※ シリアス
※ 幻想少女の霊圧が……消えた……?
回想 / 懐古
まだ一人で歩くことの出来ない幼児期の子供が、自分の指先を見つめては突然大はしゃぎをする。或いは、そこには何も無いというのに虚空を見上げては怯えた顔をして夜通し大声で泣き喚く。
近隣の住民からの苦情もありそれを宥めようとすれば、その小さな指先の示した窓ガラスが突如放射状にひび割れる。
いつの間やらその子を寝かせている部屋にだけ、壁や床に原因の分からない凹んだ傷が表れる。
それはまるで、我が子が怪奇現象でも起こしているかのよう。
そんな様をまざまざと見せつけられて、その子供の両親は一体何を思ったのだろうか?
今となっては想像することしか出来ない。
いずれにせよ、他の男を作り早々に見切りをつけた母親の判断力は大したものだった。
降りかかってくる不幸の予兆を鋭敏に肌で感じ取り、己が幸福な将来の為に非情な決断を下し、周囲の人々からの白眼視をも跳ね除けて、彼女は見事にやってのけたわけだ。請求された多額の慰謝料も、今後の短くない自身の人生の為を思えば安い買い物だったのだろう。
……そんな人でなしの母親に対して、俺が思うところは特に何も無い。
父方の祖母の口から憎々しげに放たれる、記憶に無い人物の碌でなしエピソードを聞いたって、湧いて出るのは『うわー、自分勝手なヤツがいたもんだ』という他人行儀な感想だけ。
唾棄すべき人間の非道ぶりを聞いても大した反応を示さなかった孫の姿を見て、「やっぱりあの阿婆擦れの血が入ってるわけさね」と忌々しげに呟く祖母の歪んだ表情の方が、よっぽど深く印象に残っていた。
••••••
次は ○○駅、○○駅 お出口は 左側です
男性声の機械的なアナウンスが耳に届いてきた。
液晶画面から目を上げると、いつの間にやら車窓の外は緑深い田園景色から角張った人工物が立ち並ぶ味気ない街景色に変貌している。
その遠景が移ろい行く様も次第に緩やかになってきたので、手にしたスマホをポケットに仕舞い込み、大きめのリュックを荷台から取り出して、俺は速やかに下車の準備を整えた。
改札口を抜けると、僅かな空腹を自覚する。そこで偶々視界に入った飲食チェーン店にお邪魔して、一旦の腹ごなしをすることに決めた。
案内された外景の望める三階のカウンター席に座ると、正面のガラス越しに大量の広告看板が目に入ってくる。その内の一つ、美容関係の女性向け広告がいつものように大変見苦しいものであったので、苦笑いと共に視界を下げる。すると、駅から押し出される人の波が目に留まった。
今日が土曜日という事もあってか人の往来が甚だしい。
……いや、此処は割といつもこんな感じなのかもしれない。単に俺が知らなかったというだけで。
足元を横切っていくのは落ち着きのある年配のサラリーマンや徒党を組んで横に並ぶ学生達、観光ツアー中らしき旅行者の一団、果ては仲良く杖をつき歩を揃える白髪の老夫婦などなど。
注文の品を待つ傍ら、眼下に広がる雑踏を観察するのは思いの外、時間潰しに有効だった。
そうしている内に俺の目は、とある集団を見つけてしまい釘付けになってしまう。
それは、幸せそうな表情をしながら道を進む、名も知らぬ親子三人の姿だった。如何にも夫婦仲は円満そうで、間に挟まれる幼い少女もそれを受けてか無邪気な笑顔を浮かべている。
あの家族の行き先が何処であろうとも、少女の笑みが陰ることなど一切起こり得ないのだろう。
ああ、なんとも微笑ましい、文句無しに素晴らしい光景だ。
心温まる団欒を築ける家庭、困った時に遠慮なく頼れる親族。それら全部を生まれ持っているのであろうあの幸福な少女を見て、なんとも言えない情動に駆られ仄暗い眼差しを浴びせ続けた。
その中に、多くの羨望の色が混ざっていた事を、俺は否認出来ない。
往々にして、持たざる者は嫉妬深い
もう身体の方は酒を呑める歳になったというのに、心の方はそれに準拠していないとは、まったく我ながら甚だ幼稚な精神をしている。
勘定を済ませて店から出ると、当然あの三人家族はその場に居らずどこへなりとも行ってしまっていた。その事について、大した感慨はない。
……ただまあ、先のような一家団欒の光景は目に入れるとなんとも心が痛くなるもので。
しかしながらそれを承知してはいても、ついつい意識してしまって、自分の手には持たされなかったその情景を網膜に映さずにはいられなかったから。
鬱蒼とした人混みが目前を流れる中、俺は密やかに安堵の息を漏らした。
オカ研の先輩には咄嗟に『観光目的で』と嘘をついてしまったが、それは『本当のことを言うと変に気を遣われてしまいそうだ』と直感したからだ。
