曲がらぬ夢と曲がれぬカーブ   作:月兎耳のべる

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第12レース ゴールの先にあるもの

「――光の速さで~、駆け抜ける衝動は~っとぉ……*1

 

 あちらこちらとぶらぶら揺れるライトの光が、影しか残らぬ廊下を照らす。

 見れば、光の消えた学園の中を、とある男が陽気に歌をさえずっていた。

 彼――警備員の田中一郎はトレセン学園勤務歴30年以上の、大ベテランだ。

 彼自身が幼い頃からのウマ娘ファンであり、念願叶って学園に就職して以来、ウマ娘をそれこそ孫のように見守り続けた彼は、慣れ親しんだルートを巡回していく。

 

 一人寂しく時を刻む時計塔を見て。

 花盛りの彼女らと同じくらいに咲き誇る花壇を見て。

 喧噪が未だに聞こえてきそうな教室を見て。

 そろそろガタがきている部室棟を見て。

 彼女らの情熱に応え続けてボロボロになったコースを見て。

 

 一通りの警邏(けいら)を終え、ふぅ。と息を零した田中が、今日も異常なし。と額を拭う。

 まだまだ熱の籠る初秋である。クーラーの聞いた宿直室で、早く冷えた麦茶でも飲みたいものだ、そう考えた彼は歌を途切れさせぬままに来た道を戻っていった。

 

 ――しかして、彼が去って数分が経つと、巨大コースの植え込みが、がさがさと急に揺れ動き始める。

 

 草っぱをかき分けて現れたのはウマ耳2つ。

 両手に小枝を携えたその不審ウマは、ぬぬぬぬ、とコースへ踊り出る。

 

「(――こちらG。敵偵察は去った。小錦、ビッグ東海、ウィッチドクター、オーエン。出てきていいぞ)」

 

 ゴールドシップである。

 タキシード姿で頭にハチマキを巻いた彼女は、紙コップを電話に見立てて何事かを話せば、同じく糸で繋がったコップを持った4つの人影が、続々と同じ草むらから出てきたではないか。

 

 呆れ顔のメジロマックイーン。

 おどおど顔のトウカイテイオー。

 にまにま笑いのアグネスタキオン。

 謎被り物のジェシー・応援。

 

 そこには毎度おなじみのメンバー並び立っていた。

 何を隠そう、性懲りもなく彼女らは深夜のコース場に練習しにやってきていたのだ。

 

「……ゴールドシップ。なんですのその恰好」

「はぁ? 知らねーのかマックイーン。由緒正しき潜入衣装だぜ。昔はこれで核戦争を未然に防いだもんだ……」

「ウゥ~、カイチョーゴメンナサイカイチョーゴメンナサイカイチョーゴメンナサイ…」

「ほう。夜のコースと言うのもまた趣深いね。昼と異なるのは外気温と湿度……ふむ。それに日光か。芝のコンディションも異なるだろうね、果たしてこれがどれほどの効力があるのか」

「…………」

 

 平日は深夜。一向に進捗の見えぬジェシーを想ってか、ゴルシが提案したのは深夜の合同トレーニング会。目下の課題である急制動を改善するために一同に召集をかけ、再度深夜のコース場に(学園に無断で)集まる事になったのだ。

 

 ちなみに乗り気なのはゴルシとタキオンの二人で、他3人は何とも言えない表情でこの場に(たたず)んでいた。

 

「おいおいオーエン。何でよりによってお前が乗り気じゃねえんだ? これはお前のための特訓だぜ?」

「……何度も言うが、ここでの特訓は他のウマ娘の迷惑になって」

「か~~~っ、大丈夫だっての! 幽霊が怖いって言ってる娘のケアは万全だって! 何のためにアタシが毎晩お化けの恰好して寮を走り回ってると思ってんだ?」

「あれケアのつもりだったんだ!?」

「毎晩毎晩何かドタバタしてると思ったら、やっぱり貴方だったんですの!」

「遊んでいるように見えて実は効果があるのが不思議だよねぇ、実際のところ噂話のほとんどは『首のないウマ娘』の話じゃなくて『寮に現れる葦毛(あしげ)*2の変人』にシフトしてるから」

