東方被常識 あべこべなこの世界で俺は   作:自律他律

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 オリ主が博麗神社に度々お泊まりする様になってから、また少〜しだけ時間が経ちまして



第六章 泥濘に淀まぬ命の華
非常識にこなれてきた青年は杯を乾かす


 

 

 かつて人間の里で“新聞”と言えば、それは妖怪の山からやって来た鴉天狗が思い思いにばら撒いてくるヤツか、或いは里の中心部で発行されている人間のジャーナリストたちが執筆しているヤツかのどちらかを指していたのだとか。

 

 里の住人にとって必須なのは言うまでもなく後者の方であるが、それはそれとして前者の方を心待ちにしている人の数は多かったと聞く。

 

 なんでも、ゴシップ誌的な筆調自体に娯楽性があるんだそうで。

 

 読んでいて気の詰まる堅苦しい政治や金融の話なんかよりも、若干面白おかしく誇張された四方山話の方が大衆に好まれる傾向にあるのは、外の世界となんら変わりはない。

 読了後、掃除やら焚き付けやらに使うのに丁度いい紙面サイズな事も、その人気ぶりの一因でもあった。昔っから人間の里に於いて、鴉天狗の新聞に対する需要は驚くほどに根強かった。

 

 となれば、そこに商機を見出す人間が現れたとしてもそう不自然な事ではあるまい。

 次第に里の者達の間で、人間の人間による人間のための、内容がやや娯楽に寄ったお手軽サイズの新聞が発行されるようになったという。

 着眼点が人外に寄った鴉天狗のものではない。読んでいて欠伸の出てくるお堅い内容のものでもない。少々()()()な、ライターの私見マシマシな第三の新聞が人間の里にて誕生したのである。

 

……まあ実はその誕生秘話自体にも色々と諸説あって、『元々記者の職に就いていた外来人が里で身銭を稼ぐ為に始めた説』や『博麗大結界が設立する前には既にその前身はあった説』、果ては『え?逆に鴉天狗がこっちの真似してんじゃねーの?説』などなど。場末の居酒屋で、徳利片手に討論する知識人の姿が偶に目撃される事もあるとかないとか。

 

 ぶっちゃけ、どの説が正しいのかは俺からするとどうでも良いことだ。

 

 

 

 

 

 “今”重要なのは「ほれ、お前さんのことがこれに載っておるぞ」と年寄りじみた口調をする女性が、例の新聞を片手に掲げてこちらに呼びかけてきた事だった。

 せっかく人が意気軒昂と気持ち良く呑んでいるというのに、突然そんな事を言われて冷や水を浴びせられたようだった。

 

……え、本当に? 心当たりが全く無いんですけど。なんか悪い事しちゃったっけなあ。

 

 周囲のおやっさん方に気取られないよう宴会の席から抜け出して、奥の座敷席へと向かう。そして視線で促されるまま空いている向かい側に座って、手渡してくる新聞を受け取った。

 

 丸眼鏡に緑黄色の羽織を着て、焦茶色の長髪に虫食いした葉っぱを付ける一見お淑やかそうな和装のお姉さんは、にやにやと口角を緩ませながら口を開く。

 

「一先ずはそれを読んでみい、随分と愉快な事になっておるようじゃのう」

 

「……これって本物なんですよね?」

 

「無礼なやつじゃな。そう心配せずとも、どうせ化かすんならもっと手口を凝るわい」

 

「それは……まあ、確かに」

 

 嫌になる程の説得力を持った言葉に頷いて、お向かいさんが一人この店名物の煮物を酒のあてにしている最中、俺は彼女が指していた一面を頭から目を通す。

 

 

 

 


 

 近頃、巷では『ありがた〜い博麗の御札』なる呪具の存在が密やかな話題となっている。実際に利用者の声に耳を傾けてみると「所持するだけで妖怪や妖精の類が一目散に逃げていく信じられないほどの逸品だ」と全員が口々に賞賛していた。筆者自身、とある筋の協力のもと実物を入手し、その効力が信頼性の高いものであることを実証している。大体十日ほどで効果が切れてしまう消耗品ではあるが、草木も眠る丑三つ時であっても安全安心を確保できるその有用性と『ただ懐に忍ばせるだけ』というお手軽さがなんとも素晴らしい。特に人外の猛威に比較的晒されやすい里の郊外に住んでいる者からすると、その御札が垂涎の品であることは想像に難くない。専ら『妖怪神社』と噂され評判が低い博麗神社であってもこの地は龍神様の御膝元、曲がりなりにも御利益はあるということか。

 

