東方被常識 あべこべなこの世界で俺は   作:自律他律

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 ※引き続きシリアス味濃いめ



おいでよ 神隠しの森

 

 

──思えば、俺の幻想入りは、偶然ではなく必然の出来事だったのだろう。

 

 それは、これまでの人生を振り返り見やれば自ずと判明する事実だ。

 

 生まれつき、霊力という非現実的な代物を認識し扱う事が出来た。所謂お化け・幽霊の存在を子供の頃から感知出来たのも、恐らくはそれに関連した資質だったのだと思う。

 

 

 

 中学時代、自身のそれとは比較にならない程のものすごい霊力を持つ、蛙と蛇の髪飾りの少女と仲良くなれた。

 奇跡をも意図的に起こせるという超常的な力を目の当たりにして、とてつもなく心が浮き立った事を未だに鮮明に覚えている。

 

……そしてその後唐突に訪れた、彼女の不可解な消失の事も同様に、自分だけは忘れる事なく覚えている。

 

 

 

 高校のころ出会った、あのオカルト大好きっ子な後輩の影響をモロに受けた。

 “心霊スポット巡り”だなんてちょっと人前では公にし難い行いを己の趣味と定めてしまったのは、きっと彼女にも少々の責任がある。

 あんまり恵まれない家庭の中で育ち趣味に乏しい人生だったところにまんまと付け込まれてしまったのだ、可哀想な当時の俺は。

 

 だいたい、部員じゃないヤツに部活動を手伝わせるとかどう考えてもおかしいしいや確かに優柔不断に流される俺も悪かったけどそもそも教師陣から認められてない非公式の倶楽部だったし何だったらあいつから先輩として敬われた事なんか一度もなかったような気がするし何よりタメ口だったし居眠りし始めたと思いきや目を覚ますともう今日の活動はいいや満足したとか気紛れ言い出すしそういえばやれ現地調査だなんだと言ってきてそこまでの交通費を全額払わせてきたのは卒業してちょくちょくオカルト関係で連絡し合う仲になった今でもマジで許してな──(以下略)

 

 

 

 大学生になってからというもの、父の墓参りが新たな日常習慣となる傍ら、オカ研に所属してニッチな趣味に邁進する日々であった。

 高校時代の経験を生かし、ややアングラな情報網を活用する術を身に付けていた事が、めぼしい情報をスムーズに仕入れるのに非常に役立ったのだ。

 足繁く頻繁に各地の心霊スポットへと赴くその姿は、確かに変人と揶揄されても可笑しくない感じはする。

 しかしながら実際に現地に行ってみて、生者を害する意思のある霊のみを選別して追っ払うという行いは、“美醜感覚逆転”という歪んだ感性を宿す異常者の身でありながら、真っ当に世の中に対して貢献出来ているようで、中々爽快ではあったのだ。

 

……あまり褒められたものではない不純な動機である事は重々承知していた。

 

 なのでそれも数ヶ月も続けずに辞め、その後は純粋にそして健全に、時にはサークルの他メンバーも伴って趣味を続ける事にしたのだった。

 

 

 

 それら一つ一つはもしかするとなんてことのない、ちょっと常人とは違っていて変わっていただけの、偶発的な性質・巡り合わせ・行動だったのだろう。

 

 きっとその内の一つを経験した程度では、俺を“幻想側”と誤認して異界へと引き込んでくれやがった“常識と非常識の境界”も、その誤りを犯さずして済んだのではなかろうか。

 その内のどれかが一つでも欠けていれば、或いは俺は、人外蔓延る幻想の地へと迷い込まずに済んだのではなかろうか。

 

 畢竟、後悔ばかりが記憶に残り易い残念な性格の持ち主がやりがちな下らない妄想。自分にとって都合の良い想像に過ぎない可能性。結局は起こり得なかった“if”のお話である。

 

 なんてことのない偶然も、段々と積み重なっていけばそれはもう必然とそう変わりはない。

 

