ちゃんとルビが機能してるか不安があります
何度も確認したし大丈夫だよね
「おい、外来人だ! あの方を呼んできてくれ」
「私がですか? はあ、あんまりあの顔を直視したくないんですが。気分が悪くなりますし」
「……気持ちは分かるが早く動け、今度飯奢ってやるから」
やっと人の気配がある場所への到達が叶った事と、話しかけた門番さんが思っていたよりも親身に話を聞いてくれたお陰で、ようやく人心地つくことが出来た。
現在、俺はこの集落の詰め所のような家屋に案内され、腰を落ち着け、出されたお茶を飲みすっかりカラカラになっていた喉を潤している。
一体どのくらいの時間、あの森を彷徨っていたのだろうか。この集落に辿り着けたのは幸運だったと言えるだろう。
あのまま遭難し続けていたら──
なんて想像するだけで身体が震えてしまった。
ギィ、と戸が鳴る音がして部屋に人が入って来た。あの門番の人だ。
真夜中に、それも土塗れになり小汚くなった(森の中を必死になって駆け回った所為)俺を追い返さないでくれた。不審人物と見做されても可笑しくはなかったというのに。
その上、いつの間にやら森で遭難していたこと、人を食べるメルヘンチックな風貌の空を飛ぶ少女に追いかけ回されたことなど、荒唐無稽な話をしても疑念を持っていない様子だった。
どうやら、あの非現実的な話を受け入れてくれているらしい。
四十歳後半の男性で、体格がいい。
毛皮を防具にして着込んでいて、集落の前で話しかけた時は鉄製の槍で武装していた。……ぶっちゃけ、時代錯誤も甚だしい珍妙な装いである。
待たせてすまなかった。
と、軽く詫びを入れた彼は俺の向かい側の席に座り込んだ。
「えっと、さっきからお世話になりっぱなしですみません。でも正直なところ今も混乱してて。もう何が何やら……」
「いや全然構わない、その気持ちはよく分かる。自分も外の世界から来てここに定住した身だからな」
……外の世界、という妙なワードに少々の引っ掛かりを覚える。だがそれを聞くよりも第一に、自分がいま居る現在地について質問する方が優先だろう。
「では早速ですが。結局、ここは何県なんですか?」
別に、都でも道でも府でも何でもいいが。心の中でそんな事を付け加えながら答えを待つ。
初めは、山奥にある消滅寸前の限界集落と当たりをつけていたのだが。しかしその割にはあまりに閑静さが足りていない。こんな夜中でもまるで居酒屋の喧騒の様な賑わいが、木製の窓から窺えた。
──さて、ここは本当にどこなんだろうか?
門番さんは懐かしむような顔をして、こう答えた。
「県って、懐かしいな。──ああ悪い、質問に答えよう。ここは『幻想郷』の中に位置する『人間の里』という場所だ。どこの県? さあな、そんなのは最早関係ない事さ、気にしても仕方のない事だ」
「げんそうきょう…?人間の、里…?」
人間の里などという広義的過ぎる名称にツッコミを入れたくなったが、話によるとここは“只の人間”が安心して暮らすことの出来る唯一の場所であるという。
何? ここ以外は人間が安心して生活していけないところばかりであると主張したげな、その言い回しは。
そう聞くと衝撃的な事実が発覚した。
──幻想郷とは醜い人外たちが跋扈する、妖怪たちによる楽園である。
森で俺に襲いかかって来たあの少女(聞くところによると妖怪らしい)はまだまだ序の口で、人里の外はあんな化け物たちで溢れているらしい。
それが本当だとすると非常にまずい。
ここで帰路に着く手段を確保して、明日の朝にでも移動を開始する腹積りだったのだ。
早くここから脱出して日常生活に戻らなければ、あと数日で大学が始まってしまう。
「ま、里の外れにある妖怪寺なんか物好きな奴は参拝しに行ったりもするし、鍛治で名の通った妖怪に自分はよく世話になる。見た目は醜悪だが腕は確かなんでな。──そうそう。今あんたを外の世界へ帰すなり何なりするために呼び出しているお方がいるんだが、見かけで判断して顔を顰めるなよ? あれでも、この里有数の人格者だからな」
「帰す? 呼び出し?」
なんとかここを脱出する方法を思案せねばとウンウン唸って考えていると、門番さんが何か重大そうなことを言ったような気がした。って、
「外の世界へ帰すって言いました今!?」
つい前のめりになりながら問いただす。急に大声を出したので驚かせてしまった。
「お、おう。と言っても選択次第だ。ここに残ることも、外の世界へ帰ることも出来る。俺は──訳あってここで暮らすことを選んだが、あんたのその様子だと帰る方を選ぶみたいだな」
当然だ。
誰が好き好んで危険な妖怪だらけな世界で生きていこうなどと思うだろうか。門番さんはそうではないようだが──ん?
