東方被常識 あべこべなこの世界で俺は   作:自律他律

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眠れる門番、怒れるメイド、恐れられる吸血鬼

 

 

 紅魔館に辿り着くまでにちょっとした紆余曲折があったが、なんとかここまで来る事ができた。とは言っても気を抜いてはいけない、寧ろここからが本番と言っても差し支えないだろう。

 

 俺はその館の正門までやって来ていた。重厚な鉄製の柵が、侵入者を拒むように(そび)え立っている。

 遠方から見る機会はそこそこあれど、紅魔館にこれ程までに接近するのは初めての事であった。

 

 館を囲っている赤レンガの壁は決して低くはないものである。しかしやろうと思えば飛んで楽々侵入できるな、とも考えた。

 無論、招かれたといっても向こう側の機嫌を損ねるのは愚策過ぎるのでそんな事はするつもりはない。非常に危険な吸血鬼が館の主であるという話だし、余計な危機を招かぬよう相手の機嫌を伺いながら立ち回ろうと心に決めているのである。

 

 ちゃんと向こうの指示通りに動いていれば、少なくとも無事に終わる筈だ──そう心中で思っていた為に、いま自分の置かれている状況に対して少しばかり混乱していた。

 

 夕暮れ時という指定された時間帯に間に合っていることだし、てっきり俺はこの紅魔館の正門前には案内人的な人物が待ち受けていて、その人がどうして俺を呼んだのかを説明してくれるのだとばかり思っていたからだ。

 そうでなければあの銀髪メイドさんが現れて館の主にでも引き合わせてくれる、という可能性も想定していた。

 

 しかしながら、そうはならなかった今のこの状況。これからどうするべきなのかを暫し黙考する。

 

 

 

 

 

──やっぱり、あの人に話しかけるしかないよなぁ。

 

 ちらりと視線を向けた先には、赤いレンガの壁に身体を預けながら爆睡している少女の姿があった。

 

 “龍”という文字が刻まれた黄色の星型の飾りをつけた緑の帽子。

 明るい赤銅色のロングの髪をしていて、両サイドをリボンで結んで三つ編みに纏めていた。

 運動に適したアレンジが施されたように見える緑色のチャイナドレスに身を包んでいて、深いスリットから覗く健康的な美脚がとても目に毒である。

 

 実は紅魔館に歩いて近づいた時点で、彼女の人影を認めて『お、あの人が応対してくれるのかな?』と思っていた。しかし遠くからブンブン大きく手を振っても無反応で、少々の気恥ずかしさを覚えながら更に接近してみれば、ああして寝てたという事が判明したのである。

 

 この人は──まぁこの場所を考慮すると人でない可能性が非常に高いが、兎に角、彼女もまた紅魔館に所属しているものと見做しても良いだろう。アウェイな環境下で、あれほど隙だらけに熟睡するというのは考え難い。

 

 なんで気持ち良さそうに寝ているのかは分からない。もしかすると俺を待っているうちに温かな日に照らされて、うっかり昼寝をしてしまったのかもしれない。

 もしそうであるのなら幸先がいいと断言できるだろう。人外の集まるという悪魔の館に属していながら少なくともこの女性からは、かなりの人間らしさを感じ取れるのだから。

 

 口を半開きにしながらもだいぶ遅めな昼寝を敢行するその姿には、見る者に癒しを与える効果があった。

 

……だらしなく涎が垂れてしまっている辺りは特に。

 

 

 

 気持ちよさそうに寝ている所悪いけど、一旦起こしてみて話を聞いてみよう──そう思って中華風の装いをした少女の前まで移動した。

 

 早速目覚めさせようと取り組んでみる。

 まずは軽く声をかける事から始まった。

 

「あのー、すみませーん」

 

 zzzzzzzzzz

 

「ええと、起きてくれませんか?」

 

 すぴ〜、むにゃむにゃ……

 

「あ、あの! すみませーん! 起きてもらえませんか!」

 

