東方被常識 あべこべなこの世界で俺は   作:自律他律

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 どこまでパロっていいのか、ネタに走っていいのかその線引きが難しい 控えめに抑えるのが無難でしょうか?
 一話5〜6000字程度を目安に執筆してるので今回少し長めです お得だね
 想定より書き溜めが捗ったのでリリース 言う程投稿期間空いてないな?



第二章 停滞した永遠の中で
薄紫の薬売り


 

 

 人間の里、その裏町に存在するうらびれた長屋。

 

 幻想郷において、まだまだ新参者で蓄えの少ない俺でも入居が可能であった程度の額で叩き売りされていた、格安物件である。

 なけなしの額を藤見屋として稼いだ後、外来人限定十割引きの宿を引き払って移り住んだ場所だ。

 

 可能であればずっと無料で泊まり続けていたかったのだが……残念ながらというか当然の事というか、タダで寝床を貸してくれるその親切心には制限時間が設けられていたようだった。

 

 

 

 どうせ次の日にでも外の世界に帰るのだからと深い考えも無しに借りた一部屋だが、もしかすると安物買いの銭失いだったかもしれない。

 

 隣に住むおっちゃんのクシャミが壁を貫通してこの部屋に響き渡り、夜中にさぁ寝ようと床に着けば酔いどれたちの喧騒で目が冴えていく。部屋の中を歩けばギシギシと木製の黒ずんだ床が軋み、水源である井戸の場所までは割と距離が開いている。

 

 もう引っ越した方がいいかもしれない。

 

 悲しい事に、別に幻想郷でお金を貯めていても外の世界に持って帰る事は出来ないらしいのだ。

 だから、貯蓄ばかりしていても意味がない。

 そうなると自身の生活の質を上げる為、新しい快適な住まいのために俺の稼ぎ全てを注ぎ込んでもいいのかもしれないなぁ。

 

 なんて事を大真面目に検討するくらいには、俺は今の住居に不満たらたらなのである。

 まぁ本当に我慢出来ないわけじゃないのだが──しかしこれは痩せ我慢の類だ。この辛抱はどれほど長く保てるものなのか。案外、限界はすぐそこかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 そんな安普請(やすぶしん)な長屋の一室で、俺はただ今絶賛黙々と読書中だ。

 依頼がなく、特に外出する用事もない時は基本的にこうして本の虫となっている。

 

 人里には鈴奈庵を初めとして、書店が数カ所ある。それらを巡って面白そうな小説を探すのがここ最近のマイブームだ。

 

 長編シリーズ物が歯抜けしがちなのが玉に瑕だが、外の世界の書店で見かけた事のある文庫本を発見したその時は、軽くテンションが上がってしまうもの。所構わず手を出して積読してしまう事も、割と茶飯事だったりする。

 一方で、幻想郷発の書籍の方もなかなか侮れない。

 

 この“アガサクリスQ”なる作者のミステリー小説なんかは特にオススメで──

 

 

 

 

 

 トントン、と来客を告げる音。

 

 依頼人かな、と思い本から目を上げて立ち上がった。が、どうやら今のはお隣さんの扉を叩いた音だったようだ。音がクリア過ぎて全然分からなかった。

 

……ほんと、この長屋は防音性が低過ぎる。

 

 気を取り直して小説の続きに専念しようとすると、隣のおっちゃんと、聞いた事のない女性の声が自然と耳に入ってくる。流石にその会話の内容を盗み聞きしてやろうとは思わない。

 

 ただ、おっちゃんの若干怒声の混ざった声が耳に入ってきたものだから、読書にいまいち身が入らない。

 勘弁してくれと眉を顰める。何か言い争いでもしているのだろうか。

 

 程なくしてその会話も途絶えた。

 

 一体なんだったのだろうかと疑問に思っていると、またトントンと扉を叩く音がした。

 

 先程よりも大きな音。

 というか今度は間違いようもなく、これは俺の部屋の扉を叩く音だ。

 

