A FEW MOMENTS LATER
人間の里──そこは、幻想郷で人が安心して暮らすことが出来る唯一の場所だ。
幻想となり消えていくことしか出来なかった妖怪や神などの非現実的で強大な存在たちが幅をきかせている幻想郷において、まさしくそこは人間たちの為のオアシス。
通りには木造の建築物が立ち並び、人々は和服を着て和気藹々と闊歩している。
『幻想入り』したばかりの人間はそんな光景を見てこう考えるだろう──どうやら自分はタイムスリップしてしまったようだ、と。
残念ながらそうではない、ここは間違いなく現代日本の何処かに位置している。只、博麗大結界によって長らく外界と隔たれているために、目新しい文化が入ってきていないだけなのだ。
──恐らく、ここの文化レベルは年号で言えば江戸末期、いや明治時代くらいかな?
無い歴史の知識を絞り出して物思いに耽る。
行き交う人々の服装は着物に草履とばかり思っていたのだが、意外と西洋的なアイテムを身につけている人も少数だが確かにいる。
和洋折衷というべきか。着物の上にコートを羽織る男性やお揃いの革のブーツを履いて並行して歩く女性たちなど、少しお洒落な格好をしている人たちが散見された。
──確かハイカラっていうやつだ。あれ、それは大正時代の言葉だったような?
幕末、明治、大正。
幻想郷の文化はどの時代のものに匹敵するのか、なんて頭を悩ませる。
まあ、そんな益体も無いことを考える余裕を作れるほど、今や俺はこの幻想郷という場所に馴染んできているのだ──そう言えるのかもしれない。
人里一番の規模を誇るこの大通りは、まさに天下の往来といった印象だ。
大きな酒樽を載せた荷車が多数行き交い、この通りに店を構えた八百屋やら川魚屋やら豆腐屋やらが大声を張り上げて客を呼び込んでいる。
まだ日が暮れていないのにも関わらず、居酒屋からは潰れた濁声でもっと酒を! と呑んだくれたおっさんたちが野次を飛ばしていた。
道の端の方であっても寺小屋の子供たちが何やら集って遊んでいる様子で、彼らの親なのであろう奥様たちも、我が子の動向に注意を払いながらも寄り合って会話に花を咲かせている。
賑やかで騒々しく、なんとも活気に満ち満ちていた。しかも今日は縁日などではない。
これが平常運転なのだから頭が下がる。
お昼時、俺──“
「お待ちどうさま」
頼んでいた二本の団子が出てきた。その上にかかっている
俺と同じ“元”外来人であるおばさんが営む甘味処。そこは数少ない外の世界を偲ぶことが出来る場所で、元外来人たちを中心に絶大な支持を得ている。
すっかり俺も常連さんである。
注文の品を持ってきてくれた店員さんに軽く挨拶をする。
赤い髪色をした彼女とも、最早顔馴染みと呼べる間柄だ。
冬でもないというのに赤いマフラーをしていて、しかもサイズが大き過ぎるのか口元まで覆い隠してしまっている。暗い色の和服に赤のマフラー、いやはや幻想郷のファッションは奥が深い──と言っても、別に俺はオシャレに一家言あるわけでもない。見た目よりも機能性を重視するタイプなので。
「ありがとう、お
団子の乗った小皿を受け取って、懐からがま口財布を取り出し、銭を幾つか取り出して手渡しする。
彼女はそれをむんずと掴み取り、それが確かな枚数なのかを数えている。
相変わらずの慎重な勘定。やや神経質過ぎるのではとも思う。正直まるで自分の支払い能力が疑われているようでやめてほしいのだが……普通、そこまで念入りにするか?
