東方被常識 あべこべなこの世界で俺は   作:自律他律

22 / 53
 今話で過去最多文字数記録を更新しました 皆さんは嬉しいかもしれませんが私は疲れました もうマジムリ失踪しよ…… (次話九割程完成済み)



藪の中

 

 

 迷いの竹林で発生した、過去前例がないほどの規模だったという大火災。

 

 初めはそこに暮らしている俺の知り合いたちが犠牲となったのではとヒヤッとしていたのだが、今となっては永遠亭の皆と直接出会うことができてたのですっかり安心できている。

 

 だが妹紅のみ、その身の無事を未だに確認できていない。慧音さんからも依頼された事もあり、俺は彼女について特に心配していた。

 しかし先程の会話での輝夜からのお墨付きもあって、その不安も立ち消えている。

 

 

 

 

 

 そのお姫様に別れを告げて、永遠亭から再び妹紅の住む小屋までひとっ飛びする。

 鈴仙とてゐさん、それとウサギたちも消火活動を頑張ってくれたのだろう。俺がここに到着した時に未だは煙を上げていた所も、その殆どが鎮火されていた。

 

 お陰で、気分良く空を飛ぶことができている。

 

 今妹紅の小屋を目指しているのは、永遠亭でそこそこの時間が経過したのでいい加減彼女が戻っていてもいい頃合いなのではないか? という思いつきが頭に浮かんできたからだ。

 

 もしまた居なくても明日出直せば良い。慧音さんには経過報告をする必要はあるとはいえ、たったそれだけの話である。

 

 そのくらいの低めな期待値で目的地に到着したのではあるのだが、どうやら俺の思いつきは見事に当たっていたようだ。

 

 

 

 

 

 出る時にしっかりと閉めていた筈の障子が少しばかり開いている。そして何より昼間であってもほんのり薄暗い屋内を照らす為なのだろう、控えめな光量の灯りが中から漏れ出ていた。

 

……油があまりないからと、いつも行灯の使用を渋っていた彼女にしては珍しいな?

 

 なんてことを考えながら、俺はそのうらびれた小屋へ入ろうと建て付けの悪い障子を少し力んでガラリと開く。

 すると、その時を待ち侘びていたかのように、強烈な臭気が屋内からむわっと漂ってきた。

 

「う、ゴホ」

 

 不意打ち気味に鼻腔を直撃してきたそれは、まさしく酒精の香りであった。それも結構強めのやつの。

 

 咄嗟に鼻をつまみながら、新鮮な外の空気を入れてやろうと画策して扉を全開にする。

 

 何でお酒の匂いがするのか疑問に思って中をよく見てみると、そこには赤いもんぺ姿をした少女が一人で酒盛りをしていた。何も言わないままに見続けていると、彼女もこちらに気付いた様子。

 

「よ、何してんの。早くこっちに来なよ」

 

 藤原妹紅は俺を見て『一緒に呑もう』と手招きしてきた。

 

 器用なことに、一升瓶を片手で持って酒を溢すことなく湯呑みに注いでいる。その湯呑みは何時ぞやに俺が口を切ったのと同じものだ。

 というか、彼女はそれ一点しか食器というものを所持していないのである。

 

 普段の二割り増しに陽気そうな彼女の様子を見て、無事であることを喜ぶよりも先に『俺や慧音さんは本気で案じていたというのに、まさか当の本人は呑んだくれているとは』と思い、呆れた顔して白い目を向けざるを得なかった。

 

 “放火”という外の世界では勿論、人間の里でも重罪とされている事をしでかしておいて、まさかその翌日に気分良く酒を飲んでいるとは。

 

 肝が座っていると感心するべきか、サイコっぽいと恐れるべきか。

 

 先の火災で犠牲になったのは、数日後には元通りになっているであろう竹林のみである。そのことを把握していなければ、本気で怒鳴って叱りつけるところであった。

 

 そうならなかったことに安堵する。

 

 そして、輝夜の言っていたことを思い出して素直に感心する。『そのうちしれっとした顔で戻ってくる』、全くその言葉通りであった。

 

 

 

 

 

 少女と向き合うようにしてこちらも座り込む。そこはもう『いつもの』と呼べる程の定位置だ。ここに座布団の類がないのが毎回悔やまれる。

 すでに半分以上消費されているらしい一升瓶をチラリと見て、どうして訪れた一回目に妹紅が不在だったのかを理解する。

 

()()()に行ってたんだな」

 

「ん? ああ、まあな。迷惑かけたお詫びついでに、一杯ひっかけてきた」

 