「はーい」

 

 近所迷惑にならないよう配慮しながらも大きな声で訪問客に呼びかけて、本を片付けてから玄関へと近づく。

 

 おおかた、仕事を依頼しに来たお客さんだろう。

 

 さっき隣の部屋で言い争いのような事をしていたのは、もしかすると俺を目当てに尋ねに来て部屋を間違えたからなのかもしれない。

 隣のおっちゃんには悪い事をしたかもな。

 今後、こんなことが再発しないように部屋の扉に看板でも立て掛けてみるか。

 そう考えながらガラガラと引き戸を開ける。その際につい癖でいつもの売り文句が口をついて出た。

 

「どうもー、藤見屋でーす」

 

 

 

 

 

 編み笠だ。

 

 目の前に、薄紫色の着物で深く編み笠を被る小柄な人がいた。大きな葛籠(つづら)を背負い込んでいてる。

 身長差で見下ろす形になる為、笠で隠れて顔が見えない。というかその人が俯き気味な姿勢してる所為で本当に顎すら見えない。編み笠しか見えない。

 

 こんな不審人物な来訪者を、果たして俺はどんな目で見ればいいのか。

 

 しかし何やら混乱しているのは向こうも同様だったようで、俺の定型句を聞いて困惑した様子でこう返事をした。

 

「は? フ、フジミヤ? ええと、何の話?」

 

 声を聞いた感じ、目の前の人は若い女性のようだった。それもさっきお隣さんと話してた声と全く同じかもしれない。

 

 

 

 人間の里、その裏町に存在するうらびれた長屋。

 その一室の玄関先で、俺と少女は揃って混乱して目を白黒させていた。

 まあ、全然彼女の目元は見えないんだけど。

 

 

 

 

 

 •••••

 

 

 

 

 

 取り敢えず、この謎の人物を部屋の中に入れ、対面になって座る。

 時折急を要する仕事が舞い込んでくる事もある俺にとって、こうした突然の来客への対応は慣れたもの。

 

 粗茶ですが、とちょっと上等なお茶を出して来客をもてなす。

 

 素直に受け取って口をつける彼女だったが、室内だというのに編み笠を微塵も外そうとしない。笠から垂れ下がる髪の色は、着物と同じく薄紫。見た目で人柄を判断するのは好きではないが、見るからに普通の人じゃない。

 

 何かしら訳ありな雰囲気が彼女から漂ってきている。

 それと、とても無愛想な様子も。

 

──うーむ、なんか、面倒事の予感が。

 

 面倒事に巻き込まれるのはあまり好きではない。

 

 だが、大衆に大っぴらに出来ない訳ありな事柄と全く関わったことがないわけでもない。

 

 例えば、禁欲的な生活を送っている筈のお寺へと人目につかぬようこっそりお酒を運んだりとか。

 あそこの怒らせるとか〜な〜り怖い住職さんと比べてしまえば、目の前の少女?と相対する事も何ら苦ではない。

 

 さて。先程の反応からして、どうやら俺に仕事の依頼をしに来たのではない事は明らかだ。

 まずは何の用事でここにやって来たのか。それを聞かないと話は始まらない。

 

「それで、どうしてこんな寂れた長屋に?」

 

「……薬を売りにきたの」

 

「はあ、薬ですか」

 

「ええ、その通りよ。で、要るの? 要らないの?」

 

 何故かカリカリして返事を急かしてくる少女の言葉は一旦スルーして、少し考えてみる。

 

 

 

 ふーん、なるほどね?

 

 彼女の正体は外の世界における宗教勧誘の人、その幻想郷バージョン的な感じなのかな?

