地獄の沙汰もキミ次第!   作:歌うたい

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プロローグ:6【こしあんかつぶあんか、それが問題だ】

「ふう、やれやれじゃ。歳を食うと枝に服を引っ掛けるのも苦労するわい。政庁も気を利かせて、儂を抱き上げる美女アシスタントの一人や二人、用意してくれてもよかろうにのう。渚もそう思わんか?」

 

「1ミリたりとも思わねーっすね」

 

「かーっ、男の浪漫が分からん奴じゃ。おぬし、付くもん付いとるんか? ん?」

 

「いや男の浪漫は分かんぞ? 単にイオ爺だけが良い思いすんのは癪ってだけ」

 

「やだこの子、儂に辛辣過ぎる⋯⋯」

 

 

 数分前の職権乱用具合を見りゃ、誰だって辛辣にもなるわ。

 甲羅背負った仙人に負けず劣らずのスケベ爺に、世間は冷たい。従って、長いものには巻かれる主義な俺も当たりが強くなるのは当然の摂理だ。

 尽くす愛想は、初めてましてから一週間ではやくも品切れになった。入荷予定は勿論、ないです。

 

 

「そういえば渚よ。ウチらに何か用があるのではないかの?」

 

「あぁ、そうだった。ほいこれ政庁からの書類」

 

「なーんじゃ、相変わらずお主は事務所のパシリ要員か。二十歳手前の男が情けないのう」

 

「エヴァの尻に敷かれてる爺に言われたかないな」

 

「全くじゃの。渚よ、そんな助平爺は放っといて、ウチと一緒にどら焼き食べようぞ」

 

「あいさー」

 

 

 チクチク口撃を挟むイオ爺にメンチ切ってると、服の袖をエヴァがくいくい引っぱる。

 さっきの女の人も無事処理したし、ここらで休憩入れようという事だろう。

 

 ちなみに衣領樹周辺にベンチとかはない。

 つまり、椅子になってくれというエヴァからの合図でもあるのだ。

 

 

 可愛い幼女の椅子になれる。

 どーよこの字面だけでも漂う圧倒的勝ち組感。

 そこいらのヒモニートと同じと思って貰っては困るのだよワトソンくん。

 おめーも尻に敷かれてんじゃんというツッコミは、残念ながらNGします。

 

 

「あむあむ⋯⋯うむ! おんしの作る菓子はほんに美味じゃ。仕事の疲れも吹き飛ぶのう!」

 

「どーも。しかし⋯⋯こしあん派か、つぶあん派か。あんこ大戦争は一体いつ終結するんだろうね」

 

「んなもんつぶあん派を滅ぼすまでに決まっとろう」

 

「人は分かり合えないのか。そういう偏った過激な思想が、戦いの輪廻を回すんだって気付くんだよイオ爺!」

 

「ほうかほうか。そんじゃあ、別の戦争はきのこ派と以後和解する方向でええんじゃな?」

 

「ああん?! 強制された相互理解なんて道徳の授業で見せられるが○こちゃん並に意味ねーんだよ! 立てよたけのこ派! たけのこの派よ立て!」

 

「そういうとこじゃぞ」

 

「ウチは美味しければなんでも良いのじゃ。うまうま」

 

 

 それはそれ、これはこれ。なんて便利な言葉。

 あ、エゴだよそれは!と突っ込んだら負けな。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「けぷっ、食べた食べた。おかげさまで昼からのお務めも果たせそうじゃ。ありがとの、渚」

 

「どいたまのりたま」

 

 

 気の速い地獄鴉が鳴く昼下がり。

 どら焼きをパクついて満足したのか、膝上のロリっ子のご機嫌な鼻歌が鼓膜をくすぐる。

 ただ、仕事疲れってやつなんだろうか。

 無邪気に預ける小さい背中は、くたっと脱力していた。

 

 

「しっかし、朝から夜までお務めってなかなかにハードよな。仕事て苦労すんのは地獄も現世も一緒か」

 