「一杯、というにはデカすぎないか。その瓶」

 

「女将が厚意でおまけしてくれたんだ。そういや渡されたときに『もう二度としないでください』とか言われたなー」

 

「──それは厚意と言えるのか?」

 

 

 

……()()()とは迷いの竹林で時たま開店される、“夜雀”という妖怪が女将を務める八目鰻の屋台のことである。

 

 どこからともなく鰻のタレのいい匂いが漂ってくれば、よく俺と妹紅で顔を見合わせて小屋から飛び立っていたものだ。

 

 たかが個人(個妖怪?)経営と侮ることなかれ。

 

 豊富なレパートリーに裏付けされた料理の品々、厳選された美味い酒、そして女将による単独ライブが特徴の、人間の里の居酒屋と比べても超優良店と断言できるほどの屋台である。

 初めてその店を利用した際、女将さんは歌に聞き惚れている俺を見て、何故かクエスチョンマークを頭に浮かべていた。その事は未だに解せていない。

 とはいえ、そんな疑問も些事であると断言できるほど、あそこの料理やお酒は絶品だ。

 

 (俺から見て)可愛い少女である女将さん、その美声がフルに発揮される歌を聴きながら、妹紅と一緒に酒を呑み語らうというのは最高に贅沢で落ち着くひと時なのであった。

 

 

 

 あの羽の生えた妖怪少女も今回の火災には肝を抜かされたに違いない。妹紅にタダでお酒を渡したのも、火事の再発を憂慮したからなのだろう。

 『商売の邪魔をするな』という警告の意味合いを込めた行動であった可能性が高い。出禁にされないだけ有り難いと思うべきじゃないかなー、というのが俺個人としての感想である。

 

 迷いの竹林を主にして商いをしている彼女にとって、今回の騒動がいい迷惑だったことは想像に難くない。

 

 火災の犯人たる妹紅は、内心そのタダ酒の持つであろう意味をどう捉えているのやら。

 ちびちびと湯呑みを舐めるようにして傾ける白髪の少女の姿に、反省の色はあまり見受けられない。

 

「……ちょっとだけ分けてくれ」

 

 あまりに美味しそうに呑むものだから、“本題”も忘れてそれを所望する。

 

「ん、ほら」

 

 妹紅から手渡された湯呑みに口をつける。

 

 鼻を抜けるようなフルーティーな香りに『流石女将さんの出すお酒だ』と感心しながらも、やっぱり強めな酒精のキツさを味わってむせかける。

 アルコールに強いという自負を全然持っていないということもあり、結局それ一口だけで満足してしまった。

 

「ありがとな」そう言って返すと、『舌が子供だねー』と言わんばかりに妹紅は勝ち誇った顔で()()と一気に器を空にする。

 

 その勢いのままに再び酒瓶を傾け始めるのを見て、俺はすっかり酒好きが高じてしまっている彼女の姿にため息をついた。

 

「あのなー妹紅、いくら蓬莱人だからって不摂生していいわけじゃないんだぞ?」

 

「何を急に慧音っぽいことを。別に良いだろ? 呑み過ぎで倒れるようなことは絶対に起こらないんだしー」

 

 そう言って、俺の忠告を聞く事なく酒を(あお)る見た目未成年の少女。そのテンションがいつもより上昇しているのは確定的に明らかである。

 本当に彼女のことを心配するのであれば、あの一升瓶を取り上げるなどして無理矢理にでもストップさせるのが良いのだろう。

 

 しかし、俺にはそれができない理由があった。

 

 妹紅がこうして酒を好んで飲むようになったのは、自分が原因だからである。

 

 

 

 

 

 実を言うと、蓬莱人はその不死性故、酒に酔うことは絶対にない。

 

 これは、八意先生から教わったことである。

 

 新薬の実験に身をもって付き合うなかで、数刻の間横になって先生から経過をじっと見守られるという事が何回もあった。

 長時間安静にした場合とそうでない場合の対照がどうこうと説明されたのだが、結局その間立ち上がれもしないのだ。非常に退屈していた。

 

 観察する八意先生も同じことを思ったのであろう、それを紛らわす為に色々と知見に溢れたお話をしてくれた。例えば、今試している新薬の構成についてとか、気まぐれに竹林に住むウサギたちに知恵を授けているのだとか。

 

 その中に、蓬莱人の特性について軽く触れた時があった。

 

『蓬莱人という存在は“肉体”ではなく“魂”に依存している』などと相変わらずなんだか理解できるようなできないような、微妙な所を突いてくる八意先生に苦笑しながら、滔々と浴びせかけてくるそれらの蘊蓄(うんちく)話を確かに知識として蓄えていた。

