東方被常識 あべこべなこの世界で俺は   作:自律他律

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 おかみすちー好き
 


その夕刻、夜雀は

 

 

 私は()()の観客が酒に潰れて寝てしまったのを見て、気分良く歌っていたのを一旦止める。

 

「おーい、寝たのかー? ふふ」

 

 ぺちぺちと楽しそうに青年の頬を叩く、昨日の大火災を引き起こした張本人である妹紅さん。

 

 昨晩、彼女が呆れるほど激しい戦闘を繰り広げているのを遠目に見た。妖怪の類も少なくない迷いの竹林で、伊達に一人で居を構えていないんだなと感心する。

 妖怪の身であるのに変な話だけど、あの戦っている様子には感心と同時に並々ならない恐怖も感じた。

 離れていても身の毛がよだったあのヒリヒリとした殺気を思い出して、心が竦み上がるのを感じる。

 

 さっきまであの青年と無邪気に呑んでいたこの人がソレを放ってたなんて、何も知らない者からしたら絶対に信じられないだろう。

 

 

 

 常連客の恐ろしい裏の顔を垣間見て、私は怖くなった。

 そしてその翌日に当人がやってきた時、何となくの気分で屋台を開いた今朝の自分を殴りたくなった。

 命乞いの意味を入念に込めて、とっておきのお酒を彼女に納める。()()()()()()使()()()()()()()物だけど、実際今屋台に置いてある中だとそれが一番良いものだった。

 

 何故だかわからないけれど、酒瓶を手渡す前から彼女は既にご機嫌な様子だった。昨晩十全に暴れることができたから、気分爽快だったのかもしれない。

 

 

 

 この人は、歌を好まない。

 

 あの青年を連れ立ってくるようになる前は、ここには単純に料理を楽しみに来ているだけだった。私としてはとても悔しいけれど、あんなつまらなそうな顔で聴かれてはそのまま気にせず歌ってはいられない。なまじ歌声には相当の自信を持っていただけに、あの時ほどプライドが傷つけられたことはなかった。

 

 今となってはファンが一人新しく増えたのだから、それについて納得はしていないけれど溜飲は下がっている。

 胸を張って響子ちゃんに『熱心なファンがひとり増えたよ!』と自慢できるというものだった。

 

 

 

 

 

 ただ一つ問題なのは、()()()()()()()()()()()()ということ。

 

 そういう体質なのだと軽く本人から聞いただけだけど、折角いいのを揃えているのにお得意様に楽しんでもらえないとは勿体ない。

 最近になって、あの青年に付き合って酒を飲むようになってはいる。彼はきっと『彼女が好んでお酒を呑んでいる』のだと信じ切っているはず。

 

 でも、やっぱりそれはあくまでも“お付き合い”。彼女は彼に合わせて酔っ払ったふりをしているだけだった。

 

 

 

 事実、「よいしょ」と酔い潰れた青年を背負う、彼女の足取りには一切ふらつきというものがない。それに彼が眠るまでに見せていた、まるで本当に酔っていたかのように上機嫌であった表情も、今ではすっと消え失せている。

 

「世話になったな」

 

「いえいえ、そんな。またお越しください」

 

 能面を顔に貼り付けながら、お互いにそんな形式だけのやり取りをする。

 彼が見てない時、この人は大体あんな感じで白けた顔をしている。

 

 それでいて、チラリとでも視線を向けられようならば、すぐに表情を取り繕って酔った風に見せかける。その驚くほどの豹変っぷりには思わず舌を巻くほど。

 あの弛んだ顔は、きっと彼を相手にした時限定なんだろう。

 

 勿論、彼女の交友関係を全て把握している訳ではないけれど、当たらずも遠からずという感じがする。

 

 私と同じであまりよろしくない容姿をしているから、前々からちょっとだけ親近感を覚えていただけに少しだけ残念に思う。さっきまでの仲睦まじい男女二人の様子は、私には少しばかり眩しかった。

 

 大事そうに男を背負いながらゆっくりと飛び去っていく白髪の少女を見て、彼女に対して少々の嫉妬を覚える。そして、あの青年には少なくない憐れみを感じる。

 

 今日の彼女はいつにも増して、彼に対して並々ならぬ執着心を見せているみたいだった。

 まるでそれは『これは私のもの』だと声高に主張するかのようで──

 

──私にも自分を見てくれる殿方がいたとしたら、あんな風に入れ込んじゃうのかしら?

