曲がらぬ夢と曲がれぬカーブ   作:月兎耳のべる

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えいえいむんっ


第2レース 幽霊? それとも変質者?

「スズカさん……あの、一体どうしたんですか?」

「……」

 

 幽霊事件の翌日。スペシャルウィークはベッドの上で座り込み両手で顔を覆うサイレンススズカを気遣っていた。

 

 ここは寮内、二人の部屋である。

 スペが転校して以来ずっと同室であった二人の仲は、学年は違えど友人のそれを超え、親友と言ってもいい程仲睦まじかった。

 

 スペはスズカの走りに憧れ、(した)い。

 スズカはスペを可愛いがり、元気を貰う。

 

 ちょっとべたべたが過ぎるのでは、と思える程の関係であればこそ、スペは彼女の様子が気掛かりで仕方がなかった。

 

「フジキセキさんに珍しく叱られてましたけど……えっと」

 

 慎重に言葉を選ぶスペは早朝の事を思い出していた。

 起きてみればスズカの姿はどこにもなく、朝練にでも出かけてしまったのかと思えばスズカは寮*1のホールで寮長フジキセキに懇々(こんこん)と叱られていたのだ。

 所々聞こえてくれる台詞を掻い(つま)んでいくと『許可もなく真夜中に寮を抜け出し、あまつさえ学園への不法侵入をした』らしい。

 皆が登校するギリギリまで叱られていたから事から相当お(かんむり)だったのは間違いなく、後から遅刻気味に表れたスズカは耳も尻尾もしょぼんと垂れ下がった絶不調モード。午後の練習も力なく、寮に戻ってもしょんぼりモードが続く始末だった。

 

「……あの、に、ニンジン! そうですニンジン食べますか!?」

 

 ウマ娘なら誰しも大好き、カロチン豊富なこの野菜をスペは常に部屋に常備している。

 練習中でもニンジンを手放さないくらいには取りつかれた彼女は、ニンジンがどんな悩みも解決する特効薬だと信じて止まなかった。

 

 しかしスズカは両手で顔を覆いながら左右に首を振るばかり。ニンジンの絶対神話が秒で崩れた今、スペに出来る事は見当たらなかった。

 

「スズカさぁん……」

 

 スズカを傷つけたくない、さりとて悩ませたままにもさせたくない。スペは凹み続けるスズカを前にして自分の無力さを嘆き悲しむばかり。

 そんな彼女を流石に見るに見かねたのか、スズカはしばしの逡巡(しゅんじゅん)の後にスペを隣に呼び寄せれば、瞬きの次には彼女は隣に座り込んでいた。恐るべし速さだった。

 

「ごめんねスペちゃん。あんまりにも恥ずかしくてふさぎ込んでただけなの」

「何があったんですか? その、夜中に抜け出した事が原因のようですけども……抜け出すだけならよくやってましたよね?」

「……」

「……」

 

 眠るスペを起こさないように細心の注意を払い、彼女の安眠は守り続けていたと自負していたスズカ。しかしそこそこ頻繁に抜け出しているせいで毎日快眠のスペも流石に気が付いており、スズカは自身の自惚れを悟った。

 

「……悪い先輩でごめんなさい」

「すっ、スズカさん大丈夫ですよ! 多分走ってるだけだと思ってましたし実際そうなんですよね!? は、走りたくなるのは気持ち分かりますよ! 私も走るのは大好きなので!」

 

 再び両手で顔を覆うスズカをわたわたと慰め続けるスペ。彼女が再び口を開くのには3分の時間を要した。

 

「そう……私は気分転換もかねて夜中に走りに行ってるんだけど、昨日は偶然興が乗っちゃって……学校にね、無断で入っちゃったの」

「深夜の学校に……? こ、怖くはなかったんですか?」

「確かに暗くてちょっと心細かったけど、普段と違う光景が面白かったわ」

 

 自嘲気味に語るスズカの様子はその美しさもあり完成された一枚の絵画のよう。

 スペは横顔に少し見とれながらも、恐怖より先に好奇心が勝るこの先輩を改めて敬服した。

 

「あんぽんたんな話よ。無断で侵入して、無断でコースを走って、幽霊さんに出会ったかと思えば競争する事になって……挙句の果てに警備員さんに見つかっちゃって」

「なるほど……ちょっと気分が乗りすぎちゃったんですね」

「本当にね。警備員さんには怒られるし、フジちゃんにもしっかり(とが)められるし……『模範となる先輩がこんな真似してはダメだろ!』って言われちゃった。ぐうの音も出ないわ」

