あまりに細かく決めちゃうと設定破綻が怖くなりますからね
人間、頑張ればエベレストにだって、新大陸にだって、深海にだって、宇宙にだって突き進むことが出来るのだ。
それらの偉業に比べて、俺が今登っている石段のなんと矮小なことか。
人類は、階段などという原始的なものなんかには決して屈しない。絶対に、屈しないんだからぁ!
──嘘です、普通に屈します。見ておくれこの震える両脚を。まるで生まれたての子鹿のようだろう…?
ぷるぷると身体を揺らしながら、一歩ずつ着実に足を上げる。
足が棒のよう、とはまさにこのことか、正直もう泣きそうだ。
エベレストも新大陸も深海も宇宙も、入念な準備や度重なる幸運が積み重なってやっとのことで進めたステージなのだ。
翻って俺はどうだろう。準備するどころか最初の一段目の時点で体力をほぼ使い切っていて、階段を登るというこんな単純な作業に幸運が介在する余地などない。
結論。とっても苦しい。
適宜、座って休憩を挟んでいくかとも思ったが、一度座り込んで気を抜いたが最後、もう立ち上がれなくなるだろう。
そんな確信を胸に、ひたすら登る。泣き言をいっても事態は進展しない、無心で只々取り組むのがいいだろう。
そう思いつつも愚痴は止まらない。
──ひぃ、まだ半分かよお。勘弁してください。
人間、頑張ればエベレストにだって、新大陸にだって、深海にだって、宇宙にだって──ってさっき言ったわこれ。
おかしいな、疲れているはずなのに気分が脈絡もなく上がってきた。
疲労がピークに到達してもなお、足を動かし続けていると急にスッと太腿の痛みが引いた。
これ幸いとペースを上げる。なにかとんでもなく身体に悪いことをしている感覚があって冷や汗がすごい。
もうゴールは目の前だ、苔に足を取られて滑らないよう細心の注意を払って残りの十段を踏み締める。
深呼吸して息を整える。なんとか夜になる前に到着することが出来た。大きな朱色の鳥居をくぐり抜けて、目の前の寂れた神社を見据えて境内に入る。
ここが、博麗神社か。
聞くところによれば、ここには外来人を外の世界へと帰してくれるという巫女さんが住んでいるという。
人間を害する妖怪を調伏したり、幻想郷で偶に発生する“騒動”を解決するという、謂わば調整役のような役割を担っており、実際に解決した“騒動”──妹紅さん曰く『異変』──は過去多数存在するらしい。
その時の博麗の巫女の様相は──まるで災害のようだった、とも言っていた。
神社の手前、縁側に座ってお茶を飲むこの子こそが、きっと博麗の巫女に違いない……んだよな?
目の前に映るこの少女が『災害のよう』なんて言われても、俺には到底理解出来そうにない。
確かに、巫女っぽい格好をしているのだが、外の世界の神社で見かける上が白、下に赤という一般的に想像される服装とは違い、全身赤を基調とした装いだった。白の部分を担当するのは何故か独立している両袖。そのせいで肩と腋が露出してしまっている。
言葉を選ばずして率直な感想を述べてしまうと、所謂コスプレのようなデザインだった。
しかし、その自然な着こなしはそんな感想を叩き落とし、これこそがこの幻想郷の由緒正しい装衣なのだと主張している。
艶やかな黒髪の後頭部には模様が入った赤い大きなリボン、同じく赤い髪留めが両サイドにもつけられていた。
