東方被常識 あべこべなこの世界で俺は   作:自律他律

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騒々しくも純粋な妖精達

 

 

 ちょうど太陽が傾き始め、西日が差し込んできたあたりの時間帯。

 

 目的地には時間的に余裕を持って到着できそうだと判断し、飛行する速度を緩めてちょっとした休憩姿勢を取る。

 常にリラックスして周りの動向を確認し、危険あらば速やかに対応するべし。

 誰に習った訳でもないが、これは人間の里から出て活動をするうちに自然と心得るものだ。

 

 当然の事ながら人里の外では危機を察知して叫んでも、助けに来る奴なんて誰もいない。むしろ、近くの妖怪なんかを招いてしまって更なる窮地を呼び込むことにも繋がりかねない。

 

 頼りになるのは自分の判断力だけ。

 

 だからこそ、周りをよく見、聞いて、感じ取る。そうして少しでも違和を感じれば一回ソレから遠く離れて様子を見る。何もなければそれで良し、もし何かあれば──やっぱり逃走するだけだ。

 

 人外蔓延(はびこ)る里の外では、常に神経を尖らせ警戒しながら行動せざるを得ない。

 

 これは自分の身を守る為に必要不可欠な事ではあるのだが、当然ずっとこんな事をしていると(おの)ずと疲弊してしまう。

 精神が擦り切れるのを避けたくて、最近では舞い込んでくる依頼を選別して、人里の中だけで完結するものを優先して選ぶようになってはいる。しかし、人里の外に絡む依頼の方が何倍も実入りがいいというのもまた事実。

 

 これまでのショボい古びた長屋からおさらばして、一軒家を購入するのだという目標は未だに継続中であった。なので、なるべく沢山稼ぎたいなぁという欲求は抑え切れなかった。

 命を賭ける価値がある程の目標であるとは決して言えないのだが、なまじ今までそうやって外で活動していてヒヤリとした事がない為に、なし崩し的にそんな危険な依頼を受けてしまっている。そこから更に外に関する依頼が舞い込んできて──という中々に抜け出しがたい状態になっているのである。

 実はもう引っ越し先の目星がついていたりもするし、その物件が格安な為に全財産を注ぎ込めば買えないこともない程度にまでには貯蓄が溜まっていたりもする。

 もう少し外での依頼をこなすか、八意先生の新薬の治験に協力できれば、そのマイホームの夢も叶う。そんな近況であった。

 

 そうやって考え事をしている間も、周囲への警戒を怠ってはいない。地上を歩いている時は目を配るところが多く容易ではないのだが、こうして空を飛んでいるうちは眼下に意識を向けるだけだ。それくらいは余裕を持ってできるようになっている。

 外での活動も、もう手慣れたものだ。そう鼻高になりながら、引き続き紅魔館目指して飛行する。前方を見やれば、霧の湖はすぐ目の前にまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 霧の湖を見下ろしながら、「今日は霧が薄いんだなあ」と独りごちる。

 現在、いつもここら一帯をベールのように包み込んでいた霧はその濃度を薄めている。薄らと霞がかってはいるものの、大きな湖が広がっている壮観な景色をはっきりと鑑賞できた。

 

 水面に反射して、きらきらと自分の目に差し込んでくる日差しに目を細める。それは単純に眩しかったからでもあるし、四方を森に囲まれたその湖に、大自然の雄大さというものを感じ取ったからでもあった。

 

 ここに来るのは初めての事ではない。いつぞやに『人面魚捜索』の依頼を受けて湖上をウロウロとした事を皮切りに、それ以降もやれ「そこにしか生えてない野草を持ってきて」だの、やれ「十分に肥えた(あゆ)(ます)とかを釣ってきて」だの、ここへ足を運ぶ必要のある採集依頼が度々あった。

 その為、俺は割と紅魔館の近くにまでは日常的に足を運んではいたのだ。ただ霧が薄く今こうして遠目に見えるあの紅い館には、身の安全を考慮して決して接近しないようにしていたというだけの話である。

 

 そうして努めて関わらないよう心がけていたというのに、まさか向こうからこちらに接触しようと試みられるとは思わなかった。

 

