演出上の都合により、夜間モードのオフを強く推奨致します
──夢を見ている。
最悪の夢だ。
宵闇の中に、ポツポツと灯った幻想的な照明が数多ある遊具を照らす、無名のテーマパークの園内にて。
顔も名も知らぬ何者か達が寄り集まって、俺という弱者を叩き潰そうと躍起になっていた。
平和的な対話を試みようとしても、自分の声に耳を傾ける者なんていやしなかった。ただただその存在が気に食わないといった御様子で、その返答は無数の弾やレーザーで以って行われた。
何故、
何故、俺はこのような夢を毎晩見続けなければならないのだろう?
数日前から頭に浮かんでいたそれらの疑問は終ぞ解消される事は無く、また『なんでこんな目に遭わねばならないのか』などとアレコレ不平不満を口にする余裕なんてものも、迫り来る弾幕を目前にしては存在し得なかった。
……そもそも俺が今見ているのは、なんて事の無い唯の“夢”の筈である。常識的に考えれば、その渦中で道理や理屈を求めるのは、筋違いの行動なのだろう。
夢の中に於いて、起こり得ない筈の事態はさも当然の事のように起こり得る。今置かれている現状の突拍子の無さや奇天烈さに対して、疑念を抱くのはきっとナンセンスな事なのだ。
全ては就寝中の脳内で起こっているだけの、謂わば些末事なのだから。
『夜の遊園地内で美少女達に追い掛けられる──だなんて、存外に俺は妄想力が逞しかったんだなあ』と、夢から醒める朝になって笑い飛ばす事も出来た筈だった。
それか、そういう夢を見ていた事実自体を意識の隅にでも放り出して、新しく始まった生活を営んでいる内にそれを完全に忘れ去る事も、多分出来た筈だった。
だがしかし、結局の所それらが叶う事は無かった。
なにせ──
この夢は、俺にとっては笑い飛ばす事も完全に忘れ去る事も出来ない、最悪の世界なのだから。
記憶は朝方にはすっかり薄らぎはするものの、夢の中で体感した恐怖はどうしようも無く本物で。
故に俺がこの夢の世界で目覚めてからは、追跡者達に見つからないようひっそりとして時間の経過を待つ事を心がけている。それが
そういう訳で、今宵も夜中のテーマパークの敷地内で目を覚ますと直ぐ様に行動を開始した。遠方からちらほらと人の影が飛来するのを確認しつつ、なるべく人目の付かない様な場所を見繕って潜伏する。
……まあ、当然の事ながら向こうの方に土地勘はあるし頭数も断然敵わない訳で、この都合三回目となる『自然と目が覚める明朝まで、隠れて時間を稼ごう作戦』が成功した例は一度たりとも存在しない。
“三度目の正直”という。その諺に賭け、問題なく事が進めば良いのだが、しかし“二度あることは三度ある”という諺もある。
残念ながら今の俺に適用される諺は、前者ではなく後者であった。
──ああ、まったく嫌になる。
俺は幻想郷とはまた異なる、別の世界に迷い込んでしまったのだろうか。
どうすれば、こんな悪夢を見ずに済むのだろう?
『夢で負った傷が現実の身体にも表れる』だなんて話、荒唐無稽で、余りにも巫山戯過ぎている。
仮に夢の中で死ぬような事があれば──と、発見されてしまったというのにそんな想像をしてしまって、逃れる足が一瞬遅くなってしまった。
後方から伸びて来たレーザーが近くを擦過して、左耳をチリチリと軽く炙る。
「ひぃっ」
何とも情け無い悲鳴を漏らし思わずチラリと後方を確認すると、視界に入ったその光景はどう転んでも絶望的で、これならば前方を見据えたまま方がマシだったなと速攻で後悔した。
背後には、夜空一面を覆い隠す様にして迫り来る、色取り取りの凶器の数々。
一度見つかってしまえば、発見者が騒ぎ立ててあっという間に他の奴等を招き寄せてしまう。その大きくなった騒ぎを感知した奴等が更に騒ぎを大きくして──といった感じで、俺の後ろに追い縋る奴等の人数は十をとっくに超えていた。
その各々が畳み掛けるようにしてレーザーやら星形の弾やらをこっちに放っていて、気を抜けば一瞬でその弾幕に全身が飲み込まれる事は目にも明らかだった。
そうなってはなるまいと、“博麗の巫女”から先日教わったばかりの飛行術にて、ひたすらに逃走の一手を打ち続ける。
ここまで蜂の巣をつついたような騒ぎになるのは初めての事だ。昨晩だって一昨夜だって、一対一の状態で撃ち抜かれて目覚めていた事であるし。
「チクショウ、どうすればいいってんだ……」
悪態をついても現状は打開されない。
