龍の恩返し   作:ジャーマンポテトin納豆

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11話

 

 

陸珊瑚の台地に居を構えて五年が経った。

居と言っても、ベースキャンプを人が住めるように改造した程度のものであるが、新大陸と言う新たなる土地での住処と考えれば、最も良い住処であるだろう。

 

一番最初にテントを張ったところに今も住み続けていて、古代樹の森から運んで来た木材で平屋の小さな小屋を建てているのだ。

 

この小屋を建てるのに一番苦労したことは、と聞かれたら真っ先に答えるのは、まず間違い無く防腐処理だろう。

 

なんせ古代樹の森と違って陸珊瑚の台地は周りに水が多く、場所にもよるが地面もちょっと掘ればすぐに水が溢れてくるほどだ。

風のお陰で湿気が溜まりにくいとは言え、それでも木材をここにずっと置いておくと流石に黴や苔が生えてしまうし、腐ってしまう。

 

そこで防腐処理は木材を使うのならば何よりも重要な作業と言えよう。

 

陸珊瑚そのものを建材にすることも考えたが、海の中の珊瑚と同じで陸珊瑚もとても固いし、木材の様にまっすぐ育っていない。

常に全ての枝が湾曲し枝分かれして生育しているのだから、建材に求められる加工し易いと言う点が全くない。

流石に建材として利用するには無理がある。

 

そこでやはり木材の出番となった。

木材は、天然に存在する高分子化合物の中では最も汎用性に富んでおり、人間に限らず生物が生きていく上で最も重要な存在と言っても過言では無い。

 

そこで古代樹の森に赴いて、倒れている幹の中から使えるものを選んで新しく持って来たのだ。

ディアに頼んで、龍の姿で飛んで運んでもらった。

 

釘などは使っておらず、ユクモ村などで使われている組木で家を建てた。

本来大きな建物を建てる時は組木だけで行われるのではなく、和釘と呼ばれる大きさが30cm以上はある大きな釘を使う事もあるのだが、今回はその必要が無い為に釘は一本も使われていない。

風呂は外に設置されており、夜に入ればドーム状のこの場所は、天窓の様にぽっかりと天井部分に穴が開いている。

だから開いた穴から満点の星空を眺める事が出来る。

その夜空と来たら、なんの対価も無しに見られる事が不思議と言うか、見ていて良いものなのか、というぐらい。

 

他に住んでいる生物と言えばドレスサンゴドリやタキシードサンゴドリ、あとはユラユラ辺りがいるぐらいだ。

彼らは家の周りを飛んだり、地面から顔を覗かせていたりする良き隣人達だ。

 

偶にシビレガスガエルが迷い込んでくることもあるが、その時は刺激しない様に別の場所に逃がす。

 

流石に俺もディアもシビレガスガエルのガスを食らえばただでは済まないからなぁ……。

一度だけ誤ってシビレガスカエルを刺激してしまい、そのガスを思いっ切り食らった事があるのだが、その時は俺が丸々一日以上動けなかった。

どうやらゲームなどだと十数秒で解けるらしいシビレ効果は、実際はとんでもないほどの威力を誇っている。

 

身体は動かせないわ、呂律は回らないわ、なんなら呼吸も辛いわでそれはもう地獄の様な苦しみであった。

 

ディア曰く、

 

「フェイがああなったのだから、恐らく私も同じようになるだろうな」

 

とのことらしい。

確かに人の身であるとはいえこれでも龍になったのだ、その俺が一日以上も動けなかったのだからディアも同じようになるであろうことは明白だ。

 

俺達ならばそれで済んだが、普通の人間、ハンター達や研究者達が食らえば身体の全てが麻痺させられてしまうので呼吸も出来なくなって死んでしまう可能性もあるのではないか、とのことだ。

なんだってあんな威力になったのか、色々と調べてみたところガスガエル達は常に麻痺効果や睡眠効果のあるものを自身の体内で生成したり、食べて体内にその成分を蓄積していく習性があるのだが、どうやらカエル達はどれだけ成分が蓄積してもその成分が劣化することを防ぐ働きが体内で起こっているらしい。

