龍の恩返し   作:ジャーマンポテトin納豆

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やべぇ、俺が本文で変なこと書いたばかりにディアさんがショタコン扱いされちゃってる……。
違うんや、ディアさんはショタコンじゃないんや……。



今回は砂糖回じゃないよ。











4話

 

早いもので、ディアと共に永き時を生きると覚悟を決めて、この身が完全に龍に変容してから十年の月日が流れた。

と言ってもこれから億年を超える年月を生きる事になるのだからほんの瞬き程度の時間なのかもしれないが、それでも沢山の思い出がある。

 

我が夫婦は、相変わらず互いに独占欲を強く発揮しており、自分で言うのもアレではあるが村一番の夫婦だと皆に言われているものだ。

 

何か変わった事と言えばイチジクが嫁を貰ったことだろう。

街にとある所用で出掛けた時の事だ。

奥さんであるハナビと言うアイルーに一目惚れして、まぁ紆余曲折の末に、と言う訳である。

 

 

今では村に居を構えて夫婦と産まれてきた子供達で大騒ぎではあるが楽しく幸せに暮らしている。子アイルー達が村中を手伝いと遊びで駆け回っている光景は、なんともまぁ、愛らしいものだ。

村の皆も、それは大層可愛がっている。

 

アイルーの寿命は人間の半分程度、大凡四十〜五十年ほどだ。

しかも、妊娠確率が脅威のほぼ百%、更には一度に五〜八匹を産むと多産だ。事実、イチジクには既に十六匹の子供がいる。

我が家に遊びに来ることもあるし、畑の世話を手伝ってくれることもある。

 

イチジクの子達の中の何匹かは、オトモアイルーになるべく訓練所に通っているからこの村には居ない。

オトモになったら村に帰って来て、父さんと一緒に俺のところで働いてくれるとか。

嬉しい限りである。

 

 

そんなイチジク夫婦とは対称的に我が夫婦には未だ子供は出来ていない。

 

「フェイが人間とは言え私が龍だから、やはり妊娠する確率は低いのだろう。それでも龍同士の番と比べると遥かに高い筈なのだがな」

 

と言っていた。

それに十年間毎日毎晩情事に励み、中には数日間篭りっきりで、と言うのもあるのに未だに、と言うのだから余程確率が低いのだろう。

ディアには、俺が種無しでは無いとお墨付きを貰っているし、俺やディアの問題、と言う訳でもない。

 

と言う事はやはり、確率の問題であろう。

 

なんにせよ、やはりそう言うものは時の運とか天からの授かりもの、とか言うから気長に、である。

ディア自身も分かっているから出来るまでは焦らない、焦っても仕方がない、と言った感じだ。

 

今日も今日とて、依頼されたものを採取しに森に出向く。

ディアから血を与えられて完全に龍となったらしく力などが人から完全に駆け離れたから、下手に力を込めるとあらゆるものを壊してしまうことが、予想出来ていたとは言え、現実になってしまっている。

 

実際、鍬やら鋤と言った畑仕事に使う道具をかなりの数を御釈迦にしてしまったした。

他にも武器防具も幾つか握り潰してしまったし、振るうにも今までの様に振るってしまうと駄目になってしまう。

壊したりする度に修理や新調するべく鉱石を取りに向かわねばならず、とまぁ力加減を覚えるのにそれはもう苦労したものだ。

 

愛用していた太刀は真っ先に使い物にならなくなってしまったし。

 

 

とまぁ、龍になった為に起きたあれやこれやの問題などを試行錯誤の上で解決して行く。

確かに遥か昔に俺と同じような人生を送ったことがあるらしいが、その人間は生きる時代も何もかもが俺とはまるで違うし、出て来る問題も違ってくる。

参考にすること自体は出来るが結局は自分達で考え解決しなければならない。

 

しかし、だからと言ってそれを億劫だったりに感じることは一切無い。

ディアと共にそれらの解決策などを考えるのもまた、大切で幸せな時間なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「今日は、何をする?」

 

「依頼で特産キノコ採取を受けてあるから、それを済ませてあとは何時も通りだな」

 

「ふむ、今日も稽古を付けてやるのか」

 

「そうだな。訓練所の試験ももう直ぐだからもう追い上げないとならないからな」

 

稽古、と言うのは簡単に言えば我が弟子の事である。

あれから十年もすれば当然村の子供が青年になる。

 

あの時、七歳だったレノ、と言う少女もまた俺と同じ様にハンターを志して俺に弟子入りを志願したのだ。

俺の師匠は既に老衰で大往生しているのでハンターとして色々と教えられるのが俺しか居ないのだ。

 