 もしかすると本稿を読んで「遅ればせながらも入手しよう」と動く方がいらっしゃるかもしれないが、残念ながら目的の品を即座に入手するのは現状を考慮すると難しそうだ。というのも、この品を博麗神社から直に卸しているのは個人が経営する便利屋《『藤見屋』と聞けば名前だけでも心得る方も多い事だろう》で、更にそこを経由して自警団の手に渡り、彼等が必要とする分をさっ引いて尚余った物をさっとこさ市場に流して、という非常に消極的な販売形態を取っている為だ。つまり現状の『ありがた〜い博麗の御札』とは、市井の人々にとってはさほどの数も流通していない珍品なのである。危険を承知で外門の警備や畑の見回り役を担う自警団に優先権があるのは道理、なので彼等を入手困難の原因と睨むのは誤りだ。常日頃の善き行いを忘れず、世話になっている周囲の人々に対して感謝の言葉を送り、龍神様への毎日の祈りを欠かさずに行っていればいずれはきっと、手に入る事間違い無し。慌てずとも今は座して、購入の時期を窺うのが得策であろう。

 

 完全に余談ではあるがこれに関連して一つ、体験談という名の愚痴をここに記しておこう。それはつい先日のこと。引き続き『ありがた〜い博麗の御札』の効力を確かめる為に、それと『これほどの呪具を拵えるとはもしや、博麗神社は存外に霊験あらたかな祭神を祀っているのでは?』と好奇心を持った為に、筆者は遥々博麗神社まで参拝をしに行ったのだ。無論、単身で里の外に出るなど以前ならば自殺未遂と取られかねない愚行である。しかしながら結果として、化生に害されることなく生還できたのは、この記事が無事発行された事実から分かるとおりの事。本当に、物は良かったのである。物だけは。

 早朝に里の東端から出立して荒んだ通り道を進み、気を揉むような長さの石階段を登った先に件の神社はあった。境内を掃いていた巫女に挨拶をした後、鳥居の端を潜り手水舎にて心身を清め、拝殿に立ち寄って賽銭を投げ入れる。問題はそれを行なった直後に発生し、筆者は信じられない光景を目の当たりにしたのだった。

 それはなんと、金銭が入ったと見るや即座にそれに近寄っていって、参拝客の眼前で賽銭箱の底を漁る博麗の巫女の姿である。その上、厚かましくも賽銭の額に不満を持ったらしく、大きなため息をついてくるという酷い有り様であった。流石に我が目を疑った。いくら年若とは言え仮にも神職に勤める者が行って許される振る舞いではない。何時何時襲われるとも知れぬ中命懸けで此処まで歩いて来たというのに、まさかその果てに斯様な仕打ちを受けるとは。当時の筆者の遣る瀬無い心境と驚愕は筆舌に尽くし難い。外面は内面の表れとも言うが、〜〜〜


 

 

 

 

 以降は目を通す価値の無い駄記事の気配しかしなかったので、一旦顔を上げて目頭を軽く揉んだ。

 

「えぇ、霊夢のやつ何やってんの……」

 

 読みながら『霊夢お手製の御札をスゲーべた褒めしてくれるじゃん我が事のように嬉しいじゃん』とか『俺のことが載ってるってホントに載ってるだけじゃないか、変に心配して損した』とか色々と思う所があったのだが、後半の内容が全てを掻っ攫っていった。

 

 狙ってやったわけではないものの、“ありがた〜い博麗の御札”をきっかけにして博麗神社の名が上がっていく展望が見えてきた今日この頃。それが儚い夢であったと知って頭を抱えてしまう。

 

 手に持つ新聞がそこそこの発行部数を誇るものであった事も最悪だった。ヤバイよこれ俺も普段から楽しみにしてる有名どころの新聞だよ……

 

 そんな有名な記事の一面に身内──とはいかないまでも、それなりに親しい仲の人物のやらかしがドーンと掲載されてしまっている。共感性の羞恥心が疼いてしまって顔が熱い。

 いやいやこれは酒の所為なんだよほんとほんと、と自らに言い聞かせて荒ぶる気を落ち着かせようとする。

 

 ついさっきまでは祝いの席で盛り上がっていたというのに、まったくどうしてこんな気持ちにならないといけないのか。

 

 

 

 その慌しい表情の移ろいを見て向かい側に座る女性──いやさ化け狸の大妖怪、“二ッ岩(ふたついわ) マミゾウ”は「ふぉっふぉっふぉ」と満足そうに笑っていた。

 

「いやはや、まさかそこまで驚いてくれるとは。態々新聞を持ち込んだ甲斐はあったのう」

 

