博麗神社から飛び立ち、フランドールの言う『ぐーたら魔女』との邂逅を果たすべくして、俺は紅魔館へと頭を向けて空を飛ぶ。
その前方で同じく空駆けるは我が同行人。
箒に腰を下ろし意気揚々と風を切る、黒と白のコテコテな魔女っ子衣装を堂々と着こなす金髪の美少女、霧雨魔理沙である。
お目当ての人物とそれなりに親しいらしき彼女の案内を頼りにして、ぐーたら魔女の居る場所へと辿り着こう──そういう魂胆な訳だ。
ちなみに、俺が過去紅魔館を訪れた回数は両手でギリ数え切れる程度であり、目的の場所である“大図書館”とやらには一度もお目にかかった事が無い。少なくとも、妖精メイドとの命懸け(当時の自分はそう信じて疑わなかった)の隠れんぼで館中を巡った際は、それらしき施設は確認できなかった。
つまり、俺はその存在をただ人伝てに聞くのみであり、それが具体的に紅魔館の何処に位置しているのかはさっぱりなのである。
そんな無知な自分とは対照的に、眼前を飛ぶ魔法少女は日常的にそこでよく本を借りているという。
それ即ち大図書館が本の貸し出し業務を行なっている事の証左に他ならない訳であるのだが、実際それは同じ魔女のよしみという理由で融通されているだけなのだろうか? それともその門戸は広く開かれているのだろうか?
薄紫の薬売りの噂をきっかけにして仕事に忙しくなる以前は、暇潰しが高じて読書家を気取っていたが為に少々気になっていた。
早い話、『俺にも本の貸し出しをしてくれないかなあ』というふと湧いて出た願望だった。霧深い湖の畔にひっそりと佇む洋館、そこには幾多の蔵書を収めた秘密の図書館があって──だなんて、伝奇小説の導入としては中々どうして悪くない出来ではないか。これからその実地に赴けると思うだけで、どうしても僅かばかりの子供心が浮き立ってしまう。
だがまあしかし、残念ながらこの願望は今回の本義ではない。『“常識に囚われる程度の能力”についてもっと深く知る』、これが大本命であるからして。まずはそこを第一の指針として行動するべきであろう。
思い返してみれば、レミリア・スカーレットはそのぐーたら魔女の手を借りて“運命を操る程度の能力”を十全に扱えるようになった、というような主旨の発言をしていた。その上、フランドールからは能力の解明にあたって『ぐーたら魔女を頼ってね』との助言を受けている。
あの色々と傍若無人で勝手気ままな吸血鬼姉妹が口を揃えて、そのぐーたら魔女と程度の能力を関連させて言及していた。加えてその魔女に対して高い評価を下していた、ようにも思える。
となれば俄然気になってくる。
ぐーたら魔女とは、一体どんな人物なのだろう?
飛翔するスピードを少し上げて、魔理沙の真横を位置取って宙を並走する。その動きに気付いた彼女は視線をこちらに向けた。
「なあ。一応顔を合わせる前に知っておきたいんだが、大図書館に居る“魔女”ってのはどんな人物なんだ?」
「ん? ん〜、どんな人物って聞かれてもなー。質問が漠然とし過ぎてて答えようがないぜ」
困ったように眉を顰めた少女はそう返してくる。そりゃそうか。確かに性急な問いかけだったのかもしれない。
間をとって考え込み、自分が知りたい事を正しく伝えるべく言葉を練り上げる。
「訊きたいのは、もしその魔女の前でやったらいけない事、禁句とかがあるのであれば是非教えてほしいってことかな。これからモノを頼むって相手を前に機嫌を損ねてしまうような真似は、なるべく避けたい。後はそいつの大まかな
「……いの一番に気にかける事がそれって──なんか疲れる考え方してるんだな、藤宮は」
すぐには質問に答えず、つい本音がポツリと溢れてしまったような調子で話す魔理沙に俺は当惑する。
いや別に、円滑なコミュニケーションを進める上では先方の機嫌を伺う事が効果的だと思っているだけであり、それで『疲れる考え方』をしていると見做されるのは心外なのだが──自由奔放な彼女からして見ると、この考え方も然も息苦しいものように感じられるのだろうか?
