彼女──藤原妹紅に対して持っていた俺の最初のイメージは『なんて頼れる人なんだ!』といったものだった。
(しつこく質問したからかもしれないが)幻想郷について分からないことだらけだった自分の問いかけに律儀に答えてくれたし、襲いかかってきた妖怪を鮮やかに撃退して見せ、更には俺に新しい術を教えてくれた。
霊力の扱い方について彼女の言う通りにした結果、とんとん拍子に成功したこともあり、その時は師匠と呼びたくなっていたまであるのだが……
それが今はなあ。なんかダメ人間を見る気分になってきたというか、なんというか……
人間の里での生活がどうにか安定してきた頃、慧音さんと再会した俺は“博麗神社まで護衛してくれた頼れる妹紅さん”にも、この幻想郷で暮らすことにした事を報告をしたいと願い出た。
また、彼女と会って話をしてみたい。
もっと霊力の扱い方について教えてください、と執拗に頼めばまたぞろ俺の要求に応えてくれるのではないかという下心がなかったわけではないが。
──そうして、慧音さんに連れられて見るとそこには、今にも倒壊しそうなボロ小屋で気怠そうにしている彼女の姿。
自分の抱いていた彼女に対するイメージとのギャップの大きさに、戸惑うことしか出来なかった。
そんなことを思い出しながら、寝起きであるらしい彼女を見る。
迷いの竹林、その廃屋にて。
妹紅は壁にもたれ掛かるようにして座っていた。その射抜くような視線を受けながら彼女の前まで移動する。
一応、屋内であるはずなのに
足元も酷いものだ。木材が腐ってしまったのか何箇所か穴が空いているし、こうして歩み寄るだけでもギシギシと不快な音を立てている。今にも床を踏み抜いてしまいそうだ。あまり意味を成さないだろうが抜き足差し足と優しく歩いてみたりする。
「……何の用だ」
彼女から呼びかけられたので、ある程度近づいた辺りで足を止める。
なんとも不機嫌そうな声。
──ははーん、さては寝ていたのを無理矢理起こされた挙句自分の住処に不法侵入されて、かなりご機嫌斜めになってんな?
うん、当然だわ。
俺もそんな事されたらちょっとは腹が立つ。
彼女からの問いかけに返事をせずに少しだけ思案する。
勝手に侵入したのは多分問題ない、毎回やってるし。
タイミング、これが不味かった。真っ昼間から寝ているとは流石に予想外──でもないが、せめて声を掛けた後返事くらいは待つべきだったか。
慧音さんからの依頼、“妹紅の生活環境を改善させて欲しい”を見事達成させるつもりで久しぶりにここに来たのではあるが、『せめて布団買って横になって寝ろ』という前回のアドバイスを無視してるあたり、あれこれ言っても意味がなさそうだ。特に今は機嫌が悪そうだし。
恐らく慧音さんからのお説教も、こうしてのらりくらりと躱してきたのだろう。
彼女の言うことを聞いてこなかったのだから、比較的全然まだ付き合いの浅い俺のお節介が水泡に帰しているのは道理であったか。
このまま依頼に取り組んでも効果は殆どないだろう、寧ろ臍を曲げられてしまう可能性が非常に高い。
そう判断して心の中で慧音さんに詫びる──すまん、今日はもう無理っぽいです。
かといってこのままUターンして撤退するわけにもいかない。
ここはプランB。保険のために買っておいたアレの出番だ。
無言のまま背負っていた大きな風呂敷を俺と妹紅の間に広げて、自分も彼女と向き合って座る。
風呂敷の中身は、人里で買ってきた二つのお弁当だ。
「最近一緒に呑みに行ってなかったろ? 少し遅いけどお昼にしようぜ」
プランB。それは『もうアレコレうるさく言わないから仲良くしよう作戦』とも呼称される。
──つまりはただのお手上げという奴である。
もうしょうがないので開き直る所存だ。
••••••
彼女もまた『〇〇する程度の能力』を持っているらしい。
それに気づいたのはちょくちょくお世話を焼きに行くようになってから数度目のことである。
──彼女の住処には、食料らしきものが何処にも見当たらない。
裏手には古井戸があり、湯呑みもフチが欠けてはいるものの確かにある。しかし、ここには台所なんてないし、食べ物を保存している様子すらなかった。
ということは全て外食で済ませているのか、と聞いてみてもそうではないとの返事が戻ってくる。
やろうと思えば、水分や食事を取らなくても問題は無いらしい。
彼女は自分がそういう体質なのだと独白して、自虐的に笑っていた。
差し詰め、『飢えなくなる程度の能力』といったところか?
