「お名前は」
「ジェシー・応援と言います」
「ご職業は」
「当学園の清掃員です」
「ジェシーさん。貴方は深夜に許可なく学園に立ち入る事は許されていない事はご存じでしょうか」
「存じ上げております」
「ではなぜ、学園に侵入したのでしょうか」
「だからそれについてはアタシが――!」
「許可なく喋るなゴールドシップ。会長は今ジェシーさんに聞いているんだ」
未だ明星すら見えぬ深夜の学園。その一室。
とっくのとうに消灯されているはずのある部屋で、緊急の会議が行われていた。
そこには生徒会メンバーと、ジェシーを支援するメンバーの一部が集まっていた。
ジェシーは……会議室中央に置かれた椅子に臆することもなく座り、会長からの質問によどみなく答えていた。
「学園に侵入したのは、自分の一存で決めたことです。私の練習を見て欲しいと彼女らに無理強いして連れてきた」
「その発言は正確ではない。彼は私達が……」
「アグネスタキオン」
「……」
「続けましょうか。貴方の言う練習と言うのは、一体何の練習でしょうか? 彼女達にはすでに専属のトレーナーが割り当てられています。そして、貴方はトレーナーではないようですが」
「私の……走りについての練習だ。彼女らに教えるなどとんでもない。むしろ、私が誰よりも走りに長けた彼女らに師事をしていたんだ」
「……彼女らから一体何の師事を受けていたのでしょうか?」
「私の走り方についてです」
「失礼ながら……貴方は人間だ。なら同じ人間に習うのが普通ではないでしょうか?」
「ごもっともだ。だが、それは私に的確な教導が出来る人はいないからだ」
「と言うと?」
「……私の目的が、ウマ娘よりも速く走る事だからです」
会長を除いた生徒会メンバーに困惑が走る。
なぜ? どうして?
そのような事をする理由が、
「"ウマ娘よりも速く走る"だと? はっ」
「ブライアン。口を
「……ふん」
「すみませんジェシーさん。ウマ娘よりも速く走る……なるほど。それはまた大きな志ですね」
「我ながらそう思います」
「では話を戻しましょう。貴方の目的は分かりました。しかしながらまだまだ分からない事があります。生徒たちを巻き込んだ理由。わざわざ深夜の学園で練習した理由、そして……この被り物をしていた理由」
ジェシーの目の前に置かれた机には、無残な姿になった謎生物の被り物が置かれている。
室内の無機質な明かりに照らされたソレは、空虚な目で皆を見つめていた。
「一つずつ話します」
ジェシーはゆっくりと語った。
生徒たちを巻き込んだのは、連携してこのコースを借り受けるため。
様々な場所で練習をしてきた中で、深夜の学園が最も練習に適していたから。
この被り物は、人間であることがバレないようにするためであると。
話すたびにゴールドシップやタキオンが「事実と違う」と何度も異議を申し立てるが、エアグルーブやナリタブライアンが都度却下した。
「あのコースが適している? いったい何を想定した練習なのですか?」
「無論。実戦レースです。貴方たちウマ娘が走るレース、本番そのもの。私は勝つなら、やはり実践と同じ条件で勝ちたい。だからあのコースが良かった」
「それで、わざわざ深夜にか?」
「あのコースを私が練習したいなんて言っても、断られているのは目に見えている。そうでしょう? だから誰も使っていない深夜にしたんです」
「……被り物はどうしてですか? 最初はともかく。貴方が人間であることに彼女達が今も気付かない訳はないでしょう?」
「そうです。彼女たちは私が人間であると知って、力を貸してくれました」
「ならあえて被り物はする必要はなかっただろう? なんたってこの……この変な被り物をしてるのさ」
ヒシアマゾンが気味が悪そうに被り物を指さして言えば、全員の視線が集まる。
それはメンバーですら知りえなかった核心でもあった。
両眼を赤く腫らしたトウカイテイオーも、ウマ耳をぴこりと寄せて興味深そうにしていた。
「……自分のつまらない意地です」
「意地ぃ?」
「そうです。私は、これを被った状態でウマ娘よりも速く勝ちたいんです」
生徒会メンバーからの呆れや侮蔑の目が、ジェシーを突き刺した。
「貴方がどうしてその意地を持ったのか興味はありますが、今はやめておきましょう。さて、話は変わりますが……今年の春先、当学園で一つの噂が話題になりました。曰く『首のないウマ娘の幽霊が深夜のコースに出没する』と。ご存知でしょうか?」
「……はい」
「私は、貴方がこの噂の幽霊の正体ではないかと疑っていますが……それは事実でしょうか?」
「はい」
ざわ、と会議室内が騒ぎ立つ。
そして生徒会の面々が一斉にトウカイテイオーへと視線を寄越す。
テイオーは可哀そうに、その小さな体をこれでもかと縮めて俯いていたが、会長が「やめないか」とそれを手で制した。
