東方被常識 あべこべなこの世界で俺は   作:自律他律

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貧する新参者、寺に転がり込む

 

 

 改めて思い返すと、あれはもう一週間ほど前の事になる。

 知らぬ間に自分が“幻想郷”という外と結界で隔てられた辺境の地に迷い込んでしまったと分かり、「こんな妖怪だらけの危険な世界に居られるか! 俺は外の世界に帰らせてもらう!(超絶意訳)」と手早く心に決めたその翌日、実際に帰るべくして博麗の巫女のもとを訪ねた時の事だ。

 

 危険な道中を護衛してくれた & 霊力を用いての火の術を教えてくれた妹紅さんに礼を言って、気が遠くなる程の長い長〜い石段を上って、鳥居の向こう側にある境内を視界に収めたその時。

 

 割としょぼいところだなぁ──と、結構礼儀に欠いた感想をその時の俺は抱いていた。割と率直に。

 

 それはそこの空間内には(巫女さんを除いて)余りにも人の気が無く閑散としていたからでもあるし、建っていた神社それ自体も、数年前にでも全改築したのか見るからに様相が新しく、年季というか歴史深さというか、ともかく由緒正しい感があんまり感じられなかったからでもあった。

 

 これが例えば本殿がもう一回り大きかったり、ないしサイズはそのままとしてもある種の古臭さが名残りとして建物に残留していたならば、きっと俺は『思ってたよりも小規模』とか『ちょっと寂れてる』とか、そんなネガティブな印象を博麗神社に対して持たなかったんじゃないかなー、と。

 

 そんな事を、今にして思ったりする訳だ。

 

 

 

 

 

 

 物思いに耽って知らず、進める足を止めてしまっていたらしい。

 

「……急に立ち止まって如何致しました? やはり、何か気掛かりな事でも?」

 

 清閑な雰囲気が遠くからでも感じ取れる厳かな本堂をぼんやりと脇見していると、それに気付いた様子の命蓮寺の住職さんが、とても心配した素振りをして話し掛けてくる。

 その際に、はたと気付く。

 彼女のその、柔和で清廉そうな整った顔立ち。博麗の巫女といい、もしかすると幻想郷にある宗教施設は、押し並べて自分にとってのお得スポットなのかもしれないな、と。

 

「……いえ。ただ、少し見て回っただけでもこの場所は随分と立派なところだなぁって感心してしまいまして──」

 

 かぶりを振って、別に何でもないですよと安心させるように伝える。

 しかし、住職さんはこの言葉に余り納得いかなかったようで、その次には申し訳なさそうな表情をして謝意を示してきた。

 

「もし先程働いてしまった無礼のことを思い出しているのであれば、私は何度でもお詫び致しましょう。浅ましくも独り合点をしてしまって──」

 

 はあ……そうやって切り込まれるのは、これで何度目になることやら。

 ややあって彼女を騙している形となっている手前、居心地が悪くて仕方が無い。

 

「そ、その件についてはもう気にしてないと言いますか……そう、あれは悲しい事故だったんですよ。むしろ、何の要件かと問われて変に黙りこくってしまった自分の方に非はあったと言っても過言無いくらいで。ほら、それならば人を不審者と見誤って咄嗟に殴り掛かろうとしても、全然おかしくない話だとは思いませんか?」

 

「全く思いませんけれど……」

 

「あ、はい。そうっすか」

 

 懸命に捲し立てた慰めの言葉を、あっさりと両断してみせたその僧侶の名は、聖白蓮。

 命蓮寺の表門にてついさっき知り合ったばかりの間柄である。

 しかし少なからず言葉を交わす事になった今現在、その間に、どうやら彼女は圧倒的な善性の持ち主であるらしいと、俺は薄々察してしまっていた。

 

 聞き心地の良い柔らかな声に、物腰穏やかな表情。

 何気ない所作・態度から溢れ出る、嘘偽りの無い絶対的な良い人感。

 

 徳の高い人というのは得てしてこのような者の事を言うのだろうと、接していてつくづくと思い知る。

 うっかり後光でも差しているのではと錯覚してしまいそうだ。

 