別に物を食べることが出来ないわけではないし、なんだったら時折美味しいもの目当てに迷いの竹林を彷徨うこともあるらしい。(なんでも物好きな妖怪がたまに八目鰻の屋台を構えることがあるのだそうで)
便利そうな体質であるというのに、何故そんな表情を浮かべるのかが分からなかった。が、もし俺がそうだったらと考えると腑に落ちる感覚がする。
美醜感覚の逆転と直面して苦しんだあの時と同じように、彼女は絶食していても生きていられるという異常な体質に苦しめられてきたのではないか。
周囲の人とのどうにもならない体質という名の壁。
それこそが人里離れた廃屋で退廃的な生活を送ることになった要因なのではないか。
これらの推察は、自分の勝手な想像だ。この妄想が正しいのかを直接彼女に聞いてみようとは思わない。
ただ、そんな顔をする彼女を見ていられなくて、気づけば俺は今度一緒に飯を食いに行こうと誘っていた。
出来たら人間の里の色んな飯屋を紹介してやりたかったがなんとなくそこまで出向くことを渋りそうな予感がしたので、その鰻屋に行こうじゃあないかと。
俺の急な誘いに混乱している様子の彼女の手を引いて、その朽ち果てた廃屋から飛び出した。
これがきっかけで、俺と妹紅は時々共に食事──偶にお酒も──をするようになっていた。
──ずっと後になってからのことであるが、“妹紅の生活環境を改善させて欲しい”という依頼の“本懐”を実はこれで達成していたのだ、と慧音さんは嬉しそうにして語っていた。
まあその後屋台がどこにあるのか知らなかったので、そこまで案内してほしいと妹紅に頭を下げることになったのは、我ながら何とも締まらないなぁと思ったものだ。
••••••
一緒に弁当をつつきながら俺は彼女に、人里での仕事で大変だったり、驚いたり、失敗したり、嬉しかったり、色んなことを体験してきたのだと少し大袈裟に誇張しながら話をする。
それを聞く彼女は言葉は少ないながらも反応を示し、時におかしそうに笑ってくれる。
そんな反応を返してくれるのだから、こちらも話甲斐があるというものだ。
そうこうしている内に、あっという間に二人とも弁当を食べ終えてしまった。
空になった弁当箱を回収して風呂敷に包む。
水分もなしに食べたので喉が渇いてしまっていた。水筒も持ってくるべきだったな。妹紅からヒビの入った湯呑みを借りて古井戸から汲み上げたばかりの水を飲む。
満腹感もあってか俺たちの間になんだかほっこりとした緩んだ空気が流れている。
最初に彼女がイライラしていたのは空腹の所為だったのかもしれない。
うーむ、これほどいい雰囲気ならば慧音さんの依頼に取り組めそうかな? そんなことを考えながら湯呑みを傾ける。すると、
「痛っ」
気もそぞろになっていた為か、欠けたフチに上唇を引っ掛けてしまった。
「どうかしたか?」
「いや、すまん。湯呑みで唇切っちまった」
出血はそこまで酷くはないのだが、そこを不注意に舐めてしまい鉄の味が口の中に広がって気持ち悪い。
そもそもの話、俺のうっかりでこんなことになったのではあるが……まあ丁度いいか。
今日は物を新しく買い替えることの大切さについて彼女に講義してやろうではないか。
「あのな、こういう危険性がある物はさっさと買い替えるべきだと思うんだ。こんな感じで怪我しちゃう可能性があるからな」
「きゅ、急になんだよ」
出し抜けに“生活改善指導”が始まって困惑している所悪いが、ここは畳み掛ける
慧音さんからの依頼というものあるが俺個人としてもいい加減彼女には自分を大切にしてほしい。
こら。その『ま〜た始まったよ』と言わんばかりの視線を向けるんじゃない。迷惑だとわかってるけどそれでも主張しないといけない時がある、それが今だ。
彼女の“聞いていませんよう”という顔を見ながら言葉を繰り出すが──
「いいか、
てっきり俺は彼女はいつものように何食わぬ顔をしながら説教を聞き流すのだと、そういう光景を幻視していた。
しかし、今目の前にあるこの光景は、
「────妹紅?」
彼女は何故か、とても物哀しそうな表情をしていた。
••••••
