「うーーーん……」
困った、と友護は呟いた。
結局あの後、大赦から正式に力を貸してくれと依頼があった。
条件としては衣食住の向上。限られた資源の中で最善を尽くしてくれるようだった。
……ただし、断った場合の話がなかったあたり、決定事項として話が進んでいる節があった。
一応、友護としても理解できない話ではない。
詳しい現状を大赦側から聞いたところ、現在若葉が過労気味のようだった。
一人でバーテックスの襲撃を防ぎ、その上で周辺の探索、警戒。人を発見した場合には、友護の時のように保護までやっているらしい。
大赦としては襲撃と警戒のみに抑えてほしいようだが……若葉という少女は責任感、正義感が強く、無茶する人間らしかった。
そのため、交代式で若葉を休ませることのできるように、大赦は友護を逃がしたくないという状況。
断る隙を与えず、強制的に恩を与えて逃がさないようにするかのようなやり口に、友護としては思うところもあったが……一先ず友護はそれを受け入れることにした。理由はいくつかある。
「……最悪、無理矢理離脱もできるしな」
まず、仮にこの世界の大赦が友護を逃がさないようにしようとしても、友護には自分の世界に帰ってしまうという方法がある。
例え友護を牢屋なりに閉じ込めようが、元の世界への帰還は端末を通して実行される。
いなくなろうとしていること、その起点が端末であること。この二つさえ気取られなければいつでも脱出できる。
それからこの世界から神樹様の力を分けてもらうのは、友護がこの世界に存在しているだけでいいというのがある。
神樹様の力がなくなってしまったため、平行世界からその力を補填する、というのは友護も聞いていた。
ではその具体的な手段は? それを春信に確認したところ、曰く、友護が平行世界にいるだけで成立するとのこと。
友護が平行世界に存在することで、友護の世界と平行世界の間に繋がりが生じ、それを通して神樹様同士をリンクさせてその力を分けてもらっている……らしい。
詳しいことはやはり、素人の友護にはわかりそうもなかったし、今は理解のためにリソースを割くべきではないと理解することを諦めていた。
「今重要なのは、俺がこの世界にいるだけで意味があるってこと」
この世界での振る舞いは友護に一任されている。
最初こそこの世界の調査を指示されたが、あれだって結局は友護が長期間安全に滞在できる場所を見つけるためだった。
だからこうして結界内で安全を確保した以上、何をするかは友護の自由だ。
友護は大赦から与えられた部屋の冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、一口飲むことで喉を潤した。
それから思案しながらしばらく、キャップを締めたペットボトルを投げてお手玉のようにして遊ぶ。
「――よしっ!」
最後に一度、高く放り投げてキャッチ。方針を決めた友護は立ち上がり、とある場所へ向かって部屋を出た。
◇
「というわけで稽古つけてくれ!」
「何がというわけなのですか……?」
ひたすら困惑の表情をする若葉に、友護はまぁまぁと適当な言葉をかける。
そのまま若葉がいた道場へと入り、中の様子を窺う。
……特に、不思議な点はない普通の道場だ。初代勇者が鍛錬を行う道場と聞いていたため、友護は特別なトレーニング設備でもあるのかと思ったがそんなことはない。
シンプルな板張りの床に、壁際に木刀が何本か並んでいる。珍しいものと言えばサイズまで再現したバーテックス型の人形があるくらいだろうか。おそらく、的として利用しているのだろう。
「いやさ、俺もバーテックスと戦ってくれって話になっただろ?」
木刀の中から比較的短い――小太刀型のものを友護は手に取る。
友護の本来の得物である短剣より些かリーチは長いが、完全に同じ形のものはない。練習用としての妥協点はここだろうと友護は判断していた。
「だけど俺には戦闘の経験なんてありゃしねぇ。だったら鍛錬を積み重ねるしかない。違うか?」
「確かにそうだとは思いますが、何故私の下に……」
まぁ確かに、大赦の方から専用の教官を充てるという話はあった。専門家、という程ではないがある程度短剣の扱いに精通している人間だ。
別にそっちに教わったとしても、友護からすれば問題はなかった。しかしいくつか思うところがあったため、友護は若葉に稽古をつけてもらいにきていた。
