走りながら状況を確認する。
男性が一人、それを追うようにバーテックスが二体。
道中には瓦礫が多数。男性を誘導して、瓦礫に隠れながら敵を撒く――バーテックスの飛行能力と壁を破壊できる膂力から不可能。
辺りは他に目ぼしいものはないが、戦闘が長引けばバーテックスの増援が来るだろうと楽観視しないように、自らを戒める。
そこまで一瞬で考えた友護は端末から短剣を呼び出した。
(戦いたくなんかない。怖いのは、ましてや痛いのはもっと嫌だ)
友護の感性は至って普通のものだった。痛いのは嫌だ。怖いのは嫌だ。
その上で、他人のためにそれを乗り越えるだけの理由はなかった。
だから友護が目の前の男を助け出すために、バーテックスとの戦いを選んだのはもっと別の理由。
(だけどこれが最善だという確信がある!)
それは直感。理屈など存在しない、こうすべきだという思いつき。
(速度が、遮蔽物が足りない! この状況下で逃げるとしても戦った経験なんかない俺が二体も捌けるわけがない!)
そしてその直感が出した結論に理論を繋ぐ。
結論ありきで理論を組み立て、成立させるための絶対条件を友護は割り出す。
(初動で一体! 一撃とは言わないが少なくとも開幕の数瞬で一体は倒すことが必須!)
この段階で友護は初動で一体倒せなかった場合、男性を見捨てることを決めた。
また倒せたとしても、敵の増援が来た場合も男性を見捨てることも決める。
男性を見捨てずにそれでも助けようとするのはもはやただの無謀だ。友護は自分の価値を考慮した上で明確なボーダーラインを設定した。
バーテックスに向かって駆け出す。
現状、友護が確認したバーテックスはどの個体も反応が鈍い。
それは人間相手に殺されるなどと思っていないからか、あるいはそもそも死を恐れていないのか。
どちらにしても人間に対する警戒が欠片も存在しないが故の鈍さだと友護は睨んでいる。
故に、確実に先手が取れる。
「――オオォォ!!」
短剣を逆手に握り、拳を叩きつけるように短剣を突き刺す。
短剣の正しい扱いなど友護は知らない。どうすれば上手く切れるのか、短い刃でどうやって致命傷を与えるのか。
だから友護にできるのは自分の知識で無理矢理短剣を扱うことだけ。
勢いよく飛び掛かれば、その勢いと自重をかけることができる。
短剣の扱いはわからなくても、拳を叩きつける動作なら難しくない。
致命傷の与え方だけは友護の知識では代用できなかったから、短剣を突き刺した後、傷を広げるように滅茶苦茶に短剣を動かした。
バーテックスが暴れだすのに、必死にしがみつく。
足で挟み込むようにして体を固定し、ひたすらに傷口を抉る。
正直、抉る度に伝わってくる感触が気持ち悪かった。
化け物相手とはいえ、生物らしきもの相手の傷口を抉るなんて行為は今まで普通の生活を送ってきた友護にはあまりにも馴染みがなく、気持ちが悪いものだった。
けれどその気持ち悪さに友護が怯むことはない。命がかかっているのがわかっているから。
念入りに、何度も抉り続け――咄嗟に距離を取った。
直後、目の前を通り過ぎるバーテックスの口。
友護が襲い掛かったのとは別の、もう一体のバーテックスのものだ。
友護を狙った噛みつきが、しかし友護が咄嗟に離れたことで空振り……代わりに最初に友護が飛びついたバーテックスへと当たる。
バーテックスには通常の攻撃は効かない。神樹様の力が宿っていれば、先ほどのようにダメージを与えることができる。
ならば、バーテックスの攻撃ならば?
その答えが、今友護の目の前にあった。
バーテックスがバーテックスを食いちぎる。
狙った対象ではなかったからか、食いちぎった後バーテックスは首を傾げるような動作をし……そのまま咀嚼して飲み込んだ。
どうやら仲間意識のようなものもほとんどないらしい。
短剣という小さな武器ではどれだけダメージを与えられるかわからない。
人間で言う心臓のような、そこを刺せば殺せるという場所もあるかわからない。
その上で友護が選んだ確殺手段が、同士討ちだった。
賭けではあった。バーテックス同士の攻撃が確実に通る確信はなかった。
けれど友護の手札に確殺手段がない以上、そこに賭けるしか友護にはできなかった。
「よし、おいあんた! 逃げ――」
一体なら友護でも捌ける。友護は男の方を振り返り……思わず動きを止めた。
――そこには、いつの間にか現れた別個体のバーテックスがいた。
「ッ」
一瞬、躊躇う。条件反射で男を助けようとし。
自分で定めたボーダーラインを思い出して、折り返そうとして。
「――ハァッ!!」
蒼い閃光が奔った瞬間、バーテックスが両断された。
何事か、友護が呆けている間に再び閃光が奔ったかと思えば、もう一体のバーテックスも両断されてしまった。
「……ふぅ」
たった一人でそれを成した
「安心してください。必ず助けます。ですので急いであの光のドームの方へ」
いや、欠片も安心できねーよ。
友護はそんな言葉を飲み込んだ。
余裕はなく辺りを警戒し、こちらを一切見ないような人間に安心しろと言われても、友護にとっては安心できる要素などなかった。
とはいえ友護よりも強いことだけは間違いない事実。そんな人間が警戒を解かないという事実が怖いが……一先ず、少女の先導に従うことにした。
『……友護くん。聞くだけで返事はしなくていい』
思わず一瞬、男と少女へと顔を向けるが二人に聞こえている様子はない。
本当に自分にしか聞こえないんだな、と納得しながら友護は春信の話へと耳を傾ける。
『この段階でこの世界は僕たちの世界から見て過去であることが分かった』