 

 この奇娘(きむすめ)の行動は意味がないように見えて、実は意味がある事が多い。突発的に見えて計画的な彼女の行いで、こうして深夜のグラウンドに立てているのだからおかしなモノである。

 ジェシーも乗り気ではないものの、これが違法であるとは言えど、折角のお膳立てを無下にするほど恥知らずでもなく。更に言えば実践に則した環境はやはり得難いのか、強い感謝の気持ちを抱いていた。

 『自分は彼女らの力を借りなければ土俵にも立てないのだ』

 両頬をぴしゃりと叩いて、そう言い聞かせるやいなや、ジェシーはとやかく言わずに、練習への意欲を燃やし始めた。

 

「あとさっきの呼び名。誰が誰の事かはっきりして欲しいですの。小錦って誰の事ですの!?」

「ビッグ東海って何さ! ボクが小さいって言いたいのかよー!」

「ウィッチドクターって私は魔女かい? ふむ。ドクターは良いが魔女は御免だね。私はあくまで科学に基づいてだね……」

「後でな後でな! まずはジェシーのトレーニング重点!」

 

 そうしてゴルシが群がるウマ娘らを散らして、ジェシーの深夜の特訓が始まった。

 

「ようーっし! 走り込みいっくぞー!」

 

 まずはゆっくりコースを流す。一周2千メートルのトラックは、人間のそれとは格段に広

い。ジェシーは皆の後をペースを落とさずについていく。

 

「今の時速は大体30kmくらいだよ~!」

「流す程度なら問題はなさそうですわね、ジェシーさん?」

「あぁ。直線は当然だが、カーブもこれなら速度を落とさずとも行ける」

「ふむふむ。トレーニングの成果ありかな。では少しずつ速度を上げていくかい」

 

 速度は徐々に上がっていく。時速32……35……40……。ウマ娘達なら流しの速度も、やはり人間がとなるとかなり酷である。45を超えてのカーブに差し掛かると、ジェシーの足は露骨にモツれだす。

 

「うぉーい、オーエン!? ギリギリだな!?」

「危うくこけるところだったね」

「この辺りが限度かい。角度を変えて侵入するのは、やはり難しいのかな?」

「……コースラインに沿って曲がるとなると、途端にな」

「小刻みなブレーキは意識していますの?」

 

 コクリと頷くジェシー。

 確かにカーブにさしかかってからは体を傾け、一歩ごとの踏み込みを強め、曲がりたい方向にベクトルを変えようとする努力は見受けられた。

 何度か行われた試行の後、ウマ娘達が曲がる時は無意識に行うその動作が、しかしながらジェシーには合っていないのではないか、とタキオンは提唱し始めた。

 

「大きな違いは我々の体重とジェシー君の体重が半分以下であり、筋力も上であるという事。軽くて強い筋肉があれば制動力に優れ、舵取りがし易くなるのは言う間でもない事だね」

「それは聞いてるよ。じゃあどうするっていうのさ……?」

「慣性を無理矢理方向転換しようとするから支えきれずに転倒する。ならばゆっくりと変えてあげるしかないだろうね」

「えぇ~。それって緩やかにカーブするしかないって事でしょ? でもそれじゃコースを外れちゃうよね?」

 

 テイオーがライト片手に地面にコースを模した楕円を描き、そこに更に円を描く。

 ジェシーの走行ラインは本来のコースを大きく離れて、ひどく大回りの形になってしまう。

 

「――いや。こういう事だろタキオン?」

 