おばさんによる指導の賜物なのかと聞いてみると、この店は私を雇ってくれる滅多にないお店だから失敗して迷惑をかけたくないのよ──と返された。
顔を見れば分かるでしょ、とフンと鼻を鳴らしている。
彼女の顔をまんじりと見つめる。
いつも顔の下半分をマフラーで覆ってしまっているので断言は出来ないが、かなりの美人さんのようだ。
無論、女性に対してだけ美醜感覚が逆転してる俺の感想である。当然、周囲の人は彼女を美人と見做さないわけで。
「あー、そうか? でも俺は割と悪くない顔と思ってるんだけどな」
罪悪感からか、不用意に本音がぽろっと飛び出てしまった。
やっちまった
急に 教室が静まり返り
皆が異質なものを見る目で こっちを見ている
──ああ、気持ち悪い、気持ち悪い。
意識が飛んだのは恐らくほんの一瞬のこと。
わっ、と通りを往来する人達の雑踏が耳に飛び込んでくる傍ら、背面には嫌な汗が大量に流れていた。
「あら、それはどうも。変に気を遣わせたようで悪かったわね」
幸運にも、お
「でもまあ、私のこの不細工な顔をほんとに気にしてないってことは、ここまでの付き合いでなんとなく察せるわ。こうして会話していても眉一つ動かさないじゃない。無表情なやつかと思ったけどそんなことはないし」
そう言って彼女は微笑んだ。もっとも、口元が隠されていて視覚的に確認出来ない。でもそんな雰囲気がする。
「他にはもうお爺さんお婆さんくらいよねえ、隠しているとはいえ私の外見を気にしない人って。あなたって若そうなのに、随分と枯れているのね」
その目には若干のからかいの色が見て取れた。
「い、いや別に枯れてるわけじゃあ……」
不服を申し立てようしたが、おばさんからのお呼びがかかり、お
思えば業務中の相手に少々話し込んでしまった。迷惑をかけてしまったかなと申し訳ない気持ちになる。仕事の邪魔になっていないといいのだが。
気持ちを切り替えて二つの団子と向き合う。
相変わらず美味しそうだ。
早速、一本目に取り掛かる。
さっき、思いがけず俺の率直な感想をこぼしてしまったのは完全に失態だった。彼女が笑ってスルーしてくれたのが非常に有難い。
フラッシュバックしたあの、子供の頃の光景を再び思い出す。
当時の俺は冗談だと笑って誤魔化し、何もなかったように彼らの会話にそのまま加わっていたが、あの時の光景が脳裏にこびり付いてなかなか離れない。
彼らが悪いとは全く思っていない。
嵐が来て激しい風雨が襲ってきているのに『今日は素晴らしい運動日和ですね』と外を駆け回る奴を見て、そいつの正気を疑わない人はいないだろう。
生まれ持ったこの感性、“美醜逆転”とはそういうものだ。
この一点に於いて、俺はきっと正気じゃない。
幻想郷で生活を営んでいるうちに、何人もの美少女さんたちと知り合うことが出来た身ではあるのだが、俺はこの“あべこべ”を誰にも明かしていない。
彼女たちにとって、俺という存在は白馬の王子様、或いは地獄で目の前に垂らされた蜘蛛の糸のように見えるのだろうか?
そんなわけがない、と断言できる。
俺がかつて美女を醜女と断じる彼らのことを『気持ち悪い』と内心感じていたように、この異常な感性を持っていることが周囲の人にバレてしまったら、そこで待つのは“異常者は排斥される”という事実のみ。
……かつての俺がそうであったのだ、皆もそうであるに違いない。
なんて、こんな素晴らしい日和に仄暗いことを考えてしまった罰であろうか。
突然、大通りに黒い影と共に一陣の風が吹いて土埃が舞い上がり、俺のいる甘味処の屋外席に襲い掛かった。
幸いにして咄嗟に目を瞑り、眼球を保護することに成功したのだが。
「あ」
──さてもう一本、と手を伸ばした団子に土埃がかかってしまった。
あまりのことに硬直していると、上空からひらひらと何枚もの紙が舞い落ちてきた。
その一つに手にとって見るとそれは新聞──俺のなけなしの歴史知識だと確か“瓦版”とかいうもの──だった。