そんな巫女さんは先程からこちらを大層胡乱げな目をして観察していたが、俺の顔──いや服を見てどこか得心がいった、というように軽く鼻を鳴らす。
こっちも不躾に観察していたのだ、せめて失礼のないようにしよう。外への帰還に協力してくれるという話だったはずだ。
「すみません、外の世界に帰ることが出来ると聞いてやってきたんですが──」
そう言うと彼女は立ち上がり、慣れた様子で縁側に座って待つよう指図した。
「あなた外来人ね? ここで座って待ってなさい。準備するから」
こちらに一瞥もせず、建物の奥へと向かっていった。
……なんだか雑に対応されている気がするが、よく考えてみれば当然のこと。
無料宿泊施設の外来人用客室が埃っぽかったので、そう頻繁に外の人間がこの世界へ迷い込んでいるわけではなさそうだが、俺のように帰還する事を選択した過去の人たちも同様、この神社を頼っているのだ。
あの巫女さんも、きっと何人もの外来人を外の世界まで帰してきたのだろう。つまり、慣れたことだからさして気負う必要性を感じていないということだ。
そう思うとあの流れ作業的な対応も、なんだか頼もしいものに思えてきた。
どっかりと座って疲労した己の両足を労わる。
ここから望むオレンジの夕日が美しい。
思えばこの幻想郷へ来てからそろそろ丸一日が経過したことになる。
森で遭難し、妖怪に襲われ、人間の里で保護してもらい、ここまでの道中ではいまいち進歩のなかった“力”に新たな光明が差した。
ああ、本当に激動の二十四時間だった。
これほど濃密な時間を過ごしたのは初めてと言ってもいいかもしれない。
博麗の巫女は、なにやら呪術的な雰囲気のする道具をいくつか持って出て来た。そのまま、この神社の入り口の鳥居を前に、何やらぶつくさと念仏染みた事を唱えている。
俺はその様子をただ眺めている。
道具を用いて儀式めいたことをしている少女の風貌は、とても可憐で……
──そういえば、結局こんな異世界であっても、俺のこの美醜感覚が異常であることに変わりはなかったんだなぁ。
はぁ、と気を落としていると、巫女さんは儀式を切り上げてこちらに視線をよこしてきた。頷いて腰を上げる。
どうやら、準備が整ったらしい。
俺が博麗神社を訪れた時はごくごく普通の鳥居であったのだが、現在では全体に薄い膜の様なモヤがかかっていて、神秘的な雰囲気を醸し出している。直観的に、アレを通る事で外の世界へとテレポートするのだろうと察することが出来た。
説明しないと煩い奴がいるから、と巫女さんから鳥居の前で禁則事項──のようなものの説明を受けていた。「面倒くさいから一度しか言わないわ」と言われたので、うっかり聞き漏らさないよう集中して聞いていた。
彼女はスラスラと諳んじる。
『その鳥居に入ってからは、只々道を進み続けよ、決して引き返してはならない』
『その道を外れてはならない、振り返ってはならない』
などなど。
その中に、少し了承し難いものがあった。
言い終えた巫女さんに質問する。
若干動揺して地の口調が出てしまった。
「『幻想郷に関する記憶の一切を封じる』──つまり、ここのことを俺は忘れてしまうってことだよな? 正直、受け入れ難いんだが」
記憶を弄られると聞いていい顔をする者はいないし、ここで親しくできた人のことを忘れたいとは思わない。
そしてなにより、幻想郷のことを知り合いへの土産話に出来ないではないか。
──記憶を保持したまま外の世界へ戻れないのか?