そのおかげで定期的に成分を排出して入れ替えたりする必要は無く、使わなければ延々と溜まり続けることになるのだそうだ。

 

すると、長い間溜め続けたカエルの方が、毒性が強くなる。

俺が食らったのは、その長い間溜め続けていたカエルのものだったらしく、色々と調べた過程で出した結論としてはそこまでの効果を発揮する個体は本当に極々稀であると言う事だ。

それを引き当てた俺はなんと運の無いことか。

 

平均的な個体であれば精々が人間や小中型モンスターを十数秒程度シビレさせる程度だ。

大型モンスターであれば二十秒かそこらと言ったところだろう。

 

ついでに言っておくと体色は保護色となっているのでこの陸珊瑚の台地だと見え辛くて仕方が無い。

あんな見やすくは無いので結構気を付けていないとうっかり踏ん付けた、なんてなったら最悪である。

 

ゲームみたいにマップのど真ん中にいるなんてことは無く、端っこの方や植生などの中に隠れていたりすることも多いのだが、それで足を踏み入れてうっかり刺激しようものなら痺れて転がって、運が悪ければ近くにいた他の生物に美味しく頂かれること間違いなしである。

 

 

 

 

 

木材の防腐処理は、しっかりと乾かした木材に何時ぞやの巨戟龍を殴り倒した時に得た、超重質龍骨油を塗ることで解決している。

正直報酬として幾らか貰っておいたは良いものの、結局使い道が無かったから金属製の容器の中に放り込んであっただけなので、物置を圧迫して邪魔だったから使うことが出来て良かった。

最悪ギルドに寄贈して研究なりなんなりに使ってもらおうかと考えていたところだったので、上手いこと活用できたのは本当に幸いだ。

 

生活そのものは、特に不自由さを感じたことは無い。

慣れていない者であれば、と言うより厳しさ故にそもそもこの世界で生きていく事が難しくかなりの苦痛を感じるであろうが慣れて順応しまえば前世より遥かに住み心地が良い。

空気は美味いし飯も美味い、景色も良ければ人も良い、そして衣食住問わず全ての生活リズムが良いからか体調も抜群に良いし、この世界で最も美しく、最も深く大きく愛してくれる奥さんもいる。

これで住み心地が悪いとか思う方がおかしい、と言うかどんな精神をしているのだろう。

 

 

 

 

 

冷暖房に関しては紅蓮石と氷結晶のお陰で随分と快適な生活だ。

暑ければ氷結晶を、寒ければ紅蓮石を使うのだ。

 

紅蓮石があれば湯を沸かすことも料理をすることも出来るし、灯りとして使い、暖を取ることだって出来る。

氷結晶があれば食料を冷凍したり冷やしたりで腐らせることも無く、氷を作ることも涼むことだって出来る。

 

持ち込んでいる紅蓮石は四つほどに割って、湯沸かし用、料理用、照明用にしている。

上手いこと割れずに四つになってしまっているのだが、まぁ特に不便は無い。

 

風呂などの水はその辺に幾らでも綺麗なのが沸いているし、飲み水にも湧き水を使えば困らない。

料理用は言わずもがなであるし、夜になると人工の明かりの無い陸珊瑚の台地では紅蓮石の明かりだけが頼りだ。

紅々と燃え照る紅蓮石を夜闇の中で眺めるのは中々幻想的でもあり、落ち着くことだってできる。

 

 

陸珊瑚の台地は、夜になるとホットドリンクが必要とまでは行かないが、少しばかり肌寒い程度には気温が下がる。

とは言え照明用の紅蓮石が暖房の役割も果たしてくれているので特に寒さを覚えたことは無い。

そもそもディアとくっ付いて掛け布団を被って寝ているのだから寒さなど感じようも無いのだが。

 

相変わらずハンモックで寝ているが、棒と板で固定して重さで弛まないように補強してある。

でないと腰やらが痛くて痛くて仕方が無くなってしまうのだ。

 

吊るしてあるハンモックの両脇を棒で固定してその間に板を渡してしまえばいいだけの話なので楽である。

これでディアと一緒に寝ていても重さで撓んで訳の分からない身体への負荷が掛からずに済む。

腰とか背中とか毎日違うところが痛くなるなんて悩みからはおさらばと言うわけだ。

 

