東方被常識 あべこべなこの世界で俺は   作:自律他律

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蓬莱人の戯言

 

 

「んー、妹紅の行方? さあ? 知らないわねぇ」

 

 いつも玄関先で嫌そうな顔をしながらも応対してくれる鈴仙の不在のためか、珍しく八意先生がお出迎えしてくれた今日(こんにち)の永遠亭にて。

 寝惚け眼を擦りながら、『そんなの心底どうでもいい』とのお気持ちを表明する姫様の姿が、俺の眼前にあった。

 

 

 

 

 

 迷いの竹林という迷宮の最奥にひっそりと佇む永遠亭。その和風で雅なお屋敷の、そのまた更に奥まったところに存在する一部屋。隔離に隔離を重ねたようなその場所に、かの“なよ竹のかぐや姫”こと蓬莱山輝夜は居た。

 

 なんとこのお姫様、日も高くなってきた時刻であるのにも関わらず、さっきまでご就寝であった様子。

 

 普段のサラサラとした艶やかな黒髪がほんの少しだけ乱れてしまっている。さらに、着替えの際に注意散漫であったのか着崩れしていた。

 

 なんともだらしのない恰好だった。これを常人が行っていたとすれば、相手から顰蹙(ひんしゅく)を買うこと間違いなし。

 しかし、このとき着崩しているのは()()輝夜で、その相手というのはそんな彼女を傾国の美女と見做してしまう俺であった。

 

 それ故に『だらしない』という印象よりも、『異性相手になんと無防備なことか』という悲しき男心の方が先に湧き立ってしまっていた。

 

 欠伸でしっとりと潤んだ瞳に思わず見惚れそうになる。少々緩んではだけている彼女の襟元に、つい視線を差し向けてしまいそうになる。

 いやはや輝夜の美しさにはすっかり慣れたつもりであったが、こうして寝起き姿といういつもと違ったアクセントを見せつけられると、こちらとしては参ってしまうこと他ない。

 

 いつだったか『枯れている』なんて揶揄された事もあったが、俺は全くそんな事のない健全な男の子なのだった。

 

 今現在も、扇情的とすら形容できる輝夜の姿を見てすっかり理性が揺さぶられてしまっている。

 きっと他の男性も今の彼女の姿を見れば、その理性は全て溶けてしまうこと請け合いだ。尤も、彼らの場合は悪い意味でなのだろうが。

 

……輝夜は、俺が堪りかねて襲いかかってくるという可能性を考慮していないのだろうか?

 

 まあ、かねてより『私たちって“親友”でしょ? 少なくとも妹紅よりも』と一言多いながらも友情をアピールしてくる彼女のこと。そこら辺は信用してくれているのだろう。

 或いは、自身の容姿を冷徹に俯瞰していて『そんな事態は決して起こり得ない』と思っているのかもしれない。

 

 それに、例え『万が一』が発生したとしても恐らく彼女は気にしない筈だ。

 

 無論、その行いを許容するからではなく、余裕でその不埒者を撃退する力を持っているからという意味合いだ。

 輝夜と妹紅の話を聞く限り二人の実力の程は互角であるようだし、とすると当然俺なんか簡単に追い払えるのだろう。

 

──生憎、と言っていいものか。その“決闘”とやらを直で目撃した事は一度もない。

 

 しかし、ボロボロの姿になって戻ってくる妹紅と、並々ならない様子で愚痴を言ってくる輝夜を見てきた経験から、結構荒々しいキャットファイトであるらしいことに俺は薄々勘付いていた。

 それでも二人を止めなかったのは、それが彼女達なりの人付き合いの形なのだと思って尊重していたつもりだったからだ。

 

 

 

 しかし、その考えを改めるときが来たのかもしれない。

 今回は、大火災に発展するまでの大ごとになっている。そして、俺は未だに妹紅の無事を確認できていないのだ。

 放っておいた事柄を、不穏な兆しを感じ取った今になってやっとストップをかけようとするのは、非常に虫の良い話だとは自覚している。

 それでも許されるのであれば、彼女たちの決闘の最中に割って入る事も厭わない──

 

──やっぱ嘘。

 

 己の戦闘力を冷静に加味すると、実力行使で介入するのは俺には不可能だとはっきり分かる。遠巻きに停戦を呼びかける位が精々であろう。

 まあ、出来る事がゼロであるというよりは、まだマシなのだと思っておこうか。

 