「………う、ううん、あと五刻だけ──」

 

 ダメだこりゃ。

 一向に目を覚まさない少女を見て、そう判断する。少しばかり声を張り上げてみても効果はないらしい。

 

 ていうか『あと五刻だけ』って何だよ……

 一刻をきっかり二時間だと仮定すると五刻=十時間である。当然、睡眠時間としては少々どころではなく長い。

 『あと五分だけ』みたいなテンションであと十時間も二度寝されては堪らない。こっちは可及的速やかに用事を済ませてここから離脱したいのだ。

 

 少し気が進まないのだが、今度は少女の肩を揺さぶって起こす事にした。

 

 無防備に寝ている所本当に申し訳ないのだが、大きな声で呼びかけても目覚めないのでこれは仕方のない事なのだ。別にやましい気持ちなんて抱いていない。

 そう、仕方がない仕方がない。

 

 ・・・・・・・・・・・・ゴクリ。

 

 なんだかいけない事をしているようで、少女の肩めがけて伸ばす右手が少し震えてしまっていた。しかも、こう間近にその顔を観察してみると、彼女の容姿がとても整っている事が分かる。

 そんな美人さんに許可なく触れていいものか(いや美人云々は全くもって関係無いか)──なんて初心(うぶ)な葛藤をどうにか制して、その肩に触れた。

 

 次の瞬間、

 

「うおっ!」

 

 俺は地面に仰向けで寝っ転がっていて、先程まで熟睡していた筈の赤い髪の少女がそんな俺に覆い被さっていた。

 

「「……………………………」」

 

 気付けばガッツリと彼女と目がかち合い続けている。群青色に染まったその瞳はまさに虚ろで、そこから感情を読み取る事ができない。

 

 一体何が起きた──と混乱しかけたのだが、かろうじて何があったのかを把握した。

 

 多分俺は彼女に組み伏せられたのだ、と思う。

 こちらの右手がその肩に触れた瞬間、眼前の少女は信じられない程の瞬発力を発揮してその手を両の手で掴み返す。それと同時に片脚を俺の股下に滑り込ませ足払いした、という事なのだろう。

 

 覆い被さっているのは、体重をかけて俺という不埒者を逃さない為なのか。

 

 やっとの事で何が起きたのかを理解した今でも、この少女に容易く組み伏せられた──という現実に頭が追いついてこない。

 

 しかし、朧げながらも確実に俺の脳に刻み込まれた。

 彼女は“体術”というものの達人であるのだと。

 

 不思議と、妹紅の姿と目の前の彼女の姿がダブって見えた。本当に不可解だ。彼女達に接点は全くないのだろうし、共通点と言えば二人とも美少女である事くらいなものであるというのに。

 

「……………………………」

 

「………………………あ、あの〜」

 

 そんな美少女の顔が近くにあって嬉しくない訳がないのだが、そう読めない表情でじっと見つめられると大変に据わりが悪い。

 

 まるで俺が彼女の寝ている隙をついて、ひっそりと身体にお触りしようしたのを現行犯で取り押さえられたみたいな図である。痴漢かな?

 

………そう言い表すとあながち間違いであるとは言えないのかも、とはちょっとだけ思った。

 

 冤罪を主張するには心当たりが強過ぎる。そもそも現行犯という時点で冤罪も何も──という話である。捕らえる相手を誤認した訳でもなし。

 

「……………………………む?」

 

「……え〜と、おはようございます?」

 

 その無機質な視線に堪え切れずに声をかけると、段々とその瞳に生気というものが宿ってきた。いや、そういうよりは『やっと目が覚めてきた』と表現した方がより適切であると感じた。

 

 詰まるところ、彼女は寝ながらにして男一人を難なく制圧した──という事なのだろう。

 

 

「んん〜〜? あれ、私なんで……」

 

 

 俺の顔を見ながら、薄ぼんやりとした目でまじまじと観察してくる少女に向けひとまず微笑んでみてから様子を見る。

 

