お気楽そうなトレーナーとナイスネイチャがほのぼの?頑張る話 作:たーぼ
勝った。
勝ったのだ。
あのトウカイテイオーに、有馬記念で、GⅠレースで見事に勝ったのだ。
現実味がないのは
気分は高揚し、あんなに死闘を繰り広げた後なのにも関わらず足取りは軽かった。
今は駆け足で控え室に向かっている。そこではきっと渡辺輝が待っている。GⅠ勝利を共に分かち合う場所としては一番適している所だろう。
控え室のドアのすぐ目の前まで来ている。
ネイチャは扉を開けた。そこで待っていたのは当然この喜びをぶつけたい相手である。
ネイチャを待っていたであろう男性は待ってましたと言わんばかりの優しい表情で口を開こうとして、
「……おかえり、ネイチャ。まずはレース優勝、本当におめで」
「ごめんトレーナーウイニングライブあるから後でね!!」
バッサリと流されたのであった。
「とうってええっ!? ここは普通忙しい中でもお互いしんみり勝利を分かち合うシーンじゃないの!? いつもはちょっと話していくじゃん! 今日に限ってどうした急に!?」
雰囲気ぶち壊しの流れにツッコミが止まらないトレーナー。想定していた流れを崩された人間はよほどアドリブが効くような者でない限りただただダサい烙印を押されて終了するのである。
わなわなしているトレーナーへ余計な視線を向ける余裕もなく、せっせとライブの下準備を済ませたネイチャは鞄を持ってまたドアへ向かう。
その直前。
「だって、
「……、」
何も言い返せないような顔でトレーナーはネイチャを見るしか出来なかった。
もはや呆気に取られていると言った方が正しいか。
ドアノブに手を掛け、去り際に少女は言う。
「そろそろアタシも抑えられないから行ってくるね。積もる話はライブが終わってからで」
控え室を出て走る。
本当は今すぐにでもトレーナーの胸へ飛び込んでいきたかった。飛びきり褒めてほしかった。頭を撫でてほしかった。ありとあらゆる感情がネイチャをトレーナーの方へ駆り出そうとしていた。
しかし全力の理性でそれを自身で阻む。
そういうのは全部終わってからだと、そう思ったから。時間のない今それを実行すると必ず名残惜しくなってウイニングライブに支障をきたすかもしれない。だから我慢する。
ライブを終えて、一番が自分なのを確実に証明してから全部トレーナーにぶつける。
そのための我慢なら簡単に出来る。トウカイテイオーに勝つ事を考えたらこんなのは余裕だ。
口元が綻ぶ。
それはレース勝利への余韻か、トレーナーの隠された期限が解消された事への喜びか、ようやっと自分の気持ちをトレーナーにぶつけられるという高揚感か。
おそらく全て。
故にネイチャは走る。全てを勝ち取って、全てを手に入れるために。
「……勝ったからいつもの流れはない、か」
GⅠレース初勝利と、そう言われたら納得してしまうしかない。あの様子を見るとネイチャも相当気分が高まっていたはずだ。
憧れのトウカイテイオーと競り合った上で勝ち、もぎ取ったGⅠレース1着。最強のウマ娘を確かに実力でもって抜き去ったのだ。
息を漏らす。呆れた溜め息だけど、その表情は柔らかいものだった。
ちなみに抑えられないと言っていたのは何だったのだろうか。センターで歌えるライブへの高揚感とかその辺か、と適当な辻褄合わせをしてから去って行ったドアの方へ目を向ける。
「……本当に、よく勝ったな」
自分も控え室を後にする。