金は受け取らず、代わりに色々と手伝いをしてもらっている。

まぁ、幾ら少女とは言え女は女、と言う事でディアがかなり、相当、いや、物凄く警戒している。

今まで見たことが無いぐらいだ。

 

稽古中は勿論、一緒に居ると俺の隣でじぃー、っと監視しているのだ。まぁ、仕方が無いとは言えレノは相当居心地が悪いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

用件を終え、村に戻る。

依頼の品を納品してから庭に立つ。

 

「師匠!」

 

鍛冶屋の倅に作って貰った太刀を背負い駆け寄ってくる。

今年の試験を受けて合格すれば来年には俺と同じように二十歳で卒業し、ハンターに成れるだろう。

 

稽古と言っても武器の扱いやモンスターの生態が主で実際にモンスターを狩りに行く訳では無い。

偶に行商航路に出没するランポスやジャギィと言った小型モンスターを軽く追っ払う時に連れて行くぐらいだ。

クエスト扱いでは無く、単純に巡回だから連れて行っているがクエストには例え採取クエストだろうと連れて行った事はない。

 

何故ならハンターでは無いからだ。

ハンターでは無い人間を連れて行く事はギルドによって固く禁じられている。

ディアが特別中の特別なだけであって普通はそうなのだ。

 

まぁ、ギルドからすればディアの機嫌を損なう事だけはしたくないだろうし、頷く以外に他無かったのだろうな。

ギルドマスター達の胃が無事である事を願わんばかりだ。

 

狩る必要が無ければただ威嚇するだけだが、必要ならば狩る。

一度だけ、群れがかなりの規模になってしまいドスジャギィが居ない群れに遭遇した事がある。

普通なら、一定以上の数に群れが増えるとドスジャギィにジャギィが成長するか、群れが分かれて新天地へどちらかが向かうのだがどうにもその様子が見られず、仕方が無く実力行使をさせて貰った。

 

まぁ、何頭か討伐したら逃げて行ったし再び群れが一緒になって現れもしなかったので問題無し、と判断。

 

 

 

レノに初めてモンスターを殺させたのは、その次の日だった。

巡回していた時、群れと逸れたジャギィノスが一頭、襲い掛かって来たのだ。

ジャギィやジャギィノスは群れで狩りをする。

だから逸れた時点で既にそのジャギィノスに未来は無かっただろう。

しかし、相手も生物だから生きる事に必死だ。

故に、俺達に襲いかかって来たのだ。かなり痩せていたし暫く何も食べていない事は明らかだった。

 

初めての体験だったから、相当ショッキングだったらしく吐いて泣いてとか堪えたらしい。

肉や骨を断つ感触はあまりにも生々しく、普通に生きて狩られただけの肉を見るばかりだけだった少女には、辛い事に違いない。

しかし、ハンターになるならばそれを受け入れなければならない。

 

俺の場合は師匠が年齢で一緒に来る事が出来ず自分一人でなんとかしなければならなかったから、周りの助けを期待出来ない、そんな命懸けの状況で吐いて泣いてなんてしている余裕はその時は欠片も無かった。

まぁ、村に帰ってからそうなったが。

 

今日は変わらず稽古を付けて、終わりだ。

体力はまだまだ足りていないし、体力を付けないと依頼に出た時にただの餌になるだけだ。

 

走って止まって、また走って止まってを延々に繰り返してその運動の最中にはモンスターからの攻撃を回避したり、自分からも攻撃を行わなければならない。

単純な持久力だけでなく瞬発力などありとあらゆる力を必要とする。幾ら鍛えても鍛え足りないのがハンターだ。

走り回りながら回復薬を飲む事にも慣れないと咽せたりしてこれまた致命傷を受ける可能性が高い。

 

ハンター養成所には、走り回りながら回復薬を呑む訓練や試験、実際にブルファンゴを相手に逃げ回る訓練がある。

ブルファンゴ、実はモンスターの中でもかなりスタミナが有るモンスターでただただ真っ直ぐに逃げようものなら延々と追いかけて来るし、何よりも怖い物知らず、と言うか頭おかしいんじゃないか、と思うぐらい何にでも突撃する。

 

相手が大型モンスターである飛竜種や獣竜種だろうがなんだろうが、目が悪いから敵味方が分からないと取り敢えず突っ込んで確かめると言う、図太いとかそんな次元じゃない。

勇敢なのか、それともただの馬鹿なのか分からないが、兎も角厄介極まりないのだ。

この村近辺にも現れる。

 