「ええっと。あなたはどうして、こんな危険な場所に残ろうだなんて選択を? 『訳あって』というのは、一体どういう……」
外の世界では命の危険など、ここと比較しては無いも同然だ。なのに何故彼はわざわざここに残ることにしたのだろうか?
不自然に思い聞いてみると、門番さんは人の良さそうな顔を引っ込めて、あからさまに不機嫌そうな顔をした。
──しまった。何か気に障るような事を言ってしまったか。
そう思い謝罪しようとしたが、彼の方が先に口を開いた。その顔には明らかに自嘲の色が見て取れ、活発な印象だったが突然老け込んでしまったように錯覚した。
急な様子の変化に俺は戸惑った。
「外の世界を捨てて、ここに居座る訳──か。ハッ、あんたもこの世界に迷い込んだんだ。言わずとも察することが出来るはずだが?」
……いいえ、全然察せてないです。
そんなことを言い出せる雰囲気ではなく、黙ってしまう。彼の方もそれ以上口を開くつもりはないようだ。
気まずい、微妙な空気になりかけたが──
コンコンと扉を控え目に叩く音、どうやら誰かが来たらしい。
門番さんは立ち上がり、その扉へと進む。
だが、このまま何も言わずに出て行くのは後味が悪いと判断したらしい、振り返ってこう言葉を残した。
「懸命に生きていれば、そのうち報われる時が来る。あんたも、それまで気張って生きろよ」
じゃあな、と部屋を出て行った。……その少し寂れた男の後ろ姿に、未だ鮮明に思い出される記憶があったりするのだけれども。
ひとまず俺は、どうして励まされたんだ? と困惑するしかなかった。
••••••
詰所を出て、彼にここのことをどれだけ説明したのか、呼び出された彼女に伝えて門番の平常業務に戻る。今晩も星が良く見える。
思えば、外の世界で体に鞭打って終わらぬ仕事に忙殺されていた頃は、こうしてゆっくり夜空を眺めようだなんて気持ちの余裕はなかった。
あっさりと鬱を発症し、退職してこのどうしようもない人生に幕を引こうと試行錯誤していたら、いつの間にかこの世界にやってきていた。
噂では、この世界は、身寄りもなく、周囲の人間からも忘れ去られてしまったような人間を引き込んでしまうらしい。
恐らくあの青年も同じ苦しみを味わって、人生に絶望してしまったのだろう。
「あんなに若いんだ、まだまだ挽回出来るさ」
久しぶりにセンチメンタルな気分になってしまった。そうだ、ちょうど奢ると約束していたんだった。仕事が終わったら他にも何人か捕まえてどこかで一杯やるか。
うっかり泥酔しないよう気をつけないとな、後で家内に迷惑をかけてしまう。
そうして、男は人里の外を見つめる。
あちらには、あの青年が出会ったという妖怪のみならず、雑多な化け物が生息している。時には、人の形を取らない小型の妖怪共が作物を荒らすこともある。
その時になれば自警団総出で追い出すのが常であるが、今のところその予兆もなさそうだ。
そう考え、リラックスした体勢になる。
もう少しで交代の時間だ、それまでこの夜空でも眺めていよう。
••••••
門番さんと入れ替わるように入ってきたのは、森でエンカウントした少女のように、現実離れした容貌の女性であった。
あまり背は高くない。見たところ俺よりも年下のように思える。
しかし身に纏う雰囲気は何処となく理知的で、落ち着いた印象がある。
明るい銀色の髪に青いメッシュが入っていて、頭にはリボンの付いたなにやら角張った帽子。青を基調としたワンピースには規則的なフリルが付いている。そして顔は──
──彼女の顔、それを自分の感性はかなり整ったものであると断じた。
先程の門番さんの言葉を思い出す。
『今あんたを外の世界へ帰すなり何なりするために呼び出しているお方がいるんだが、見かけで判断して顔を顰めるなよ?』
更に遡って、自然と聞こえてきた屋外からの会話。
『おい、外来人だ! あの方を呼んできてくれ』
『私がですか? はあ、あんまりあの顔を直視したくないんですが。気分が悪くなりますし』
『……気持ちは分かるが早く動け、今度飯奢ってやるから』
──どうやら、外の世界と断絶されたようなここ『幻想郷』であっても、自分を長年悩ませ続けた価値観のズレは、等しく俺を苦しめるらしい。
すなわち、美醜感覚のズレである。
おそらく、外と同じであれば『女性の容姿』のみに限定された、たったそれだけの──しかし、俺の人生に於いては決定的で致命的だったソレだ。
想像してみてほしい。
自身が美しいと感じる存在が誰にも見向きされずにいるどころか、裏でヒソヒソと貶されている。
