──ふうむ、“紅魔館の運命を変える人物を見定める為に招待した”かあ。……果たして俺にそんな大層なことが可能なのだろうか? なんだか過剰に期待されてしまっている感が凄いような……
紅魔館の応接室にて。
こちらと対面に向かい合ってソファに座るレミリア・スカーレットから事の真相の説明を受けて、そんな疑念を持つ。何故俺が今までこれといった接点のないこの館に呼ばれたのか、成り行き自体はその説明で大方は把握出来た。だが、だからと言ってその内容にまですんなり納得出来たという訳ではない。
“運命を変える”って……
一般人に何を求めているのだろうか、この少女は。
その大仰に過ぎる言葉の響きには、全く現実感が伴っていない。『お前を吸い殺す為に招待したんだよ!』と宣言された方がまだ腑に落ちただろう。それが突然“運命”だなんて抽象的な概念を持ち出されると、こちらとしては『お、おう……』と微妙な反応をせざるを得ない。
“運命的な出逢い”とか、“宿命の対決”とか、そういった類の売り文句を全面に押し出したフィクション作品群は外の世界で掃いて捨てる程見かけてきた。
なんだったら俺自身も昔、『霊力を扱えるのは自分だけ』としょげていた所に同じく霊力を操る少女と出会えたその時は、特別信じてもいない“運命”というものに深く感謝したものだ──『少なくともこれに関して
しかし結局の所、全ては偶然の積み重ねでしかない。願ってもない幸運に恵まれた時を除いて、“運命”なんて言葉は人生を振り返って『そういえばあの時は……』と回想する際になって、やっと用いられるべき単語なのだ。
フィクション作品に関して言えば、そもそも脚本の人が“そうあれかし”と定めている訳で──色々とごちゃごちゃと述べたが
少なくとも、これまではそう認識して生きてきた。
吸血鬼の言う『将来の出来事を“糸”で操作できる』なんて自己申告は、自分からして見れば全くもって可笑しい“非常識”な戯言なのだ。
そして恐らく、そこに彼女はある種の価値を見出したのだろう。曰く、俺は『生まれて初めて遭遇した運命を手操れない人』らしい。……その事がどれほど貴重であるのかは、それこそ彼女自身にしか知りようがないのだが。
まあ、それが外の世界におけるツチノコ、スカイフィッシュレベルの物珍しさであるのなら、態々
──
そこそこな時間をかけて説明を口頭で行って、少々喉が渇いたのだろう。吸血鬼の少女が軽く手を持ち上げると、次の瞬間にはカップとソーサーの一組ずつが俺とレミリアの前に置かれていた。
ふと人の気配を感じて視界を横にずらすと、そこにはこちら側のカップに紅茶を淹れるメイドさんの姿があった。
なんとも言えない気分になりながら再び正面と向き合うと、相手側は既に注がれた紅茶の香りを楽しんでいる。
……“時間を操る程度の能力”を存分に活かした、相変わらずの早技だった。
「どうだ、これでお前も何故ここに呼ばれたのか、理解が及んだだろう? ……ちゃんと理解できたわよね? ほんと頼むわよ?」
「あ、ああ。大まかには把握した──しました」
ついついタメ口が出そうになるのを堪えて、発言を微調整する。
仮にも相手は大妖怪である。丁寧な言葉遣いと失礼のない態度で敬意を示さねば、そのご機嫌は斜めとなって、彼女と相対する自分の生存確率は甚だしく減少してしまうことだろう。
だから、彼女相手には最大限の礼を尽くす必要がある……んだよな?
館に入る前の段階では迷いなく断言できたその考えも、今となってはもう自信がない。威厳を感じさせる口調の後に付け加えられた落ち着きのない声には、一切の大妖怪らしさが無かったからである。
寧ろその姿はおどおどとしていて、隠し切れない不安が表出してしまっているようにも見受けられた。
──あの偉そうな口調は対客人用の作り物で、さっき垣間見た不安げな様子こそ彼女の素なのでは?