何故だか、首根っこを見知らぬ誰かに掴まれたかような気分になった。
なんと答えて良いものか分からずに沈黙したままでいると、「ま、あんまり深く気にすんなよ」とお気楽な声をかけられる。
……まったく、そちらで勝手に問題提起しておいてそのまま放り出すとは、無いわー。
抗議の眼差しをぶつけてみても、白黒の魔法使いはどこ吹く風といった様子である。しかしそれでも俺の質問には答えるつもりようで、近づいて来る霧の湖を前方にして口を開く。
「お前が気にしてるような事は多分ないと思う。性格に関しては……少しばかり気の短い性分があるからそこに注意が必要だな。実際この前ちょっと本を借りただけなのに、弾幕打ちながら『本を返しなさい!』って催促してきた事もあったんだぜ?」
「喘息持ちなのに元気だよなぁ」としみじみと語り始める彼女に一旦気を取り直し、脳内のメモ帳にその情報を書き連ねていく。
えーと、その『ぐーたら魔女』は短気で、喘息持ちで、なおかつ自分で本を貸し出しておきながらすぐに返せと要求するあたり、言動が一致していないというか、それか記憶力に難があるというか、若しくは最悪思考回路が尋常ではなくイカれている可能性すらある、と。頭の中でそう書き記す。
自然とイメージされるのは黒いローブに怪しい装いをした老婆の姿で、枯れ木のような身体を激して唾を飛ばしながら猛スピードで此方に駆け寄って来る恐ろしい光景である。
え、そんなやつを頼りにすんの? 普通に嫌なんだけど。
「そ、そいつの風貌はどうなんだ?」
それは、自分が作り出した妄想に過ぎない。少なくとも真っ当に会話出来る良心的な存在の筈だ──半ば切に願いながらせめて外見の情報を得、安心出来る材料を揃えてみようと聞いてみる。
「……あいつの見た目、かー」
しかし、何やら難しい顔をして唸り始めた魔法使い。その様が俺の最悪な想像を肯定しているように思えてきて、知らずのうちに固唾を飲む。
その悩んでいる様子は長く続かないうちに終わる。すると何故だか魔理沙は吹っ切れたような顔になっている。
「──ふっ、私や霊夢と仲良く出来てる時点でそれは杞憂だな」
そうして一人納得した様子の少女はスピードを上げて、遠目に見えて来た紅い館へとすっ飛んで行く。
ぽつん、とその場に俺を置き去りにしたまま。
「いやいやいや、質問に答えてくれよ!? なんか不安になってくるだろうが!?」
慌てて追い縋ろうとしたのだが、どうやら彼女はトップスピードで飛行する術に長けているらしく、いくら俺が速度を上げてみてもその小さな背中に追いつく事は出来ない。結局、合流できたのは紅魔館の正門の前に辿り着いてからの事だった。
「ほら、少し手狭だが後ろに乗ってくれ。そして警告しておくが何があっても箒から手を離すなよ? 怪我するかもだからな」
「……? おう、わかった。絶対に離さない」
さて、繰り返すようであるが、俺が過去紅魔館を訪れた回数は両手でギリ数え切れる程度である。
そのいずれに於いても予め俺がここにお邪魔する事を紅魔館の主要な面々は事前に把握しており、特に門番であり体術の師でもある美鈴さんとメイド長である十六夜さんは当日の夕刻になると出迎える準備をしてくれていて、俺が正門前にやって来ると美少女な二人が並んでお出迎えしてくれる──というのがいつもの光景だった。