ディア曰く、

 

「あいつら、私達にまで突っ込んでくる事があるぞ。流石にやられはしないが人間の姿で後ろからぶつかられると普通に吹っ飛ぶ。まぁ、数が何よりも多いから私達はよく食うが」

 

との事らしい。

いや本当に、気配を溶け込ませているとは言え古龍に突っ込んで行くなんて頭おかしいんじゃないのか。

因みにドスファンゴの方がもっと命知らずだ。

 

流石にドスファンゴを相手にするのは無理があるからブルファンゴ、と言う訳だ。

一般人なら、吹っ飛ばされると死ぬ可能性もあるが、鍛えたハンターなら余程急所に入ったとかでなければ普通に痛いがまず一撃で死ぬ事は無い。防具も身に付けているし、ぶつかり方が派手なら痣が出来る程度だろう。

 

だから、訓練生には防具を身に付けさせて実施するのだがこれがまた辛いのなんの。

放たれたブルファンゴ達は延々と追い掛け回してくるし、なんなら撥ねられる。

悲鳴や絶叫を上げならがら撥ね飛ばされるのが、訓練所の名物風景だ。

 

訓練生が宙を舞い、受け身を取る事を事前に嫌と言うほど叩き込まれているから勝手に身体が条件反射で受け身を取るがさっさと立ち上がって走り出さないと起き攻めに遭いかねないから、死ぬ気で走る。

だが速さで勝てる訳も無く追い付かれて撥ねられ、更にはまた別のブルファンゴに撥ねられる。

 

最初はそれを繰り返し続けるのだ。

途中から慣れてくるとブルファンゴの突進を避ける奴やサボる奴が出始めるのだが、そうなるとブルファンゴの数を増やされる。

 

最後の方はブルファンゴパラダイスみたいな有様で四方八方から襲ってくるから、避けようと別のブルファンゴに撥ねられる。

数十頭を超す数のブルファンゴなんて悪夢だぞ。

 

走る撥ねられる起きる、の繰り返しだ。

男ならまだ良いが女はそれはもう、女性がそんな有様になっていいものなのか、と思うほど酷い様相になる。

因みに教官達は大体それを見て、怪我をしない様に配慮してはくれているが笑っている。どこの世界でもそうだがそんなものだ。

 

しかし、ハンターになったら絶対にやっておいて良かったと思う様になる。

その訓練のお陰でモンスターから逃げられて生きられるのだから。

 

 

 

 

レノにはそれを教えずにひたすら緩急を付けて走らせたり障害物走なんかをやらせる。

教えたら養成所での訓練が意味の無いものになってしまいかねないからだ。

正直、今ここで幾ら走って鍛えたとしても養成所では、かなり辛く感じるだろう。

ただ走るだけなら誰だってその気があれば走り続けられる。だが問題は、後ろから追い掛けられている、と言うことだ。

 

心理的圧迫感などによって普段と同じ速度や走り方で走ったとしても体力の減りは遥かに早い。

一時間走れたとしても、ブルファンゴに追いかけられた状態では保って十分かそこらだろう。それほどに、最初の内は恐怖を感じる。

 

ついでに武器の扱い、と言った感じだ。

走る事はハンターにとって武器を振るう事と同じぐらい大事だ、と身を以て教えるのだ。走らないハンターなんて誰一人として居ないからな。よしんば居たとしても、誰からも信用されない。走る、と言うことはハンターにとって命を救う行動であり、仲間を救う事になる基本中の基本だからだ。

優秀なハンターは皆よく走るのだ。

 

 

レノとの稽古は、相変わらずディアの監視付きだ。

 

「……………」

 

こちらをじー、っと見て決して目を離そうとしない。

武器の持ち方などを指導するときに身体がくっ付いてしまうと、目が龍のものになったり髪の毛がブワッ、と逆立つ幻影を見ることがある。

そして夜になると大体ぶつくさ文句を言われながら搾り取られる。

 

 

「師匠、今日も走りますか?」

 

「あぁ、取り敢えず走れ。ハンターになったら走らないなんて事は先ず無い。寧ろクエスト中は常に走りっ放しだと思え。でないとモンスターにあっさりやられるぞ」

 

何度も何度も口を酸っぱくして言っている事だが、毎日の様に言い聞かせる。

流石に自分の弟子が死んでしまった、なんて話は聞きたくない。

 

 

 

 

 

数時間ほど走らせた後。

 

「武器を振るうぞ」

 