 冷静に俯瞰し顧みるとよく分かる。

 

 常識的な世界の中で暮らしておきながら、己が異常性を疎み普通や平凡に焦がれておきながら、随分と非常識な人生を積んできてしまったものだ。

 

……あの胡散臭いスキマ妖怪の曰く、俺は“現実側”とも“幻想側”ともつかぬ半端者であるらしい。

 

 なるほど。それならば未だに俺を幻想郷内部に押し留める“常識と非常識の境界”の事を、一概には非難出来ない。

 

 

 原因は、他ならぬ己自身にあった。

 

 

 “常識に囚われる程度の能力”の事を抜きにして考えても、“藤宮慎人”という人間の生き様自体に問題があったのだ。

 “if”のお話をするのであれば、それこそもっと根源的な想定から話を始めなければならなくなる。

 

 例えば、『もし自分の感性があべこべじゃない正常なものであり、加えて霊力を感知出来ない極々普通の体質であったのなら』みたいな。

 

 まあ、益の無い不毛な仮定である。

 一考する価値も無い。

 

 

 

 さてはて。とまあそんな訳で『俺の幻想入りは偶然ではなく必然の出来事だったのだ』と、仕方の無かった事なのだと、己を納得させる材料は思い返せばそれなりに揃っているのである。

 

 自分が自分である限り。そして学生時代、何かと非常識な面を持つあの少女達と巡り合える限り。遅かれ早かれ俺が幻想郷に流れ着いていた事は想像に難くない。

 

 全ては、偶然が積み重なった結果だった。

 

 それを一言で言い表すなら必然──いやさここは紅魔館の主の言葉を借りて、“運命”とそれっぽく呼称しておこう。この言葉は、“常識に囚われる程度の能力”によって誰にも操作される事のない、ありのままの意味合いを持っている。

 

 つまり、『俺の幻想入りは運命であった』

 シンプルに一文で表現すると、そういう事になる。

 

 

 

 

 

 では、やっとの事、ここからが本題。

 

 己が幻想入りするのは避けようのない、どうあがいても不可避の現象だったのだと長ったらしい前置きを理解した上で、俺は俺に問い掛ける。

 

 もしも、自分が幻想入りするにあたり、丁度近くに居た他の誰かを思いっきりそれに巻き込んでしまっていたのだとしたら。

 その巻き込まれた誰かさんが、それはもう恐ろしい化け物に襲われて目の前でムシャムシャと食べられてしまっていたのだとしたら。

 

──その咎は、一体誰に在るのだろうか?

 

 

 

 

 

 ••••••

 

 

 

 

 

「────あ?」

 

 ふと気がつくと、いつの間やら俺は何処とも知れない薄暗い雑木林の中を立ち尽くしていた。当惑しながら辺りを見渡しても、背の高い木々が立ち並ぶのみでその他には特に変わったものは見つからない。

 

 取り敢えずこの不可解な現状の理解に努めようと、ひとまず自分の身なりからチェックしていく事にする。……今の俺はシャツにジーンズという動き易いシンプルな出立ちをしていて、片手に使い慣れたトートバッグをぶら下げさせている状態だ。

 

 見知らぬ森に一人在っても平素と変わらない格好していることに、少々の安堵の念を覚えた。しかしながらそうすると尚の事、今現在己が置かれている状況に対しての疑問が深まってくる。

 

 何故、俺はこんな森の中にいるんだ?