「あははは……でも危ない事でもしてたのかと思ってちょっとハラハラしたので、私は安心しましたよ」

「え……あ、危ない事なんてしないわ。私はただ走るのが好きなだけだもの」

「でも学校に侵入はしちゃうんですね~」

「そ、それは反省してます……」

 

 ほどなくして二人分のクスクスという笑い声が部屋に漏れ始め、スペは敬愛する先輩が微笑みを見せたことに安心した。

 何らかの事件に巻き込まれた訳でもなく、ただのおっちょこちょいが原因だったとは。言われてみれば聞けば聞くほどスズカさんらしい可愛いエピソードだ。走るのが好きすぎて学園に入り込んじゃって、そこで幽霊に出会って警備員に叱られるなんて――

 

 スペの首は急に傾きだした。

 

「スズカさん、さっき変な事言ってませんでした?」

「変な事って……『ぐうの音』の事? スペちゃん。ぐうの音ってのは息が詰まった時の音よ。決してお腹が減った時の音じゃ――」

「ち、違います……! さっきその幽霊って……」

「――あぁ。そうそう。私ね、噂になってる幽霊に会ったの」

 

 掌を叩いて嬉しそうに微笑むスズカを見て、スペの体は凍りついた。

 しばし氷像のように動かなかったかと思えば、おもむろに自分の机の中からニンジンを取り出し無言で咀嚼(そしゃく)。口いっぱいに広がった故郷の味を存分に堪能した後、凄い剣幕でスズカに詰め寄り出した。

 

「ゆゆゆ、ゆゆ幽霊って……幽霊ってまさか! 首のないあの!?」

「ううん。首はあったわ、無いと勘違いされてたのは被り物が暗闇で保護色になってたせいで……」

「だ、大丈夫ですかスズカさん首取られてないですか平気なんですかスズカさんの首が取られるなんて私耐えられないですようわああぁあああん!」

「スペちゃん。お願いだから落ち着いて。私の首はまだ残ってるわ」

 

 されるがままに揺さぶられ、髪を振り乱したスズカは優しくスペシャルウィークに事情を説明しだした。

 

「そもそも夜中に学園に行こうと思ったのは幽霊さんに会いに行くためだったの」

「何で会いに行こうとするんですか!?」

「だって夜中に一人で走るのが好きって言うから……話が合うかなって」

「どうしてそんな思い切りがいいんですか!?」

「でも結局話じゃなくてレースをすることになったの、びっくりしたわ。負けたら首を取られると思って必死で走ったら気が付いたら居なくなってて……」

「わぁああぁぁあんスズカさんが幽霊になっちゃったぁああぁあスズカさんの首がぁぁぁああぁぁあ!」

「スペちゃん。お願いだから落ち着いて。私の首は今取れそうよ」

 

 されるがままに揺さぶられ、髪がぐちゃぐちゃになったスズカは丁寧にスペシャルウィークへと説明を続けた。

 

「命までは取られなかったから大丈夫。今スペちゃんの前に居るのは本物のサイレンススズカ」

「ぐずっ……良がっだ……良がっだでずよぉ゛ぉ~~、スズカざん゛ん゛ん゛ん゛ん゛~~~っ」

「色々と不思議なウマ娘だったわ。多分みんなが思ったような首を取るような娘じゃないと思うの。頭もちゃんとあったしね」

「ま゛だ足゛が……首があ゛り゛ま゛ず……本当に゛よ゛がっだよ゛ぉぉ……!!」

「そう言えばスペちゃん、犬っぽい顔で目の大きな動物って見たことあるかしら? 幽霊さんの被り物が私が見たことのない動物みたいで――」

 

 されるがままに揺さぶられ、抱き枕状態になったスズカはしばらくスペシャルウィークとズレた会話を続けるのだった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

 当然の事ながらスズカの話はチームスピカでも持ち切りになった。

 

「「スズカ先輩それ本当なんですか!?」」

「スズカ先輩、凄い経験したんだね~」

 

 チームに割り当てられたプレハブ小屋の中で、着替え中のウオッカ、ダイワスカーレット、トウカイテイオーはサイレンススズカに詰め寄っていた。

 

「深夜の学校に侵入なんて……スズカ先輩やっべぇ!」

「バカねウオッカ、幽霊と出会った事にまず驚きなさいよ!」

「すごいすごい! ねえねえ幽霊ってどんな感じだったの? 足あった? 早かった? ボクとどっちが早いかな?」

「えっと……」

「おーっと皆さん! スズカさんへの質問はジャーマネである私を通してくださいね!」

 