人間の里の、少しだけ治安の悪い裏町。
俺はそこにある少々安めな価格設定の長屋を借りて拠点にしていた。
壁が薄い上、所謂集合住宅である為か何かと騒々しく、正直に言って住み心地はあまり良くない。
だがこの喧騒が、今はとても都合が良い。
今の俺にとっては、沈黙こそが最も避けたいものである。
あの後、妹紅は『今日はもう帰ってくれ』と言ってそのまま黙り込んでしまった。
──明らかに、彼女の中にある何かしらの“地雷”を踏んでしまった。
そう直感した俺はまず謝罪して、次に何が原因でそんな風になってしまったのかを聞こうとしたのだが、彼女は只々沈黙を返すのみ。
日を改めてまた出直そう、その時になればまたお互いに上手く関わっていける筈だ。
そんな御為ごかしに縋り付いて意気消沈しながら帰るしかなかった。
一体どうして、彼女の様子が変わってしまったのだろう。
俺の説教が原因なのか? いや、ああいったお小言を今まで何回もやってきたのだ、今回だけ偶々何か逆鱗のようなものに触れてしまったという可能性は少ないだろう。
では、彼女の湯呑みを血に濡らしてしまったことが原因か? いや、あいつはそんな事を気にしない性格だと俺は知っている。もっとも、何故あの悲しい表情になったのか分からない今では自信を持てないのだが。
その他の原因と考えられるものは……と頭を悩ませても、これといって思い当たる事がない。
••••••
いつの間にか、夕日が沈もうとしていた。
──もう時間がない、妹紅の事についてはまた今度考えるしかない。
手土産を片手に部屋のど真ん中に正座で座り込んで、
ギュッと目を瞑る事も忘れてはいけない、俺は“あの眼たち”を直視出来ない、どうしても生理的な嫌悪を抱いてしまう。
暗闇の中で唯一認識出来るのがアレらというのは、真っ当な感性を持った人間ならばきっと耐えきれないだろう。
そうして、
いつもの浮遊感に包まれる。
ぼすっ、と大きめな座布団に正座の姿勢のまま着地した。
毎回こんな妙な移動方法を取らないといけないのは、俺の能力の影響を出来るだけ受けないようにするためだ──とは某スキマ妖怪の言葉。
もう大丈夫だ。あの空間は抜けた。
そう安心して瞑っていた目を開ける。
目の前の教壇に立つのは道士服を着こなす見目麗しい知的そうな女性。その美貌もさることながら、九つのモフモフとした尻尾が特徴的だ。名を“
そして隣で俺と同じように座布団に座って教壇の方に向き合っているのは、緑の帽子に黒い二股の尻尾がトレードマークの化け猫の少女。名を“
……まるで寺子屋のようだ。
そう思ったのは初めてここでこういう状態になった時のこと。そしてその感想はまったくもって正しい。
俺がやって来た事を確認した藍さんが口を開く。
「来たか。では前回に引き続き、博麗大結界を成り立たせている具体的な術式について教えていこう──」
ここは『マヨヒガ』
幻想郷の山奥に存在しており、隣に座る少女がリーダーをしているという“猫の里”とも位置的に近いらしい。
数日間隔で、ここはある種の臨時教室へと変貌する。
即ち、『マヨヒガ教室』
講師は藍さん、生徒は俺と橙ちゃん。
授業内容は、主に幻想郷についてのあれこれ。
──俺は、自分から望んでこの教室に参加している。全ては幻想郷のことを理解して自分の常識を更新する為。
稀に高度な設計の術式が紹介されたりするものの、それを実際に理解して身に付けられてるかどうかは、まぁ察して欲しいところだ。
なにかとイケメン属性がピックアップされがちなもこたんですが、ズボラで退廃的な生き方、自分の体質に苦悩していそう(偏見)な面など、注目していきたい所は他にも存在すると思います
今回は、人間どこに地雷が埋まっていて、いつ爆発するのか正直に打ち明けられないとわかんないよねって話 憑依華だとのびのびとしているのにどうしてこうなった
まあ深刻にもこたんを曇らせるつもりはありません
ただ、ようやくできた人生初の異性の友達に『〇〇ってあり得ないよね〜(〇〇=自分がコンプレックスに思っている事)』と言われた程度の衝撃です
あれ、割と結構つらいような