 『積極的に人里の外の幻想郷の住人たちとも交流する』という方針を先日の事件を切っ掛けとして頭の中で固めていた手前、俺としてはその誘いに感謝するべきなのだろうが、やはりどうしても色々と疑問が残る。

 

 何故かは分からないが、あの銀髪のメイド少女さんはこちらの名前を知っていた。

 仮に前から霧の湖でウロウロと活動してた俺を遠目から目撃していたのだとしても、流石に名前までは分からない筈だ。

 

 例えば『外見からその者の名が分かる程度の能力』とかが存在するのならばこの考えは覆るのだろうが、そんな事を考え始めたらキリが無い上、幻想郷縁起(簡易ver.)にはそういった能力は特に記載されていなかった──筈である。

 

 

 

 

 

 どうして向こうは俺の名前を知っていたのだろう、と再び疑問に思っていると、視界の左下の隅っこ辺りにキラリと光る物が見えたような気がした。

 またまた湖からの反射光か──なんて呑気な思考をするが、その次の瞬間には、その光が自分に向かって真っ直ぐ接近しているのだと認識した。

 

 俄かに総毛が逆立つ。

 人の形をしたソイツは、俺に向けて明らかな攻撃の意思を見せていた。

 

 慌てて回避行動を取る準備をするついでに、その襲撃者に対して威嚇するつもりで二発、霊力を込めた弾を撃つ。

 動揺しながら撃ったにしてはそれらの弾は中々上出来な精度を保ち、俺の指先からソイツまでの間をきっちりと結んでいた。

 

 これで驚いて撤退してくれるといいんだが──と考えていたのは軽率だったらしい。襲撃者は俺の放った弾丸二つをスレスレにすり抜けて(グレイズして)、その勢いのままにこちらに向けて突っ込んでくる。

 

 速い…!

 

 咄嗟に、懐に手を伸ばして霊夢から頂戴したばかりの御札をヤツに使ってしまおうかと考えた。

 多分、良く効く。

 博麗の巫女お手製のこれは、人以外の超常的な存在には多大なる効力を発揮するのだから。

 

 だが結局、使用しない事に決める。いくら『一回休み』で済むとはいえ、見た目の幼い子供に対して危害を加えようとは一ミリも考えられなかった。

 さっきの二発で止められなかった自分の負けだ。甘んじて敗北を受け入れよう──そう諦めて、両手を上げて降参の合図を送る。

 

 だが何故か、ソイツはこちらに突撃するのを止めない。まさかこのメッセージが伝わっていな──いや、なんかスピードすごくね? あいつなんで全然速度を落とさな、

 

 

「うおおおおぉぉぉ! あたいサイキョーの頭突きをくらえぇぇい!」

 

 

 ギリギリ目視可能だった速度を更に上げ、今ここにデカい氷の弾丸が弾着する。

 

「おいバカやめ──ぐえっ!」

 

 俺の腹のど真ん中にかなりの衝撃が走って、カエルの潰されたような音色が口から出てしまった。

 

 堪らず墜落する。

 命綱なしで宙に放り出されたような感覚に襲われ慌てて崩れた姿勢を制御しようするのだが、腹をがっつり両腕でホールドしたまま微動だにしない氷の妖精が邪魔になって、思うように身体を飛行態勢に持っていけない。

 

「おい、離れてくれ! 落ちてるって!」

 

 必死に呼びかけながら、この子の顔を確認する。するとその少女の目が漫画チックにぐるぐると回っていて、意識がどこかに飛んでしまっている事が分かった。

 恐らく攻撃してきたこの子にも、俺の腹に入った同様の衝撃が頭に入ってしまったのであろう。

 さもありなん、物理的な衝撃は与えた側にも少なからず返ってくるからである。

 

……アホな彼女がそこら辺の想定はしていなかったのは、容易に想像できた。

 

「ちょ、ほんと起きろ!」

 

 ペチペチとその頬を叩いて意識を取り戻させようとしても、こちらの手がひんやりとするのみでこれといった反応がない。

 そして落下感に苛まれながら、すぐ下を見て確信する。あ、これ無理。間に合わんわ。

 

 気絶した子供を無理やり剥がして自分だけ助かるという択を取るわけにもいかず、それでもジタバタ空に浮こうともがいているうちに、俺と氷の妖精は青々とした木々に自由落下のまま突っ込むことになった。

 

 

 

 

