因幡てゐの案内の元、永遠亭の長い廊下を歩く。
蓬ら──いや、輝夜との別れは何故か劇的なものとなっていた。
『そんな…! まだまだ話し足りないのに…!』
『くっ…もう時間切れなのか…!』
涙ながらに別離を惜しむかぐや姫に、少女との会話を切り上げ難く思う青年。
ハンカチ無しではいられない感動的なシーンだったと思うのだが、生憎そう認識していたのは俺と輝夜の二人だけらしく、迎えに来たウサギ耳の少女からは随分と白けた目を向けられてしまった。
『また来なさい。特に、妹紅に会いに行く日は必ず私のところに顔を出しなさいよね。だって、友達でしょう? 私たち』
最後に、そんなことを言われていた。
まるで俺という存在に執着しているような言い草なのだが、絶対にそうではないと断言できる。
そりゃあ少しは気にかけてもらえていると嬉しいのだが、どうやらその比重はこちらよりも妹紅の方へと大きく傾いてる様子だった。
話していて気付いたことがある。それは、輝夜は妹紅に対して並々ならぬ対抗心を持っているという事実だ。
俺が妹紅を褒めそやすような発言をすると、決まって不機嫌な顔になってしまう。
時々“決闘”をしているというので、それとなく察するべきだったのかもしれない。
兎も角、約束──というには些か一方的に過ぎる輝夜からの要求であったが、是非とも叶えてあげたい所存だ。
傾国の美少女とお話出来るというのは、世の男たちの悲願の一つだと言ってもいいだろう。
実際には、輝夜相手にデレデレしてしまうのはきっとこの世で俺一人だけなのだろうから、なんともまあうまいこと巡り合えたのものだ。
この縁は、大切にするべきだろう。
当然、人との縁が肝要というのは彼女に対してだけではなく、この幻想郷で出会った全ての者たちに対してもそう言える。
幻想郷から去る日までに俺がここで体験した物事は、きっと素晴らしいものになる筈だ。
「それにしても、うちの姫様を見て何ともないどころか仲良くなってるだなんて、ビックリしたよ。あんた、平凡な
「何者って。なんて事の無いしがない運送屋ですよ、本当に」
「ええ〜、ホントかねえ。ちょっと疑わしいねえ」
「本当ですって」
道すがら謙遜して話すこの声が、どこか空々しく響いてしまっているのは気のせいだろうか。
一部の価値観が狂っていて、よく分からない能力を持っていて、霊力を扱えて、空を飛べて、ついでに何も無い所で火を起こす事ができる。
そう箇条書きしてみると、なんだか自分が超人になったような気分になるが。
けれど、やっぱり俺は凡人なのだろう。
外の世界基準だったら十分特異な存在だと言えたのだろうが、ここはそんな特異な存在が当たり前のように幅を効かせている幻想郷だ。
能力も、霊力も、ここではそう珍しいものではない。
なんなら幻想入りした初っ端から、死にかけたまであるのだ。
『自身の力で何でも出来る』なんて思い上がりは、きっと将来、厄介な災難を招いてしまうだろう。そして、しっかりと痛い目を見るに違いない。
そう自分に聞き飽きるくらいに言い聞かせていないと、不意に野良妖怪にでもうっかり食われて命を落としてしまいそうだ。
そのくらい、俺という存在はこの世界では矮小なものなのだ。分相応に、身の丈にあった生き方を心がけてゆこうと常々思っている。
••••••
「私からある程度、お師匠にはあんたの事情を伝えておいたからねー」
「そっか、ありがとうございます。てゐさん」
「──『てゐさん』って、妙にむず痒いわね……ふふん。ま、精々頑張るんだね、若者よ」
お目当ての薬師さんが居るという一室の前で、ここまで案内してくれたウサギ耳の少女と別れる。
スキップしながら進んで行く彼女の姿は、なんだか本当に無邪気に飛び跳ねるウサギのようであった。