 

 具体的な原理はさっぱりだが、要は『蓬莱人は身体に変調をきたすと平常な状態に戻ろうとする』ということなのだろう。

 その迅速さは、切り傷がすぐ完治した輝夜の手首を見たことで否が応にも理解できた。

 

 いつだったか本か何かで読んだ事がある。『酔う』という状態に入る為には、アルコールの作用を受けて脳を麻痺させる必要があるのだと。それと同時に肝臓で分解しきれなかった悪い成分が血中を流れ、身体に様々な影響を及ぼすとも書いてあった。

 

 いずれにせよ、酒により身体が平常ではなくなるということは間違いない。そして彼女たちの再生能力は破格なものである。詰まる所、蓬莱人が酒を飲んだとしても酔うより先に再生能力が発動して、素面の状態がキープされてしまうということだ。

 

 

 

 故に、蓬莱人は酒に酔うことがない。

 

 

 

 “酔っ払う”という気分を体感できない妹紅にとって、お酒とはお高いお値段だけが取り柄の、魅力も何も存在しない飲料なのであった。

 無料で出されるお冷で良くない? 態々それに金を払う必要ある? というのが彼女の言っていたかつての主張である。

 事実初めに一緒に飲みに行った時は、好んでお酒を注文する俺に対して、それはもう『微妙』という言葉がかっちり当てはまるような顔を向けていた。

 

 

 

 ではどうして今の妹紅は一升瓶を半分空かせる程の量の酒を飲んでいて、その上、酔えない筈であるのにほろ酔い状態みたいなテンションをしているのか。

 

 

 

 それは、俺がその時に『お酒はいいぞ』と熱弁を奮ってしまったからである。酒も入って気が少々大きくなっていたというのもあるし、何より美味いもんを彼女と共有したいという考えがあったのだ。

 それと見た目未成年の美少女に、飲酒を勧めてしまうというイケナイことをしている背徳感も少々あった。

 

 初めは懐疑的であった様子の妹紅も、飯と共に談笑しながら飲み交わすことで、その深い味わいを楽しむ方法を見つけることができたらしい。

 

 もごもごと口ごもりながらではあるが、初めて妹紅の方から呑みに誘われた時は『布教完了』と思って内心でガッツポーズをとったものだ。

 

 奇しくもその日は慧音さんと共に“なにかとズボラな妹紅の生活環境を改善させよう同盟”を締結した日でもあった。

 『環境改善を謳っておきながらお酒を勧めるとはアホな事をした』とその時は反省した。そして慧音さんに謝ったところ、意外にも彼女から逆にその継続を頼まれたのであった。

 

 てっきり叱られると思っていたので、その好意的な反応には終始頭を傾げていた。しかし、許可が出たのは事実。

 妹紅の数少ない理解者からの後押しもあって、その後は気負うことなく呑みに誘えるようになったのである。

 

 

 

 その回を重ねる内に、妹紅は身体的に酔うことはできずとも『その場の雰囲気で酔っ払う』という謎の技術を体得したらしい。

 その一風変わった特技のお陰で、俺は屋台や彼女の小屋などの場所は問わず、普段より幾分も上機嫌な様子の妹紅を確実に拝めるようになったのだ。

 

──そう、一緒にお酒を飲むことで。

 

 酒の持つパワーは蓬莱人の体質すら貫通するのか…! と、とびっきり感動したものである。

 

 

 

 

 

 

「おーい、なんか面白い話聞かせてくれ」

 

 そんな声に反応して妹紅を見ると、「何でもいいから」と言って明るく笑っている。見た目では分からないが、どうやら相当“出来上がっている”らしい。

 

……いや、そんなハードル上げられたら滅茶苦茶話しづらいんですけど。

 

 まったく仕方ないなー、何か最近で面白いことあったかなー、と記憶を探ろうとしてハッとした。なんとなくで酔っ払う妹紅のペースに付き合っていたのだが、そうしている場合ではない。

 

 俺はここに何をしに来たのか?