勝利を分かち合うのは後でもいい。まずは、担当ウマ娘の晴れ舞台をしっかりとこの目に焼き付けるのが先だろう。
──────
ウイニングライブが終わった。
とめどない拍手と歓声が響き渡り、有馬記念は本当の意味で綺麗に終わる事が出来た。
「はぁっ、はあっ……」
ウイニングライブが終わると同時にネイチャはまた走る。
簡易シャワー室で速攻で汗を流しいつものトレセン学園の制服に着替え、控え室を目指す。これはレース終わりではよくある事なので、大抵その隙間時間にトレーナーは控え室で帰る準備をしているのだ。
いつも控え室に戻るとトレーナーはいつでも万全に帰れるようにしてくれている。まあ控え室で少し時間潰しに反省会や雑談する事も多かったのだが。
しかし今日の目的は違う。反省会や雑談ではない。この胸に秘めた気持ちをぶつけるのだ。
汗を流し身体は綺麗にした。一応頑張って走った後の汗は勲章ものだから気にしなくていいと言ってくれたのはトレーナーだが、それとこれとでは話が違う。
乙女にはどうしても汗だくのままでは言えない事もあるのだ。というかこれに関してだけは絶対に譲れない。
抑えられない気持ち。恋愛感情だという事に気付いてからはどんどん膨れ上がっていったような気がする。
今ではもう表面張力のようにギリギリ以上の想いが溢れそうになっていた。もうダメだ。ここまで我慢したのだから、もう爆発させても良いだろう。
さっきトレーナーの顔をまともに見なかったのは、見てしまったが最後、普通にフライングで言ってしまいそうになるからである。
だけどもうそんな心配もしなくていい。相手の気持ちなんて知らない。理解を得ようとなんて思わない。とりあえずありったけの気持ちを身体でぶつけてやる。
恋する乙女はブレーキを知らないのだった。
控え室のドアが目に入る。あの中に想い人はいる。ネイチャの速度が上がった。
バンッ! と、勢い良く扉を開けると中にいた人物が少し驚いていた。
その顔を見た瞬間、ネイチャは自分の顔がどうなっているのかすら分からずズカズカと室内に入る。
そしてそのまま足早に駆け寄り、
「うおっ、何だビックリしたネイチャか。そんな急いでどうし……うわっと」
「……っ」
自分の顔をうずめるようにトレーナーの胸へ飛び込んで抱き付いた。
「……………………………………………………………………………………………………ん? あれ、えっとぉ……?」
そして当の抱き付かれた張本人は脳内ハテナマークの嵐が吹き荒れていた。
問題、控え室でウイニングライブの余韻に浸りながら鼻歌まじりで帰宅準備をしていたら急に担当ウマ娘がドアを勢い良く開けていきなり飛び込んで抱き付いてきた。さあ、どのような反応をすればいい?
「あ、あのう、ね、ネイチャさん? これは一体全体どういう事でございまするのでしょうか……?」
正解なんて彼女いない歴=年齢の渡辺輝が分かるはずもなかった。何かもう言葉遣いが変にばらつくレベルで挙動不審になっている。
そして少女からの返答はない。反応がなければこちらもどうすればいいのか余計分からなくなるのだが、本当にいったいどうすればいいのだろうか?
ただ一瞬、部屋に入ってきたネイチャの表情を垣間見た時、どんな顔をしていたか。
少し紅潮したような頬で、眉もちょこんと吊り上がっていたような気がする。ウイニングライブに行く前、彼女は言っていた。
抑えられそうにないと。あれはウイニングライブの事ではなく、もしかするとレースに勝った事への喜びの感情を言っていたのか?