「ヒモニートが言う事かい。じゃがまぁ⋯⋯苦労が増えたのは事実か。死者の数自体は昔の方が多かったんじゃがのう」

 

 

 地獄は変わった、がイオ爺の口癖だった。

 

 この世に変わらないものはない。

 時代も文化も流行も、無垢も純粋もあの子のスカートの中も、万物は往々にして諸行無常。

 要はその枠組みに地獄も入ってる、ってだけの話しなんだろう。

 時の流れの性急さに振り回されるのは生者だろうが死者だろうが人外だろうが一緒なのだ。

 

 

「死人に口無しとは言うが、今や死者は夜鶯よりも盛んに鳴きおるわい」

 

「昔の亡者は、基本的に抜け殻みたいな状態だったんだっけ」

 

「そこまでは言わんが、精々が相槌を打つ程度じゃったのう。それが今や、やれ『現世の方が地獄』やら『生きてたって仕方ない』やら『世の中クソ。死んだ方が勝ち組』やら。死してなお、生前の愚痴を吐く者の多いことよ」

 

 

 死者は本来、まっさらな状態で三途の川を渡ることが多く、茫然自失だったり覇気がない状態なのは当たり前。

 むしろ自分が死んだという自覚がなく、魂が肉体に剥がれた際の衝撃で、俺みたいな記憶喪失に陥る者も居たらしい。

 故に昔は、地獄の裁判も淡々と施行されるのが殆どだったようだ。

 

 

 だが、現状は違う。

 

 はっきりとした自我を持ち、中には「こせいをだいじに。」な風潮をあの世にまで引きずる、悪い意味で活発な死者ばかりなんだとか。

 

 

「そうだのう。ウチが先代様に聞いていた死者の様子とも全然違う。この前なぞウチを見るなり『リアルのじゃロリキタァァァ!』と叫んだり、『黒髪幼女⋯⋯ここが楽園だったのか⋯⋯』と涙を流す死者もおったし」

 

「いやそりゃ特殊なパターンでしょどー見ても」

 

「うんにゃ。昨日もおったぞ、二人ほど」

 

「驚きの変態率⋯⋯」

 

 

 エヴァの言うケースは個性、ってより性癖を大事にしてる死者だから別だろうけど。

 一昔前では考えられなかった死者の事変。

 それが今じゃ当たり前になるほどに増加してるらしい。

 

 

「これも時代かのう。死してなお不平不満を愚痴るだけならまだしも、よほど現世に疲れたのか、中には再び人間に上がる(生まれ変わる)ことすら嫌がる者もおる始末じゃ。心寂しき時世よな」

 

「昔の方がマシだったって?」

 

「さてのう。昔は昔で、戦争やらで命が安かった時代よ。おぬしと代わらん小僧共が列を作り、三途の川を渡っていた事を思えば、一概には言えんが」

 

「そっか」

 

 

 昨晩は早々に事務所の客事情についてまぁいいかで済ませたけど、それは単に俺達が楽観主義ってだけが理由じゃない。 

 相談事務所への客が少ないのは、死者達の現状に寄るところが大きいってのがあったからで。

 

 

 現世の鬱屈とした社会が原因なのか、或いは別の理由でもあるのか。

 地獄で過去を思い浸る人生じゃなかったとばかりに、死者は裁かれるか、上がりを拒否し停滞を望む。

 

 つまり、次の人生についての相談なんて考えられないほど、今の死者達はネガティブに染まってる。

 火鈴の言う『需要がない』ってのは、そういう事なんだろう。

 

 実際、俺が拾われての三ヶ月間。

 人間の相談客が来たことなんて、一度も。

 

 

『⋯⋯ごめんなさい。その頼みは聞けない』

 

 あぁ、いや。

 

『⋯⋯此処は、相談事務所。出来るのは⋯⋯"相談だけ" だから』

 

 そういえば⋯⋯一度だけ、あったっけな。

 