紅蓮石は寒い時に使うが、逆に暑い場所で生活するときは氷結晶を冷房替わりにしている。

 

氷結晶は、常温では決して溶けることの無い摩訶不思議な鉱石だ。

 

仮に高温下に晒されて溶けたとしても常温に戻れば再び固まり冷気を放ち始める。

密閉された部屋であればそれこそ物が凍るぐらいの冷気を放つのだ。

その特性を利用して、この世界では冷蔵庫替わりに使っているのだが、それを空調にも利用した、と言うわけである。

 

正直普通の夏の暑さぐらいだと寧ろ寒過ぎてしまうのだが、大蟻塚の荒れ地と言った砂漠地帯の暑さであれば快適な温度になる。

大蟻塚の荒れ地の夜は寒過ぎてしまうが、そこは紅蓮石の欠片などを併用して上手いこと調節するわけである。

因みにであるが、大蟻塚の荒れ地は我が夫婦は未だ詳しく踏み込んだことは少なく、陸珊瑚の台地の調査などがある程度終わったら次は大蟻塚の荒れ地に行ってみようと話している所である。

 

どちらの鉱石も長所と短所が存在している。

長所だけ、と言うのはこの世に存在する限り生物であろうとなかろうと有り得ないことなのだ。

それらを理解した上で、上手い事使えばとても良いものになる。

 

 

 

 

 

フィールドマスターであるオリヴィアが、古代樹の森の調査などを粗方終えて陸珊瑚の台地へ足を延ばし始めている。

陸珊瑚の台地の調査が済んだら、その下にある世界に足を踏み入れようと考えていると相談をされた事があるが、調査と言ってもそう簡単には行くまい。

俺とディアで出来うる限りの事を書き連ねた手帳を数冊、書き写させて持たせたがあくまでもあそこに住んでいた身の上での経験談だから、科学的根拠などは皆無だ。

 

まぁそれらを解明するのが調査団の仕事なのだが、少しでも役に立てば幸いだ。

 

 

陸珊瑚に入るルートの開拓は未だ全く進んでおらず、あの険しい山脈に漸く築いた細い人一人が通るのがやっとな道とすら言えぬ精々通路が良いところの足場を伝って行くしか方法が無い。

それ故に殆どのハンターは陸珊瑚の台地に足を踏み入れることは無い。

 

幾ら新大陸に送り込まれるほどの実力を備えるハンターとは言えども山肌を抉るが如く吹き荒れる上昇気流や下降気流の中でモンスターの脅威を警戒しながらあの足場を歩くのは、至難の業だ。

故に今のところ陸珊瑚の台地に訪れたことのあるハンターは俺を除けば、珍しい竜人族のハンターである、クォク・フィーラルただ一人だ。

 

三爺と呼ばれている竜人族学者達も行きたがって仕方が無いのだが、流石に断念しているようだ。

陸珊瑚の台地は景色も良く、水も豊富で生態系に富んでいる為とても過ごし易いのだが、次は大蟻塚の荒れ地に出向いて調査をして欲しいと依頼された。

 

四年も過ごせば愛着も湧くものだが、依頼となれば仕方が無い。

調査団は古代樹の森の調査と、ギルドから二期団の派遣を検討し早ければ五年ほどで送り込まれる可能性があるとの事で、拠点であるアステラの整備と拡充を進めている為に他の地にまで手を伸ばす余力が無い。

 

そこで端から見れば暇そうな俺達にお鉢が回って来たと言うわけである。

陸珊瑚の台地の調査成果は中々のもので、環境生物から各種モンスターの生態、特にレイギエナのお見合い大会は大騒ぎであった。

取り合えず、一定の調査成果は得られたので次は陸珊瑚の台地にその焦点を移しておきたいと言うのがエドガーの考えらしい。

 

まぁ、裏にはもっと新しく目映りの良い調査成果を上げられないのか、と言うギルドや旧大陸の研究者や学者達からの突き上げと言うか、相当強い要望があるからそれをどうにかしたいと言う思惑もあるようだが。