 

 ••••••

 

 

 

 

 

「本当にごめんなさいフジミヤさん! チルノちゃん急に飛び出したから、私止められなくて、それで──」

 

「あー、別に大した怪我をした訳でもないんだし、そんな気に病む必要はないよ。大丈夫大丈夫」

 

 

 

 俺の目の前には、涙を浮かべながらぺこぺこと謝ってくる小さな女の子の姿があった。

 

 翡翠(ひすい)色の髪を黄色のリボンでサイドに結んでいて、水色の服に身を包んでいる。背には一対の白い羽根が生えていた。この少女の名前──名前? は“大妖精(だいようせい)”、種族はその名の通り“妖精”である。

 

 妖精とは、この幻想郷における自然の象徴とも言える存在である──とは、幻想郷縁起に記されていた事である。いや、マヨヒガで藍さんが言ってた事だっけ? 自然の具象化だとか生命エネルギーがどうのこうのだとか聞き及んでいたような……まぁ細かいところはどうでもいいか。

 

 兎も角、妖精とはそんなナチュラルでネイチャーな(適当)種族である。

 

 特徴として一番知られているのはその悪戯心の旺盛さであろう。人間の里では、度々妖精達によって被害が出る事もあるという。

 人命に関わるような程度の甚だしい悪戯がないのが、そこらを彷徨い歩く有害な妖怪らと比べてマシな部分だと言えるだろう。

 

──尤も、今となってはそんな事言えなくなってしまったのだが。

 

「この子が目が覚めたら伝言を伝えておいてくれ、『次に同じような事したら金輪際お前とは関わらないようにするぞ』って」

 

 大妖精に強めに言い含めておく。

 子供相手に手厳しいようではあるが、流石に今回ばかりは低い声でそう苦言を呈さざるを得なかった。

 全く、どうしてあんな凶行に及んだのやら。一体何を考えて──ああ、別に深い考えとかはないんだろうなあ、こいつの場合。

 多分、新技を即興で思い付きその場のノリと勢いだけでハジけたのだと推察される。いや我ながらテキトーすぎる当て推量だなぁ。

 

 

 

 視線を目の前の緑の妖精から、その隣の氷の妖精に移す。

 

 大ちゃん──以前会った時にそう呼ばれていた──から膝枕をしてもらっていて、「あたい……サイキョー、サイキョー……」と先程から寝言をぶつくさ言いながら未だ目を覚まさない、その妖精の名前は“チルノ”という。

 

 水色のショートの髪に、これまた水色のワンピース。

 宙に浮遊するという不思議な感じで、背中には薄氷のような羽根が何枚も対になって生えていた。

 その羽根が放った反射光のお陰で、彼女の攻撃にいち早く気付くことができた。まあ結局、その後うまく対応できたとは口を裂けても言えないが。

 

 この悪童じみた氷の妖精の所為で、危うく俺は重傷を負う所であった。……というか、打ちどころが悪くなくとも普通に死んでただろ、あの高さ。

 それほどの高所から不本意なロープなしバンジージャンプを敢行して、それでも今こうして無事でいられているのは、単に幸運であっただけだ。地面と激突する寸前に偶然姿勢の制御が間に合っただけに過ぎない。

 

 もし間に合わなかったら──そう考えるだけで末恐ろしい。となるとやはり、あの時はチルノを無理やりにでも引っ剥がすべきだったのかもしれない。子供の見た目をしているからと躊躇わず、自身の確実な生存を取るべきだった。深く反省するべきところだろう。

 

 しかし次また同じような事が起きた時に、その反省を活かせるかどうかは正直あんまり確信を持てない。あの危機的状況下で女の子見捨てて自分だけ助かろうってのは、ちょっとね……

 

 そもそもの話、俺がチルノのタックルを受け止められていれば、墜落して危機に陥る事はなかった筈なのである。

 

 髪に刺さった木の葉を取り除きながら、自分の不出来さを嘆いて深く溜息をつく。その様子を見て、ビクリと大妖精が怯えたような顔をした。

 なんでそんな反応を? と一瞬思ってしまった。

 きっともしかしなくても、今の溜息が自分達に対して向けられたものと誤解してしまったからだろう。

 

──なんだか罪悪感が凄い。

 