それに倣えばそのあと客室に行って用意されている執事服に袖を通し、稽古をつけてもらうべく美鈴さんのもとに通って──となる所であるのだが、しかし今回の訪問は予定されたものではなく、その為に彼女達が俺の到来を知る術は無い。
レミリアもフランドールもまだ棺の中で眠りについている頃合い。そういえばこんな日が高い時間帯に紅魔館を訪れるのは初めてだなぁ、と今更ながらにして気がつく。
「いくぜ! 彗星『ブレイジングスター』!!」
……まあ、こんな大きな破壊音が鳴り響けば、あの吸血鬼姉妹も叩き起こされていそうではある。
正門と、そこで昼寝をしていた門番を瞬く間に通過して。
俺と魔理沙を乗せ眩いほどの魔力を纏った箒が、紅魔館の大扉を轟音と共に破壊する様を間近に──それはもう間近に見て、内心でぼやくようにそう呟く。
こんなに勢いよく物と衝突してしまえば、この箒にかかる反動も相当なものになる筈だ。恐らくポッキリ折れる程度では済まされないだろう。
加えて、それにただ腰掛けているだけの人間二人も無事で済む訳がない。常識、と言うよりは物理法則に照らし合わせて考えると、ハイウェイでの運転事故よろしく投げ飛ばされて普通にお陀仏な筈なのである。
しかし、現状そうはなっていない。
確かに扉に激突する寸前は『アホかこいつ死ぬわ俺ら!』と狼狽えたのだけれども、今では何事も起こっていなかったように悠々と紅魔館の長廊下を突き進んでいる。
なるほど。これが魔法、これがスペルカード。
俺のちんけな霊力の弾丸とは格が違う“本物”を疑似体験が出来たようでちょっとだけ興奮していたりするのだが、その前に、このハチャメチャな魔法使いには一つ訊かないといけない事がある。
箒から降り再び並行して飛びながら、俺は少女に疑問を投げる。
「なあ、こんな滅茶苦茶な訪問の仕方って“アリ”なのか? 今にも十六夜さんに咎められそうで怖いんだが。……意外と今のやり方がこの館のスタンダードだったりするのか?」
常識的に考えれば、先程の行動は“ナシよりのナシ”だ。が、此処は従来の常識が通じない非常識な幻想郷で、なおかつ現代ではすっかりフィクションな存在である吸血鬼が治める館なのである。
ともすれば、さっきのド派手なアクションシーンが日常茶飯事である可能性も、頭ごなしに否定することは出来ない。
魔理沙は平常と変わらぬ様子で、快活に笑って答えてみせる。
「まあまあそう心配すんなって。なんたって、ここにはいつもさっきと似たような手口でお邪魔してるんだぜ? (上手く逃げ切れたら)怒られる事なんてあり得ないな」
「……ならいいんだが」
人間の里ならばいざ知らず、紅魔館での過ごし方には向こうに一日の長がある。なので俺は彼女のその発言を信じることにした。
──でもなー。破壊された扉を見た美鈴さんが頭を抱えている光景がありありと目に浮かび上がってきてるんだよなー。
なんとも言えない微妙な気分になりながらもそれを飲み込んで、道に迷わず突き進んでいく魔法少女の後ろ姿を追う。
何はともあれ、目的地である大図書館には問題なく(?)辿り着けそうだった。その主であるらしい『ぐーたら魔女』──前情報からでは真っ当な人物像が思い描けないそいつは、実際どういった人物なのだろうか?