──そんな善良な人を、今の俺は全力の演技をして欺いている。

 

 美醜感覚の狂いを周囲から悟られぬよう外の世界で頑張ってきた経験が物を言って、今のところ上手く行っている現状ではあるが、これも一体いつまで保つのやら。

 

 自分とは違う正常な集団に帰属する為と、

 純粋に内情を知らない他者を騙す為。

 

 外の世界でやってきた事とは随分と毛色が違っていて、今にも表情筋がヒクついてしまいそうだ。事実、さっきから良心の呵責がすごいのなんのって。

 だからこそ、さっさとこの『折に触れてなにかと謝罪の言葉が投げ掛けられる(しかもそれを言う人には一切の非が無く、有るのは寧ろこっち)』という、奇妙な状況からの脱却を図りたいのだが……

 

 どうやら自分一人がいくら言葉を重ねようとも、自責に駆られる彼女を説得するのは難しそうだ。

 ならばここはやはり、人の手を借りる他ないか。まあ、実際に借りるのは人の手じゃなくて妖怪の手なんだけど。

 そう心中で呟いて、正面に立つ住職さんとは反対側の、つまりは俺の背後からついて来ていた彼女達の方へと意識を向ける。

 

 そこには表門での一悶着に終止符を打ってみせた、二名の妖怪の姿があった。

 当然、住職さんと同様、ついさっき出会ったばかりの間柄である。故に()()()()に至る経緯が丸っ切り欠如している訳なのだが、俺はそれを意図的に無視して話を振る──

 

「暴力を振るわれそうになった俺が『気にしてない』と言っているんです。なら、あの件はもうそれで手打ちという事でいいじゃあないですか」

 

 まるで、気心の知れた友を相手にして話しかけるかのように。

 

「──なあ、そう思うよな? ムラサ、一輪」

 

 

 

 

 

 すると、急に会話の切っ先を向けられると思っておらず気を抜いていたのか。

 並んで歩いていた“村紗(むらさ) 水蜜(みなみつ)”および“雲居(くもい) 一輪(いちりん)”の両名は、俄かに揃って色めき立った。

 

「え゛!? う、うんうん。全く私もその通りだと思うわー。なんなら事前に聖様に話を通してなかった私たちも悪いと言うか……」

 

「ほ、ほんとよねー。それにほら、姐さんもさっきから気に病み過ぎではありませんか? やってしまったものは仕方が無いですし、切り替えていきましょうよ。当人も不問にしたいと言っているのですから」

 

 傍から見て、あからさまな動揺の色が窺えた。だからお世辞にも上手い演技とは評せなかったのだが、それは裏の事情を知る自分だからこそ抱ける感想であったのだろう。

 

「──確かに、少々取り乱し過ぎたかもしませんね」

 

 特に空の髪色をした尼さんの進言が刺さったのか。頬に片手を当てながらそう言って、住職さんは渋々ながらも納得した様子を見せていた。

 そんな彼女のしおらしい様を受けて今度は二人の妖怪がなんとも慚愧に堪えない表情を浮かべ始めたので、酷いようであるが俺は内心で『もっと後悔してくれてもいいんだぞ』だなんて思ってしまう。

 

 なにせ、どれもこれも、全ての発端は彼女達にあるからだ。

 現在進行形で俺の良心が苛まれているのも、彼女達の所為である。善人を騙くらかす事の如何に罪深きことか、是非とも同等に味わってみて欲しい。

 

 それを願うに足る資格が、自分にはある筈である。

 

 今こうして住職さんの立ち会いのもと、寺の施設案内が繰り広げられているのも、更に言えば、今日この日を以って()()()()()()()()()()()()()()()()のも、全ては彼女達の声無き要求を飲んでの事なのだから。

 

 

 

 

 

 ••••••

 

 

 

 

 

 あ、これ()ってお寺に持っていっちゃダメなんじゃね? と薄ら察しつつも、依頼内容を選別出来るほどの金銭的余裕が皆無であった今朝の俺。

 

 ひっそりと忍んで届け物をせねばならない所に、運の悪いことに(人生初のリアル獣耳との邂逅に浮かれてしまったこちらの完全なるミスと思えなくもないがまぁそこは置いておいて)幽谷響子という元気一杯な妖怪少女に見つかってしまって。