先ほどあった平行世界同士での時間のズレの話だろうか。
しかしこの短期間で何か確信を得るようなものがあっただろうか。
少なくとも友護の記憶にはなかった。
『君を助けてくれた方、あの方は僕たちの世界にもいた』
戦えていることから、勇者として結果を残した人類だろうかと予想する友護。しかしその予想は外れることとなる。
『――あの方は乃木若葉。初代勇者だ』
……思っていたより、大物だった。
◇
「あちらへ。大社の者が休める場所まで案内してくれます」
少女が真面目腐った顔で数人の人間が待機している場所を指さす。
この女、さては日ごろから真面目なタイプだな? と友護は外での少女の様子の理由に検討をつけた。
そう、外。
春信の言っていた通り、光のドームの中には街が広がっていた。
友護も見覚えのない景色というわけではない。
この辺りはあまり友護には縁がなかったが、丸亀城なんかは友護にも見覚えがあった。
とりあえず大赦の人間が案内してくれるらしいので、友護は男と共にそちらに向かおうとする。
しかし友護はすみません、とその前に少女――乃木若葉に声をかけられた。
「あなたには少し聞きたいことが。あちらの方とは別でこちらへ」
有無を言わせぬ、というか。逃がさないという空気を友護は感じた。
何が理由か――すぐに友護は気づく。本来ダメージを与えられないはずのバーテックスに友護は短剣を突き刺していたのだ。
事情聴取をされる。それを理解した友護は、即座に適当な言い訳を頭の中で組み立てていく。
「さて、いくつかお聞きしたいことがあるのですが……」
「その前に自己紹介と行こうぜ。話、し難いだろ」
そうですね、と相変わらず真面目な顔のまま頷いた乃木若葉は、こちらを見ることもなく歩き続けながら名前を言う。
「私は乃木若葉です。そちらは?」
名前だけかよ、という喉元まで出かかった言葉を友護は飲み込んだ。
なんというかまぁ、良くも悪くもこの年頃の少女らしくない子だな、と思いながら友護は名乗りを返す。
「俺は結城友護。高校二年の十七な。あー……」
何か続けて自分のことについて話そうとして、しかし友護はそこで言葉を止めた。
なんとなく、この少女には自分の言葉は響かないと友護が察したからだ。
「とりあえず、そっちが聞きたいことの前に今どういう状況なのか教えてくれないか? 俺、あの化け物から逃げるの精一杯でなんも把握できてないんだよ」
流れるように友護は嘘を吐く。全く把握できていないわけではない。化け物の素性は知っていたし、春信に聞けばこの時代の情報を聞くことができるだろう。
ただそれはあくまで友護の世界での過去の話でしかない。この世界の話ではないため、ズレがあるだろう。
あとは友護には状況を聞いて自分の立場をどう置くかを考えようという魂胆があった。
「そう、ですね……。簡単に説明します」
そうして聞いた説明は、概ね友護の世界と同じものだった。
外に敵がおり、それによって世界が滅ぼされかけたこと。
一部だけに結界が張られその中でのみ人間が生存していること。
滅ぼされた部分には化け物が歩き回っていること。
炎に飲み込まれず、まだ瓦礫などが残っていたのは滅ぼされてからの時間の差だと春信さんが教えてくれた。どうやら滅ぼされてからそんなに経っていないらしい。
……決定的に違ったのは、神樹様と結界の規模だ。
友護の世界では地の神々が合体して神樹様になった。しかしこの世界では地の神々が合体できなかったようなのだ。
そのため日本各地に小さな神樹が点々とあり、結界の大きさもそれに準じたものとなっているようだ。
例えば、若葉が守っているこの結界は丸亀城を中心とした小さな範囲。これが複数あり、そしてその結界にそれぞれ一人、勇者がおりその結界を守っているらしい。
「それぞれの結界間で連絡も安定しないので、情報すら不足している状況ですね……」
なるほどな、と友護は頷く。この状況なら……と友護は自分の立ち位置を決めた。
「じゃあこっちの事情説明……って言っても話せることそんなにないんだよな」
頭の後ろで手を組みながら、なんでもないことのように友護は言う。
「気づいたら世界が滅びてるし、この短剣だって偶然拾っただけだしなぁ」
そう告げると若葉はどちらかと言えばほっとしたような顔をした。
安心するような要素はあったか、何か疑われていたかという疑問を友護が覚えていると、若葉が神妙な顔をして立ち止まる。
「……そういうことであれば、安全な場所に着いて早々で申し訳ないのですがお願いがあります」
お願い、と言われ首を傾げる。
友護としては自分を状況もわかっていない巻き込まれた一般人に置いたと考えている。
そのため戦える人間である若葉にお願いされるようなことがあるだろうかと考え……気づいた。
状況を整理し直す。結界に一ヵ所につき勇者という戦力は一人。
つまりバーテックスの攻撃や、先ほどの救出劇のようなことがあった場合、対応できるのは一人しかおらず、気を抜くことができない。
「後ほど大社の方から正式に通達があるでしょうが、一応私の方から先に」
その状況下で現れたどこの結界にも、言ってしまえば所属していない戦える戦力が一人。
かつその人間は助けてもらった側であり、しばらくここに滞在するであろうことからそれ相応の対価を要求できる。
つまり、他の逃げてきた人間と同じ扱いをするだけで確保できる人材。
「――結城さん、私と一緒にこの結界を守っていただきたい」
頭を下げる自分より年下の少女を前にして。友護は自分が逃げられない状況に陥ったことに気づいた。
イメージはみんな諏訪状態。