すぐ後ろからガタゴトと、荷車に積み重なった角材達の奏でる音が聞こえてくる。周りには涼やかな雑木林が広がっており、そよ風に揺れる木々のざわめきが耳に快い。
森林浴効果というヤツだろうか? 『仕事を放っぽり出して、このままゆったりとしていたい』とつい魔が差してしまいそうになる。
……いくらこの辺一体を餌場としていた付喪神な妖怪少女と交渉済みだからとは言え、今の自分は少々気が緩み過ぎているのかもしれない。
だいぶこの往復作業に
これらの木材は後で、まるっと全部自分の家の一部となるのだから尚のこと。
「よいしょ…っとぉ!!」
気持ち繊細に力を込め、最近人の手が加わり始めた林道に荷車の輪で
確かな質量に裏付けされた、結構な手応えが取っ手を通して俺に伝わってくる。この重さは成人男性の力を持ってしても手に余るだろう──しかし自分で言うのも何だが、伊達に藤見屋は運送業を生業としてはいなかった。滴る一雫の汗を拭って、グイグイと先を目指して押し進める。
この雑木林も、大して広くないことは下見をしに来た時点で既に分かっている。目的地に到達するのに然程時間は要さなかった。
雑木林を抜けるとそこは愛しの我が家であった。
まだ建築中なんだけど。
人間の里の最東端に位置する此処は、ちょうど地理的に博麗神社を挟む為か人間を害する木端妖怪の類が出没する前例が少ない。
万が一手に負えない化け物がお出ましになったとしても、“人妖平等”を掲げるご近所の寺に駆け込みすれば問題ない。博麗神社への行き易さも相まって、まさにこの場所は利便性と安全性を兼ね備えた俺にとってのベストプレイスだと断言できよう。
夢のマイホームを建てる場所として此処に目をつけた、過去の自分を褒めちぎりたいところである。
まあ、栄えている里の中心部とは離れていてお買い物に行くのがややだるくなるであろう事や、場所が外れもいいとこなので仕事の依頼をしに来る者の数が自然と減少するであろう事など、曲がりなりにも里の内部に位置していた現行のオンボロ長屋と比較すると多少のデメリットは少なからず挙げられる。
しかしそれも仕方ない事だと割り切った。
そんな辺鄙な場所であるからこそ低価格でこの土地を譲って貰えたのだと分かっているし、依頼量の減少についても正味最近は噂で名が売れ過ぎた所為もあってかキャパオーバー気味であったので、それはそれで良しと判断したからだ。
前方から、トンテンカンと金槌が釘を打つ甲高い物音や、大工達による男臭い気合の入った掛け声が聞こえてくる。……此処はつい数日前までやれ『地盤調査がまだ終わってない』だのと更地のままであったと言うのに、現在ではお早いことに地上階の部分は既に完成済みであるように見て取れた。
この工事の責任者である親方から聞いた話によれば、『基礎から整え直す必要があるだろうから竣工は当分先になる』という話であったのに──
まさか手抜き工事ではあるまいな?
あまりの急ピッチな仕上がりようにちょっぴり疑念を抱きながら、荷車を引き彼らへと近づいて行く。『里一番のベテラン建築集団』という評判は嘘であったのか、それとも真であるが故にこんなスピード建築なのか、素人目では判別が難しいのがツラいところであった。
『基礎工事とか経るべき過程をすっ飛ばしてやしませんか』と将来の家主として問い質しておきたい気もするが……まさか本当に手を抜いている訳ではあるまい、と楽観視しておこう。
客との信頼関係を損なおうものならたちまち“干される”事になるのは、人里に於ける暗黙の了解である事だし。
捻出する費用を少しでも抑える為とお手伝いを願い出た今の俺に出来ること言えば、声を張り上げて職人達に建材の到着を知らせるのみである。
「今日の分の資材、全て持ってきましたー! いつもの場所に置いておきますよー!」
その言葉に「応!」といくつか野太い返事が返って来たのを確認して、俺は仮の資材置き場として定められた敷地の脇に行って積荷を下ろす。
ふと横を見てみると、荒れ果てた庭がある。家が完成してからはまず第一に、長年放置されていたというこの場を整える事から始めねば……そう思うと気が重くなった。しかし結局のところ、此処も仮の拠点なのだから、日常生活の邪魔にならない程度に手入れすれば良いかと思い直す。
そうして、振り返って竣工を間近に迎えた我が家を視界に収める。
いつも通りに人里で依頼をこなして、迷いの竹林にお邪魔して、紅魔館に通っていれば、この未完成な一軒家もいつの間にやらといった調子で完成している筈である。