 

 で、あれこれとやり取りしているうちに流れるようにして『絶対にこの人だけには見つかるな』と依頼文にあった住職さんにもバッチリ見つかってしまい。

 

 何しに来たのかと問われてまさか馬鹿正直に「へえ、お宅にちょっとブツの闇取引をしに来たんでさあ」と白状する訳にもいかず。

 

 返事にあぐねている俺を不審者か何かと勘違いしたのか(まぁ実際不審人物に違いはなく慧眼だったのだが)、聖白蓮は何やら見るからに尋常じゃない輝かしいオーラを纏って、こっちに突っ込んで来る構えを見せていた。

 

 

「いざ、南無──」「「聖様、ちょっと待ったー!!」」

 

 

 こりゃいよいよアカンなという時になって、勢いよく飛び込んで来たのが彼女達であった。

 割り込んで来たタイミング的に『この二人が依頼人かな』と薄々察していた部分があったので、その直後、わーわーと二人が住職さんに捲し立てていくその光景に俺は特に何も言わず、経過を見守る事にしたのだった。

 

 そうしていると出し抜けに、セーラー服の少女がこちらを指差した上でこう言い放ったのだ。

 

「やあやあ、久方ぶりだねえ」

 

 と。

 まあ、当然彼女とも初対面なので、最初は何を言っているのかさっぱりだった。が、しかし彼女の『察してくれ』という言外の圧が凄まじかったので、ここは一旦話を合わせて、事態の成り行くままに身を任せる事にしたのだったのだが……

 

 

 

 いつの間にか俺は、村紗水蜜や雲居一輪とかねてからの親交を持っていて、かつ、その流れでつい最近仏教に興味を持ち始めた里の人間である、という経歴の持ち主になっていた。

 そしてここ命蓮寺には常時申し込みを受け付けている体験入信(泊まり込みで行われる所謂本格派、らしい)というものがあるので、それを目当てにやって来たのだと、そういう設定になっていたのである。

 

 いやそうはならんやろ、と正直思った。

 

 でも実際にツッコむ事はしなかった。というのも、彼女達の主張する法螺話を聞いて大雑把ながら把握したその時、突如脳内に霹靂の如く閃くものがあったからだ。

 

 一見すると無茶苦茶で、出来てその場しのぎが精々な、取って付けた様な設定である。

 

 だが、無理を承知でこれを貫くとすれば──それは、なんとも俺にとって非常に都合の良い話になりそうだなぁと、であるならばこの機をみすみす逃す手は無いよなぁと、自分が置かれている現在のあんまり芳しくない近況を鑑みて、そう頭を絞ったのだ。

 

 

 

 

 

 ••••••

 

 

 

 

 

 暫くここで寝泊まりするのですから、早いうちに慣れておくと良いでしょう──とのことで、引き続き住職さん主導の案内で、寺の内部を一通り見て回った。

 その最中、聖さんの目を掻い潜って桃色をした珍妙な雲がしきりに合図するので、手に持っていた件の届け物を手渡すと、そいつはひょろりと何処かへ飛んで行ったりもしていた。

 

 そしてその後、命蓮寺に住んでいる他の方々にも周知の為の挨拶をして回って(その際ちょいと一悶着あったが)ともかくそれも無事完了し、彼女達とは一旦解散して気を休めていると、いつの間にか鈍色一辺の曇り空は茜色に染まっていた。

 

「えーと、藤宮さん……でしたっけ? ちょっとこちらに……」

 

「え? ああ、はい」

 

 で、その情緒ある景色に見惚れる間も無く、俺はそんな密やかな声に招かれるままに、寺の端っこで人目を避けるかのように存在する一部屋へと上がり込んだのだった。

 

 

 

 

 

 障子を開けて部屋の中を観察してみると、そこはまあ、ザ・普通の和室と言った感じ。仰向けになって寝ればさぞ気持ち良かろう一面の畳に、壁には達者な字が載った掛け軸なんかが飾ってあって、中央には広めの四角いちゃぶ台が鎮座している。