 ぶっちゃけ目覚めたらすぐ目の前に知らない男性の顔があるという奇妙な状況は、女性視点だと最恐ホラー以外の何物でもないと思う。

 これは不味い、と思い立ってなんとかこの拘束から逃れようとは努力したのだが、完全にマウントポジションを取られている為に抜け出せなかった。

 

 だからせめて彼女に与える恐怖を少しでも和らげるべきだ──そう画策して、今こうして笑いかけているのだが……

 

 そんな精一杯の俺に未だ目を逸らさずに「ん〜〜?」と怪訝そうな声を間近に漏らす少女を見て、もしや笑うのは悪手だったのかと内心で焦る。

 

 笑顔によってかえって不気味さが増すかも──そう考えて危機感を募らせたのだが、幸運だったのか相手はそう思わなかったらしい。

 

「………男の人が私に向けて微笑んでいる………なんだ夢かぁ、ふぁ〜あ……」

 

 何事かをぶつぶつと呟いた後、再び眠気に耐え切れなくなったのか自由落下に身を任せるようにして、彼女はこちらに倒れ込んで来た。

 そのまま地面と激突されては堪ったものではない。慌てて身を(よじ)ってそれを受け止める。

 

 体勢は依然として変わらず、仰向けに倒れた俺に中華服の少女が乗っかかっている形である。

 

……何この状況? どうすれば、てか柔らかっ!

 

 俺の胸部を枕にして再度寝始めてしまった彼女にどう対応するべきか分からず、途方に暮れる。

 

 少し無理して首を曲げ、彼女の表情を窺ってみると、非常にだらしない顔をしながら眠っているのが見て取れた。それを一度認識してしまうと、また肩を揺らすなどして強制的に起床させようなどとは思えなくなってくる。

 きっと極上の夢を味わっているんだろうなぁ。

 少女があまりに幸せそうな表情を浮かべているので、そんな感想が頭の中を過ぎった。

 

 

 

 

 

 ••••••

 

 

 

 

 

「……ええと何度も弁解致しますが、アレは紛れもない事故だったんです、はい。決してよからぬ事を企んでいたんじゃあないんですよ俺は。本当なんです信じてくださいお願いしますだから早くそのナイフ仕舞ってください!」

 

「ふぅん、そう。──確かなの? 美鈴(めいりん)

 

「え!? え〜〜と、……正直寝ててあんまり覚えていないかな〜って。あ、でもなんだか夢見が良かったのは何となく覚えてます!」

 

「……貴女の意見が全く参考にならない、というのは十分に伝わったわ」

 

 メイドさんは、隣で正座している中華風の少女に対し呆れたような視線を向けている。“メイリン”と呼ばれた彼女は、そんな言葉を投げかけられて「そんな〜」と涙目を浮かべていた。

 

 ちなみだがその隣の女性と同様、俺も正座という形で紅魔館の正門の前で座っている。服が地面について汚れてしまっているし、砂利で地味に膝が痛い。

 体勢維持が辛くなってきたので、俺とメイリン…さん、二人に正座を強制したメイドさんに「もう立っていいですか?」と軽く要求をしてみると、彼女は一旦隣を見るのをやめてこちらに軽蔑の眼差しを向けてきた。

 

 立っている者と座っている者との視線の高さの差も相まって、見下されている感が半端ない。ゴミを見るようなその視線に耐えかねて、「イエ、ナンデモナイデス」と片言で喋って降参するしかなかった。

 鈴仙の、会う度に苦虫を噛み潰したような顔をしてくる様子が可愛らしく見える程の絶対零度っぷりである。正直心臓止まるかと思ったよね。

 

 

 

 

 

 現在は、夕日がもう少しで沈んでしまおうかという時間帯。メイリンさんの睡眠に付き合ってからそれほど時間は経過していない。

 