「現状、バーテックスとの交戦経験があって、その上で勝利したのってあんただけだろ? そういう経験から得られるものは大事だろ」
これが、表向きの理由。友護が大赦と相談して若葉に伝えることにした理由だ。
そう、裏向きの理由には大赦が一枚噛んでいる。
乃木若葉という少女は、決して一人にしてはいけないタイプであると友護は認識している。
この結界内に辿り着いてから数日。大赦と今後についてなど、諸々について話し合いながらも友護は乃木若葉という少女を観察していた。
当初は今後ともに戦う仲間のことを把握しようと、あとはバーテックスとの戦いの先達として参考にしようと。
そうして見えてきたのは、若葉が送っている頭のおかしい日常だ。
起きる、朝食を食べる。鍛錬して、昼食。また鍛錬をしてから夕食。そこから更に鍛錬をして、風呂に入って寝る……。
これに大赦から連絡があれば、バーテックスの討伐などに出る。大赦からの連絡に即応できるように道場の固い床で寝ることで、意図的に眠りを浅くしていた時期もあるらしい。
――中学生の送る生活じゃねぇ。
友護が最初に抱いた感想がこれ。何が質が悪いって、これを若葉が自主的に行っていることだ。
この結界内において若葉が最高戦力であり、勇者という立場もあって彼女の発言力は大きい。
加えて、大赦からすれば使い潰したくはないが強くなること自体は歓迎すべきことではある。大赦としては強くは止めることはできない。
結果、現在の若葉の無茶な生活に繋がっていた。
そんな状況で、仮に友護が加わって若葉に休息が与えられたとして。
じゃあ若葉は空いた時間で何をするんだろう? という話になると、おそらく全ての時間を鍛錬につぎ込むのだろう、というのが友護と大赦が出した結論だった。
それでは結局休息にならない。ではどうするのか、となった時。せめて友護の指導をしてもらうことで本人の鍛錬の時間を削ろうということになった。
根本的な解決にはならない。ならない……が、やらないよりはマシ。大赦も苦肉の策だった。
とはいえ、友護は強くなるし、若葉は多少過労気味を改善できる。
あとはこれは友護の予想になるが、同年代ではないとはいえ比較的年齢が近く、同じ使命を背負ったものとしていい影響を与えあってくれることを願っているのだろう。
基本的にあるのはメリットのため、大赦はこの案を採ったのだろう。デメリットがあるとしたら、指導を受ける友護の休息時間は減ることか。
まぁこれに関しては、友護は若葉と違って空いた時間はちゃんと休むのであまり問題はないと当人は思っている。鍛錬とかめんどくせぇ、というのが友護の正直なところ。
「とりあえずは大赦からの指示でもあるから、頼むぜ」
「む……大社からの指示ならば、まぁ……」
如何にも不服、といったところはあるが、一先ず若葉が頷く。
そしてその段階で若葉の意識が切り替わったのか、助けてもらった際のような真剣な、ともすれば険のある表情ともとれる顔になる。
これからこいつとマンツーマンで鍛錬するの、と内心辟易している友護に気づくことなく、若葉は友護が持った小太刀を見ながら言う。
「結城さんの短剣は見させていただきました」
友護の短剣は一度、大赦の方に提出している。もちろん、問題ないかは春信らに確認をとった上でだ。
基本的には特殊な技術も使っていないらしく、見られたところで問題ないとのこと。どちらかといえば、見られると困るのは端末の方らしい。
端末の方がバチバチに未来の技術を使っているからだそうだ。まぁ端末に関しては緊急離脱の件もあるので、見られないようにしたいのは友護も同じだった。
「おそらくは何か由来のあるものではない、儀礼用の短剣に地の神々の力が宿っただけの武器……」
その通り、と言いそうになるのをすんでのところで友護は堪える。
春信らから聞いて知っていることではあったが、この平行世界において友護はそういったことを知らないことになっているのだ。下手なことは言えない。
「儀礼用の短剣故に、切れ味があるわけではない。かと言って短剣故に重量で叩き切ることもできない。……かなり、扱うのが難しい武器だというのが私の所感です」
「……マジ?」
嘘だろ、と友護は若葉を見つめるが、冗談だという言葉は帰ってこない。ガチだった。
正直、友護は短剣という武器をどう扱っていいか困っていた。逆手に握って叩きつけるなど、拳の延長としてなら扱えなくもない。