恐らくその辺は政治の領分なのだろうから俺とディアが首を突っ込むことは無い、と言うか関わりたくない。

そのままなし崩し的に色々と巻き込まれるのは御免だ。

 

俺達は、田舎でのんびり畑を耕しながら細々とハンターをやっているのが、どうにも性に合い過ぎているらしいからな。

都会と違ってなんでもは無いが、無いなら無いなりに色々と工夫を凝らしたり、自分で拵えるのも良い。

それをディアと共に考えながら拵えるのが、また田舎暮らしの良さを大きくしている。

何でもある、と言う事の方が俺やディア、住む村からすれば可笑しな事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

はてさて、陸珊瑚の台地へ来てから五年と言う、人間感覚で言えばそこそこの年数が経った訳である。

その間、全く自分達の好きなようにしていた訳では勿論違う。

 

アステラから持って来た紙に、陸珊瑚の台地の事を事細かに書き認めたりサンプルを採取したりと、言わば調査員と同じような事をやっていた。

なんせここに足を踏み入れられるのは俺とディアを除けば、今となればオリヴィアかクォクの二人も足を踏み入れられるようになっているが、つい最近までは俺とディアだけしか陸珊瑚の台地に来ることが出来なかったのだ。

 

しかも竜人族では珍しいハンターであるクォクは各地で異常を早期に発見すべく同じく放浪の旅をしているから、陸珊瑚の台地に集中していられない。

オリヴィアこそ集中して陸珊瑚の台地に専念することが出来るのだが、この広大な新大陸の、そのまた広大な陸珊瑚の台地を調査し終えるまで数十年は掛かる。

だからその手助けとなるように手帳に様々な情報を出来うる限りのイラストを挿し入れながら書き連ねたのだ。

 

絵心に関しては、数百年も生きて描き続けていれば上達はする。

才能ある者と比べれば大したことは無いだろうが、人に見せられる程度のモノではあると自負している。

 

 

俺とディアと同じであの二人も拠点には滅多に帰ってこないと聞いている。

 

この新大陸と言うのは、なんとも実に不思議な場所だ。

当然訳の分からない事で首を捻らねばならない事が結構起きたりする。

例えば、本来住まう筈の無い龍や竜が移動して来て少しの間滞在したりと、旧大陸であれば中々大騒ぎになるような事ばかりだ。

分かり易く例えるならば、フォンロンの方から龍や竜が飛来して来た時、ぐらいの騒ぎである。

まぁ結局あれも龍のちょっと外出、ぐらいでしかないのだが。

 

人間からすれば、天災が移動してくるようなものだから騒ぎたくなる気持ちも良く理解出来る。

なんせ俺も、つい最近まで騒ぐ側であった訳だからな。

 

 

 

 

陸珊瑚での生活も随分と慣れ、テトルー達とも良き隣人、良き友人として長い付き合いだ。

ついさっきもアンドンウオを獲ったからとお裾分けしてもらった。

 

アンドンウオは前世で言うところのアンコウのようなもので、他はどうか知らないが捌き方なども同じように吊るし切りにして捌く。

ディアも初めて食べた味らしく、驚きの顔と同時に美味しそうに食べていた。

食べ方、と言ってもこれ以外に知らないのだが、あんこう鍋ならぬ、アンドン鍋にして食べるわけだ。

テトルー達は雑魚煮だったり適当に焼いて食っているらしい。

 

ここは魚介系の食材が豊富でとても美味しいのだが、肉類を食べる機会は少ない。

陸珊瑚の台地で食用として得られる肉と言えば狩りをしないから他の竜から肉を得る事も無いので、精々ケルビ程度だ。

 

ケルビはポポやアプトノスに比べて得られる肉も少なく、しかも使える素材としては角と毛皮ぐらいしか無い。

骨は丈夫だが俺やディアの使う武具にするには小さいし強度も足らないからあまり適していない。

しかも動きが素早く慣れていない者だと狙いを付けるのも大変だから、得るものが多いとは言えない。

 

だったらそこらの水源などで幾らでも獲れる魚介類を選ぶ。

とは言えケルビの毛皮は衣類に用いるととても温かく寒さをしっかりと防いでくれるから、丁寧に加工すれば衣類の他に繋ぎ合わせれば寝具や絨毯などにも使えるから需要は大きい。