 それをすっかり彼女に伝え忘れていた。

 

 

 

『妹紅の無事を確認する』というタスクは、こうして出会えたことで既に完了している。

 慧音さんから頼まれた依頼はこれで終わりだということだ。後は人里に戻って報告するだけ。

 

 まあ、あの人とは今ちょっと精神的に対面し難いので、報告は手紙で済ませてしまうつもりではある。骨無しチキンとでも何でも好きに(なじ)るがいい、その覚悟は定まっている。誰に向けることなくそう呟く。

 

 因みに、その覚悟を勇気の方面に活かすという案は今のところないと断言しよう。

 

 

 

 ワクワクした様子でこっちを見る妹紅を見返す。

 笑い話として『俺、慧音さんに告白紛いのことをして誤解を解消させることなく逃げ出したんだガハハ』と言うのは論外だよなあ、ネタとしても人としても。

 なんて思考を片隅に追いやって、俺が再び妹紅の住まいまで足を運んだ理由──彼女に聞きたいことがあった、という用件を果たすべく問いかける。

 

「面白い話はまた今度な。それよりも、ちょっとだけ聞きたいことがあるんだけど、いい?」

 

「んー? なんだ?」

 

 お預けを食らったように不満げな表情を隠しもしない少女にそう詫びながら、俺は本題を成し遂げようとする。

 

「人里の皆も天狗も騒いでいたし、どうやら今回の火事はいつもより大分酷かったらしいじゃないか」

 

「……それで?」

 

「何故、大火災が起こったのかを知りたい」

 

 

 

 そもそもの始まり、事の発端について知りたかった。

 

 

 

「……あー、『何故』って言われてもなー」

 

 困った顔をしながら返答に詰まっている様子の妹紅。

 

 別に叱るつもりもないのだし、そんな大層苦悩をしているような顔をしなくても良いのに変だなあ。

 違和感を覚えながら、それでも『その口から答えを聞くまでいくらでも待つぞ』と念じながらじぃっと見つめ続ける。

 

 割と本気で気になっていたのだ。迷いの竹林の火事騒動の出火元が目の前にいる以上、その事情や真相に近づこうとするのは人としてごく自然な成り行きである。

 探求心を抑えきれずについ物事を詮索してしまうのは、どうしようも無い人間の業なのだから。

 

 

 

 

 

 やがて、妹紅は観念したように口を開いた。

 

「昨日の晩、輝夜とやり合ってな。その時の余波で竹林に火が燃え移ったんだ」

 

「ふむふむ、それで?」

 

 そこまでは、俺の予想や輝夜とてゐさんからの証言などで、あらかた想像できたことだ。

 

 過去にも何度も同じようなことが起きていたらしいという情報は、人間の里を出立する時点で得ていた。

 

 蓬莱人二人で決闘するその度に、鈴仙とてゐさんとウサギたちがその後始末をしていたのであろう。消火活動も、もはやお手の物であるに違いない。

 では、何故今回だけはそんなウサギ耳の彼女らの手が回らない程の大規模な火事になってしまったのか。聞きたいのはこれ一点だ。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 再び口を閉ざした妹紅を見て、緊張でゴクリと喉を鳴らす。再度沈黙しないといけない程の秘密がそこに隠されているということなのだろう。

 

──それが今、明らかになろうとしている。

 

 

 

 

 

「えーと、それだけなんだが」

 

「はい?」

 

 頬をぽりぽりとかきながら、困惑した様子でそう発言する白髪の少女。

 どうやら先程の沈黙は、証言し終わったというのに『まだ言ってないことあるんだろ?』という俺からの熱視線に困っていたかららしい。

 

「い、いやなんか、あるだろ? じゃなかったらなんで昨晩だけ大ごとになってたんだ? 今朝になっても人里の方だと『こんなの今までになかったことだ』って結構ざわついてたんだが」

 

「そんな事、私に言われてもなー」

 

 まるで心当たりがない。妹紅はそう主張するように首を傾げた後に、気を取り直したかのようにまたまた湯呑みに酒を注ぎ始めた。

 どうやら彼女は本当に、何故いつもの小火騒ぎが大火災へと変わってしまったのか思い当たらないらしい。

 

──本当に? 火を付けた張本人なのに?

 

 そんな懐疑的な精神状態が態度に出ていたのか、妹紅は慌てたように言葉を繰り出してきた。

 

「あ、あー、そういえば、昨日の夜はかなりイライラしていたからなあ。そのぶん輝夜との果し合いも激しくなっていたから、うん、そのせいなのかも」

 

「本当かー? なんだか嘘っぽい気がするような……」

 

「──本当だって、信じてよ」

 

「うーむ」

 

 嘘か真か。ついでに付け足されただけのように聞こえてくるその言い分を、俺はどう判断するべきか。

 

 少しばかり情報が足りない。

 

「なあ、『昨晩はイライラしていた』って言ったけど、それはどうしてなんだ?」

 

「別に大した理由じゃない。ふとした瞬間に輝夜のあの想像もしたくないほどの酷い顔を思い出して、ちょっと吐いたからってだけだ。あんたもそん時の気持ち、判るだろ?」

 

