招待状は突然やってくる
何事もなく、人間の里で平穏な日常が流れてゆく。
と言っても本当に何事もなかったという訳ではない。先の竹林火災のような大規模な事件は発生しなかったというだけだ。
藤見屋として仕事に従事する傍ら、人間の里の住民たちと交流したり、妹紅や永遠亭の皆の元へ行ったり、博麗神社で霊夢やそこに集まる人妖らと遊んだりと、それはもう充実した日々が続いていた。
最近起きた事件らしい事件といえば、前に人里で発生したあの事件くらいなものか。
……あれは、『夜間働きに出ている間に食器の類が玄関先で粉々になっている。何度買って補充しても新しいものから割られていく。これ以上の金銭の損失を防ぐために、見張り番をお願いします』という居酒屋勤務の
聞いた限り、あまり穏やかな話ではない。『万一犯人と居合わせたら、可能であればこれも捕らえてほしい』とも頼まれていたからだ。
正直、自分はそういう捕物の経験が豊富だとは言えないのだが……
数ある何でも屋たちの中で俺に白羽の矢が立ったのは、空を飛べるのだからそのぶん逃走した犯人を捕らえやすい筈などと依頼人が考えたからなのだろう。
初めは運送屋のつもりで藤見屋を名乗り始めたのであるが、近頃はどちらかと言うと便利屋としての仕事の方が多くなってきたな──とその時は自己分析したものだ。
で、実際に依頼人の住まいにお邪魔して色々と聞き込みなどをしてみると、以下のことが判明した。
一つ、依頼人が外出する前と帰った後の戸締り確認は完璧だったこと。
二つ、被害に遭っているのは依頼人の家のみだけであるということ。
三つ、依頼人は一人暮らしなので同居人が犯人という説は通らないこと。
四つ、依頼人は人当たりが良く、誰かから恨まれるようなことは考えにくいということ。
それらを総合して、特に一つ目と四つ目を考慮すると、そもそもこの事件は人間の仕業なのだろうか? という疑問が浮かんできたものだ。人間が犯人だとすると、戸締りをどう突破したのかだとか、依頼人に固執する理由はなんだろうだとか、引っかかる点が多い。それよりは、妖怪による気まぐれな悪戯であると考えた方がまだ筋は通る。
事実、よくよく集中して件の食器棚を観察してみると、そこには僅かながらに霊力っぽい何かしらのパワーの痕跡が残っていた。
犯人は人間ではなく妖怪などの超常的な存在である可能性が高くなった──その事実を把握した時は、勘弁してくれと頭を抱えたものだ。
もし捕物になる様ならば、遠隔から一方的に霊力の弾をちまちま撃って犯人を降参させようと計画していた。なのに仮に犯人が人間以外の、具体的にはこちらの攻撃を屁にも思わないような強めの妖怪などであった場合、その作戦は通用しない。
「あー、もし犯人が妖怪の類だったら、この件から手を引いてもいいですかね?」
暗に『普通に負けちゃうし危険だから、この依頼ナシってことにしていい?』と依頼人に伝えると、「
どうやら自分のことを退魔師か何かだと勘違いしている様子であった。それを見て、確かに“何でも”屋って言うけど、別に“何でもできる”とは言ってないんだけどなー、と思い微妙な心境になった。
結局「あまり期待しないでくださいね」と釘を刺しておくに留まった。無闇に自信がないと依頼人の前で弱音を吐くものではない。ひとまずやってみないと分からないと思い、気が進まないながらも依頼に取り組む事に決めた。
日も暮れて依頼人が仕事場に行って暫く、部屋の隅で隠れながら食器棚の方を監視していると
なんと、棚が一人でに開いたのである。
典型的な心霊現象だった。
普通ならビビるべきところであるのだが、自分はかつてあらゆる心霊スポットを巡っていた身。ポルターガイスト現象に遭遇するのは初めてではなかった。
あの時はどうやって対処したんだっけかと思い出そうとしていると、その棚が開いたことでできた隙間の暗闇から、にゅっと人の手先と足先が出てきた。その大きさは赤ん坊と同じくらい。
その光景にあっけに取られていると、ソレは棚から抜け出して床にすちゃっとヒーロー着地した。
大皿に小さな人の手足がついたソレの正体は“付喪神”、そしてそれはそのままこの家で頻発する食器破損事件の犯人であった。
