喫煙所もずいぶん減った。
町中やお店で当たり前にタバコが吸えたのも昔の話、今や吸う場所を探すのにも一苦労する時代だ。
「だから、今はゲーセンが狙い目だぜ。全部とは言わねえけど、喫煙スペース置いてるとこ結構あるぞ。ほらこのゲーセンとか」
と、だいぶ前に吸い殻入りの灰皿をぶん投げてきた元カレが、まだまともな面の皮を被っていた頃に言っていた。
ロクでなしのクソ野郎だったが、この情報をアタシにもたらしたことだけは評価せねばなるまい。
そういうわけで、アイツが言った“このゲーセン”こと☓☓駅近くのゲーセンの喫煙所にて、アタシは一人タバコを吹かしている。
別にゲームをやりに来たというわけではない、というかゲームには全く興味がないのだが、大学からの帰り道で吸える場所がここしかないのだ。
まぁ何もしないで帰るのも気が引けるので、帰りにあの人形取るやつでもやっていこうかな、と思う。
さて、先程アタシは一人タバコを吹かしていると言ったが、厳密には一人ではない。
この狭い喫煙所にはたまたま居合わせた見知らぬ成人男性がもう一人いるので……あ、吸い殻捨てた。
そのまま彼はアタシを一瞥もせずにガラス製の引き戸を開けて出ていき、入れ替わりで別の男が入ってくる。
その入ってきた男が、喫煙所の奥まった所の壁に背中を預け、カバンから水色のタバコの箱とライターを取り出した。
そして、咥えたタバコに火を付け吸いこんだところで、
「げほっ、げほっ」
と、盛大に咳き込んだ。
結構派手にいったので、スマホを弄りながらタバコを咥えていたアタシも、なんだなんだとそいつを横目で見る。
彼はアタシの視線に気づいている様子はなく、また煙を肺に吸い込んだかと思うと、
「げほっ」
と、具合悪そうに咳き込む。
その後も吸う度吸う度げほげほと言うので、
「喉痛めてるの?」
と、アタシは声をかけてみる。
「タバコ辞めたら?咳き込んでんじゃん」
すると、彼は今アタシに気づいたようにこちらを見て、
「吸わなきゃやってられなくてねぇ」
と、火のついたタバコを指先につまんだまま言った。
「そういう時ってあるだろ?咳が出ようがなんだろうが、どうしようもなく吸いたくなる時」
「さあね。っていうか、そんな咳き込むってことはそもそもタバコ自体が体にあってないんじゃないの。あるいは慣れてないか」
「慣れてないってわけじゃないと思うんだが」
「じゃあ体にあってないんだよ。喉と体壊す前にとっとと辞めな」
「ふむ、そうか」
言いながら、彼はまたタバコを口に咥える。
煙を吸って、吐く。今度は咳き込まなかった。
「場合によるみたいだな」
「どんな場合よ」
言って、アタシは短くなったタバコを吸い殻入れに捨てて、もう一本取り出して火を付ける。
「おや」
と、男が言った。
「待っている方がいるようだが」
「げ」
ガラス越しに定員二名の喫煙所の外を見れば、順番待ちをしている様子で退屈そうにスマホを弄っている青年がいた。
ただ、もう火を付けてしまったので、
「すいません、もう一本だけ」
と、ガラス越しにそういうジェスチャーをすると、ガラスの向こうの彼は、
「ああ、はいはい」
スマホを弄ったまま面倒そうに、そんなジェスチャーをした。
「ここはゲームセンターだ。待っている人がいるなら、一回ごとに交代するのが筋さ」
男がそんなことを言ってくる。
そんなゲーセンの流儀は知らないが、とりあえず今後は気をつけよう、とアタシは煙を肺に吸い込む。
豊かな苦味と、そしてこの肺が不健康になる感じ。
ロクなもんじゃねえよなぁ、と思う。灰皿ぶん投げる前にケツ穴舐めろとか言い出した元カレほどじゃないけど。
「しかし、あれだな」
と、男が言った。手元のタバコは半分くらいになっている。
「なによ」
「無職生活にも飽きたな」
「無職?うわ、引くわ」
「言っておくが、今までずっと無職だったわけじゃないぞ。そうなったのはつい最近さ、前の職場をクビになってね」
「最近っていつよ」
「一年ほど前だな」
「それは最近って言わない。職歴に致命傷負ってるレベル」
「なぁに、なんとかなるさ」
言って、彼はタバコの灰を吸い殻入れに落とす。
「上の言うことを聞かずに好き放題やる奴は出ていけ、だそうだ。全く社会というのは理不尽だな」
「理不尽なのは社会じゃなくてあんたの頭じゃないの?」
アタシもタバコの灰を吸い殻入れに落として言う。
「はっはっは、ありがとうありがとう」
「褒めてねぇよ」
「ふふ、なんとでもなるさ」
言って、彼はまた灰を捨てる。
「貯金も尽きてきたしね。無職も十分満喫したし、そろそろ……」
と、彼はタバコを口に咥えて、
「げほっ、げほっ」
また咳き込んだ。
「だから辞めなって、タバコ。無職のくせにこんな高いもん吸って」
「こいつだけはやめられないんだよなぁ」
まんまジャンキーの言い分を口にした後、
「では、私はこれで失礼するよ」
そう言って、短くなったタバコを吸い殻入れに捨てて、彼は喫煙所を出ていった。
入れ替わりにさっきの仏頂面でスマホを弄っていた青年が入ってくる。
アタシは半分くらいのタバコを指先に持ちながら、
(誰だよアイツ)
と、思った。
一期一会という言葉の通り、人の縁というのはその場限りで終わることも多い。
だからもうあの変なオッサンに会うこともないだろう、と思ったその翌日。
「げほっ、げほっ……おや」
またそいつはいた。
「昨日のお嬢さんじゃないか、奇遇だね」
「あんた就活は?」
「明日できることは明日やるのさ。聖書にもそういうことが書いてある」
「今すぐやれバカ野郎」
「今私にできるのは、この限られたタバコを吸うことだけさ」
「世の中舐めてんのかテメエ」
結局こいつとは、アタシが大学を卒業して卒業した後も、このゲーセンの喫煙所で何度なく会うことになり、そしてその間ずっとこのバカ野郎はビタ一日働かずじまいだったのだが。
まあ、それはどうでもいい話だ。
須上遥
女子大生。喫煙者。
それなりに偏差値の高い学校に通っている三年生。文学科。ちなみに一浪している。
彼氏も作りそれなりに充実したキャンパスライフを送っていたが、その彼の本質を知り別れる。それ以後性格が少しやさぐれた。
タバコを吸い始めたのは元カレと別れてから。本人曰く「吸わなきゃやってられなくなった」とか。生理は止まっていないので大丈夫。
朝倉宏
無職。喫煙者。
サラリーマンだったが、あまりに我を通そうとする性格ゆえ上司とトラブルを起こし、退職。
会社員になるだけあって真面目な気質も多少は持ち合わせていたが、この一件で開き直りもう好き勝手に生きてやろうと決意する。
タバコを吸い始めたのは20歳になった瞬間。昔から憧れていたらしい。