何気なくの思いつきで始まった“住み良いマイホームを持つ”という小目的も終わりが見えてきている。
そろそろ本腰を入れて本命たる大目標、“外の世界への帰還”に向かって邁進する時分なのだろう。
という訳で。
俺は博麗神社の境内にて、霊夢に頼んで都合十何度目かの大結界越えを敢行した。神秘的に
普通であれば、外の世界から迷い込んだ外来人はその空間にあってただ単に前へと進み行くだけで幻想郷から抜け出せるらしいのだが──残念ながら、俺にその“普通”は適用されない。
何故ならば、博麗大結界と規模を同じくする八雲紫の敷く“常識と非常識の境界”が、俺のことを『外の世界に於いて忘れ去られてしまった存在』と誤認して引き寄せてしまっているからだ。
外の世界で趣味にしていた心霊スポット巡りが、こんな形で牙を剥いてくるとは思わなかった。たったそれだけで自身の存在が“幻想寄り”になるとか誰が想像出来ようか。『神隠しの森』というネットの噂に惹かれ物理的に幻想郷に近づいてしまった事も考えると、もっとインドア寄りの落ち着いた趣味を持つべきだったのかもしれない。
もっとも、それは今となってはどうしようも無い無意味な仮定である。生まれ持った霊力を扱える体質と、中学高校と非現実じみた人物と関わってきた自分の経歴を加味すれば、オカルト趣味に傾倒することになったのは極々自然な成り行きなのだから。
──なんてことを尤もらしい顔をしながら思考していると、自分が博麗神社の鳥居前に立ち尽くしていることに気がついた。
博麗大結界越え、その失敗数はこれで何度目になるのだろうか? 準備してくれる霊夢も当事者たる俺も一々カウントしてないものだから、それに対して答えを出してくれる者はこの世でもあの世でも存在し得ない。
……そろそろ『ワンチャン結界越えられるで!』と籤運感覚で試すのをやめてもいい頃合いなのかもしれない。
せめて何か、確固たる自信や根拠などがあれば話は別なのだが。
「お、戻ったな。霊夢〜、もうコレ食べてもいいよな? 藤宮も戻って来たことだし」
「ちょっと待ってよ、まだ湯が沸いてないから──」
わちゃわちゃと、そんな二人の少女の掛け合いが聞こえてきたので思考を中断させた。割と
「おーい、ちゃんと湯呑みは人数分用意してるよな? 俺だけ無しなんて事は──」
どうせ茶葉もお茶請けも自分が持ち込んだ物なのである。日ごろ博麗の御札を融通してくれたり、望み薄なのに大結界越えの準備をしてくれる霊夢への感謝の印として渡した品々であるのだが、今開けるのなら是非ともご相伴に預かりたい。
紅白巫女と白黒の魔法使いに呼びかけながら、俺も博麗神社の母屋にお邪魔することに決める。
俺と霊夢と魔理沙の三人で卓を囲み湯呑み片手にゆったりとしていれば、自然と各自が思い思いの会話を始めるものである。
実際彼女達には既に、俺が紅魔館に定期的に訪れるようになったことは話のネタとして伝えてあった。
それに加え、人間の里の自警団からこれこれこういう要望がありましたよ、とも伝えている。
本日の話題は、魔理沙の『そういえばなんでお前は外の世界に帰れないんだ?』という今更な疑問に始まった。
それを受けて『そういえば彼女には具体的な理由は伝えてなかったな』と思い、簡潔に経緯を説明する。
その間、その時ちょうど現場に居合わせた為に、ある程度の事情を知っている霊夢は退屈そうにして茶菓子を頬張っていた。
「はあー、『常識に囚われる程度の能力』ねえ。その所為で博麗大結界を越えることが出来ない、と」
分かったような分かってないような微妙な相槌と共に、白黒の魔法少女はお茶に口をつける。
いや、その如何にも『OK、OK。完全に理解出来たわー』みたいな表情からして、よく分かってない説の方が濃厚と見た。
……正直なところ、そこら辺は自分でも完璧に把握出来ていると言えないので、他人の理解のほどについてとやかく指摘する権利は俺に無い。
幻想郷に暮らし始めてそこそこ経った現在でも、どうして『幻想郷の常識を身につける事』が『外の世界に帰る事』に繋がるのか──その理屈は未だに判然としていないのだ。
それをハッキリさせるべくスキマ妖怪とコンタクトを取ろうにも、藍さん曰く『非常にお忙しい』らしく中々その機会に恵まれない。
『中途半端な常識を捨てなさい』
『なるべく広くこの“妖怪たちの楽園”に住む者たちと交流を深めるのよ──それが巡り巡って貴方の未来を切り開いてくれるでしょう』
幻想入りして間もない俺に向けて、あいつはそんな事を言っていた。
その言の葉の真意は一体何処にあるのだろうか?