『あー、強力な妖怪や悪霊とかじゃなくて良かったー』とソイツを見て、俺は安堵した。
見るからに弱そうであった。
そして取り敢えず弾を一発ソイツに撃ってから捕まえにかかる。ちょうど着地の衝撃で膝を悪くしたのか、その動きは緩慢だった。容易く捕まえて用意していた縄で縛りつける。
それでもなおジタバタと暴れたので、常時携帯している『ありがた〜い博麗の御札』を貼っつけてやるとやっと大人しくなった。生えていた手足も消失してすっかりただの大皿に戻っている。
流石霊夢が(やっつけ作業だが)作成していた封魔アイテムである。その効果は抜群であった。
夜が明け依頼人が帰ってきたのでその大皿を見せて、夜間何が起きたのか説明する。
すると、『その大皿は昔から大事に使っていたが、新しい皿を買ってからは棚の奥に仕舞い込んでいて、今になるまでその皿の存在をすっかり忘れていた』という話を聞くことができた。
この事件の真相は、詰まるところ付喪神化した大皿による依頼人に対する復讐劇であった。
いつ付喪神となったのかは分からないが、新しい皿が重宝される一方で自身は棚の奥で埃をかぶっているという状況に耐えられなくなったのだろう。
使用者に対して抱いていた思いは果たして怒りなのか、それとも嫉妬なのか。付喪神が沈黙してしまった今となっては誰にも分からない。
ただ、依頼人は相当数の皿を台無しにされたようだし、これを気味が悪いと思っているのかもしれない。そう思い当たって一つ提案する。
「ええと、この大皿、どうしましょう? 馴染みのお寺があるので宜しければこちらで引き取って供養しましょうか」
「……いえ、元はと言えば私の落ち度。自分を戒める為にも、その皿は今後大切に扱うことにしました。藤見屋さんも夜通しの見張りでさぞ大変だったでしょう、本当に有難う御座います」
「いえいえ、それ程でもありませんよ」
──なんて会話を最後にして、その事件は幕を閉じたのである。
あの付喪神は完全に祓われたとは限らない。そして、まだ依頼人のことを恨めしく思っているという可能性は十分にある。再び同じ事件が起こるかもしれない。
本当にあの事件が再演されるのかどうかは、今後の依頼人の動向次第ということだ。
もしまた困ることになるようならば、再度手を貸すことも
ただし、報酬は上乗せさせてもらおう。
依頼人の彼には高い勉強代だと反省してもらって、またあの付喪神と向き合っていただきたいものだ。
人間と付喪神が共存して生活を送る。
思い返せば、知り合いのあの唐傘の妖怪少女も自分を付喪神だと名乗っていた。案外そんなケースは珍しくないことなのかもしれない。
そんな非現実的な日常が起こり得るとは、つくづくこの幻想郷というものは非常識だなぁと感心してしまう。
──尤も俺の場合、感心するだけで終わらせてはならない。それを学んで経験して実感して、自分の常識を更新させる必要があるからだ。
このことを面倒だと感じるか、面白いと感じるかは人によって分かれる所だと思う。
果たして俺は、そのどちらなのだろうか?
まあどちらにせよ、それを成し遂げないと外の世界には戻れないのである。どうせやらなくちゃあいけないのなら、楽しんだ方がきっとお得なのだろう。
••••••
今日は依頼も用事も特にないことだし、久しぶりに一人心の赴くままに人里をぶらぶらしようか。
そう思い立って外へ出た。
ガラガラと
これは、我が稼業の看板だ。
初見だと何屋なのかさっぱり分からないだろうが、今のところこれだけで必要な情報は伝わるらしい。この看板を表に出してからというもの、うちに依頼してくれるお客の数が気持ち増加傾向になった。
これは大皿付喪神化事件の追加報酬として、後日依頼人から古い看板を貰い受けた後に加工したものだ。
『あの時の経験もあって、この古くなった看板をあっさり処分するべきなのか迷ってるんですよね』と、あの依頼人の居酒屋に行った際にそう相談された。
看板があったらなーと過去に考えていたのを思い出して、『だったら自分が引き取りますよ』と願い出た。その後、軽く日曜大工気分でチャチャっと手を加える。そうして完成したものがこちら、ということだ。
