東方被常識 あべこべなこの世界で俺は   作:自律他律

48 / 53
 ※キリがよかったので短め & 『〜日記』とかサブタイについてるけど別に本文は日記形式ではないという詐欺
 


妖怪寺体験入信日記 その壱

 

 六波羅蜜。

 曰く、それは『布施』『持戒』『忍辱』『精進』『禅定』『智慧』、以上それぞれの修行のことを総称して指す言葉である…らしい。

 今世を生きながらにして仏の境地へと至る為に行われる六つの徳目。それらに対して心身共に向き合い、励み、勤めることこそが、仏教徒に求められる模範的な姿勢…なのだとか。

 

 昨日の昼下がり、「仏門を志す貴方には今更語るほどでも無かったでしょうか」と薄ら微笑む聖さんが言っていた事だ。

 謙遜でもなんでもなく事実浅学の身故に、己の無知を誤魔化す為さり気な〜く話題を逸らすことしか出来なかったのは、当然ながら記憶に新しい。六波羅探題ならまだ義務教育課程で習った覚えがあるんだが……

 その時は彼女を騙している疚しさも相まって、『この人は何でもない風な話題を装ってこちらのホントの腹を探ろうとしているのでは?』と、ちょっと疑心暗鬼気味になったりもしていた。

 

 彼女が浮かべていたその笑みの真意は、後の宴会を経た今となっては流石に分かる。あれは探りだとか皮肉だとかの類ではなく、純粋な“親しみ”から来る、真実、なんて事のない単なる話題提供であったのだ。

 

 親しみ。

 そう、親しみだ。

 

 前々から受け付けてはいたものの、しかし結局は希望者が皆無であったという大層不人気な妖怪寺への体験入信。その記念すべき志願者第一号は、なんと実は、以前から寺の一部の弟子達と交友関係を持っていたのだという。

 時に、命蓮寺は“人妖平等”という主張を大々的に掲げている訳であるが、その標語に一番の思い入れがあるのがまさしく彼女なのだ──と酒の席にて聞いていた。その標語が『人間と妖怪が等しい立場となって共存する世の中』を意味するのなら、きっと住職さんは大いに喜ばしく思ったことだろう。いつの間にか、“妖怪”である弟子達が“人間”である何者かと仲良くなっていたのだから。

 

 故にこそ、『聖白蓮という人は、俺に対して浅からぬ親しみを感じてくれているのではないか』と、割り振られた和室の床に就き眠りに落ちるまでの合間、取り留めも無しにそう考えていた。イメージとしては、家に遊びに来てくれた我が子の友人を手厚く歓迎するかの様、といった塩梅だ。

 

 まあ、なんというか。こうして一晩経って客観視するとこの考えは、なんとも自惚れの混じった代物ではないかと思えてくる。本を正せば俺は酒の密輸人。戒律的に飲酒NGな僧侶の立場からすると、そんな輩なんぞ到底歓迎できる相手ではないというね。

 少々の私見の入った手前勝手な推論じゃん、とも思う。

 が、この妄想も強ち誤りでもないなと確信していたりもするのだ。

 

 だってあの人、すっげーニコニコしていたもの。

 

 俺が酒好き妖怪二人組と親しげな素振りをして接していた時とか、山彦妖怪の持つ挨拶に対する妙な拘りを聞いて圧されていた時とか。

 或いは、人見知りが激しいらしい、虎柄の髪の色をした少女と初対面した時もそう。

 

 それらに際して浮かんでいた聖さんの表情は何処か明るく、喜色に満ち満ちていた。『慈愛』だなんて、馴染みのない単語が思い浮かぶほどだった。

 

……いや本当、何を考えていたんだろうかねあの住職さんは。昨日の寺での出来事全般を重ね重ね思い返してみても、大して愉快な事態は起こっていなかった筈なのだが。

 むしろ逆に、正体不明がどうのと喧しく主張していたヤツと出会った時は大問題しか起こってなかった様な気がするんだが? こちとら何もしてない筈なのに、滅茶苦茶に突っ掛かって来られたんだが?