 そして、二つの人影がそのちゃぶ台についていた。昨晩、書簡にてうちに酒の運搬を依頼したと思われる、村紗さんと雲居さんだった。

 

……つまりはこの空間に、お寺に禁制品を持ち込もうと目論み実践してみせた、有り体に言ってしまえば罰当たりな輩三名が寄り集まったという訳だ。

 

 アイコンタクトで促されるままに、俺も彼女らと共に卓を囲んだ。

 

「いや〜、一時はどうなるかと気が気でなかったけど、上手く行ったようで本当によかったわー」

 

「ふっふっふ。今晩に備えてアテの方も用意しないとねぇ」

 

 持って来た酒瓶がそれほど待ち遠しかったのか。それとも思い描いた通りに物事が進行して、ほっとしたのか。

 弛緩した空気を演出するようにして少女二人は談笑し始めた。が、俺はこの場でただ一人の外様であるので、その和気藹々とした空気感について行けずなんとも微妙な心境になる。

 

 いやまあ、心の底から喜んでくれているようだし別にいいんだけどね? こっちも、勇気振り絞って妖怪寺に踏み込んだ甲斐があったと思えるから。

 

 でもねえ。

 悲しいことに客の笑顔が満たすのは心のみで、懐の具合は対象外なんだよねえ。

 

 そもそも忘れてはならないのが、現在の俺は深刻な金欠状態に陥っているという悲惨な現実。明日分の食費の工面すらままならない身の上なので、共に苦難を乗り越えたことを分かち合うよりも、今は収入(お金)の話を優先したかった。

 

「あーその、盛り上がっているところ申し訳ないんですけど、報酬の方はどうなっているんですか? まあこちらの不手際で発覚寸前にもなりましたし、大幅の目減りは覚悟していますが……」

 

 先程、住職さんの前ではえらく馴れ馴れしい口を叩いたが、あれは口裏を合わせてのこと。

 彼女達とは間違いなく初対面で、更にこの部屋には裏の事情を知る者達しかいない。以前から知り合いであったかのように見せかける必要が無い以上、自然口調は丁寧なものとなった。

 

 そうやってやや遠慮がちに尋ねると、談話を中断した二人はお互いに顔を見合わせる。

 てっきりそのままこちらに与える額の量如何についての話し合いが始まるかと思いきや、何も言わずとも通じ合っているのかそれとも事前に決めておいたのか、会話も無しに両者はこくりと頷いた。

 

 当然そのやり取りが何を意味するのか分からない。脳内に疑問符を浮かべていると、補足するようにして村紗さんが発言する。

 

「や、まあ確かに、何事もなく受け渡しが出来たのならそれが一番良かったんだけどね? でも最終的に“アレ”は他の誰にも露呈すること無く私たちの手に渡ったんだから、それで全て良しって事でいいんじゃないですかねー」

 

「と、ということは……」

 

「ええ。別にそんな恐縮しなくても、文に記した通りの額はちゃんと支払いますよ。ほら」

 

 そう言って水平服の少女はちゃぶ台の影から封筒を取り出す。受け取って断りを入れてから中身を開いて確認すると、そこには間違いなく依頼文にあった通りの額が入っていた。

 ヨッシャ!と内心で高らかにガッツポーズした。幻想入りしてからというもの殆ど死に体であったマイ財政事情、それが辛うじて息を吹き返したのだと知れたのだ。ここ一週間ずうっとひもじい生活を送っていた者として、これ以上の朗報は無かろう。

 

 取り敢えず首の皮一枚繋がったかなと深く安堵していると、この感情の荒ぶり様が分かり易く表に出ていたのか、相対する二人は揃って苦笑いしていた。

 

──もしかすると、お金にがめつい奴だなぁとか思われてしまったのかもしれない。

 

 一概には否定出来ない。

 事実今は特に金銭面での困窮が著しく、稼ぎを得られるのならどんな要求だって応えてみせる、そんな気概が形成されしまっているほどなのだ。

 実際のところ、妖怪が棲んでいるとの事前情報に怯みながらも『ええいままよ』となりふり構わず寺に突貫したのは、そんな心理的な経緯あっての事だったりするし。

 

 

 

 

 