 

 いまいち纏まらない思考力に喝を入れ、此処に至るまでの経緯を記憶を頼りに振り返って整理してみる。

 

 確か、大学の長期休暇に託けて趣味である心霊スポット巡りを計画し……そしてもう既に複数の箇所を巡っていたんだっけか。そうそう、確か『神隠しの森』というオカルト掲示板で取り上げられていたスポットを〆に定めて、そこを目指して移動を挟んで──それから──

 

 そしてその後、俺は一体何をしていたのだろうか? このような人気のない場所で、しかも()()()()()で。

 

 懸命に思い出そうと試みたのだが、いくら頭を捻ってみてもそれ以上の事は何一つとして思い出せそうになかった。

 

 

 

 

 

『おうやっと来たな。ええっと、ではこれからウチのサークルで計画した夏期休暇中の活動内容を……え、他の奴ら? それが“バイト”だの“帰省”だの“彼女が”だのと言って躱してきてさぁ。オカルト好きの風上にも置けない連中だよなぁ』

 

 

 

 

 

 バッグを持っている方の手に、鈍い痛みが断続的に響いている。

 

 不審に思って開き見てみると、赤く滲む短い横の四本線が手の平に刻まれている事が分かった。……どうやら、いつの間か身体が緊張してしまって拳が力んでいたらしい。

 ついさっきまでの俺は手を異様に固く握り締めていたみたいだな、と他人事のような視点で痛覚の所在を把握する。

 

……いや、妙だ。何かがおかしい。

 

 確かに現在のメンタルは当惑の色で一辺倒ではあるものの、今の自分は自傷に気付けないほどの精神的な極限状態にはなっていない。流石にそこまでは追い詰められてはいないのだ。

 

 現状を冷静に分析すれば、要は迷子になってしまったというだけの話。謎の林中であっても現在地はスマホを頼れば一発で判明可能なわけだし、なんなら今すぐにでも電話して救助隊を要請する事も出来るのだ。

 

 極度に緊張する必要性なんて、全く無い筈なのに。

 

 

 この、絶え間なく押し寄せてくる気色の悪い違和感は、果たして何処から来るものなのか。

 

 

 朧げな不安を覚え始めた為か、脈拍のペースが異様に高まってきた。……何か、とてつもなく重大な事を、忘れてしまっているような気がする。

 

 それか、本能がソレを思い出させないようにしているのか。

 

 まるで、どうしようもない取り返しのつかないコトをしでかしてしまった時ような、嫌な感覚。

 次第に抑えきれなくなっていく膨大な焦燥を肌で感じ取っていると、正面に聳えていた大きな木の陰から、一つの小さな人影がゆらりと現れた。

 

 

 

「ねえ、あなたは食べてもいい人間なの?」

 

 

 

 それは、ブロンドのショートヘアに赤いリボンを付けた紅い瞳の少女──もとい、“闇を操る程度の能力”を持つ人喰いの妖怪だった。

 

 脅威を目前にして俄に全身が総毛立った。

 

……幸いにして、自分の身を守る為に採れる選択は豊富だった。

 

 着物の懐に手を入れて博麗の巫女お手製の札を使用する事も、自らの霊力を練り放ちコレを撃退する事も、宙に向かって上昇することで急場から離脱する事も。

 なんなら、師父から教わった付け焼き刃の格闘術を今この場で披露してやってもいい。

 不老不死の友人から聞き出した指先に火を灯すという術も、上手くやれば火傷を狙えるかもしれない。

 

 出来た。可能だった。俺は脅威に対抗する手段を、非常識な日常を通して少しずつ身につけてきたのだから。

 だけど、結局そうしなかった。

 

 

 

 

 

『ほお、“神隠しの森”。この書き込みを見た感じ、予定にあるどの曰く付きの場所よりもこれが一番ヤバいっぽいな。……じゃあちょいと計画を変更して、そこを我がオカ研に於ける聖地巡礼、その〆にするっていうのはどうよ?』

 

 

 

 

 

 宵闇の妖怪が後ろ手に持つ、まだ新鮮な、赤が滴り落ちる誰の物とも分からない人間の欠損した腕。その持ち主を、今になってやっとのこと思い出す。

 

……そのついでに、自分が今何を見ていて、どういう状況にあるのかについてやっと理解が及んだ。

 