そんな事は重々承知している。その上で、こんな意味不明な状況下に立たされては口汚くならざるを得ない。
どうして何もしていないのに襲撃されねばならないのか。彼女達に悪事を働いた覚えなど無いし、何か恨まれるような事をした覚えも無い。
なのに、連夜執拗に追い立てられてしまう。
まるで俺という存在そのものが何かしらの問題を抱えているかのように。
まったくもって理不尽極まる。
こっちだって好きで悪夢を見てる訳じゃ無いのに──
『おや、何やら足元が騒がしいと思ったら
何時ぞやの女学生では無く、貴方でしたか』
「……なんだ、誰だ!? って痛え!」
突然頭の中に聞き覚えの無い女性の声が響いて、動揺して飛行体勢が崩れる。そこをつかれてナイフの形をした弾が二の腕を浅く切り裂いた。
恐ろしいことに、感じる痛みは現実でのそれとほぼ遜色無い。
『こっちです、こっち。上を見て。
ここに来れば夢の住人に襲われずに済みますよ』
そう言われ弾けるようにして夜空を見上げると、そこにはいつの間にか空間に靄がかった穴が開いていて、その中で何者かが自分を手招きしているのが窺えた。
──今まで見てきた悪夢とは異なる、全く知らない展開。
向こう側に潜むそいつを信用して良いものか数秒ばかり逡巡したが、その誘いを断った所でいずれこの身が弾幕の波に飲まれる事は自明の理。
もしそうなってしまったら。寝床から飛び跳ねて『身体が痛い!』と愚痴るいつものパターンを迎えるのだと、たったそれだけの被害で済まされるのだと、一体誰が保証できようか? それを最期に意識がぷつりと途絶えてしまうという可能性が、もしかすると存在するのでは?
そうなる位ならば、あの怪しい誘いに乗っかって、事態の改善を期待する方が賢明、の筈だ。多分。
加えて、悪夢を見始めてからというものやっとのこと接触出来た『平和的な対話が出来そうな人物』である。
どうにも訳知りそうな口振りである事も気になる。俺は意を決し、高度をぐんと上げてその穴の中へと勢いよく突っ込んだ。
飛び込んだ先はなんとも不思議な空間となっていた。
変わらずの大きな月が顔を出す夜空には打って変わって格子状で薄紅色の線が方々に散らばっていて、地表は広々とした遊園地から視界に容易く収まる程度の面積となり、足元が透けて星が瞬きが見て取れる半透明な円形の足場となっている。
その中央には真白いティーテーブルと一対のチェアが置かれており、その内の一つに先程頭の中で響いた声の主であるらしき、長く赤いナイトキャップに白黒のワンピースを着た少女が座っていた。
「ご安心なさい、この空間に夢の住人が入ってくる事はありませんので。しばらくはここで時間の経過を待つ事をお勧めしますよ。そうすれば、貴方は自然と
彼女は、困惑しきりの俺に言葉を噛み砕くようにして言い放ち、藍色の瞳をこちらへと向ける。
「まぁ見ての通り何も無い所ですから、向こうの朝日が昇るまで暇を持て余す事でしょう。……そこで提案なのですが、ここは一つ私の話し相手になってはいかがですか? 貴方の顔に『何がどうなっているのかさっぱり分からない、誰か説明してくれ』と判り易く書いてあることですし、ね」
「反面、私は暇潰しに事欠きませんがね」と言って、少女は何やらピンク色で弾力のある塊を片手で弄び始めた。目はこちら側に固定したままだ。
……どうやら、こちらからの返答を待つつもりであるらしい。それか促しているのかも。
ふぅと一息ついて、さてどうしたものかと頭を捻る。
いまいち状況が飲み込めていない俺でも、今この瞬間こそが、この訳の分からない現状に対して理解を深める絶好の機会であるのだと直感出来た。
きっと今抱いている疑問の数々も、彼女の説明に耳を傾ければあっという間に氷解する事だろう。そう強く期待させる程の、ただならぬ風格が彼女には備わっているように思える。
しかし。
しかし、なあ。
「……名前」
「……はい?」
今の呟きを聞き逃したらしく、ピンクモチモチで興じる少女は手を止めて、聞き直してくる。
「何故だか知らんがそっちはそうでないみたいだが、こっちはあんたの事を全然知らない。名前すらな。そしてそんな名前すら分からん正体不明の相手と気楽にお喋り出来る程、自分が不用心な人間だとは思っていない」
追われている最中に頭で響いた声の内容は、余裕の出来た今になって思い返すと可笑しなものだった。『何時ぞやの女学生では無く、貴方でしたか』と言っていたが、その言い草はまるで俺の事を既に予め知っていたかのような口振りであった。