そんな確信が色濃くなっていく。
今の俺は初遭遇時と比べて、彼女に対する畏敬の念を限りなく薄めさせてしまっていた。……仕方ないだろう、聞いた話から軽くこれまでの経緯をまとめただけで、単に彼女が終始うっかりしていただけなのだと理解出来てしまうのだから。
ぶっちゃけその説明を受ける最中、『日頃からメイドさんに終始振り回されてるんだろうなー』としか考えていなかった。
本人は上手いこと要所要所をぼかして伝えているつもりなのかドヤ顔をあまり崩さないので、却ってその残念さが際立って見えてしまう。
「そうか。こちらの事情を無事理解したようでなにより。……して、返事はどうする? よもや、この私手ずからの勧誘に“NO”とは言うまいな?」
「『一旦紅魔館に身を置いてみて、自分達の運命の推移を観察してみる』、ですか」
「そうだ。勿論、“客人”という安全な立場を保証してやる上、衣食住もこちらが全て受け持つ。そちらとしても決して悪くない話だと思うのだが。──只の人間にはちょっときつい生活になるかもしれないけど」
なんかちょくちょく本音が漏れてんな……
悪質な契約書の隅に小さく書かれた
しかしその小さな呟きの本意を理解できぬ俺ではない。
思い返せばこの紅魔館、館の主、メイドさん、門番さん、フランドール、果てはメイド服の妖精達まで、皆全員が非常に整った顔立ちをしていたのである。
そしてその感想に『ただし俺からの視点に限る』という注釈付きがなされているのは、もはや語るまでもない。
世間一般からすると、この館の顔面偏差値は平均を大きく下回っているようにしか見えないのだ。
正常な感性の持ち主であるのならば、この場所は魑魅魍魎が跋扈しているようにさえ思えてくるのかもしれない。
つまり彼女が言わんとしている事は、『この誘いに乗れば暫く視覚的な苦しみに悶えることになるでしょうね』……そのあたりだろうか。
その事を伏せたまま返事を促してくるとはまさに悪魔の所業である。もし相手が俺でなければ、そいつは彼女達と連日コミュニケーションを迫られて少々苦しい思いをする羽目になったのかもしれない。
「……どうなの?」
レミリア・スカーレットは長考するこちらを見て、焦ったくなったのかそう問いかけてくる。
それを受けて一旦目の前にある紅茶をいただいて、リラックスして思考をまとめようとする。
──まず、眼前の吸血鬼が懸念している彼女達の
なまじ幻想郷で日銭を稼ぐ苦労を知っている手前、その
「……そういえば、“紅魔館の運命を変える人物を見定める”と言いましたけど、それはどれ程の期間を要するんですかね?」
徐々にその甘〜い勧誘に心が傾いて行く中、それは何の気なしに言い放った質問であった。
“数日間か、数週間か、あんまり長丁場になられると困るよなあ”と思いついてのことだったのだが、その疑問に吸血鬼は「あー、そうねえ」となんでもない様子をしながら、驚愕の返答を返した。
「なにぶん“運命が全く見えない”なんて前例のないことだし、少し気合を入れて観察したいから……そうだな、こちらの希望としては大体
「……は? ごじゅうねん?」
一ヶ月程度かな? と当たりをつけていた所に予想外過ぎる期間をぶつけられて、耳から入って来たその情報に一瞬脳が拒否反応を起こしてしまっていた。
──五十年ってアホか。それが終わったら俺いい歳したお爺ちゃんになってるじゃねーか。
流石にそれまでずっとこの館に拘束される訳にはいかない。有り得なさ過ぎる。
「も、もっと期間を縮められたりとか……」
「それは難しい相談だ。少なくとも私の興味が尽きるその時までは、ずっと手元に置いておきたいからな。なんならもう十年追加したいくらい」
あっけらかんとした口調で話す少女の様子に、俺は眩暈を感じる。
こうも平然と『一生を捧げろ』と言ってくるとは想像だにしていなかった──これは、人間と吸血鬼の時間感覚の差が如実に現れた形、なのだろうか。
いずれにせよ、彼女の勧誘に返す言葉はこれで決まったようなものである。危ない危ない、すっかりその甘言に流されて頭を縦に振るところだった。
「お断りします」
「……何?」
「その勧誘は受け入れないってことです。とてもじゃないですけど、五十年とか長過ぎますし現実的な話だと思えませんから」
そうきっぱりと拒否の意を伝えると、吸血鬼の少女は慌てた様子で話し始めた。
「で、では、五十年ではなく四十五年というのはどうだろうか?」
それは『数年期間を減らすから、この話に乗ってくれるよね?』という提案であった。なるほど五年も短縮させたのなら、その譲歩に敬意を表してこの話に乗らないと失礼だ──て、んな訳あるかい。