「はいっ……」

 

やはりまだまだ体力が足りていない。

息切れを起こしているが、その状態でも武器を振るわなければならないのがハンターだ。ベースキャンプ以外では休みなど存在しない。

そのベースキャンプもモンスターが入り込めない、入り込み難い場所に作られていると言うだけで確実に安全だと言い切るには無理がある。

故に狩場に出たら常に周囲を警戒して居なければならない。

 

はっきり言って、クエスト中のハンターに休む暇など冗談抜きで本当に無いのだ。

 

 

稽古が終わる頃になると、レノはフラフラになりながらお辞儀をして、後片付けを済ませて帰っていく。

 

「……フェイ」

 

「ん」

 

後ろから、ディアが俺を呼ぶ。

そのまま引っ付いて来るから何も言わずに受け入れる。

すりすりと、身を寄せてくるディアを軽く抱き寄せて家に入る。

そのまま手早く夕食を摂って汗を流すべく風呂に入り、部屋に行くと始まる運動会。

 

今更何事か、と思ったりはしない。何故なら毎日の事だからだ。

 

 

 

朝になって、二人揃って目を覚まし、身支度を済ませて台所に降りる。

さて、今日の朝食はどうしようか。

隣にディアがいることも最早当たり前だ。

 

何時も通りココットライスと、キレアジの干物があるからそれを焼こう。付け合わせに味噌汁で良いか。

 

十年間続けて来た二人分の食事を用意し、テーブルに並べる。

そして二人揃って、手を合わせて食べる。

 

それが済んだなら後片付けをして、畑作業。

 

「今日はハチミツを幾らか採ろう」

 

「分かった」

 

畑の手入れをしてからハチミツを頂く。

それが済んだなら、回復薬グレートの調合をしてしまおう。

 

午後には行商人が来る予定だから、それまでにはやる事を全て済ませておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

午後になって、すでに到着しているはずの行商人が未だに村に来ない。

予定が遅れると言う知らせは来ていない。

もし何かあったなら、共に行商をしているアイルー達に手紙や言伝を渡して送り出して来るはずだ。

 

 

三日後。

未だに行商人達が村に到着しない。

一日ほどの遅れなら雨などで有り得るだろうが、流石に三日ともなると……。

 

「フェイ、行商人殿の様子を見て来てくれんか」

 

「分かりました」

 

「依頼で出しておくから、頼むぞ」

 

前の村長が我が師と同じく往生してから、新しく村長になったアルフィル、と言う名の老人に依頼される。

 

すぐさま依頼書を作成し、受注する。

内容は行商人達の様子を見て来る事。

場合によっては脅威の排除等も含まれる。

 

さて、武器防具やアイテム類は万全にして行くべきだろう。

罠や麻酔玉も持って行くべきだな。

 

もし、討伐の必要が無いならば捕獲をして別の場所に移さなければならないからだ。

 

「師匠、私も行きます!」

 

「駄目だ」

 

「なんでですか!?前までは連れて行ってくれたじゃないですか!」

 

「お前はまだハンターじゃない。それにあれらは依頼ではなく巡回だ。今まで一度も、クエストに連れて行った事は無い」

 

「そんな事言ったら師匠の奥さんだってハンターじゃないじゃないですか!」

 

「ディアはギルドから正式な許可がある」

 

「んなっ……」

 

「分かっただろう、それにお前には村の守りを任せる」

 

「……分かりました」

 

随分と不満そうに答えるが、村を守るのも重要な役割だ。

なんなら、万が一の場合俺よりも過酷になる。

 

「良いか?村を守る事を軽んじている様だが、万が一村がモンスターの襲撃を受けたなら、お前はたったの一歩も退く事は許されないぞ」

 

そう、俺が諭すと静かに頷いた。

それを見て、俺は支度を急ぐ。

 

「イチジク、シビレ罠は幾つある?」

 

「全部で四つだニャ」

 

「それぞれ一つずつで二つ持って行こう。落とし穴は流石に設置している暇は無いだろうからな」

 

「了解ニャ」

 

流石にタル爆弾は持って行かない。

あれを持って行くには荷車が必要になるし、もし本当に緊急事態であるならば、タル爆弾を運ぶ時間は無いだろう。

 

準備を済ませ、出発する。

俺とディア、イチジクの何時もの三人で街へ続く道を歩く。

 