残念ながら、この看板に書かれた文字の達筆さは俺によるものではない。
『さあ、書くぞ』と筆を構えたまさにそのとき、折良く自室を訪ねてきた慧音さんにお願いして一筆入れてもらったのである。
まさにベストタイミングだった。
DIY中に彼女がやって来てくれなければ、この看板を見た時にお客さんが受ける印象は大層微妙なものになっていたことだろう。
この立派な看板を一丁前たらしめているのは八割がた彼女の字の巧さによるものだ。
そのお礼として前に慧音さん宛に高級な茶菓子を贈っていた。数日後これまた達筆な文字で感謝の気持ちが綴られた手紙が送られてきて、なんとも心が温まったものだ。
ちなみに、前に告白紛いのことをした件については既に大体の決着がついている。スッキリと誤解は解かれているのだと断言しよう。
ただその後ふとした瞬間にバッチリ目があっちゃったりして、お互いに気まずくなることが増えてきた程度の影響しか出ていない。俺を相手にした時だけ、彼女のパーソナルスペースがグッと広がるようになった程度の影響しか出ていない。そんな両者の絶妙な関係性の変化を嗅ぎつけたおませな寺子屋の子供たちに冷やかしを入れられるようになった程度の影響しか出ていない。
そう、繰り返すようだがこれらの事から分かる通り、あの件はもう決着済み。決着済みったら決着済みなのだ。本人が言っているんだから間違いない。
『あれ、失言ってかなり尾を引くんだな』と実感して割と後悔している訳ではない。本当に。
ハァ、とため息をつく。
真面目な話、もし仮に──本当に万が一にも満たない極小の可能性の話だが、慧音さんから愛の告白なんかされても、俺はその求めに応えることはできないのである。
それは、慧音さんでない他の誰かでも同じこと。
何故なら、将来的に俺は幻想郷を去ることになるからだ。
今でさえ、仲良くなれた幻想郷の人たちといずれお別れしないといけないという悲しい未来を考えないようにしているというのに、である。その彼ら彼女らの中に新しく“想い人”を追加させるなどという所業は、自分にはとてもできそうにない。
『愛別離苦』なんて仏教用語が頭にチラつく。
懇意にさせてもらっているお寺の住職さんが説法していたことだ。『愛するものと別れる苦しみ』というのは、多少の覚えがある。今度は自ら進んでそれを味合わなければならないというのは、どうにも気が進まない話だ。
そうやって、物思いに耽っている間にも癖でふらふらと出歩いていたらしい。
気がつくと俺は大通りに出ていた。そのことを意識した瞬間、わっと耳に人々が雑踏する音が押し寄せてくる。
まわりの喧騒が聞こえない程度には、それだけ集中して思案していたということだ。移動中に通行人とぶつからなかったのが奇跡的だった。
ひとまず通りの端に寄って、往来する人たちの邪魔をしないようにする。
あんまり暗い思考をしていてもしょうがない。
折角の休日なのだ。
ここは財布の中身を空っぽにするくらいの勢いで何かしら買ったり、飯屋で普段よりお高めなやつを食ったりで豪遊しようじゃないか。
男一人で、というのは少々絵面が寂しいのかもしれないが、俺としてはもう慣れたもの。むしろ最近は一人で気ままに休日を過ごす機会が大分減ってしまっていたので、今日は久々にゆったりできそうでワクワクしている。
無意識に通りに出ていたと言っても、迷子になった訳ではない。通りに並んでいる呉服屋やらのお店から、今の現在地点は容易く推量できる。ここはうちのボロ長屋からはそう離れた場所じゃない。
ちょっとだけ、小腹が空いているのを自覚した。
さて、ここから一番近い食事処や茶屋はどこだったかなーと思い出そうとしていると、丁度俺から見て大通りの真反対側に、珍妙な服装を着た女性がいるのを視認した。
……いや、つい“珍妙”と表現してしまったが、これには少々の語弊がある。何故なら、“変わった姿をした人”というのはこの人間の里においてそこまで珍しいものではないからだ。
ごく稀に、刀を携えた少女が幽霊を引き連れながら物凄い量の食料を買い込んでいるのを目撃することもあるし、黒子で顔を隠すという怪しい恰好ではあるが何処からかやって来て寺子屋の子供たちを人形劇で楽しませてくれる人(服装から判断して恐らく女性?)もいる。