 幸せそうに眠る少女の顔を飽きもせずに眺めていると、不意に人気(ひとけ)を感じた。その方を見てみると、そこには寝っ転がっている俺をなんとも言えない表情で見下ろすメイドさんの姿があった。

 

 

 実に、昼頃に人間の里で会ったぶりの感動(鼻笑)の再会シーンである。

 

 

 無表情に徹しきれず少々目を見開いているその顔に、不思議と俺はあどけなさを感じた。残念ながらと言うべきか、今こうして二人を並ばせ正座させている目の前の少女を見ていると、それは錯覚だったのだろうと思い直してしまったが。

 

 暫くお互いに何も言えずに沈黙した後、メイドさんは自力で気を取り直し俺の上で寝ている少女を叩き起こした。

 目覚めて間もなく寝惚けて混乱している彼女と、若干の名残惜しさを感じている俺を並べて座らせて、何をしていたのかを事情聴取しようとして今に至る──という感じである。

 

 

 

 メイドさんがここにやって来たのは、夕暮れ時という待ち合わせの時間が迫ったからなのであろう。しかしいざ足を運んで見てみると、何故か二人が添い寝している光景が目に飛び込んできたという訳だ。

 

 何があったのか知りたいと思うのは、当然の事だと言える。

 

 俺はこれ幸いと、彼女に先程の体勢は意図的なものでなく偶然によるものだったのだと弁明する。懐疑的な視線と銀色のナイフを向けられながらも必死になって行った主張は、それでもちゃんと要領を得たものにできた筈だ。

 

 正座する二人から話を聞いた後、メイドさんは渋々といった様子でナイフを納め、立ち上がる事を許可した。

 

 もう片方のメイリンという名の少女が言った、なんとも気の抜けるような証言は聞かなかった事にしたようで、最終的にメイドさんはこちらの言い分を採用してくれたようだ。

 それは決して俺を信用したからではなく、隣で「いや〜本当にいい夢だったんですけどね〜」とぼやく少女の意見が全く当てにならなかったからだと思われる。

 まあ、彼女からは詳細な情報が出てこないので妥当な判断だろう。

 寝ていた為に事情を知らないのは仕方がないのだが、軽く扱われているようでなんだか不憫に思えてくる。

 

「要するに、貴女はまた門番の責務を放り出して寝てた、という事ね?」

 

「い、いやー、ははは……」

 

 なんて掛け合っている少女達から察するに、緑のチャイナドレスを着た女性が居眠りをするのは日常茶飯事であるらしい。

 メイドのジトりとした目に、ひゅ〜ひゅ〜と下手な口笛で迎え撃つ華人。彼女らのそのやりとりから、ある種の厚い信頼関係が垣間見えた。今更気付いた事なのだが、両者とも横の髪を三つ編みにして結わえている。

 

……あえてお揃いにしているのだろうか?

 

 二人を見て、呑気にそんな事を考えた。

 

 

 

 一向に口笛を止めようとしない少女を一頻(ひとしき)り呆れた後、メイドさんは俺を一瞥して話し始めた。

 

「貴方は私についてきなさい。お嬢様がお呼びです」

 

「お嬢様……わ、分かりました」

 

 彼女の言う『お嬢様』とは、きっとこの館の主である吸血鬼の事に相違ない。

 

 キィ、と鉄の門を開いてこちらを手招く銀髪の少女に、俺は慌てて追従する。これで、紅魔館の敷地をやっとこさ越えられたという事だ。

 メイドさんが門を閉めるその直前、少女達のする会話が耳に入ってきた。

 

「ああ、それと美鈴。罰として今晩の夜食はなしね」

 

「え〜、そんな〜」

 

……可哀想に。迫力こそ不足しているものの、その真に迫る悲痛な叫びには同情を禁じ得ない。彼女に向かって心の中で合掌する。

 

 でも、門番なのに居眠りを決め込むのは普通に駄目だと思う。多分、侵入するだけなら自分でも容易に出来そうだったし。

 