 まあ、どちらかと言えば訪問販売のセールスマンと言い表した方がこの場合は適切か。薬を売りに来たと言っているんだし。

 

 さてはて、お薬が必要かどうか。

 

 人間の里に住み始めてからまだ体調を大きく崩した事はないが、だからといって今後もずっとそうであるとは限らない。

 

 加えて、風邪薬などをこの部屋に常備していない事に俺は気が付いた。

 

 病に伏せった時に役立つ物がないのは少々不安だ。別に虚弱体質ではないのだが、万が一病状が悪化されても困る。

 飯をたらふく食って風邪薬を飲んで寝てしまえば、大抵の風邪は目が覚めたらすっかり治ってしまうものと認識している。当然の事だ。だがそれをせずうっかり薬を飲み忘れた日なんかは、風邪を変に拗らせて大変に苦しんだ経験があったりもする。

 

 よし決めた。

 結論、お薬は必要である。これも何かの良い機会だろう。

 

「どんな薬があるんですか?」

 

 会話中としては長く思考して黙っていたせいなのか、少しじれったくなった様子の彼女を見据えて質問する。

 

 丁度良い機会だ。懐と相談してある程度の数を揃えておこう。

 

 暗に『買うつもりだ』と答えた俺を見て、薄紫の薬売りはどうしてか驚いたような素振りを見せるのであった。──その小ぶりな鼻から上が拝めず表情が分からないから、これもまた気のせいなのかもしれないが。

 

 

 

 薬売りさんの背負う大きな葛籠には沢山の薬剤が入っていた。

 

 その一つ一つについて、効能や成分がどうのこうのと詳しく解説する彼女の生き生きとした様子とは対照的に、俺の頭はわんさかと溢れ出る専門用語の洪水に只々流されるばかり。

 その薬が何の病気に効いて、どのタイミングで服用するのか、それだけを彼女の羅列する呪文からなんとか抜き出して、必要になりそうな物だけを選び取っていく。

 

 結果かなり痛い出費となってしまったが、備えあれば憂いなしという諺がある。それを信じようではないか。

 

 

 

 多分、沢山売れてほくほくな顔をしているであろう薬売りさんを見送る。

 

 別れ際、同じ接客業?のよしみを感じてちょっとだけ彼女にアドバイスというか、助言をやってみたりする。

 薬の効能の説明は俺みたいな馬鹿にでも理解出来るように簡略化させた方がいいよ、という本当に簡潔なものだったが、彼女はしっかりと耳を傾けてくれていたようだった。

 

 

 

 部屋に戻って買った薬剤を戸棚に収納する。無論、これらを使わない事に越したことはない。

 だが、ズラリと並ぶこの頼もしい袋たちを見ていると、風邪や病気なんか恐るるに足りないな! という気持ちが湧いて出てくる。

 まあ、外の世界にいた頃なんかよりも身体の健康にはより一層気を配っている。

 

 これの出番は当分の間やって来る事は無いだろう。

 

 

 

 

 

 ••••••

 

 

 

 

 

──チクショウ、あの妖精絶対に許さねえ。

 

 薬売りが来たほんの数日後、俺はボロっちい長屋の一室にて病床に伏せっていた。朝も遅いというのに食欲が出てこない、割と深刻な風邪であった。

 

 川魚屋の店主から、『霧の湖に存在するらしい人面魚の存在確認とその確保』という依頼を引き受けたのが、この風邪を引く事になったきっかけだ。

 

 霧の湖とは、人間の里から離れた森林の中にある湖のことである。

 特徴としては、その名の通り霧に包まれている事、妖精や妖怪が集まる場所だという事、近くに醜悪な吸血鬼や騒々しい幽霊が住まうと噂される館がある事、くらいか。

 

 

 

 『霧の湖に棲息する、と噂される人面魚が本当に実在するのかどうか確認よろしく。それが出来たらついでに捕獲してね。記念に魚拓とるから』

 

 そんな文面が書かれた依頼書を読んで霧の湖まで飛んで行ったはいいものの、霧のせいで想定よりも遥かに見通しが悪く。まさに五里霧中という感じだった。

 心霊スポット巡りをかつて趣味としていた俺は、人面魚やら人面犬といったオカルト話に目がない。

 だから惹かれるようにしてこの仕事を引き受けたのだが、結果的に見ればこれは失敗だったのだろう。

 