 妖精という種族は不思議なもので、彼女達以外も皆揃って幼くて()()()()()()()()()()姿をしている。

 人間の里ではその悪戯盛りの気質と相まって、それはもう蛇蝎の如く嫌われていた。

 

 対して俺からしてみれば、少なくとも妖精達の外観からはネガティブな要素は見出す事は無理だった。悪戯してくるのは、まあ彼女達のアイデンティティ的なものだから…と勝手に解釈し容認している。実際にやられた時は普通にムカつくのだが、子供相手にガチギレするのもそれはそれでダメだよなあ、と謎の自制心を利かせていた。

 

 

 俺が霧の湖に仕事で通っている間に、チルノと大妖精、この二人──正しくは”匹”と数えるらしいが──とよく言葉を交わすようになったのは、ある意味必然だったのだと思う。

 立ち寄る頻度もさることながら、妖精達に決して嫌悪の表情を見せず、イタズラされても精々が軽く叱ってくる程度に落ち着く人間という存在は、彼女達にとってとても都合の良いものであろうから。

 

 とは言えこれは、自分なりの少々穿ち過ぎた考え方である。

 友達を想ってこうして申し訳なさそうに顔を俯かせるこの子には、そんな打算に満ちたような思考は皆無なのだろう。

 

 寧ろ、その純真さによってこちらの汚れた思考が浮き彫りになってしまったようで、結構落ち込んじゃうまであった。

 

「繰り返すようだけど、本当に気にしなくていいからね? 擦り傷とかもほら、この薬を塗ったお陰で全部治ったし」

 

「──あ、本当だ。すごい……んですね?」

 

「ああ、結構凄いんだよねコレ。念のためと持ってきた自分を褒めたいくらいだ」

 

 最近の人里ではよく持て囃されるようになったこの薬を、日がな一日人間の里と離れた霧の湖で過ごしているであろう大妖精が知らなかったのも無理はない。

 少し興味があるような素振りを見せたので、彼女に薬瓶を手渡してやる。受け取って両手に包み込み、それをまじまじと観察して小さな好奇心を満たす緑の妖精を見て、ほっこりとした気分になった。

 

 

 

 チルノと共に落ちた際、枝を引っ掛けたせいで所々切り傷やらができてしまっていた。そこで、こんな事もあろうかと博麗の御札と一緒に懐に忍ばせていた永遠亭印の薬の出番だったという事だ。

 

 初めて鈴仙と出会った際に買い付けたまま、棚に放置していた代物であった。あの時とは違い、ちゃんと副作用の有無を確認した上での使用なので問題はない。

 軟膏タイプで人妖問わず効果を発揮する(らしい)それは、あの八意先生が手がけただけあって効果は抜群。薄く切ってしまった手首の外側なんかも、塗るだけですっかり治ってしまっていた。

 

 相変わらずヤバい薬である。

 

 先生の薬学知識ってどうなってんの、とは常々疑問に思っていたりもする。外の世界でもあの人に比する才人は存在しないだろう。一体どれ程の時間を薬学の研究に費やせば、こんな薬を作ることができるのか。

 蓬莱人故に、実は想像もつかない程のお年を召していたりして──とそこまで考えたのを無理やり打ち止める。

 女性の年齢を邪推するのは非常によろしくない事だ。万が一この事について考えていたのがバレるような事があれば、いつもの新薬の治験協力をした際に酷い薬を飲まされかねない。

 

 そう考えて身をぶるりと震わせていると、大妖精の「あれ?」という驚いたような声が突然耳に入ってきてびっくりした。

 どうして驚いているのか怪訝に思って声をかけてみると、

 

「フジミヤさん。あの、チルノちゃんの怪我を治そうと思ったんですけど傷口が見当たらないんです」

 

 どうやら、大妖精は俺が渡した薬をチルノにも使ってあげようと考えたらしい。薬瓶の蓋を開けたまま、氷の妖精のどこにこの薬を塗れば良いのだろうと悩んでいるようだった。

 

 外傷が見当たらないのはさもありなん。何故なら俺は、“どうしてチルノが無傷であるのか”、その理由を知っているからである。

 

 とは言え()()()()を自分の口で語るのは、なんだか照れ臭い事のように感じられた。

 なので眼前の少女には、それらしい事を適当に言って納得してもらう事にする。

 