 彼女は如何にも妖怪らしく、人を驚かす事を何よりの楽しみとしている節がある。俺はまんまとその犠牲者となった訳だ。

 せめてもの反撃として『自分の力で驚かせたわけでもないのに喜ぶなんて、妖怪としてそれで良いんですか』と言いたくなったが我慢する。多分それを言ったが最後、当分の間は行く先々で化かされてえらい目に遭うと予感した為だ。

 彼女の子分は里の隅々にまで根を張っている。その全てを相手取る選択をするなどと、俺はそこまで愚昧であるつもりはない。

 ただ内心で『こいつ…!』と悔しく涙するのみである。別名“泣き寝入り”とも呼ぶ。

 

「じゃがまぁ、あの巫女がそのような珍事をしでかすとはのう。儂はあやつと特別親しい間柄という訳では無いが、以前見かけた時はそんな迂闊な事をする性格ではなかった気はするの。稀であろう参拝客をふいにするとはらしくもない」

 

 存分に笑う事で満たされたのか、マミゾウさんは打って変わって神妙な様子をしながら盃を傾けている。

 なぁにその、まるで知らぬ間に人が変わってしまったようだ、みたいな言い草はぁ。

 何処か当てつけに聞こえてくるその声に、思い当たる事が一つあってピクリと身体が反応を示してしまった。

 

 いやまあ、あくまで可能性の話なんだけど。

 

 もしかすると、霊夢が公然と参拝客の前で賽銭箱を漁るようになってしまったのってさあ。

 それと、並大抵の額の賽銭では満足しないようになってしまったのってさあ。

 そうなるまで、彼女のことを甘やかしてきたのってさあ。

 

 

 ……。

 

 

 や、まあまあ、それはあくまでも可能性の話だからね。

 全部俺の所為なんじゃね? だなんて、そんな、ねぇ?

 ウン、無い無い。無いわー。

 

 

「なんじゃお主、ひょいひょいと百面相しおってからに。 吐くのなら外で頼むぞい。此処は儂のお気に入りの店なんでな。万が一の事があったら承知せんぞ?」

 

「……は〜、いや別にそういう訳じゃないので大丈夫です。それよりもう戻っていいですかね。酒を入れ直したい気分なので」

 

「うむ、十分に揶揄えて満足できたし、最後に一つ儂からの問いに答えたのならそれを許そう」

 

 うんざりした顔で「……まだ何か?」と主張すると「何、ちょいとした好奇心から来る簡単な問いよ、そう身構えるな」と彼女は丸眼鏡をクイと上げ、苦笑混じりに話し始めた。

 

「お前さんを先頭とした団体がこの鯢呑亭に入っていくのを目撃してからというもの疑問に思っていたんじゃが、今そこで酔って大騒ぎしてる人間共は一体何の集まりなのかのぅ? 後から入ってきた身で悪いが、何分煩くてゆっくり酒を楽しめんわい」

 

 そう言って指差す先には、わいわいガヤガヤと酒とつまみをかっ食らいながらどんちゃん騒ぎをしているむくつけきオッサンどもが居た。マミゾウさんから呼びかけられる前、俺が混ざって酒を呑んでいたのがあの集団だ。

 

 自分がこっそりあそこの席から抜けて時間もちょっと所ではなく経過しているのだが、彼らがそれに気付いた様子はない。

 今も、鯨みたいな帽子を被ったピンク髪に水色の着物を身に付けた店員さんに向けて、酒瓶を幾つか追加注文をしているようだった。

……一応、俺って今回の飲み会の主役の筈だったんだけどなあ。

 

 主役が居なくなっているのに、誰もそれに気が付いてないとはこれ如何に。

 うん、分かってる。答えは皆がへべれけに酔っているからだ……つまり彼らの優先度的には 酒 > 俺 ……へへ、悲しい。

 おっと、自嘲に浸る前にまずは聞かれた事に答えねば。

 

「彼らは全員大工さんですよ。手掛けていた一軒家の建築がやっとこさ終わったんで、落成式ついでに飲み会を開いたって感じです」

 

「大工の集まりぃ? ……儂の記憶違いでなければ、お前さんは確か便利屋じゃろ? なんで一緒に呑んでおったんじゃ」

 

「なんでってそりゃあ、その家の建築を彼らに頼んだのが俺だからですよ。費用を抑える為に資材運搬を手伝ったりもしてたんで、まあ一応の主賓として呼ばれた訳なんです」

 

「主賓……という割には、席を抜け出されても彼等は大して気にしていないようじゃが?」

 

──言うな、一番おかしいと思っているのは俺なんだ。

 