 そこで暫くウロウロしていたが、人面魚らしい影はなく。

 霧がかかって終始薄暗いためなのかどんよりとした空気が立ち込めており、やる気を削いでいた。

 ひたすら目を凝らしながら湖の上空を往復する作業というものは、想定していたよりもかなり退屈で、長時間取り組む気も起こらず。

 

 それでも夕暮れになるまで、なんとか粘っていたのだが──

 

 

 

 悪名高き『紅魔館(こうまかん)』が近くにあるというのだから、これ以上の長時間の滞在は危険だと思い立った。加えて、実在しているかどうかすら確定してないものを追い求めるという行為自体、冷静に考えてみると思いの外精神的に堪えるんだなという気付きもあった。

 

 しゃーない。捜索をここらで切り上げて『残念ですが人面魚は確認出来ませんでした』と報告するか。

 

 そう思って、人里へと帰ろうとした。

 

 

 

 その時に、あの氷の妖精が現れたのである。

 霧のせいで、水色の髪に青いワンピースという出立ちの子どもが急接近しているのに気づくのが一拍遅れてしまっていた。

 そして何やら興奮した様子の彼女はどうやら俺の事を侵入者と見做したらしく、凍てついた弾丸を浴びせてきた。

 

 恐らく氷粒だったのであろうそれをもろに食らいつつ、這う這うの体で逃げ出したのであった。

 途中で緑の妖精が止めに入らなかったら、もっと酷い目に遭っていただろう。

 

 デカい硬い速いの三拍子揃った氷の粒は、それはもうめちゃくちゃ痛かった。

 何とか逃げ切れたと安堵して人里に戻り、依頼の結果報告を伝書で送ったまでは良かったのだ。

 その時点で、氷を浴びた事に加え、上空を素早く移動して風に当たりまくったせいですっかり身体が冷え切ってしまっていた。

 

 明日に響かないと良いのだが。

 

 そう案じて掛け布団を気持ち厚くして寝たのだが、しかしそんな対策は焼け石に水だったらしく、翌朝になると俺は見事に体調を崩してしまっていた。

 

 

 

 

 

 そうして、現在へと至る。

 

 

 

 

 

 少々の発熱とひたすら気怠さを訴えてくる身体に鞭打って、戸棚を漁る。

 

──あの薬売りさんに感謝しないとな。

 

 そう思いながら数日前に買ったばかりの薬を服用する。

 

 結構苦い。

 まあ、『良薬は口に苦し』というからなあ。

 

 そして再び寝床に着く。

 今晩にでも回復すれば良いのだが、と思っていると段々とお腹が空いてきた。

 確か食い物は台所に置いてあったよな、とサッと立ち上がった。

 

……おや?

 

 食欲が復活している。しかもなんだか、とても身体が軽い?

 

 ぐるぐると肩を回したり屈伸をしたりしてみる。さっきまで怠かった身体が嘘のようにキビキビと動かせる。さらには怠くて沈黙気味だった思考力も、立ち込める暗雲を切り払うようにしてスッキリと澄み切っている。

 

 え、ナニコレ、薬の効きが良すぎてコワイ。

 

 よくよく思い返せば確かに、薬売りの少女は「コレ一発で肉体的な疲労感は全て吹き飛びますよー」と胸を張って自慢するように説明していた。

 しかしそれはあくまでセールストークであって、ある程度誇張して表現しているのだと思っていたのだが──まさか、その売り文句通りになるとは。

 

 

 

 外の世界と幻想郷、文明レベルの差はかなりのものだと思っていたが、見直した。

 少なくとも医薬品のレベルに関してだけは、圧倒的に幻想郷の方が発展している。

 

 正直言って、俺は感動した。

 

 人間の里の住民たちの間では当たり前な事なのかもしれないが、元外来人としてこの驚愕は話のネタとして暫くそのナンバーワンに居続ける事だろう。

 