自然と微笑ましい気分になりながら、部屋の襖を開ける。道中長くなってしまったが、やっとのこと依頼を果たせそうである。
診察室。
目の前に広がる光景を見て、そんな言葉が脳裏に浮かび上がった。幻想郷にやって来て、これほど洋風というか、現代風の部屋を見たのは初めてだ。
少しだけ、外の世界に居たころを思い出して郷愁の念に駆られる。
どこからか仄かに漂う薬品特有の匂い。清潔そうな真っ白なシーツの広がったベッド。硝子張りの棚にはカラフルな瓶が敷き詰められていて、正に薬品棚というイメージ通りの様相をしている。
そして、たったの一つだけ置かれたスツールには一人の女性が腰掛けており、その黄金の瞳は興味深そうな視線をこちらに投げかけていた。
三つ編みの長い銀髪と、非常に理性的な印象を受ける端正な面立ち。赤と青のツートーンで配色された変わったデザインの服装。
頭に乗っかっている、これまた赤青の被り物は、少し観察してやっとそれがナース帽子なのだと気付く事が出来た。
彼女が、“
名前は、輝夜から聞いていた。
向こうも、てゐさんから聞いている筈だ。
「貴方がここの薬を求めてやって来たという人間ね」
「はい、人里で何でも屋をしている藤宮といいます」
輝夜とはまた違ったタイプの美人さんだからか、なんだか緊張してしまう──というよりも、自然と気が引き締まるというべきか。
こちらは商談に来たようなものなのだ、背筋を伸ばして彼女の目を見つめ返して応える。
まず最初に、こちらの誠実さをアピールしないことには客商売というのは成り立たない。
もし信用の置けない人物だと判断されたら、ここの薬を融通してもらえなくなる可能性が上がってしまう。ここまで来ておいて、それだけは何としてでも避けたいところだ。
さて、どう話を切り出したものかと唇を湿らせる。
すると、その機先を制するかのように薬師さんが先に口を開いた。
「単刀直入に行きましょう。永遠亭は其方の要求を飲みます。此方で適当に見繕った薬剤を葛籠に入れておきましたから、それを持っていくと良いでしょう。薬代は不要です」
そう言って、チラリと部屋の隅の方に視線を送る。
彼女の視線の先を辿ってみると、部屋の隅にある大きな葛籠を発見した。
相当な量、少なくとも俺に依頼した人たちに届ける分の薬は十分に入っていることだろう。
ということは、あれを回収して人里に戻れば、無事依頼を達成できる。
……あっという間に用件が片付いてしまった。
いや、手間がかからなくて助かるのだけど。
あまりにとんとん拍子に事が上手く進むものだから、疑念が湧いてくる。
俺は、自分が物事を疑りやすい性分だとは思っていない。
しかしながら、今回ばかりはつい疑ってしまっても仕方ないだろう。薬代が要らないとは、話がうま過ぎやしないか?
「ええっと、八意さん。自分からお願いしておきながら何ですが、本当にいいんですか? 料金はある程度用意してきたのですが──」
「先程の通り、お代は結構よ。……その代わりと言っては何ですが、引き続き姫の話し相手になってもらえないかしら? それで手打ちとしましょう」
そこで、彼女の表情が緩やかになったように見えた。
「輝夜の話し相手、ですか? それくらいなら全然構いませんが……」
「なら、決まりね」
既にそういう約束を、輝夜とは交わしている。実質的にただ同然で手に入ったようなものだ。
ちょっとお得な気分。でもやっぱり、不信感は拭えない。
輝夜と親しくする、という事には彼女にとってそれほどの価値があるということなのだろう、と推測することもできるのだが……
商談があまりにもすんなり上手くいったせいか、どうにも、違和感があるような。ってかそうだ、俺が輝夜の話し相手になったのはついさっきの出来事だ。何で八意さんはその事を知っているんだ…?