 

 

 

 ともあれ、あの人の正確な心の内を知るのは本人のみなのだから、今こうしてあれこれと考えるのは全くの時間の無駄と言える。

 ついでに言うなら、折を見て好奇心の赴くままに直接尋ねてみようとも思っていない。

 

 その理由がなんであれ、半日を共に過ごした結果ここのトップから悪く思われていないのなら、今はそれだけで満足するべきだと考えている。疑われていないのであればそれでヨシ、という事だ。それ以上のことはまた、明日明後日以降にでも暇があれば。

 

 ただ、なんとなく頭の片隅に引っかかっているのは、彼女が俺に対して向けていた穏やかな表情。そしてそれを認識した際に覚えた、そこはかとない気恥ずかしさと居心地の悪さが同居した、体験したことの無い妙に心の浮ついた感覚だ。

 『未知』とは得てして、人々の不安や恐怖を煽り立てるものである。

 だがしかし、それにカッチリと該当する筈だったあの何とも言えない小っ恥ずかしい奇妙な感覚。それを味わって中々嫌いではないと思えたことが、どうしてか深く印象に残っていた。

 

 果たしてアレは何と呼称すべき情動だったのだろうか。どれだけ賢しらぶって思案してみても、その影には一片たりとも踏み込めず、答えは掴めそうにない。

 或いはかつて、それを求めてやまなかった時期があった様な気もするのだが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝。控えめに射す陽光が障子越しに見て取れる、随分とお早い時間帯。

 未明頃に目が冴えてしまって以降、ずうっと布団に包まりながらつらつらと考え事をして暇を潰すしかなかった俺は、待ちかねた気持ちで起床して、眠気覚ましに目一杯大きく伸びをする。

 外からは、幼い声の般若心経が元気よく響いていた。

 

 命蓮寺で迎えることとなった初日の目覚めは、なんとも突き抜けて爽快であった。実質的な睡眠時間は短めだったというのに不可解なようであるが多分、何処からともなく漂ってくる落ち着いたお香の匂いがそうさせてくれたのだと思う。

 それかあれだ。昨晩は久しぶりに貧乏飯じゃない質素ながらもちゃんとした夕飯にありつけたからだとか、その後に呼ばれた秘密の会合にて酒とつまみを存分に楽しめたからだとか、きっとそこら辺だ。

 

 幻想入りしてひとまず里に居を構えてからというもの、無一文スタート故にとことん生活難な日々を強いられてきたここ一週間。空きっ腹がデフォルト状態と半ば化していたが為に、若干気落ちしていた部分も正直言ってあった。だがしかし、今ではすっかり心持ちは平常に戻っている。

 

 聖さんには本当に申し訳が立たないが、体験入信希望者を詐称しただけの収穫はあったと断言できよう。腹が満たされて精神的な余裕を確保できた事もそうだし、今後幻想郷という慣れない風土に在って日常を如何にやり過ごしていくのか問題について、なんとか解決の目処が立ちそうだなと安堵できたからでもある。

 

 これは大いなる前進だ。

 全くの仮初めとは言え、衣・食・住という決して欠かせない基盤を期せずして得られたのだから。少なくともこれのお陰で、『貧困の末に敢え無く餓死』という最悪な結末を迎えずに済みそうだ。

 

──つい一昨日まではマジで苦境に立たされていたのに、いやはや何とかなるもんなんだなあ。

 

 呉服屋がタダ同然で売っていたヨレヨレの古着物から、住職さん直々に手渡された真新しい作務衣に着替えながら、しみじみと思い浸る。

 

「おっと」

 

 そうやってのんびりと身支度を整えていると、突然スパンと勢いよく開く、背後からの障子の音。

 反射的にそちらの方へ目を遣ると、昨日の夜分遅くまで一緒に呑んでいた妖怪少女たちの片割れ、白のセーラー服をその細身に纏う村紗水蜜がそこには居た。

 

「や、おはよ──っとと、ゴメンゴメン! お着替え中だったか」

 