二日ほど進むと、何やら荷馬車の残骸と襲われ食われたであろう荷馬車を曳いていたアプノトスの死骸が三頭、転がっている。

荷馬車の数は五台だが、二頭分足りない。

行商人が連れて行ったか、襲撃者に喰われたか。

焼けた痕や、大きな爪痕もある。

荷馬車の幌は鋭利なもので引き裂かれたようになっている。

 

いずれにせよ、ただ事では無い。

 

「酷いな……」

 

「ご主人、荷物とかは散乱しているけど行商人さんの死体とかは無いニャ。多分ここで襲われた時は逃げれてるニャ」

 

辺りを調べに行ったイチジクが、そう報告してくれる。

攻撃された痕を見るに、間違い無くリオレウスかリオレイアだろう。

 

「足跡は?」

 

「向こうに続いてるニャ。多分、そこまで遠くに行ってないニャ」

 

「分かった。取り敢えず、足跡を辿って行商人達と合流しよう。話はそれからだ」

 

イチジクの案内で、足跡を辿る。

どうやら、空からの攻撃を警戒してか木々が生い茂る森の中に逃げ込んだらしい。

 

この辺りは比較的背が高く枝が太い木々が生い茂っているから、身を隠すなら向いているだろう。

 

暫く足跡を辿ると、大きな木に辿り着いた。

 

「おーい!誰か居ないか!?」

 

声を上げて、探す。

すると、木の中幹の根元より二mほどばかり登ったところにある空から、見知った顔が幾つか出てくる。

 

それは、行商人とその下で働いている一人息子と三匹のアイルーだった。

行商人は父親が引退してから、その跡を継いだ息子で俺と同い年だ。

息子が一人おり、既に十五歳とこの世界では立派な大人だ。

その息子と共にこの辺りの村々を行商人として渡り歩いている。

街に構えている自宅には妻と娘が一人、二人の幼い息子が居るそうだ。

 

家族を残して、と考えると余程助けが来たのが嬉しかったのだろう。

満面に嬉しそうに笑みを浮かべて二人と三匹で抱き合って喜んでいる。

 

「おぉ!助けが来たぞ!」

 

「やったにゃ!これで死ななくて済むにゃ!」

 

口々に喜ぶが、俺は喜んで居られない。

 

「何があった?荷馬車の惨状を見るに、リオレウスかリオレイアに襲われた様だが……」

 

「あぁ、そうなんだ。しかも番らしくてな、二頭に襲われたんだ。何時も通り荷馬車の手綱を握ってお前の村に向かっていたら急に襲われて……。今までこんな事は一度も無かったのに」

 

「……番か。もしかすると巣を作ったのかもしれないな」

 

「巣だと!?」

 

「あぁ」

 

竜、と言うのは種類によって繁殖期が異なる。

春夏秋冬、いろんな竜が入れ違いに繁殖期に入っており気を抜けない。

なんなら番毎に繁殖期が違っていたりするのだ。

 

そして件の番は今が繁殖期であり、そして俺の村の近くにある、よく狩りに行く森の少し奥、具体的に言うとディアと初めて出会った辺りよりも幾らか浅い場所にある大木の上に巣を作っている。

そして毎年利用し、子育てをしているのだ。

 

 

実際にそれは今までも知られていた事だし、だからと言って何か大きな実害が出たことは無い。

と言うのもこの辺りを縄張りにしている番が居ることと、その番は基本的に村の近辺にある俺がよく狩りに行く森の奥に巣を構えているから行動半径を考えても、獲物が不足する事なんて有り得ないし村を襲うなんて事は滅多に無いからだ。

 

だがどう言う訳か、今春はこの辺りに巣を新しく作ったらしい。

どうしてだろうか。

 

考えられる原因は幾つかある。

 

一つは今まで使っていた巣がなんらかの理由で使えなくなってしまった。

雨が強く降ったり、風が強いと偶に巣が壊れたり飛ばされたりしていて、次の年に来ると無くなっていた、と言う事がある。

 

ただその場合は、基本的に同じ場所で同じ巣を使う飛竜種は新しく拵えるはず。

 

となるともう一つの原因、何者かによって巣を奪われた、と考えるのが妥当だろう。

春になってここに戻ってくる時にはリオレイアが腹の中に卵を抱えているから、戦えない。

卵を産み、温め育て、孵化した後も付きっきりだ。

 

外敵とは夫婦で戦うが、身篭っている場合、リオレウスしか戦えない。

恐らく、丁度その時で何者かに巣を奪われてしまったのだろう。

 

リオレウスとリオレイアの番は、大抵番で戦えば負けることは無い。

しかし何方かが戦えないとなると戦力は実質的に半減する訳だ。

だから、他のモンスターと戦って負ける、と言うことも有り得る。

 

