曲がらぬ夢と曲がれぬカーブ   作:月兎耳のべる

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起伏のない展開が続いててすみません……。
そろそろ起伏! そろそろ起伏!

2021/08/02
ちょっと展開が足りないので追記してます。


第11レース 大雨の日

 どこか厳粛な空気の漂う生徒会室。

 窓越しに聞こえてくる雨音とは別に、小さな、それでいて(しっか)りとした筆の音が響くその部屋で、トウカイテイオーは数十分程温めたソファーから急に立ち上がると、執務机に向かいだす。

 

「ねぇカイチョー」

「……ん。どうしたんだいテイオー」

 

 シンボリルドルフはようやく話してくれるか、と内心をおくびに出さずに応えた。

 

 何気なさを装って部屋に入り込んだ時から少し怪しいと思っていたのだ。お世辞にも上手とは言えない話題振りから、何か言いたい事があるのは明白で。

 ルドルフは核心を急がず、テイオーの切り出しを待っていたのだった。

 

「あの……模擬レースで、さ」

「ふむ……」

 

 模擬レース。模擬レースか。

 と、脳内で呟いた次の瞬間、彼女が次に何を言い出すのかをルドルフは予測する。

 十中八九は私との勝負をつけたい、と言った所だろうか。

 何せテイオーは現時点で無敗の二冠馬。

 この先控える菊花賞でも三冠の有力候補でもある。

 幼いころの宣誓通り、自分を超えようと今も輝く、ルドルフイチ推しのウマ娘でもあるのだ。

 

 閑話休題。

 

 声高く掲げていた三冠はまだ果たしていない現状。

 その上で今、自分に勝負を挑むの何故だろうか。

 よもや……路線を変えたいが為の苦渋の決断なのだろうか?

 

 もじもじと体を揺らす彼女を固唾(かたず)を飲んで見守っていると、覚悟を決めたテイオーがようやく口を開いた。

 

「――模擬レースって! ウマ娘以外も出れる……のかな?」

 

「へ?」

 

 ルドルフらしからぬ声が、口から零れ落ちた。

 

「……すまない、言ってる意味がよく分からなかった。今、テイオーは何と?」

「模擬レースは……う、ウマ娘以外も出れるのかな~って……」

「もしや……学園祭の催しの事を言っているのか? あれは正確には模擬レースではないが」

「いや。ホントのホントの模擬レース。ウマ娘専用の……」

「……ちなみに。ウマ娘ではなければ、誰が出るんだい?」

「…………人間です」

「……」

「……」

「……」

「……わー! カイチョーごめんなさい! その目はボクがツラい! ツラいからやめてよ!」

 

 ルドルフは困惑を隠せない。

 当然だ、真剣な表情で打診してきた内容が内容なのだ。

 他ならぬウマ娘達の名門中の名門である此処で、どうして人間とレースをさせる必要がある? どうして分かり切った勝負をさせる必要がある? 彼女の聡明な頭でも、どういう理由でそんな事を言い出したのか、全くもって理解出来なかった。

 

「順を追って説明して欲しいんだが……どうしたらそういう話に?」

「……あー……え~っと……」

「……?」

 

 当然浮かぶであろう質問に、テイオーの目が泳ぐ泳ぐ。

 よもや例の幽霊騒ぎの元凶が用務員で、かつウマ娘に憧れて謎の被り物をする変人であり、それが日夜、打倒ウマ娘を目的に練習を繰り返してるなんて、馬鹿正直に伝えられる訳がない。

 ましてや例の深夜の見回り報告に、それこそ吐血する思いで『異常なし』の太鼓判を押したのはテイオーなのだ、今更(くつがえ)す事など不可能であった。

 

「あの……ちょっとね。変な人に絡まれちゃって」

「何……?」

「あっ。いや変な人は変な人なんだけど無害な変な人っていうか!? 少しエキセントリック入ってるんだけどまあ大分素直な人でもあってさ!?」

「……」

「……まあ、その人がね。結構走りに自信があるみたいでさ、ウマ娘と競ってみたいって……」

「ふむ……その方は我々より早いというのか?」

「いや、そ、それは~……ま、まだだいぶ遅い……かな」

「……」

「あっ、でもそこいらの人間じゃ逆立ちしても叶わないくらいには速いんだよ!? それはボクも保証する!」

 

 ルドルフは考える。

 この娘がこのような事を提案する理由を。

 ルドルフも、世間も、そして世界中でも、人間よりもウマ娘の方が圧倒的に速いという常識がある中で、何故()()()()()()()()()レースをする必要があるのか。

 それはテイオーがその人間に同情したのが理由か? あるいは、返しきれない恩があるのか? はたまた……脅されているのだろうか?