その一方でそうと思わないものが周囲に持て囃されたり、熱狂されたり、メディアなどで取り沙汰され、脚光を浴びている。
趣味や音楽の趣向など、さっきまで「アレいいよね」とか「コレ面白いよね」などと気の合う皆と仲良く話していたと思っても、“ソノ”話題になった途端、彼らが見た目そのままに、中身を宇宙人にでもそっくり移し替えられてしまったように急に話が噛み合わなくなる。
いっそのこと、全ての価値観が逆転していたのなら、むしろその逆転を楽しんで生きることが出来たのかもしれない。
しかしあべこべなのは女性の容姿に対してのみだった。
その中途半端さが最悪だった。
なまじ周囲の人と同じ感性を持っているためか、それがズレてしまったとき、なんとも言えない不快感が襲いかかってくる。
──ああ、気持ち悪い、気持ち悪い。
自分の中でなんとか折り合いをつけられたのがここ数年のことだった。
それでも、未だに、違和感を払拭する事は出来ていない。
「その、大丈夫か?」
ふと意識が浮上した。
目の前には端正な面持ちの少女が立っていて、こちらを心配そうに見つめている。“
「い、いいえ、大丈夫です。ええっと、上白沢さんとお呼びすればいいんですかね?」
「ああ、好きなように呼んでくれていい」
見た目に反して口調が中性的で少し面を食らってしまった。
物思いに耽ってしまい、自己紹介の最中であるのにボケっと立ち尽くしてしまったようだ。そうだよ、自己紹介だ自己紹介、確かまだこちらの名前を言ってなかったな。
こういうとき、一人称をどうするべきか少しだけ迷ったりするものだ。楽な「俺」にするか、オフィシャルな「私」にするか。
まあ、どうでもいいか。
「俺の名前は“
えっと、
そういや何で彼女が来たんだっけ?
そう、そうだ。思い出した。
「あ、あの、外の世界に帰るのに協力してくれるってさっき門番の人から聞いたんですけど」
「その通りだ。ということは、君はこの人間の里に暮らすのではなく、外の世界へ帰るつもりだということだな?」
頷いて、肯定の意を示す。
「わかった。その意思を尊重しよう。だが今日はもう遅い、行動を起こすのは明日の朝からになるが構わないか?」
「ええ、大丈夫です。むしろその方が助かります。もう疲れが溜まってしまって、結構しんどいので」
ちょっと前まで森という慣れない足場の中で、命の危機を感じながら全力逃走していたのだ。
もう足がパンパンで筋肉痛が怖い。喉は潤ったが空腹が酷くなってきた。眠気も忍び寄ってきている。
いやぁ、参った参った。
「……ふむ」
痩せ我慢がてら愚痴っぽくおどけて笑ってみせると、上白沢さんは何故だか意外そうな目をこちらに向けてくる。
どうしたのだろう。
案外余裕そうだなぁとか、性格はお調子者タイプかなぁとか思われているのだろうか?
その実、どちらも全くそんな事はないのだが。
ふと正気に戻ったようにして、上白沢さんはコホンと態とらしく咳をした。
結局、彼女が何を考えていたのかは分からなかった。きっと然程気にするような事でもないのだろう。
「……里には君のような外来人の為の宿がある。そこまで私が案内しよう」
上白沢さんが言うには、人間の里には外来人を一時的に受け入れる宿泊施設のようなものがあるらしい。しかもタダ。道中で持っているもの全てを落としてきた俺にとっては、とても有り難い話だ。
なんでもその施設の責任者は元外来人で、自身が苦労した経験をもとにして始めた無料サービスなんだとか。
門番さんといい、外の世界から来てここに住む人は多いのだろうか?
そう質問してみると、割合的には半々くらい、と答えてくれた。
妖怪の楽園と聞いて恐れて帰る者、それを聞いてもどうせ身寄りもないし、元々死ぬつもりだったのだからと残る者に分かれるとのこと。
「個人的なことを詮索されるのは気に食わないだろうが、君も自殺なんて虚しいことは二度とするんじゃないぞ」
上白沢さんは可愛らしくも重々しい表情で、そう締めくくった。
……いやいやいや、何故だか大変な誤解をされているようだ。訂正せねば。
「俺は自殺なんて考えた事も、試みた事もありませんよ? まあ、頼れる身内がいないのは確かですが」
「──そうなのか? それは失礼した」
もしかして、ここの人達の言う『外来人』というのは、親族から縁を切られていたり自分の死を望んでいたり、そういった後ろ暗い背景を持つ傾向にあったりするのではなかろうか? だからこそ、今このようにして彼女は励まして(?)くれたのではないか?