「うん、──うん?」

 

「だろ? だから無性に腹が立ってなあ。それに、あの時の私はいつもよりもかなり殺気立ってたし、傍目から見てもヤバいと思われたのか、妖怪が尻尾巻いて逃げるくらいだったさ」

 

「へえ、そうだったのか」

 

 情報が足りないと感じて軽く質問しただけなのだが、思いの外多くの情報を仕入れることができた。途中、何となくで頷いてしまってちょっと罪悪感に苛まれたのは妹紅にバレていないようだ。

 

 心の中で、輝夜に詫びを入れる。

 

 ホントごめん、幻想郷一の美少女だと俺は思ってるから許してくれ。なんてったって、俺たち“親友”だろぉ?

 

 今頃永遠亭の自室で暇してるか二度寝しているであろうお姫様に向かって念じていると、それを察知した訳ではないのだろうが妹紅がそんな思考に割って入り話し始めた。

 

「納得してくれたか?」

 

「あー、まあ、半分くらい?」

 

 勿体ぶったような口調でそう返す。彼女からするとその答えはかなり不満であったらしい。むっとした表情を見せてきた。

 

「なんだよ、『半分くらい』って」

 

「もう半分くらいは本当どうか疑わしいと思ってるってことだ」

 

「……それは、どうして?」

 

「うーん、『どうして』って言われてもな」

 

 気付けば、こちらが彼女にやった問答を今度が彼女からこちらへとやり返されている。

 それを意識しながら、何故彼女の『輝夜の顔を思い出してムカついたから』という言い分がいまいち信用に欠けるのかを脳内に二つリストアップする。

 

 

 一つ、最初、妹紅はやたらと答えるのを躊躇していたから。

 本当にその言い分が本音なのであれば、躊躇どころか逆に自ら進んで言い出してもおかしくないのである。

 妹紅と輝夜、二人はいつも嬉々としてお互いについて愚痴をこぼしている。言うまでもなく聞き手は俺である。そう、いつもであれば進んで話してきてもおかしくないというのに今回はそうしなかった。変だ。

 

 二つ、輝夜は昨夜の妹紅の様子を見て何の違和感も覚えなかったと証言していたから。

 俺が輝夜に決闘する前後の彼女の様子について聞いた時、その答えは全て『妹紅に特別変わった様子はなく、いつもと同じだった』というものであった。

 妹紅はその時『無性にイライラしていた』と言っていたのに、これはどういう理屈があっての食い違いなのだろうか。

 

 

 

 怪しい、すごく怪しい。

 

 

 

 なんだか本当に彼女のことを疑わしく思えてきた。単にこの火事騒ぎの真相を探っているだけだというのに、これほどの不信感を覚えるとは想定外だ。

 

 酔って機嫌が良さそうだった妹紅も、俺からのそんな視線を受けて明らかに興が削がれた様子である。このまま好奇心の赴くままに問いただすべきなのか、ちょっと逡巡する。

 

 妹紅は俺に対して何らかの嘘をついている。そんな確信が根付いていた。

 確かに根付いていはいるのだが──

 

 果たしてそれは、本当に彼女の気分を害してまで聞くべきことなのか。

 

 

 

 

 

「はぁ、まあいいか。」

 

 結局、無理に真相を追求することは俺と妹紅、両者にとって何も利益を生まないのだと判断した。

 強制的に白状させるだなんて芸当は、自分には不可能である。一度時間を置いて、彼女の気持ちに変化が起こる事を期待するしかない。しつこく頼み込んだとしても不況を買うだけで終わりそうな予感がする。

 

「変に疑って悪かったな。これ以上は、もう聞かないことにする」

 

 今回の迷いの竹林で発生した大火災。

 その原因は、()()イライラしていた妹紅が輝夜に決闘を挑んだことで発生した余波によるもの。

 

 それで、終わりだ。

 それ以上掘り下げることは、何もない。

 

 俺と彼女の間を流れ始めた微妙な空気感をどうにかする為に、そういうことにしておく。ことの真相はまさに(やぶ)の中、ということである。

 

 

 

「──そっか、それならいいんだ」

 

 

 

 そんな俺を見て心底ホッとしたらしく、妹紅はたっぷりと酒が注がれていた湯呑みを口に運んでいる。白けてしまった気持ちを切り替えているようだ。

 そのいかにも『あー助かった』という姿を見せられると、『やっぱり何か隠してるじゃないか』とツッコミしたくなる。

 

 だが、それをする前に話しかけられる。

 