 

 

 

 

 最後に妹紅と会っていたのは輝夜だ。それは間違いない筈。ならば、その輝夜から話を聞けば妹紅がどこへ行ったのか、少なくとも何かしらのとっかかりが掴める筈だ。

 

 そう意気込んでここまで乗り込んでいたので、輝夜からの『知らない』という簡潔な返答に鼻白んでしまう。とっかかりすら得られないとは思わなかった。

 とはいえ、そう言われて『はいそうですか』と即刻諦めるという選択肢は俺にはなかった。少しでも情報を得られないかと食い下がる。

 

「いや、それでも何か変わった様子とかなかった?」

「別に普通だったわよ」

「本当か? ちょっとした違和感があったりとかしなかったか?」

「なかったわね」

「例えば、いつもより気が立っていた様子だったとか」

「いいえ」

「思い当たる節とか──」

 

 しつこく食い下がってみても、輝夜はバッサリと切り捨てるのみ。

 

「あのねぇ」

 

 いやでも何かないか、としつこく聞かれるのにうんざりしたのか、今度は彼女の方から話を切り出してきた。

 問答を繰り返すうちにすっかり眠気が抜けてきたようで、その双眸はしっかりと俺を見据えていた。

 

 

 

「貴方は妹紅の身が心配だって言うけれど、正直それは余計なお世話だと思うわよ?」

 

 

 

……散々な言われようである。

 

 しかしそれは、俺が妹紅に拒絶されているからというわけではなく、ただ本当に『妹紅の身を心配する必要が全くない』と冷静に判断している様子だった。

 一体何を根拠にそう言えるのだろうか?

 

「余計なお世話ってなんで?」

 

「知っているでしょ? 私たちが“蓬莱人”だからよ。

 ───ま、見せた方が理解はしやすいかしらね」

 

 スッと音もなく立ち上がると、部屋の脇に置かれていた木製の洒落た小物入れからハサミを取り出した輝夜。

 それを手に取ったまま、俺のすぐ隣に近づいて座り込む。

 ふわっと香るいい匂いに気を取られたせいもあって、俺はこれから何が始まるのかを全然察することができない。

 

 少女は、お茶目に軽くウインクした。

 

「……よく見てね?」

 

 袖を捲り上げ、その細腕、特に手首をこちらの目の前に突き出すように見せつけてくる。

 もう片方の手に握られたハサミを、そのほっそりとした手首へとゆっくり近づかせ、

 

「何を──」

 

 そのときになって、やっと嫌な予感がした。

 

 『いや、そんな訳ない』と頭で否定しながらも、それを止めることができなかった。違和感を覚える暇を与えないそのスムーズな動きに、自分がそれだけ戸惑っていたからなのだろう。

 

 

 

 

 

 

「えいっ」

 

 彼女はその鋭利なハサミを開き、片刃を手首に押し当てそのまま引く。

 その動作に全くの躊躇いは感じられず、いとも容易く()()は行われた。

 たらりと流れる、その鮮やかな赤い雫をぼんやりと見て、やっと輝夜が何をしでかしたのかを把握する。

 

──自分で自分の手首を切りやがった。

 

 あまりの出来事に頭を殴られたかのような衝撃が走って硬直してしまう。が、それは一瞬のこと。

 

「馬鹿、何やってんだ! 早く手当てしないと──」

 

「落ち着きなさい。大丈夫よ」

 

 慌てて立ち上がろうとして輝夜に制止される。

 

 『大丈夫』って全然大丈夫じゃない。動脈は避けたようだが、それでも出血してしまっている。静かに流れていく赤の液体は、決して見間違いの類のものではない。

 そんな見るからに痛そうな状態であるというのに、彼女は平然とした態度を一向に崩さない。

 むしろ、俺の慌てる様子を見て楽しそうな表情すら浮かべているではないか。

 

 自傷して、笑っている。

 突然そんなものを見せられて、困惑することしかできない。

 

 痛くないのか? 何故そんなに落ち着いていられるのか? どうして笑顔なのか? そもそもこんな事する理由は?