 

 

「ナギ? どうしたんじゃ、急に黙って。どら焼き食べ過ぎてぽんぽん痛いのか?」

 

「違う違う。ちょっと考え事してただけだって」

 

「やれやれ、真面目な話の最中だと言うのにお主っちゅー奴は」

 

「サーセン☆」

 

「それ謝るっちゅうより煽っとるよな? ねぇ?」

 

 

 いかんいかん。つい回想に浸ってしまっていた。

 ついでにイオ爺に雑な対応してしまったけど、まぁイオ爺だから良いやね。毎度の事だし。

 

 

「⋯⋯ま、いっそ今のお主みたいに、死人共が黙っていてくれれば儂らも楽なんじゃがの」

 

「そんなにか」

 

「口を開けば恨み辛み、自分がいかに不幸だったか、自分がいかに報われなかったかを延々に愚痴っておる。その心情を分からぬとは言わんが⋯⋯聞いておるだけでこっちの気が滅入りそうじゃわい」

 

「うむ。暗い話は暗くなるだけじゃからの。どうせなら好きなものとか甘いものとか、はっぴーな話をすれば良いのじゃ」

 

「カカカ。儂も女体についてなら前のめりで盛り上がってやれるんじゃがの」

 

 

 エヴァの幼稚ながらも真理をつく一言に、難しい顔をしていたイオ爺でさえ(ほころ)んだ。

 暗い話は暗くなるだけ。全くだ。

 人も鬼も、鬱々としているだけじゃ上手く生きられない。

 

 

「地獄の者が死者の悲嘆に引きずられるなど本末転倒。じゃが、我らとて心を持つ。感情の様な煩わしいモノと早々に縁を切れる訳でもない。彼岸此岸を問わぬ世の常よ」

 

「ストレスはいつだって生物の天敵だからな」

 

「然りよ。心の病は感染るものじゃ。死者から役人へ。役人から住人へ。蝕むように広がり感染る。それはかの大王様とて同じことじゃった」

 

「⋯⋯あぁ。閻魔大王、か」

 

「様をつけんか、年功序列を弁えんやつめ。お主のような生意気な小童なら、出会い頭に即抜舌(ばつぜつ)じゃ」

 

「せめて嘘ついてから引っこ抜いてくれませんかね」

 

 

 地獄ともなれば、かの有名な閻魔大王も当然居る。

 けれどイオ爺の言うネガティブの連鎖が祟って、その閻魔大王も随分前に心労と過労で倒れてしまったらしい。

 

 誰もが知る地獄のトップさえも崩れた。

 ならもう、死人がただ愚痴ってる、なんて単純な受け止め方をしてはいられない。

 

 心を蝕む病魔を食い止める、処方箋が必要になる。

 

 

 

「昔と今。どちらがマシとは言えぬ。どちらも間違ってはおらんのだろう。じゃが、死者が死者としての自覚を忘れ、死よりも次の生を恐れる今が⋯⋯儂は、正しいとは思えぬよ」

 

「それは、"ざまぁ裁判"のことを言ってんの?」

 

「さてのう」

 

 

 しかし。

 地獄が解決策を編むのに必要としたのは、原因の研究、探求の様な根気と時間を必要とする作業ではなくて。

 

 

────さぁて、本日もやって参りました⋯⋯地獄裁判のお時間です!!

 

 

 

 手っ取り早い⋯⋯"麻酔薬"であった。

 

 

 

 

「儂にはもう、分からぬ」

 

 

 

 顔に似合わぬ哀愁を風に残したイオの呟きが。

 ひどく渇いて、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むおおぉ、見よ渚! 次の死者はこれまたすんばらなおっぱいさんじゃぞ! ぐふふ、さぁさぁ休憩は終わりじゃ、仕事の再開と行こうぞエヴァよ!」

 

「そういうとこだぞショタ爺」

 

 

 

 そりゃあ世も末だよホント。

 

 

 

 

 

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