しかし詰まるところ、八雲紫の『境界を操る程度の能力』の効力を俺が受け入れるようになれば万事解決の筈である。
俺という存在の“現実”と“幻想”の境界を操ることさえ叶えば、博麗大結界の穴の中で“常識と非常識の境界”に『こいつは……幻想側じゃな?』などと誤った判断をされて引き戻されることもなくなるのだから。
……となると必然、問題の焦点は俺の持つ“常識”にある訳で──
渋い顔でそう考え込んでいると、小さなちゃぶ台の向こう側でふと気がついたように魔理沙は声を上げる。
「なあ、お前の能力は“自分の常識にない事象の影響を受けなくなる”ってやつだったよな? でも、自分の常識にない事象であれば“必ず”無効化出来る便利な代物という訳でもなく、何かしらの制限が存在している──そうだろ?」
「ん? ああ、そうだな。最近だと十六夜さんの『時間を操る程度の能力』の影響はガッツリ受けた。ルーミアって人喰い妖怪の『闇を操る程度の能力』も確かそうだった。どっちも俺の常識にない能力、いや現象だったな」
「──ぷぷっ。い、いざよいサン……」
何故だか話の腰を折るように突然笑い出した少女に抗議の視線を向けると、「いやー、すまんすまん」と軽く詫びられた。……いや何故笑ったし。
「ま、なんだ。ズバリ私が言いたかった事は、『“常識に囚われる程度の能力”についてもっと深く掘り下げてみたい』ってとこだな。お前も気にならないか? 自分のことなんだぜ?」
魔理沙が思いつきで発言してきたその内容は、奇しくも俺が紅魔館を始めて訪れたあの日、応接室に唐突に現れた狂気の少女が言い放った“二つの要求”のうち一つと同様の意味合いを含んでいた。
「……前に、フランドールにも同じようなことを言われたよ。確か、『アナタの能力が適用される範囲を
まあ、そもそも大図書館とかいう場所への行き方を知らないし、美鈴さんとの組手とフランドールへの献血で疲労困憊になってしまうので『実際に行ってみよう』とさえ今まで考えていなかったのだが……
これは、良い機会なのかもしれない。
『常識に囚われる程度の能力』が外界への帰還を阻害している、現状そう言い表しても過言ではないのだ。そんな自分の能力の詳細がその『ぐーたら魔女』とやらの手で明らかになれば、転じて外の世界に帰る為の何かしらの助けになる可能性もある。
ともあれ、善は急げとの諺もある事だし。
「ふふ、『ぐーたら魔女』って……あながち間違いでもないな」と何やら再びツボに
「もう出るの? 茶菓子はまだ半分も残ってるわよ」
「せっかく用意してくれたところ悪いけど、な。残りは仲良く二人で分け合ってくれ」
「そう、判ったわ」
言葉の少ない簡潔なやり取りを済ませて、霧の湖方面へと飛び立つべく縁側の方へと移動を開始する。
『今日は紅魔館を訪れる予定にない日であるが、少なくともフランドールと美鈴さんは歓迎してくれる筈』『大図書館への道のりは十六夜さんの案内を頼りにするべきか』などと歩きながら考えをまとめていると、俺の真後ろに一人分の足音がついてきている事に気がついた。
首を後方に回してみると、そこには
「──なにしてんの?」
「そういえば最近あそこには顔出ししてなかったからな。あいつも寂しく思ってるだろうと、今から気を利かせる事にした訳だ」
「……大図書館まで俺について行くつもりだってことか?」
「ま、そういうことだ。──ああでも、最後まで付き合うつもりはないぜ。ちょっと本を“借り”たらすぐに帰るつもりだからな」
「そうか」
先程までの彼女の様子を見た限り、どうやら魔理沙は大図書館の『ぐーたら魔女』と面識があり、しかもそれなりに親しい間柄であるように窺えた。思えば彼女もまた魔法使いな少女、つまりは魔女である。二人は気心知れた魔女仲間、なんて線もあり得る訳だ。
「じゃ、大図書館までの道案内、宜しく頼む」
「おう、大船に乗ったつもりでいてくれよな!」
胸を張ったこの宣言、なんと頼もしい事であろうか。これならば『ぐーたら魔女』との交渉もきっと上手くいくに違いない。
俺と魔理沙、二人して境内に辿り着くと同時に空へと飛ぶ。目指す方角は当然紅魔館方面である。『外の世界へ帰るのに役立つ何かが見つかるかも』と期待に胸を膨らませながら、俺は白黒の少女の後を追従するのであった。
その場に一人残された博麗の巫女は、昼寝してたあうんちゃんを叩き起こして引き続き茶菓子に舌鼓を打ったのでした めでたしめでたし
字数はそこそこなれど、色々と神経質に描写面で気を使う回となりました 設定を練りすぎるとどうなるか皆さん分かります? そう、一目でわかるあべこべ要素が失われてしまうんですよね タイトル詐欺もいいとこですわ