 色々とおかしな所があった。これは、俺が幻想入りする前のお話だというのに。

 服装が途中で着物に変化したり、まだ知らない筈の事を知っていたり。

 まったく、荒唐無稽な事だ。お陰様で、脳の奥底に封じ込めていた思い出したくない記憶を、そっくりそのまま思い出してしまったではないか。

 

 憂鬱な気分になって、ため息をつく。

 

 

 

「ねえ、あなた()食べてもいい人間なの?」

 

 

 

 さて、依然『このままでは妖怪に美味しく戴かれてしまう!』という危機的状況下ではあるのだが、そういう訳なのならば、今から抵抗したところで大した意味はあるまい。

 

 こういう時は、行き着く所まで行き着くものなのだ。

 

 俺は自分の身を守る事を諦めて、事の推移を傍観者として観察する事に決めた。

……まあ、このにじり寄って来る人喰い妖怪の爛々とした目を見る限り、この状況はあんまり長続きしなさそうではある。

 

 その予感は物の見事に的中した。

 

 そう時間もかからぬ内に、少女の口は次第に大きくなっていき、遂には大人の背丈を超えるまでとなっていた。存外に、想像力が豊かだったんだなと意外に思う。

 逃げ出しもせずに沈黙のままソレを見上げ続けていると、吸い込まれるようにして俺の意識はその口腔の闇へと飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

──その最後に思い出すものは、闇の奥へと引き摺り込まれていく男が放つ、身を裂くような断末魔。

 

 そんな不快な異音に耳を覆って命からがら逃げおおせたその青年は、自分の命が助かった事に深く安堵すると、今度は薄暗い森の中で一人立ち尽くしながら、自身の心が傷つくのを防ぐために──

 

 

 

 

 

 よくよく思い返してみれば、

 

 “神隠しの森”の噂を嗅ぎ付けたのは俺だった。その情報をオカ研の先輩に垂れ込んだのも俺だった。

 年間行方不明者の数が比較的ちょっと多いだけの、たかが片田舎の山だと侮っていたのも俺だった。

 怪異の存在に慄いて、捕われた先輩を見捨てて逃げ出したのも俺だった。

 彼が命を落としたのは殆ど自分の所為だというのに、その咎に耐えかねて今の今まで都合よく忘却していたのも俺だった。

 

……そして何よりも恐ろしいのは、『その時の自分は先輩を見捨てた事に対して甚大な精神的ショックを受けていた』という事実に対してだ。

 

 だって、可笑しな話だろう?

 

 今の自分は、彼の最期を思い出したというのに、()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 気を抜けば、『俺が一緒に居なければ、幻想入りに巻き込まれずに済んだのかもね』だなんて、酷く淡白な感想が漏れ出てくる。

 まるでテレビからなんらかの死亡事故のニュースが流れてきた時のような、身の毛がよだつ程の他人行儀さがそこにはあった。

 

……俺も、宵闇の妖怪に襲われて危うく死ぬ所だったんだからさ。

 空を飛べない、博麗の御札が無い、その他にも己の身を守る手段を特に持っていない。それで人里の外を活動しようだなんて、無策無謀もいいとこなんじゃあないか?

 だから、彼が死んだのは。

 

 何か、道理の通らない言い訳が頭の中で反響している。

 

 俺は、自己防衛の為に真実から目を逸らそうとしているのか? それともまさか、本当に『彼の死は非力であった彼自身の責任である』と心の底では冷徹に割り切ってしまっているのだろうか?