 去り際、『どんまい』と励ますつもりで飯抜きが確定したらしい少女に向けて手を振る。それに気が付いた彼女の方も、同じく手を振って応えてくれた。パァーっと一転して明るい顔をする門番さんに癒されながら、メイドさんの案内に従って紅魔館に入る。

 

 これはあくまでも俺の所感であり、確定した事ではないのだが──メイリンという少女とは、とても気が合いそうだと思った。いい人って感じがする。

 

 

 

 

 

 重厚な大扉の開いた先に広がる光景は、館の真っ赤な外観に負けない赤を基調とした洋風の内装であった。率直な意見を言うと、個人的には全体的にギラギラとしていてあまり落ち着かない。『あまり良い趣味だとは言えないなあ』とひっそり思いながら、ゆっくりと館の中を観察する。

 

 玄関を抜けてすぐのスペースはだだっ広い吹き抜けになっていて、広域を温かに照らす豪奢なシャンデリアが印象的であった。

 俺の両サイドには長〜い廊下があって、赤い絨毯が延々と通路の先まで続いていて終わりが見えない。正面には二階へと続く大階段があり、これまた真っ赤な絨毯が敷かれている。

 

 欧米風な館だけあって、メイドさんの案内で土足のままお邪魔することになった。日本人としての習慣から少々の抵抗感を覚えながらも、その赤く珍しい景観にちょっぴりワクワクしながら観光気分で眺めていた。

 

「は〜、中々立派な内装ですね」

 

 本音半分媚売り狙い半分で、後ろに控えたまま一言も発しないメイドさんに前を見ながら話しかける。この館の主が何を思って俺を招いたのかは与り知らないが、それでもご機嫌取り程度はしても損はない筈だ。

 

 そんな打算あっての呼びかけだったのだが、メイドさんからの返答は無い。……少し露骨に過ぎていただろうか?

 チラッと自分の後ろを振り返ってみて、どうして返事が来ないのかを正しく理解し驚愕する。

 

 そこに、メイド少女の姿はなかった。

 

 

「あ……?」

 

 

 メイドさんが音もなく消えてしまうというのは、人間の里でも体験していた事だ。非現実的な出来事ではあるが、ここは幻想郷。恐らく彼女はそれを可能とするような“程度の能力”の持ち主であろうとある程度の目星をつけていた。

 

 だから、銀髪の少女が跡形もなく消失した事には特に驚いてはいない。

 俺が驚いているのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が分からないからだ。

 

──どうしていなくなった? 俺を『お嬢様』とやらまで案内してくれるのではなかったのか? ……まさか!

 

 唐突に、嫌な予感が脳裏を駆け巡った。

 

 弾けるように、さっき通ったばかりの大扉を開けようと試みる。──ダメだ、開かない。

 

 あの華奢なメイドさんは片手で容易に開けていたというのに、男の俺が全力で踏ん張っても無駄であった。押しても引いても、苦肉の策でスライドさせようとしても、目の前の大扉はうんともすんとも言わずに微動だにしない。

 というか、いくら力を入れても扉は軋みもしない。八つ当たり気味に蹴りを入れても、音さえ鳴らない。

 まるで大扉自体が、空間そのものに固定されたかのようだった。

 

 

 

 目に垂れてきた汗を、袖で拭う。

 

 扉を開けようと全力で取りかかったが為に、しっとりと全身が汗ばんでいた。……いや、汗をかいたのはその所為だけではない。

 

『もしや、俺はこの館に閉じ込められたのでは?』

 

 そんな事を想像してしまって、冷や汗をかいているのだ。そして、吸血鬼の住まう館に閉じ込められた人間がどういう末路を辿るのかは、非常に恐ろしいことにとても想像し易かった。

 となると、開かずの扉の前でマゴマゴしてはいられない。再びエントランスに戻って、どうやって紅魔館から脱出しようかと必死になって思案を巡らせる。

 