 

 なんてことを独りごちる。

 そしてちょっとだけ考え込んで、流石にああはならないはずと思い直す。

 

 というかそもそもの話、あの二人の関係性って何なの? という疑問が湧いた。

 単なる知り合い? 気心の知れた友達? それとも恋人同士であったりするのだろうか?

 

 見た感じだと、あの青年とあの人は互いに好感を持っているのだと思う。それは間違いない。ただ、気になるのはその感情が同量のものではなさそうということ。

 

 彼から妹紅さんへの気持ちは、極々普通で真っ直ぐな友情という感じだった。それに対して彼女の方からの気持ちは、その、何と表現すれば良いのか。

 好意であるとは思うんだけど、ああして彼を騙しているあたり、なんだか二人の間に決定的なすれ違いがあるような……

 

 

 

 

 

 何でこんなに引っかかるのかなぁと半ば上の空になりながらぼんやりとしていると、バサッと何者かが空から降り立ったのを視界の端に捉えた。

 

「あやや、ここら一帯は火事に見舞われていたというのに、貴女はいつも通り営業してるんですねえ。商魂(たくま)しいようで感心感心」

 

 日もとっぷりと暮れ始め暗くなってきた迷いの竹林に降り立ったのは、鴉天狗で文々。(ぶんぶんまる)新聞を発行する、記者の“射命丸(しゃめいまる) (あや)”さんだった。

 頻度は少ないけれど彼女もまた常連客、にこやかな笑顔を浮かべて歓迎する。

 

「あら、文さん、いらっしゃい。ご注文は何ですか?」

 

「いえ、そうしたいのは山々ですが今日はプライベートで来ているのではないんですよ。仕事です仕事」

 

 今回、彼女は純粋に屋台を楽しみに来たという訳ではないらしい。

 

「少しだけ、取材してもよろしいですか? 勿論お礼は弾みます──そうだ、酒代という形でお一つ如何でしょう?」

 

 

 にこりと微笑むその顔には、そこはかとなく有無を言わせない強制力があった。

 断られる可能性があるとは微塵も想定していない強引な態度に、少々面食らう。

 

「え、えーと、それは構いませんけど」

 

「ああ、それは良かった! ここは意思疎通もままならない下等な妖怪ばかりなので参ってたんですよー。お話できる相手に漸く接触できました」

 

 すらりと毒を吐く彼女には、愛想笑いで対抗する。

 

「……あはは、そうなんですか」

 

「あの蓬莱人たちに取材するのが一番の近道なんですが、何故やら上から止められているんですよねえ。いやはや、困ったものです」

 

 そう言いながら、文さんは屋台の中へと入って席に座った。そして一本だけ指を立ててお酒を注文してくる。

 一合分、という訳ではない。一升分のお酒を彼女は所望している。驚くことではない。天狗という種族が大いにお酒を好み、お酒に非常に強いことは有名な話なのだから。

 

 正しくその注文を承知して、お猪口と未開封の一升瓶を手渡す。

 

 てっきり早速取材に取り掛かるのだと思ってたけど、そうではないみたい。のんびりと飲み始めた鴉天狗を見て、取り敢えず世間話をすることにした。屋台の店主としての癖がついつい出てくる。

 と言っても急には適切な話題は思いつかない。なので、さっきの会話をそのまま続けることにする。

 

「『上から止められている』って、どうしてなんですか?」

 

「曰く、私が『新聞で迷いの竹林に対して挑発行為を行ったから』だそうです。いやー、全く心当たりがないんですけどねえ」

 

「何か出鱈目なことを記事にした、とかではないんですか?」

 

「うーん、確かに『迷いの竹林に潜む日の本一醜悪な化け物』という見出しの記事を書いたことはありましたが、別に出鱈目じゃないですからねえ。事実をモノにしただけで挑発行為と断定されるのは理不尽ですから、多分それは違うでしょう」

 

 「あの蓬莱人の顔は数日間夢に出てきました。おお、怖い怖い」なんて(おど)けたように喋ってお猪口を傾ける文さん。

『貴女も他人のことを揶揄できる顔立ちではありませんよね』と客観的に指摘しようとして、その直前で思い(とど)まる。

 

 いけない、お客様は神様。お客様は神様。

 今の私は接客中だということをうっかり忘れるところだった。「…はあ、そうなんですか」と返事を無難なものにしておく。

 

 ペラペラと話されたその内容からすると、まさにその記事が原因じゃないかなーと思った。だけどそれは口に出さない。経験から培われた接客術の基本中の基本、『お客さんの意見を否定しない』を実践する。