だが短いとはいえ剣なのだし、本来なら斬るなどの方法でバーテックスに有効打を通すべきなのだろうと、友護は漠然と思っていた。
それが斬ることに向いてない、となるとどう扱ったものかと困った顔をする。
「例えば私の生太刀。これは元々刀として作られていて、かつ込められた地の神の力も多いので私自身の技術と相まってかなりの切れ味になります」
正しく刀として扱えば、刀としての力を発揮できる。それが若葉の武器の生太刀だった。
実際、その鋭さは友護も目の当たりにしている。あそこまで、とは言わなくともそれなりにはできてほしかった。
というかできないと友護が困る。
「対し、あの短剣は……手元にあったものに、最低限だけ力を込めたというか。急造品、のような感じがするというか……」
「あ、あー……」
そうなんですよ、とは流石に言えなかった。
春信曰く、非常時のプランだったためあまりリソースを回せていないらしい。だから若葉の言葉はあながち間違っていなかった。
「あとはそもそも、短剣という武器がバーテックス相手に向いていないと思います。人間相手ならともかく短剣で与えられる小さな傷で、バーテックスが怯むことがないので……」
「ボロクソじゃねぇか」
後で春信さんに文句言ってやる。友護は固くそう誓いながら、ならどうしたものかと考える。
……そして、考えてもわからなかったので、思考を放り投げた。
「よし、解決方法教えてくれ!」
若葉が一瞬えぇ、という顔をしかけ、慌てて取り繕う。
俺は武器の性能に戸惑いたいよ、と思いつつ、友護は胡坐をかき話を聞く姿勢に入る。
その段階で若葉は諦めたように大きく溜息を吐いて、では、と切り出した。
「短剣で戦うとなれば、基本的にはカウンターが軸になるでしょう」
例えば、と若葉が右手を肘を床につけて立てる。腕相撲の姿勢だ。
意図が見えないが、まぁ相手しろということだろう。
友護は同じく肘を立て、若葉の手を握り――一瞬で負けた。
「???」
「神樹様の加護がある、とはこういうことです。逆に言えばバーテックスを相手にするにはそれだけの力が必要、ということでもあります」
「え、中学生の女子に負けた……?」
男子高校生として女子中学生に腕相撲で負けたのはショックが大き過ぎた。腕相撲の姿勢のまま、友護は虚空を見つめる。
そんな友護に気づいているのか、あるいは無視しているのか。立ち上がった若葉はそのまま話を進めていく。
「と、なると代わりの力が必要になります。だからカウンターで自分の力だけではなく、相手の力も利用することは大前提です」
「負けた……」
「それを大前提として。その上で短剣の刃渡りでどうやって効果的なダメージを与えるかも考えなくてはいけない」
友護が虚空を見つめたまま、壁際で縮こまるように体育座りになる。
若葉が小太刀を拾い、バーテックスを模した人形を斬りつける。
「加護がある私ですら、切ってもこれだけの傷しかつけられませんから」
バーテックスを模した人形についた傷は実に浅い。小太刀の刃渡りでは、どう足掻いても両断などできようもないのだから当然だ。
……それを友護がちゃんと見ていたかというと微妙だが。一応、理屈の上では理解していたので問題はないだろう。多分。
「まぁそちらに関しては、大社の方にも相談して追々考えましょう。一先ずは筋トレ――」
「……筋トレ?」
「あとは走り込みとかで基礎を固めて、勇者ほどとは行かずとも、ある程度の力を――」
「――いや、俺は勇者を超えるぞ!」
がばり、と友護が立ち上がる。その拳は気合の入り具合を表すかのように固く握られていた。
「いえ、勇者は神樹様の加護があるので……」
「馬鹿野郎お前! 俺はやるぞお前ッ!!」
若葉の言葉を遮った友護は、その勢いのまま腕立て伏せを始める。
しかしそのやり方は、若葉からすれば効果的とは言えないもので、素人が回数をこなしているだけにしか見えなかった。
事実、友護は効率的な筋トレの仕方を知らなかった。
「……まぁそれくらいの気概の方がいいでしょう。ですがとりあえず、筋トレのやり方もメニューも私が教えるので中断してください」
「うおおおおぉぉぉぉ!!」
「中断してください!!」
若葉は思わず、大きくため息を吐いた。
この世界に上里ひなたはいません。
あとちなみに友護がこの時代は大社であることを認識してないので、友護の発言と地の文が大赦、若葉の発言が大社なのはわざとです。
上記の通りじゃない部分はガバです。