「なあ、これから飲みに行かないか?」

 

 彼女はどうやらさっきまでの追求をなかったことにしたいらしい。これ以上深入りしないと宣言した手前、俺もその流れに追従することに決めた。

 

「ああ、いいぞ。……今朝から色々動いてて結構腹が減ったからなー、有り難くご相伴にあずかることにするわ」

 

「場所はいつものとこ」

 

「マジかよ。さっき行ったばかりなんだろ?」

 

「別にいいだろ。ほら、動いた動いた」

 

 妹紅はやおら立ち上がり、こちらにも離席を促してくる。片手には一升瓶の首を持ったままだ。『持ち込みはあそこの女将さんに歓迎されないだろうに』と思いながらも腰を上げる。

 一口貰っただけなのだが、あの酒はそれでも結構美味いものだった。それに釣られた訳では決してない。しかしながら、今はもう午後に差し掛かろうかという時間帯なのである。朝から何も食べていないので、いい加減腹が空いていた。

 

「ああ、酒瓶ごと持ってくんだ……取っておいたら?」

 

「いや、いい。今日で全部飲み切るつもりだったし」

 

「うわ、何というか流石だな。でもやっぱ呑み過ぎは良くないと──って早いなー」

 

 俺のお小言を聞かないふりしながら飛び立った妹紅。その、のらりくらりと世話焼きを回避する様は、全くもっていつも通りの彼女だった。

「おーい、置いていくぞー!」なんて調子良く呼びかけてくる彼女の姿を追って、俺も宙へと飛び立つ。

 

 

 

 

 

 妹紅が何かを隠しているのは明白だ。しかし、俺も美醜感覚逆転のことや能力のことなど、彼女にひた隠しにしていることは確かに存在する。

 

 だから、これでお相子なのだ。

 

 互いに秘密を抱えながらでも、それでもきっと俺たちを結ぶ絆は揺るがない。胸中を全て吐き出す必要なんて微塵もない。本音を把握する必要も全くない。互いに見せたい面だけ見せ合うことでも、充分に仲良くすることができる。

 

 きっとその筈だ。

 

 

 

 

 

 日はすっかり傾いていた。

 

 大半の竹林が焼失した為、現在はオレンジ色の西日がはっきりと差し込んでいる。珍しい光景だ。屋台に吊り下げられた『八目鰻』と達筆で描かれた提灯が、その陽光に照射されて赤く染まっている。

 

 まあ、赤地の和紙でできてるから初めから赤かったな。

 へへ、なんてくだらないこと考えてるんだ俺は。ああ、気分がいい、今の状態だと箸が転んでも大笑いできる自信がある。

 

「〜♪〜 ♪♪ 〜♪ 〜〜〜 〜♪♪ 〜〜〜 〜♪〜 ♪♪〜」

 

 カウンターの向こうにいる、見た目は少女なこの屋台の女将さんが、いつもの如くその喉の音色を麗しく響かせている。

 それを酒の肴にして、妹紅に注いでもらったお猪口を手に取ってグビーッと飲み干す。

 それがあの一升瓶、最後の一杯であった。

 

 いやあ、料理も美味いしお酒も美味いしで最高だなぁ!

 

 冬でもないのにおでんというのは、最初は戸惑ったが中々新鮮で良いものだった。

 充分に出汁が染みた大根がうまい、出来立てほやほやのさつま揚げがうまい、ゆで卵とこんにゃくがクッソ熱い! いやでもうんまいわー。

 酒の肴にぴったりだ。

 

……あれ、なんか他にも肴になる奴がさっきあったような。

 

 目の前のおでんの具たちに目を凝らしても、それら以外には酒の肴になりそうなものがない、あれー、どこやったんだっけ? 懐を弄っても出てくるのは財布と御札だけ。

 

 肴はどこに消えたのか?

 

 隣に座って徳利を傾けている赤もんぺの少女に質問して、それを明瞭にするしかない。

 

「妹紅ぉ、肴はどこにあるんだぁ?」

 

「サカナぁ? おでんに魚が入ってるわけないじゃん、出汁を泳ぐのか?」

 

「違う、その魚じゃない。強いて言うならこのすり身が魚だわ。ん、サカナ? ──おお、これが俺が今一番求めてたもんだ。もぐもぐ、うめえ」

 

「はっはっは! 酔い過ぎだろ、人のこと注意してる場合かなぁ?」

 

「俺は酔ってない! 妹紅も酔ってるじゃんかー」

 

「私は節度ってもんを弁えてんの」

 