実際、この世界では合成繊維と言うものが無い為に布団となると実は動物性か植物性の物しかない。

鳥の羽や言ったようにケルビなどの毛皮、あとはポポの体毛、綿花などが加工されて布団などにされる訳である。

 

村にある我が家のベッドは綿花、掛け布団は今までの貯金などで贅沢をした鳥の羽を使ったものだ。

そしてこの新大陸で主に使っている寝具は毛皮である。

毛皮の鞣しなどは慣れたものだし、丁寧に鞣して加工すれば匂いなども消すことが出来る。

毛自体は使えば柔らかくなるし何より温かい。

 

パオウルムーと言うモンスターがいるからそれを狩っても良いのだがケルビの方が数もいるし肉も取れる。

食料調達を兼ねた毛皮調達と言うわけである。

 

毛皮を幾つか集めたら、まずは丁寧に加工しなければならない。

皮に付いた肉や油、血液を徹底的にそぎ落とし、そして洗い流さねばならない。

でないとカビが生えたり腐ったりしてしまうからだ。

 

タンニン鞣しやミョウバン鞣しなどいくつか種類があるが、俺とディアが良く使うのはタンニン鞣しだ。

特に理由は無いが、ミョウバンよりもタンニンの方が手に入りやすいと言うだけのことだ。

 

 

しっかりと加工して、毛皮になったらそれらを繋ぎ合わせる。

それを四枚作り、二枚ずつ裏面を合わせて縫い合わせるのだ。

場合によって中に綿花などを入れても良い。

俺とディアが使うものはあちこちから採って来た綿毛を詰めている。

そうしたら端っこを丁寧に祭り縫いで縫っていく。

 

糸も針も毛皮を縫う為の太く大きいものだからと言って油断は出来ない。

下手に力を入れ過ぎると折ったり千切ってしまったりするからだ。

俺は針と糸を数十回駄目にしてから諦めてディアに任せることにした。

俺はディアを胡坐の上に乗せながら抱き締め、手元を覗くことが仕事である。

ディアは人の姿でも龍の力の制御をちゃんと出来るから物をお釈迦にしてしまうなんてことも殆ど無い。

 

縫い合わせたら掛け布団、敷布団の完成だ。

最初のうちは毛が硬いが、暫く使えば柔らかくなってより良い寝心地になる。

 

 

 

 

 

陸珊瑚の台地で何時も通り過ごしそろそろ太陽が沈んでいく頃合いに珍しい来客があった。

 

「お久しぶりです」

 

「クォクか。久しぶりだな」

 

「最後にお会いしたのは、四年前でしたか」

 

「あぁ、あの時よりも随分と痩せたか?」

 

「えぇ、新大陸を歩いてばかりなものですから」

 

彼を招き入れ、茶を沸かして出す。

と言ってもそこらの茶になりそうなツタやら雑草やらを無理矢理お茶のようなものにしただけの、雑草汁と言った方が良い代物だろう。

まぁ、意外と味は悪くないのだがな。

 

「それで、今日は何の用があって来た?新大陸を放浪するお前が態々訪ねてくるとは、随分と珍しいじゃないか」

 

「えぇ、本来ならお二方をお訪ねする予定は無く、アステラに立ち寄って幾つかの物資の補充をしたらまた放浪調査をしに行く予定だったのです」

 

確かにクォクの荷物は多い。

 

アステラでしか手に入らない物資と言うと、例えば調査結果を記すための紙やインクなどだ。

鉛筆があれば大抵の事は済むのだが、精細な絵を描こうとするとどうしても鉛筆だと難しい。

 

この世界での一般的な鉛筆と言うのは、前世の様なしっかりと加工がされていて扱いやすいものでは無く、木炭をそのまま鉛筆にしているようなものだ。

だから何か細かいものを描こうとか、書こうとするとどうしてもやりずらい。

 

そこで調査団にはギルドからの補給品として芯を細く加工し、周りを木材で覆った前世で見慣れた鉛筆がある。

この鉛筆、実は結構高い。

回復薬が僻地だったり町であったりで値段が変わるが、ギルドの方での決まりで大体60~80zで売られている。

だがしかし、この世界の鉛筆と言うのは大体500zとなる。

 