 おもむろにゴルシが円を継ぎ足す。

 大外のストレートラインよりも更に前の時点で緩やかに楕円を描き、ギリギリコースに収めるルート。それはどうにかこうにかコースの中には納まっている。

 

「カーブに差し掛かる前から曲がっておく……か?」

「その通り。距離は長くなるからその分スタミナはいるがね。スピードを落とさぬ侵入にも噛み合うんじゃないかな」

 

 理想の流れとして、外枠からスタートし、まずは加速する。そしてトップスピードに乗った時点で早々に緩やかに弧を描いて、カーブに侵入する。

 転倒ラインを見極めたスピードで大外から大外めがけてゆっくりと曲がり切る、そういう戦法だ。

 

「でもこれって……ジェシーさんの走行ラインが必ず同じになるって事ですわよね。他の娘が進路にいたら……」

「狙うのは一着じゃなくて最後尾のウマ娘だぜ? 勝負は最後のストレートだ。そこまではどう凌ぐか、って考えた方がいいだろ」

「持久戦を持ちかけると。まさしく追込ならではの戦略だがね、1,000mという短い距離で持久戦はかなり厳しい戦いになりそうだ」

 

 結論はそこそこに。インターバルが挟まれば、あらかじめプランを決めていたテイオーが闇夜の中で声をあげた。

 

「次は鬼ごっこいくよ~!」

 

 勢いよく鬼役に抜擢されたジェシー。

 そしてジェシーを置き座りにして逃げるウマ娘達。

 はたと自らの役割を悟ったジェシーは、かけ声もなく始まった鬼ごっこに準じ始める。

 

 ………

 ……

 …

 

 静まり返ったグラウンド上で黙々と行われる鬼ごっこ。

 当然ながら人間を超越した瞬発力の前にはカスりもしないジェシーの手。

 5分程の無言鬼ごっこの後、スタミナを使い果たしたジェシーがその場で膝をつけば、ようやくマックイーンがぽつりと呟いた。

 

「……あの。誰も何も言いませんの?」

「うーん。深夜だとちょっと声を出すのはね……」

「そういう問題ですの?」

「大丈夫かオーエン? 鬼役変わってやろーか?」

「それじゃあダメだ。追込みのトレーニングでもあるんだから、ジェシー君はずっと鬼だよ」

「き……厳しいトレーニング……だ……」

 

 追込および瞬発力が鍛えられると言うタキオンの言葉で、継続して行われる鬼ごっこ。とは言えその難易度は非常に高い。

 現役重賞ウマ娘達の速度、反射神経、瞬発力は並外れており、ジェシーの長い手足はずっと空を切る始末だ。

 

「ジェシーさんジェシーさん、それじゃいつまで立っても捕まえられないよ~」

「ハァッ、ハァッ……とは……言ってもだな……!」

「オイオイオイ。忘れたのかよオーエン。アリクイの気持ちになれって言っただろ!?」

「アリ食いってなんの話ですの……? ともかく。生真面目にフィジカルだけで勝とうとするから捉えられないんですの」

「……?」

「かけ引きですわ。ジェシーさん」

 

 ウマ娘相手には全敗で。しかして人類相手では圧倒的な勝利を収められるジェシーにとって、心理戦と言われてもピンと来るものはなかった。

 マックイーンはそんなジェシーを手招きしだす。

 

「私との距離は2mぐらいですわね? ジェシーさん。私を捕まえるためにはまずどうします?」

「……それは。近づいて腕を伸ばす?」

「そうですわね。ただ私はこのまま固まっている訳ではありません。貴方が動けば、当然ながら私も動く。ジェシーさんが近付いてきた分、私も後ろに同じくらい下がりますわ。さぁどうします?」

「……更に近付く。では堂々巡りだな」

「そう、このままでは勝ち目はない。では状況を変えてみましょう」

 

 マックイーンは内ラチを背にして同じことを質問した。

 