 それに多分『気にしていない』じゃなくて『気付いていない』が正解の筈なのだ。人をさも可哀想な奴みたいに指摘するのはやめておくれ、心が傷付いちゃう。

 目をこれでもかと細める事により抗議の意を表してみたのだが、マミゾウさんはこれを気にする事なくスルー。そして、何かを思い出すようにして盃に満たされた水面に目を滑らせた。

 

……それから、ややもせずして声を上げる。

 

「ふうむ、響子のやつが以前『命蓮寺の近くに新しい家が建ってる!』と騒いでいた事があったのう。もしや……」

 

「あー、多分そのご想像の通りです。こっちの敷地は薄い雑木林に囲まれているので、お隣さんと呼ぶにはちょっと遠い感じはしますけどね」

 

「そうかそうか。なんにせよ、近隣にお前さんが居を構えたと知ったら寺の彼奴らも大喜びするじゃろうて」

 

「またまたそんな大袈裟な。……実はもう挨拶だけは済ましてあるんですが、精々が“隠れ蓑”が増えた事をほくそ笑む程度でしたよ。大喜びしてくれたのなんて聖さんと響子ちゃん位なもんでした。それも正直、彼女達の性根が善性に寄っているからというのが大きかったんでしょうし」

 

 新築なマイホームの事を命蓮寺の皆に話した時の光景を脳裏に思い出していると、何故だかマミゾウさんは「クックック」と感じの悪い笑みを零していた。

 流石に「ん?」と疑問に思ったのだが、それを最後に彼女は意味深な笑顔を浮かべるだけ浮かべて、俺との会話をあっさり切り上げたのであった。

 

……なんか不穏だなぁ。

 

 

 

 

 

 仕方なしに俺が彼女から離れるのと同時に、何故だか興奮している様子の鯢呑亭の看板娘がマミゾウさんの所へと立ち替わりに近づいていった。

 

「ちょっと、どうして深夜じゃないのに来てるんですか!? 『鯢呑亭に妖怪が出る』って噂が立つと客足が途絶えるから困るんですって、私何回も言いましたよね!?」

「うむ、それは何度も聞いた。耳にタコが出来る位にはな。じゃが安心せい、儂の変化の術はそう容易くは見破られんからのう。そら、普段は目立つ尻尾も実はこうして隠しておってじゃな……」

「待って! お願いだからほんとに待って! 店内で尻尾を出さないで! バレちゃう! バレちゃうからぁ!」

「……美宵ちゃん、今向こうが大騒ぎしてて命拾いしたのう。もしそうでなかったら、お主の大声で視線を集めて本当にバレるところじゃったわい」

「うっ、ご、ごめんなさいぃ」

「うむ、以後同じ事繰り返さないよう心掛けるのじゃぞ」

「は、はいぃ、わかりました……ってなんで私が謝ってるんですか!? あ、それとさっきまでウチのお得意様に声掛けて話し込んでましたよね!? もし何かの弾みで変化が解けたらどうするんですか!?」

「いや、だから儂は変化のぷろふぇっしょなるじゃから心配には及ばんし、彼の場合はもう既に儂が妖怪だと知っておる──」

「不味いわ! もしそれでこのお店が妖怪居酒屋だって評判が立ってしまったら……お得意様が居なくなって……売り上げも右肩下がりに……鯢呑亭はお終いよぉ〜」

「……はぁ〜、まったく騒々しいやつじゃのう」

 

……まあなんか、飲兵衛達の喧騒でよく聞こえてこないのだが、見た感じ二人は楽しそうに会話してるっぽい?

 

 それに随分と親しそうである。

 

 という事はマミゾウさん、鯢呑亭の常連だったりするのかな? もしかすると俺なんかよりもずっと昔からの。

 むむ、それで店員さんとあのような距離感とは……なんか先を行かれているようで妬ましいなぁ。

 

 妬ましいなぁ。

 

 ふむ。

 

 ならば、こっちも張り合うしかない(?)ではないか!

 

 元のテーブルに戻ってから直ぐに、酒を盃に並々注いで一気飲みする。それから忙しそうにテキパキと注文の品を仕上げていく禿頭のおやっさんの正面に立ち、この酔っ払い達の乱痴気騒ぎに負けない位に声を張り上げた。

 

「おやっさん! 煮物一皿お願いします! 俺大好きなんでおやっさんには毎日煮物作って欲しいです!」

 

「? ……? お、おう。あんがとな…?」

 

 何か今、酔った勢いでとんでもない事を口走ったような気がする……いや、気の所為か。

 




 章題でどの勢力が登場するのかバレバレ問題
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