回復薬の実に四~五倍以上の値段で売られている訳である。

これには単純に製造技術、と言うよりも機械式に大量生産する方法が無い事が理由だ。

 

この世界は少なくとも俺が知る限り、前世で言うところの産業革命と呼ばれるものは起きていない。

産業革命と呼べるものが起きたのは古代文明の時代だから、遥か昔のこと。

だから鉛筆のような、一見製造が容易いように見える物でも人が時間をかけて手作業で作っていかなければならないので値段が高いわけだ。

 

しかも前世の様に輸送手段が発達しているわけではない。

輸送手段は勿論だが、輸送をするための道が開拓されていないのだ。

日本の様に自動車で凡そ行ける場所全てが舗装されているなんてのは、この世界では夢物語。

 

精々発展している町の周辺の道が幾らか石畳で舗装されているぐらいで、それ以外は土を盛って固めたのが普通、俺が住んでいる村の近辺なんてそれすら行われていない道なのだ。

当然そんな輸送路だから輸送量も高くなる。

 

船便こそあるが積載量は高が知れているし、航海術もまだまだ未熟と言っていい。

航空機による輸送は論外。

陸路も自動車が無いから荷車をアプトノスやポポに引っ張らせると言うもの。

陸路なんて自動車であれば一時間程度の距離をこの世界は数日掛けて、なんてのも当たり前だ。

 

職人の手で作っていると言うのと、輸送手段が発展していないと言うのがこの世界の物価が高い理由だ。

 

 

調査団にはその鉛筆が大量に支給と補給が為されているのだ。

流石に前世程の高品質は無いが、それでも木炭を削って使うよりは次元が違う。

書きやすく、描きやすく、扱いやすい。

 

俺も色々と書き記すのに使うし、挿絵を描く時もこの鉛筆を使っている。

 

クォクが持っているのはそんな鉛筆だ。

 

 

「アステラで、何か俺達に言伝を頼まれたか」

 

「その通りです」

 

「それで、言伝はなんだ?」

 

「手紙を預かっておりますので、そちらを読まれた方が早いかと」

 

そう言いながら鞄の中から取り出した手紙を開く。

書いたのはエドガーらしい。

あの男らしからぬ丁寧で、繊細な字で丁寧に書き連ねられている。

 

要約すると、俺達には陸珊瑚の台地での調査を一時切り上げて大蟻塚の荒れ地に向かってそこで調査を行ってほしいとのことだった。

 

どうやら陸珊瑚の台地での調査は俺とディアが数多く書き記した手記やメモ、記録で一旦として詳細な現地調査は進入ルートを後日確保してから再度行うらしい。

そして俺とディアには未だその殆どを知り得ない大蟻塚の荒れ地に出向いてほしいらしい。

 

確かに大蟻塚の荒れ地は陸珊瑚の台地と比べて普通に出向くことが出来るが、環境は厳しい。

昼間は灼熱、夜は極寒と真反対のものになり、しかも生息するモンスター達は古代樹の森と比べるとかなり強力だ。

 

幾らか未確認の環境生物やモンスターも存在するらしく、それらの詳細な調査を依頼された形だ。

勿論報酬金も出る。

 

「……あい分かった、依頼を受けよう」

 

「有難う御座います」

 

「他に用件は?」

 

「いえ、特には」

 

「そうか、それなら晩飯を食べていくと良い」

 

「宜しいのですか?」

 

クォクはディアの独占欲の強さを知っているから、俺が言うとディアを見る。

 

「夕食ぐらいならば別に構わんさ。それ以上居座るなら蹴り出すが」

 

「勿論です。それでは、御相伴に預からせて頂きます」

 

「あぁ」

 

久しぶりの俺達以外の食卓だ。

村では時折あったが、新大陸では基本俺達二人での生活だったから新鮮だ。

 

アステラに戻る用事と言えば、米や麦を買いに行くぐらい。

そのときには量を運べるようにするためにディアに龍の姿になって貰って行くぐらいで、購入したらすぐに帰ってしまうからな。

 