「……右か左、どちらに行くかを予測して待ち構える」

「ちなみに私は右に行くつもりでした。当然ですけど一か八かで狙いを定めると外れる可能性もありますわね」

 

 そして次にマックイーンが左隣にゴールドシップを立たせる。

 そうすればジェシーはすぐに右に来るのを待ち構える、と答える。

 

「お分かりですわね? 状況を限定させるんですの。鬼ごっこはそれこそ自由自在に動き回れますが、レースでは違う。スタートからゴールまでのコースが決まってるから、ある程度相手が走るラインも限定出来る。ならばこそ、そこに付け入る隙がありますわ」

「……なるほど」

「経験が物を言うものではありますが、反射神経を鍛え、プレッシャーをかけ、そして有利な状況に追い込む。それが駆け引きの基本ではありますわ」

 

 何度も頷いたジェシーが鬼ごっこを再開する。

 先程のように愚直に追い立てるのではない、障害物を生かした追いかけっこ。

 時に追い立てる方向をコントロールし、時にフェイントを織り交ぜて捕まえようとする。

 勿論、言われてすぐに捕まえられるかと言えばそういう訳ではないが、ウマ娘達も、以前の鬼ごっこよりも気持ち真剣な表情でジェシーからの猛追を逃げ回っていた。

 

「……っ! ……ふーっ……ふーっ……!」

「ふぅ、お疲れ様ですわ」

「結局捕まえられなかったね~……まあでも今の方が逃げ甲斐はあったかな?」

 

 マックイーンが手渡したスポーツドリンクを、ジェシーが一息に煽る。

 芝生の上で膝をついて息を整えるその姿を、タキオンが遠巻きに眺めていると、どすん、とたくましい腕が不意に首に回された。ゴルシの腕である。

 

「予想以上か? それとも予想以下か?」

「……キミね。仮にも私は先輩だよ?」

「それ以上にもう仲間だろ? んでんで、見立てはどうなんだよ。正直ベースで頼む」

「はぁ……伸びで言えば予想以上。ステータスで言えば想定以下だね」

 

 マックイーンとテイオーが、交互にアドバイスしている。

 時々二人の中で食い違う意見が出ると、互いに互いが論議を交わし、意見が合えば互いに相槌しあって言い聞かせる。ジェシーはその一言一言に真剣に耳を傾けているようだった。

 

「驚きだよ。人間の限界を毎日毎日これでもかと塗り替えている。本当に人間か?って思えるくらいにはね」

「だろうな。でもんな事は出会った時から知ってんよ。アタシが聞きたいのは『オーエンがウマ娘に勝てるかどうか』だ」

「……」

「勝てるのか? 勝てないのか? どうなんだ?」

「……勝てない。小手先だけじゃ限界がある」

 

 ぐっ、と回された腕に力が入ったのがタキオンにも分かった。

 だがタキオンはその口を止める事はなかった。

 

「ジェシーは頑張っている。だがその頑張りはこれ以上体に反映はされないだろう。いくらジェシーが才能の塊だとしても、限界はある。それは種族という限界だ」

「……」

「このまま闇雲に練習をすれば、そりゃ少しは伸びるだろうさ。だけどあと一歩という所できっと手は届かなくなる」

「火事場の馬鹿力を当てにする……ってのはダメか」

「根性や精神が理論値を凌駕する例はあるが、それも同じ種族同士だからこその話だ。人間とウマ娘と言う歴然とした差はどうしようもないよ」

 

 到底不可能な領域。そこに指先、いや髪の毛一本でもいいから触れるがために毎日練習に身を費やすジェシー。

 だが費やした先に待ち受けるのは見上げる程の大きな壁だ。タキオンは、そう考えていた。

 

「……私の悪い癖だね。可能性があるならやるべきだと、人にしてはまあまあ速いジェシーを、利己的な感情からか焚きつけてしまった」

「アタシにもよく刺さるナイフだな、えぇおい?」

「自覚があるなら。分かっているだろう? 最終的に我々がすべきことが」

 