駅前にある停留所からバスに乗り、無言のままに揺られ続けること暫し。
目的地近くのバス停にて一人降り、閑散とした住宅街その端を目指して歩き続けると、すっかり寂れて古びてしまっている共同墓地へと辿り着く。
ざっと辺りを見渡してみても俺の他に人の影は無かった。相変わらず、この場所には
まあこんな場末の墓地が賑々しい空気に包まれるのも可笑しな話であるから、現状の殺風景ぶりこそがこの場に相応しいのだろう。
……まるで偲ぶべき故人が蔑ろにされているようで、少しだけ物寂しいような気もするが。
そんな事を考えながら、青々とした雑草が目立つ脇の歩道に足を向ける。
この墓所の特徴として『土地が大きく開けているというのにお隣同士の間隔が異様に狭い』という点が挙げられるだろうか。視界一杯に墓石の群が密集している様は、割と壮観な感じではある。
正直言って
だがしかし、何度も此処に足を運んできた今となっては何も問題はない。あの石材の表面が比較的新しさを感じさせるものであったのも、発見するのに一役を買っていた。
お目当ての墓の前に立ち、リュックから取り出したる清掃用具とペットボトルの水で以て、時間をかけて手入れしていく。内心、水道が無いとかあり得ないだろ──と毒づきながら。
枯葉や蜘蛛の巣を取っ払い、雑巾を湿らせて墓石を拭いた。
丁寧に、入念に、そしてこれ以上無い程の“真心”を込めて。
「よおし、こんなものかな……」
陽射しがキツいものだから、墓石を清めている間にジメっとした汗をかいていた。用意していたタオルで頬を拭った後、己の仕事ぶりが十分かどうかを確認する為に眼前のソレの周りを再度検める。
その灰色の墓石には、実父の名が刻まれていた。
••••••
将来を誓い合った筈の女性に見捨てられ、男手一つで仕事と育児を否応にも両立させねばならなくなった当時の父の心労は、何も知らない少年ではなくなった今となっては大いに察するに余りある。
育児の面に於いて頼りになる筈だった祖母は『孫の顔の見るだけであの女のことを思い出す』と疎んじ非協力的で、かと言って祖父の方は
『自分が楽に生きる為に、我が子を児童養護施設前にでも放棄しよう』という踏ん切りがつかず、非情にも徹し切れず、結局独りでは抱えきれない荷物を背負ってしまった父は、ひとまず俺を適当な保育施設に預けて“問題児の育成”という己に課された義務を永遠に先送りにすることにした。世間体というものに酷く気をかけていたのかもしれない。
彼には、きっと心の余裕が無かったのだ。
だからこそ、不気味な現象を引き起こす自分の子と正面から向き合わず、ただひたすらに自身の仕事に没頭することで逃避行為を繰り返した。
身を粉にして養育費を稼いでさえすれば、『こんなやり方でも“立派な親”で居られる』とでも浅ましくも考えていたのだろうか。
しかし、当時少年だった自分の目から見ても、その育児のやり方は到底“立派”なものだとは思えなかった。
……父は勤め先の意向に唯々諾々と従って、俺が高校に上がって住所が関東圏内に落ち着くその時まで、子を連れ立って全国各地を転々と移動していた。
まあ、そこまでは別にいい。
フワフワとした不
最大の障壁は、自分以外の皆が当然のように共有する、理解の出来ない
──“普通”を学び、“平凡”を身につけ、その上でボロが出ないよう振る舞うというのは、子供にとっては結構難しいものがあったから。
──数年と経たずして人間関係が自動的にリセットされるという環境は、異常性を自覚してそれを隠そうと努力する少年にとって、中々に都合の良いものだったから。
──失敗して仲間外れにされたとしても、暫く耐えれば、また一から始めることが出来たから。
父の都合に付き合わされ何度も引っ越しさせられた件については、精々が『いちいち同じ学級の子の名前を覚え直さないといけないのが面倒だった』と軽く愚痴れる程度の、謂わば些末な問題だった。
……だがその一方で、軽度のものとはいえ
たったそれだけで、記憶に在る父親の株価はドン底の一途だ。
俺はただ、『子供が親に褒めてもらっている』という、なんてことない日常風景を渇望していただけなのに。
いつも仕事に追われていた彼は月に一度家に帰って来れば良い方で、酷い時には半年もの間顔すら見せないこともままあった。
その間、どうしようも無い孤独感に苛まれながら、少年時代の俺は一人きりで薄暗い安アパートの中を過ごしていた。
母親には見捨てられその顔すら知らず、父親からは仕事が忙しいからと相手にしてもらえない。