いや、きっと因幡てゐが事前に大体の話をつけてくれていたんだろう。
しっかりと葛籠の中に薬が大量に入っていることを確認して、ヨイショと背負う。大した重さではない。
背負い心地を確かめていると、八意さんはふと思いついたように声をかけてきた。
「貴方、確か何でも屋って言ってたわよね?」
「え? ああはい」
「実は私、趣味で色々と新薬を開発していてね。良かったらそれの治験に付き合ってもらえないかしら」
「治験、ですか?」
または臨床試験ともいうあれ。外の世界では薬を販売するのに必須となるプロセスだ。
彼女は、俺を何でも屋と見込んで依頼をしているのか。
「ええ、協力してくれる子が少なくて困ってるのよ。引き受けてくれたら礼は弾むわよ?」
なんだかギラリと目が鋭く光っていたように見えたのは錯覚か。
お金かあ。
丁度、俺は割とそれを切望している状況にある。まあ常時欲しがってはいるんだけどね、お金。多すぎて困るもんでは無いのだし。
住み良い場所にお引っ越しようと目論んでいるので、ここ数日は特にその分の資金を手に入れたいと考えていたのだ。
どうしようかな。
被験体と言い表すとちょっと悪いイメージがあるが、医学の進歩に役立てるのだと考えると名誉なことなんじゃないかと思えてくる。まあ、それが俺である必然性は欠片もないのだが。
うーむ。
「姫様に会うついでに、私の方にも顔を出していくつか新薬を飲んでもらうだけでいいの。ね、簡単でしょう?」
悩んでいるのを見てあと一押しだと思ったのか、八意さんはそんな事を言う。
つい先日変なテンションになって他所様の店内で演説をぶちかましてしまった経験上、正直副作用とか怖いのだが……結局引っ越し代を稼ぎたいのに変わりはない。薬の効果は確かだったのだし、身体の健康を重視するのであれば、むしろ進んで引き受けたいくらいまであるかもしれない。
まあ、お金、大事だしね……
なんだか報酬に目が眩んで無鉄砲になっていた、幻想入りして間もなく頃に巻き戻ってしまったみたいだが仕方ない。引き受けるとするか。別に金に惹かれた訳なのではない。本当に本当だ。
でも、定期的に収入を得られると考えるとなあ。
金銭欲に塗れたこの思考をあそこの住職さんが見たら、いい笑顔で怒り出すだろうなあ、とボンヤリ思いながら結論を下す。
彼女は、俺の返答を聞いて嬉しそうに微笑んでいた。
その笑みは本物の、心からの笑顔であった。
ただし、その方向性は俺が想像していたのと全く正反対のものであったと気が付いたのは、八意さん──いやさ、八意先生の治験に初めて付き合ったとき。
笑いが止まらなくなったり、急に爪の伸びが激しくなったり、麻酔のように気を失う等、苦しいとまでは言わないが新薬の副作用によって中々スゴイ体験をするハメになった。
マッドサイエンティスト。
症状を興味深そうに観察しては熱心にカルテに書き込む先生の姿を見ていると、そんな言葉がしっくりくる。
心の中で密かに彼女の事をそうカテゴライズしているのは、責められるべきことではないと声高だかに主張したい。
治験協力者の体調の心配よりもその症例への興味を優先するのは、控えめに言って医師としてヤバいと思う。
本人曰く『大事にならないと分かっているから大丈夫よ』との事らしいのだが、少しは被験体の身を案じてくれてもいいのではなかろうか。
『これは未知の反応だわ…!』じゃないんですよ。どうしてそんなに嬉しそうにする必要があるんですか?