朧げながら、そんな考えが頭に浮かんできた。
門番さんが去り際に妙なことを言っていたのは、俺がそんな暗い境遇と考えに悩まされてきたのだと勘違いからということか。
そうなるとあの別れ際、色良い返答が出来なかったことが心苦しい。
結構良いこと言ってたような気が──いや、それより誤解を正す方が先か。
「では明日の朝、案内の者をここへ寄越す。では、外の世界でも達者でな」
木造建ての大きな平屋まで案内してくれた上白沢さんは、そう言って去っていった。
てっきり明日も案内してくれると思っていたので少し残念だった。
あれほどの(自分にとって)美しい女性はそうはいないだろう。
出された素朴な食事はジャンクフードに慣れた自分には正直物足りなかったし、部屋も普段は倉庫にでもしていたのか埃っぽかった。
しかし、無償でやってくれているのだ。
感謝はすれど、文句を言えるはずがない。
銭湯で疲弊した身体を労ると、いよいよ活動の限界が訪れる。
眠い、とても眠い。寝坊しないようにしなければ──そう思いながら薄い布団に横になると、すぐさまに意識は彼方へと沈んでいった。
••••••
幾ら上白沢慧音の知り合いの数は多けれども、あの外来人を博麗神社まで案内する道中、万一妖怪に襲われても危なげなく撃退できる人物など中々いない。
さらに、一日中暇をしている──もとい、明日の朝という急な予定に都合がつく人物の心当たりなど、彼女には一つしかなかった。
「藤宮慎人、か」
迷いの竹林目掛けて飛翔しながら、彼の名前を呟く。
──珍しく、不快そうな顔を向けられなかった。
幻想郷に迷い込んだ外来人への対応は、はっきりと文言で定められているわけではないが、私が一応の責任者として取り持っていた。それが里での暗黙の了解となって、どれほどの年月が過ぎ去っただろうか。
私の風貌を目の前にした外来人の反応は、男女問わず、大まかに二つに分かれる。
一つは、頼る相手の機嫌を損ねないようこちらの様子を慎重に観察する者。悪印象を持たれないように、にこやかな顔を偽るのが特徴的だ。長く生きていれば、その表情が本物かどうかを見破るのは容易い。しかし、私の容姿の醜さは誰しもが認めるところ。それでも上手く折り合いをつけようとする分、もう一つと比べると圧倒的に理性的だった。
もう一つは、外の世界への帰還が叶うと知った途端、不愉快そうな様子を隠そうともしなくなる者。見苦しさ故か、それとも半妖の身故か。しかし一番酷かったのは顔を見た瞬間に逃げ出されてしまったこと。その心情を慮れば致し方無い事ではあったが、さすがに傷ついた。こちらの方は少数派なのだが、やはり悪い印象とは尾を引くものだった。
彼は、それらの誰とも違っていた。
こちらを見ても、嫌悪したような素振りは全く見せなかった。
これがもし高名な僧侶であったり、鍛錬を重ねた仙人などであれば、何の疑念もなかった。私が本意を看破できると自負出来るのは、普通の人間を相手にしたときだけだから。
会話したところ、彼は見た目相応の年齢と精神性であり、術で容姿や年齢を偽っているわけでもなかった。では何故私の顔を見ても嫌そうにしないのか、いや寧ろ態とらしく戯けて笑いかけてくる始末だ。ますます理由がわからない。
いずれにせよ、あの外来人は明日の昼頃には大結界を超えて外の世界へと帰ってしまう。もう二度と彼と出会うことはない。
人との永遠の別れは幾度もなく体験したが、彼と関わったのはあの短時間だけだった。
それなのに、これほど心残りになるとは。
目的地に到着した。相変わらず今にも倒壊してしまいそうなあばら屋だ。この調子だと、いつものように中も酷い有様であることは想像に難くない。
明日の依頼をする前に、軽く説教しないといけないな。
寺子屋の教鞭に立つ者として、そしてこの中に住まう彼女の友人として、腕の見せ所だなと自分に喝を入れた。
前半にいる門番さんはモブです、なんか色々主張してるけどモブなんです
メモ帳には「里の門番 上(上白沢慧音の略称)へバトンパス」としか書いてないんですけどねえ
まあそんなこと言い出したらキリがありませんけど
前回ルーミア出したのだってアドリブだし
ホントは野良妖怪にオリ主を襲わせるはずでした
思い通りに話が展開できないこの三文小説の明日はどっちだ