 俺がこの部屋に呼ばれた要件は、今の報酬の受け渡しをする為──ということでいいのだろうか。

 

 なんとなしに訊いてみると、どうやら違ったらしい。「そういえばすっかり伝え忘れてた、貴方がこの先どう動くつもりなのか訊いておきたくて──」との前置きをして話し出したのは雲居さんだった。

 

「さっき、私たちは貴方に体験入信希望者を名乗らせたじゃない?」

 

「ええ、それが?」

 

「そのことについてなんだけど……」

 

 曰く、彼女達が一芝居打つ際に利用するものとして体験入信という(てい)を選択した事自体に、さしたる深い理由はなかったらしい。

 心算としては、依頼した業者が住職に見咎められてしまったあの時の状況さえ切り抜けられるのであれば、告げる口実はなんでも良かった、とのことだ。

 

 あくまでも、一時しのぎ。

 それを念頭に意識させた上で、紺色頭巾の少女は言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()、それを今のうちに聞いておこうと思ったのよ。まあ、うちの錚々たる顔触れに挨拶して回った今、返事は決まってるようなものなんだけど、一応ね」

 

「……ああ、そういう」

 

 快活ながらも微量の自嘲を孕んだそれを聞いて、俺は瞬時にその意を正しく汲み取れなかった。

 が、少し間を置くと直ぐに彼女の言おうとしている事を、延いては彼女達がこの後どうやって俺という(住職さんからすると)招かれざる客を穏便に寺からフェードアウトさせるつもりだったのかを、なんとなく把握出来た。

 まぁ探られると痛む腹しかないので、結構()()()()見目をしている雲居さんが何故自嘲するのかは表立って触れないでおくが。

 

「『返事は決まってるようなもの』、ですか。……もしかして、今日か明日にでも出て行きそうだなぁこの人、とか思ってません?」

 

 そう言うと、ちゃぶ台の向こうの二人は揃って『えっ違うの?』とばかりに意外そうにしている。

 報酬の受け渡しが完了した今、この業者は可及的速やかにこの場から離脱したいと願っているに違いない──とでも決めつけていたのだろうか。

 

 明日より始まるという命蓮寺の体験入信。

 

 人間と妖怪の間に隔たる覆し難い力量差。或いは、酒や肉を代表とした嗜好の制限。……そして、そこに住まう彼女たちの非常に()()()()顔立ち。

 確かに、喜び勇んで乗っかかるには少しばかり問題点の多い提案ではあった。

 

 けれども今の俺の場合、それらの障害は何ら苦ではなかった。たったそれだけの話だ。

 霊力を扱えるので、抵抗・逃走は十分に可能。金欠により端から必要最低限のものすら摂取できていないので、現状嗜好品など望むべくもない。際立った顔立ち? ……どうやら今回ばかりは、生まれ付き備わってしまった己が特殊な価値観に、感謝の言葉を贈らないといけないようだ──

 

 奇跡的に、いろんな要素が合致していた。しかしそういった諸事情を全て把握しているのは、当然のことながら自分だけだった。

 なので彼女達からすると、あくまで一時しのぎ目的に過ぎないその設定に積極的に乗りかかろうとしている俺は、さながら威風堂々とした『変人』に見えていることだろう。

 なんだか事あるごとにそう言っておちょくってきたオカ研の先輩を思い出す。

 

 あの人元気してるかなぁ。

 俺が謎の失踪を遂げたと知って神隠しだとかなんとか言って騒いでないといいんだけど。

 外の世界に戻れた暁なんかにゃしつこい質問攻めを食らいそうだなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

「わー、物好きって本当にいるものなのねー。や、怖いもの知らずって言うべきかしら、この場合」

「え、ちょ、なにそれ本気なの? あんた正気?」

 

 当分の間はこのお寺に、体験入信中の信徒として世話になるつもりだ──そう伝えると、二人は心の底から驚愕した様子だった。まあ、多少なり好奇の目を向けられると覚悟していたが、まさか正気を疑われるまでとは。

 いやほんと、そこまで心ない言葉を投げ掛けられるとは思わなかった。種族が舟幽霊というちょっぴり恐ろしい彼女には是非とも遺憾の意を表明したい。というか今しちゃうか。しちゃおう。