 一刻でも早くこの感動を誰かと共有したい。

 そんな欲求が、止めど無く胸の内から滾滾と湧いて出てくる。

 

 丁度空腹である事だし、食事処の親父(おやっ)さんにでも雑談がてら話してみようかな。

 

 

 

 

 

 馴染みのお店に入って適当にいくつか注文する。店員さんが忙しそうなのに、店主が暇しているといういつもの光景だったので、親父さんに数日前に買った薬の効果の高さについて熱弁する。

 外の世界では比べ物にならない程、お客とお店の距離感が近い幻想郷だからこそ出来る事だ。外の世界でこんな事をしたら白い目で見られかねない。

 

 俺の話を聞くと、親父さんは意外そうな表情を浮かべた。

 

「藤見屋の(あん)ちゃん、そりゃあ『永遠亭(えいえんてい)』からやって来るとかいう怪しい薬売りの事を言ってんのか? あんまり良い評判は聞かないけどなあ」

 

「永遠亭?」

 

「知ってんだろう? 迷いの竹林の奥に巣食う化け物の噂。あそこからやって来た奴の売る薬なんてロクでもない代物に決まってる。実際に買ってしかもそれを飲んじまっただなんて話、初めて聞いたよ」

 

「そうなのか? いやでも薬の効き目は確かだったぞ」

 

「俺が生き証人だってか? ま、兄ちゃんには世話になってるし、その話は信じてやってもいいがなあ」

 

 親父さんは、半信半疑といった表情を浮かべる。

 

 うーむ。

 あんなに良く効くのに評判が悪いって話は納得いかない。

 

 そういえば、あの薬売りは俺の部屋に来る前にお隣さんの方へ訪問販売して怒鳴られていたようだった。

 ちゃんとした物を売っているというのに門前払いとは、なんと理不尽な事だろうか。

 

 

 

 謂れのない噂話で人が中傷されるのは大変に面白くない、気に食わない。

 唐突にムカっ腹が立ってきた。

 そんな訳で、引き続き親父さんにあの薄紫の薬売りの素晴らしさについて懇切丁寧に説明する。

 なんだか変なスイッチがオンになったような気分。

 

 

 

「……親父さん、本当かどうかも定かではない噂に流されるのは褒められた事じゃないと思わないか?」

「あの永遠亭から来たっていう薬売りさんも困っていたと思うんだよ。効果抜群の素晴らしい薬を提供しようとしても、根も歯もない風評のせいで損失を被るのは誰だって嫌だろう」

「凄かったんだぞ、あの薬。あっという間に風邪が治ったんだ。元外来人として断言出来る、永遠亭の薬の効能の高さは天下一だってね」

 

 

 

 唐突に俺が高らかに力説を始めているその様子に、店主のみならず、店員さんやその他のお客さんたちも、いつの間にかなんだなんだと注目している。

 

 なんだろう、とっても気分が良い。

 

 酔っ払った時特有のハイになる感覚がする。はて、アルコールなど摂った覚えはないのだが……まあ、どうでもいいか!

 そんな事よりも、本当に良い物ってのをみんなに布教する方が最優先だぁ──

 

 

 

 

 

 そのまま、営業妨害をしている事に気付かないまま滔々と永遠亭の薬の効能の高さについてベラベラと述べていく。

 

 続々と湧いて出てくる薬に対する美辞麗句。

 自分にこんなボキャブラリーが備わっていたとは少々驚きである。

 

 

 

 

 

 気づけば、無駄に声を張り上げていた為か何事かと外からもちらほらと人が入って来て、俺の永遠亭の薬への賛美をつらつらと述べてゆく様を面白可笑しそうに見学している。

 

 最初は両手で数えられる程の観客しかいなかったが、今や人が人を呼んでちょっとした集会を開ける頭数にまで膨れ上がっていた。

 

 それをしめしめと感じつつ、人里の皆の好奇心がうまく刺激されるように、外の世界での比較を踏まえて説明を重ねていく。

 興味深そうに聞き入る彼らの姿を見て、俺は確かな手応えを感じていた。それと同時に、不思議であるが爽快感を味わっていた。

 

 ううむ、こう、人様の注目を浴びるというのはこれ程気持ちのいいものだったとはなあ。

 もっともっと、この演説を盛り上げていかないとなあ!