どの生物もそうだが、妊娠していたり子供が居たりすると気が立っていたりして危険だ。

まぁ、村人が立ち入らない辺りだから心配は無いんだが、今回はそれに加えて巣を奪われた、と言うことが合わさって余程気が立っているのかもしれない。

あとは獲物にあり付けないとか。

 

でなければ人間を襲うなんてしない筈なのだ。

頭が良いから人間を襲うとどうなるか、彼ら竜は知っているし幾ら獲物が無いと言っても人間や家畜を襲う事は極々稀なのだ。

 

子育て中と巣が奪われたと言う二つの要因が重なり相当気が荒くなっているらしい。

しかも次いでに主な獲物となるアプトノスまで連れていたから襲われてしまったのかもしれない。

 

実際、荷馬車は破壊されては居たが荷物である商品は手付かずだったし漁られたと言っても別の生物が食い漁った形跡だった。

 

となると飛竜の夫婦を殺す必要は欠片も無い訳だ。

流石にこのままここに居座らせてしまうと、人間側に何かしらの大きな被害が出てしまうかもしれない。

元いた巣に戻ってもらう事が一番だが、巣を占拠したモンスターによっては難しいかもしれない。

 

飛竜種ぐらいなら、なんとか追っ払えるだろうが……。

 

「取り敢えず、件の飛竜夫婦を探そう」

 

「殺すのか?」

 

「いや、どうにかしてこの辺りから別の場所に移ってもらう」

 

「ふむ、それなら私が話を付けてやろうか?」

 

「……出来るのか?」

 

「出来なくはない。向こうが話に応じれば、だがな」

 

「ならば、頼む。傷付けなくて良いのならそれに越した事はない」

 

「分かった。任せろ」

 

なんと、ディアが飛竜達と言葉を交わす事が出来るらしい。

十年連れ添った仲ではあるが、いやはや驚かされる事ばかりだ。まさか自分の奥さんが、飛竜達と会話出来るなどと誰が想像出来ようか?

いや、そもそもディアは龍な訳だから有り得なくも無い話ではあったのだろうがそれを本人から聞かされるまで想像出来る方が難しいと言うものだろう。

 

こうして毎日、小さな事、大きな事、ディアやディアに関する知らない事を驚きと共に沢山教えてくれるからこれがまた楽しく嬉しくて、幸せでしょうがない。

彼女の事を一つ知れば、また一つ仲が深まるし、繋がりが強くなる。

毎晩の情事と言う物理的な繋がりだけが、夫婦としてのものでは無いのだ。

 

 

 

 

「ふむ、あの木が住処だな。なんだ、巣にどちらとも居るじゃないか。探す手間が省けたな」

 

ディアの後ろを付いて行く。

イチジクには行商人達を村に送り届けるように言って任せて来たからここにはいない。

もし、戦闘になった場合、万が一が有り得るからだ。

 

正直、ディアの事を知ったら卒倒しかねないし、知らない方がいい事、と言うものもある事なのだ。

 

ディアによって、俺達の気配は完全に溶け込まされているのか、まるで気が付かれていない。

どうやらこの大木の樹上に巣を新しく作り今もいるらしい。

 

すると、ディアは俺に少し離れてくれ、と言う。

 

何事か分からないが、兎に角離れろというのならそうなのだろう。

 

すると、ディアは十年前、街に俺を探しに来た時とは逆に、人の姿から龍の姿になった。

 

その巨体は変わらず、神々しく白く輝いている。

 

『ーーー』

 

二足歩行状態に身体を起こし、飛竜の夫婦に声を掛ける。

竜の言葉だから、何を話しているのか、全く分からないがどうやら呼び出した、とかその様な感じらしい。

 

すると、ギャアギャア!!、と騒ぎながら飛竜の夫婦が出てくる。

どうやら逃げる気は更々無く、未だ顔見ぬ我が子を守るべく戦う腹積りらしい。

 

『ーーーーーーー』

 

『ーー!ーーーーー!!』

 

『ーー、ーーーーー。ーーー』

 

『ー、ーーー。ーーー?ーーーー』

 

ディアの足元で聞いているが、うーん、さっぱり分からん。

なんとなく、本当になんとなくニュアンスは感じられるが、それ以外はさっぱりだ。

 

こんな光景、ディアと夫婦にならなければ決して見る事など無かった光景であろうなぁ。

 

などと考えつつ暫く龍と竜の会話をぼーっ、と見上げながら聞いていると話し終わったディアに説明される。

 