だとすれば何だか当てはまるような気もする。というかそれ以外考えられない。
(初のGⅠ勝利、だもんな)
嬉しくない訳がない。喜ぶなんて当然で、何とも言えない高揚感をどこかにぶつけたいのも必然だろう。
約3年間GⅠレースの勝利を目標としていた渡辺輝だってこんなにも嬉しいのだから、己の脚で勝ったネイチャは自分より喜んでいたって何ら不思議ではない。
何より、自分にはネイチャに隠していた事がある。今年の年末までにGⅠレースで勝利しなければトレセン学園を離れなければならないという事。
それを期限ぎりぎりでこの娘は勝ってくれたのだ。渡辺輝の抱えている事情なんて知らないのに、勝利をもたらしてくれた。そういうのを含めて、自分はネイチャに言わなければならない事がある。
こうした時、どのような反応をすればいいか。そんな事は分からなかったけれど。
GⅠ勝利、条件クリア、憧れのトウカイテイオーに勝った事、師匠である滝野勝司に勝てた事、それらを全て含めて、だ。
顔も見えないネイチャの頭に優しく手を乗せる。一瞬耳と尻尾がビクついたように見えた。
レースが終わったらいつもしていた事だ。勝っても負けても頑張った担当ウマ娘を称える渡辺輝特有の行為。
もはや慣れた手付きで少女の頭を撫でる。シャワーを浴びた直後だからか、ほんの少しシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。
そんな事もお構いなしに、渡辺輝は言う。
「GⅠレース、優勝おめでとう。ネイチャ」
先ほど言えなかった言葉を今度こそ言った。
「それと、勝ってくれてありがとな」
様々な意味を含めたお礼。ネイチャの知らない部分も感謝の気持ちを入れる。
少女はまだ顔を上げない。よほど嬉しくて咄嗟に抱き付いてしまったのが急に恥ずかしくなって顔を上げられないのか、涙を誤魔化してるのかは分からないが、こういう時は無理に顔を上げさせない方が良いだろう。
彼女が喋れないなら、自分が言葉を紡ぐだけだ。
「最後までネイチャを信じて良かったって、本気でそう思えたよ。柄にもなくレース中に大声出しちまったし、トレーナーとしてはあんま見せたくない姿だったんだけど、ネイチャを見てたら我慢できなくてな。気付いたらトレーナーとしてじゃなく俺個人としてネイチャを応援してた」
本当に、思えばらしくないとは思う。
トレーナーだから担当ウマ娘を鼓舞するようにレース中でも声を上げる者はいる。それは決して間違っていないし、実際それに応えるために頑張るウマ娘だっているのだから。
ただ、自分はそういう方向性とは違うのではないか。と勝手ながらに渡辺輝は自分をそう評価していた。あくまでトレーナーとして最後までレースを見守る事が自分の役目だと、そう思っていた。
しかし期限が最後まで迫りあの土壇場で出てしまった声援は、きっと焦りもあったのだろう。
自分の中に課していたルールを無自覚に破ってまで出た声は、不甲斐ないと思われても仕方ない事だと思う。
だけど、だからこそあの叫び声は紛れもない本心であり、ネイチャが勝つと信じていたからこその言葉だった。それもあってだろうか。
「けど、不思議と叫んでた事に嫌な気分はこれっぽっちもなかったんだ。むしろ清々しかった。これがネイチャなんだ。あれが俺が担当してるウマ娘なんだぞって、他のみんなに言ってやりたい気分だったよ」
優しく撫でながら、
「ネイチャが勝って改めて思ったんだ。やっぱり俺の目に狂いはなかった。ネイチャを選んだ事は間違いなんかじゃなかった。ネイチャの走りに一目惚れして正解だった」
確信を持って言う。
「『ナイスネイチャ』。その名の通り、『素晴らしい素質』を持ってるってみんなに証明できた事が、俺にとっては一番嬉しかったんだよ」
ふるふると震えながらもまだ顔を上げてくれない少女に苦笑いしつつ、こんな勝利の分かち合いになるとは思っていなかったが、こんな喜び方もまた自分達らしいかと思い直す。
そしてここからは本来言えるかどうか分からなかった事だ。
「だから」
ネイチャが今日勝ってくれたから言える言葉。
自信を持って言える。自分達はここまでじゃないと。
「
そこにどれほどの重みがあるのか、彼女はおそらく知らない。いいや、知らなくてもいい。
これは渡辺輝が勝手に抱えた事情で元々彼女が抱える必要のない事情だ。だからネイチャは何も知らないまま、いつもと変わらず過ごしてくれればそれでいい。
そういう意味でも、軽く捉えてくれれば変わらない日常が再び待っている。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」
いや、それにしても何も喋らなさすぎではないかこのウマ娘?
一応こちらが言葉を紡ぐだけとは思っていたがこうも何も返事がないといっそ不安になってくるというか、ただ恥ずかしい台詞言ってるだけのイタいヤツみたいになってきそうで怖い。
一方的に色々気持ち吐き出して何言い出してんのとか言われたら普通に心が折れる音がしそうな雰囲気である。
気の許せる相手といる沈黙の時間は何とも思わずむしろ心地良いと言われているが、これに関しては普通に気まずい。とにかく何か言ってほしい。
(あれ、俺もしかして変な事言った? 気付かない内にドン引きされるような事とか言ってないよな? ネイチャってこんな黙ってる娘だったっけ!? いつもは結構適当な事とか言い合ってるのに何この不自然な沈黙!? ちょっと誰か助けてシラオキ様ーッ!!)