 

「そうは言っても、申し込み自体は以前からやってたと聖さんから聞きました。なら当然居るんですよね? 過去に体験入信を希望した人が。今までに申し込む者が皆無であったのならまだ分かりますが、正気まで疑ってくるのは正直どうかと──」

 

 と、そこまで口に出して、並んで座る相手方が同時にバツの悪い顔をし始める。だがそれは己が発言の無神経さを悔やむものではなさそうだ。

 その様になんとなーく察する部分があったので、一旦言葉を切って恐る恐る質問してみる。

 

「もしかして、今回が初の申し込みだったりします? 挨拶して回る度に『え、こいつマジ?』みたいな表情されたのって、これまで誰も体験入信を申し込んでこなかったからとか、そんな訳だったりする…?」

 

 すると、コクリとあっさり頷かれる。

 

「……その、なんと言えばいいものか。そもそも件の体験入信というのは、じょ…とある問題児を更生する為だけに考案されたものを、一般向けに再調整したという経緯があってね──」

 

「で、その調整の仔細を詰めたのが聖なんだけど……どういうわけか、内容が雑事方面に偏っちゃってるのよねー。掃除とか洗い物とか。だから申し込んで何を課されるのかを聞いた時点で、人も妖も全員立ち去っちゃうのよ。そんな下らないこと押し付けられてたまるかーって感じで」

 

 だから正真正銘、貴方が一人目ね──と、村紗さんと雲居さんは言う。

 

 お、おう。俺は知らずのうちに人妖未到のフロンティアに足を踏み出そうとしていたのか……ま、まあ? こちらとしても本格的な修行を課されては正直困るし? サンスクリットとかてんで読めないし? それならばまだ、馴染み深い身の回りの世話に終始するのなら、いいのかなあ。

 

──体験入信を望んだ本来の目的を思えば。

 

 見識の浅さを盾に楽な方へ逃れようとするのは好ましくないのだが、梵字が人里で広く普及している様子もなし。となれば許容範囲と見做せる、のか? いや、そもそも自分がここで見知るべきは一体……

 

 今後の方針を固めがてら思考の沼に浸かりかけていると、それが呼び水となったのか。村紗さんがふと何かを思い付いたような顔をする。

 

「そういえば結局のところ、どうしてこんな妖怪寺に一時的にとは言え入信することに決めたの? よもや、本当に仏教に深い関心が…?」

 

「いんや、それほど無い」

 

「……なぁんだ、ちょっと期待して損した」

 

 何やらジト目になる彼女が口にした疑問は、幻想郷に於ける普通を思えば当然のこと。

 

 何故、単に酒の密輸を頼まれただけのか弱い一般人が、妖怪ばかりが集う怪しい場所に積極的に首を突っ込もうとしているのか。

 

 里の人間はもっぱら妖怪の類に対して警戒心が高いという事実には、住み着いて日が浅い身でありながらも気付いている。

 そしてその基本姿勢が是とするべきことなのは、人喰い妖怪に襲われた過去の経験が証明している。

 あれが幻想郷出身者のスタンダードなのだとすれば、確かに今の俺は不用心に過ぎていると言えよう。

 

 ともすれば、不可解なほどに。

 村紗さんは今、それを指摘している訳だ。

 

 

 ああ、そうか。

 

 

 彼女達はそもそも俺がつい最近幻想入りしたばかりの新参者だと知らないのか。そして更に言うなら『常識に囚われる程度の能力』という己自身の力に阻まれて、外の世界に戻れなくて困っている事も知らない。

 

 まあ今日会ったばかりの付き合いだから、こればっかりはしょうがないんだけども。

 そうなると少々弱ったことになる。

 

 俺が彼女達の言い出した設定に乗り気になった理由を理解させる為には、それら諸事情を全て、今この場で、彼女達に分かり易く噛み砕いて説明せねばならないからだ。

 詰まるところ『「幻想郷の常識を身に付ける」という至上命題を果たすためには、“人妖平等”を掲げる寺に携わるのが最適解ではないかと、そう霹靂の如く思いついたから』──というのがアンサーであったので。