 

 

 

 

 

 人様のお店で、他所の商品の良さを力説する非常識な人間の姿がここにあった。

 というか、俺だった。

 

 

 

 

 

 一通り演説を終えると、聴衆も宴もたけなわといった様子でワイワイガヤガヤと帰って行った。

 

 すっかり冷えてしまった定食を口にしながらフフンと満足感に浸っていると、唐突にすっと気分が落ち着いていく。

 というか、完全に正気に戻った感じだった。

 

 あれ、さっきまでの自分、なんかだいぶヤベェ事をやらかしてなかった?

 

「──すみません、親父さん。迷惑をかけました」

 

 さっきまでの行動を思い返すと、かなりの迷惑行為をやらかしていたのだと自覚する。……勝手に他人のお店で何やってんだよ、俺。

 

「いやあ、いいってことよ。よくは知らねえがともかく、兄ちゃんの熱意、確かに胸に伝わってきたぜ」

 

 そう言う親父さんは呵々大笑といった様子。

 

 は、恥ずかしい。

 俺の顔は今真っ赤に染まっている事だろう。

 

 さっきまでの俺は、明らかに普段の自分のテンションではなかった。

 最初は幻想郷の薬の効能ってすごいね、と話をしたかっただけなのに、何故か途中からはテンションが有頂天になってしまっていた。

 

 もしかすると、あの薬には副作用か何かがあったのかもしれない。一時的に興奮状態になる、とか。

 あの不自然なまでの薬効の凄さ。十分にあり得る話だ。でも副作用があるなんてそんな事聞いてな──

 

 あ、あー、今思い返せば薬売りの少女は確かに、その事について言及していた覚えがあるような?

 

 複雑でやたら長い説明を端折って理解しようとした俺のミスか、これは。

 

 

 

 

 

 演説をしていた時の聴衆の様子を思い出す。

 

……結構人目を集めてしまったけど、多分大丈夫だよね?

 

 里では、口コミの速さはかなりのものだ。明日にでも薄紫の薬売りの噂はかなりの範囲に広がっているだろう。

 俺のように副作用で困る事になる人が増えないといいのだが──いや、恐らくは大丈夫な筈。

 

 『薬の概要は簡潔に説明してね』という俺の忠言を守ってくれたらの話になるが、彼女はちゃんと聞いてくれていた様子だった。

 

 大丈夫、大丈夫。オールOK。多分。

 

 これで重大な副作用か何かが発覚して、俺が責められる流れになっちゃったらどうしよう。

 それでやっと浸透してきた藤見屋の看板に傷が付いて、お仕事を回されなくなったらどうしよう。

 

 軽はずみのやらかしが切っ掛けとなって、最終的に世間から干されてしまう未来を想像をしてしまい思わず顔が青ざめる。

 

 

 

 

 

 他所に迷惑をかけながら、不本意に大衆の面前で目立つような真似をしてしまった。

 この苦い体験は、『薬師の説明はしっかり聞こう』と決心する良い薬となったのだった。

 

 まさに、『良薬は口に苦し』な失敗談である──と、うまい事言った風にして、先程の痴態は記憶の奥底にでも封じておく事に決めた。

 

 

 

 

 

 ••••••

 

 

 

 

 

 それにしても、と思う。

 

 あの薬が秘めていた効果の程は、俺が外の世界で培ってきた常識からすると並大抵では信じられないくらいの絶大なる効力だった。

 