もはや神頼みしかなかった。いくら何でもこれはキツい。
こっちにも色々限界があるという事を理解してほしい。というかいったいいつまでくっついているのだろうか。
担当ウマ娘とは言ってもネイチャも成長して今では立派な美少女だ。こんなにも密着してくっつかれるとさすがに思うところは出てきてしまう。
いいや決してふしだらな思いとか下心とかある訳ではなく。誰かに見られでもしたら普通にトレーナー人生の危機に陥るんじゃないかという不安が胸にいっぱいいっぱいであった。照れもあるにはあるが。
何かもドギマギするしかない。今も撫でている手は止めようにも止められずタイミングを逃してしまう。
このよく分からない状況を打破してくれる助け舟はないのか。見られたら見られたでマズいが、いつまで経ってもこのままだと精神的にヤバい。
と、腰に回されていた少女の両手に少し力が入った。
未だに顔を上げないが尻尾は軽く揺れている。しかしどういった感情なのかまでは読めない。
それは唐突に来た。
「好き」
音源はすぐ下で顔をうずめている少女からだった。
トレーナーの胸に顔を埋めているため声は籠りがちでボリュームも小さめだったが、特にラノベ主人公のようなご都合的難聴癖がある訳でもない渡辺輝はしっかりと聞き取る事が出来た。
その上でだ。
「………………………………………………………………………………はい?」
この大バカ野郎は素直に聞き返すしかないのだった。
ちゃんと聞き取った上でネイチャが何を言っているのか、何を言いたかったのかの意味をよく理解していない。もしかしたら何かの聞き間違いかもしれないと、そんな可能性すら込めて聞き返す。
対してネイチャもそう来ると想定していたのか、顔は上げないままでも今度はハッキリとこう言った。
いつまでも鈍感なヤツに分からせてやるように。
「大好き」
どうやら聞き間違いでも何でもなかったらしい。本当に渡辺輝の中で数秒間世界が止まった気がした。
レースの時とは違う意味で息を呑む。この少女の真意は何だ。何をどうしていきなりこんな事を言ってきた。勝利を分かち合うのにそんな事を言う必要があるのか? 女の子の心はいつまで経っても分からない。
「……えーっと……それってもちろんライ」
「ライクじゃなくてラブの方だから」
どうしよう。逃げ場を閉ざされた。自分の思っていた勝利の宴はこんな感じではなかったはずだと渡辺輝は焦る。
お互いバカみたいに笑い合って喜ぶものだと思っていたのに抱き付かれて急に告白されるなんていったいどういうシチュエーションなのだ。
しかも彼女いない歴=年齢で告白された事もした事もない渡辺輝にとっては全くもってどうすればいいのか分からない状態である。
簡単に言えば脳内が混乱していた。
(ええっ、なにっ、これどういう状況? ホントに俺って今告白されてんの? 担当ウマ娘に? いや担当ウマ娘て! 年齢的に考えても普通におかしいだろこれ!! 初めての告白が大分年下の娘だし自分の担当ウマ娘って何だよっ! これどこの引き出しに入れるのが正解なわけ!?)
