曲がらぬ夢と曲がれぬカーブ   作:月兎耳のべる

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むんむんほあいっ


第3レース 未確認神秘動物(UMA)

 ウマ娘――異世界の競走馬の名前と魂を受け継いで生まれてきた少女たち。

 1つとして同じ魂はなく、その姿は千差万別。

 一癖も二癖もある個性を持つ彼女らを勝利に導くためにはトレーナーもウマ娘達と同じくらいの努力が必要である。

 

 コミュニケーション。

 トレーニング。

 スケジュール調整。

 食事管理。

 メンタルケア。

 

 一人一人に適切な調整をして初めて輝ける彼女達。

 そんな彼女らの為にトレーナーは時に常識を投げ捨て、非常識に(てっ)する必要も出てくる。

 

 例を挙げよう。

 まずはスーパークリーク。彼女は母性が形となったようなお母さん肌のウマ娘だ。

 全方位に甘やかしたいオーラを放ち、隙があれば誰彼構わずいい子いい子してくる。そして定期的に誰かを甘やかさないと調子が悪くなるという筋金入りのウママ*1だ。

 彼女のトレーナーはクリークのメンタルケアの一環で(よだれ)掛けとガラガラとおしゃぶりを常に常備する。勿論つけるのは自分自身だ。端的に言って狂っている。

 

 二つ目の例はゴールドシップだ。彼女の破天荒さはまさに筆舌を尽くしがたい。

 毎朝の挨拶代わりのドロップキックから始まり、セグウェイで学園中を走り回るわ、急に「山が呼んでる……!」と言ったかと思えば海へと向かうわ、バスケ世界チャンピオンを目指すわと本当に枚挙に暇がない。そして驚異の飽き性ですぐにやる気をなくす。

 彼女のトレーナー*2はそんなゴールドシップの無茶ぶりに全力で付き合い、見事なコントロールを果たしている。ゴルシと共に異常行動を繰り返すトレーナーは端的に見て狂人だ。

 

 そしてアグネスタキオン――『超光速のプリンセス』と言われる彼女。

 自分含めたウマ娘の肉体に強い関心を持っており、肉体改造を目的に薬やサプリメントを日々研究している。その研究への情熱は並々ならぬものであり、研究優先でレースは二の次になることもあり、薬を勝手にウマ娘に飲ませようとするわ、授業中にも関わらず実験するわ、煙や異臭騒ぎを起こすわ、と問題行動はてんてこ盛りだ。

 

 

 そんな彼女のトレーナーはと言えば――

 

 

「……(光ってる)」

「……(凄い光ってます)」

「……(大分光ってるわね)」

 

 ――とある昼下がりの事だ。噂の真相を探るために最重要容疑者を(よう)するアグネスタキオンに直接話を聞こうとしたサイレンススズカとスペシャルウィーク、ダイワスカーレットの3人組。彼女らは今、極光の輝きに晒されて目を細めていた。

 

「すまないね。眩しいと思うが我慢して欲しい。タキオン、この効力はいつ頃終わる?」

「恐らくあと3時間くらいかな。感情に呼応して色が変わるようにしたんだが……ふむ、常に虹色なのはどうしてだろうか。失敗か?」

 

 タキオンが根城にしている理科室と言ってもいい程改造された空き教室。

 その中に通された3人は応接机を挟んでタキオンと輝く男性の正面に座っている。

 そして誰もが目の前の人物が放つ噂以上の輝き(1690万色)に言葉を失っていた。

 

 そう、この周りを明るく照らす男性こそアグネスタキオンのトレーナーである。

 彼はタキオンを全力でサポートするため彼女の実験のすべてに参加すると誓い、結果として全身が発光したり子供に戻ったり性転換したり変な生き物になったりと定期的に体を変遷(へんせん)させている人物である。端的に行って覚悟がキマり過ぎている。

 

 机の上に置かれているのはタキオン手ずから入れてくれたお茶。

 何故か湯呑ではなくビーカーに入れられており、周りを囲む得体のしれない標本、試験管、ラベルの貼られたビンを見れば、飲む気がなかなか沸かない一品に違いなかった。

 

「それで話と言うのは? あぁもしかして実験への参加希望かね? それなら当然YESと言っておこう。サンプルと言うのは多ければ多い程良い。特に被検体がウマ娘であるというのなら尚更だ! さぁこれをまずは飲んでくれたまえなあに身体に大きすぎる影響は出ないさ味についてはおめこぼし頂きたいがこれを飲むとだな――」

「タキオン。恐らくだがそういう話ではないと思うが……」

「あ、あははは……ごめんなさいタキオンさん。別に実験に参加したい訳ではなくて」

 