あの人は、医師や薬師などの医療従事者というよりかは研究者という一面を強く持っているように思える。
実験用モルモットみたいな扱いのされ方には、抗議の声を上げてもいいのかもしれない。
しかし、治験に参加するというのは非常に割りの良い依頼だというのもまた事実。通うたびに懐が瑞々しく潤っていく。
加えて、終わった頃には体調がすこぶる快調になるので、いつしか俺は治験を辞退するのは勿体ないなぁと考えるようになっていた。
札束で頬で殴られると人はかくも脆弱なのだと身をもって思い知らされた。悔しい、でも通っちゃう。えっ配合の比率を見直したいから暫くは治験に協力しなくても大丈夫? そんなぁ。
持ち帰った全ての永遠亭の薬を依頼人たちに配って回り、彼らから依頼の報酬を回収していく。
一度にこれほどの謝礼を獲得できるとは嬉しいものだ。
……実は、二割ばかし薬を取っておいて、後でお高めな価格設定で売り捌こうじゃあないかと心の悪魔が囁いていた。
だが結局やめておいた。それは自分の良心と、とある考えに従って我慢することに決めた結果だ。
外の世界と比較してSNSなどが存在しないので『ここの情報伝達速度は現代社会のそれよりも圧倒的に遅いのでは?』と勘違いし易いが、幻想郷、特に人間の里には“噂”という最強の伝達手段が存在する。
『藤見屋が足元見やがった』とでも一度悪評が立ち広がってしまえば、それを撤回させるのはかなりの困難を極める。
そもそも、俺に薬の調達について多くの依頼が舞い込んだのは、自分が薄紫の薬売りの噂を広めた張本人であるからなのだ。
不本意の行動だったとはいえ、しかしてあの演説が意図しての行動ではないと把握しているのは自分一人しかいない。
ただでさえそれでまとまった報酬を得ているというのに、それに追加で薬を高値で売り始めたら、いよいよ変に勘繰られて噂される可能性は高くなってくる。
他人からだと、俺がマッチポンプして利益を
実を言うと、永遠亭の薬についての演説をした次の日の時点で、『売り上げが減ってしまった』と人里の薬屋さんから睨まれてしまっているのだ。
まさか恨みを買っただなんてことはないだろうが、火に油を注ぐような真似はしたくない。
仮にそれを実行した結果、俺が村八分されて生活に苦労することになるという可能性を確信をもって否定できない。
人里において。
黒い噂、悪評とは、それほど恐ろしく厄介なものなのである。
八意先生はそんな悪い噂について長らく憂慮していたそうで、今回の俺の働きによってその払拭に希望を持てるようになったのだと後で褒めてくれた。
とはいっても、永遠亭にまつわる悪評は少なくとも薬の効果については
俺は、そのきっかけをたまたま偶然提供できただけに過ぎないのだ。
別に大した手柄ではない──そう意見すると、八意先生は全く同意する素振りも無く苦笑するだけであった。
解せぬ。
薄紫の薬売り──鈴仙についての評判も、『得体の知れないブツを売りつけてくる不審者』から『効き目が確かな薬を取り扱っている不審者』にランクアップしていた。
人里だと相も変わらず目深に編み笠を被っているので、不審者扱いに変化はない。
だが、彼女という存在が一歩ずつ彼らに受け入れられ始めているのは見間違いようの無い事実である。
それを祝ってのことではないが、同じく客商売をする身としてのシンパシーを感じて、つい応援したくなってしまう。
前に永遠亭で顔を合わせた際、その機会があったのだが、
『編み笠で頭部全部を隠さなくてもいいと思うんだけどなぁ、ウサギ耳の持つ魅力はみんな感じ取れる筈だし。それと個人的には、行者姿じゃなくて今着てる制服姿の方が可愛いと思うんだけど……』
なんて褒めそやしてみると一発額に弾丸をお見舞いされた。
照れ隠しにしては殺意が高かった。
顔を褒めることが出来ぬのならウサギ耳や服装ならどうかと試したのだが、見事に失敗した。
というか、応援するのに態度や精神面ではなく外面を褒めようとした時点で、どこかズレていた気もする。言ってる最中、無意識にちょっといやらしい目線になっていたのかもしれない。
以降、鈴仙と顔を合わせると露骨に警戒されるようになった。
ちょっと解せる。
『永遠亭に巣食う化け物』こと輝夜は、まあ、何というべきか。
あの幻想郷基準でも飛び抜けた
分かるようになる日も、ともすれば永遠に来ないのかもしれない。
というのも彼女、永遠亭の方々と妹紅が居ればそれでいいと思っている節があるからだ。
俺がその他の、例えば博麗神社や命蓮寺での出来事などを話してみても、興味を持っているかそうでないのかさっぱりだ。
ただ、じいっとこちらに視線を向けるのみ。
そういう時に限って扇子で口元を隠すものだから、今の話題がウケてるのかどうか分からなくて困ってしまう。