一風変わった風体の人間も、騒ぎを起こさないのなら一旦は受け入れて(または見て見ぬふりをして)おく。
これは、里の人間たちが共有している暗黙の了解だ。
そんな理由もあり珍妙な服装が然程目立たないこの幻想郷において、俺がその服装に注目することになったのはそれなりの理由がある。
その服装を外の世界で見たことがあるからだ。
正確には、“見た”というよりは“知っていた”と言うべきか。
生憎と直接お目にかかる機会は一度もなかったのだが、まさかこの幻想郷であの服装をする人を見かけることができるとは。
内心、かなり感動していた。
そこにいるのはメイド衣装を着た少女だった。それもミニスカートの。
遠目からの判断しかできないが、髪色が銀色っぽくて目立つのでそれも俺が彼女に視線を向けることになった一つの要因なのかもしれない。
そのメイド衣装をした少女は、どうやら通りがかる人たちに何事かを尋ねて回っているらしい。道行く人一人一人を呼び止めて、何かを質問しているようだ。
しかしながら、その取り組みは順調ではないように見える。
彼女に話しかけられた人は皆すぐさま首を横に振っているし、何よりメイドさんの姿を見た瞬間に踵を返して離れていく者たちがいるからだ。
その数は益々増えてきている。
そうこうしているうちに、メイドさんの周りには誰も寄り付かなくなった。少女の立つ場所を中心として、すっかり人がいなくなっている。
その近くで商いをしていた八百屋や酒屋のおじさんたちが、迷惑そうな視線を彼女に向けていた。道ゆく人々も、『早く立ち去れ』とでも言うように排他的な空気を少女に押し付けながら通り過ぎていく。
その様に、俺は並々ならぬ違和を感じた。
……おかしい。確かにあの服装や髪の色は珍しいものだが、たったそれだけで人里の皆があんな辛辣な反応を示す筈がないのに。
しん、とあの少女の周囲だけ、通りの賑々しさというものが消えて失せてしまっていて閑散としている。
心なしか、彼女もそれに気づいて途方に暮れているようだった。
なんだか可哀想だなあ。
そう哀れに思ってメイドさんの方を見ていると、彼女はその視線を感じ取ったかのようにバッとこちらの方を見やった。しかし、俺と少女の間に人の往来を挟んでいるが為に、当然目が合うことはあり得ない。
あり得ない、その筈なのだが。
……やべ、目が合った。
そう、直感的に理解した。
訳もなく反射的に視線を逸らそうとしたのだが、メイドさんが真っ直ぐこちらに向かって歩き始めたのを見た瞬間、それも諦めた。
そのまま、まるでモーセが如く彼女は人の海を割って近づいてくる。
俺は後悔する。
絶対に、明らかに、確定的に、自分にとって良くない何らかの出来事が発生する。そんな予感がしたからだ。
そして、覚悟を決める。
面倒ごとという荒波に向き合っていく覚悟だ。具体的に説明すればその波に立ち向かうというよりは、波に流されていくというイメージが正しい。
激流に身を任せ同化するということだ。単に諦めてるだけという可能性もあるが、それでも変に抗って荒波にもみくちゃにされるよりかは何倍もマシである。
なので、開き直って近づいてくるメイドさんをよくよく観察してみると、結構な美人さんであることが見て取れた。
外の世界だとああいうコスプレみたいな恰好をして目立ちたがる人は、大抵の場合皆揃ってよろしくない顔をしていたので少しばかり意外に思う。
もしかすると、周囲の人たちが彼女を避けているのはそういう外見を忌避してのことなのかもしれない──人間の里で外見での差別が横行している可能性は、あまり考えたくないことであるが。
メイド姿の少女からは、どこか大人びた雰囲気が見て取れる。しかし頭に付けた白いカチューシャやサイドに結われた三つ編みによって幼さも同時に感じられて、なんだかミステリアスな印象を受けた。
そのメイドさんは遂に俺の前まで辿り着くと、優雅な仕草を一つしてから話しかけてきた。スカートの端を摘んで軽く頭を下げられただけなのだが、その動作は非常に洗練されたものだった。