 

 そのお陰か、彼女の話はまだまだ続く。

 

「今回の事件はどうも()()()んですよねー。私だけでなく他の天狗たちにも圧力がかかってしまっていて、下知された今朝になってからというもの我々はすっかり大人しくなってしまいました。昨晩は『えらいこっちゃ』と大はしゃぎしていたというのにね」

 

「あら、それは変な話ですねー」

 

「でしょう?」と大袈裟に頷く文さんには悪いけど、私は単に相槌を打っているだけ。そんな同志がやっとできたみたいな反応をされても困る。

 

「あの大天狗は以前に多大なる経済的貢献をしただとかで調子に乗っているんでしょうが、あの玩具のカードにかまけるあまり鴉天狗の本分を忘れてしまったんですかねえ。ま、せめてもの抵抗として、既に仕上がっていた記事を色んなところにばら撒けたのが幸いでしたが」

 

 そう言って『してやったり』とばかりに話す文さんに合わせてまた相槌を打つ。取り止めもなく溢れ出す話から察するに、どうやらかなりの鬱憤が溜まっているみたいだった。

 先程からお酒を消費するのが異様に早い。

 

 

 

 

 

 そのまま彼女の愚痴に付き合っていると、いつの間にか酒瓶の三分の一くらいまで目減りしている。

 にも関わらず、このお客さんの顔色は平常そのもの。そして一方私は愚痴を聞くのに終始するせいで歌う暇もなく、若干の不満が溜まってきた。一人ではお酒を楽しまない妹紅さんの時といい、この屋台をちゃんと利用してもらえているのか今一度問い質さないといけないのかもしれない。

 

……素直にここを楽しんでいるのは、もうあの青年くらいしかいないんだなぁ。

 

 もてなし甲斐のある彼の存在を有り難く思っていると、文さんはふと気がついたように話しかけてきた。

 

「そういえば、私は取材をしに来たんでした。不躾ですがこのまま始めてもよろしいですか?」

 

「ええ、いいですよ」

 

「ま、取材と言っても簡単な質問を一つするだけなんですけどね。ミスティアさんも気を楽にして答えてくれると助かります」

 

 そして彼女はどこからともなく革の手帳を取り出して、メモを取る姿勢をする。『気を楽にして』と言った割に、本人は真剣そうな様子で質問してきた。

 

 

 

「ではお伺いします。──昨晩発生したここの火災について、何か知っていることはありませんか?」

 

 

 

 今日の彼女は幸運に恵まれていると断言していいかもしれない。

 一番最初に取材する相手が、その事件の一部始終をしっかりと目撃しているのだから。

 

「……あー、そうですねー」

 

「お、いい反応です。お聞かせ願えますか?」

 

 確かに私は心当たりというか、その原因を知っている。というか火災を起こした本人から『迷惑をかけてすまなかった』との謝罪の言葉を直接聞いているまである。

 だけれど、お客さんのことをみだりに触れて回るというのは気が引けた。しかも相手は新聞記者。変な風評が広がることにでもなったら、それを知った妹紅さんに叱られてしまう。

 

 脳裏に最悪の未来が浮かんできた。憤怒の表情をしながら私をとっちめようと迫り来る彼女の姿が見える。

 

──焼き鳥にされちゃう!

 

「い、いやあ、うーん」

 

「……お聞かせ願えます、よね?」

 

 しかし、その私の葛藤など知ったことではないと言うように、彼女が鋭い眼を向けてきた。

 天狗という種族の、いや“射命丸 文”という圧倒的な個の存在から放たれる重圧を受け、思わず悲鳴を上げてしまった。

 

 前門には文さん、後門には妹紅さん。

 生命の危機を肌で感じる。

 

 でも、一旦の危機を乗り越える為にはやっぱり目の前の鴉天狗の要求を飲むしかない訳で──

 

 ぐすん。この新聞記者に『何か知っているな』と嗅ぎ付けられた時点で、私が情報を提供することは既に決まっていたのかもしれないわぁ。

 

 

 

 

 

 

「いやー貴重なお話、どうもありがとうございます」

 

「はい、どうも……」

 

 うう、喋ってしまった……

 

 内心で罪悪感に苛まれていると、満足そうに手帳を仕舞い込んだ文さんは席を立ち上がった。取材を終えて用は済んだみたい。

 『まだお酒が残っていますよ』と伝えようとすると、酒瓶はいつの間にか空っぽになっていた。

 