親から愛情を与えられなかった子供の性格が、如何にして歪んで形成されてしまうのか。
それを身を以て体感した身で言わせてもらえば、父の『ひたすらに金を稼ぎ与えさえすれば良い』という育児方針はどう考えても“立派”とは呼べない、児童相談所行きの最低なものである。
実際に父と面と向かって話し合えた事なんぞ、よくよく思い返しても指を折って数えることが出来る程度のもので、やっぱり最悪だ。
……とまあこのように、あの人に対して沢山の不満や恨み辛みが募っているのだが、それを直接伝える事は目前の墓を見れば分かるように、もはやその実現は不可能になってしまった。
志望していた大学の試験をパスすると、父は俺に『その大学近くで一人暮らしを始めてはどうだろうか』と勧めてきた。
一方で、父の方は地元(俺からすれば度重なる引っ越しの所為でそこへの帰属意識は皆無なのだが)に帰郷し、いずれ要介護となる祖母の為に色々と手を尽くすつもりなのだと言う。
もとより殆ど一人暮らし状態であった俺はその提案を有り難く了承し、用意されたマンションの前で父と別れた。
それが、最後の別れになるとも知らずに。
大学生活が始まって数ヶ月が経過し、自室でリラックスしていると、珍しく祖母から直接の電話が入ってきた。
……ただ他の皆がそうしているからと登録だけ済まして、これまで一度たりとも映される事のなかったその名前がスマホの画面に浮き上がってきた瞬間。
何か、とてつもない嫌な感覚が、もったりとへばりつくような不快感と共に全身を貫いた。
「……え、今なんて──?」
「お前の父親が交通事故で亡くなったって言ったんだ。老体に何度も同じ事を言わせないでおくれ、気の利かないヤツだね……ああ、そういえば葬式も骨上げも、もうとっくに済ませてしまったよ」
「────は?」
我が子の訃報を“ついうっかり”、不注意で伝え忘れていた──嗄れた低い声が、そんな明け透けな悪意を、隠すフリもせずに堂々と滲ませてきた。
「悪かったねぇ。でもまぁ、あの阿婆擦れの血が混じった輩なんぞには、全く関係の無い話だったかねぇ」
「……そんな事はっ」
「まったく、お前さえ生まれてこなければ、あの子は今度こそ好い人を見繕って幸せになれたのに──」
沸々と煮えたぎるような憎悪を何度も何度もぶつけてくる祖母の声は、しかし徐々に勢いの無いものへと変化していき、遂には「あの子の人生を返して」という、叶う事のない嘆願へと成り果てていた。
愛し子を失った痛みや悲しみを誰かにぶつけて、どうにか紛らわそうとしていたのか。
肉親の葬儀に参列出来なかった事よりも、そして散々に浴びせられた先の罵詈雑言よりも。その悲哀な嘆願こそが、他の何よりも切に俺の胸に響いた。
••••••
清掃用具を再びリュックに仕舞い込んだ後、墓前で改めて合掌をしながら、故人との思い出をゆっくりと掘り起こす。
生憎、あの人は極度に
真っ先に思い出される光景は、日増しに疲労の色が濃くなっていく父の暗い表情、そして年々次第に小さくなっていく萎れた後ろ姿だった。
その原因は決して、子供だった自分が成長して身長が伸びたからだ、という安直な理由だけでは決してあるまい。
交際相手に公然と不倫され、曰く付きの子供の育児を押し付けられ、何年もの間仕事に忙殺されて。
そんな地獄のような体験をしても、母のように自分の人生を優先する事も出来ず、祖母のように憤りを誰かにぶつける事も出来なかった。
寄る年波と過剰なストレスに侵されると、人の在り様はああも容易く深く沈んでしまうものなのか。
“窮すれば鈍する”という言葉がある。
それか金を渡すだけ渡して放置していた自分の子が、思いの外真っ当に成長していった様を見て、悪しき前例を学んでしまったのか。
苦境に立たされた父の頭の中は、恐らく『如何なる危機的状況に陥っても、自分一人が気を張れば、耐え忍んでいれば問題ない』などという愚かな考えに支配されてしまって、それ以外には行き着かなくなってしまったのだろう。
……そうやって無理矢理に延々と張り詰めさせ続けた緊張の糸は、いつしかプッツリと途切れてしまうものなのに。
高校卒業を間近に控えた年齢になっても、俺は未練がましく『親からの褒め言葉』というものに憧れ続けていた。
第一志望校に受かった──堂々と胸を張れるその知らせを、偶々家に戻っていた父に向けて報告した際、俺は『どうせこの人の事だから、無視を決め込んでくるか気怠げに生返事をしてくるかのどちらかなんだろうな』と微塵も期待せずに彼の反応を窺った。
なのにその時だけは、どういう事なのかワケが違った。
──それはすごいじゃないか! よくやった!