 机を挟んでぐいぐいと詰め寄っていたタキオンはその言葉を聞くやいなや、スン……と真顔になり、ぞんざいにソファに座り直した。

 

「実験以外の事で私になんの用だと言うんだい? こう見えて忙しいのだけれどもね」

「忙しいのは重々承知ですし、何だったら先輩なら笑い飛ばしそうなくだらない内容で申し訳ないんですが」

「ふぅん? そう思ってるのにあえて私の元に訪れる。3人が首を揃えて? 実に不可解だね」

 

 聞くだけ聞こう、とだぼだぼの白衣を身に纏っタキオンがお茶を飲みながら続きをうながす。

 スズカは二人に顔を見合わせると一息で告げた。

 

「あの、『首のないウマ娘の幽霊』の話ってご存知ですか」

「……首のない?」

「……幽霊?」

 

 タキオンもトレーナーも、どちらともが首を傾げる。

 その反応は3人の予想を覆すものであったが、念のために詳細を伝えるスペ達。

 スズカが出会った幽霊と言われるウマ娘。深夜にターフを走るその娘は、実際には首はあるが謎の被り物をつけており、全身が発光し、ワープまでする。

 体験談と噂の真偽を求めるスペ達の訴えに当初は興味がなさそうだったタキオンの瞳が徐々(じょじょ)に輝き、最終的に彼女は笑い出した。スペ達はますます困惑してしまった。

 

「なるほど! 君たちがここに訪れる理由が分かった気がするよ。目下光るような人間と言えばうちのモルモット君だけだからね!」

「いやいやいやいや。僕はウマ娘ではないしそんな走ったりはしないよ!」

 

 首を振るトレーナーに、思わず前のめりになる3人組。

 

「「「覚えはないんですか?」」」「覚えはないのかい?」

「ないよ! どうしてタキオンまでそう言うのさ!」

「いや、実際にそうだとしたら面白いと思ってね。発光はともかくワープまで出来るならば是非実験させて欲しいものだ」

 

 反応を見るに本当に身に覚えがなさそうであり、スペとスカーレットが実物を見たスズカをちらりと見たが、容疑者がまぶしくて直視出来ないスズカは極限まで目を細めており、それがジト目のように見えてトレーナーは更に(あわ)てふためいた。

 

「一応フォローはしておくが、うちのモルモット君が嘘をついている可能性は低いだろうね。何せ彼は私の管理を全て一任している。他に(うつつ)を抜かす余裕はない筈だ」

「タキオン……」

「だが、嘘をついているという可能性も無きにしもあらずだ。献身的なモルモット君の事だ、私のためにひっそりと治験データを収集してくれていたのかもしれない」

「タキオン!?」

 

 冗談だよ、とけらけら笑うタキオン。彼女は改めて3人とトレーナーへ向き直り、まるで出来の悪い生徒を相手にするかのように説き始めた。

 

「確かに体が光るなんて特徴を持つのは現時点ではモルモット君だけだ。だがね、彼が光ってるのは私の試薬が原因だ。薬を飲めば誰だって体は光らせる事が出来るだろう」

「タキオン先輩はその光る薬をばらまいてたりはしてたんですか?」

「別に光らせる事が必ずしも目的ではないんだがね……結果として体が発光するような薬は試しに何人かに飲んで貰った記憶もあるよ」

「じゃあその配った人の中に容疑者が!」

「さぁてねぇ……ちなみに、もう一度聞くがスズカ君、その不審者の特徴は光る以外他に何がある?」

「え? えっと……変な動物の被り物をしていて、背がかなり高くて、声がしわがれてて――」

「それだ。その幽霊とやらは何故被り物をする必要があるんだい? 面白半分で誰かを脅かすためかい?」

「それは……やっぱりそうなんじゃ?」

 

 幽霊否定派のダイワスカーレットの反応に、タキオンは首を振った。

 

「正直それは無いと思っている。なにせ私は薬を渡す相手は厳選している。練習に本気で向き合い、全身全霊でレースに挑もうとする者こそ被検体としてふさわしい。悪戯(いたずら)に用いるような暇人に渡したりはしないさ」

「じゃあ……本気で練習したいだけの人って事なんですか?」

「だとしたらなぜ深夜に走る必要がある? 練習するなら昼でいいはずじゃないか」

「……言われてみれば」

「そして仮に深夜の誰も居ないコースでやるならば、そもそも被り物をする必要はない筈だ。なにせ誰も見てないのだからね」

「付け足すようだけれども、深夜に光っていると警備員にバレやすいだろうね。こっそり練習には向いてないと言わざるを得ないよ」

 