 溢れ出す大量の疑問の処理に苦労する。しかし、『よく見てね?』という言葉だけはしっかりと覚えていた。

 狼狽しながらも言われたままに傷ついた手首を見ていると、さらに衝撃的なことが起きた。

 

 

 

 なんとその手首が、自然と治っていくのだ。

 

 動画を逆再生したかのように、腕を伝って滴り落ちていた血液が今度は逆に登っていき、そのまま切りつけられた箇所まで戻る。

 その傷ついた部位までも、見る間に治っていく。

 

 やがて、傷つけられた筈の輝夜の細腕は初めから何もなかったかのように元通りになった。

 切り傷や血が伝った痕跡が跡形もなく消失して、そこには綺麗な白い肌があるのみ。

 

 

 

 ハッとして視線を上げると、『ほら、大丈夫だって言ったでしょう?』とでも思っているのか、輝夜は得意げな顔をしている。

 

 

 

 それを見つつ、俺は“蓬莱人”という存在の特異さを肌で感じ取って身震いしていた。

 

 『不老不死である』という程度の情報しか知らなかったのだが、さらに蓬莱人には『高い回復能力がある』という特徴があるのだと思い知った。

 

 怪我した部位が自然治癒する、というのはごく普通に起こる生体反応だ。

 そこいらの野良妖怪でもすると聞くし、何より俺のようなただの人間であってもその機能は備わっている。当然、小動物や魚なんかも持っている。生き物として備わっていて当然の能力だ。

 

 ただ、輝夜が見せたように、あんなにすぐに治ってしまうというのはあり得ないことだ。

 再生能力と呼び表すには、あの光景は些か以上に常軌を逸していた。通常であれば生理的に発生する筈の瘡蓋(かさぶた)の類すら必要としていなかったのだ。

 目の前で起こった非現実的な一連の流れを、一言で表すのならこれしかない。

 

 まるで時間が遡っていくようだった、と。

 

 

 

 

 

「結構驚いてくれたみたいね。妹紅から、蓬莱人の体質について事前に聞かされていなかったのかしら?」

 

 輝夜からそう呼び掛けられたので、沈んでいく思考を一旦止める。

 色々と言いたいことができたのだが、ひとまず彼女からの質問に答える。

 

「……いや、聞いてないな。まあ、俺からもあんまりそこら辺には触れないようにしていたから、というのもあるんだろうけど」

 

「あら。それはどうして?」

 

「ん、前にちょっとあってな──って、それは今どうでもいいだろ」

 

 以前、喧嘩別れのような事をしてしまったことを思い出して、顔が自然と苦いものとなる。

 その様子を見てさらに好奇心が掻き立てられたのか、輝夜は声を弾ませて追撃してきた。

 

「えー、何々、秘密ってことなの? そうなると俄然知りたくなるわね。ねえ、私たちって“親友”でしょ? それなのに隠し事なんてするつもり?」

 

 このお姫様は、『親友』という言葉を盾にすれば俺からなんでも聞き出せるとでも思っているのだろうか?

 

「別になんでもないって。ええと、それよりもだな……」

 

 話が逸れてきたのを意識して、畳みかけられる質問をバッサリとカットして話題を無理やり元の軌道に戻す。

 輝夜としても無理に聞き出すつもりはなかったらしい。名残惜しそうな顔をしながらも大人しくその誘導に従ってくれた。

 

「さっき言っていた『余計なお世話』って、つまりは『蓬莱人は決して死なないのだから態々心配する必要はない』ということなのか?」

 

「ご名答、その通りよ。きっと妹紅のやつも、今頃何処かをほっつき歩いているんじゃないかしら? そのうちしれっとした顔で戻ると思うわよ?」

 

 実際には決闘の後の妹紅の姿を確認していないというのに、随分と自信を持ってはっきりと断言するものだ。

 不安という単語が一切含まれていない。聞いた自分も『確かにそうだ』と思わせるほどの心強さが確かにその言葉にはあった。

 

 

 

 

 

 なんだか妹紅との付き合いの長さの差を見せつけられたような心地がした。それと同時に、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「──ま、やっぱそうだよなー」

 

 全然居場所が掴めなくて知らずのうちに焦っていたのだろう。

 

 輝夜から妹紅は大丈夫だと太鼓判を押してもらった事で、逸っていた気分がやっと落ち着いてきた。

 妹紅の昨日の様子をしつこく聞いてきた俺に、恐らくだが輝夜はさぞ辟易としたのだろう。だから態々身体を張って蓬莱人という存在の頑丈さを見せつける事によって、その不安は杞憂なのだと教えてくれた。