あれほど生き生きとした様子の父の姿は、後にも先にもそれっきりだった。
わしゃわしゃと、思ったよりも小さかったその手で頭を撫でられ、褒めそやされた時の俺の混乱模様といったらもう、それはそれは。
暫くして、ようやっと我に返った父は大変に居心地が悪そうにしてその場から立ち去っていった。
憶測に憶測を重ねるようではあるのだが、父が長年張り詰めさせていた緊張の糸がプツリと途切れてしまったタイミングは、きっとその時だったのだろう。
長きに渡る苦難の末に気を抜いて、真っ白に燃え尽きてしまった、とでも表現すればよりそれらしいだろうか。
その上で、“父はもう十分自分の人生に満足したのだ”と、“祖母の嘆願は無事叶ったのだ”と、妄想の上で塗り固められた希望的観測に縋ろうとするのは、果たして責められるべき事なのだろうか。
“その時にはもう既に父の精神が限界を迎えていたのだ”という可能性を前提にした考え方は、あまり好ましいものではないのだが──
なんにせよ、あの時の衝撃的な出来事がどうにも頭から離れなくって、『ネグレクトされたんだから当然あの人を憎むべきだ』と主張する自分と、『あの人はあの人で苦労していたんだから仕方ないじゃないか』と擁護する自分がごちゃ混ぜになってしまっている。
祖母の住まう屋敷近くに点在する墓所を執念深く順繰りに巡っていって、なんとか父の墓石を見つけ出せた後も、結局結論は出てこなかった。
……あの時の父が見せたとても嬉しそうな顔と、自分の頭を撫でられた際の掌の感触が、未だに鮮明な形で脳裏に思い浮かんでくる。
あれは息子の成長を素直に嬉しく思ったからなのか、それともその後別居を提案する事で、『長年自分を苦しめてきた厄介者とやっと離れる事が出来る』と内心ほくそ笑んでいたからなのか。
その答えを知る事は永遠に叶わない。
愛憎の念が入り混じった視線を目前の墓石に向けても、それはただ沈黙するばかりで何事も語り聞かせてはくれない。
その真意を確かめないことには、あらゆる感情が複雑に絡み合ったこの胸の内がスッキリしないというのに。
──俺の魂は何時迄も、過去に囚われたままだ。
「じゃあ、また来月…はサークル活動でちょっと忙しいから、再来月にでもまた来るよ、父さん」
周囲に人影がないのを良いことに、墓に向かって約束事を口に出す。
思い付きのノリで発言したことではあるのだが、それでも口に出したからにはキチンと約束を履行するつもりだ。
それこそ、余程の事でも起こらぬ限り。
ここの本文だけ読んで、この作品が東方projectの二次創作だと誰に見破れましょうか 原作キャラが登場しない二次創作ってなんだよ……このお話のプロットを考えたヤツはきっと頭が沸いていたのでしょう
酷い二次創作者が居たものですなあ いや割と本気で
メタ視点といいますか『直接的な描写が無いという事は……』と鼻が効く小説慣れした読者様方に向けて、一応の念の為に此処で内容を補足しておきます
それは、“オリ主の父親は交通事故によって亡くなっている”という記述に偽り無し! ということですね
ですから後になって「残念だったなぁ、トリックだよ」と何食わぬ顔して登場することもないです また「I am your father」「Nooooooo!!」ってなることもないです 幽霊になっていて後々幻想郷で感動の再会!って展開も無いです 外の世界と幻想郷とではその辺の管轄違いますからね 悪しからず