率直に言えば、不安でいっぱいだ。
••••••
これは白黒の魔法使いと元外来人の青年の二人組が、紅魔館に無断で侵入してくるその前日のこと。
場所は紅魔館が誇る知識の貯蔵庫、大図書館。普段は幾多の書物が小高い山を作るテーブル群、そのうちの一つを片付けて、そこに優雅なお茶会を催したのである。
卓上には品のある装飾の施された小皿が複数並べられており、その上にはお洒落なトッピングで仕上げられた洋菓子が所狭しと乗っていた。
「あ、そういえば──」
メイド長お手製のショートケーキをその小さな口に運びしっかりと嚥下したレミリアは、目の前の友人に『紅魔館はとある青年を客人として正式に招き入れるようになった』と伝えるつもりであった事を急に思い出した。……うっかり忘れていたのだ。
彼を大層気に入った様子の妹からは、その存在をパチュリーに伝え“常識に囚われる程度の能力”の仔細を調べるよう要求されている。
その為、フランドールが彼女のそのうっかりを知ればカチンと来ること間違い無しであるのだが──
……ずっとこの場に篭って本の虫をしているものだから、このうっかりも仕方ない仕方ない──レミリアは持ち前のお気楽さを発揮して、自分の失態を忘れる事にした。
どうせ、彼が此処を訪れる前に知らせさえすれば大差ないのである。
「実はね、パチェには少し頼みたいことがあるの」
最近、とある人間の男が紅魔館を出入りするようになっていて、特にフランドールと美鈴はその青年に対して非常に心を許している様子であること。
そして、そんな彼は物珍しい能力を持っていて、その解析にパチュリーの手を借りたい──といったことをレミリアはパチュリーに話した。
吸血鬼の少女がそうしている間、魔女は興味深そうに耳を傾けていた。それを見たレミリアは、彼女が自分の話をしっかりと理解していると思っていたのだが、
大まかなあらましを話し終えた時、レミリアは何故だか友人の此方を見る目が不憫なものを見る目に変化している事に気がついた。
「……レミィにしては中々凝った作り話じゃない。これまで長いこと付き合ってきたけど、貴女にそういう
パチュリーは、その話を容姿に恵まれない友人が作り出した悲しい妄想であると解釈した。
何故ならば、魔導書目当ての盗人でもない限り、
しかもそれが一般人の男性……性格に悪辣さを持たぬ美鈴は兎も角、“あの”フランと打ち解けるだなんて事は果たして起こり得るのか? 彼女の明晰な頭脳は、そんな荒唐無稽な話を信じるよりも目の前の友人の正気を疑った方が妥当であるとの判決を下した。
──可哀想に。
今まで特にこれといった外見に関する苦悩は読み取れていなかったけれど、恐らく心の奥底では誰にも打ち明けられずに鬱々としていたのでしょう…… それこそ、妄想をあたかも真実であるかのように錯覚してしまうほどに、その心は壊れてしまっている。
自身の酷い容姿に苦悩する。その鬱屈した情動は、自分にも全く身に覚えがないとは言い切れない。
パチュリーは、ともすれば『逆だったかもしれないわね』と深く同情した。その一方でレミリアは、訳も無く自分の話を作り話と断じられて頭にクエスチョンマークを浮かべる。
「え、別に作り話じゃないのだけど」
「いえ、いいのよ。……誰にでも、胸の内に優しい世界を創造する権利があるのだから……」
これは、友人であるのにその心の闇を見抜けなかった私の落ち度。魔法の研究に身を乗り出す余り、私は友人という大切な存在に気をかけることをおざなりにしてしまっていたのね……
ほろりと一雫の涙を流しながら、パチュリーは手前に置かれていたマカロンを眼前の憐れな友人に差し出した。摩耗した精神を癒す為には先ず事情を理解してくれる仲間が必要となる。その奉仕的な行動は、その事をレミリアに分かり易く示す為であった。
「これ、貴女にあげるわ。──大丈夫よ、少しずつ前を向いていきましょう」
「??? え、ええ。いただくわ」
突然しんみりとした空気を醸し出した友人に不審の目を向けながら、レミリアは取り敢えずマカロンを貰うことにした。
ま、伝える事は伝えたからいいかしら……
紅い吸血鬼は、突き刺さってくる生暖かい視線に若干の居心地の悪さを感じながらも、その日のティータイムを恙無くいつも通りに進行させたのだった。
初見で魔理沙の言う“借りる”の意味を正しく理解するのは……ひょっとしなくても無理ゲーじゃな?
実は、この作中でスペルカードを宣言しているのは今のところ彼女だけだったりします それについては特に何か深い理由がある訳でもなく、純粋に話の流れ的にそうするのが自然だっただけなのです ここの主人公、目下努力中ではありますが、それでも碌な戦闘手段を持ち合わせておりませんのでね……小説でこう言うのはおかしいかもしれませんが、何分彼女のスペルカードは“視覚的に”派手なものですから、出番があればついついそれに頼りたくなってしまうものなのです