 その行いにはきっと脱帽して、惜しみ無い感謝の言葉を送るべきなのだろう。

 

 

 

 

 

 しかし、である。

 

 

 

 

 

 ふと、思考が深いところへと落ちる。

 

 手首に刃物を押しつけている時の彼女の表情は、普段談笑している時に見せるものと全く同じであった。

 

 慌てふためく俺を見ながら笑うというのは、いつもと変わらない。

 

 それ故、まるでいつもの会話の延長線であるかのように自傷し始めたことに、俺と輝夜の間に尋常ではない程の“常識”や“価値観”というものの隔たりを感じた。

 人を驚かす為だけに、自ら進んで自傷行為を行う。

 

──彼女はきっと、気が狂っている。

 

 一瞬、ゾワリと鳥肌が立った。

 

 いや、その言葉はきっと自分にそっくりそのまま返ってくる。一丁前に人の感性を非難する資格は、俺には存在しない。

 では、俺と輝夜は似たもの同士ということなのだろうか?

 

 またそれもいや、と否定する。自分と彼女を重ねて考えるなど、それこそ正気の沙汰ではない。『仲間』が欲しいと過去に一度も考えたことがない訳ではないが、“霊力”と違って俺のこの異様な感性は誰にも共感されないものであるからして……

 

 兎も角、だ。

 

 まるで自分の身体をなんとも思っていなさそうなその様子に、俺は文句をつけたくなった。不満感が生じてそれがそのまま勢いよく大きくなっていくのをひしひしと感じる。

 

「ふふっ、貴方の驚いた顔。中々の傑作だったわよ」

 

 丁度、輝夜がその事について話してくれているので、それに乗っかる。

 

 文句と言っても彼女のさっきの行動を軽く咎めるだけでいい。

 これはあくまで、俺の常識に照らし合わせて導かれた感想なのである。輝夜にも、輝夜なりに培ってきた常識というものがある。無闇矢鱈にこちらの常識を押し付ければ良いという訳ではない。

 

 輝夜なりの考え方を否定せず、それでも辞めさせるように頼むというのは、一体どんな言葉であれば成し遂げられるのか。

 ひとまずは彼女との会話を続かせて、その糸口がないかを探ることにした。

 

 ギシリ、と心が軋む音がする。

 

 

──どうして、あんな事をしておいて平然としているんだ?

 

 

「……急に目の前であんな事されたら、誰だってびっくりするだろうよ」

 

「でしょう? やってあげた甲斐があったわねー」

 

 くすくすと心底可笑しそうに笑うところを見て、努めて愛想良く振る舞い相槌を打つ。無理をしていると自覚しているせいなのか、自然と口角がヒクついてきた。

「全くしてやられたよ」なんて言って適当に返しつつ、なんだか非常にムカっ腹が立っている様子の自分をどこか冷めた目をしながら自覚する。

 

 一体何故なのだろう?

 

 

──どうして俺は何事もなかったかのように、平気な顔でヘラヘラ笑いながら彼女と会話してるんだ?

 

 

「もっとこう、演出を加えるべきだったかしら? 深めに切って激しく血を噴き出させるとか。ああ、でもそれだと部屋が汚れてしまうかしら」

 

 ずっと持ち続けていたハサミをまた手首まで持っていって、チャキチャキと何回もそこに突き立てるふりをする輝夜。

 

「あー確かに。八意先生に叱られるだろうからやめた方が──」

 

 自分の自傷行為を悔やむどころか、それを茶化したように言い表す彼女の姿を見て、この沸き立つ怒りがどこからくるものなのかを一歩引いた視点で把握する。

 

 

 

 

 

 ああ、成程。きっと、自分は自分で思っているよりも輝夜のことを大事に思っているのだろう。

 そんな大切な人を、あろうことかその本人が粗雑に扱っている。その上自分から傷をつけている。

 

 なんと嘆かわしい事なのだろうか。

 なんと腹立たしい事なのだろうか。

 

 自分の怒りの原因が明確になった事で、あの笑えないドッキリについて自分から言及する勇気が湧いてきた。

 

 しかし原因を突き止めた副産物か、それと同時に怒りも消えるどころか更に湧いてくるとは予想外である。それを表に出さないよう細心の注意を払いながら、輝夜に話しかける。

 