 2人の間に静寂が満ちる。

 視線の先ではインターバルを終えたジェシーがその場で小さく跳躍し、次の練習――併走トレーニングを行おうとしていた。

 

「では先導しますわ! ちゃんとついてきて下さいまし!」

「あぁ……!」

 

 かけ声と共にマックイーンが暗闇を走り、そしてその後をジェシーが追いすがる。

 ごうごうと吹き付ける夜風を、かき分けながら進むジェシーのすぐ前には、たなびく紫の髪。闇の中で月明かりに輝く様は、まるで蝶が飛んでいるようにも思えた。

 ジェシーは目の前ではためく蝶を捕まえようと両足に力を回す。しかし見計らったかのようにマックイーンもスピードを上げて、両者の差は決して縮まらない。

 

「そんな目立つ仕掛け、すぐに気付いてしまいますわよ!」

「ぐっ……!」

「相手をよく見なさい! 次に相手がすることを予測するんですの!」

 

 リードを保ったまま迎えるカーブ。

 マックイーンが大外を回るコースをとる中、ジェシーが教わった通りにストレート前から大きく曲がって侵入する。内側を陣取る形となったジェシーは、ここぞとばかりに速度を速めていく。

 最初こそマックイーンをひと時でも抜いたと一喜するジェシーだが、コーナー終わり。左後方からのプレッシャーが増した次の瞬間、抜かれていた。

 

「気が緩みましたわね。それじゃ勝てるのも勝てませんわ!」

 

 1バ身差という絶対的な距離を維持するマックイーン。

 右から抜こうとすれうば右に、左から抜こうとすれば左に、必ず進路をブロックするそのやり口に、ジェシーは舌を巻いた。

 闘志に奮い立つ彼女のウマ耳は、その度にぐりぐりとレーダーのように動き、こちらの動きを指先一本分の動きまで把握しているかのようにも思えた。

 

「……ッ! 速い、な!」

「えぇ! 伊達に重賞も経験していませんわ!」

「だが、届かない訳ではない!」

「言ってくれるじゃないですの! でしたら、見せてごらんなさいまし!」

 

 二人の走りにより熱が入る。コースは残り4ハロン。

 『ウマ娘より速く走る』。狂人の戯言にしか聞こえないその絶望的な闘いは、道半ばどころか、入口も入口。そして先行きも明るくないとジェシーも分かっている。

 しかして、こうしてウマ娘達が理解し、時間を削ってまで付き合ってくれたお陰で、まるでいずれは達成可能な目標に思えて仕方がなかった。

 

 心が高揚すれば、体もまたそれに応えてくれる気がする。

 中々縮められない1バ身はセンチ、いやミリ単位でじわじわと差がなくなっていく。

 マックイーンもまた、決して消える事のないプレッシャーに笑みを浮かべたのが分かる。

 

 楽しいな。あぁ楽しい。

 もっとこの時間が続けばよいのに。

 ウマ娘が本能的に持つ、走りたいという欲が燃え移ったかのように。

 ジェシーはこの全身を躍動させて走る。走る。走る。

 

 流れ落ちる汗を置き去りに。

 せわしなく脈打つビートを耳に。

 遠い暗闇の先にあるゴールラインめがけ、ジェシーが最後の力をかけてゆけば――

 

「あっ!?」

「マックイーンッ!?」

 

 ――不意に、視界からマックイーンが消えようとしていた。

 それが転倒であることに、ジェシーはすぐに気が付いた。

 

 暗闇の中で足がもつれたか、それともコースの凹凸に足を取られたか。

 いずれにせよ速度の乗っている中での転倒は言うまでもなく危険だ。ジェシーは倒れ込むマックイーンめがけて大きく手を伸ばせば、そのまま庇うようにして二人仲良く地面を転がった。

 