 こちらを見るなりすぐさま彼女は恥ずかしげな様子をして視線を逸らした。それもその筈。今の俺は惜しげもなく堂々と裸体を晒しているのだ……上半身だけ。

 

 危ねえ危ねえ。タイミング次第では、お互いにメッチャ気まずくなるところだった。

 せっかく酒の力を借りて、ある程度は打ち解けられたと思っていた矢先にこれとはツイていない。

 

 非はノックをしなかった(というよりは呼び掛けをしなかった、が正しいか)相手側にあるように思うが、まあそこはそれとして置いておこう。

 残る着替えの工程は『上を着る』たったそれだけなので、バツが悪そうにしつつも尚チラチラと目線を寄越してくる彼女を落ち着かせる為にも、ここは手早く着替えを済ませてしまうべきなのだろうが……今はちょっと確かめている事があるので、少々の時間をいただきたい。

 

「……さっきから何してるのよ、あんた」

 

 着替えを完了させる素振りもなく、何やら上半身中を隈無くチェックし始めた俺の様子は、傍から見れば確かに疑問に思われても仕方がない感じはする。

 だから、平静を取り戻してそう問いかけてくるムラサの気持ちは分かる。だがここは少しだけ待っていて欲しい。大切なことなのだ。

 

「……よし、傷一つ無いな」

 

 目覚めてからもしやと期待を懸けていたが、まさにその通りであった。確認すべき事が確認できたので満足して呟くと、案の定眼前の彼女は不審そうな顔をしている。

 

 妙な事をしている自覚はある上なんなら別に事情を明かしても良いのだが、その実は『夢で負った怪我が現実に反映される』という珍現象。まともに取り合ってくれるかどうかは微妙なところだ。

 人的証拠を挙げようにも、昨日両腕に残っていた極小の傷も、よくよく観察しないと分からない程度に治ってしまっていて叶わない。すると当然、前に人里で行った時と同様、話したところで信は得られまい。ここはさり気無く話題を逸らすのがベターか。

 そう、頭の中で帰結した。

 なのでちょっとばかしの苦笑と同時に、俺は上着を片手に持ちながらにして彼女に訊く。ついつい敬語になってしまいそうなのを抑えながら。

 

「で、こんな朝早くに何の用──なんだ? 急いでるみたいだけど」

 

「……あのねー、今の外の世界ではどうなってるのか知らないけど、昔っからお寺の朝って早いものなのよ? もうとっくに朝餉の支度も終わってるし、みんなあんたの着席を待ってるんだけど?」

 

「……あーそれは確かに、急がないとまずいな」

 

 言われて気が付けば、遠くに響いていたお経の独唱は聞こえなくなっている。あの子も既に掃き掃除の手を止めて、食堂(じきどう)へと移動したのだろう。

 物思いしながらゆったりとしている場合ではなかった。やべえ、まだ寝癖すら直してないんだが。

 

 大慌てで朝支度に取り掛かっていると、呆れた調子のため息が聞こえてくる。チクショウ、そういう基本的な事は昨日の酒の席で教えて欲しかったなあ……

 でもまあ、ささやかな恨み節を述べていても仕方がないか。

 

 身だしなみの乱れは心の乱れ、とはよく聞く言葉だが、それはここ命蓮寺に於いても同じらしい。

 

 なので中々の頑固ぶりを見せる寝癖と格闘していると、終いにはしょうもない物を見る目をしたムラサが何処からともなく櫛と水を取り出し手伝ってくれて、結果何とかしゃんとしたナリで食堂に馳せ参じる事が出来た。

 当然、大遅刻だった。直接苦言は呈されなかったものの、質素倹約な献立を食す間、自責の念による居た堪れなさが凄かった。

 

 体験入信初日から、この体たらく。

 ちょっと、いやかなり、先行きが不安かもしれない。

 






 要所要所のイベントが歯抜けしておりますが、時来たればちゃんと詳細に描写致す所存です その時まで少々お待ちくだされ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。