 むむむ、と考え込む3人組。

 タキオンは光る薬を与えた相手の中に悪戯をするような人物は居ないと言う。

 かといって本気で練習するのに深夜は向かないし、そもそも被り物は不要だし、警備員に発見され叱られるリスクもある。そうなると残される可能性は――

 

「や、やっぱり、幽霊なんですか……?」

「……説明出来ないから幽霊や超常現象と断じるのは怠け者のすることだよスペシャルウィーク君。考えをめぐらせたまえ、体を光らせるくらいなら私の薬でも電飾でも出来る。そして『ワープ』は未だ世界でも技術が確立していないものだ、99%ありえない」

「でも実際に見たんです。レース中に気配が消えて。左右を振り返っても居なくて……気が付いたらあの娘は第一コーナーにいて――」

「おいおいスズカ君。その娘がレース中に転んだとは考えないのかい?」

「……!」

「光源すらない深夜のレース場なんだ、全速力で走ったら転倒してもおかしくないと思うがね」

 

 『走ってる最中は死角にいるウマ娘に注意せよ』

 レース中、ウマ娘の後方には必ず死角が発生する。その死角にあえて陣取り、狙った相手を差す*3テクニックがある事をスズカは思い出していた。

 転倒後、偶然その娘が死角に居たとしたら、見えなかったのも理解できる話であった。

 

「さぁスカーレット君、以上をふまえて君はどう思う?」

「私!? え、っと私は……幽霊なんて結論は当然出せませんけどけど……でも分からないわ。悪戯したい訳じゃないなら深夜練習って事になるけど……でもさっき言ってた通りこれじゃ練習する意味が薄すぎるわ」

「逆に考えればいい。その人物は『①:深夜に練習する必要があった』『②:深夜でも被り物をする必要があった』『③:体を光らせる必要があった』これを満たす理由があるという事だよ」

「「「……????」」」

「……タキオン。自分も正直お手上げだ、そんな事をする必要のあるウマ娘は本当にいるのかい?」

「いないんじゃないかな」

いないんじゃないのよ!?

 

 あんまりな回答にスカーレットの沸点は一瞬で振り切れた。

 

「普通に考えて居る訳がないだろうそんな奇特なウマ娘。儀式めいた真似をしてレースに勝てるって言うなら、今頃深夜の学園は被り物だらけの仮装大会になってるさ」

「じゃあやっぱり幽霊だって言いたい訳なんですか!?」

「おいおいスカーレット君。まさか私が幽霊を信じるとでも?」

「~~~~~っ、あぁもう、そろそろお暇させていただきます!」

 

 優雅にビーカーのお茶をすするタキオンを見て、スカーレットはこの場に居ても解決は見込めないと悟り、急ぎ席を立った。

 

「話はもういいのかい? まだお茶が残っているようだが」

「結構です。絶対飲んだら何か起こる奴じゃないですか。それじゃ失礼します」

「あっ、スカーレットさん! あっ、あの……ありがとうございましたタキオン先輩にトレーナーさん!」

「私からもありがとうタキオン。そしてトレーナーさん。助かったわ」

「お役に立てたようなら何よりだよ」

「うん。また何かあったら頼っていいからね」

 

 つかつかと教室を後にするスカーレットをスペ(何故か光輝いている)もスズカも追おうとする。しかし彼女は不意に立ち留まり、振り返った。

 

「最後に一つだけいい? 噂の幽霊さん……いや、ウマ娘?なのかしらね、その人の被り物が見たことない動物だったんだけど、どんな動物か知ってる? 特徴は鼻が長い犬みたいな顔だけど私達みたいな耳があって、それでいて目が大きくて――」

「……」

「ご、ごめんなさい。ちょっと気になっただけなの、分からなかったら分からなかったでいいから」

「UMA」

「え?」

 

「名前はUMAだと()()()()()UNIDENTIFIED MYSTERIOUS ANIMAL(未確認神秘動物)の略だ。……悲しくとも皮肉な名前だね、全く」

 

 そう言って一息にお茶を飲み干すタキオンに、スズカは戸惑うばかりであった。

 

 

 

 § § §

 

 

 

「夕方のグラウンドって、こえーよな」

 

 ゴールドシップが急にそんな事を言い出すものだから、メジロマックイーンは思わず彼女の顔を見つめてしまった。

 息も絶え絶えでコースの真ん中にへたり込んだ二人組は過酷なセットメニュー――1600mダッシュ×3、巨大タイヤ引き100m×3、ミニハードル500m×3をたった今終えた所だった。