妹紅を引き合いに出すと非常に分かり易い反応をしてくれるのだが、やり過ぎると拗ねてしまうので諸刃の剣だった。
次第に、かぐや姫のお眼鏡に叶う話題は何だろうかと悩まされるようになっていた。
そんな苦慮を俺がしていると彼女が知っても、それ込みで楽しみそうだなぁと思ってしまう自分がいる。
輝夜はそういうサドっ気が少々ありそう。勝手な想像だが、度々顔を合わせるようになるうちに、そんな予感がひしひしと芽吹いているのだ。
輝夜とお喋りして、八意先生の治験に協力して、偶にてゐさんの仕掛けた罠に引っかかって、人里で行者姿の鈴仙を見かけたら軽く挨拶する。
永遠亭に時折顔を出すようになった時点で、こうなることは確定していたのかもしれない。
かくして、俺の“幻想郷に暮らす上でやるべきことリスト”の中に『永遠亭を訪れる』という項目が新たに加わったのであった。
••••••
定位置に腰を下ろして『藤宮慎人』と題しておいた
尤も、その内容はとっくに暗記済みなので、本当に何となく手に取ってみただけだった。
そのまま、長らく停滞していた永遠亭に”変化”をもたらしたあの青年について回想する。
彼がやって来たことで、永遠亭に漂っていた何処か閉鎖的な空気感がすっかり打ち払われていた。
輝夜は彼の来訪を心待ちにしているみたいだし、てゐは悪戯の標的が一人増えて嬉しそうにしている。
他人に対して普段は警戒心の強い鈴仙も、彼には心を開きかけていた。
何かあったのか少しするとまた元に戻っていたけれど、不思議と悪い傾向のようには見えない。
睨みを効かせる鈴仙に、困った表情で話しかける彼。
なんだか微笑ましい光景だった。
人間の里で囁かれていた永遠亭についての悪評も、撤回できそうな流れができつつあるらしい。
それもこれも、彼が此処にやってきてくれたお陰。
当の本人は、そんな『切っ掛けを作る』という事がどれほど困難な取り組みなのか気付いていないようで、感謝するときょとんとした顔をしていたけれど。
“異変”以降、『永遠亭は幻想郷と友好的に関わるつもりである』と対外的に方針を示した手前、各勢力との軋轢は可能な限り避けなければならなかった。
そうでなくても、永遠亭は幻想郷において部外者の立場にある。人間社会にも妖怪社会にも属さぬ勢力にとって、孤立とはあまりにも望ましくない状態であった。
なのに、一体誰があの悪評を無責任に流したのやら。
それを特定するにはもはや手遅れなほどに噂は人間の里に広まっていて、その対処をどうするべきか悩んでいた。てゐに相談したこともある。
結局どうしても迂遠な手段しか取れず、相当な時間、手をこまねいていた。
鈴仙発案の『永遠亭の薬で地道に評判を上げる』という作戦も、なかなか軌道に乗らない日々が続いていた。
でも、そうこうしているうちに、あの青年が薬の効果の高さを人里で流布していたようだった。
それについて一番驚いたのは、現地で売り子をしていた鈴仙でしょう。前回までは歓迎されていなかったのに、突然薬が飛ぶように売れるようになっていたのだから。
今や供給が追いつかなくなっているほど流行しているらしく、得意げに自慢する鈴仙の姿は記憶に新しい。
『ウドンゲ、薬が十分に行き渡っていないのは、本来なら望ましい事態ではないわよね? 一々言わなくても貴女は判っているでしょうけど』
『う、お師匠様。でも、嬉しいものは嬉しいじゃないですか〜』
あの時は余りの浮かれようについつい
本当に治療薬を欲している者に薬剤が手に渡らないことになる可能性は看過し難いけれど、彼は運送屋もやっているというし、その時はあてにしても良いでしょう。
これで、人間の里には永遠亭と付き合うメリットが存在する事を公然と提示することができた。
一度でも広く認知されたのなら、これでもう大丈夫。鮮烈に評判をひっくり返した様子は、人々の記憶に強く刻まれる筈。それも、薬の服用という実体験も伴うのなら尚更だった。
本当に、彼には感謝している。
まさしく、事前に期待していた通りの働きを見せてくれた。
かくいう私も、彼とは今後とも友好的に接していきたいと思っている。
まず、私個人として、彼には非常に興味がそそられた。
月の都でも忌み嫌われていた輝夜を見ても、その表情からは毛程も否定的な要素を見出すことができなかった。
私の顔の形状も、それなりに見苦しいものであると自覚しているけれど、彼は同様に全く気に留めていない様子だった。
それどころか、私たちの容貌を快いと感じているようだと推察することができてしまった。
その時は、幻想郷中で指名手配されている天邪鬼のような
けれど、採血して分析した結果、彼はごく一般的な人間であると確認が取れている。
となると、彼は所謂“不細工な容姿を好む癖の持ち主”なのかしら?
