『渚』
『どした?』
『買い物、行こう』
『なん⋯⋯だと⋯⋯』
突然だが、身近な人物が普段とは真逆の行動を取ってるところを目にしたら、どうリアクションするのが正解なんだろう。
例えば、どっかのショタ爺が急に美女に興味を持たなくなったとか。
例えば、俺がたけのこの町を愛さなくなったとか。
例えば、普段引き篭もりがちな人間に外出に誘われるとか。
まぁ今回のケースでいうと最後のやつなんだが、それは置いといてだ。
大概は⋯⋯二択だと思うんだよな。
どっかで頭ぶつけたんじゃないかと危惧するか、天変地異の前触れを疑うかの二択。
「空を見上げて⋯⋯どうしたの⋯⋯?」
「槍降って来ねーなーって」
「?⋯⋯馬鹿なの?」
「もうちょいオブラートで包む事覚えようか」
「分かった⋯⋯お馬鹿なの?」
「やれば出来るじゃん」
「⋯⋯ふ」
どうやら天変地異はないらしい。
ちょっと雲が多いくらいの青空の下、隣のリコリスはドヤ顔で胸を張っていた。天然め。
「んで、どこ行くんだっけか」
「政庁前、極楽通り」
「極楽通り? おいおいがっつり繁華街じゃねーか。大丈夫かお前」
「⋯⋯?」
「いやあそこは昼も夜も滅茶苦茶賑わってんじゃん。リコリス人口密度多いとこ駄目っぽそうじゃん?」
「⋯⋯それは偏見。引き篭もりだからって、人多いのが駄目な⋯⋯訳じゃない」
「じゃあ平気なのか?」
「⋯⋯へ、平気とは言ってない」
駄目じゃねーか。
そんなに露骨に目を逸らされたら丸わかり不可避だし。
けどもそこは気付かないフリをして欲しかったようで、白い頬がぷくっと膨らんだ。
⋯⋯と、そんなこんなな珍道中を経て。
「相変わらずスゲーな此処」
若干拗ね気味のリコリスを連れてやって来ましたよ極楽通り。
流石は地獄唯一の繁華街だ。
大通りには居酒屋を始めとした食事処や、日常品から何に使うのか分からない物が並ぶ雑貨屋と、レトロな店舗や施設がずらーっと並んでる。
大通りを行き交う雑踏もまた目まぐるしい。
だが一番目を惹くのは、練り歩く歩行者達の種類だろう。
所々に人間や、さして人と容姿の変わらない鬼も見られるが、中にはがっつり異形な妖怪だったり化生だったり。
死者人外がごちゃ混ぜに歩く絵面はまさしく百鬼夜行。
苦手な奴は泡吹いて倒れかねない光景がそこには満ちていた。
「で、着いた訳だが。何買うつもりな訳?」
「ゲーム」
「ですよねー。てか、それならいつもみたく火鈴に頼まなかったのか?」
「今日、火鈴はお休み」
「ん? あぁ、そういやそうか。知り合いの役人さんと飲みに行くとか言ってたっけな」
「そう。それに⋯⋯火鈴には、頼めない」
「なんで?」
「⋯⋯最近、ゲームしすぎって怒られた」
「オカンかよアイツ」
「おかんむりだった」
「そういうことじゃなくてね」
誰が上手いこと言えと。
しかし、だとしたらこの状況にも納得だな。
さしずめ鬼の居ぬ間にって奴だろう。かといって一人で買い物はインドア少女にゃハードルが高いから俺を誘ったと。こやつ、娯楽にかけては意外と抜け目ない。
「今日のことは内緒⋯⋯⋯⋯だめ?」
「へいへい」
上目遣いに小首傾げのコンボとは、やりおる。
悔しい、でも見惚れちゃう。とはいえどっかの爺みたい鼻の下伸ばすのは渚の沽券に関わるので、必死にそっぽを向いた。
となると、必然的に極楽通りの雑踏に目が行くのだが。
(⋯⋯賑わってるよなぁ、地獄にしちゃぁ)
感嘆と呆れが混じったものが、スルリと喉から落っこちる。
例えば現世の人々にこの光景を見せた所で、ここが地獄だと言って納得出来る奴がどれほど居るだろうか。
確かに、妖怪やら鬼やらフィクションとして描かれる化生が生きてはいる。けれども、どこか想像よりおどろおどろしくないというか、思ったより近代的なのだ。
街並みはそれこそ栄枯浪漫の大正時代が近しい。
けど少ないながらも現代的な洋服を扱う服屋も普通に並んでたりとちぐはぐ。
インフラ面もそうだ。
当たり前のように電気が通ってるし、アナログなブラウン管テレビやレトロゲームがある。けれど固定電話や携帯電話、インターネットは未開通。
