東方被常識 あべこべなこの世界で俺は   作:自律他律

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大火の灯りは不穏の兆し

 

 

『迷いの竹林にて大火災発生!』

 

 

 夜明けまで続いた迷いの竹林での火災は、話題性というものに飢えている天狗たちの注目を存分に集めていたらしい。翌朝起床して戸を開けてみると、天狗たちのばら撒いた新聞の数々が通りを敷き詰めんとするほどであった。

 

 俺が寝ている時に、一体何が起こったのか。

 

 それを知るに至るのは天狗の新聞と、未だ興奮の収まらない様子で井戸端会議をする婦人たちからの話で充分だった。

 曰く、元々迷いの竹林では小火(ぼや)騒ぎがしばしば発生していたらしい。しかし、竹林の半分以上が犠牲になった程の大規模の火災は、どうやら今回が初めてのことであるという。

 

 

 俺にはその火災について、少しの心当たりがあった。

 “迷いの竹林”、“炎”。付け加えるなら“決闘”もそうである。

 悪い胸騒ぎがした。

 

 

 幸運にもと言っていいのか、天狗たちの新聞もその火災の規模の大きさについて言及するものばかり。

 その出火原因については、ここ数日間日照りが続いたことによる乾燥した空気、その状況下で枯葉が擦れたことが原因であろうと軽く推測する程度に留めた記事が殆どであった。

 

 人里の住人たちも里に直接の被害が出た訳でもないので、まさしく対岸の火事と言った様子である。

 誰もが特に深く気にすることなく、どことなく浮ついた空気を漂わせながら、それでもいつも通りの日常が流れていた。

 

 

 

 

 

 だが俺は、彼らのようにいつもの生活を送ることはできない。

 

 迷いの竹林には妹紅や永遠亭の皆がいる。凡人の身で差し出がましいようではあるのだが、彼女たちの安否がどうしても心配になる。

 

──居ても立っても居られなかった。

 

 迷いの竹林へ向かう為に素早く身支度を整える。

 特に、護身用の博麗の御札は絶対に忘れてはならない。火災によって、竹林に棲まう妖怪たちの気が立っているのだと新聞に書いてあったからだ。

 札の効力が切れていないかどうか確認を済ませていると、引き戸からノックの音が聞こえてきた。

 

 どうやら来客のようである。

 

 つい、チッと一つ舌打ちをしてしまった。

 恐らく仕事の依頼に来たお客さんであろう。普段であれば諸手をあげて歓迎するところであるのだが、今は非常にタイミングが宜しくない。悪いが、来客には日を改めてもらおう。

 

 追い出すだけなら玄関先のみでの対応で十分だろうと、引き戸を気持ち少なめにスライドさせる。

 

……おっと。

 

 そこに立っていた人物を見て、慌てて戸を全開にして迎え入れる態勢を取る。動揺した為に若干挙動不審になってしまった。

 

 明るい銀髪に青いメッシュだなんて目立つ外見は、この人里では一人しかいない。

 

 上白沢慧音、寺子屋の有名教師が引き戸の前に立っていて、こちらを見上げていた。

 彼女には色々とお世話になっている。気持ちに余裕がないとはいえ、冷たくあしらうだなんてこと、自分に出来る訳がない。

 

「おっ、ど、どうぞどうぞ。お入りください、慧音さん」

 

「? あ、ああ、失礼するよ」

 

 あからさまに動揺している俺を(いぶかり)りながら、彼女は屋内へと入っていく。

 こちらも部屋に戻って、台所に寄り道して棚から来客用の湯呑みを取り出す。

 

「ちょっと待っててください。今お茶用意するんで」

 

「いや結構だ。要件はすぐに済ませるから」

 

「あれ、そうなんですか?」

 

 そう言って振り返ると、彼女は勝手知ったる他人(ひと)の家という風に収納スペースから座布団を二つ取り出して、それらをいつもの定位置に置いていた。

 ぽんぽんと座布団を手でたたいて着席を促す慧音さん。それに従って、彼女の対面に敷かれた座布団に座る。

 

 正確に数えてはいないのだが、慧音さんは寺子屋のお手伝いなどを依頼しにここに何回か来ていた。だから、座布団を収納している場所を彼女が知っているのは別に驚くところではない。

 ただ、家主である俺に何も言わず押し入れを開いたり、こちらを急かすような事をするだなんてなんともまあ慧音さんらしくない行動である。

 普段は決して他人に非礼を働かない奥ゆかしい人なのだ。

 

 なんだかいつもの様子とは違うような?