それも、人里の者たちが出版している正式なものではなく“妖怪の山”に住まうという天狗という妖怪が、趣味で作成してばら撒いているものだ。
何人かで共同して作成しきちんと内容を公正に伝える人里の新聞とは対照的に、天狗は個人(個妖怪?)で作成して己の主観を大いに織り込みながら書いているようだ。
各々が好き勝手に書いては人間の里にバラ撒きに来る為、同じ事件を取り扱っていても並べて比べれば、その事件においてどちらが善でどちらが悪か真逆のことが書いてある、なんてこともままある。
そんなバラバラな天狗たちの新聞だが共通項がないわけでもない。
内容がかなり公平さに欠けている。
他の天狗の新聞を批判している。
天狗たちのお膝元であるためか特に妖怪の山に関してのトピックが多い。
直ぐに思いつけるのはそれくらいか。
『
『天狗御用達の賭場 不正疑惑! 元締めはこれを否定』
『河童と山童の積年の闘争 遂に決着か?』
『“また守矢か” 守矢神社の巫女が語る家出騒動の真相』
などなど。
天狗たちにとってはセンセーショナルなのであろう話題が目白押しだ。
天狗も賭け事をするんだな、この字の読み方は“やまわらべ”で合ってるのかな、へえ博麗神社以外にも巫女さんが居るのか、などと感想を呟く。
一応、これも幻想郷の常識を身につける為に役立つものなのだ。
多分、きっと。
本文を碌に確認もせずに、さっくりと斜め読みしてその新聞を畳んで懐に仕舞い込む。天狗の新聞は、飯を作る時に使う良質な焚き付けになるからだ。
妹紅から教えてもらった火の術は、現状では調理時において大きな戦果を挙げていた。
ちなみにキャンプでするような原始的な火の起こし方は一応お寺で習った事がある。だがいかんせん、こっちの方が便利すぎた。俺は、マッチの役割を果たすことしか出来ない頼りない火に、生活面でとても助けられている。
さて、と見るも無惨な土色のチョコレート風味団子に目を向ける。
──非常に勿体ないが、流石にもう口を付けられない。
周りの客もさぞ怒り心頭なのだろうと見回してみると、驚いた事にこんな間抜けな事態に陥ったのは俺一人だけだったらしい。
皆上手い事舞い上がる土埃に対処して、自分の甘味を守り切っていた。
どうやら屋外で飲食する時は、天狗が上空を通ることを常に警戒しないといけないようだ。
俺はこの店をいつも屋内に入って利用していたので、そんな事を知る由がなかった。
今日、屋外の席に座っていたのは偶々中が満席であったためである。
はあ、とため息一つ。
近頃は幻想郷に馴染めてきたと思っていたのだが、とんだ思い上がりだった。
俺はまだまだ新参者であるらしい。
折角の団子が天狗の風のせいで土を被ってしまった。
そう言って甘味処のおばさんに謝ると、気の毒に思ってくれたのかなんと無料で団子を一本サービスしてくれた。
人里の方たちって心があったけえなあ、そう感じる一幕であった。
••••••
『貴方はまず、その中途半端な常識を捨てて幻想郷の常識を身につけなさい』
俺の大目標である『外の世界への帰還』を達成するにあたって、八雲紫はそれを課題として突きつけてきた。
なんでも、一度俺という存在を“幻想側”に完璧に寄らせる必要がある──とのことだ。
それが何故『外の世界への帰還』に繋がるのか。その理屈は依然として明らかになっていない。
問いただしてもスキマ妖怪はただ薄く笑うのみ。
困った事に俺はそんな胡散臭い彼女の助言に従うしかない、というのが現状である。
では、幻想郷の常識を身につけるにはどうすれば良いのだろうか?
俺はその命題に一つの答えを出した。
それは、人間の里に住んでしまおうという作戦である。
まあ、これは深い考えがあってのことではない。ただの消去法である。
未知の場所の常識を身につける最短の方法は、そこに住み、周囲の人たちを観察し、多くの人たちと交流することであると考えた。
では、ここ幻想郷の何処に住まうのが適切か?