 

「分からないな。その方はどうして私達と比べようとするんだ? 人間同士で競い合わないのかい?」

「……それは……まあ、その人は人間の世界では敵なし? みたいだし」

「飽くなき速さを求め、か。だとしても解せないな。私達の速さは人間のそれとは遥かに違う。その事実を知らない訳ではないだろう?」

「分かった上で挑もうとしてるんだ。その人、凄い負けず嫌いでさ」

「……」

「うぅ……おかしい事を言ってる自覚はあるよ……だからその目はやめて……」

 

 本人もやはり通るとは思ってはいなかったようだ。

 そして絶対にどうにかして欲しい! という気持ちもなさそうだ。

 だとすれば猶更(なおさら)謎が深まったとルドルフは感じてしまう。

 駄目元での提案であれば、やはり人間への同情が動機か?

 

「学園祭の子供向けレース……それではダメなのかい?」

「本気で挑みたいから、遊戯扱いされるのは嫌とか……あと大人なんだよねその人」

「そうか。ちなみに……キミはもう相手をしてあげたのかな?」

「そりゃとっくにね! でも結果は……」

「テイオーの勝ちか。流石に私もそこは疑っていないよ、むしろ負けていたらショックを受けていたと思う」

 

 テイオーはすっかり諦めムードで、対するルドルフも、いくらテイオーの提案とは言え頷くつもりは無かった。

 

 彼女には信念がある。

 すべてのウマ娘の幸福を実現する――そして、その信念には。

 

「この学園からは多数のウマ娘がデビューし、そして時に輝かしい栄光を。時に苦々しい敗北を刻む。その光景は人々を魅了させ、憧憬(どうけい)を抱かせるのも重々承知している」

「……だけど」

「あぁ。和衷共済(わちゅうきょうさい)*1は私のモットーではあるが……この学園はウマ娘達の夢を叶える場所であって、人間の夢を叶える場所ではない」

「……」

「残念だが、その要求を飲むことは出来ない。テイオー」

 

 その信念に、当然ながら人間は含まれていない。

 

 ルドルフが腕を伸ばせる先がまだまだ少ない事を不甲斐なく感じているように、自らの目標が生涯をかけて尚実現が難しい事を思えば、その人を救う事になるのは遥か遠い先の事になるだろう。

 ましてや、()()に挑戦するのであれば。なおさらだ。ルドルフはそう結論付けていた。

 

「……とはいえ、キミが気にかけているその方。個人的に私も気になるな」

「ホント?」

「うん。どういう人物なのかは特にね」

「……あ~……う~……」

「……あまり紹介したくはないのかな?」

「いや、違うの。ちょっと待ってカイチョー。今必死に言葉を選んでるから」

 

 それはテイオーに害なす存在なのかを見定めるため、いわば老婆心の質問。そんな事も露知らず、テイオーはただジェシーをどう表現したものか、彼女なりのオブラートに包んで伝え始める。

 

「えっと……その人はね。背が高くて、ちょっと無口で。物事に素直で。聞き訳が良くて……」

「ふむ……」

 

 どこにでも居そうな男性像が、ぽわ、とイメージとして描かれる。

 

「凄くストイックにトレーニングする人で、ウマ娘のダンスにも詳しくて、かつ踊れて、世界新記録出せる足の速さを持ってて……」

「ふむ……?」

 

 男性像が急に筋肉質になり、そのマッチョはフリフリの勝負服を(まと)って振り付けをしながら走り出し。

 

「ちょっとキモ……可愛いオリジナルの怪物の被り物をしてて、全身が光って、あとよく転ぶ人で……」

「待て。待て待て待ってくれテイオー」

 

 マッチョがトカゲに似た被り物をしたと思えば、急に全身が発光し、そして派手に転倒した所でルドルフは想像を切り上げた。これがまともな人物像であってたまるかと、彼女の心が叫んでいた。

 