渋い顔をして、その不満を相手に訴える。
「ぐっ、わ、判った。四十四──いや四十三年で手を打とうじゃないか。流石にこれ以上短くするのはちょっと……」
「
──ははあ、こいつ全然分かってないな? 前提として、まず俺は“年”の単位が出てきたことに驚いているというのに。
四十三年後にもなれば俺はもう立派な還暦である。全然お話にならない。人並みの寿命を持たない吸血鬼というものは、やはりそこら辺の気の回りが疎かになりがちなのだろう──時間に対する認識の違いに脱力して、苦い笑みが溢れてきてしまう。
それを見て交渉決裂の空気を鋭く察知したらしく、レミリアは更に慌てた様子を見せた。
「ね、ねえ、せめて、せめてなんで私の能力の影響がお前に及ばないのかは今知っておきたいのよ。ホントに過去にない初めての事なのだし……何か心当たりはないの? なんかあるでしょ、ねえ」
「心当たりは……まあ正直ありますけど」
「それ! それを知るまで、この部屋から絶対にお前を逃がさないからな」
動揺するあまり遂に口調が乱れ始めた紅い吸血鬼は、俺の答えに眼を輝かせた。
……“なんで私の能力の影響がお前に及ばないのか”、か。
そのことは以前スキマ妖怪から“下手に打ち明かすと変なの呼び寄せるからやめておけ”(意訳)と言い含まれていたので本来秘しておくべきなのだが、こうもキラキラとした好奇に満ちた視線を向けられては何も感じない訳がない。
いやその“変なの”ってまさしくこの吸血鬼のことなんじゃないの? と半ば確信に至りながら、彼女にその事を言うべきかどうかの判断に悩み、目の前のテーブルに置かれたティーカップに再び手を伸ばすことで時間を稼ぐ。
──あ〜、美味いなぁこの紅茶。お土産に貰えないかなぁ。
なんて抵抗も虚しく、あっという間にカップは空になった。おかわり、は無い。吸血鬼の背後に控える銀髪のメイドさんは澄ました顔で、俺ら二人の会話をただ聞いているのみ。
少なくとも、この交渉の場が決着を迎えるまではそこから動くつもりはなさそうだ。
尤もあのメイドさんは吸血鬼の従者なので、主人に肩入れするのは当たり前のことである。ああして俺のサービスを求める視線を敢えて無視しているあたり、時間稼ぎを認めず『今すぐ秘密を白状しろ』と言外に主張しているも同義だった。
不味い、この場に味方が居ない──紅魔館という場所自体が完全アウェーなので仕方のないのだが、この場に頼れるものが自分だけという状況は、やはり厳しいものがあった。
──果たして俺は言うべきなのだろうか。レミリア・スカーレットの『運命を操る程度の能力』を影響を受け付けない、その理由を。
率直に言えば、この『常識に囚われる程度の能力』のことを彼女に教えたくはない。何故ならば、さっき述べた通り八雲紫によって口止めされているからである。
より詳細にあいつの言葉を思い出すなら──そう、確か“能力のことは秘密にしてなさい。この幻想郷には貴方を利用してやろうと企む連中が沢山いるから”──だったか。
あのきな臭い妖怪の言い分をまるっきり鵜呑みにする訳ではないが、少なくともこれに関しては完全に同意している。
その昔、美醜感覚のズレによって危うく集団から孤立しかけたこと然り。
今こうして自分の特異な能力によって吸血鬼の興味を惹いたこと然り。
経験則として、“何かしら特殊な性質を帯びてしまうと、否応もなく要らぬ苦労が身に降りかかるようになる”、そう俺は固く信じているのだ。現にそうなっているわけだし。
苦労はしたくない。『苦労は買ってでもしろ』とはよく聞くが、それはその後のメリットが見込まれる場合に限った話であり、はたして自身の異常性を無闇に周知させる事のどこにメリットが存在しようか。
故にそれなりの期間を幻想郷で暮らす中で、俺の能力について他者に話したことは殆どない。
知っているのは能力の名付け親となった八雲紫、その場に居合わせていた博麗霊夢、そして先程『もう死ぬから』とヤケになってぶちまけた先のフランドール。その三名のみである。
そこから更に知っている者の数を増やして、苦労や災難が降りかかってくるリスクを上げさせる? 全く、冗談ではない。
決めた。
やはり、レミリア・スカーレットには俺の能力のことは教えない。
“白状するまでこの応接室から出してやらない”と脅されているのが厄介であるが、それも長くは保たないだろう。
恐らく眼前の少女の手にかかれば俺なんぞ瞬で殺せるのだろうが、彼女の好奇心が満たされない限り──つまり俺がどうして“運命を操る程度の能力”が効かないのかの原因を明かさない限り、その好奇心の強さ故に逆にこちらの命は無事を保証されているようなものなのだ。多分だけど。