飛竜夫婦はどうやら、元居た巣をティガレックスに奪われたらしい。

そのティガレックスは他の同種と比べると身体が大きくより凶暴で強力らしい。

 

リオレウスが戦い、追い払おうとしたが余りにも力の差があり這々の体でリオレイア共々逃げて来たのだとか。

実際、リオレウスの翼の爪は大きく欠けており、顔や身体中にも大きな爪で抉られたであろう傷跡がある。

 

翼膜も穴が空いていたり破れていたりしていて、随分とまぁボロボロだ。

ただリオレイアの方は無傷らしい。

 

そして、この大木を見つけなんとかして急拵えの巣を作り、卵を産み落としたのだとか。

今は温めている最中との事らしく移動しようにも出来ないのだとか。

 

雄火竜と雌火竜は、卵を産むと卵を温める為にリオレイアが専念する。

その間の獲物の狩りなどは全てリオレウスが行い、そして縄張りを守るのも然り。

 

何故なのか、と思うがリオレウスの体温だと熱すぎて卵が死んでしまう、との事らしい。

だからリオレイアが温めなければならないのだが、飛竜の卵と言うのは存外とても繊細なもので少しでも冷えてしまうと卵が死んでしまう。

故に適温であるリオレイアが必要不可欠な訳だ。

 

だがしかし、この夫婦はティガレックスによってリオレウスが傷付けられてしまい狩りがままならなくなってしまったのだとか。確かに翼があれでは、狩りは難しいだろう。

 

そして、小さな獲物一匹を捕まえる事すら出来ず飢えて死ぬか、と言うところに行商人が運悪く、夫婦にとっては運良く通り掛かった。

荷馬車に繋がれたアプトノスなど、幾ら怪我を負っているリオレウスと言えども仕留められるし、狩れる。

人間に手を出せばどうなるかは分かっていたが、生きる為に、と言う苦肉の策だったらしい。

 

それを聞いて、さてどうしたものか。

今直ぐここから立ち去れ、と言うことは簡単だが、そうなっては双方ともに牙を向いて戦わなければならなくなるだろう。

 

しかしこのままの野放しにする訳にも行かない。

それにここは村からそれなりに距離があり、常に俺が見ていられる訳では無い。

 

どうしたものか……。

 

腕を組んで、うーんうんと悩むが解決策は出てこない。

見た限りだと、リオレウスの傷が完全に癒えるのにはまだ暫く時間が掛かるであろうしその間狩りが出来ぬとなれば死活問題。さりとて俺が獲物を獲ってくると言うわけにも行かない。

 

それは余りにも自然に干渉し過ぎる行為であり、一度楽を覚えてしまうとどの生物も同じで、より楽に、より楽な方へ走ってしまうのだ。

それが意味する事はこの夫婦が厳しいこの世界で生き残る力がその分減ってしまうからだ。

それだけでなく、これから先、人間への直接的な脅威となり討伐されてしまうかもしれない。そう言ったことを防ぐ為にもすべきでは無いのだ。

 

『フェイ、確かよく行く森にこれと同じぐらいの大木があっただろう』

 

「あぁ、それがどうかしたのか」

 

『あそこに移り住んでもらうのは駄目か?』

 

「俺は、この夫婦が人間に害を与えない、と言うのであれば構わないが村の皆がなんと言うか……。それに、卵は孵化するまで動かせないのだろう?」

 

『孵化するまで、此処に居て、孵化したら移動すればよい。行商人のアプトノスがまだ何頭分かあるだろう?あれで食い繋ぐようにすれば問題なかろう』

 

ディアにそう、提案されるがさて……。

森の中にある大木に移ってもらう事自体は簡単だし、別に此方に害を及ぼさないと言うのであれば特に俺は反対しない。実際、それよりも凄い存在であるディアが奥さんな訳だし。

 

だが、そうは言っても村の皆がどう思うか、と言うことだ。

十中八九反対するだろうし、なんなら討伐依頼を出してくるかもしれない。

 

まぁ、害が無いのであれば要監視、と言うことで済ませられるがその間、皆に村の外へ全く出るな、と言う訳にも行かない。

 

しかしこのままでは、問題は解決しないし行商人が来る事は無くなるだろう。

ただでさえ荷馬車とアプトノス、そして積荷を殆ど、全てと言っていいほどに失っているのだ、これ以上それが続きそうであればどう考えたって採算を考えてしまえば来なくなる。

 