 

 しかしそれをそのまま回答として彼女に告げるのは、当然よろしくない。

 

「どうしてうちの体験入信に申し込みを?」

「はい、幻想郷の常識を身に付けるためです!」

 

 とはならないだろう。会話下手すぎかよ。

 やはり相手に正確な情報を伝えるのなら、そこに至るまでの経緯をこと細やかに述べる必要があるということだ。誤解無きよう、一から十まで滔々と。

 

……うーむ、正直に吐露しよう。

 

 説明すんのがメンドくさい。

 

 しかも実際には自分でもなんで『幻想郷の常識を身に付ける』ことが『外の世界への帰還』に結び付くのかよく分かってないときた。実は事情説明すら覚束無いというね。

 細かい所は端折ってしまって、概要だけを述べてもいいのだが……それでもやはり得られる理解がスムーズに、とは行かないだろう。

 

──なので彼女達には、もっと分かり易く明朗な動機を掲示しておこう。なに、別に嘘を吐こうという訳ではない。

 

 聞くところによると体験入信の申し込み費用はゼロで、その上、信徒として扱われるうちは寺から食事が無料提供されるのだという。

 そして、この地に迷い込んでからというもの常に金欠に喘いできた身としては、『出費』とは是が非でも抑え込まないといけないものだった。

 だから、食費が丸っ切り浮くと知って「あっ入信します(即決)」となったのはごく自然の成り行きであった。

 

 要するに。

 俺はここ命蓮寺に、文字通り“駆け込み寺”としての機能を期待したという訳だ。

 

 

 

 

 

 

 

「へー、それじゃあ冗談でも何でもなくて本気なのね。暫くの間ここに泊まり込もうってのは」

 

 回答を受け、村紗さんは念押しのようにこちらの意思が曲がらないのかを再度訊いてくる。その様はどうしてか今日一番の迫力があって、思わず上半身が少し仰け反った。

 

「え、ええ。そりゃまあ」

 

 取り敢えず、その言葉を肯定すると彼女は「ふーん、そっか」とだけ言って、その次には雲居さんに対して何やら耳打ちをし始める。

 その最中、頻繁に視線がかち合ったので、細かい内容は分からずとも何を議題にして話しているのかは聞こえずとも明白だった。

 

 なんだろう?

 

 怪訝な目で眺めていると、やおら彼女達はお互いを見合い、ニヤリと笑っていた。……耳打ちの間に二人が具体的にどんな話をしていたのか。それを知るのには案外、さほどの時間は要さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その晩、俺達は再び集合していた。

 場所はさっきと同じ。寺の隅、隠れる様に在る一室だ。

 

 部屋内に並ぶ面子が一つ増えていた。“雲山(うんざん)”という名の妖怪が、雲居さんの背後に憑くようにして控えている。

 彼が見越し入道だと聞いた時は衝動的に「見越したぞ!」と叫びたく思ってしまったが、流石にやめておいた。特に恨みがある訳でもないし。

 

 皆で取り囲むちゃぶ台の上には、二本の酒瓶。

 勿論、俺が運んできたそれそのものである。

 

 皆が片手に持つ物は、なみなみ注がれた盃。

 そこに満たされた液体の正体は、言うまでもない。

 

 それよりも、個人的な最大の関心ごとは雲山にあった。雲とは状態変化を経れど、とどのつまりは水。ならば彼が今から行うのは、共食い的なサムシングなのではないのか?

 と、訳もなく興味が湧いてくる。てか消化器官も無さそうなのに呑んで平気なのかね……超常的な存在だから、で全てが説明ついちゃう気もするけれど。

 

 

「「かんぱ〜い!」」「か、乾杯」

 

 

 なんて益体のない事を考えていた所為か、唱和の声が出遅れてしまった。

 小声になっちゃった決まりの悪さを誤魔化すため、一息に呷ると二人から同時に囃し立てられた。驚くほどの気安さだ。或いは、それほどテンションが上がっちゃう位、今日という日を待ち望んでいたという事か。

 

「よしよし! これであんたも共犯ね。もう言い逃れは出来ないわよ」

 