 強い衝撃が視界を揺らす。世界が何度も上下にひっくり返る。

 受け身を取ることも出来ずに慣性に従って転がる二人は、数メートル以上地面に痕をつけて、ようやく止まることが出来た。

 

「マックイーン!?」

「も……申し訳ありませんわ、無様な姿を……」

「いや、それはいい。体はどこも怪我はないか?」

「貴方の方こそ、と言っても……貴方の方が転びの先輩ですわね……っつぅ!」

 

 覆いかぶさった形で問い質すジェシー。

 ジェシーは、相変わらず被り物が半壊して見目が酷いが、無事。

 その一方でマックイーンは目立った外傷こそないものの、痛みが走ったのか足に手を当てていた。

 

「マックイーン。足が……」

「す、少し捻っただけですわ……この程度は別に大したことは……!」

 

 暗闇の中では何も分からないが、小さな痛みでも馬鹿に出来ないのが競バの世界である。

 先ほどまで喜びの最中に居たジェシーは、すぐにどん底に叩き起こされた気分になった。すぐに彼女を医務室へ。いや、アグネスタキオンに見て貰わなければ。

 

 思い至ってジェシーがタキオンを探そうとした直後だった。

 何条もの光が一気にグラウンドから闇を払う。

 思わず顔を庇うジェシー。そして直後に聞こえた思いがけない声。

 

――皆そこを動くな!

 

 その場に居た全員が困惑を隠せぬ中、どたどたと数人がこちらに駆け寄ってくる。

 それはジェシーも名は知らないが、一度は見たことのある生徒会の面々だ。

 エアグルーブに、ヒシアマゾン、フジキセキに、ナリタブライアン。そして――シンボリルドルフ。

 

 ジェシーが何が起こっているのか現状を理解するのは、ヒシアマゾンによってマックイーンの上から強制的に払いのけられ、地面に尻もちをついた後であった。

 

「……テイオー。どういう事か、説明してくれるかな」

「あ……う、ぁ……うぅ……」

「私は、あの騒動は解決したものだと思っていた。だけど……コレはどういう事かな?」

 

 ルドルフが、地面に散らばった被り物の破片を手に。テイオーへと詰問する。

 テイオーは何度も何かを弁明しようと口を開くが、そのたびに声なき声をあげるだけで、何も言えず。ルドルフのじっとりとした視線が(そら)された直後に、小さく泣き出した。

 

「フジキセキ。マックイーンに担架を用意してあげてくれないかい」

「了解したよ」

「ま、待ってくださいまし! 私は……別に、ただ少しだけ足を捻っただけで!」

「いいから行くよ。話は後でじっくりとね」

 

 フジキセキが無線を使って何事かを伝える中、ジェシーがようやく彼女を庇おうと口を開きかけ、そしてすぐに閉じざるを得なかった。

 ヒシアマゾンとナリタブライアンの鬼気迫る表情。

 それは敵意と言ってもいいほど研ぎ澄まされ、ジェシーは口を(つぐ)む他なかった。

 

「お、おい! おい会長待ってくれよ! そいつらは悪くねえ! アタシが言い出した事なんだ! この責任はアタシが――!」

「ゴールドシップ。キミの話も聴かせて貰うが……それは今ではない」

 

 芝生を一歩一歩。確実に踏みしめて近寄る七冠の帝王。

 近づけば近付くほど威圧感を感じるが、しかしながらジェシーは焦燥感を覚える事は決してなかった。

 

「初めましてジェシー=応援さん。私の名前はシンボリルドルフです。詳しい事情をお聞かせ願えますね?」

 

 その願いを断るつもりなど、毛ほどもなかった。

 

 

 

*1
アニメウマ娘二期挿入歌「Winning the soul」。トウカイテイオーのキャラソン

*2
馬の毛色のひとつ。一般的には灰色の馬を差す。肌は黒っぽく、生えている毛は白いことが多い

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