「貴方は、彼女達に出会う前からこのような事を繰り返していたと」
「そうなります。始めたのは1月頃からでした。彼女達と出会ったのは4月頃からです」
「フン。それでマックイーン達を言いように
「はい」
「オイ! だからおかしいだろ、最初はアタシの方から勝手に絡んだだけだったろうが!」
「ゴールドシップ。落ち着けって! あぁもうフジキセキ!」
「はいはい。暴れないでおくれよ」
「随分と稚拙な願いで私達に迷惑をかけてくれるな。それも"ウマ娘よりも速く走る"ためか?」
「ブライアン。いい加減にしろ」
「いや、我慢ならんな。生徒を焚きつけたのもそうだが、とことん物の道理が見えてないと来た。いいか、人とウマは違う種族だ。姿も中身も似通ってるが、根本的な所で違う」
すぐ傍に歩み寄ったブライアンが、ジェシーを見下ろす。
敵意を隠そうともしないその瞳には、怒りの炎が宿っていた。
「幾ら鍛えあげようとも、こと『走る』と言う分野でウマ娘を超えることは出来ない」
「……」
「不服そうだな。確かに、その揺るがしようのない事実に疑問を呈したからこそ、こんな馬鹿げた事を仕出かしたんだものな。では逆に聞く。トウカイテイオー達と散々試したんだろう? 結果はどうだった?」
「……」
「ハッ、聞くまでもないだろうな」
「ブライアン。ジェシー君はまだ成長の余地はある、これから先――」
「
「昔も今も、そしてこれからも。人が人である限り、ウマより速く走れるなんて事は。ない」
それは世間一般の根強い常識。
そして事実、覆されていない不文律だ。
誰もが当たり前だと考え、誰もがそれを疑わない。
故に、ブライアン達は理解出来なかったのだ。
『
「大層な時間をかけて成果も何もなかったんだろう。全て無駄な努力というものだ。人間は人間同士で競い合え。我々の世界に出しゃばってくるんじゃない」
「やってみなきゃ分からねえだろうが!」
「本当にそうなのか? これから強くなる、なんて戯言は不要だぞ。展望も見えない、兆しもない道筋に何の意味がある?」
「ッ、兆しは……あるさ! オーエンは毎日の練習でどんどん速くなってる! このままいけば絶対に」
「そもそもだ。そもそも許せない話がある。それはコイツがマックイーンに怪我を負わせた、という事だ。コイツ自身ならまだしも、まだ未来ある一人のウマ娘をだ」
「ち、違う! あれはオーエンのせいじゃねえ! あれは!」
「いや。あれは私の責任だ」
「オーエン!」
ゴールドシップの声はもはや聞いたこともない悲痛な叫びに変わっていた。
「もう黙ってろゴールドシップ。……あぁそうだろうとも。お前やタキオンがこの眼の前の変態を焚き付けたんだろう。ありもしない『もしかしたら』という希望をエサのように垂らして。そしてまんまと釣れたコイツが走り出したと……その結果がコレだ」
あっ、とテイオーが声を出した時には、ジェシーの胸ぐらをブライアンが掴んで、引っ張り上げていた。
「学園への無断侵入。そして、それによって起こされた怪我。もしもマックイーンがこのまま走れなくなったら、お前はどうするつもりなんだ?」
「……それは」
「深夜に走ったら転びやすいなんて事。子供だって分かる。だと言うのに分からなかったのか? 止めなかったのか? 気付かなかったのか!? 大のオトナであるお前が!」
「……ッ」
「あの中で唯一のオトナが! 子供を諭し、道を示す筈のオトナが! 子供に頼り切るばかりでなく、あまつさえそんな被り物をして! 世迷い言を盲信する……! こんな愚かな話があってたまるか!!」
「……」
言いたいことを言い切ったブライアンは、ジェシーを椅子に放り出すと侮蔑の表情のまま戻っていった。
「すみません。ブライアンが失礼な事を言いました」
「いや……全て事実だと思います。自分は余りにも無責任が過ぎた」
「……貴方にも弁明の余地があるとは私も思っています。しかしながら、責任の所在が貴方にあるのも間違いないことかと。当学園従業員の就業規則には学園生徒への注意義務も記載されています。ご存知ですか?」
「はい」
「学園への無断侵入。コースの無断借用。生徒への監督不行き届き。違反事項はこんな所です……ブライアンの発言は行き過ぎた所はありますが、私も一部は同意します。貴方の行動は浅慮だった」
「……おっしゃる通りです」
「そしてアグネスタキオン。ゴールドシップ。トウカイテイオー。この場には居ないがメジロマックイーン。君達もだ。巻き込まれたのか、自発的かは分からない。だが結果としてこのような事態になった以上。君達も厳罰にしない訳には行かない」
「……ッ」「っ、か、カイチョー……!」
「何度も言うが全部アタシが巻き込んだんだ! だから罰を与えるんだったら! 全部アタシに――!」