 

──ああ、とてもイライラする。

 

 

「……アレなんだが、金輪際もうしないって誓ってくれないか?」

 

「何よ、そんなに肝を抜かすほどだったの?」

 

 割と率直に要求するつもりで発言したのだが、輝夜はその苦言を自分の都合の良いように解釈したらしい。

 ドッキリ大成功とばかりに楽しそうに笑う少女を見て、いよいよその憤りが抑えきれなくなってきた。

 

 

──どうして、自身を傷つけておいてそんな笑顔を浮かべられるのか。

 

 

「ふふ。だったらいつかまた、もっとスゴイものを見せてあげ」

 

 堪え切れず、彼女の言葉を遮る。

 

 

 

「……もう、二度とやらないでくれ。正直、まったく笑えなかった」

 

 

 

 少し声が低くなってしまったからか、それは思ったより冷たく響いてしまった。いや、自分はまさしくそれほどアレに対して強い不快感を覚えていた、という事なのだろう。

 

 

 

 

 

 ビクリ、と輝夜の笑顔が固まった。

 

 当然のことだ、さっきまでヘラヘラと笑って同調していた相手が突然その意見を翻したのだから。

 その驚きは相当なものだろう。

 

「え、えーと。それは、どうしてかしら?」

 

 彼女は戸惑っているだけで、どうしてこちらが不機嫌になったのかは全く心当たりがないらしい。

 

 その聞いてくる姿にはいつものような優美さはなく、『何か取り返しのつかない事をしてしまったのでは』と怯える普通の少女がそこにはあった。

 

 面白そうに揶揄うお転婆な姿から一転して、随分としおらしくなってしまったものである。こちらの機嫌をひっそりと窺うように見上げてくる少女を見て、内心やっちまったなと後悔する。

 

 積もる激情を抱えきれなくなったからって、人に八つ当たりするなんてどうかしている。

 苛立ちを表に出してもしょうがないぞ、俺。

 

「どうしてってそりゃあ──」

 

 だんまりである訳にもいかず、一回喋って間を持たせる。彼女は、次に俺が何をいうのか聞き逃さまいと縮こまりながらも集中しているようだった。

 

 まるで、それを知らなければ“先”がない、とでも言わんばかりに。

 少々の違和感を覚える。輝夜ってこんなに打たれ弱い性格だったっけ?

 

 自身への悪評を知った時も『その自覚はあるわ、だからここで退屈しているんじゃない』と不満げながらも飄々(ひょうひょう)としていた記憶がある。

 俺から厳しい意見を出すのは今回が初めてのことなのだが、そんなに気落ちするような事を言ったのだろうか?

 

 何故そんなに凹むのか分からない。しかし、そのまま放置する訳にもいかない。

 

 努めて明るい表情と声の調子になるように気をつけながら、先程突き放すように言ってしまった言葉を補足する。

 

「あー、ほら。いくらすぐ治るからって自傷までする必要はなかったと思うんだ。だって、痛覚が全くないという訳じゃないんだろ?」

 

「──確かに痛みは感じるけど」

 

 その弱々しい声色に『ほんとどうしたお前』と素で聞こうとした口を一旦閉じて、優しめな感じで応対する。

 

「なら、やっぱりもうしない方がいいと思う。痛いのは嫌だろ?」

 

「まあ、そうね」

 

 それでも輝夜の顔に納得の色がない。

 

 痛みなどもはや慣れているから、という事なのだろうか? だとしたらかなりの重症だ。それを踏まえてどう説得したものかと少しだけ悩む。

 

 

 

 

 

 そして、一つピンときた。

 これが、恐らく最善手。

 

 

 

「なあ、俺たちって“親友”だろ? そんな親しい相手が怪我するのを良しとしないのは、当然のことだ。違うか?」

 

 

 

 本人が傷つく事に慣れているのならば、それを快く思わない者がここにいるのだと声高々に主張すればいい。加えて、『ねえ、私たちって“親友”でしょ?』という彼女の言葉をそっくりそのまま返してやる。

 

 “親友”という表現を普段から都合良く扱っている彼女への、良い意味での意趣返しというわけだ。

 自分にしては、上手く言い表せたのではないかと自画自賛する。

 

 

 

 

 

「────“親友”、ね」

 