その声も透き通るようで聞き心地が良い。
尤も、その内容はまったくと言っていいほどに聞き心地良くなかった。
「貴方、さっきからジロジロとこちらを見ていて随分と暇そうね。見せ物ではないのだけど?」
怒っているような、どうでもいいと思っているような、そんな微妙に判断のつかない声色である。
表情の方からも、その内心は窺えない。全くのポーカーフェイスだ。
とはいえ、腹を立てている可能性は十分にある。まずは不躾に観察していたことを謝るのが優先事項の筈だ。
「あー、すみません。その服装がとても珍しいものでしたから、つい──」
「そう。謝るつもりがあるのなら、代わりに一つ協力してくれないかしら?」
「はい、分かりました。何か聞きたい事があるんですよね? お役に立てるといいんですが……」
先程まで、彼女は何事かを聞き込んでいるようだった。そう、まるで過去に俺が付喪神の事件の時にやっていたように。
メイドさんの様子を見ている俺の脳裏には、あの事件について快く情報を提供してくれた人たちのことが重なるように思い浮かんでいた。
彼らの存在は、とても有り難かったものだ。
自分もその一人になろうではないかと彼女に気を遣ったつもりで会話を踏み込んだのであるのだが、何故かその時メイドさんは一瞬だけ言葉に詰まった。
『どうかしました?』と視線で問いかけると、気を取り直したようにその整った顔を無表情へと戻す。その寸前に垣間見たビックリしたようなその表情は、見た目相応に可愛らしいものであった。
冷たい人形のような無機質さが印象付いていたが、意外とそんな顔もするんだなぁ。
少しだけ、親しみを感じた。
その一方で次に彼女が言うことを聞き逃さまいと話を聞く姿勢をとる。知ってることがあれば快く情報提供する腹積りである。
……さあ、どんと来い。
気構えていると、メイドさんは口を開いた。
「聞きたいことは一つだけよ。──『フジミヤ』という人物を探しているのだけど、その名に何か心当たりはないかしら?」
めちゃくちゃ聞き覚えのあるその名を聞いた瞬間、口に飲み物を含んでいないというのに吹き出しそうになった。突然ドッと押し寄せて来た動揺を誤魔化す為に、目を泳がせながら大きく咳き込む。
「……ゴホン、ウォッホン!」
うん、我ながら迫真の演技だ。
いやあ、この演技力の高さには自分でも驚いちゃうくらいだなあ!
フジミヤかあ。そっかぁ。
うーん、聞き間違えかな?
「……え、えーと、もう一度その尋ね人の名前を教えてもらっても宜しいでしょうか」
「『フジミヤ』よ。──その様子だと、どうやら大当たりみたいね」
俺が名前を聞いて酷く動揺したのを、彼女は目敏く見逃さなかったらしい。
ですよねー。大根役者もびっくりな演技の拙さだったから。
「う、う〜ん。知っているっちゃあ知っているというか」
自分はあくまで関わりのない第三者。そう思って暢気に構えていた所にまさかの名指しという衝撃。言動がしどろもどろになってしまう。
急に気が動転し始めた俺を見て、彼女は『コイツは何か知っている』といよいよ確信したのだろう。
「隠しても無駄よ、知っていることを全て洗いざらい吐いてもらうわ」
そう語気を強くして言ってきた。
「い、いやだなあ、隠してるだなんてそんな──」
それでも答えあぐねていると、突如彼女はゆっくりと歩み寄って来て、その華奢な身体を密着させてくる。
急にメイド姿の美少女に詰め寄られて、ドキリと胸が高鳴った。
「な、なななにををを」とさっきよりも動揺を大にしていると、呆れたような表情を浮かべられた。
あ、睫毛が長いなあ。
……動揺が一周して逆に落ち着いてきた。そのままボンヤリと彼女の顔立ちを間近に鑑賞していると、気を揉んだかのようにメイドさんは脚でこちらの足を軽く小突いてくる。
なんだ? と思い、視線をその端正な顔から下に向けてやると、彼女の手に銀色にキラリと光るナイフが一本握られていた。メイドさんはそれを俺の腹に押し当てているのだと理解する。
それを確認した上で見上げると、そこには天使のような笑顔を浮かべるメイドさんの姿があった。
ドッと冷や汗が出てくるのを感じる。
え? もしや俺、脅迫されてる?