「よく言うよ、初めはもじもじしながら『あ、あの、良かったらまた飲みに行かない?』って言ってたろ」

 

「バーカ、全然似てないね」

 

「馬鹿って言う方が馬鹿なんですー」

 

「はいはい」

 

「──ンフフ」

 

「え? 何で急に笑ったの? 怖いんだけど」

 

「へ、別になんでもないよう」

 

 鬱憤を溜め込むのは非常に良くないことだ。そういう時は、呑んでぱあっとストレス発散するのがいいに決まってる。

 そう直感してお酒を浴びるように呑んだのが、結果的に大成功だった。気付けば俺と妹紅の間に流れていた気まずい雰囲気が完全に吹き飛んでいて、そこには居心地の良い空気感ができていた。

 

 ふ、計算通り。

 

 妹紅もこの場の雰囲気に流されてすっかり酔っ払っているようである。やっぱり飲みニケーション、お酒は森羅万象の問題を解決してくれるのだ…!

 

 吐きそうになっていないのが奇跡的だ。

 

 無理矢理テンションを上げようといつもよりかなりのハイペースで飲んでしまったからか、いよいよ限界が近づいてきているのを感じる。

 

 さっきから自分が何をくっちゃべってんのかよく分からない。

 

 ただ、酔って機嫌が良くなっている妹紅と仲良く会話しているのだと確認できただけでもオーケーだ。

 彼女に嫌われるのはとても気分が悪いことなのだし、お酒の力を借りてではあるが、またいつもの居心地の良さを実感できて非常に嬉しく思う。

 

「♪〜 ♪♪〜 ♪〜 ♪〜♪ ♪」

 

 急に、眠たくなってきた。

 女将さんの歌声がちょうど良い子守唄のように聞こえる。

 とても癒される。

 

「〜♪〜 ♪〜 ♪〜〜 ♪〜 ♪♪ ♪♪♪ 〜〜〜」

 

 ああ、もう無理、眠気が……

 

 次第に重くなってゆく瞼を気合で開いて妹紅の方を見ようとしたが、その重さは想像以上のものであった。

 

 彼女がこちらに近づいてくるのを何となく意識する。

 

 台に上半身を預けうつ伏せ状態になっているのを見て、心配してくれているのだろう。妹紅もかなり酔いが回っているというのに、気をかけてくれるとは本当に感涙ものだ。

 もし酒を酌み交わしてなかったら、あのいざこざが合わさりこのまま冷たく放置されていた可能性が高い。

『やっぱ酒ってスゲー』と思いながら、眠りに落ちる。

 

 

 

 

 

 

 その直前、妹紅の顔がぬっと眼前に出てきて少しだけ驚いた。

 

 長い睫毛に、吸い込まれるように綺麗な深紅の瞳。

 普段はその瞳に、活発に燃えたぎる炎を幻視していた。

 しかし、今はその光を見出すことができない。

 まるで感情が凪いでいるかのようだ。

 

 

 

 いや、たった一つ、何かしらの激しい情動が確かにそこにはある。

 

 

 

 不思議なことに『真っ暗闇の森の中で出会った人喰い少女も、あんな瞳だったなぁ』なんて、全く関係のないことを思い出していた。

 

 あの時の妖怪少女の赤い瞳を、俺は何と形容していたのだろう? 濃い日常を過ごしてきた所為か、幻想入りしたあの日のことが遠い昔のようで。

 

 まるで思い出せない。

 

 

 

 

 

 ••••••

 

 

 

 

 

 翌朝、妹紅の小屋の中で目を覚ました。どうやら酔い潰れた俺を回収してくれたらしい。

 

 彼女に感謝と詫びをして、人間の里へと戻る。

 

 まず第一に優先するべきなのは依頼結果の報告だろう。古い長屋の自室へ戻って報告書をしたためる。

 

 当然、慧音さん宛の手紙である。

 

 まずは冒頭に、『先日のアレについては忘れてください』と気持ち大きめなサイズの文字で綴った上で、今回の依頼の成果を書き連ねるとする。

 

 といっても、報告すべきことは非常にシンプルなのであった。墨汁を染み込ませた筆をさらさらと走らせる。

 

 

『藤原妹紅の無事を確認できました』っと。

 

 

 それで書き終えてもよかったのだが、ついでとばかりに『彼女は呑気にお酒飲んでました』とササっと付け加える。告げ口してやろうという悪戯心半分、酒を飲める程度にはピンピンしていたのだと慧音さんに伝えて安心させようという気遣いが半分である。

 