晩飯は勿論魚介類をふんだんに使ったものだ。

ここでは肉類は殆ど得られないから、タンパク質と言えば魚介類になる。

塩や香辛料などの調味料自体は陸珊瑚の台地でも採れるので、味付けに困ることも無い。

 

 

この世界にも寄生虫が存在するのだが、基本内臓を丁寧に処理して食わなければ生食でも問題無い。

サシミウオは名前の通り獲れたての時の刺身は絶品であるし、アンドンウオは鍋に出来る。

 

流石にバクレツアロワナなどは口に入れたらドカンと行く可能性があるから食えないが、それ以外の魚は大体食える。

他にも淡水でも生息するアワビやサザエ、シジミやハマグリの様な貝類なども沢山だ。

 

貝類はそのまま網焼きやつぼ焼きにして醤油を垂らして食っても美味いし、魚は刺身や煮付け、焼いても干物にしてもいい。

 

量を多く用意したわけではないが、一人一人が腹一杯に食べられるだけの量はある。

それを俺とディアが持ち込んでいる米を炊いて食うのだ。

 

やはり魚には米が一番合う。

パンも美味いが、前世の名残か米の方が口に合うのだ。

 

 

 

 

 

クォクと夕食を済ませた後、彼はやることがあると言って出発した。

どうやら俺達が言った、龍脈の流れを追っているらしいが可視化して見れる訳では無いので、地道に地道に調査を進めていくしかないので時間を無駄には出来ないと言っていた。

 

龍脈の流れなど、殆ど覚えていないからな……。

ゲームの中でそれらしい何かがあったような記憶があるが、まぁ思い出さなくてもその内誰かが真実に至るだろうから気にしなくても良いだろう。

 

クォクが再び調査の旅に出た後、俺とディアは湯を沸かしてから風呂に入る。

ドラム缶風呂みたいなものだがこれでもアステラの鍛冶師達に素材を持って行って作って貰ったものだ。

大きさとしては、大体1m四方で二人で入るには十分、とは少し言い難い大きさだな。

二人とも身長があるから少し狭く感じるがディアはくっ付いて入らないと入れないところがお気に入りらしい。

 

勿論湯沸かしには紅蓮石を使う。

流石に欠片だと沸かすのに随分と時間が掛かるから、拳二つ分ぐらいの大きさがある紅蓮石を使うのだ。

これでいい。

 

ちょくちょく温度を確かめながら、適温である40度ほどになったと感じたら紅蓮石をどかす。

じゃないと沸騰してしまうからな。

 

先に身体をざっと洗ったらざぶんと二人で入る。

 

「っはぁぁぁ……」

 

湯舟に浸かる時と言うのは、なんとも言えない幸福感がある。

上を向けば、天窓のように空いた穴から絶景とも言うべき星空だ。

 

陸珊瑚の台地にある人工的な光源は、今俺達が使っているものぐらいだから周りに星の光を遮るものが無い。

俺達が使っている灯りをも消すといよいよ星明りだけで随分と明るく感じるほどだ。

 

「ん、フェイは偶に私から目を逸らすなぁ?」

 

「いやそんな事は無い。見比べてやっぱりディアが一番だとしみじみ思っているとも」

 

ぼーっ、と空を眺めているとディアに言われる。

ぎゅぅっと抱き締めると機嫌が直ったのか笑い声を漏らして一層に靠れてくる。

 

風呂から上がったら、身体を拭いて綺麗に洗濯された衣服を纏う。

 

湯は冷めるまでおいておく。

翌朝にでもなれば流せる。

 

寝る準備を整えたら、二人でハンモックベッドに潜り込んだ。

あとは何時も通りの流れだ。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

翌朝から大蟻塚の荒れ地に向かう為の準備を進めた。

荷物を纏めつつ、どのような計画にしようかとディアと二人で考える。

 

陸珊瑚の台地に築いたこの家は、分解出来るようになっているから分解して持って行く。

家財道具も全てだ。

 

二日後、準備が整ったならば丁寧に道中で崩れたりしないようにしっかりと纏められた荷物を二人で担ぎ上げて新天地を目指して歩き出した。

 

 

 






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