 

 そして、この思考は果たして正常なものなのだろうか。

 

 非常識な日常風景に晒されて、外の世界に居た当時の真っ当な感性が保てなくなっているのではないか。

 いや、そもそも、俺に“真っ当な感性”だなんてものが初めから備わっていたのだろうか。生まれ付きずっとそうであったから、これまで欠けていた事に気付かなかっただけなんじゃないのか。

 

 分からない、分からない。

 ああ、最悪の気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緩く瞑っていた目を開くと、月明かりに照らされる朱色の鳥居が見えた。それとその横に鎮座して、神仏守護の役目を現在進行形で果たしているらしき、緑のクルックルな癖っ毛が特徴的な神獣少女の後ろ姿も。

 

 大きな欠伸と共に見渡せば、周囲はもうとっくに夜の闇で満ち満ちていて、遠く響く虫の音が何処からともなく聞こえてくる。

 

……どうやら俺は縁側に座り込み、縁柱に寄り掛かった状態で居眠りをしてしまっていたらしい。

 偏った姿勢で寝入っていた所為か、どうにも背中の筋肉が凝ってしまっていた。

 先程見た夢と言い、踏んだり蹴ったりである。

 

 

「あ、藤宮さんやっと起きた」

 

 

 う〜んと大きく伸びをしていると、背後から呆れた調子をした少女の声が耳に届いてくる。

 

 お寝惚け中の脳味噌な為にその声の主が一瞬誰なのか分からなかったが、現在俺が居る場所を今一度意識してみると、その正体はわざわざ振り返らずとも明らかだった。

 

 大結界越えと退魔用の御札目当てに何度も通う事で見慣れていった、縁側から望める自然豊かな山風景。

 自分以外に使用する者が居るのかどうか疑わしい、もはや神社という体裁を整える為だけに存在するのではないかと思えてくる、申し訳程度の存在感な手水舎。

 境内の端に置かれたあの小規模な社は、『数年前に妖怪の山の中腹に丸ごと転移してきた』とかいうナントカ神社からの分社なんだとか。

 

……そう、以上の視覚的に得られる情報から分かるように、此処は博麗神社なのである。

 

 となれば、先程の声の主が誰なのかは自明な訳で。

 努めて明るい声音を装い、返事をする。

 

「あー悪い霊夢、いつの間にか居眠りしちゃってたっぽい。疲れてんのかなぁ俺」

 

 思いの外、もったりとした重苦しい動作になりながら上半身を曲げ後ろを向く。

 するとそこには呆れたような顔でこちらを見下ろす博麗霊夢が居る──のだが、何故だかその表情はすぐに顰められることになる。

 形の良い眉がすっかり曲がってしまって、どういった感情の表れなのかピンと来ない。

 

……そういえば、博麗神社に足を運ぶ機会は多けれども、こんな空が真っ暗になるまで長時間居座る事は殆ど無かった。

 

 もしや、さっさと帰れと言外にせっつかれている…?

 

 向けられた険しい視線をそう解釈し慌てて立ち上がろうとしたのだが、彼女はそれを片手で制した。

 ぴたりと、片膝立ちの姿勢で固まってしまう。それと同時に、何やら霊夢が俺の顔面をジロジロと無遠慮に観察している様子である事に気付く。

 なんだか気まずいようで、『口元に涎でも付いてんの?』と声に出しこの沈黙を破ろうとすると、彼女はそれに先んじた。

 

 

「もう今日は遅いし、ここに泊まっていったら?」

 

 

 まったく仕方ない仕方ない──そう強く主張するような表情で、そんな突拍子の無い事を提案してくる。

 

「……はい? 俺が?」

 

「あんたの他に誰が居るってのよ……安心して、来客用の布団くらいは用意できるから。なんなら夕飯も振る舞ってあげるわよ」

 

 呆気に取られるこちらとは対照的に、この紅白巫女の脳内では既に『俺が博麗神社でお泊まりすること』が確定事項になったらしく、踵を返して家屋の奥へと消えていく。

 

 え、ホントの本気で言ってんの?