「自分で発案しておいて何だけど、これじゃ呑める量が頭数だけ減っちゃうな……まぁこれも口封じのため。致し方ないかぁ」

 

 共犯だの口封じだの、なにやら物騒なワードが聞こえてくる。それこそが、彼女達が俺を酒の席に招待した理由だったのだろう。どうやら住職に告げ口される可能性を確実に潰しておきたかった御様子。そのような事をするつもりは微塵もないというのに、随分と念の入ったことだ。

 

 万一のリスクすら看過できないほど、そしてこんな簡単な事で口封じが完了したと見做されるほど、聖さんの雷は恐ろしいということか。なるほど普段から温和な人ほど、怒らせると怖いってのは往々にして聞く話ではある。その類か。

 

 三杯目を注ぎながら胸中では、『滞在中くれぐれも彼女の不興を買いませんように』と願ってみる。まぁそんなのは、命蓮寺に住む全員に対しても言えることだった。

 

……今のうちに「明日からよろしくお願いします」とでも丁重に頭を下げて、彼女達の機嫌を伺っておくのが吉か? 丁度、宴の先で気分がいいみたいだし。

 

 やや打算的な思いつきの上、己が誠意でなく酒の力を頼るのは些か以上に姑息かなと思ったが、中々どうして傑作なアイデアだなとも思える。

 

 少し酔った頭で思案して。

 結局言うことに決めた。

 

「えーと、今のうちに言っておきたいんですけど……」

 

 そうしてこの部屋内全ての耳目を引き付けた状態で、『いや、ここでへりくだるのはなんか違うな』とすんでのところで思い止まって、これより並び立てる文言の軌道修正を遅まきながら図る。

 

 ああ、そういえば。

 

 二人が言っていた『俺は前々から村紗水蜜や雲居一輪と仲良くしていた』という虚偽の設定。

 あれが既に寺の住民全員に知れ渡っている現在、体験入信中も今のような丁寧口調で彼女達と接してしまうと、疑いの目を向けられちゃうかもしれない。ともすれば他人行儀と取られる可能性があるからだ。

 

 リスクを最小限に抑える為の対策は、可及的速やかに執り行うべきだろう。

 言葉遣いを変える、たったそれだけで実施できるのであれば尚更だ。

 

 

──それは、来る新生活への意気込みと共に発せられた。

 

 

「明日から、宜しく頼む」

 

 

 突然口調が変わったりなんかして、冷静に考えると『これを言う前に、明らかにもう二つ三つ言葉のクッションを置くべきだったろ!』、と口に出した直後になってから猛烈に内省した。

 すげぇじゃん俺、急に脈絡無く馴れ馴れしくしてくるじゃん。思考が逸りすぎと気が付いて、心の中で酷く身悶えた。

 

 

 

 

 しかして圧倒的言葉足らずながら、

 心意気だけは一丁前に伝わったようで。

 

 村紗さんと雲居さん──いやさ改め、ムラサと一輪の両名は、たっぷりと満たされた盃を高く掲げ、これに応えてくれた。……案の定、困惑の色が多分に含まれた表情をしていたが。

 




 
 
 畢竟サブタイ一文で表せる内容というに、なぁんで本文は一万字突破してるんですかねぇ 頭がおかしくなりそうよ



 アンケートに協力して頂き有り難う御座いました (会話文の閉じカッコ前に句点付けるか付けないか問題) これまでの会話シーン全て訂正できた筈です 恐らくチェック漏れも多分無いことでしょうメイビー

 (どっちでもOK派が最大派閥だったのは公然の秘密)

 やってる最中、今度は「あれ、地の文と会話文の間って二行じゃなくて一行だけでよくね?」説が鎌首をもたげましたが、まぁやめときました 全文見直し作業はもう当分やりたくないので 色々と日本語があやしい部分も散見される(そしてこの先も同様)この作品ですが、その際は感想で知らせてくれるなり、ニュアンスでふんわりと解釈して頂けると誠に助かり申す

 追記 結局「あれ、地の文と会話文の間って二行じゃなくて一行だけでよくね?」説は無事採用となりました ついでに加筆・修正もしちゃったりしています 誤字脱字が増えてそう()
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