万が一危害を加えられそうになったら、『霊夢とダチなんだぜ?』とでも言えば思い止まってくれる筈である。
今まですっかり忘れていたが、“霊夢とレミリアは割と仲の良い知り合いである”とここに来る前に博麗神社で本人から聞いていたことだし。
頼みの綱が“歳下の女の子の名前を出すこと”という非常に情けない事実を再認識し、勝手に少なくない精神的ダメージを負いつつ。先方に『その心当たりについて貴女に打ち明けるつもりはないです』と意思表示をしようとした、その瞬間。
「あら、そんなにはしたなく目を輝かせてまで彼について知りたいの? お姉サマ?」
対面する吸血鬼からではない予想外の方向から、聞き覚えのある少々不安定な声色が聞こえて来た。
応接室の扉を音もなく開けて、先程地下室で別れたばかりのもう一人の幼き吸血鬼の姿がそこに現れる。
「だったら、教えてあげる。──あんたと違って、シントは自分からソレを打ち明けてくれたのよ? 私だけにね」
これまで無表情であったメイドさんは一転意外そうな表情で「まぁ」と手を口に当て、その主はまるで理解が追いついていないかのように全身を硬直させた。
彼女二人の視線の先にあるものは、自ら進んでずっと地下に閉じ籠っていた少女が、今日紅魔館にやって来たばかりの人間の男の座るソファに歩み寄り、後ろから両手を伸ばして男の首に親しげに回す、そんな奇妙極まる光景。
「“常識に囚われる程度の能力”──って言うらしいわよ?」
「お、おい、なんで……」
ふわりと突然後ろから抱きしめられる感触と、あっさり秘密がバラされてしまったこととで酷く狼狽し、動揺してしまう。
いや、確かに彼女には程度の能力のことも、美醜感覚逆転のことも話してしまっている。では、それらのことを『黙っててあげる』と約束してくれた地下室でのあのやり取りは一体何だったのか?
見返りなしで約束してくれるその姿に、俺は純白の天使を幻視していたのだが──
その短い問いかけを受け、フランドール・スカーレットは顔をこちらの耳に寄せてぽしょりとこう囁いた。
「ん〜? 約束したのは
「アッハイ、全然違わないです……」
向こうに聞こえないように、もし聞かれたとしてもあべこべの事とは分からないよう配慮されたその小声に、全身全霊で降参する。
約束の無効──即ち“いつでもお前の異常な感性を暴露出来るぞ”と脅迫されれば、俺は彼女の意思に言い諾々と従うより他の道はない。
「そ、ところでこの場を収める良い提案があるんだけど、アレをばらされたくなかったら──どうすれば良いか、判るわよね?」
「はい……」
コクコクと首を縦に振ると、少女は満面の笑みを浮かべた。その表情は人を恐喝したばかりのものであるとはとても見えなかった。
あれ、これ純白の天使じゃなくて漆黒の悪魔じゃね?
そりゃそうか、彼女の種族は押しも押されもせぬ吸血鬼なのだ。天使と呼ぶよりは悪魔と呼ぶ方が圧倒的に道理であろう。
丁度姉は“
乾いた笑みを浮かべながら、フランドールの言う“良い提案”に耳を傾ける。
もはや現在の俺はそれに全部乗っかる勢いであった。何も考えていないだけ、とも言う。
対して、急に現れて「こんなのはどう?」と話し始めた妹に、姉は何を思っているのだろうか。
少なくとも完全に会話の主導権を奪われて、「そ、そうね、それでいいんじゃないかしら」と押されまくって頷くだけのその姿には、何かを考えている様子は全く伺えなかった。
メイドさんの方も、特に口を挟むこともなく。
そのまま暫く、この部屋にはフランドールによる独壇場が繰り広げられた。
そしてその場に彼女の発言内容に反対する者が誰もいなかったが為に、その提案は丸っと採用され──以降、俺が紅魔館へと定期的に足を運ぶことが取り決められたのであった。
フランドール・スカーレットはアレ──美醜感覚の逆転を打ち明けた唯一の存在な訳なのだが、生まれて初めてこの秘密を共有する仲間ができて嬉しい反面、こうも思う。
共有する相手を間違えたな、と。
だってそれをネタに脅迫されたらどんな事を要求されても断れねえんだもん、酷くね?
フランちゃんが真面目ぶるほど、レミリアのキャラが自由になっていくという予定調和 カリスマってなんでしたっけ? その概念ごと程度の能力で破壊された可能性があるかもしれません(適当)
つまり”カリスマブレイクするレミリア”と言う概念を破壊すれば、そこに永遠にカリスマなおぜう様が誕生することになる…?(目ん玉グルグル)