World Rebirth   作:天澄

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Prologue
世界崩壊Ⅰ


「……は?」

 

 それは突然だった。

 少年はいつも通りの何でもない日常を送っていただけだった。

 黒猫が目の前を横切っただとか、靴紐が切れただとか。そんな凶兆は存在しなかった。

 本当に突然、それは起こった。

 

 ()()()()()()()()

 

 少年が暮らす、四国の端から世界が燃えていくのが見えた。

 あまりにも突飛な光景に、少年含め誰もが呆けてそれを見ているしかなかった。

 そしてそんな彼らが意識を取り戻したのは、それよりも凄惨な光景を見た瞬間。

 

 ――人の頭部が噛み千切られた。

 

 白い化け物。そいつがパクリと、一口で人の頭を食べてしまった。

 噴き出す血。力を失い倒れこむ身体。

 世界が燃えていくのと同様、現実離れした光景にしかし。今度は飛び散った血を浴びた女性が、絹を裂くような悲鳴をあげたことで人々は意識を取り戻した。

 

 理解が及ばない光景。けれど自らの命が脅かされているその状況に、人々は混乱の渦へと飲み込まれた。

 多くの人々が我先にと逃げ出す。中には果敢にも、あるいは混乱の果てに白い化け物へと殴りかかった者もいたが、その誰もが無情にも返り討ちにあい、命を散らしていった。

 

 かく言う少年も、濁流とでも言うべき人の流れに飲み込まれ、また少年自身死にたくないという思いもあり、ただ逃げ惑うことしかできなかった。

 家族や友人のことなんか少年の脳裏に思い浮かびもしなかった。ただ現状に困惑し、恐怖するばかりでそんなこと、考えもしなかった。

 

 ……だからそれは偶然。

 

 逃げ惑う人々の中、押し退けられ、転んでしまった少女が少年の目に留まったのは、本当にただの偶然だった。

 後ろには、白い化け物が来ている。このままいけば少女は化け物に食べられ死んでしまうだろう。

 別に、少年には助ける義理もない。放っておいたって、何人もいる犠牲者が一人増えるだけである。

 責められる謂れだってない。誰だって自分の命が惜しいし、少年が責められるのであれば、ここにいる多くの人間が責められることになる。

 

 そんな理屈は少年もわかっていた。

 

 それでも少年は、少女を助けに動いていた。

 

 少年は別に自分を善人だと思っていない。自らを犠牲に見知らぬ誰かを救おうなどという、突き抜けた善人は気が狂ってるとさえ思っていた。

 だから少年が少女を助けようとしたのは、自分のためである。少なくとも少年自身はそう思っていた。

 

 ……もし仮に彼女を見捨てて生き残ったとして。

 

 (()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 少年の頭にあったのはそんな考えだった。

 明日が保証されているような状況でもないのに、そんな理由で助けに行く自分はきっとバカなんだろうと、少年は自嘲した。

 

「ォォオオ!!」

 

 けれど、少年は無策で飛び出すような本物の馬鹿ではなかった。

 少女に噛みつこうととした白い化け物にドロップキックをかます。

 後先なんて考えない、ただただ勢いだけを求めた一撃。

 おかげさまで落下時にぶつけた少年の肘は痛んでいたが、少年の目論見通り、白い化け物は道の端へと吹き飛んでいた。

 

「ッシャオラァ! 見たか化け物人間様ナメんじゃねぇぞアァン!?」

 

 人間を食べていた。見知らぬ人間が戦う様子を見ていた。

 だから倒せることはないとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()

 少年はそこまでは考えていて、彼の力で吹き飛ばせるかどうかまでは考えてなかった。

 

 割と賭けであったために感じていた恐怖心を誤魔化すように、少年は中指を突き立て虚勢を張る。

 あと普通に一矢報いたので少年の気分はよかった。ざまぁみろ、とは少年の心の声。

 

「ほら立って、逃げるぞ!」

 

「ぁ……え……」

 