 全身に重くのしかかるような倦怠(けんたい)感を覚えながら、マックイーンは今度は何を話すつもりだと眉を(しか)めた。

 

「知ってたか? グラウンド全体がオレンジに染まるとダート*4もターフも別物に見えるじゃねーか。実際その瞬間だけ地面って別物になってるんだぜ。種族名はオレンジダートにオレンジターフだ、柑橘(かんきつ)属性になった地面ですっころぶと傷口からオレンジが摂取され、ビタミンC不足が大幅に解消されるんだ」

「あっそうですの。それは健康的ですわね」

「ばっかおめービタミンCの取り過ぎは腹を下したり消化器官に影響が出るんだぞ! 健康に一大事だろうが!」

 

 練習終わりにここまで無駄口を叩ける才能が羨ましい、マックイーンは本気でそう思っていた。

 もはや聞きなれた戯言。聞き流す事が出来ればよいのだが、付き合わないと付きまとってくるし、渋々付き合ってしまえば大事に発展してしまう。言ってしまえばゴルシに絡まれた時点で詰みなのである。彼女は口から大きなため息が漏れだすのを止められなかった。

 

「おっ、なんだなんだマックイーン。そんなため息つくとお前のスイーツが逃げるぞ。っつーかあたしが逃がす」

「勝手に逃がさないで下さいまし! 私のスイーツに手を出したらただじゃおきませんわ!」

「どうどうどう。ビタミンC取って落ち着けよ。オレンジ色の土食べる? お代わりもいいぞ」

「要りませんわ!」

 

 尻尾と耳をピンと立てて威嚇するマックイーンに、体の正面で腕を十字にクロスして立ち向かおうとするゴルシ。だが疲労感の抜けきれない二人はすぐに力を抜き、ぼーっと風景を眺め出す。

 

「……あ~。だめだ、さすがのゴルシちゃんもパワー不足だ……」

「……なけなしの体力をここで浪費させないでくださいまし……」

 

 二人が眺める先には茜色に染まった校舎があった。

午後は6時に差し掛かろうとするこの時間帯になると、活気に満ち溢れている学園といえど人影はまばらだ。

 友達と談笑しながら歩くウマ娘もいれば、ほうき片手に黙々と校舎を清掃する男性用務員さんもいる。屋上から景色を眺めている娘もいれば、なんらかの器材を抱え忙しなく走っているウマ娘もいる。

 もう何度となく見たような光景。しかしながら地べたから眺めるその景色は、不思議と落ち着く光景なのは間違いなかった。

 

『――ねえ聞いた? ウマ娘の幽霊の話――』

『――聞いた聞いた。夜中に3mある首のない血まみれのウマ娘が追いかけてくる~ってあれでしょ――』

 

 ふと風に乗って聞こえてくるのはいつぞやの噂話。

 当初サイレンススズカが遭遇したと言う幽霊とは大分異なっており、伝言ゲームが進むうちに尾鰭(おひれ)背鰭(せびれ)もついてしまっているようだ。このままでは原型を留めなくなるまでそう時間は要らない事だろう。

 

 そう言えば、とマックイーンは隣のゴルシを見る。

 奇怪な行動を繰り返し、兎に角訳のわからない物や変な事に首を突っ込みたがる彼女だが、この噂話については何一つ言及していなかった事をマックイーンは思い出していた。

 普段なら「よーし! いっちょ幽霊の正体を暴いてやっか!」なんて虫取り網片手に繰り出してもおかしくないものだが……不思議に思ったマックイーンはゴルシに訪ねていた。

 

「貴方も聞きまして? スズカ先輩が出会ったっていう幽霊の話」

「んあー、まーな」

「まーなって……あなた、こういう話好みなんでしょうに。どういう風の吹き回しですの?」

「あらやだマックイーンったらっ、私の好みを熟知していられてっ? ぽっ」

「そう言うのはいいんですの」

「ノリ悪ぃな~」

 

 そして訪れる少しの沈黙。

 視線を交わしてすらない二人は、しかしながらその沈黙を好ましく思っていた。

 

「……『深夜のターフに現れ、レースを挑んでくる幽霊』。バカバカしい話だと思いますわ。でもスズカ先輩が出会ったと言ってる以上、少しだけ信憑性があるのも確か。勿論幽霊などではなくただの愉快犯だと思っていますが」

「……」

「被り物をして、体を光らせて、出会うとレースを仕掛けてきて、その割には実力はお粗末。わざわざ深夜にどうしてそんな事を。本当理解に苦しみますわ」

 