 

 突然の事でフリーズした頭と身体に再起動をかけてその後ろに追い縋ると、そこそこ広い台所で霊夢は棚から米やら味噌やらを取り出して、献立に思案しているようだった。

 ちょっと声をかけづらい。なので、彼女の真意を問いかける口調が若干怪しくなってしまう。

 

「そのぅ、霊夢さん。なんでそんな親切にしてくれるんです? もし夜中に外を出歩くのが危険だからって話なら、そもそもこの辺に強い妖怪は居ないし万が一のときは空を飛ぶし御札も足りてるし別に心配は──」

 

「あー? 今何作るか考えてるんだから静かにしてて」

 

「……ハイ」

 

 一蹴、とはまさにこの時の為にある言葉だった。

 

 

 

 

 

 まあ何を企んでいるのか知らないが、年下の少女が腕を振るって調理をする傍ら、俺がその後ろ姿を何もしないでぼんやりと眺めている訳にもいかず。

 

「……なんか、手伝える事ある?」

 

「ん、じゃあまず水汲みお願いね。それが終わったら火起こしもよろしく、得意なんでしょ? あと、ついでに裏手の倉庫から色々と取ってきて欲しい物があるんだけど──」

 

「お、おう。随分と畳み掛けるんだな……」

 

「いやなら、そのままそこで安静にしてなさい」

 

「や、安静って。世話になるからにはちゃんと働くよ、病人でもないんだから」

 

「……そう」

 

 その後、調味料や調理器具の収納場所を把握してからは、お手伝いの領分を越えた働きをしてしまったような気もする。

 そうして完成したのは、炊き立ての白米や山菜がふんだんに使われた味噌汁、塩が塗された焼き魚とその他少々の付け合わせである。まあ、出来はそれなり。

 後は皿に盛り付けて居間に持っていくだけだ。

 

「藤宮さんって、意外と料理出来るのね……」

 

 霊夢の感心した声が横から聞こえてくる。

 

「そうか? あー、まあ外の世界だと幼い頃から殆ど一人暮らししてるようなもんだったからな。人里に住み始めた頃にちょっと扱かれた事もあって腕にはそれなりの自信がある」

 

 そう言う自分の声音が少し自慢げに聞こえてしまうのは、ご愛嬌という事で。

 人から浴びせられる掛け値無しの賞賛は、受けていて中々悪いものではない。流石にプロ並みの腕前とは自称できないけど。

 

 褒められて得意になっている俺を他所に「へえ、そうなの」と軽〜く返答をした少女は、何やら再びこちらの顔を真剣な様子で注視してくる。

 

……それも長く続かない内に終わった。

 

 そして、安心したように少しだけ表情を緩ませた霊夢は口を開く。

 

「食事する前に一旦裏で顔を洗ってきなさい。その間に私はあうんを呼んでくるから」

 

「ん……ああ、もしかしてやっぱり居眠りしてた所為で口に涎ついてた?」

 

 先程から彼女が矢鱈と俺の顔面を気にしている様子であったのは、多分その所為であったのだろう。全然気付かなかったわ、と思い咄嗟に袖で口元を拭う。

 

 だが、特にそれらしき感触は無く。

 

 疑問に思いながら視線を投げ寄越すと、困ったように眉を顰めた少女が珍しくモゴモゴと言葉を濁している。

 

「え、いや、そういうのじゃなくて……」

 

「……そういうのじゃないって、どういう事?」

 

 非常に言いにくそうにしているところ悪いが、こちらは突然泊まっていけと言われたりして理解が追いついていないところもあるのだ。気になるものは気になる。

 ちょっとだけ不満を前に押し出して追求してみると、霊夢は観念して話し出した。

 

 

 

 

「……今はだいぶマシになったけど。あんた、さっきまでかなり顔色が悪かったのよ? 目覚めて振り返った直後なんか死人みたいに蒼白になってたし」

 

 そんな酷い顔色をしながら『疲れてる』とか言い出すから、らしくないとは思いつつ心配になって──と少女は照れ臭そうに視線を逸らしながら、その心中を述懐する。

 

「あーーーー、そっか」

 