文字通りテンパっていた。
ウマ娘やレースに関してはほぼ全てにおいて詳しいトレーナーでも、こと恋愛においてはただの
そして時間は止まってくれない。世界は今でも平等に進んでいくのだ。
時計の秒針がチクタクとだけ聞こえる。それだけ室内が静寂に包まれている証拠だった。
少女はまだ離してくれない。離そうにもウマ娘の力に勝てる訳ないのでがっちりホールド中なのである。
まあ今離そうとすればそれはネイチャの気持ちに応えられないという暗に否定してしまう行動に繋がるので迂闊には出来ないが。沈黙が苦しい。ネイチャ的には次はトレーナーからの言葉を待っているのかもしれない。
(どうしたもんか……)
ぐっと、僅かにネイチャが背中に回していた手でトレーナーのスーツを軽く握る音がした。きっと不安な気持ちもあるのだろう。
せっかく念願のレースに勝って本当は喜びたいのに、今は不安の中にいると考えると少し心が痛む。
控え室のでかでかとある鏡を見てみる。自分の顔も少し赤くなっている気がした。
無理もない。担当ウマ娘とはいえ、これまでの人生の中で初めて告白されたのだから。しかも美少女ときた。こんな展開などあり得ないと3年前の自分ならそう思っていただろう。
悪い気はしない……とは思う。よほど嫌いな相手じゃない限り告白されるのは嬉しい事なのだから。
しかしトレーナーという立場上の事を考えると素直に首を縦に振れない自分がいた。傍から見ればどうだろう。自分の担当ウマ娘に手を出したクソ野郎と思われる可能性だってあるはずだ。
嬉しさと困惑、それと恐怖も若干入り混じっていた。
初めて告白されたのに何だこの複雑な気持ちは。いっそせっかく期限ギリギリで条件をクリアしたのにトレーナーを辞めて無理なくネイチャと恋人関係になっても大丈夫だろうか。
いや、それはそれで本末転倒かもしれない。本物のバカがする事だ。
うねる。捻る。必死に脳内を。どう答えるのが正解か。ネイチャを傷つけない方法はないかを絞り出せ。
「……やっぱり、ダメ……かな……」
待ち切れなかったのか、堪え切れなかったのか、ぎゅっと両手に力を入れたネイチャは俯いたままか細い声でそう言った。
違う。そうじゃない。そんな声を出させるために危険を承知でネイチャの担当になったんじゃない。いつまでも笑っていてほしいから選んだんじゃないのか。
少女の力を証明して、自分も正しかったと胸を張って言えて、ならその先は何だ。
この先も彼女と一緒に歩んでいこうとさっき言ったのは誰だ。そこにどんな気持ちを込めて言った。親愛だけで収まっていたか。本当にそうなのか?
と、ここまで考えて、渡辺輝はある事に気付く。
そういえば、さっきから自分はネイチャと恋人関係になること自体に関しては全然否定的ではない事に。
立場上の事を考えているだけであって、年齢的なのも含めてだって、それさえなければまるで自分もそう望んでいるかのように思っていないか?
これまでの彼女との思い出を振り返ってみる。何というか、嫌な思い出は一つもなかった気がした。マイナス的な思い出さえも、ここまでの糧として頑張ってこれた証拠となっている。
振り返ればいつも笑っている彼女がいた。
呆れたように、けれど対等に微笑んで歓談してくれる彼女がいた。
仕方ないと言いながらもほとんど毎日弁当や夕飯を作ってくれる彼女がいた。
最初は捻くれて斜に構えがちだったけれど、内心では負けず嫌いでいつも頑張っている彼女がいた。
そうだ。
気付けば自分の生活の中にはいつだってネイチャがいた。
どうあがいてもそれだけは紛れもない事実で、心地よかった思い出である事も間違いない。
立場上が何だ。年齢差が何だ。それで何を言われたって思われたって、自分の気持ちに嘘を付く理由になんて絶対なりはしない。
つまり、答えは最初から決まっていたのかもしれない。
再びネイチャの頭を撫でる。
「そうだな」
「ッ」
どういう意味で捉えたのか、少女の身体はビクンッと震えた。
だけど安心させるように渡辺輝は紡ぐ。誤解を与えないように。自分の気持ちをハッキリと。
「正直に言えば今はまだちゃんと答えてやる事は出来ない。色々と面倒な事とかたくさんあるからな」
諭すように、だ。
成長していてもトレーナーの中ではまだネイチャは子供の範疇を出ていない。そう、