「……テイオー。君の社交性は私も(うらや)む所ではあるが……少し、その。なんだ」

「え。……あっ、違うの! いつも光ってる訳じゃないから! 時々光るの!」

「しかも点滅するのかい……?」

 

 結局のところ、ルドルフの困惑は加速するばかりで。

 テイオーは最後まで好印象を与える事は、叶わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分とトウカイテイオーと話し込んでいたようですが……会長?」

「……なぁエアグルーブ。一つ頼まれてくれるかな」

「? 何でしょうか会長」

「この学園関係者で、ダンスの得意な人間を洗ってくれるかい? 少し、気になる人がいるんだ」

 

 

 

 § § §

 

 

 

『――さぁトーセンジョーダン上がってきた! 上がってきた! 大外からぐんぐんと伸びてきている! これはまくるのか!? まくるのか!?』

 

「……か~っ! オイオイオイ! あそこにアタシがいないのはなんでだ!? いたら速攻でもっと大外からぶち抜いてやるのに! 畜生誰だこんなレース教材にしようって言い出したのは!」

「トレーナーね」

「トレーナーですわ」

「トレーナーさんです……」

「……ちょっとアイツにOHANASHIしてくるわ、オラァーッ! どこだトレーナーッ!!」

 

 時は大雨。部室の中にて。

 蒸し暑さに輪をかけたこの日、グラウンドでの練習は中止となり。

 チームスピカの面々も各自筋トレやビデオによるトレーニングが言いつけられていた。

 

 どこから掘り出したのか、骨董品レベルの古びたビデオデッキを囲む3人は、ノイズの入った映像を見続けている……。

 

「はぁ……相変わらずねゴールドシップ先輩も」

「もう突っ込むのも飽きて来た所ですわ」

「あははは……ゴールドシップさん、トーセンジョーダンさんと見ると何故か黙ってないですからね……*2

 

 ダイワスカーレット、メジロマックイーン、スペシャルウィークの3人の視線は画面に傾いたままだ。

 全員が全員、その映像に対して片時も目を離す事はないが、間に流れる雰囲気はどこか真剣みが抜けている。

 そもそもが体を動かしてなんぼのウマ娘である。

 エネルギーを持てあました彼女達は、自然と会話に花を咲かせていく。

 

「……ねぇマックイーン。貴方たち最近何をやってるのかしら?」

「何をって、なんですの?」

「とぼけないでよ、テイオーやゴールドシップ先輩、あとタキオン先輩達とよくつるんでるじゃない。何? 新しいトレーニングでも始めたの?」

「あ。それは私も気になってました! かなり早い時間にトレーニングをしたり、皆さんと示し合わせて出かけたり……」

「……ええと」

 

 マックイーンは当然ながら口ごもる。

 まさか人間相手にウマ娘との戦い方をレクチャーしてるなんて、言える訳もない。

 なんて説明したものかと目を泳がせていると、気の短いダスカの目は、既にジト目に変わっていた。

 

「何? 言えない事なの?」

「申し訳ないですが。言えませんわ」

「ふーん……まさかサプライズとか?」

「ある意味サプライズな内容ではありますが……決して、皆さんに関係するような内容ではありません」

「じゃあトレーニングなのかしら?」

「近しくも、違いますわね……我々のトレーニングではない事は確かです」

「トレーニングでもサプライズでもないの? うーん、何でしょうか……」

 

 その場限りの嘘はつきたくはない。

 だが伝えるべき真実もまた言い辛い。

 結果として、どっち付かずのはぐらかしに終始してしまえば、多感な2人がより食いついてしまうのもムリはない話だった。

 

「もう! そこまで秘密にしてると本当に気になるじゃないの!」

「本当ですよ! このままじゃご飯もお代わり出来なくなっちゃいます!」

「えぇ……? ちょ、ちょっと二人共!」

「ねえちょっとぐらい教えてもいいじゃない? なんだったらプリンとかあげるわ!」

「私はうちのお母ちゃんが送ってきた人参あげませ……あげます!*3

 

 ジェシーの秘密は口外するなとは言われてはいない。

 だがこれを口外すれば、きっと問題は大きくなるという予感はあった。

 一瞬揺らぎかけたが、あの人の努力を踏みにじる思いはさせたくない……マックイーンはそう決めて首を振った。

 