 死ぬと思っていたからか、少年の言葉に対し少女の反応は悪い。

 また腰が抜けでもしたのか、立ち上がる様子は見られなかった。

 仕方なしに少年は少女を背負い走り出す。少年がそれなりに鍛えてる……だけじゃない。少女が驚くほど軽いため、充分逃げるだけの余裕がありそうだった。

 

 とはいえそれは体力面の話。状況的な話をするのであれば少年たちには余裕などありはしない。

 少女を助けに行ってしまったために、先に逃げた人々よりも少年たちは白い化け物共に近い。

 真っ当に逃げれば彼らは食べられてしまうだろう。少年は辺りの様子を確認し、咄嗟に逃げる方法を考えた。

 

 大通りから離れ、路地へ。曲がる時に少年はチラと様子を伺う。

 

「ゲェ!?」

 

 少年が思っていたよりも化け物の復帰が早い。ただ走るだけではすぐに追いつかれるだろう。

 だから咄嗟に、曲がり角を抜けて路地へ入ってきた化け物に向かって、少年は大きなポリバケツを蹴っ飛ばした。

 

「重ぉ!?」

 

 蹴とばせなかった。

 

 ただ倒れただけのポリバケツからは、黒い袋に包まれたゴミが転がり出てくるだけだった。

 ……化け物にも感情があったのか、一瞬お互いの動きが止まる。

 

「――うわぁぁぁぁ!?」

 

 思わず少年は別のポリバケツを化け物に被せた。

 

「おわぁぁぁぁ!!?」

 

 ポリバケツの底が齧られてあっさりと脱出された。

 

「やぁぁぁぁ!!?」

 

 条件反射で殴った。意外と吹き飛んだ。やはり己が拳こそが信頼できると、少年は妙な自信を得ていた。

 

 そのまま少年は路地にある扉を片っ端から開くか試し、偶然にも鍵がかかっていなかった建物へと飛び込んだ。

 そこで一息――というわけにもいかない。

 ポリバケツの底をあっさり破り、人の頭を食いちぎるのだ。恐らく扉だって食い破ってくると、少年はそこで気を抜くことをしなかった。

 

 故に休まず少年は上へ。流石にいくら軽いとはいえ、少女一人を背負って階段を走りあがるのは少年にはキツかったが、下からは扉が壊れる音が聞こえてくる。ここで止まるわけにはいかなかった。

 

 少年は息を荒げながら屋上へと飛び出す。

 無論、彼は建物内に隠れていることも考えた。少女を背負っていることを考慮するのであれば、そちらの方が体力的に安全だった。

 だがあの化け物には多少なりとも知能があることを少年は見抜いていた。

 少年たちがこの建物内に逃げ込んだことを把握されている以上、やつらはこの建物を徹底的に探す――少年はそう読んだ。

 そうなれば、化け物に見つからない隠れ場所を、即座に見つけられるかどうかが問題になってくる。

 完璧な隠れ場所を見つけられるか、屋上周辺に別個体がいないか。

 少年は後者に賭けることにした。

 

「……っし、何もいねぇ」

 

 そしてその賭けに少年は勝利した。

 少年が扉を開けて出た屋上には化け物はおらず、周囲を観察してみれば、既に遠くへと逃げた人々の集団を追いかけて、ここからは離れているようだった。

 

 これなら、と少年は周りの建物を観察する。

 基本的にはこの建物よりも高い建造物が大半。

 しかし一つだけ、ここから屋上を見下ろせる建物がある。

 高さの差はそれほどでもない。こちらの建物よりも少し低いかな、といった程度だ。

 

「やるしかねぇ……やるしかねぇがクッソ怖ぇ……!」

 

 建物同士の間は1メートル程度。距離としては十分越えられる範囲。

 ただそれはそれとして、単純に高所から高所へと飛び移るのは怖い。命綱もなしにビルからビルへ。普通の少年でしかない彼にはそれが本当に怖かった。

 

「でも行くしかねぇんだよなぁ!!」

 

「……へ? ――ひゃあぁぁぁぁ!?」

 

 しかし躊躇っていれば、それだけ化け物に時間を与えてしまう。

 この建物に入ってきた個体が上まで上がってくるかもしれないし、別の個体が少年たちを見つけるかもしれない。

 そんなことになれば、また逃げきるための方法を考えなければならなくなる。そうなれば流石に逃げ続けるための体力が持たないだろう。

 