「だけど、ネイチャがもっと成長して年齢を重ねて、ちゃんと自分で大人になったと思ったらでいい。その時にまだ俺を本当に好きでいてくれるなら、その時は俺から言わせてもらうよ」
小刻みに震えだすのは少女の身体。
誤解を与えずに言えたのか、ちゃんとその意味を理解してくれたからか。微かに聞こえるのはか細い嗚咽だった。
今まで俯いていた少女はようやっと顔を上げる。
レースで勝ったとは思えない表情で、あまりにも似つかわしくないほどの涙目だった。
流すのは悲しみの涙ではない。
ここでは喜びの涙だけでいい。
優しく微笑む。
どこまでも真っ直ぐで、自分の期待に応えてくれて気持ちをぶつけてくれた少女に伝える。
これからの将来、きっと同じ言葉を言うと確信して。
「好きだってな」
──────
年も明け、4月に入り新学期が始まろうとしていた。
桜が咲き誇り散りゆく中で、新しい出会いや蕾から芽が開花しようとしている。
『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』。
通称『トレセン学園』。
東京都府中市にあり、全国に存在しているウマ娘トレーニング施設の中でも最先端、最大規模の施設を誇り、また教育機関としても確立されている。
全国からスターウマ娘を目指すためにわざわざ中央へやってくるウマ娘もいるほど、今や『トゥインクル・シリーズ』は日本だけでなく世界でも注目されているのだ。
そんなトレセン学園では今日、ウマ娘の実力を測る選抜レースがあった。
自分の実力を示すと同時に、結果によってウマ娘を育成し、共に重賞と呼ばれるG1レースやドリームトロフィーを目指すトレーナーにスカウトされるなどといったウマ娘にとってもトレーナーにとっても大事な行事である。
当然、好成績を残したウマ娘ほど様々なトレーナーからスカウトされるお決まりとなっているのだ。
つまり、デビュー前のウマ娘にとって今だけは本番のレースよりも一着を取れるか取れないかで将来が色々決まってしまうほどの重大な出来事なのだが。
「……ふう」
「ランニング終わりっと。ほいお疲れ」
「ん、ありがと」
スポーツドリンクをネイチャに渡す。
僅かに空いた時間でトレーニングをしていた2人は時計を確認すると、2口ほど飲み終えたネイチャが先に切り出してきた。
「あ、もうすぐ選抜レースの時間じゃん。あっちのレース場でやるんだっけ」
「ああ、そろそろ移動するか」
タオルで軽く汗を拭きながらネイチャはトレーナーの横に並ぶ。
「や~、今年はどんなキラキラ新入生が来ますかね~」
「毎年結構な数のウマ娘達が入学してくるし、それだけ有望な若い芽もあるだろうからトレーナーとしちゃ気になるな」
「トレーナーさんのお眼鏡にかなう娘がいたらスカウトするんでしょ?」
「まあそのつもりだけど……」
桜の木々が並ぶ中庭を歩きながら選抜レース場へ向かう。
少し詰まったように渡辺輝が聞く。
「その、いいのか?」
「何が?」
「いや、ほら、結局有馬記念で勝ってから俺の評価も上がったせいで、理事長からめちゃくちゃ頭下げられて結局ネイチャ以外にも他のウマ娘をチームに入れる事になったからさ。その、最初らへんにお前以外のウマ娘はスカウトしないって言ってたあれ、なくなっちまった訳だろ? その事に関してどう思ってんのかなって」
元々専属トレーナーという無茶振りを条件付きで認めてもらい、有馬記念でそれをクリアしたのにも関わらず、むしろそれでネイチャや渡辺輝の評価が思った以上に上がり理事長から頭を下げられ結局チーム・アークトゥルスに他のウマ娘もスカウトする事になった経緯がある。
厳しい条件をクリアしたトレーナーには理事長の提案を断る権利もあったのだが、トレーナーが理事長に半泣き状態で頭を下げられたら断るものも断れない。
まあ3年間ネイチャと共に過ごし経験を積んだ今なら他にウマ娘を入れても大丈夫だとは思うが、ネイチャの気持ちも無視してはいけないと思った故の質問だ。
それを聞いて、本当はトレーナーの事情も知っていたネイチャは人差し指を唇に当て少し考えてから、あっけらかんと答えた。
「ん~、前までならちょっと思うところはあったけど、今は何とも思ってないよ。むしろ全然ウェルカム~って感じ」
「え、そうなのか?」
「うん」
拍子抜けな返答がやってきた。
