしてお兄ちゃんのことが大好きな、1人の妹だった。

 

「う、うあぁぁぁ! ごめん、ごめんなさいおにーちゃん、うあぁぁぁぁぁ」

 

「うぅっ……ぐすっ」

「ほら、ハンカチ。あははすごいな、さっきの店長より酷い顔してるぞ」

「笑わないでよ! 嫌われたんじゃないかって本当に怖かったんだから……」

 士道から受け取ったハンカチで顔を拭くと、ぐっしょりと汚れてしまっていた。琴里の顔がどんなに酷い状態だったかがよく分かる。

「今更こんなことぐらいで嫌いになるかよ。10年も一緒にいたんだぜ俺たち。不安ならもう1回言ってやろうか?」

「いっ! ……いいわよもう。十分伝わったから。その、士道が……私のこと好きだってこと」

「そうか。いや、でもなぁ」

「な、何よ?」

 恥ずかしいのでもう十分だと言いたかったが、士道はどうやら満足していないようだった。勝手に人の唇まで奪っておいて、これ以上何が足りないというのだろうか。

「いやほら、俺は琴里のこと大好きだって伝えたけど、そういえば琴里は何も言ってくれてないなーと思ってさ。あれー琴里は俺のこと好きなのかなぁ。お兄ちゃん不安だなぁ~」

「んなっ!?」

「ん? どうなんだ琴里。言ってみ? ほら」

 ニヤニヤと笑いながら近付けてくるその顔に、1発ぶち込んでやろうかという考えが浮かぶ。しかし、立ち直るきっかけを、そして何より深い愛情を与えてくれた手前、流石にそれはできないと自重した。

「ぐっ、この! 後で覚えてなさいよ……」

「え、なんだって? よく聞こえないぞ?」

 惚れた弱み、とでもいうのだろうか。きっと士道が向けてくれるものと琴里のそれは、少し違うものなのだろう。しかし、今はそれでも良いと思えた。

(いつか……必ず振り向かせてみせるんだから)

 そんな思いを込めて、琴里は宣言する。

「……………………きよ」

「ん?」

「あぁもう! 好きよ! 好き好き大好き! 私もおにーちゃんのこと大好き! 世界一愛してるんだからッ!」

「お、おぉー」

 ぜぇぜぇと息を切らしながら、顔を真っ赤にして士道の顔を睨みつける。達成感と羞恥心が混ざりあって、しかし悪くない気分だった。

「はぁ、はぁ……。ほら、これで満足したでしょ。おにーちゃんの馬鹿」

「う、うん。なんかごめん。あと、謝るついでにもう1つ悪い知らせだ」

「え?」

 士道が後ろを指さしているので、嫌な予感がしながらも琴里はおそるおそる振り向いた。はたしてそこには。

 

「……DEMに動きがあったので伝えに来たんですが。……お邪魔でいやがりまいたか?」

 

 引きつった笑みで頬に汗を垂らす士道の実妹、真那の姿があった。

「……ちょっとタイミングが悪かったみたいだな」

 数秒後、琴里の絶叫が木霊したのは言うまでもない。




七罪から攻略しちゃう士道君と中二病真っ盛りの士道君を尊敬してます。
どうすればあんな台詞思いつくんでしょうか。
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