 メジロマックイーンは生粋の努力家だ。

 ステイヤー*5としての才能に恵まれながらも決して努力を(おこ)らず、最近はメキメキと頭角を現している。そんな彼女からすれば噂の主を好ましく思うのは不可能だった。

 ウマ娘の本分は誰よりも早く走る事である。

 トレセン学園という狭き門に入りたくても入れなかった何千何百のウマ娘をさしおいて、何故ここでそんな不可解な事をしたがるのか、マックイーンには分からなかった。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 だからゴルシが何気なく(つぶや)いたその一言に、マックイーンは驚かざるを得なかった。

 

「あの……ゴールドシップ。どう言う意味ですの?」

「どうもこうもねーよ。噂の幽霊さんは超実力派だって言ってんだ」

「……えぇ? 冗談ですの?」

「本気だぞ。ゴルシちゃん嘘つかない」

 

 何度か目をしばたたかせるマックイーン。

 だがどれだけ注視しようともゴルシの表情は真顔一辺倒。変化は訪れなかった。

 

「理解が出来ないんですけれども……その方は被り物をしてるのですのよ?」

「あぁ。見たことない変な動物の仮面だろ」

「深夜にしか現れないんですのよ?」

「そうだな。昼間は出てこれないんだろな」

「レースをして、誰かに勝ったなんて話、一つも出てないんですのよ?」

「知ってるぞ。あいつが勝ったことはまだ一回もないだろうな」

「なのに実力が高いって言うつもりなんですの?」

「うん。あいつはすげぇ実力を持ってる」

「お願いだから真面目に話してくださいます!? 今の話の中のどこに実力要素があるんですの!?」

 

 あまりにもハチャメチャな事を言うのでとうとうマックイーンは怒声をあげた。

 だがゴルシはそんな彼女から視線を()らす事なく、こう続けた。

 

「何せアタシもその幽霊にもう会ってるからな~。実際に見てそう判断しただけだぜ」

 

 あんまりにも真顔なものだから、マックイーンはそれを嘘だと断じることは出来なかった。

 

「アイツとスズカが出会う前にアタシはもう遭遇済みだ。噂が出始めた頃に即探しにいってな~。そしたら本当にいたからアタシは大興奮したもんだ」

「……そ、それで会ってどうしたんですの?」

「いや。サインねだったら相手が驚いて、レースしたらあげるっつーからレースして、ぶっちぎりでゴールしてやった」

「……」

「第一コーナーで曲がり切れずに盛大に転んでたぞアイツ」

 

 「見ろよほら、サインだぜ。すげーだろ!」と意気揚々と懐から取り出したメモ帳にはスズカが証言した謎の動物と思しき可愛らしい絵が描かれていた。マックイーンは猛烈に頭が痛くなってきていた。

 

「……貴方がとんでもない事をしてたのは理解したくないけど理解しましたわ。ですが、どうして実力があるなんて言えるんです? 偶然スズカ先輩や貴方だから勝てた、と言いたいんですの?」

「いや~。あれじゃメイクデビュー*6前のウマ娘にも負けるだろうな。まず完走が難しいと思う」

「……」

「アタシはあの走りを一目見て好きになったね。もしかしたらもしかすっかもしれねえぞ」

 

 まるでお気に入りのおもちゃを紹介するようなニマ~っとした笑顔を見て、マックイーンはどう反応したらいいのか分からなかった。訳が分からない物言いや行動は日常茶飯事だが、彼女の態度や話し方は時折見せる本気のそれだったからだ。

 

「集合しろー! ミーティングするぞー!」

 

 トレーナーの野太い声がグラウンドに響き渡る。

 ぞろぞろとメンバーが集合する中、ゴルシもまた腰を重そうにあげて続いていく。

 

 置いていかれたマックイーンがそんな彼女の背中を見つめてしまうのは、仕方のない話であった。

*1
ウマ娘のママ。ばぶばぶおぎゃばぶ。彼女は私の母になってくれるかもしれないウマ娘だ。

*2
チームスピカのトレーナーの事。

*3
一般的にレース中、後方の一団に位置し最後の直線走路やレースの後半で速い脚を使って、前にいる馬を交わすこと。 先手する馬が後方から差してきた馬に並ばれ、あるいは交わされて負けたと感じたとき、再び相手馬を交わして勝つことを“差し返した”という。

*4
雨の多い日本の気候を考慮した砂主体のコースのこと。砂厚は9cmはあるらしい。

*5
スタミナ豊富で、長距離レースの得意な馬のこと。 ふつう2400メートル以上の距離に強い馬を呼ぶ。

*6
まだ一度もレースに出走したことのないウマ娘だけが出走できるレース。ウマ娘のデビュー戦。




ゴルシへ。
好きです。
ドロップキックしてください。
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