「ぐ――おぉぉぉぉ……! 脚がぁ……!」

 

 それが少年にはわかっていたから、少年はビルからビルへ飛び移った。

 流石に人二人分の重量は少年には支えきれず、呻き声を上げながら、耐えきれずに尻餅をつく。

 それから少女の様子を見れば、そこで初めて少年は涙目になりながら顔を真っ青にしている少女に気づいた。

 

「あー……えっと、ごめんな」

 

 普通に申し訳なくなり少年は謝るが、状況的に仕方ないので許してもらいたいとも思った。

 ただここで許しを乞うている時間はなかった。未だに衝撃で若干震える脚を引きずるようにして、少年は建物内へと入っていく。

 

 そこまで行って、とりあえず一息。脚を休めるためにしゃがみ込む。少女も休ませるため、背中から降ろした。

 だが少年は頭を休ませることはしない。あくまで、今は少しだけ休む時間を確保できただけということを、少年はしっかり理解していた。

 先程までいた建物の探索を化け物が終えた時、少年たちが既にいないと認識したら周辺を探し出すであろう。その場合、仲間を呼ぶ可能性もある。

 そして探すのは無論、周辺の建物になる。そうなればここに隠れ続けていれば見つかってしまう――そう少年は判断する。

 

 タイミングを見て、更に逃げる必要があった。

 

「もう少し休んだら、動く。さっきみたいな無茶が何度もあると思うけど、頑張ってくれ」

 

 こくこくと、少女が頷きを返す。

 背負われているだけなのだから、少女は気楽なもの……なわけがない。むしろ背負われているだけだからこそ、彼女の精神的疲労は大きかった。

 見知らぬ男に自分の命を預けている状態。思ったように逃げることもできず、少年も説明している余裕がないため、意図の見えない逃走が行われる。それは少女の精神にそれ相応の負荷をかけていた。

 しかしそれ以外の闘争手段があるわけではない。少年はせめて青い顔の少女を安心させられるようなことが言えればと思ったが、安全な場所があるかもわからない今、無責任に必ず助かるなんてことは言えなかった。

 

「……俺も精一杯頑張るからさ。しばらく付き合ってくれよ」

 

 だからそれが少年の言える限界。気休めになるかもわからない言葉に内心申し訳なく思いながら、少年は再び少女を背負い走り出した。

 

 

 

 

「だぁー! クソッ、限界だろこれ……」

 

 少女を下ろし、少年は地面へと倒れこむ。延々と逃げ続けて、どれだけ経ったかももう少年にはわからない。

 道中、助けられる人は助けて、それでも少年が最後まで面倒を見れたのはこの少女一人だった。

 少年だって我が身が惜しかった。少女以外の誰かを抱え込む余裕は少年にはなく、その場だけ助けてその後は無責任に放置するということが幾度もあった。

 

 ……しかしそれも、しばらく前までの話。いつからか、彼らが人と出会うことは少なくなっていき、代わりに化け物を見かけることが多くなっていった。

 

「でもま、当たり前か」

 

 こんな状況じゃな――周囲を見回しながら、少年は思わず言葉を漏らしていた。

 

 赤く染まる空。燃え盛る大地。もはや人が存在できる場所などほとんどなく、今彼らがいるような辛うじて燃えていない場所がいくつか点在しているだけだった。

 今だって遠くに見える燃えていなかった場所――人がいたはずのそこが炎に飲み込まれた。

 ここまでくれば、目的は達したと言わんばかりに飛び回っている化け物の数は少なくなっていた。

 いなくなったわけではない。あてもなくフラフラと飛び回ってはいるが……運が悪くない限りは、見つかることはないであろう程度の数になっている。

 こうして生き延びているあたり、今日の自分は運がいい方だろう。だから見つかることはない――少年はそう信じることにした。

 

「悪いな、何とかならんかったわ」

 