 そのことにびっくりしていると、彼女は屋台から離れて今にも飛び立とうとしていた。取材という名の強制取り調べ中に、ちょっと気になったことがあったのを思い出したので呼び止める。

 

「あのー、文さん」

 

「はい? なんでしょう」

 

「“取材”と言っても今のを記事にはできないんですよね? えーと、大天狗、でしたっけ。上からやめるよう命令されてるって言ってましたし」

 

「はい、今のお話を記事にすることはありませんよ。いやあ、本当に口惜しいものです」

 

 それを聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。お客さんについての情報を、不特定多数にばら撒かれるという最悪の事態は回避できそうで安心した。

 しかし、彼女の言うことが本当かどうか疑わしく思う私も確かにいる。

 

「命令を破ろうとは思わないんですか?」

 

「──悲しいことに、上からのお達しには逆らえないのが組織人の性分というものなんですよ」

 

 とほほ、とそう心底嫌そうに言う文さんの言葉は、到底嘘だと思えなかった。

 もしや命令に背くことを承知の上でこうして取材し回っているのでは、という考えは間違っていたみたい。

 

「じゃあ、どうして貴女は記事にできないのに取材するんですか?」

 

 鴉天狗は、自費で新聞を発行するほどの新聞好き。そう思ってたからこそちょっと引っかかる。

 記事にできない事件を調査するという行為は、彼女にとって何の価値もない行動なのでは? かなり苦痛なのでは? と自分なりに案じたつもりだった。益がないのに、何故わざわざ自らの足を用いて調べているんだろう?

 何か深い理由があるのかもしれない。

 

「どうしてって、そんなの簡単に判ることですよ」

 

 バサリ、と黒く艶めく羽を広げて勢いよく飛び立つ文さん。くるりと背を向けられたので、彼女が浮かべている表情は全くうかがえない。

 

「私は『清く正しい射命丸』です。記事にできなくとも真相を探りたいと思うのは、“一人前”を自負するブン屋として当然のことなのですよ」

 

 彼女らしくもない、どこか真剣さを孕ませた口調でそんな言葉を残していった。

 利益がなくとも真相の究明には努力を惜しまない──それが文さんの信念なんだなぁって感心して、去っていく彼女の姿を目で追おうと夜空を見上げる。

 しかし、あんまりに速いせいで目ではとても追いきれず、そこには星空が瞬いているだけだった。

 

 

 

 

 

 文さんが何処かへと飛んでいった後、お客さんも来ないので屋台のテーブルの後片付けをする。

 とは言っても、お猪口と一升瓶を一つずつ掃かせるだけなのですぐに終わった。

 布巾で台をきれいにして、食材やお酒の在庫を確認していると酒瓶の数が心許なくなってきたのに気づく。

 

……ま、仕方ないかぁ。

 

 今日だけで酒瓶を二本も出してしまった。

 妹紅さんと文さんに一升瓶を一本ずつ手渡したからそれは当たり前のこと──と、そこまで考えて自分がひどいやらかしをしたのだと気がついた。

 しまった! と頭を抱える。

 

 文さんから酒代を徴収できてない。

 

 彼女は「取材料を酒代として支払う」と言っていたのに、結局払わないままに立ち去ってしまっていた。

 最後になんか格好つけていたのは、私がその口約束を思い出さないよう時間稼ぎをする為だったのかもしれない。

 タダで情報を抜き取られてしまった。その事実を、今になってようやく理解する。

 

「何が『清く正しい射命丸』よ!! 無銭飲食するような奴が名乗っていい肩書きじゃないわ! 完全に詐称よ!」

 

 悲痛な叫びが迷いの竹林を木霊した。

 

 

 

 同刻、『フハハハハハー』と高笑いしながら夜空を駆ける鴉天狗の姿が目撃されたとかされなかったとか。

 






 食い逃げとかマジ? 幻滅しました、花果子念報の購読やめます



 何気に本文全通しでオリ主の視点がない初めての回となりました そんな映えある(?)今話の語り手として選ばれたのは、ミスティアローレライさん(“みすちー”とも呼称される(歌が上手い(普段着も可愛い(でも女将姿の方が個人的に佳きかな(鳥料理撲滅運動をしている(夜雀の鳴き声を表記すると珍々(可愛い結婚しよ(てか鰻食べたい))))))))でした





 おや!?
 もこう の 様子が……!

 BBBBBBBB
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