 かなり話を遡るが、幻想郷に迷い込んで最初に遭遇した宵闇の妖怪、あの少女の能力(幻想郷縁起には“闇を操る程度の能力”と書いてあった)もまた、俺の常識にないものであった。

 

 両者とも“非常識”な事象であるのに、俺はガッツリその影響を受けている。

 

 

 

……もしかすると俺の『常識に囚われる程度の能力』は、“非常識なもの”全てをシャットアウトできる訳では無いのかもしれない。

 

 非常識な事象群の中でも、無効化出来るものと出来ないものとで分かれているのではないだろうか。

 

 まあ、外の世界で俺は割と『体調崩しても薬飲んだらすぐ完治するだろう』と高を括っていた節があったから、薬の事はまだ納得出来るのだが──

 

 

 

 妖怪としての“格”が高いらしい八雲紫の『境界を操る程度の能力』を無効化しておきながら、“格”が低いらしい宵闇の妖怪の『闇を操る程度の能力』は普通に影響を受ける。

 

──その線引きは一体どこにあるのだろう?

 

 あまり役に立たない俺の能力、いやむしろ外の世界への帰還を妨害しているのだから、無い方が良かったまである俺の能力。

 

 ますます謎は深まるばかりだった。

 

 

 

 

 

 ••••••

 

 

 

 

 

「ああ、君があの噂の『薄紫の薬売り』か」

 

「あら貴方、結構良いお薬を取り扱っているそうじゃない。今お時間よろしいかしら?」

 

「へえ、これがねえ。いや何、あんだけ『よく効く』だなんて喚かれたらちょっと気になっちまうだろ? 買うよ、ついでにそれとそれとそれもな」

 

 

 

──おかしい。

 

 私こと、“鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバ”は行きの時と比較して、とても軽くなった葛籠を背負い直しながら永遠亭へと帰路につく。

 

 おかしい。そう、明らかにおかしいのだ。

 

 ここ最近、置き薬の売り上げが急激に増加していた。今まで全然売れてなかったのに突然どうして?

 つい先日までは邪険に扱われるのが常だった。なのに急に手のひらを返されたら、その原因が分からない事にはなんだか納得出来ない。

 

 

 

 初めは永遠亭について回る悪評を撤回させる為に、私が主導した薬売りだった。でも、なかなか上手くいかなかった。

 異物に対して少々排他的な傾向にある人間の里で、顔を隠しながら薬を売るというのは思ったよりも厳しいものだったから。

 ここの住人たちは、扉を開け私を視界に入れた途端に警戒状態に入り、薬の説明を聞いて私に猜疑の目を向けて、永遠亭の名を出した次の瞬間には私を追い出しにかかる。

 もう辞めてしまおうと考えた事もあるが、お師匠様の前で『やってやります!』と高らかに啖呵を切った手前、もう後には引けない。

 珍しく薬師としての腕を褒められて調子に乗ってしまっていたのだ、その時の私は。

 

 

 

 気付けばあれよこれよという間に、私とお師匠様の作った置き薬を売る準備が整ってしまっていた。

 きっとあの方も、今の永遠亭を取り巻く現状について思うところがあったのだろう。

 

 私はきっと期待されているのだ。

 だったら、絶対に応えてみせないと。

 

 

 

 人里へ行けば歓迎されず、永遠亭に戻っても誰かに上手くいかないと愚痴をこぼす事も出来ず、只々ストレスが溜まってゆく日々。

 

 さらに、永遠亭では偶に月からの招かれざる来客が襲来する。底知れぬ彼女への接待も私に任されているので、本当に気が休まるタイミングがない。

 

 気付けばヨレヨレだった耳がさらに悪化してシワシワになっていた。かつての軍役時代に厳しい上官からしごかれた事は数あれど、ここまでになる程の事は滅多になかったのに。

 

 

 

 ずっとこの耳のままなのかと苦悩していた。

 

 

 