当然、人間の里である。
博麗神社のお世話になるという選択肢がなかったわけではないものの、突然初対面で年上の男性と一緒に寝食を共にするというのは巫女さん──博麗霊夢──にとって大きなストレスとなってしまうだろう、そう思って辞退した。
……割と、彼女はあっけらかんと受け入れそうだなあ。
これは、博麗神社にしょっちゅう顔を出すようになった今の俺だからこそ言える感想である。
尤もじゃあ今からお世話になりますか、とはならない。
博麗神社に暮らしたとしても、ずっとそこで缶詰め状態にならざるを得ないだろう。
何故なら、彼女は重度の出不精であるからだ。
加えて、何をするにしてもまず面倒くさがる。
例えば、“常識”を身につけたつもりになっている俺の頼みで博麗大結界に穴を開ける時。これは、何やら道具を準備して祈祷する必要があるからまだ分かる。
例えば、弱小妖怪を追い払う効果のある御札を準備する時。これもまた、そもそも俺が人里の外で活動する際のお守りとして使う為に用意してもらっているので文句は言えない。
だが、巫女本来のお勤めであるはずの神社の清掃や、参拝客を増やす為の努力を面倒臭がるのはいかがなものだろうかと思う。
挙句、手伝えと言ってくる始末。
俺は貴重な参拝客であるはずなのに──
まあ、美少女からの頼みを断り切れない自分の意思の軟弱さに原因があるのもまた事実。
と、話が逸れてしまった。
兎に角、博麗神社に住み込むという選択を俺は取らなかった。
偶に彼女の知り合いがやってくるものの、そうでない日はずっと神社で二人きりになってしまう。
沢山の者たちと交流したいのにこれはいただけない。毎日神社から人里まで往復するという案も、それなら初めからそこに住めばいいじゃんという話になるし。
では、人里と博麗神社以外、つまりは『妖怪たちの楽園』という呼び名をこれでもかと体現する“外”で生活を送るという選択肢はどうだろう?
霊力を扱い弾丸を放ち、空を飛べる俺がそんな危険な場所で生活を送る事が可能なのかどうか。すぐに結論が出た。
──絶対に不可能だ。考慮に値しない。
ということで、俺は人間の里に住むことに決めた。
人里で暮らしていくにあたって必要なものは何か。
それは仕事である。
スマホや財布などの外から持ってきた荷物を森に落としてしまい、かつ人里に頼れる人などいるわけがない俺が、生活する為の金銭を得るにはこれしか手段がない。
幸いにも外来人として無料で泊めてくれたあの宿は、職業斡旋所としての役割も持っていたらしい。
そこの従業員さんに「人里で暮らすことにした」と言うと、いくつかの仕事を斡旋してきた。
──後で聞いた話によると、外の世界へ帰ると主張した外来人が急に心変わりをするというのは、然程珍しくないことだという。
いざ外の世界へ、という時になって怯んでしまうのだとか。どういった心境の変化なのかはよく分からないが、きっとその手合いだと思われていたのだろう。
けれども、俺が外の世界に帰れないのは『常識に囚われる程度の能力』のせいである。なので、俺は周囲の人達の勘違いを訂正する必要があるのだが……
『念の為、能力のことは秘密にしてなさい。この幻想郷には貴方を利用してやろうと企む連中が沢山いるから』
スキマ妖怪から、そう忠告を受けていた。
なので、俺は『外の世界へ帰ろうとしたがここに残ると心変わりした元外来人』というレッテル張りを甘んじて受け入れている。
まあ、金を稼げればそれで良いとテキトーに選択したわけであるが、意外と俺はその職業に向いているようだった。
運び屋──それが、俺の本業である。
霊力を扱えて空も飛べると周知されるようになってからは、便利屋としても活動することになった。
これが俺が人里で仕事する際に使っている“看板”である。
姓が
そうして仕事をこなすようになると、必然的に俺と関わる者が増えていく。
これを繰り返しながら人間の里で活動してるうちに、いずれは“幻想側”に寄るという目的も達成出来るはず。
そう信じて、今日も今日とて幻想郷で暮らしていく。
外の世界に帰ることが出来るようになるその時を、今か今かと待ち焦がれながら。
ちょっと色々詰め込みすぎた感
お赤さん……一体何者なんでしょう(ヒント 前回の後書き)
それと某和菓子屋とは関係ありません 本当に偶然なんです
なんとこの作品、日間ランキングの三十位ちょいをウロウロしていたことをここに報告いたします
まあ割とすぐに消えちゃったんですけどね
これも全てこの作品を読んでくれている読者様方のおかげです
評価、感想、誤字報告、このやたらと長くなってしまう後書きに目を通してくれる皆様に最大限の感謝を
その感謝の表れというわけではありませんが、プロローグ全部に手を加えました 感想を見て『そんなの関係あるか 俺は我が道を突き進むぜ!』と無視することも出来たのですが 二回連続、しかも割と同意してらっしゃる方が多かったので流石にやばいかなと判断しました この対処が皆様に受け入れてもらえたらいいのですが
何を言いたいのかと言うと ご指摘を受けた際は自分なりにちゃんとフィードバックしますよということです