「はぁ~……それってずーっと言えない事なの?」

「そういう訳ではありませんが……割とナイーブな問題には違いありませんわ」

「うぅ。残念です……」

「すみません。もやもやさせてしまうのは分かりますが。機会が来れば、必ずお二人にお伝えいたしますわ……ん?」

 

 露骨にがっかりする2人を(なぐさ)めていると、ふと映像が乱れてるのにマックイーンは気付く。

 そこではウマ娘達が画面から消え、代わりに人間達がレース上に並び立っていた。

 

『さぁ二番コースに入るのは――――選手。ここ陸上ではあの彼を除いて、無類の強さを見せていたが、国体での二戦目、どのような結末を見せてくれるか――』

 

 それはウマ娘ブームの影で割を食い続けてきた陸上競技だ。

 一昔前の大会の映像のようで、銃声に引き続いて一斉に男達が駆け出した。

 

 ウマ娘のそれよりも遥かに小さなトラックを、これまたあくびが出そうなスピードで走る姿は、どこか退屈だ。ダスカもスペも、最初は物珍しそうに見ていたが、すぐに興味をなくしてしまう。

 それはそうだろう。

 自分達は遥かに長い距離を。遥かに速いスピードで走っている。

 今更人間たちの走りを見ても、もはや子供の遊びにしか見えないのだ。

 

 だがマックイーンは違った。

 

 両手と両足を必死に振り、顔を苦悶に歪めながらも、それでも伸びぬスピードに苦悶する彼らの姿が、どうにも目が離れなかった。

 

「……マックイーン?」

 

 あの人もいつも同じ目をしていた。

 コースを走るたび。コーナーで転倒するたび。

 自分の掲げた目標が如何に馬鹿げたものであろうとも、不安を隠して駆け抜けていた。

 

 マックイーンは自然と、映像の中にジェシーを足す。

 そして……その中にウマ娘も足して見てしまう。

 

 直線ではジェシーが並み居る選手を引き離す。

 だが、そのジェシーを余裕を持って差すのはウマ娘だ。

 ジェシーは負けじとウマ娘に食らいつく。かろうじて三馬身……いや二馬身。

 だがカーブに差し掛かるとそれは絶望に変わる。

 先頭を行くウマ娘が難なくカーブを曲がっていくが、ジェシーはそこで転倒してしまう。

 そうすれば彼我の差は一気に致命的に。

 すぐに起き上がろうとも、カーブを抜け、トップスピードに再度乗った時にはもう大差だ。

 

 ゴールラインを割ったウマ娘が、盛大な拍手で迎え入れられる

 大分遅れて到着したジェシーらは拍手の残り香を体に浴び、顔を悔しさに歪ませる。

 

 例え妄想の中でも、予定調和としか言えない結末しか思い浮かばない現実に、マックイーンはどうしようもない切なさを覚えた。 

 

「……どうすればいいんでしょうね」

「マックイーンさん?」

「いえ。我々はどうして、人間よりも速いのかと思ってしまって」

「急にタキオン先輩みたいな事言いだすわね……」

「でも疑問に思いませんか? ウマ娘は人間に限りなく似ていて、それでいて人間とは似て非なる者。容姿も、力も。速さも。何でこんなに違うのでしょう」

「うーん……考えたこともなかったです」

「私もよ。生まれてこの方ずっとウマ娘だったもの」

「……そう、ですわよね。私も、今の今まで考えたことはなかったですわ」

 

 アグネスタキオン。

 不遜(ふそん)さを隠そうともしない、掴みどころのない先輩。

 あの人も同じ気持ちになったのだろうか。

 それとも、ただの被検体の一人としか見ていないのだろうか。

 

 画面の中では有力視されていた選手が、当然のように勝ち。

 空席の目立つ競技場の中で、まばらな拍手で祝福がされていた。

 

「雨、早く止まないかしら」

 

 あの寡黙な人間は、ひょっとしなくても、今日も走り込みを続けているのだろう。

 我武者羅に。だけども目標目掛けて。黙々と。

 ざあざあと無神経に垂れ流される雨の音を聞きながら、マックイーンは曇り空をじっと眺めるのだった。

 

 

 

 

 

*1
心を合わせ、互いに協力して事をすること。 和協。

*2
馬のゴルシも、トーセンジョーダンを見かけると必ず蹴りに行ったそうな。

*3
あげません!

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