……先の夢見の悪さはかなりのものであったのは理解しているが、そこまで気にかけてしまう程に顔に出ていたか。

 自分の演技力の無さに泣けてくる。

 

 昔はそうでもなかったんだがなあ。どうにも幻想郷に居着いてからというもの、化けの皮が剥がれ易くなってしまっているような気がする。

 

 フランドールという己の全てをぶちかました前例が出来た所為なのか、それとも紅魔館を訪れるよりも前から既に、タガが外れかけていたのか。

 

 俺は自身の異常性が周囲にバレてしまう事に、並々ならぬ恐怖を感じていると自覚している。

 ありのままの心境が表に出易い表情や態度から勘付かれてはたまったものではなかったので、幼い頃からそこそこに演技力は磨いてきたつもりだ。

 最近になってそれが鈍ってきているのは、果たして良い事なのか悪い事なのか。自信を持っての判別は出来ない。

 

 

 

 

「とにかく、私が、珍しく気を遣ってやってるの! 日頃のお賽銭の礼だと思って有り難く受け取っておきなさい!」

 

「わかったわかった、有り難く受け取っておくから落ち着けって」

 

 平素と変わらぬ顔を繕って気を利かせてくれたのにそうとは気付かず、『私、貴方の事を心配してますよ』と態々面と向かって宣言させたのは、もしかしなくてもかなり無粋だったのだろう。

 

 今のこの状況は、面白いポイントが通じず滑ったネタを、考案した本人が聴衆の前で『今のネタはね、これこれこういう部分が笑える所だったんですよ』と解説する、そんな地獄のような光景に酷似している。

 

 「もう今日は遅いし、ここに泊まっていったら?」の一言目で全てを察し、その気遣いを黙って受け入れていれば話は違ったのだろうが、生憎俺はそこまで聡くはない。

 

 結果、霊夢には酷な真似をさせてしまったという事だ。

 

 不発に終わった粋な計らいを再度掘り返されて、しかも自分で詳しく注釈付けしてしまうその気持ちは、結構クるものがありそうだなぁ──と他人事のように同情する。

 まあ、俺の察しの悪さが元凶ではあるのだけど。

 

「大丈夫大丈夫。少なくとも身体の方は元気なんだし、今から顔を洗って気分も一新させるしさ」

 

 まあまあと羞恥に悶える彼女を宥め、俺は言われた通りに井戸のある裏手に回って、沈んだ気分を水と共に洗い流す事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 ••••••

 

 

 

 

 

──彼の面倒を見てあげてね。

 

 いつも通りに何かを目論んでいる様子の紫に頼まれて始まったあの元外来人との関係も、気付けばそれなりに心地良いものとなっていた。

 

 よくお賽銭を投げ入れてくれて、よくお土産を持ってきてくれて。

 その対価は、彼を外の世界へと返す儀式を行う事と、やろうと思えば無数に用意出来る妖怪退治用の御札を渡す事のたったの二つだけ。

 

 彼には悪いけど、初めは『随分と都合の良いお財布が出来たものね』と思っていた。

 それと同時に『手放すのはちょっと損かな』とも。

 とはいえ、流石に外の世界に送り返す準備を怠るような真似はしなかった。

 

 それは博麗の巫女としての責務があったから──だけではなく『今度こそ帰るぞ!』とめげずに息巻く彼の姿を見て、異変じゃないからと普段通りに手を抜くのは失礼だと感じていたからだ。

 

……それこそ、勘によってその試みが失敗に終わる事が明確に予期出来ていたのだとしても、協力する手を惜しむ事は一度もなかった。

 

 彼は何度大結界越えを失敗しても目に見えて落胆する事はなかった。

 当然、心の中ではその限りじゃなかったのかもしれないけど、少なくとも外面を取り繕えるだけの余裕はあった。

 きっと彼はどんなに辛い体験しても決して表情に出す事はないんだろうな、と縁側でお茶を飲みながらのんびりと考えたこともある。

 

 

 