 

 違和感を覚えながら彼女と向き合って目を合わせると、慧音さんの表情はいつもの穏やかなものではなく、何か思い詰めているような表情であることに気がついた。

 

 彼女がそんな顔をするだなんて、よほど緊急性の高い案件と見た。

 

 というか今というタイミングを考えれば、それがどんな案件なのかは薄々勘づくことができた。

 今は迷いの竹林で火災が起きたその翌朝である。となれば恐らく、慧音さんは俺と全く同じことを考えているのではないだろうか。

 

「で、要件って何でしょうか」

 

「うむ、その、今日は君にある依頼をしに来たんだ。まあ、便利屋として評判高い藤見屋の腕を見込んで、だな……」

 

 歯切れの悪そうな様子を見て確信する。

 

 彼女は寺子屋の教師やら歴史の編纂やらで何かと多忙な身である。その代わりに“彼女”の元へ向かって欲しいということであろう。

 慧音さんが俺に何を求めているのかは大体把握した。なので、その依頼の内容を敢えて聞かず、出し抜けに彼女に質問してみる。

 

 ある種、核心めいたことを。

 

 

 

「慧音さんは、あの火災が妹紅の手によって引き起こされたものと考えているんですか?」

 

 

 

 良い天気が続くのは特別珍しいことではない。だから天狗の新聞にあるように、乾燥した状況下での枯葉の擦れ合いが火災の原因だとはどうしても俺には思えなかった。

 

 妹紅は迷いの竹林に住んでいて、高度な火炎の術を使う。

 

 加えて、時折『決闘』をしているのだと輝夜から以前聞いていた。前々から発生していたという小火騒ぎは、まず間違いなくそれが原因なのだろう。

 問題は、何故今回だけはそれがここまでの大火災になってしまったのかという疑問が残ることである。

 何かひっそりと穏やかではないことが起きているのではないのか、なんて嫌な妄想をしてしまう自分がいる。

 

 

「──ああ、認めたくはないが、その可能性は高いと言わざるを得ない」

 

 

 俺の問いに答えた彼女の顔は、それはもう苦いものであった。

 それを見て、慌ててフォローを入れる。

 

「や、まあ、竹林の半数が燃えたといっても、どうせ数日後には元通りになるだろうって新聞に書いてありました。それに、少なくとも現時点では死者は確認されていないともありましたし、そうやって事を重く捉える必要はないと思いますよ?」

 

 そんな励ましの言葉が響いたのかは分からないが、慧音さんは何とか微笑んでくれた。しかしそれでも、無理して笑っているのがバレバレだ。

 

「あのー、本当に大丈夫です?」

 

「う、気を遣わせてしまったかな、はは」

 

 取り繕った笑顔を容易く俺に見破られたせいか、なんだかさらに凹んでしまった様子である。そしてぶつぶつと呟き始めた。

 

「思えば、妹紅とは良き友人であるつもりだったのに、ここ暫くは忙しいからと君に彼女の世話を投げっぱなしにしていたな……それに今も、こうして仕事を優先してしまっているし──」

 

……こういうネガティブな様子の慧音さんは初めて見る。

 

 珍しいと思いつつもその時、俺は彼女を元気づけなければならないという使命感を覚えた。

 慧音さんの落ち込む姿など見たくない。

 

 生憎、こちらは人心を掌握する(すべ)に長けてはいない。なので、思ったままの言葉を送って、彼女を励ましてやることにした。

 

「慧音さん、大丈夫ですよ。仕事を優先しちゃうのはそれだけ教え子たちのことを大切に思っているからなんだと、少なくとも俺は分かっていますから。妹紅のことは任せてください、あんまりやり過ぎんなよって小突いて注意しておきますから」

 

「藤宮……」

 

 どうやら響いている様子。慧音さんは下向きに伏せていた顔を上げて、精一杯慰める俺の姿をその瞳に映していた。

 