黙り込むタキオン。涙ぐむテイオーに、庇おうとするゴールドシップ。
しかしていつも気さくな会長であるルドルフの表情は揺るがない。
等しく絶望の表情を浮かべた3人。そこに手を伸ばしたのは……やはり、ジェシーであった。
「ゴールドシップには、私が強い口調で手伝えと言い聞かせた」
「アグネスタキオンにも同じだ。試薬を寄越せと強請り、自らの私利私欲の為に使った」
「メジロマックイーンは、彼女の人柄の良さを逆手にとって、その人脈を当てにした」
「トウカイテイオーには生徒会への口車をあわせて貰うために利用した」
余りにもあっけなく。
そしてすらすらと答えるものだから、全員が全員しばし口を開けなかった。
「彼女たちはただの被害者だ。故に彼女たちに罪はない」
「ばっ、かやろうオーエン! お前何を言って!?」
「……ゴールドシップは違うと言っていますが?」
「ストックホルム症候群*1という奴です。お陰様でこちらには随分と都合がよかったですよ」
ゴールドシップが更に喚きたてる。
納得できない、不満だ! 何でそんなことを言い出すんだ! と暴れる。暴れる。
テイオーはハラハラと涙を流し、タキオンは悔しそうに口を噤んで俯いていた。
「ふん……ようやく大人ぶってしたことがこれか。その言葉、取り消せんぞ」
「事実ですから」
「……澄まし顔で抜け抜けと。お前の目的はもういいのか? 警察沙汰になれば、夢は潰えたも同然だぞ」
「ッ! お前……!」
「恥ずかしい話ですが今更気付きました。私の身勝手な欲が、前途ある若者の未来を閉ざしていたかもしれないという事を」
「違う! そんな事はない! ただ、ただ運が悪かっただけだ! お前だって未来はあるはずだ!!」
「私はこの夢を諦めきれませんでした。だけど、この途方もない夢に若者を巻き込むのは、許されない事だ」
「やめろ、やめるんだオーエン!」
「もう分かったのです。この夢は……抱くのもおこがましい、ただの妄想だったんです」
「よしてくれ……っ! 頼むから、それ以上は……!」
「皆。徒労をかけさせてしまって、本当に申し訳なかった」
ジェシーはそこまで言い切ると立ち上がり、ゴールドシップ、アグネスタキオン、トウカイテイオー、そして……この場に居ないマックイーンに向けて深く深くお辞儀をした。
ゴルシはその言葉を聞いた瞬間、深い絶望の表情を浮かべ、次の瞬間、フジキセキとヒシアマゾンを振り切り、部屋から出ていってしまった。
「……身内が重ねて失礼いたしました。貴方の発言は十分に考慮した上で、今後の沙汰を皆に伝えさせて頂きます。そして学園長に今回の事実を伝えさせて頂きます。一応言っておきますが、生徒会に人事の権利はありません。ソレはお忘れなきよう」
「分かりました」
「他になにもありませんか? ……では、質問はここまでにします」
「ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした」
大きく会長に向けてお辞儀をしたジェシー。
会議は確かに終わった。だがその重苦しい雰囲気は終わった今も途切れる事はなく。
誰もが口を開けず、誰もが動き出せない……そんな膠着状態になっていた。
「そうだ。最後に一言、いいでしょうか?」
「構いません。何でしょうか?」
憑き物が落ちた、というよりかは。
「ジェシーさん。貴方はウマ娘に勝ちたいと願っていますか?」
「恥ずかしながら。先程までは」
「勝てる見込みはありましたか?」
「……いえ。なかったと思います」
「そうですか。ナリタブライアンは絶対に勝てる筈がないと言っていましたが。私は半信半疑です。『絶対』という言葉が様々な挑戦者達に幾度も破られてきたのは歴史が証明しています」
「……」
「今後も、ふとした拍子でウマ娘よりも速く走れる人間が現れる事が、ありえるかもしれません。私個人は、そのような未来が来ることを心待ちにしています。人間とレースで競い合えるとしたら、それはそれは楽しい未来になるでしょうね」
しかし、とルドルフが呟く。
「この学園と学園の生徒は、トゥインクルシリーズを勝ち抜くことを目的に生活しています」
「生徒たちの自主性は尊重しますが、部外者が入る余地はそこにございません」
「そして、この学園が手を指し伸ばす相手は、あくまでウマ娘であって、人間ではありません」
瞑目していたルドルフが目を開ける。
その声はどこまでも優しげだった。
しかしながら、その目には確かな光が宿っていた。
「貴方の夢は偉大だ。尊敬いたします」
「けれど、その夢を叶える場所はこの学園ではございません。どうかそれをご理解願います」
――後日。一人の清掃員が学園から立ち去った。
それから数週間してぱたり、と『ウマ娘の幽霊』の噂は消えてなくなったという。
くぅ疲第一部完?
ブライアンが若干キャラ崩壊してすまぬ…。