──だからこそ、崩れることがないと思っていた顔が死人のように青ざめているのを見てしまったその時、私は柄にもなく『泊まっていったら?』と提案して、彼を自分の目の届く範囲に引き止めたのだった。

 

 

 

 異変を通して、幻想郷の至る所を見てきた博麗の巫女としてハッキリ言う。

 

 藤宮さんは、里の外で活動する者としては余りにも非力に過ぎる。

 

 確かに博麗神社と里の間には然程強大な妖怪は出ないと聞くけれど。確かに彼は空を飛べて、私が用意した御札を持っているけれど。

 あの時の彼は、風吹けば粉々に散ってしまいそうな程、気配が弱々しかった。

 あのまま彼を引き止めなかった場合ともすれば、そこいらの雑魚妖怪にやられちゃうんじゃ──本気でそう心配になってしまうくらいに、その存在は弱々しいものだった。

 

 

 

 少なくとも今晩だけは、客用の寝室前に張り込んででも彼の様子を経過観察する必要がある。

 そして日が昇って、彼が平常状態に戻っているのなら博麗神社の敷地から出る事を許してあげよう。

 もしも、快調せずにまたぞろ死にそうな顔をしながら『里に戻る』とか言い出したその時には……弾幕ごっこでもして無理矢理にでも押し留めよう。

 

「……ちょっと、入れ込み過ぎかしら?」

 

 思いの外豪勢となった夕飯を小皿に盛り付けながら、彼に対してどうにもお節介になってしまう自分自身に、らしくないんじゃないの? と問いを投げる。

 その答えは、案外すぐに閃く事が出来た。

 

「仮にそうだとしても、止める理由がないわね」

 

……なんといっても、彼は博麗神社唯一無二の参拝客。

 

 加えて、欲しい物を要求すればお土産という形で必ず持ってきてくれるのが便利過ぎて、私生活の面においてすっかり彼の存在に依存し切ってしまっている。

 それに一応、紫から世話を頼まれているという大義名分があることだしね。

 

 だから、外の世界への帰還が果たされるその時まで、彼にはずっと元気でいてもらわないと私が困るまであるのだ。

 らしくもなく入れ込んでしまうのも、そう考えれば仕方のないこと。

 

 

 

 

 

 幸いにして、彼の事を想って勘を巡らせても、不吉な予兆は感じ取れない。

 経験則として私の勘が外れた事など一度たりとも無いのだから、わざわざ無理に引き留める必要性は今となってはもう無いのかもしれない。

 

 でもまぁ、私とあうんの二人だけじゃこの量は食べ切れないし、食材を無駄にしない為にも藤宮さんにはこのまま此処に泊まっていってもらおう。

 『案外彼は料理上手だった』という意外な収穫もあった。次に御札を手渡す際の対価は、お賽銭の代わりに料理を作らせてみてはどうだろう?

 

 食事中に機を伺って、早速頼み込んでみましょうか。きっと彼の事だから、渋りながらもなんだかんだで最終的には頷いてくれるんだろうし。

 




 
 
 断章はこれで区切りです 次からは新シーズンです宜しくどうぞ



 実は作者自身、このオリ主がこれまでどのくらいの期間を幻想郷で暮らしているのかさっぱりよく分からんとです
 作中一ヶ月も経過してません、とは短すぎて流石に主張出来ません かと言って五年くらい経過してんのか、と問われるとやーそんなに長くはないかなーと反論したくなる微妙なところ 
 強いて言うなら、ほどほどに経過してる感じです ほどほどにね

 まあ原作が既にサザ○さん時空的な感じですので、この作品もそれに準じていると思って下されば結構です

 幻想少女は加齢を知らない……いいね?

 でもよくよく考えてみると東方projectには五年程度歳食っても元と大差ないBBAキャラが多いので、あんまり関係のない話なのかもしれませんねHAHAHA

 おっと、誰かが来たようだ……
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