もっとこう、唇を尖らせて不満を言うのかと思っていたが、少女は知らない内にもっと成長していたらしい。
「だって」
無数の桃色の花びらが風に吹かれ舞い散る中で、赤い髪を靡かせながら少女は微笑みながらこう言った。
「他の娘達を見てても最後にはアタシのとこに戻ってきてくれるって分かってるしねっ」
「っ」
思わず見惚れてしまった事を内心で認めるしかなかったトレーナー。
今の彼女は桜と相性が良すぎる。一瞬目を背けて、あくまでそんなに意識はしてないとアピールするために軽口を挟んでみる。
「え、何その独占力。そんなもんどこで覚えてきたんだ」
「いやぁ、もうここまできたら遠慮してる方がおかしいかなって」
「そんな性格だったっけかお前? てか近い、え、近くない?」
「トレーナーさんの1着はアタシだしね。何なら腕でも組んじゃおっか? なーんてっ。トレーナーさん攻めたら結構リアクション初心だから面白いんだよね」
「ちょっとやめて良い歳した男からかう女子高生なんてどこのラノベ展開だよある訳ねえだろそんなもん!」
「それがアタシ達ならあったりして」
「……、」
何だか最近ネイチャのアタックが激しい件について。
議論のしようがない。もう2人でいる時は結構な確率でさりげないアピールばかりしてくる。心臓に悪いったらありゃしないのだった。
こちらからすればそんな事しなくてもいらぬ心配なのに。
「ったく、んな事しなくても俺だってネイチャの事好いてんだから変にアピールしてこなくていいんだぞ?」
「ぐはぁっ! まさかのクリティカルカウンター!?」
「した覚えないんですけど」
「……まあ、あれですよ。ほら、あんま他の娘寄せ付けないためにと言いますか、ちょっとした自分のだぞアピールを周囲にしたくてですね……」
「やっぱ変な独占力覚えてやがるっ。お前っ、そんな寄せ付けないオーラ出してたらスカウトするにも出来ねえだろせめてもうちょっと抑えろって」
そうやって、2人は歩いていく。
4月。出会いの季節であり、また新しい芽が咲ける季節でもある。
少しくすぐったくも新しい気持ちに芽生えた2人はまたレースのために走り出していくのだ。
今度は何のしがらみのない、自分達が目指したいものを勝ち得るために。
桜舞う季節。
そんな青空を眺めて、渡辺輝は笑みを浮かべながら隣を歩くネイチャに思いをやる。
(こりゃ気楽にしてたらすぐにフライングしちまいそうだなぁ)
しかしこちらは気取られないようあくまでもお気楽そうに笑う。
溢れ出そうな想いを胸に、今日も2人は何て事のない日常をほのぼのと過ごしていく。
はい、という事で最終回でした。
完全に付き合う訳ではなく、あくまで成長してからなら、というのがまたネイチャ達らしさかなと思いこのような締めになりました。
まあ吹っ切れた彼女は恋愛クソ強ウマ娘になってましたけど(笑)
これもまあアリでしょう!
そんな訳で、最終回まで読んでいただき誠にありがとうございました。
ちょうど約1年で完結出来たのも綺麗だったかなと勝手に自画自賛しつつ、割と長かったなというのが自分の印象です。
最後まで書き続けてこられたのもひとえに感想や評価をくださる皆様のおかげでした。
モチベを保ち続けるのは意外と大変ですのでね。
ネイチャの良さを広めたいと思い書き始めた何番煎じだかの二次小説でしたが、書き始めた頃はまだネイチャ小説自体少なかった印象です。
今ではたくさんありますが、ネイチャの良さを広めるためにほんの少しは力になれたなら嬉しいなって。
ちなみに告白シーンは色々言わせるのも良かったんですが、あえてここはシンプルにさせていただきました。
あまり言い過ぎないのも信頼関係故に伝わるのかなと。
書きたい事は全て書き切ったので悔いはありません。
ウマ娘やモデルとなった名馬達へのリスペクトを忘れず、今後もイメージを損なわない程度に楽しんでいきたいと思います!
では、最後に高評価を入れてくださった
まるtaruさん、Djinn2022さん、蒼羽彼方さん、エルスさん、Thallumさん、Morse信号機さん、風見なぎとさん、多喰召威さん、javertさん、LetRing888さん
以上の方々から高評価を頂きました。
最後までモチベを保っていられたのは皆さまのおかげです。本当にありがとうございました!!
ウマ娘の関係者、そして読んで下さった皆様に最大の感謝を。
では。