 左右にはどこへと繋がるかも分からない廊下、前には上階へと続く大階段。廊下へ出たら、窓を割って脱出できるかもしれない。上階──ひいては屋上を目指せば、空を飛んでここから抜け出せるとは思う。だが、よくよく思い出せよ俺。この館の外観を観察した時、窓は確かに存在していたか? いや無かった筈だ。でも屋上を目指すったって紅魔館の見取り図がある訳でもなし、上への階段を探しているうちに“脅威”と鉢合わせる危険性だって……

 

 次に取る選択肢は決して間違えてはならない。

 

 そう感じて時間をかけ真剣に考え込んだのは、どうしようもない悪手であったらしい。

 俺の真正面から──つまり赤い絨毯の敷かれた大階段から、唐突に少女の声がした。

 

 

 

 

 

 

「──へえ、お前が。……期待したより幾分も冴えないのが気に食わないが、まあ良いか」

 

 

 

 

 

 

 その幼さの残る声色と高圧的で不遜な口調とのギャップの所為か、背筋にゾワリとした悪寒が走った。

 ギチギチと、錆びてしまった歯車のように首を曲げ、顔を声の聞こえた上に向ける。

 

──そこにいたのは寺子屋で見かけるような小さい背丈をした、可愛らしい服装に身を包んだ少女だった。

 

 セミロングの青い髪に、真紅に染まった両の目。

 ふんわりとした丸い帽子に、赤いリボンが所々に刺繍された薄いピンクのワンピース。その矮躯(わいく)の為か大きく見えるコウモリのような羽根が、一つバサリと強く羽ばたき、その異形さを殊更強く主張している。

 

 そして、まず何よりも注目すべきは少女の放つ大妖怪としての風格であった。

 

 幻想郷で暮らす中で、本能的にこれ程の畏怖の念を抱いてしまう存在に出会った事はかつてあっただろうか。その圧倒的な威圧感にあてられ恐怖で肌が粟立ち、足が竦んでその場に縫い付けられる。

 

 

 

 

 

──彼女こそ悪名高き紅魔館の主にして、数ある妖怪達の中でも特に強大な種族とされる吸血鬼。

 

 幻想郷縁起にもその存在は記されており、そこでも『非常に高い危険度を持つ妖怪である』と著者は特筆して警鐘を鳴らしていた。

 

 

 

 その名は、“レミリア・スカーレット”。

 

 

 

 人間の尺度で測れば十歳にも満たない程の幼い外見でありながら、彼女の持つ潜在的な強大さは確固たるものだった。

 

……今になって意地を張っても無意味だと分かっているので、正直に白状しよう。

 

 こちらを傲慢に見下ろして、品定めをするように睨め付ける吸血鬼の少女と相対して、俺は“純然たる恐怖”を己が魂に刻み込まれているのだと自覚した。恐らく──いや確実に、自分という矮小な存在は、彼女によって蟻のように容易く踏み潰されてしまうだろう。

 

 “格”の違いに萎縮するあまり喉がカラカラに渇いていき、頭が真っ白になる。

 もう、何も考えられない。

 

 

 

 

「……さて、早速だが本題に入ろうか」

 

 

 

 

 いや、何も考えられないと諦める訳にはいかない。あの吸血鬼を相手にして、どうすれば生存する事ができるのか? その案を今すぐにでも思いつかねばならない。

 

 死ぬのは嫌だ。死ぬのは怖い。死ぬのは嫌だ。死ぬのは怖い。

 知らずのうちに、呼吸が浅くなっていく。

 

 

「誇り高き吸血鬼(ヴァンパイア)にして偉大なるヴラド・ツェペシュの末裔であるこの私が、貴様を態々招待してやったのは──」

 

 

 どうする? 後ろの大扉は開かない。前方の大階段は吸血鬼によって塞がれていて、仮に飛行してすり抜けようとも果たしてそう上手くいくものだろうか? ──ダメだ、すれ違いざまで即座に捕まってしまうビジョンしか見えてこない。

 

 

「つまり、運命をも見通す曇りなき我が眼にて──」

 