 しかし、いつの間にか私は『薄紫の薬売り』として人里で一躍有名になっていた。

 今や家を訪問せずとも通りを歩けば呼び止められ、薬が飛ぶように売れていくようになっている程の目覚ましさだった。

 

 初めは遂に努力が報われたのだと思っていたが、どうやら違うらしい。

 

 薬を買っていく彼らの二言目には、『フジミヤから評判を聞いた』、『フジミヤがあんたについて熱弁していた』、『ここの薬はよく効くってフジミヤが──』と言っていた。

 

 どうやら置き薬を買った人たちのうちの一人が、その効能の良さについて吹聴し回ったらしかった。

 

 フジミヤ、フジミヤね。

 前に、どこかで聞いた事があるような。

 

『どうもー、フジミヤでーす』

 

 思い出した。

 確か、急に薬が売れ始めた日のさらにその前の事だ。

 

 商談が上手くいかなくてイライラしていた私を、部屋に招き入れて薬を沢山買ってくれた男がいた。

 彼は自分の事をフジミヤと名乗っていた筈だ。

 お互いを見合って、軒下で困惑していたのが印象に残っていた。

 そうか、彼が永遠亭の薬の良い評判を広めてくれたのか。

 

 あのお人好しな感じのする普通の青年がねー。

 ふーん、そっか、そっか。

 

 お師匠様の素晴らしさを知る人が増えたような気がして、不肖な身ではあるものの、弟子として誇り高かった。

 もしかしたら、彼が言っていた『薬の説明をもっと分かり易く簡潔に』という助言を素直に聞き入れた事も、この売れ行きに一役買っているのかもしれない。

 いや、そうに違いない。

 

……ふっふっふ、なんというか。

 素直に忠言を聞き入れて実践し、すぐさまに結果を出してみせる私って流石だわー。

 

 いつもの調子が出てきた。心なしか耳もシャキッとしてきたような気もする。

 今までの陰鬱だった気分を明るいものに切り替えて、永遠亭へ向かって飛んで帰る。

 

 

 

 

 

 薄紫の薬売りは意気揚々と空を飛ぶ。

 これまでに浮かべていた悲痛な表情は、もう見る影もない。

 

 





 感想、評価、本当にありがとうございます じわじわ増える評価者の数を見てニヤッとしたり、感想にはgoodを押させてもらっています 返信したいのは山々なのですが、作者のこだわりで知的()でウィットに富んだ()メッセージを送りたいのです 単に『感想ありがとうございます』だけだとなんだか味気ないじゃないですか そんな訳で返信来なくてもお気になさらず なんかネタを布都思いついたら気まぐれにやると思います

 八雲藍の誤字報告に思わず笑っちゃいました 修正前は某少年探偵の方に一箇所だけなってました そうならないよう彼女の名には特に気をつけていたのにやっちゃいましたよ



 鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバちゃんの行者姿だと多分顔を見れないからあべこべ要素出せないじゃんと思って困った今回
 しかも鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバちゃんの能力的に幻覚見せれば全て一人で解決出来るというね
 内心ツッコミを入れながら執筆する事のつらさと言ったらそれはもう酷いものでした
 それをしなかったのは、鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバちゃんがウッカリしていたのだと解釈してください そうしないと話が展開出来ないよ(白状)
 応用のきく便利な能力持ちがこういう形で牙を向けてくるとは予想外でした 恐るべし、鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバちゃん 創作者泣かせだぞ、鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバちゃん

 まあ鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバちゃんの容姿抜きで考えても、化け物()がいる所から来てなんかごちゃごちゃ難解な事を言って得体の知れない薬物を売りつけてこられたら、誰だって鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバちゃんを拒絶すると思います どう見ても怪し過ぎるよね

 可哀想に…… ×4
 強く生きて 鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバちゃん……

 ところで何故彼女の名前は鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバと長いんでしょう?

 名付け親に聞いてみたいものですね

「どうして鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバというルビ込みで一回タイプする事すら億劫になる程長い名をつけたの?」

 って感じでね
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