そうなったら行商人から手に入れるしかない物が手に入らなくなる。

作物などは自分達で育てればいいが、病気などに用いる薬などは手に入らなくなる。

 

……仕方が無い。

 

「分かった。卵が孵ったら森の大木に移動してもらう様に言ってくれ。村の皆の説得は俺がどうにかする」

 

『ありがとう、フェイ』

 

腹を括ろう。

かなり無茶かもしれないが、そこは村唯一のハンターとしての立場を存分に利用させてもらおう。

 

ディアが再び、飛竜夫婦に向き直り今会話した事を説明する。

すると、その夫婦は分かった、と言わんばかりに頷いた。

 

そして俺を見て、何やら低く唸った。

 

『ありがとう、と言っているぞ』

 

「気にするな、と伝えてくれ。それと人間に危害を加えなければ、此方も手出しはしない。そこだけは徹底してくれ、と言っておいてくれ」

 

『勿論だとも』

 

ディアによりその説明の通り、飛竜夫婦は卵が孵化した後に森の大木に巣を移した。

村への説明には少しばかり手間取ったが、此方が手出ししなければ襲ってくることは無い、と説得しなんとか頷かせる事が出来た。

それに、実はメリットが無い訳では無い。

 

飛竜夫婦は新しくこの辺りを縄張りにしたから、他のモンスターが縄張りに侵入することを完全にでは無いがある程度防いでくれる。

だから、森の安全も幾らか高くなるのだ。

流石に村人だけで森へ採取に向かわせることはやはり危ないから出来ないが、村の近くぐらいまでなら恐らく問題無いだろう。

 

行商人は、問題が落着してからギルドに連絡し、街へ帰っていった。

どうやら荷馬車や積荷、アプノトスに保険を掛けておいたから、全てとは行かないが半分ぐらいは戻ってくるらしい。

 

それを聞いて安心した。

彼らは、今後もこの村以外にも今までと同じ様に行商する為に渡り歩くそうだ。

 

俺のせい、と言う訳でもないがハンターとして安全を確保出来なかったから、少しでも再建に役立ててくれれば、と幾らかの金を渡した。

行商人は、そんな事はないと言ってくれたが、責任は重い。

今回は人命も竜達も少ない被害で済んだから良かったが、最悪の場合、双方共に命を失っていただろう。

 

ともあれこうして、一連の騒動は幕を閉じた訳である。

 

 

 

因みに、その騒動が解決した晩のことだ。

ディアは、俺が平和的解決に尽力してくれた事、そしてそれが成功したことが余程嬉しかったらしく。

何時もの激しく甘い情事とは違い、やたらと甘くひたすらに甘く優しく励むことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから毎年春になると、あの飛竜夫婦は森の大木に戻ってきて、子育てをし冬になる前に南へ飛んでいく。

飛竜夫婦はここに滞在していると、時折村の遥か上空を飛んで吠える。

龍になって五感が鋭くなった俺と、元々鋭いディアだけが聞こえるのだ。

 

ディアによると、あの時の感謝を小さいながら伝えているのだとか。

 

春から夏の間に森に行って出くわすと、互いに顔を合わせつつ触れないように静かにその場を去る。

 

 

 

そして件のティガレックスだが、何年か後になってディアが飛竜夫婦に聞いた話だと何処か別の場所に移動したらしい。

それならば元いた場所に戻るのか、と聞いたがどうやら相当に荒らされてしまって到底戻れそうにないらしい。それに別の竜が縄張りにしていて、戻るために命懸けで争うぐらいならば、そのままこの森に居着きたいのだとか。

引き続き人間には害を与えないから、宜しく頼む、と。

 

それによって、まぁ別に構わないか、と俺は思ったし村の皆も害が無いなら、と言うことで納得していた。

 

 

今では春になると、村の皆も此方に牙を向けないのなら別に良いか、と村の上空を飛ぶ飛竜を見るのが村での春の訪れを告げる風物詩になっている。

 

「今年も来たなぁ」

 

「おぉ、おぉ空飛んで気持ち良さそうだ」

 

「まだ肌寒いけどな」

 

なんて会話が毎年されている。

 

 

 

これが、竜と人が共存する、理想の光景なのかもしれないな……。

 

 

などと嬉しく思いつつ。

 

今年もまた、春が訪れるのを飛竜夫婦を見て感じるのだった。

 

 

 

 

 

 







因みに投稿日の翌日は作者、休みです。
有給って言うものを使いましてですね。さぁて、他の作品も執筆しないと!(深夜テンション)








龍の恩返し ノクターン版
https://syosetu.org/novel/269547/


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