 筆を置いて背伸びをする。後はこの報告書を適当な運び屋さんに渡すだけ。俺も運び屋を兼業しているというのに他を頼るとは変な話なのかもしれないが、これはやむを得ないことなのだ。

 

……リラックスしながら手紙を封筒に入れていると、ふと外の喧騒が気になった。といっても何か特別変な物音がする訳ではない。

 窓から差し込んでくる朝日に目を細める。そこからは人々の営みが織りなすなんてことない、ごくごく普通の喧騒が流れ込んできた。

 

 

 

 

 

 人間の里は、一昨日発生した迷いの竹林での大火災を全く意に返さずに普段通りの日常を繰り広げていた。

 当たり前のことである。大火災という非日常に見舞われたのは、迷いの竹林に住む者たちのみなのだから。

 

 では、翻って俺はどうなのだろう?

 

 いつも通りの日常を送ることを拒否して、迷いの竹林を飛び回り住人たちの安否を確認していくという非日常を選択した自分のことだ。

 

 まるでそれは、自分の居場所は“人間の里”ではなく“迷いの竹林”にあると宣言しているようなものではないか。そう思える自分がいた。

 少しだけ今の自分が置いている状況を考えて、それがあながち間違いでもないと判断する。

 

 

『幻想郷の常識を身につけなさい』

 

 

 八雲紫は言っていた。

 

 そう、あくまで“幻想郷の”常識と言っていた。

 

 俺という存在が安全に生きられるのは人間の里くらいなものであるというのに、何故に敢えて“幻想郷”などと広域を指す言い方をする必要があったのか。

 

 もしや人間の里ではない、幻想郷の他のスポットの常識を知らなければならないのだと、安全な場所に閉じこもっていては意味がないのだと、彼女は言外に伝えていたのではないか?

 

 大結界越えに何度も失敗しているのは、人里での暮らしだけで満足してしまっていたからではないか?

 

 仮にそうであるとしたら、現状は然程悪いものではないのだという可能性が濃くなっていく。今のところ自分の日常は、人間の里、博麗神社、迷いの竹林を中心として回っているからだ。

 

 俺のかつての生活圏は、人間の里と博麗神社のみであった。しかし、いつしかそこには新しく迷いの竹林を追加させていた。

 それは全く意図したことではなく完全に成り行きだった。しかしこのまま生活圏を拡大させていけば、俺は真に“幻想郷”の常識に影響を受けられるようになるのではなかろうか。

 

……これらはあくまで勝手な想像である。

 

 この考えが正しいものであるのか確認したい。今からでもあのスキマ妖怪と接触する機会を得たいところだが、いつ彼女が俺の前に姿を現すのかが分からない以上、この想像を確定させることができない。

 

 次にマヨヒガで藍さんに会った時に、自分がアイツに会いたがってるのだと伝えてもらおう。

 

 そう心に決める。

 そして外の世界への帰還に向け、今後の方針をしっかりと定める。

 

 

『積極的に人里の()の幻想郷の住人たちとも交流する』

 

 

 迷いの竹林はその第一歩。これからは、そこ以外の場所の住民とも関わっていくことにした。

 前提として外を(たむろ)する妖怪や妖精から襲われて自分の身を守れるのかどうかという初歩的な問題が思い浮かぶのだが、兎に角それを意識して今後の生活を送ることに決定した。

 

 

 

 

 

 『迷いの竹林の大火災』という非日常に端を発した今回の騒動をきっかけに、そういう方針が定まった。一旦そうと決まってしまえば以降の暮らし方に自信がつくというものだ。

 

 初めは肝を冷やされたその騒動に、今度は奮起させられるとは、全くおかしな話である。

 




 
 CAUTION!! 〜お酒は二十歳になってから〜

 日本人の過半数が本来お酒を飲めない体質であると言われています 飲み過ぎ、一気の強要、未成年へ飲酒を勧めるなどの軽率な行動は、節度ある大人として是非とも慎みましょう

 この先『お酒はいいぞ』というような文章が偶に出てくると思うので、注意喚起の為ここではっきりと明記しておきます 筆者自身飲めない人でもありますので

「ふっ、俺はそんな常識に囚われないぜぇ?」そう思ったアナタ 早々にぶっ倒れるか飲み友の肝臓を潰すかワッパをかけられるかの三択なので、自粛のほどお願いします

 東方だから、フィクションだから、許されることがあるのです 現実と混同させちゃやーよ




 さりげにオリ主の二十歳越えが確定してしまっている…… い、いや、まだ決まってないし? 選挙権と共に酒タバコの対象年齢が引き下がったイフの世界線という可能性がないわけじゃないし?(震え声)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。