 矢継ぎ早に飛んでくる質問に困り顔のスズカ。そんな彼女を救おうと空想の眼鏡を指クイしたスペがブロックを始める。ちなみにマネージャであるという事実は先程生まれたばかりである。

 

「ではまず熱血新聞社のウオッカさんどうぞ!」

「うっす! 先輩はどうして深夜の学校に行ったんですか!?」

「ちょっと夜中に走りたくなって……それで幽霊の話が丁度あがったから興味が出ちゃって。つい」

「つい、で校則違反!? 幽霊にも恐れず挑戦するなんて……く~~~かっけぇ!」

「別に挑戦するつもりはなかったんだけどね」

 

 とにかく格好いい事が大好きなウオッカはスズカのアウトローっぷりに拳を強く握って震え、負けじとハイハイと手を挙げたスカーレットを、スペがびしっと指差した。

 

「続いてナンバーワン新聞社のダイワスカーレットさん!」

「はい! スズカ先輩、実際に出会った幽霊ってどんな姿だったんですか? 首、やっぱりなかったんですか?」

「そうね。かなり背が高くて、ちょっと体が光ってて、首はあったんだけど見たことない被り物をしてて……」

「……それって本当に幽霊なんですか? 何だか変質者って表現が正しいような……」

「うーん……変質者って光るのかしら」

 

 何に増しても一番が大好き。優等生なスカーレットはスズカとともに首を傾げる。

 そこに先ほどからハイハイハイハイ!と元気一杯なテイオーがスズカに食いついた。

 

「ねえねえスズカ先輩、レースしたんだよね! 勝ったみたいだけどどうだった!? 早かった!? ボクでも勝てそう!?」

「皇帝新聞社のトウカイテイオーさん、質問は指名してからでお願いしますっ」

「正直よく分からなかったわ。レースは噂通り短距離1000m。スタートでは抜けたけど、第二コーナーになったらもう居なくなってて……かと思えば私がゴールした時には第一コーナーに居るし……」

「ワープの使い手なんだ!?」

「ワープって……ゴールドシップじゃないんだから*2

「しかも先に進むんじゃなくて戻ってるし」

 

 元気一杯、会長大好き快速娘トウカイテイオーは驚愕に尻尾をピンと伸ばす。

 回答から導き出される幽霊の特徴は恐怖を増加するどころか困惑を助長するものでしかなく、話はさらに盛り上がりを見せていく。

 

「でも先輩が無事でよかったよ~負けたら首取られちゃうんだよね? 」

「そうですよ~! スズカさんの首がなくなってたら私、私……! これからどうやってあーんしてあげようかと……!」

「あーんどころの話じゃなくないですか? それ」

「その幽霊って首はあるみたいじゃない。だったら負けたら首を貰っていくなんて、する必要ないんじゃないの?」

「私もあの幽霊さんがそう言う事をするような子じゃないって思うわ」

「そう言えば変な被り物してたって言ってたよね、実は幽霊じゃなかったんじゃないの~?」

「でも光るしワープもするんですよ! そんなウマ娘が居る訳がないじゃないですか! 幽霊ですよ絶対に!」

「光るってのが普通にありえねえんだよな。そんな全身発光するウマ娘なんて幽霊以外でも何物でもねえぜ」

「バカウオッカ。光るだけなら蛍光塗料でも塗れば出来るでしょ」

「前提がありえねえだろ! 全身に塗料塗って夜中に走るってただの変態じゃねえか!」「だからそう言ってんでしょ!」

 

 女3人寄れば(かしま)しいとは言うが、一度盛り上がるとまあ止まらない。

 スペとウオッカの『幽霊だよ』派、スカーレットとテイオーの『変質者だよ』派、スズカの『どっちなのか分からないけど多分悪い人じゃないのかも』派の3つの派閥に別れた5人はぎゃんぎゃんひひぃんと盛り上がる。その白熱ぷりと言えば全員が練習の事を忘れかける程だった。

 

「全然コースに来ないと思ったら――皆さん何をしてらっしゃいますの!? ウォーミングアップの時間ですわよ!」

 

 そして下着姿のまま(主にウオッカとスカーレットによる)キャットファイトが開始される直前、先んじて着替えてウォームアップをしていた、()()なメジロマックイーンが部室の扉をけたたましく開いて登場したのだった。

 