 よし、もう一押しだ。

 

 そう感じて畳み掛けるようにして話す。だが、さっき言ったように俺は人を励ますプロという訳ではない。その所為か、繰り出した言葉に少々どころではない誤謬が発生することに全く気が付かなかった。

 

 

 

「どうか落ち込まず笑っていてください。俺、慧音さんの笑顔を見るとついつい惹かれて見入っちゃうんですよ、『もっとその綺麗な顔を見ていたい』って」

 

 

 

 自分としては、ただ『慧音さんを元気づける』という目標を達成するのに最適なワードチョイスをしただけのつもりなのである。誓って、その他の意を込めるつもりは一切無かった。

 

 

 

 

 

「──え、えぇ! そ、そそ、それはどういう…!」

 

 その妙に上擦った声に、ん?と変に思ってよく観察してみると、慧音さんは薄らとその端麗な顔を紅潮させていた。

 

 

 

 

 

……ああ、これは非常に不味い。よろしくない。

 

 ぽろっと人に美醜感覚の逆転を明かしてしまっている。迂闊だなんてレベルじゃない、もはや盛大な自爆である。

 反射的に、次の瞬間に襲いかかるであろう『気持ち悪さ』に耐えようと身構えたのだが、不思議と過去のトラウマが鮮烈として脳裏に映し出されることはなかった。

 

 一体何故? と呑気に思考する場合ではなかった。

 

 自分が何を言ってしまったのかを振り返ったせいで、さっきの励ましたつもりの言葉が再び頭の中でリピートしていた。

 B級映画でも中々見ないような、あの歯が浮くようなセリフを。

 

 は、恥ずかしい…!

 

 羞恥心で顔が熱くなるのを自覚して、慌てて立ち上がって玄関へと大股で足を動かす。あのまま慧音さんと見つめ合い続けることなど出来なかった。恥ずかしさのあまり頭が爆発しそうだった。

 

「じゃ、じゃあちょいと行ってきますんで! 報告はまた後日ということで!!」

 

「ま、待って──」

 

 その制止の声を聞かなかったふりをして、引き戸をわざとガラガラと大きな音を出させながら開ける。意図的に人を無視することによる申し訳なさで胸がいっぱいになっていた。

 

 慧音さん、本当にすいません。顔から火が出そうなんでこれ以上はもう色々と無理です。

 

 玄関から飛び出して、すぐその場で青空へと舞い上がる。往来の中でいきなりそんな事をしたものだから、通りがかりの人々がなんだどうしたと見上げている。

 また、不本意に注目を集めてしまった。踏んだり蹴ったりである。

 ええいもうどうにでもなれい、と自棄になることにした。

 外出の身支度を既に整えていたこともあって、その勢いのまま迷いの竹林に突撃することに決める。

 進路をそこへ向けて、フルスロットルで飛行する。

 

 

 

 

 

 とはいえ、いくら全力といってもその速度は高が知れているので、到着するまで少々の時間があった。

 

 

 

 

 

 その間、頭を冷やすと共に、先程自分の美醜感覚逆転がバレたというのにどうして過去のトラウマがフラッシュバックしなかったのかを俺は考えていた。

 

 そして、それらしい理由を思いついた。

 

 結論から言えば、それは『慧音さんは俺の美醜感覚逆転に気付かなかった』からである。

 では、一体どういう理屈でその考えに至ったのか、彼女に放った言葉を嫌々ながら振り返る。

 

「どうか落ち込まず笑っていてください。俺、慧音さんの笑顔を見るとついつい惹かれて見入っちゃうんですよ、『もっとその綺麗な顔を見ていたい』って」

 

 まず、俺はこれまでの人生でこの感覚の狂いを誰かに打ち明かしたことなど一度もない。これを知っているのはこの世で俺ただ一人だけだと断言できる。

 

 もしかすると、容姿が並ではない女性たちと進んで関わっているのを見て違和感を持たれている可能性はなきにしもあらずだ。

 しかし、そこから『そうか、藤宮の美醜感覚は女性に対してのみ逆転しているのか!』という結論に至ることはないだろう。思考が飛躍し過ぎているし、読心術だなんてレベルじゃない。もはや結果論ありきの推理である。