「……ああ、実はもうこっちで薬を使ってあげてたんだ。言ってなかったっけ?」

 

「もう、言ってなかったですよ! ──でも、ありがとうございます。チルノちゃんのことを気遣って、怪我の面倒まで看てくれて」

 

 そう言ってプンスカしていた表情を引っ込めて、緑の妖精はこちらに向けペコリと頭を下げた。そして、薬瓶も返してくれた。

 

 おお、もう。大妖精ちゃん本当にいい子だなぁ。

 

 彼女のその、幼い見た目に違わない疑う事を知らぬ真っ白な心の清さのあまり、俺の心まで漂白されそうになった。その笑顔がどうにも輝いてるように見えるのは錯覚だろうか。

 

 

 

 

 

 

「おっと忘れる所だった──はいこれ、いつものやつね」

 

「わあ! 本当にありがとうございます!」

 

 大妖精に渡したのは、金平糖がそこそこ入っている小袋だ。『霧の湖を通るのなら』とさっき人間の里で買ったものである。

 霊夢や妹紅や藍さんに日頃しているように、お土産気分で渡しているのではない。これはいわば霧の湖で活動するにあたって、幻想郷最強を自称するチルノに対して納めるショバ代のようなもの。

 

 先程のようにチルノと出食わすと高確率で突っかかられるので、甘いものを貢いで注意を逸らせよう考えたのである。生憎今日はそうする暇はなかったのだが。

 何故金平糖かと言うと、初めて妖精達に与えたその時に偶々持ち込んでいたものだからだ。

 

 それ以来金平糖という甘味に二人の妖精はハマったらしく、俺もそれに応えている──という状況である。

 ん? 結局お土産気分のような……まあいいか。

 

 気がつくと、差し込んでくる日の光から判断してそろそろ夕暮れになろうかという時間だった。紅魔館に向かわねばと思い、ほくほくした顔で大事そうに小袋を抱える大妖精に話しかける。

 

「渡すもんも渡したし、俺はここらでお暇するよ」

 

 ひらひらと手を振って、大体の方角を見定めて歩き始める。別に今から空を飛んでも良いのだが、徒歩でも十分に間に合う筈だ。

 

「あの、そっちは人里の方向じゃありませんよ?」

 

 向かっている方角が人間の里ではない事に、大妖精は疑問に思ったようだった。いつもは霧の湖で依頼を済ませたらすぐに人里の方に帰っていたので、彼女がそう思うのも無理はない。

 

「分かってる。今日は紅魔館に用事があるから方向は合ってる、心配しなくとも大丈夫だ」

 

「──もしかして今朝、紅魔館の人が貴方を探していたのと関係があるんですか…?」

 

「ああ、さっきは丁度その場面に立ち合ってしまってナイフで脅されて散々な目に──うん? 何だって?」

 

 危うくうっかりスルーしてしまう所だったが、何やら看過できない言葉が聞こえてきたような気がする。

 俺は大妖精に詳しい説明を求めそれを聞き終えた後、再び紅魔館へと向けて歩み出した。

 

 

 

 

 

 その道中で、彼女から聞いた内容を整理してみる。

 無論、妖怪などに襲われぬよう周囲を警戒しながらだ。

 

 なんでも、今日の朝方、大妖精とチルノが遊んでいた所に紅魔館のメイドさんがやってきたのだという。

 

 そして、『偶にここで貴女達と遊んでいる人間の男、そいつの名前とか知っている事を全て話してもらえないかしら?』などと言われたらしい。

 

 大妖精は怪しいと感じて躊躇ったものの、特に人を疑う事もしないチルノがあっさりと俺について知っている事を自供。その全てを聞き届けたメイドさんは、ふと目を離した瞬間に消えてしまったのだという。

 

 自供したとは言え、チルノが知っているのは精々俺の上の名前と、人里に住んでいる事と、時折甘味を献上している事くらいなものだろう。メイドさんに大した情報は渡っていないと推測できる。

 

 とは言え、名前さえ判明できれば後は人間の里で聞き込みをするだけで良い。

 無名ならばまだしも、俺の名前と全く同じ発音をする何でも屋が、ちょうど里の間では薄紫の薬売りの噂とセットで広まっていたのだから。

 