 それを聞いて、やっと輝夜はくすりと笑ってくれた。

 

「はぁ、判ったわよ。もう二度とあんな事しないと誓うわ。“親友”を、いたずらに困らせるわけにはいかないものね」

 

 そして『降参だ』というように持っていたハサミを置いて、硬くなっていた表情を緩め普段のゆったりとした調子に戻る。

 

 

 

 

 

 どうやら説得と励まし、両方とも成し遂げられたようだ。張り詰めていた空気が弛緩した事を、確かに感じ取った。

 

「おう、頼むぞー。もう少しで心臓はち切れるかってくらいびっくりしたんだからな」

 

「ふふ、もし貴方がそうなったら本当に大ごとね」

 

 これ幸いと調子づいて盛んに話しかけると、輝夜もそれに乗ってくれた。

 

「だろ? これを見てくれよ、俺が蓬莱人だったらこの傷ももうとっくに治ってたんだろうなー」

 

 鈴仙に撃たれ、その鈴仙に手当てされた右手を輝夜に見せる。

 

 とっくに痛みはなくなったのだが、包帯に巻かれているという見た目は、それだけで『怪我をしました』という自己主張が強い。

 さっき体験したという新鮮さも相まって、咄嗟に挙げる話題として適切であった。

 

「さっきから気にはなっていたけれど、それはどうして怪我をしたのかしら?」

 

「ん? ああ、ちょっと下手打って鈴仙に撃たれちゃってな」

 

「……ああ、イナバが、ね」

 

 うふふ、と黒く笑い始めた輝夜を見て、あれ? と首を傾げる。

 

 あくまで話のネタの一つとして話しただけなのだが、何故だかやらかした感がすごい。そんな事を思った。

 

「安心してね、後で私からきつーく叱っておくから」

 

「あー、いや別にそんな事しなくてもいいんだが」

 

 嫌な予感的中の予感だった。

 

「遠慮しなくてもいいからね、なんたって“親友”なんだから。ペットなんだし私の調教術の見せどころね!」

 

「ほんと、別にしなくてもいいんだけどなー」

 

 

 

 鈴仙がこれによって、散々な目に遭う。

 その原因を知って、さらに俺に対する当たりが強くなる。

 それを俺が輝夜に報告する事で、鈴仙に指導が入る。

 指導により鬱憤を溜めた鈴仙が更に俺に対して……

 

 そんな無限ループが完成する未来が見えた。

 

 いやだよ、こんな不毛な永久機関。そうだ。俺が我慢すれば十分にストップできるのだから、次に鈴仙に虐められたら逆に『ドンマイ』とサムズアップして慰めてやろう。

 

 

 

 

 

 後にそれを実行して、『元凶が煽ってきた』とさらに鈴仙から煙たがれることになろうとは、その時の俺には知る由もない。

 

 

 

 

 

 やってやるわよー、と気合を入れる輝夜を見ながら苦笑しながらも対応する。

 

 これまで彼女が使っていた“親友”という言葉には、正直あまり中身が伴っているとは言えなかった。しかし今になって、そんな言葉に確かな意味が含まれ始めているのだと実感できる。

 

 親友。

 

 俺と彼女の関係性は、その文字通りには説明できない。とは言え、今やお互いにそう呼び合う間柄。

 

 親友。ではなく、“親友”。

 

 きっと俺らはそういう仲だ。その字面の持つ正確な意味合いは曖昧で、恐らく正確なところは自分と輝夜にも掴みきれていないだろう。そんな不思議でふわっとしていて──けれども確かな心地良さのある関係を築くことができた事を、朧げながらも自覚する。

 だから、このまま駄弁り続けるのは仕方のないことなのだ。

 

 “親友”との会話に一旦の区切りがつくまで、俺は輝夜の自室でお世話になるのであった。

 




 
 
輝夜「ここでリスカすれば分かり易いし面白いのでは?」テクビズバ-
オリ主「は? 何してんの?」ガチギレ


 厳密には違いますが、大体こんな感じをイメージしてください

 長年隔離されて生きてきたお姫様のギャグセンスの是非はお察しください それでも一端の蓬莱人ジョークなので、仮に東方projectの蓬莱人全員が一堂に集まって宴会でも開けば案外ウケるかもしれません まあそんな機会があればの話ですが


 シリアス描写ってむつかしい 作者的にはそんな回
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