当然、俺は彼女と知り合いなどでは無い。つまり向こうが一方的にこちらの事を把握していたという事に他ならない。
あまり良い予感がしない。
現状を詳らかにしたい好奇心よりも、警戒心や猜疑心が先立った。
「ああ、言われてみれば確かに、まだ自己紹介をしていませんでしたね。立場上、異変時でもなければ現の者と接する機会もそうそう無いので、うっかりしていました」
椅子に腰掛けた少女はすらすらと名乗り始める。
「私はドレミー・スイート。夢の世界の支配者です、以後お見知りおきを」
「……別に以後お見知りおきするつもりはこちらに無いんだが」
「まあまあそうつれない事は言わないで。兎も角、これで今の貴方から見て、私は『名前すら分からん正体不明の相手』ではなくなったでしょう?」
言外に『だから話し相手になってくれるよね?』と主張したいようで、空席になっている反対側を指して、彼女は細指でトントンと卓上を叩く。
「……うーむ」
奇抜な格好ではあるものの、相対する彼女の容姿の程度は“著しい”ものであり、“人目を引く”ものである事に疑いは無い。そんな少女からの折角のお誘いであるのだが、あんまり気が進まない。
少しやり取りをしてしまって毒気が抜けてしまったが、依然彼女に対する警戒心は解けていないのだ。
むしろ、自己紹介を経て逆に高まったと言ってもいい。
眼前の少女は、自身のことを夢の世界の“支配者”なのだという。それが真なのであれば、夜の遊園地で襲いかかって来たあの少女達は、ドレミー・スイートの指示をもとに行動していた事になるのではないか。
その上で困っている所に手で伸ばし救ってみせるだなんて、それは卑劣な自作自演に他ならない。
まあ“そこまでしてかける労力”と“俺に恩を売るという成果”が見合った物であるのかは甚だ疑問が残るものの──何にせよ自己紹介をしたからと言って、次の瞬間に『じゃあ何も心配はないね! 仲良く談笑でもしようか!』とはならないのである。
それと、妙に馴れ馴れしい様子である事も気掛かりだった。
「その、刺すような猜疑の眼差し。どうやら詮無き容疑を被ってしまったようですね。これは困りました」
「本当に、詮無い事かどうかは分からないだろう。いやそもそも、さっきからあんたはどうして俺との対話に拘るんだ。何か良からぬ事でも吹き込もうって魂胆なのか?」
「……そんなつもりはさらさら無いのですがねえ」
こちらの警戒心の高まりを感じ取った様子の少女は、やれやれと肩を竦めている。
──今の自分の疑り深さは過去類を見ない程の物であると自覚している。
有り体に言えば八つ当たりに近い事を、ドレミー・スイートという少女に対して働いているのだと思う。毎晩悪夢に魘されて、抱え難いストレスによって存分に侵された状態では、初対面の人物相手に信を置ける程の心の余裕など、保持するべくもなかった。
「判りました、ではこうしましょう」
恐らく彼女は、そのまま不毛な膠着状態に陥るのを嫌がったのだろう。結果だけに着目すれば、向こう側が譲歩する運びとなった。
「一先ず貴方には、この場で私の“要求”に応えて頂きます。その代わり、貴方が望まない限り、その身が夢の世界に迷い込まないよう夢の世界の支配者として最善を尽くす事を確約致します」
「……あの遊園地で追い立てられ死に目に遭うような事が金輪際無くなるのであれば、それで構わない」
「では、取引成立ということで」
促されるままドレミー・スイートと対面の席に腰掛けると、思いの外テーブルの半径は短く、二人で利用する分には少々手狭なサイズ感である事に気が付いた。まあ、だからなんだという話だ。
そんな事よりも、彼女を間近に観察すると細長い尻尾が生えている事に今更気付いて酷く動揺してしまった。作り物でない本物の尾が人型に備わっているというのは、なんとも非現実的な光景だ。ついついフワフワとした尾先を目で追ってしまう。
すると、案の定訝しげな視線が向けられてしまった。それをなんとか誤魔化すべく空咳をして、咄嗟に話題を弾き出す。
挙げるのは、先程の取引についての事。
「で、“要求”ってのは具体的に何を求めるつもりなんだ? 見てのとおり、俺には身一つしかない。大したものは払えないんだが」
「いいえ、特段複雑な事を要求するつもりはありません。ただ、貴方は私の話に耳を傾ける。それだけで良いのです」
「……はあ。話、ですか」