 これで、何故接点のない筈の紅魔館が自分の名前を知っていたのかが分かった。では何故俺を紅魔館に招き入れるのかは──不明だ。まだ判断材料が足りていない、そんな気がする。

 

 

 

 

 

 いよいよ紅魔館の正門が遠目に見えてくるようになるかという頃合いで、一旦休憩しようと思った。腰をかけるベンチとして、適当にそこらで横倒しになっている木を見繕う。

 

 特に身体的にも精神的にも霊力的にも疲弊している訳ではないのだが、今みたく吸血鬼の住まう館がいよいよだと思うと、流石に緊張するというものだ。

 

 休憩は、その緊張感を和らげようと意図してのこと。それに加えて、あと十数分程度の時間を潰す必要が今の俺にはあったからである。

 

 ぽりぽりと、薬を塗った所をやんわりと掻きむしる。

 あーもう、痒いったらありゃしない。

 

 八意先生の塗り薬、それを塗った箇所に先程から猛烈な痒さが襲いかかって来ていた。強烈な効能を持つ薬には、得てしてそれなりにつらい副作用があるという事だ。

 

 この副作用は一時的なもので、時間経過で自然と引いていくのだと先生は言っていた。それを待ってから目的地に到着するつもりだ。

 このままだと痒みに悶えながらあの館にお邪魔することになってしまう。不審な目を向けられること間違いなし。

 

 改めて、チルノにこの薬を使わずに済んだ事に安堵する。

 

 あの氷の妖精の場合「うおーかゆい! あたいに何をしたぁぁ!」と大騒ぎして、大妖精から話を聞き出すのが至難の技となっていたことは想像に難くない。

 

──氷の妖精と共に墜落しそうになったあの時、咄嗟に身体を張った甲斐はあったのだと言えるだろう。

 

 少女の身を案じ庇って抱き込むだのと、アクション映画ばりのスタントをやる羽目になるとは、今日はとことん厄日だった。

 後日、霊夢にお祓いでも頼んでみようかなぁ。

 

 

 

 

 

 気を取り直して、現在の装備を確認する。

 自らの生命線である、博麗の御札はたっぷりと五枚も持ち込んでいた。

 その他は永遠亭の薬瓶と、習慣で持ってきたがま口財布くらいである。

 

 幻想郷屈指の危険地帯と呼ばれる場所に赴くにしては、随分な軽装備だった。

 やはりこの御札が文字通りの切り札である以上、万が一使うことになるのなら、その機会は慎重に選ぶ必要がある。

 帰りの分も考慮すると紅魔館で使える御札の数は多く見積もって四枚、余裕があれば三枚程度に抑えたい。

 

 とは言え俺は向こうから招かれた身である為に、あちら側から特に危害を加えられることはないのかもしれない。

 霊夢の名前を出せば、むしろその吸血鬼とやらも熱烈に歓迎してくれるのかもしれない。

 こうして自分の身を案じて慎重になって考え込むのも、徒労に終わるのかもしれない。

 

 杞憂であればそれで良い。

 

 しかし俺からするとあの館に何が潜んでいるのかが、あのメイド少女以外ははっきりと判明しない為に不安になってしまうのである。

 

 

 

 

 

 そうこう考えていると、段々と痒みが引いてきた。

 

 それが完全に無くなったのだと入念に身体を動かして確認した後、軽く服装を整えてから紅魔館へと進んでいく。

 所々木の枝を引っ掛けた所為で結構傷んでしまっているが仕方がない。着替えを持ってこようとは流石に準備段階では思わなかったのである。

 

 視線の先には夕日に照らされた紅い館。

 あのメイドさんに言いつけられた時間には、きっちり間に合ったと言えるだろう。

 




 
 
 あれ? ⑨殆ど喋ってなくね?

 そう指摘されても不思議じゃない今回 だって仕方ないじゃない この子を十全に動かせる状態にしちゃうと、思うがままに大騒ぎされて碌に会話が進行しないのだもの


 ちなみに本文から分かる通り、戦闘力的にはオリ主<チルノです 
 まあ実際強いらしいし、伊達に自機経験者ではないということかと思われ 大妖精も恐らく強い筈 少なくともオリ主よりは上なのは間違いないと断言しても差し支えはないでしょう テレポート出来るらしいし
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