助けを乞うように周りを見渡しても、誰もここが恐喝行為が行われている現場なのだとまるで気づいていない。俺と彼女の身体の間に隙間が殆どない為に、その間に凶器が挟まっているのだと傍目には分からないのだ。
通りすがる人々は密着している俺たちの方に好奇の目を向けるだけで、何の疑問も持たずに過ぎ去ってしまう。
実際に声に出して助けを求めねば伝わらない。そう把握して息を吸い込む。
「貴方が声を出すよりも、私のナイフ捌きの方が速いわよ。試してみる?」
その言葉が耳に入った瞬間に、周りの人たちに助けてもらうという選択肢は初めからなかったのだと理解した。
彼女を見下ろしながらブンブンと必死に首を横に振ると、「ならどうするべきか判るわよね?」と密やかな声で畳みかけてくる。そこまで入念に逃げ道を断たれては、正直に白状する他に道はない。
嘘をつくという選択もあった。しかし先程はうまくいってないようだったが、聞き込みを続けていればいずれはこのメイドさんも、俺=藤宮という図には辿り着くことだろう。
そうなって嘘がバレた時にどうなってしまうのか。想像するだけで恐ろしかった。
「あー、もしかしたら自分のことかもしれないですね。お──私の名前、藤宮っていいますし」
残念ながら、幻想郷でも外の世界でも俺と同じ名字の人と知り合えたことはない。そりゃあ全国を総ざらいすればある程度の人数は見つかるのだろうが、少なくとも自分の周りにはいなかった。佐藤や鈴木、高橋などのメジャーどころと比べて、あまり一般的ではない名字なのだ。
下衆な手段ではあるが、俺と同じ名前の人を紹介するということは残念ながら叶わなかった。
……ああ、リアルメイド服に気を取られるあまり忘れていたが、ひょっとすると彼女は俺に仕事を依頼しに来たのやも。
事ここに及んで、やっとその思考に辿り着くことができた。
人間の里において“フジミヤ”とは、大抵の場合“藤宮”という個人の名ではなく“藤見屋”という便利屋さんのことを指すのだということを失念していた。
つまり、彼女は依頼人。
なんてことはない。ナイフを突きつけられたのにはかなり面食らったが、結局はいつものようにお仕事をすれば良いのだ。
「──これはこれは、とんだ失礼をば」
彼女は俺こそがその尋ね人であるとすんなりと納得したらしい。接触していた身体を音もなく離して、やっと常識的な距離を保ってくれた。
やっと冷静になれる。意識を仕事モードに切り替えて、気持ちを落ち着かせた。
「それで、私に何の御用でしょうか?」
丁寧な言葉遣いを意識して質問する。それに応えてくれたのだろうか、メイドさんは先程と比較してもかなりの
「本日の日暮れに、“紅魔館”までお越しくださいませ」
「は、はあ。分かりました」
しかし、その答えはあまりにも端的に過ぎた。依頼というには情報量が少な過ぎて困惑してしまう。
うーん、日時と場所を指定するだけだとは。そこで依頼内容の詳細を教えてくれるのだろうか? しかも今日とは、随分と急な話である。
そして、どこか聞き覚えのあるその場所の名前が果たして何処の事なのか。思い出そうとする。
“こーまかん”、か。はて、何か聞いたことがあるような。
脳裏に映ったのは、室内で貸本を読んでいる自分の姿だった。その本の題名は幻想郷縁起と記されていて──
はっきりと思い出す。そしてメイドさんの澄んだ声で発声された“こーまかん”という音を、正しく漢字で当てはめた瞬間にギョッとする。
え!? あの紅魔館!?
「お待ちしておりますわ、フジミヤ様」
「ちょっと待っ」
咄嗟に異議を唱えようとして、知らずのうちに俯いていた頭を上げて立ち去ろうとしているメイドさんを呼び止めようとした。
しかし、
「……あれ?」
すぐ目の前に居た筈のあの少女の姿が、いつの間にやら消えてしまっていた。慌てて周囲を見渡してみても、あの目立つ銀の髪と衣装をした少女を見つけることができない。
まるで瞬間移動──いや、テレポートをしたかのようだ。
『本日の日暮れに、“紅魔館”までお越しくださいませ』
困惑する傍ら、メイドさんに言われたその言葉だけが頭の中で響いていた。
疑問が頭に浮かんでは消えていく。
そして深く嘆息する。久しぶりに羽を伸ばして休めると思っていたのに、どうやらあのメイドさんによってその機会はすっかり消失してしまったようだ。
頭に浮かべていた休日プランをテキトーに追悼して、意識をしゃんとしたものに切り替える。
グッバイ、心穏やかな休日。
こんにちは、これから忙しくなるであろう非日常。
前半の付喪神事件のくだりで一話としたかったのですが、よくよく考えなくても全然あべこべ関係ないし何より“幻想少女が登場しない”という致命的欠陥が自明でしたのでやめました 真相究明までダイジェストっぽいのはその煽りを受けたからです
章タイトル自由に変えられるんだから、仮でもいいから一先ず名付けときゃええねんの精神
二者択一問題 空欄に当てはまる、より適切な数字を答えよ (配点 ⑨ 点)
十六夜 ○○○
選択肢 一. 398 ニ. 893
なおこの問いの回答次第では、紅魔館のメイド長による長期の研修を受けていただく場合がございます 何卒ご了承ください