 

 つまり慧音さんの視点では、『彼は“正しい”感性を持っているけど、それでも私のことを“綺麗な顔”と表現したのだ』と思ってしまった事だろう。

 そして、『もっとその綺麗な顔を見ていたい(素朴な感想)』という何気なしの言葉と、その前の『俺が慧音さんの笑顔に惹かれている』という情報が合わさるのである。

 

 するとどうなるか。

 

『もっとその綺麗な顔を見ていたい(例え貴女の容姿が醜くとも俺の目には輝いて見えるよ)』という最上級にキザったらしい言葉へと変貌するのである。

 ともすれば、愛の告白と捉えられてもおかしくない。

 というか、あの慧音さんの反応からすると九分九厘そう解釈してしまっただろう。

 

 

 

 

 

 白磁のように透き通ったきめ細やかな肌を少しばかり赤く染めて、こちらを見やる慧音さんの姿を思い出す。

 普段の屹然(きつぜん)とした様子で教壇に立っている姿とのギャップも相まって、あの光景はかなりの破壊力を秘めていた。

 今になってドキドキと鼓動が高鳴り出している。

 

 

 

 

 

 あの様子からすると、もしやこれは脈ありと考えてもいいのだろうか? いやいや、単に告白されるのに慣れていなかっただけという可能性もある。

 どっちだ、どっちが正しいのだろうか?

 

 ぬおー、と悶絶してしまう。

 

 後で人間の里の大通りなんかでバッタリと出会ってしまったら、気まずいなんてものではない。

 自分で告白しておきながら返事も聞かずに相手からダッシュで離れる、という謎ムーブをかましたようなものだ。

 

 ああ、本当にどうしよう。

 

 

 

 迷いの竹林にいる少女たちの身の心配よりも、今後の慧音さんとの付き合い方を心配した方がいい気がしてきた。今思えば、彼女たちは火事にあったとしても何食わぬ顔でけろりとしているような人たちばかりなのである。

 元気にしている事を確認したら、その後の慧音さんへの報告は手紙で済ませてしまおう。対面するにはちょっとばかし人生経験、特に恋愛面が足りなすぎる。少なくとも素面では無理だ。

 

 なんてことを考えながら、迷いの竹林へと空を飛ぶ。

 

 

 

 

 

 夜明けごろに鎮火したという話であったが、それでも燃え足りないと主張するように未だに(くすぶ)っている所が散見され、竹の破裂する音が時折響き、煙はあちこちで上がっていた。

 それを吸い込まないよう細心の注意を払いつつ、まずは迷いの竹林の浅いところにある妹紅の住む小屋を目指す。

 

 輝夜から、彼女は不老不死の蓬莱人であると聞いているし、俺も本気で妹紅が火災で亡くなってしまったのではと不安になっている訳ではない。

 

 ただ、どうして皆に騒がれるような事態になってしまっているのか。その理由を知りたいと思っている。『うっかり火加減を間違えてしまった』とでも答えてくれれば、俺は苦笑いしながらもこの魚の骨が引っかかったような違和感を解消することができるのだ。

 

 

 

 幸運なことに、妹紅の住む掘っ建て小屋は火の魔の手から逃れることに成功したらしい。

 今にも倒壊しそうではあるのだが、前に来た時とさして変わっていない。いつも通りの小屋である。

 

「おーい。妹紅、俺だ。入るぞ」

 

 返事を待つことなく、出入り口である所々穴の空いた障子に手をかけて開ける。寝惚け眼でこちらを睨む白髪に赤いもんぺを着た少女を幻視していた。

 しかし、

 

「妹紅? 居ないのか?」

 

 障子を開いても、どこからか入り込んできた寂しい隙間風が俺を迎えるだけであった。

 

 彼女の姿が、どこにも見当たらない。

 




 
 あべこべものを謳っておきながら、二十話近くになるまで碌にそれらしい描写が入らなかった作品があるらしいですよ?

 今更な話なのですが、なんだか他のあべこべ作品と比べてこの作品はほんの少しだけシリアス味が濃いような気がします 『偶にはこんな味変も悪くないかなー』程度に思っていてください
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