 

 ならば、横の廊下に逃げ込むしかない。そして窓が見つかれば霊力の弾で割って外へと脱出する、これが最善策か。

 だがもし窓が見つからなかったり、見つかったとしても硝子が分厚くてちょっとやそっとじゃ割れない代物であった場合、何が潜むとも知れない館の中を当てもなく彷徨う事になる。

 となると、『裏口やら勝手口がこの館には存在していて、追っ手に捕まる前に俺がそれを見つけ出す』という非常に分の悪い賭けをする必要が出てくる。

 

 そんな伸るか反るかの大博打をモノにできる豪運が自分に備わっているとは断言できないが、何かしら行動しないと未来がないのもまた事実。このまま吸血鬼の餌食になるなんて真っ平だ。

 そう腹に決めて、逃走の機会を窺う事にした。

 

……そういえば、吸血鬼の少女はさっきから何を話しているんだろう?

 

 生存方法を考えるのに集中し過ぎで、全然話を聞いていなかった。ちょっとだけ聞いてみるか。もしこちらを襲いかかるような素振りを少しでも見せたら、死に物狂いで逃走を開始しよう。

 

 何やら自慢げな様子をして喋っている吸血鬼の声に、初めて耳を傾ける。

 

 

「……だから、お前を我が紅魔館の“所有物”にしてやろうと──」

 

 

 あ、駄目だこれ。

 

 断片的に聞こえてきたのみではあるが、『これはアカン』と判断するには充分過ぎるワードが少女の口から飛び出してきた。

 

 “所有物”──これは、『血を啜る為、お前を監禁してやろう』という意思表示に他ならないだろう。なんてったって相手は吸血鬼だ。それ以外の捉え方などあるまい。

 

 全く、冗談ではない。

 

 こうして吸血鬼の真意がはっきりした今、ここに留まる理由はない。幸運にも目の前の吸血鬼はどこか自身の言葉に陶然しているようで、俺の事を視界に収めている訳ではなさそうだ。

 

 抜き足差し足でゆっくりと、右手の廊下に向かって忍んで歩く。赤い絨毯が足音を吸収してくれるお陰で、何とかバレずに済みそうだ。

 ひっそりと確実に、吸血鬼の少女との距離を広げていく。

 

 

 

 そろり、そろり。

 

 

 

 結局、こっそりと離脱する俺は気取られずにその場を離れる事に成功した。……後は時間との勝負である。いつ吸血鬼が俺の失踪に気付いてもおかしくはない。彼女が追っ手を差し向ける前に、どうにかしてこの悪魔の館から脱出せねば。

 

 要はスピード勝負だ、もたつく暇など一切無い。

 内心で酷く焦りながら、それでも平静を保つ事を意識して宙に浮く。

 

 捕まった場合どんな非道な目に遭わされるのか──その事を極力想像しないようにして、俺は低空飛行して果てなき廊下を突き進んでいく。無論、五体満足で生還する事を切に望みながらである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖精メイドなどの住民に目撃されないよう気をつけながら、脱出口を求めて青年は紅魔館を探索する。その一方で館の主は青年が逃走した事にすぐには気付かず、銀髪のメイド少女がストップをかけるまで、その語りを虚無に向けて延々と続けていたという。

 




 

 ほん めいりん (何故か漢字変換できない)
 ↓ そうだ!
 くれない ☆ みすず デデ---ン!!


 あんまり本文を長くしたくないと常々思っているのですが、それでも長くなってしまうのが残念な所 語彙力の低さ故に同じワードを連発しちゃうし、言い回しとか「何か数行前に見たばかりだぞ?」となってしまうのが非常にツラいね

 ついに三点リーダーを習得したのを報告致します “てんてんてん”を変換すれば良いという簡単なことに、中々気付く事ができませんでした 

 なんでも最初の数話投稿時、••• ←これで三点リーダーを打ったつもりになっていた作者がいるらしい(懺悔)
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