 はっはっはっ、と少年が笑ってみせれば、少女も淡くだが微笑む。

 ……ここまで結局、少女は声を発さなかった。途中、少女の叫び声を少年は聞いている。だから声が出せないわけじゃないだろう。

 おそらく、出せないのではなく出したくないだけ。

 ただ少年にとっては今更気にしてもしょうがない話だった。流石にこの状況からでも助かる、なんて風には少年は思えない。

 だったら少女にとって嫌な思い出があるかもしれないことに触れずに、このまま終わった方がいいと少年は判断した。

 

「ふわぁ……あー……流石に疲れたな……」

 

 そんな風に考えていたら、疲れから少年を眠気が襲う。

 当然といえば当然であった。合間合間に休んでいたとは言えど、少年はずっと逃げ続けてきたのだ。

 身体が休息を求めるのも当たり前の話だった。

 

「……ちょっと俺は寝るわ。まぁ……目が覚めたらまた会えることを祈ってるぜ」

 

 無理だろうけど、という言葉は飲み込んだ。最後の最後が絶望的なのは少年の性に合わなかった。

 頑張った自分を褒めて、ご褒美代わりの休息を取る。それが少年が今自分に与えられる、ささやかな幸せだった。

 あとはちょっとだけ、目が覚めたら全部夢だったというオチを期待して。

 

 薄れていく意識の中、傍らに自分以外の暖かさを感じ、少年は信頼してもらえたのかなと少しだけ嬉しさを味わいながら――

 

 

 

 

 

 ――そうして、少年は無事に目を覚ました。

 

「は?」

 

 少年は寝起きがいい方だった。起きてすぐに頭は回るタイプだ。

 だからすぐに寝る直前の状況を思い出して、何故生きているのかと疑問を抱いた。

 

 状況確認。

 少年の視界に映るのは、殺風景な一室だった。少年が寝ているベッドの他には机と椅子程度しかない。

 布団を捲れば隣には少女の姿が確認できる。そして窓から外を覗けば、赤く燃える世界がそこにはあった。

 夢オチではない。世界が燃えたのも、化け物から逃げたのも全て事実。

 その上で、最後寝たあの状況のまま、少女と共にここに連れ込まれた――少年はそこまで考えて疑問を漏らす。

 

「だけど、どうやって?」

 

 少なくとも少年が確認できた範囲では最後のあの場所の周辺には無事な建物などなかった。

 だから必然、最後に少年が眠りに落ちたあの場所からはそれなりに離れた場所になる。

 

 しかしこの燃える世界の中で、どうやって二人も運んできたのか。

 加えて言うなら、何故この燃える世界でこの建物は無事でいられるのか。

 

 少年が改めて外の様子を見てみれば、この家の周辺だけ不自然に無事だった。何らかの方法でここだけ保護しているのか。

 化け物が寄り付く様子もない。なんとなくではったが、ここが今この世界で唯一安全な場所なのだということを少年は察した。

 だがそうなると、今度はどうして自分たちがここに回収されたのかがわからない少年にはわからなかった。

 

 (無事な人間を片っ端から回収したのか? その中に偶然俺たちがいただけ……となると、大分運が良かったことになるが……)

 

 そんな風に少年が考え込んでいると、がちゃり、と扉の開く音が響いた。

 思わず少年が視線を向ければ、そこには爽やかな風貌の青年が立っていた。

 

「ああ、目が覚めたのか。良かった」

 

 心底良かったと思っているかのような、安堵のため息が青年の口から漏れる。

 だが少年は彼を知らなかった。見知らぬ他人の無事を確認して安心するとは、よっぽどのお人好しなのか、あるいは何か目的があるのか。少年は訝しむ。

 

 そんな少年の考えを見抜いたわけではないだろうが、青年は表情を一転させる。

 安心したようなものから、どこか焦りの滲む真剣なものへと。

 

「……申し訳ないが、時間がないから単刀直入に言わせてもらう」

 

 そして少年の考えは後者が正解だったらしい。青年は真剣な表情のまま、少年に向かって頼みを口にした。

 

「世界を、救ってほしい」

 

 あまりにも、突飛な頼みを。




以前適当にぶん投げたもんを連載用にチューンした。
だから今度は続くんじゃない? 知らんけど。
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