圧倒的少数派ではあるが、世の中にはそういう人間が男女問わず存在している。彼はそれに当て嵌まる人物ではないかと、その可能性を検討した。
しかしそれだと、うちの姫様を見ても全く気を害さないことに説明がつかない。
輝夜には悪いけれど、純然たる事実として、彼女の芸術的とすら形容できる“醜さ”は、そういう性癖すらも無効化する。
彼女の前では、人であろうと妖であろうと神であろうと関係ない。
──それが、世の摂理なのだから。
だからこそ、それを意に介さない様子の彼に対して、知的好奇心が駆られる。
本当に、本当に久しぶりに、未知の現象というモノに出会うことができたから。
……彼の目には、私の姿はどう映っているのかしら?
あの青年を目の前にすると、月の賢者として好奇心を気ままに満たしていたあの頃を思い出して、ついつい身体が疼いてしまう。
折を見て、内緒で彼の脳を解剖しても良いかもしれない。何か未知の物質が詰まっているのかも?
そうそう、彼は新しく開発した薬のお試しを率先してやってくれる。これも有難い事だった。
前は鈴仙によく“協力”してもらっていたけれど、いつしか色良い返事を聞かなくなっていた。
実験不足で少々の欲求不満を感じていたところにやって来てくれて、進んで治験に協力してくれる彼の存在は、飽くなき欲求をぶつける相手として純粋に有り難みを感じている。
……実は、彼に試してもらった新薬のうち、
具体的には、記憶を失わずに永遠に保持出来るようになる薬や、霊力や魔力を人の範疇に留まらない程極限にまでブーストさせる薬など。
それらの新薬を投与した結果、症状の程度が極端に抑えられるか、全く効果を発揮しないかの二つに分類することが出来た。
これもまた、彼の特異な特徴と言い表しても良い。
とは言っても、その原因は判っている。
──『常識に囚われる程度の能力』が、新薬の極端な症状を抑制又は無毒化している。
そう考えるのが妥当であると、早々に結論づけていた。
『何故、私や輝夜を見ても嫌悪の感情を抱かないのか?』
その疑問に比べたら、なんてことない単純な帰結。
それこそ、
••••••
永遠亭の薬師は、ふうと息をついて読み返していた診療録を閉じる。
彼女は、所狭しと敷き詰められた書類の中にそれを戻す前に、何となく指でなぞって今後彼の辿るであろう“末路”を案じていた。
「……本当に、御免なさい」
誰に向けることもなく、そう呟くと。キィ、と腰掛けていた椅子の音を鳴らして、彼女は立ち上がる。
彼女は、水面下で推し進められていたとある計画がいよいよ本格的に始動したのだと、その明晰な頭脳を以って感じ取っていた。
もうとっくに、主と仰いでいる姫からの許可は頂いている。
さらに、もう戻れないところまで”事”は進んでしまっていた。
──損な役回りを演じることになってしまったわね。
内心、そんな事を愚痴る。それは紛れもない本音であった。しかし彼女は否応も無しに、それを成し遂げる下手人になければならないという立場に置かれていた。
八意永琳は前へと進む。
彼女を突き動かす原動力は何なのか、現時点では不明である。
ただ、その金色の瞳には一点の曇りもなく、その足取りも迷いは一切存在しなかった。
推定数十億歳ともいわれるえーりんの代名詞に、“少女”という単語を使用することに大いなる心理的抵抗を感じたので使っておりません BBAとかそんな次元じゃないでしょ
『は? えーりんは何歳だろうと永遠の少女なんだが?』と反論してくれても構いません そんな愛に溢れた勇士に一つだけ言葉を送ります
おまえがナンバーワンだ