灼熱地獄を利用した火力発電施設や少ないながらも放送局はあるらしいが、通信サービス会社は無い。
ゲームセンターは無いが、本屋や銭湯なんかがある
スーパーは無いが八百屋や魚屋はある。中にはマジックソルトなど現代的な現世の調味料とかが、しれっと商品棚に並んでたり。
そんな風に
だから大通りを流すだけで「こういうのは無いのか」とか「なんでこれがあんだよ」みたいな驚きがちらほらあって、結構面白かったりするのだ。
「⋯⋯酔いそう」
「やっぱ人混みは駄目みたいですね」
まぁ人口密度高いのが苦手なヤツは面白がる余裕もないんだろう。
目的地に向かう内に人波に揉みに揉まれたせいか、リコリスの無表情が徐々にグロッキーな顔色へと変わっていった。
「渚⋯⋯おぶって」
「マジかよ。こんな天下の往来でそんな目立つ真似をしろと?」
「大丈夫、恥ずかしくないよ」
「リコリスの大丈夫って、怒らないから正直に言いなさいばりに信用出来ないよな」
「へるぷみー⋯⋯」
「⋯⋯はぁ」
人混みは苦手な癖に、人の目は気にならないとか良く分からんやつである。もしかしたら単に歩き疲れただけという可能性が無きにしもあらず。
しかし、放っといたら放っといたでダラーっと道端に寝転がりそうだ。リコリスならやりかねん。怠惰が服来て歩いてるようなもんだし。
どうしたもんかねと頭を悩ませた、その時。
「────いィィィやっはぁぁぁぁーー!!!!」
何やら世紀末に汚物消毒してそうな輩の快哉が、極楽通りに轟いた。
「退けどけどけー!! 鞍馬連合のお通りだァァァ!!」
「立ち止まってんじゃねーぞ馬鹿野郎このやろーめぇ!!」
「大通りの渋滞など関係ない。そう、天狗ならね」
「ひっ、うわぁ!?」
「ひえっ!?」
「"暴空族"!!? 伏せろー!」
蜂の巣をつついたような騒ぎにつられて、そちらに目を向けてみれば。
なんと、大きな翼を背中から生やした男達の集団が、極楽通りのスレスレを超スピードで滑空しているではないか。
目を凝らして見れば、集団の一人一人が頭襟を被り、黒い特攻服らしきものを纏っている。
こいつらはアレか、烏天狗って奴か。
でもなんか、一羽あだ名がジョブズって呼ばれてそうな奴まで居たけど。
「ひゃはは! 退きやがれよ羽根なし!」
「⋯⋯っと、あぶなっ!?」
「渚、伏せて」
「お、おう」
思わずガン見してたら、危うく一羽の烏天狗に轢かれるところだった。
咄嗟にリコリスが手を引いてくれたから助かったものの、過ぎ去る時に聞こえたブォンって音からして、ぶつかればタダじゃ済まなかっただろう。
そのまま周囲に倣って身を伏せてる間に、狂騒は次第にざわめきへと戻っていった。
どうやら嵐は過ぎ去ったらしい。
「ふぅ、ギリギリだった⋯⋯リコリス、あいつらなにもん?」
「⋯⋯暴空族。飛ぶのが自慢な
「なるほど。あぁいう手合いは、どこにだって居るもんか」
暴空族。
つまりは鴉天狗達で構成された暴走族ってことか。
若気の至りってやつなんだろうかね。暴空族の連中、見た感じ外見年齢なら俺と変わらないぐらいだったし。
世が世なら、SNSとかで調子に乗って人生ぶっ壊してそう。
「鬱憤晴らしって事かね。それならいっそ釣りとか迷惑かかんねーことしてて欲しいもんだ」
「⋯⋯うん」
イオ爺の言う
動機の真偽はともあれ、傍迷惑には変わりない。
出来れば二度とお目にかかりたくないもんだ。
「でも」
「でも?」
「おかげで注目されない。今が、ちゃんす」
「⋯⋯
急な嵐の到来で、てんやわんやしてる往来をチャンスと申したか。ほんと変なとこで肝が据わってやがるよコイツ。
別に暴空族サイドにそんな思惑があったとは思えないが、迷惑な連中がもたらした思わぬ副産物には素直に乗っかる辺り、リコリスは大物かも知れない。
「快適」
「結局おぶらされるのね」
「れっつごー」
「へいへい」
しかし、やはりヒモとは宿主の強権には逆らえない生き物である。
気の抜ける掛け声を放つご主人様を仕方なく背負いながら、俺は目的地に向けて足を進めるのであった。
ん? 背中の感触?
控えめに言って、最高だっぜ!