暗にそう質問すると、彼女はさっぱりと答えてくれた。
「受け入れなさい、そういう仕組みになっているのだからどうしようもないわ」
にべもない、そんな様子だった。
「お世話になりました」
「ん」
博麗の巫女は箒で境内を掃きながら、どうでも良さげに応じる。
非常に遺憾であり本当に名残惜しいのだが、それでも、脳の記憶領域を侵されてでも外の世界に帰りたいという意思は、結局曲がらなかった。
──まだ、外の世界にはやり残したことがある。
鳥居の前に立ってそのまま進み、鳥居を覆うモヤを突き破ると、辺りが極彩色の空間に放り出された。さまざまな色を放つ光の背景が、まるで生き物のようにうねっている。
一瞬呆けたが気を持ち直し、巫女さんの言っていた警告を思い出す。
きっとこの糸の様な光が『道』なのだろう、自分の足元からまっすぐ彼方まで伸びている。分かりやすくて助かる助かる。
それに沿って、歩いて行く。
まだ、幻想郷のことを忘れていない。だが、きっと次の瞬間にでも忘れてしまうのだろう。それまではその思い出を噛み締めながら歩いていこう。たった一日だけの、異世界旅行。終わってみればなんて事のない、日常に潜む非日常であったのだなぁ、なんて、それっぽく総括しちゃったりね……
そうやって取り留めの無い思考をするうちに、
「ぐおっ…!」
不意に、『何か』によって身体が後方へと引っ張られた。
ふと気がつくと、俺は博麗神社の鳥居の前で立ち尽くしていた。
境内を箒で掃除していた巫女さんがこちらに気付いて不思議そうな顔をしていた。きっと、送り出したと思っていた外来人が戻ってきたことに驚いているのだろう。
しかし、驚いているのは俺も一緒だ。
警告に反することをしたわけではない、巫女さんの警告を間違えて記憶してしまったわけでもない。
何故。どうして。外の世界へ帰れるはずじゃあなかったのか? 引っ張られた。抵抗する間も無く引っ張られた。いったい何が起きたんだ? 自分と光しかなかったあの空間で一体何が…?
混乱していると、
「へえ、貴方、面白い能力を持っているのね」
いきなり眼前の空間が裂けて、そこから女性が現れた。
紫色のドレス。長い金髪に蝶々結びのリボンがついた白い帽子。日傘をさしている。
どういうわけか、成熟した女性のようにも見えるし、儚げな少女のようにも見える。
その女性は俺と巫女さんの間に降り立った。
──自分の価値観のほんの一部が周囲のそれと真逆なのだと気づいた幼少期から、相手がどんな人物かを推し量るために、見た目だけで判断することはかなり少なくなった。
しかしそれは決して、外見を軽視することを意味するわけではない。
仕草や表情などから相手が何を考え、どういった感情にあるのか漠然とではあるが察することは出来る。見る人が見れば、顔色や肌の調子からも、健康状態なんかを知ることもできるそうだ。社会的通念上、第一印象がいかに重要であるものなのかを熱心に説く者もいる。
一部の美的感覚が狂っている俺でも、初対面の人に対しては外見からの情報だけを頼りにするしかないのである。
「ご機嫌よう」
そう挨拶して薄く微笑みかけてくる紫色の少女と向かい合って、俺は内心、彼女に対してこういう印象を抱いた。
──なんだか非常に胡散臭いやつだな、と。
博麗神社の縁側で腰を下ろす人影が二つ。
一つは俺、出されたお茶の薄さに驚きながらも文句を言わずに啜る。
もう一つの巫女さん──“
そして、丁度俺と巫女さんと正三角になるように、突然現れた少女──“
開かれた空間の中には、漆黒の闇にいくつもの眼が蠢いていた。
なんだ、あれは。
余りにも悍まし過ぎる。
俺はその空間の裂け目から目を逸らしながら、彼女の先程の話を受けて問いただす。
「──どういうことですか」
少し声が震えてしまった。
それを受けて彼女は答える。
何がおかしいのか。その口元に浮かんでいるであろう笑みを、手に持つ扇子にてひた隠しながら。
「どういうことも何も、さっき言った通りよ?
──今の貴方では外の世界へ帰ることは不可能だ、ということよ」
自分の顔が引き攣っているのを自覚し、なんとか表情を元に戻す。
冷静になれ、冷静に。
しかしそう必死に言い聞かせても、動揺は抑えられない。
どうすればいいってんだ。
話の展開を優先すると、あべこべ要素が薄くなってしまうというジレンマ
もう暫くお付き合いください
初感想、初評価を頂きました
つい口角があがっちゃうのは仕方のないことだと思います
励みになると同時にプレッシャーを感じてしまうのは私だけしょうか?
人参を目の前にした馬の如く(流行りに乗る)、駆け抜けていきたいものです