話を聞くだけとはなんとも容易な要求だなあ、と拍子抜けしてしまった。その対価として『俺が夢の世界に迷い込まないよう最善を尽くす』と言っていたが、果たしてそれで釣り合いが取れているのだろうかと思わず心配になってしまう。
しかしながら、そんな簡単な事で悪夢を見ずに済むのならばお安い御用。正面に座す少女を真っ直ぐに見据え、傾聴する姿勢を示して見せる。
「夢の管理人たる私が、現の者に対して過干渉を行うのは本来望ましくはありません。今このようにして貴方との対話の場を設ける事自体、滅多に無い特例である事を前提として承知しておいて下さい」
語り始めたその口調は何処か重々しく、聞いていると自然と背筋がピンと張る。
「ふむ。基礎的な、現の世界と夢の世界の関係性についての知識も持ち合わせていないでしょうし、となると何故夢の住人が貴方を排斥しようとするのか説明しても十全の理解は得られないのは自明。……さて、まず何から伝えて良いものか」
少し困ったような表情を浮かべた後、ドレミー・スイートは片手で虚空から一冊の本をポンと取り出し、それをペラペラと捲り見ながら、言う。
「……ああ、そもそも、貴方は最も初歩的な事を認知していなかったのですね。失念していました」
本を閉じそれをテーブルの上に置き、両肘をついてこちらを見やる彼女の瞳には、ゾッとする程の興味の色と、深く憐れむ同情の色とが綯い交ぜになって映っていた。
「
──もし無かったのなら、その緩んだ意識を改める事を強くお勧めします。現に戻った後、足元を掬われても知りませんよ?
そう言って、少女は形の良い唇を結んで微笑んだ。
「……いただきます」
元外来人という近くの農家さんが『ここに来たばかりで大変だろう』と融通してくれた、くず野菜。それを軽く炒めただけの一品が俺の眼前に鎮座している。
塩や胡椒といった贅沢な調味料は完全無欠の貧乏人には縁が無く、ご近所さんを伺って何かとトレードしようにも、こちらには差し出せる物が何も無い。
単に、火を通しただけの、くず野菜。
これが、今日摂取出来る朝餉の全てであった。
というか朝のみならず晩飯までも、大体同じ位の素朴さだった。昼飯代を捻出する余裕は一切無く、今のところ一日二食。近いうちに一日一食に移行する必要性すら感じている、そんな近況。事態が差し迫りすぎて溜息も出てこない。
ひもじい、ひもじいなあ。
こんな粗末な食生活が日常になるだなんて、果たしていつぶりの事なのだろうか。嫌に懐かしい感触に、目尻から涙が溢れそうになった。
今日になって、俺がこの幻想郷に流れ着いてから一週間が経過しようとしている。
外の世界ではもう既に大学の長期休暇は終わっていて、今頃『学生が一人失踪した』と講師内で問題になっているのかもしれない。
履修登録してない、単位が足りない、待ち受ける留年。
学生の身として否が応も無く頭によぎる事柄はあるのだが、それは外の世界に帰ってから本格的に向き合う所存である。……ちょっぴり逃避気味になっている感は否めない。
休学扱いって事にしてくれないかなあ。
『俺の“常識”を、“非常識”に塗り替えてやろう、幻想郷の住人たちの“常識”を、是非とも
『そんな決意を胸に秘め、当分の間はここで過ごすことになるだろう』
『──この幻想郷で、“
……これらは俺が外の世界への帰還を果たす為、博麗神社から人間の里へと出戻った際に心中にて宣言した決意表明である。
正直に白状しよう。
あまりにも見通しが立っていない、勢いだけの甘ったれた宣言であったと。
小っ恥ずかしい黒歴史ものだったと見做してもいい。
その時の俺は、期待していたのだ。
フィクションで言えば今は物語の起承転結の“起”の部分で、この非常識な世界で暮らす内に驚きあり涙ありのサクセスストーリーが展開されるのだと、馬鹿馬鹿しくも、心の何処かでそう淡く望んでいた。
幻想の地に望まずして迷い込んだ異邦人が、もとの世界へと戻ろうと奮闘する──現状を要素だけ抜き出し適当に羅列すると、何ともそれらしく聞こえるではないか。
しかし現実問題そう上手く事は運ばない。里の住み着いて数日経つと、直視に耐えない無情な現実が、大きな口を開けて待ち構えているのがしみじみと感じ取れた。
……とまあ少し大仰に表現したが、その“直視に耐えない無情な現実”とやらは、実は単語一つで簡潔に言い表す事も出来たりする。
金欠
全ては、この一口に尽きる。