「あははは、ごめんよマックイーン~」

「ごめんなさい! ちょっとスズカさんが幽霊とレースしたって話で盛り上がっちゃって……」

「……はあ? 何をくっちゃべってたかと思えば……下らない、幽霊なんて居るわけがないでしょう」

「く、下らない……」

「あっ。ち、違うんですのスズカ先輩! 別にスズカ先輩が嘘をついてるとかそう言う事が言いたい訳とかじゃなくて……!」

 

 まだ昨日の娘が幽霊か変質者かは断定出来ていなかった彼女にとってマックイーンの一言は切れ味が強すぎた。慌ててフォローしようとするマックイーン。そこに合いの手を入れた人物が居た。

 

「そうよ、スズカ先輩は嘘をついてないわ! 先輩が出会ったのはぜ~~~ったい幽霊ではない誰かよ!」

 

 『絶対変質者だよソイツ』派のダイワスカーレットである。現実主義派(リアリスト)の彼女は恋占いは信じてあげてもいいけど幽霊なんて非科学的な物は信じたくはないようだ。

 

「昨日フジキセキさんにずっと怒られてましたけど、先輩がそんな幽霊にレースを仕掛けられたなんて子供みたいな言い訳をさせるような犯人……許せないわ!」

「よもや早朝からホールで正座されてた原因はさっきの幽霊話が原因……!?」

「ボクもびっくりしたよ、マジギレしたフジキセキ先輩を見るの初めてだったから」

 

 スペ程ではないが敬愛している先輩に追い風を呼び起こそうとするスカーレット。しかし当の本人はフジキセキに叱られていた事を皆の前でほじくり返され、また両手で顔を覆い始める羽目になっていた。

 

「変な被り物はともかくとして光るしワープするんだぜ? そんなの普通のウマ娘に出来る訳ないだろ!」

「……でも幽霊はいないわ! いないったらいないのよ!」

「子供みたいに駄々こねるなよ、居るかもしれねえだろ!」「誰が子供よ!」

「スズカさんは嘘つかないんですよ? スズカさんが幽霊だって言ったなら幽霊です!」

「ちなみにスズカ先輩はどっちだと思ってるの?」

「……7割くらい幽霊?」「え、3割は生身……?」

 

「光るだのワープするだの……っ、アグネスタキオン先輩のトレーナーさんでもあるまいし、この際どっちでもいいですわ! 早く練習に行きますわよー!」

 

 注意されたのも忘れて盛り上がる5人に業を煮やしたマックイーンが叫ぶ。

 流石の剣幕に一瞬静まり返る部室は、その後すぐに数人の「それだ!」のハモリで満たされた。

 

「そうだ、そうだよ! 幽霊じゃないけどちょっと人間やめてるかもしれない人! タキオン先輩のトレーナーさん!*3

「う。確かにあの人はこの間虹色に光輝いてたな……ワープはわかんないけど」

「タキオン先輩の実験によく付き合ってるって言うし、もしかしたら深夜の秘密の特訓が理由なのかもしれないわね……スズカ先輩、きっとそれですよ! それしかないです!」

「そう……なのかしら?」

「スズカさん! こうなったら白黒はっきりさせるしかないですよ! タキオンさんのトレーナーさんに聞いてみましょうよ!」

「ちょっと! 練習! 皆さん練習だって何度言ったら……!」

 

「オイ、お前らいい加減にしろ! いつまで準備に時間かけ――」

 

 三度目の盛り上がりを迎えつつある幽霊談義。

 そこに現れたのは時間になっても集合しないウマ娘達に活を入れにきた男性トレーナー。チームスピカの監督官だ。

 彼の行いはトレーナーとして正しい物だったが、残念ながらタイミングが悪かった。

 未だ着替えもせずに盛り上がってた大多数。視界に広がるのは育ち盛りの乙女の下着姿。毎日の厳しいトレーニングで均整の取れた体は非常に美しく、年相応の物もあれば本当に中学生かと思えるようなスタイルの娘もおり――

 

「――墳ッ!」

「ほんぎょっ!?」

 

 トレーナーは鼻の下を伸ばす事も出来ず、マックイーンの腰の乗ったブローで意識を刈り取られるのだった。

 

 

 

 

*1
トレセン学園の寮は栗東寮と美浦寮に別れている。スペシャルウィーク達の寮は栗東寮。

*2
ゴールドシップは追込力が強すぎて、中継カメラが目を離した瞬間に順位を一気にひっくり返してしまうため、ワープしたと言われてたりする。ゴルシ伝説の1つ。

*3
アグネスタキオンのトレーナー。通称モルモット君。とある理由で研究を続けるアグネスタキオンの試験薬を自分から飲み干すちょっとやばい奴。時々光ったり良く分からない物に変身してたりする




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