一応、藤見屋という名の運送業兼サービス業を生業としてはいるのだが、いかんせん無名も無名。知られていない業者には当然仕事の話が転がってくる筈もなく、これまでに受ける事の出来た依頼の数はたったの二件。
そのどちらも仕事内容は誰にでも出来る簡単なもので、となれば報酬は雀の涙となり、それもなけなしの食費となって消えていく。
そうして出来上がった、貯蓄がほんの少ししかないという惨状。目を覆いたくなる。
無論、職を変える事も検討した。
しかし居酒屋や農家などの様々に出向いて頭を下げてみても、こちらが右も左も分からない外来人と知るや否や何故か速攻で断られるという散々な始末。
通りがかった貸本屋に寄って求人情報を求めたものの状況は好転せず、結局は現状維持が一番マシだという結論に至っていた。
まあ今その“一番マシ”を選び取った結果、金欠状態に陥っている訳なのだから、本当に参ったものだ。
このような状態では、スキマ妖怪から仰せつかった『幻想郷の常識を身に付けろ』というやや雑然としたミッションに取り掛かれる余力が存在できる筈も無い。
そういう訳で当面の目的は、『心と懐に余裕が持てるような生活を送る』と定めている。
何事も基盤から固めていかなければ、立ち行くものも立ち行かない。
朝から色々と胸中で愚痴っているが、そればかりしていても気が滅入るだけ。なので悪い知らせだけでなく、良い知らせについて思考を巡らせてみる。
例えば、昨晩俺宛てに依頼書が届いていた事。
具体的な仕事内容は、まあ少し気になる点はあるが、極々普通の配達作業という感じ。それを無事こなせれば大体四日分くらいの食費が確保出来る。是非とも物にしなければ。
他には──そうそう、起床後なのに身体が酷く傷まない事。これもまた素直に喜ばしい。
俺が人里で寝泊まりするようになってからというもの、『朝起きると自分の身体に覚えのない怪我が出来ている』という不可解な現象が連日発生していた。
その日見た夢の中にて負った怪我と、現実でのそれがそっくり対応しているようだから、恐らくはフィードバック的な作用がこの世界では働いているのだろう。つまりこれは幻想郷内での常識。ここの住人はさぞ夢の中であっても用心深いに違いない。
そう当て推量して、その上でご近所さんに話を振ってみると、『何言ってんだこいつ』と怪訝な目を向けられてしまった。
もしやこの怪現象は、俺一人にしか起きていない…?
その事実に思い当たって大層不安になったものだ。そしてこの事を他の誰かに相談しようにも、『新しくやって来た外来人はなんだか頭がおかしいぞ』などと人々に噂されてしまう──そう思うと躊躇われた。
さてはてどうしたものかと頭を抱えていた所に、気持ちの良い目覚めを迎えられた本日の早朝。
起き抜けに痛みが伴わない事の、なんと素晴らしいことか。
まあ実は全くの無傷という訳でない。両腕に細かく散らばった短い線のような傷が出来ていて、その密度はつい目を逸らす程のエグさだったりするのだが、あくまでも浅い傷な為にあんまり痛くないのだ。
では、昨晩見た夢の内容は何だったのか。
不思議な雰囲気の少女と面と向かって何やら会話していた様子を朧げに覚えてはいるものの、その細部は曖昧で、具体的に何を話していたのかすら思い出せそうにない。
もとより夢とはそういう儚い代物。
思い出せないという事は、それほど大した体験をした訳では無いのだろう。
何か、胸中に引っ掛かる物があるような……
「いやいや、今は夢ではなく現実と向き合う時だろ」
一人寂しくツッコミを入れて、明後日の方向にズレていた思考の軌道修正を図る。
食費と家賃で手一杯の貧乏人が考えるべきは、もっと実際的で、実利的な物事の筈。
今で言えば、有り難くも舞い込んできた依頼に対して、全身全霊を以って応えられるよう思索を巡らせる事だ。仮に失敗して報酬ゼロとなってしまっては、いよいよ本格的に困窮する羽目になる。
絶対に失敗は許されないのだ。
洗い物を適当に片付けた後、外出する身支度を整える。
そうして改めて依頼書に目を通しその内容を確認し直してから、俺はうらぶれた裏町の一角にある、古びた長屋の一室から飛び出した。
少しだけ特殊タグを使用してみたいなーと思い立ちまして、思い切ってやっちゃうことにしました 少々読みづらかったかもしれません ごめんなさいね
前々回にも演出強化の為にちょっぴり手を加えたので、出来れば軽〜くでいいので目を通してもらえるとありがたいです 縦書きなんてものが出来るんですね 全然知りませんでしたわ